IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第118話【泡沫の破壊者(ワールド・ブレイカー)

 

 

「疾風様、お茶をお持ちしました」

「ありがとう菖蒲」

 

 疾風の書斎にお茶を持ってきた菖蒲。着物に割烹着という和風姿は菖蒲の温和な印象をより現していた。

 

(疾風様は国家代表であると同時に徳川ISグループの総帥候補。妻として出来る限りのサポートしなければ)

 

 程よい暑さのお茶をすすりホッと息を吐く。よほど喉が乾いていたのか半分ほど一気に

 

「菖蒲のお茶は美味しいな。でもいつもと違う茶葉か?」

「は、はい。友人から譲って頂いたもので」

「そっか」

「お忙しかったですか?」

「いや、あと5分で終わるよ」

「終わるまで待っててもいいですか?」

「………3分で終わらせるよ」

 

 学生からそこまで外見は変わらないが、疾風は大人っぽくなったと菖蒲は感じている。

 眼鏡をかけたら頭が良く見えると言うが、疾風は本当に頭が良いからより聡明に写る。

 

「………ふぅ、はい終わり」

「お疲れ様でした疾風様、きゃっ」

 

 突然、菖蒲を壁際に押しやる疾風。戸惑いつつも漢らしい強引な夫の姿に胸をときめかせる妻。

 

「ど、どうされたので」

「しらばっくれるとは悪い子だ。今日のお茶、なんか入れた? いやお茶そのものが、かな? お茶飲んでから凄いムラっとするんだ」

「な、なんのことでしょう」

「思うに、棚の奥に少し前からあった強力な滋養強壮効果のあるお茶だと思うんだ。調べたらマンネリしたご夫婦御用達ってあったんだけど」

(ば、バレてる!!)

 

 そう、疾風の推測通り。それは菖蒲が有名なメーカーから出たソレをネットでポチったものだった。

 巧妙に隠していたつもりだったが、感が鋭い疾風にはお見通しだった。

 

 頬を赤くして眼をそらす菖蒲の首筋をツーっとなぞる疾風。眼鏡の奥には欲の炎が怪しく揺らめいていた。

 

「なんでこんなことしたのかな。うちの奥さんは」

「だって、最近お仕事で時間が取れなかったから」

「それで一服飲まして襲ってもらおうと、なかなか策士だけど。バレちゃったね」

「う、うぅ」

「どうしてほしい?」

「い、意地悪です、わかってる癖に」

「俺が意地悪なのは、菖蒲が一番知ってると思うけど?」

 

 疾風はそれ以上なにも言わずに菖蒲の次の言葉を待つ。彼女の口から聞くことに、疾風は極上の悦楽を得るからだ。

 

 しばらくフルフルと震えたあと、俯いていた菖蒲は顔を上げた。

 目元を滲ませ、頬をすっかり桃色にし。艶のある唇はとても柔らかそうだった。

 

「寝室に、行きましょう」

 

 男なら誰でも飛び付く極上の大和撫子。それは夫である疾風も例外ではなく。

 菖蒲をその腕に抱えて寝室に急いで向かった。

 

「キャッ」

 

 布団に優しく放り出された菖蒲。割烹着はここに来る間に取られて廊下に転がっている。

 生活感ある着物姿、緑の黒髪は乱れて布団の上に散らばっている。

 

 艶やか。そんな言葉しか思い付かないほど今の彼女は魅力的だった。

 

(今日の疾風様、色香が凄いっ)

 

 それもそうだ。忙しくて我慢していたのは疾風も同じ。むしろ彼女以上に性欲を燻らせていた。そんなところに滋養強壮作用入りのお茶が入れればたちまち点火されるのは自明の理。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 もし今でも病弱だったなら、そのまま死んでしまうぐらい。

 初めてではないのに緊張する。今さらウブを演じつともよいというのに

 

「まだ昼間なのに、やらしいね」

「ごめんなさい。はしたない私を許して下さいな」

「だーめ。とことん身体にわからせてあげる」

 

 スルッ、と着物が開かれる、中から出てきたのは赤のフリルがふんだんに使われたブラだった。

 

「一丁前にこんなもの取り出して」

「疾風様が好きかなと」

「大好き」

「んんっ」

 

 好きと言われながら疾風の手がブラ越しに菖蒲の胸に触れ、甘い声が漏れる

 

 ああこれから抱かれると菖蒲はそのまま目の前の夫に身を委ねるように目をつぶる。

 ブラを剥がされ、そのまま彼は彼女のもっとも秘匿されるべき場所へと。

 

 バコォン!! 

 

 その瞬間、部屋の襖がサッシごと吹き飛んだ。

 

 一体何事か!? 菖蒲は微睡みから覚め、無作法な来訪者に視線を移した。

 格好からして男、背丈は疾風と同じぐらい。

 

「これは一体なんの冗談だ?」

 

 心底嫌気がさしたような、それでいて何処かで聞いたような声で男は言った。

 白の浴衣を羽織り、顔には狐の面。背中には薙刀が差されている。

 

「なにこれ、ほんとなに? 浮気現場を見た、とは違うな。自分のドッペルゲンガーが菖蒲を押し倒してるとか。なにこの視覚の暴力」

「え、え?」

「とりあえず菖蒲から退きやがれ、色情魔が。ぶった斬ってやる!」

 

 怒りを含んだ面の男は薙刀を抜き、その切っ先を疾風に向ける。

 その構えは何処か見覚えが。

 

「は、疾風様!? 何故そんな格好を………え?」

 

 菖蒲は咄嗟に出た自分の言葉に疑問を覚えた。

 自分の知る疾風は目の前にいる。なのに。

 

(何故私は目の前にいる面の襲撃者を疾風様と? だって疾風様はここにいて、私は疾風様に振られて………振られて? 何を言って?)

 

 自分のなかにある矛盾。

 途端にノイズが走る風景。鮮明に再現されたリアルに綻びが生まれた。

 

『ワールド・パージ、異常発生。異物混入、対象の排除を開始』

 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がる疾風。手にはいつの間にか刀が握られ、眼鏡の奥にある双眼は白目が黒、黒目が金色に変わり。愛しき声には電子的なノイズが混入していた。

 

 疾風が侵入者に斬りかかる。人外じみた踏み込みの早さを侵入者は柄で受け止めた。

 

『排除開始。修正開始』

「なにその眼、気持ち悪い。同じ黒金でもラウラとは大違いだな!」

『排除!』

 

 再度斬りかかる疾風。だが侵入者はその振りかかる腕の軌道上に刃を置き、逆に疾風の腕を斬り飛ばした。

 

「きゃっ!」

『ギギギ』

 

 斬りとばされた腕が菖蒲の目の前に落ちる。その腕から流れるのは血の赤ではなく。白い粒子状の何かだった。

 

 何かがおかしい。

 愛しの旦那が傷付いたにも関わらず菖蒲は目の前の事象の乱れを知覚し。頭がグチャグチャになっていた。

 

『仮想体損傷。ワールド・パージ、異常発生。再修復開始』

 

 無機質な声とともに風景に強いノイズ。部屋だったところが台所、玄関、寝室と目まぐるしく変わり。

 世界(幻想)が音をたててひび割れた。

 

「きゃああぁぁぁ!!?」

 

 菖蒲に痛みが走る。先程の甘美な暖かさは消し飛び、全身に冷たくも熱い痛みが菖蒲の感覚を支配した。

 

「痛い痛い痛い痛いぃ!!」

 

 外からも中からも。あらゆる物が痛い。張り裂けそうな痛みは死の恐怖さえ感じられた。

 

 だが疾風は苦しみ悶える菖蒲に見向きもせず機械混じりの音声を垂れ流し続ける。

 

「助けて、助けて疾風様ぁぁ!!」

『修復中、異物を排除』

「ざっけんなぁぁぁ!」

 

 ブチ切れた侵入者は薙刀を力一杯振り下ろし疾風を縦真っ二つに切り裂いた。

 

『異ブツ、イイいイ物ヲハハはイイいジじじ』

「死に去らせぇ!!」

 

 壊れた人形の首を一閃。

 胴から泣き別れた首は様々な表情を浮かべながら粒子となって消し飛び。疾風だったものはこの世から消え去った。

 

「疾風様ぁ! いや違う。何が、痛い! いやぁぁぁ!!」

「菖蒲っ!!」

 

 侵入者は狐の面を捨て去り、半狂乱に目を見開いた菖蒲を抱き起こした。

 

「大丈夫だ! 悪い夢だ! 俺はここに、疾風・レーデルハイトはここにいる!!」

「疾風、様………?」

 

 消えたはずの愛しき声が菖蒲の鼓膜を揺らす。

 

(ああ、この暖かさは)

 

 菖蒲は頭ではなく心で理解した。

 そして残酷な現実を思い出す。

 

 自分は彼と結婚してなどいない。

 自分は彼に告白したが想いは届かなかった。

 

 それでも大好きで愛しき人。

 

 まやかしの理想の旦那様よりも、自分に振り向かなかった彼が良い。

 自分と結ばれない現実は辛い。それでも菖蒲は。

 徳川菖蒲が愛したのは徳川疾風ではなく疾風・レーデルハイトという少年なのだ。

 

 いつの間にか痛みはなく。自分の手には武器が握られていた。

 それは疾風の力になりたいと新たに得た愛機の弓。

 

 いまこそ、甘美な夢から覚める時。

 

「滅せよ、幻!」

 

 力の限り弓を引き、放つ。

 天井を貫いた矢が、悪夢を打ち砕いた。

 

 光が世界を包み込む………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あっ」

「おっ」

 

 光が消えると、そこは最初の電脳空間で、服装も入る前に戻っていた。

 

「うわっ!」

「きゃぁっ!」

 

 俺の服だけ。

 

 菖蒲は先程の俺ドッペルゲンガーに向かれたまま。ブラは外れ、下も少しだけずれていた。

 

「みみみみ見られた。嫁入り前の身体を疾風様に!」

「すまん、いやすまんて言うのはおかしいか。いやだが一応謝るすまん!!」

「こ、こうなったら。責任もってお嫁に!」

「ごめん、それは出来ない」

「くっ。一夏様の優柔不断さが疾風様にあれば……」

 

 悪いな菖蒲。生憎俺はそういうのは引きずらない主義なんだ。

 鈍感難聴優柔不断というラブコメ主人公ムーヴからもっとも離れてると自負している(自負してるだけ)

 だが安心しろ、俺も男だ。ドキッとはしたぞ。

 

「………あの、疾風様」

「ん?」

「幻滅されましたか。あんな卑しい妄想をして」

「なにいってんのさ。あれは敵の罠だろ」

「いえ。確かに敵の罠でしたが。あれは私が真に望んだ世界だったのです」

「どうゆうこと?」

「恐らく敵は、私の深層心理にあるものを具現化したのでしょう。私と疾風様が夫婦となり。そして、セシリア様が存在しない世界を」

 

 セシリアがいない世界。

 時々想像したことはある。

 

 もしセシリアがいなかったら、俺はISを動かせない現実を前にずっと塞ぎ混んでいただろう。それどころかISを動かしたいなんて欲求すらなかったかもしれない。

 

 そして菖蒲はこう思った。

 セシリアがいなかったら、俺は菖蒲の告白を断らなかっただろうと。

 そんなことはないとは言えない。

 

 現に菖蒲の告白を直ぐに了承しなかったのは、頭の裏でセシリアの顔が浮かんだから。セシリアへの想いがあったからだ。

 

「でも、それは間違いでした」

「え?」

「セシリア様に恋をする疾風様も、私の知る疾風様です。逆にセシリア様を知らない疾風様は、私の知る疾風様ではない。だから私はあの時、セシリア様に恋をする疾風様に恋をしたのかもしれませんね」

 

 なんとも愚かなことです、と自嘲気味に笑う菖蒲。

 

 こんな時、やっぱり言葉が詰まる。

 何を言っても彼女のためにならないということが分かるからだ。

 なにも言わないことがきっと最適解だ。

 でもここで黙るのは卑怯だということも分かった。

 

「菖蒲は魅力的だ、簪もそうだ。どちらかと歩む未来はきっと楽しいに違いないと思う。だけど俺はどちらも選べない。俺はセシリア・オルコットが好きだから。その道がどんなに険しく、茨に満ちた道のりでも。俺はあいつとこれからを歩みたいんだ」

 

 これは拒絶の言葉だ。

 どれだけ言葉を着飾っても本質は変わらない。

 下手すれば愛想尽かされるかもしれない、でもここで有耶無耶にしてはいけない。自分のエゴは自分で貫き通さなければならない。

 

「ほんと酷い人。これ以上私を惚れ直させないで下さいな」

「惚れる要素あったか? いまの嫌うとこだったろ」

「無理です。どうしようもなく疾風様が好きですから………簪様、転送をお願いします」

『うん』

「ではまたあとで」

 

 手を振る菖蒲が光となって消え、入れ替わりで簪の画面が出てきた。

 

「聞いてたのか」

『聞いてた。まさかこの短期間で二回も振られるとは思わなかったけど』

「ごめんね。怒ってもいいよ」

『怒らない。だけどセシリアに振られたら菖蒲と一緒に盛大に笑ってあげる』

 

 そんなことされたら絶対立ち直れなくなるからやめてくれ。

 なんとしても成功させたい。

 

 とっ。戻ってきたか………これはこれは。

 

『一夏は裸エプロンで楽しんでたみたいだね』

「破廉恥だわぁ」

「俺じゃねえからなっ!?」

 

 帰還してきた一夏の腕の中には、裸エプロン姿のラウラ。下着もなにもつけてない完全な裸エプロン姿である。

 会長も見習ってほしい。

 

「簪、起きる前に上書き頼む。刃傷沙汰になりかねん」

『わかった』

「落ち着いてるな疾風………」

「そうでもない。こっちは俺の偽物が出てきたよ。速攻縦に斬ってから首ハネてやった」

「自分と同じ姿の奴をよく躊躇わずに殺せるな」

「自分の姿だからだ。あと一目で人外ってわかったし。菖蒲助けるのに迷ってる暇なかった………ごめん嘘、思い出したらモヤッてしてきた」

 

 胸辺りをポンポン叩いて違和感を追い出そうとした。

 リアルでも刃物を人体(?)に振り下ろす感覚はあんな感じなのだろうか。

 うげぇ。

 

「………」

「どした」

「いや。寝てるラウラは本当にお姫様みたいだなって」

「お前はまた恥ずかしげもなく………」

「しかしなんでみんな俺が出てくるんだ? しかもあんな」

「菖蒲が言うには、対象の深層心理を解析してからそれを元にした仮想現実に落としこんでから対象を閉じ込めると言ってたが。実際どうだ簪」

『間違いないと思う。相手を幸せな夢に酔わせ、そして記憶を改竄して目的を忘れさせる。そうすることで対象を無力化する。本人は普段から渇望してる夢を見せられる訳だから、出たいなんて露程も思わない』

「え、つまりあの風景はラウラの理想」

「そんなわけ無いだろう馬鹿者っ!!」

 

 あっ、起きた。

 

「断じて、断じて違うぞ! あれが私の夢? 理想? かー、馬鹿馬鹿しい!! 何が幸せな結婚か! 穏やかな家庭だ! 子供が三人だ! 何がイチャイチャか! あんなことやこーんなことだ! 私の心は常に常在戦場だ! シュヴァルツェ・ハーゼ隊長としていつか教官のようなクールビューティーナイスバデーが私の理想なのだ! だからあれは」

「ラウラ」

「な、なんだ。ぬっ、何故頭を撫でる!?」

 

 眼をグルグルさせたキャパオーバー寸前のラウラが捲し立てるのをナデナデで静止する一夏の顔はそれはもーう優しく慈愛に満ち溢れた少女漫画の量産型イケメンみたいな顔をしていた。

 

「ラウラ。幸せな家庭を思い浮かべることは普通だから恥ずかしいことじゃないぞ。俺もそうだし」

「な、なに!?」

 

 おっと爆弾発言。

 

「つ、つまり一夏もいつか(私と)幸せな家庭を築きたいと?」

「ああ、最終的には身を固めたいしな」

「そ、そっか………そっかぁ(私と)結婚したいのかぁ」

 

 ぽーっとラウラは夢見心地だ。いままさにプロポーズをされたと言っても過言ではないからだ。

 まあそれはそれとして。

 

「ラウラ」

「なんだ疾風。私と嫁の邪魔をするな」

「いま言ったのは恐らくいつまでも独身だと織斑先生に心配かけるから将来的に結婚して安心させたいということで別にラウラが思ってるであろうことを言ったわけじゃないからな、悪しからず」

「キスァマァ!」

「うわびっくりしたっ」

 

 一夏の膝の上から飛び出し俺の胸ぐらを掴んでグイグイと揺さぶってきた。

 その顔は、怒ってるのか泣いてるのか。泣いてる般若というか。

 

「怒るな怒るな。甘い悪夢から覚めるべきというのはさっき学んだだろ」

「少しは余韻に浸らせろたわけ!」

「どうせ最後には勘違いしてブチ切れるのなら今のうちに後顧の憂いを断った方がいいかなって」

「よかれと思ってやったつもりか貴様ぁ!」

「ラウラ」

 

 ポンポンと再び頭を撫でてやると飼いウサギよろしく大人しくなるラウラ。いつから猛獣使いにクラスチェンジした一夏。

 

「とりあえず今は帰って休め。なっ?」

「………嫁が言うなら、そうする」

「よし」

「疾風、後で覚えてろよ」

「ごめん、いまセシリアのことで頭がいっぱいだから忘れた」

「命乞いさせるほど思い出させてやるからなぁ!」

 

 と、半べそのラウラは現実に送還された。

 うーむ。親切って難しいね。

 

「一夏、お前結婚願望あったんだな。俺はガチめに男色家か、あるいは織斑先生と結婚したいという超絶シスコン男だと思ってたが」

「お前から見て俺はなんなんだよ」

「アホ」

「シンプルにひでぇ」

「お前を言い表すレパートリー他にもあるが言ってやろうか?」

「その全てが罵倒系じゃないだろうな?」

「1割は褒めるぞ」

「ほぼ全部じゃないか!!」

 

 それは俺の責任ではないなぁ。

 

「一応聞くけど。あいつらの願望になんでお前が出てたかに対しては思うところないの?」

「え? 身近にいた男性像としてたまたま起用されたんじゃないのか?」

「ウルトラダイナミック馬鹿め」

「ウルトラダイナミック馬鹿っ!?」

 

 そこまで言うことないだろ!? と驚きをあらわにする一夏。

 これほどマイルドに納めてやったのに。慈悲甲斐がない奴め。

 

「さて。次も変装しないといけないのか?」

『うん。今回は世界観に合わせて、最適な装備で行けるようになってるみたい。でも気をつけて、多分セシリアの疾風と箒の一夏は今までより格段に強い』

「「なんで?」」

『………唐変木』

「グフゥ!?」

 

 簪の罵倒を前に俺はくの字に身体をよじった。

 

 ちょ、いま一夏と一緒くたにしたのか簪よ! 

 それだけは本当にやめて欲しい! 

 

「うぅ………一夏性唐変木が移ったか……ごめん一夏。俺はお前と同類のハイパーファイナルエクストリーム馬鹿だったらしい。非礼を詫びるよ」

「オイさっきよりグレードアップしてるぞ!」

 

 ………しかし唐変木か。

 この流れで簪が言うってことは。

 

 ………別種の覚悟が居るな、セシリアの願望を見るのは。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(わたくしの名前はセシリア・オルコット。由緒正しきオルコット家の当主にして、現在はイギリス代表候補生………)

 

『ワールド・パージ………、………、………………完了』

 

(………現在はイギリス国家代表。叔母様から国家代表を受け継ぎ。現在はティアーズ・コーポレーションの次期社長として勉強中である)

 

 IS学園を卒業して早2年。

 亡国機業や篠ノ之束との間でいろんな事件があったが。頼もしい仲間と共に進んできたのは、今となっては良い思い出だ。

 

「お嬢様。日本国家代表が、たった今到着いたしました」

「もうチェルシー。彼をそんな他人行儀で呼ぶのはやめなさいな」

「失礼、職務中なもので。お通し致しますか?」

「ええ、お願い。いえ、わたくしから行こうかしら。早く会いたいですし」

「そう言うと思って………既にお通ししております」

 

 チェルシーがドアを開けると、そこには彼が立っていた。

 

 セシリアが世界で一番愛しく思う恋人。疾風・レーデルハイト。

 紆余曲折はありつつも、お互いの想いが実ってセシリアと疾風は恋人同士になったのだ。

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 ペコリと頭を下げたチェルシー。本当に有能なメイドだ。世界中探したとしても彼女以上の従者はいないだろう。

 

「久しぶり。またまた美人さんになったな」

「そう言うあなたはあまり変わっていませんわね」

「童顔っていいたいのかコノヤロー。まあその通りなんだけどさ。………ん」

 

 両手を広げる疾風。

 昔と比べて随分と甘え上手になったものだ。

 だがそれはセシリアも同じ。彼と触れ合えることを夢にまで見ていたのだから。

 

 その両手に誘われるままセシリアは疾風の中に収まった。

 柔らかく包容を交わす。より男らしくなった身体にドキドキしつつも離れることなく寄りかかる。

 

「軽いなぁ。ちゃんと食べてるか? 激務続きで食事疎かにしてない?」

「うちの従者がそんなこと許すとお思いで?」

「そりゃそうだ」

 

 お互い名残惜しそうに離れる。

 時間はあるようでない。

 

「疾風、日本国家代表就任おめでとう」

「ああ、やっとなれた。楠木さんほんと強くてなぁ。一夏も良いとこ行ったんだが、俺が先に取らせてもらった」

 

 疾風がISを動かしてから苦節5年。

 一年早く国家代表となったセシリアに先を越されながらもたゆまず前に進み続けた彼は1ヶ月前に日本国家代表に就任した。

 

 セシリアは我が事のように泣き、喜んだ。

 二人でIS国家代表になり。モンド・グロッソに出る。

 それが不可能の夢ではなくなったのだから。

 

「つもる話は色々ありますが。時間があまりないのでは?」

「合間ぬって会いに来たからな」

「ではアリーナに行きましょう。車を回しますわ」

「よしっ、久々にバトれるな!」

 

 ニカッと笑う疾風に釣られてセシリアも笑みを浮かべる。

 支えてくれる友人、そして最愛の恋人がいる。

 

 親を失い、幼いながら家を引き継ぎ、心無い金の亡者と戦う日々。

 過酷な人生だったが、いまセシリアは確かな幸せを手に入れたのだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『ワールド・パージ………、………、………………完了』

 

 

 

 ここは篠ノ之道場。遥か昔に箒のご先祖様が開いた篠ノ之流剣術の道場。

 

 成長した箒は神社の巫女をしながら剣術道場を開いていた。

 数多くの剣道大会を優勝した彼女の異名は『剣道御前』。昔は力に溺れかけた箒も、今一度自身の剣道を見詰めなおし、誰から見ても恥ずかしくない剣士となった。

 

「998……999………1000っ!」

 

 緊張が解け、大きく息を吐いた。

 素振り千回。まったく同じ姿勢のまま竹刀を振り下ろすその動作は一見簡単そうに見えてとても難しい。

 千回振り下ろすまで集中力、体幹を乱すことなくそれを行わなければならないのだから。

 

 ポタポタと落ちる汗をぬぐう。

 疲労感はあるが、それを上回る達成感は他では味わえない爽快感を生む。

 

「お疲れ箒、精が出るな」

 

 そう言って現れたのは。箒の昔からの幼馴染みである織斑一夏。

 小学校から今の今まで共に竹刀を振るった男。

 

 小さい頃は弱かった癖に、今となっては箒以上の腕を持ち。篠ノ之道場の看板剣士となっている。

 

「お前はこれからか?」

「いや、一時間前に終わらせた。さっきまで走り込みしてた」

「声をかけてくれれば良かったではないか………どうせなら二人っきりで稽古を………」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、なんでもない! 気にするな!」

「そうか。じゃあ俺は朝食作ってるから、箒はシャワー浴びてこいよ」

「ああ、わかった」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 試合も終盤。2対の青がアリーナを駆け回り、光とプラズマの応酬を繰り広げていた。

 

「貰いましたわ!」

 

 ブルー・ティアーズの偏光制御射撃(フレキシブル)が縦横無尽にアリーナを照らす。

 連続発射されたレーザーによって生み出された鳥籠はそのまま中にいるスカイブルー・イーグルを光で圧殺しようとした。

 

「………そこだ!」

 

 だが疾風も諦めずブライトネスをバーストモードに。光の檻の一番弱い部分を解析し、プラズマ・フィールドとブライトネスで突き抜け、脱出。そのままティアーズに体当たりし。インパルスを振り下ろした。

 

「くぁっ!」

『ブルー・ティアーズ、シールド・エンプティ』

「イエース! 勝、利!!」

 

 十数分にも渡る激戦は疾風の勝利で終わった。

 地面に降りたってガッツポーズをする疾風。久々のガチバトルに勝利したとあって嬉しさもひとしおだ。

 

「大丈夫か。結構良いの入ったけど」

「平気ですわ。スカイブルー・イーグル、相変わらずの突破力と観測能力ですわ」

「そっちこそ。レーザーで檻を作れるほどのBT適正値。うん、やっぱセシリアのフレキシブルは綺麗だな」

「もう、最近の疾風は隙あらば褒めますわね」

 

 前よりもっとストレートな愛情表現をするようになった。

 最近はもっぱらそれに翻弄されっぱなしでなんだか悔しかった。

 

「しかしよくアリーナ貸しきれたな」

「だって。久々の二人っきりですもの。誰にも邪魔されずにやりたいじゃないですか」

「それはまた。まあ俺も同意見だ………うん」

「疾風?」

「あーなんだ………セシリア・オルコットさん」

「は、はい」

 

 フヨフヨとPICで浮きながらも落ち着かず、頬を赤くする疾風。

 何かを言い出そうとして言い出せない。だけど何かを伝えたいという様子。

 

(も、もしやこれは………)

 

 セシリアはある種の期待を持っていた。

 

 誰もいない場所で、将来を誓うプロポーズ。

 夜景やレストランという場所ではなくISのアリーナのど真ん中。しかも泥臭くも熱烈なバトルをした後という、お世辞にもロマンチックではないシーンだ。

 

 だがそれはそれで疾風らしいと嬉しく思うのは、惚れた弱みに違いないだろう。

 

「あー、えーと。んーー」

「どうしましたの?」

「ちょっと待て、これは一世一代の勝負でもあってだな」

「私、気が短い方でしてよ?」

「あと30秒待ってくれ」

「10、9」

「おいおいおい!」

 

 急かされて慌てふためく疾風に笑みを溢しながらも、セシリアはこれから疾風から出てくるだろう何かを期待せずにはいられなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いざ」

「いざ」

 

 剣道具を身に付けた箒と一夏が互いに竹刀を向け相対する。

 

 二人とも一子乱れぬ立ち振舞い。

 静かに、間合いを見極め。必殺の一撃の瞬間を見逃さないように集中する。

 

 空気が張り詰める。遠くでなるカラスや車の音が耳に届くことはなく、ただ目の前の剣士だけを見た。

 

(流石だ、本当に逞しくなった。帰宅部で腑抜けていたとは思えぬ………ん? まて、帰宅部ではないだろう。ずっと剣道部で一緒に………)

 

 ザッ。

 

「っ…!」

 

 スッ、と一夏の足が動き、箒は身構えた。

 だが攻撃は来ない。一夏は面の中で口角を上げた。

 

(私としたことが。勝負に邪念に引き込むとは、なってないぞ篠ノ之箒)

 

 もう一度、息を入れ替え。

 相手の一挙一投足に眼を向ける。

 

 互いに静かに牽制しあい。呼吸を整え、剣先を僅かに揺らす。

 そして。

 

「はっ!」

「しっ!」

 

 箒が猛烈な気と共に突進、身体ごとぶつかり胴を凪払おうと竹刀を横に。対して一夏は臆すことなく竹刀を振り下ろす。

 

 箒が胴を切り払い一夏と背中合わせになる。

 時間が止まったかのように一瞬停止し。そこから流れる動作でお互い向き直る。

 

「参りました」

 

 勝敗は一夏に軍配が上がった。

 

 一夏の面が一瞬早く箒の面に一撃を入れていた。少しでも迷えば一夏の敗北だったが。迷いない一撃により一夏は勝利を掴みとった。

 

「より力強い一撃になったな箒。気を抜くとそのまま持ってかれそうだ」

「何を言う。お前の大木のようにぶれない剣を切り伏せるには、まだまだ鍛練が足りない」

「そんなことないぜ。箒なら立派に道場を継げるよ」

「ありがとう。そ、その時は、お前も一緒に………」

 

 いかんいかん、と箒は首を思いっきり振る。

 試合を終えた時こそ気を引き締めなければ。勝っても負けても兜の緒を締めなければ。

 

 ………それでも想像してしまう。

 一夏が篠ノ之神社に婿入りし、二人三脚で道場を運営して。行く行くは子供が出来て、幸せな老後を………

 

「ぬぅん! そういうのはまだ少し先で良いだろう!」

「そうでもないんじゃないか?」

「へ?」

 

 予想だにしない返答に箒の気が抜ける。

 一夏の顔は見たことないような、照れたような嬉しいようななんかそんな感じの表情だった。

 

「ま、まさか聞こえてた、というか喋ってた?」

「そりゃ、こんな近い距離なら聞こえるだろ」

「ふわぁっ!!」

 

 ななななんてことを! 箒は夢なら覚めてくれと心の底から願った。

 一夏がいつもの突発性難聴を発言しなかったことや妄想垂れ流しというイレギュラー発生。

 

 箒だって乙女だ。シチュエーションのあれやこれやは思い浮かべたもので。

 

「箒」

「ななななにゃんだ!?」

「その、俺はまだガキだし。責任とかそういうのはまだ取れないけど」

「ぬぅん!?」

 

 まさかの展開に期待5割、疑い5割………にしようとしたが直ぐに期待10割に降りきれてしまった。

 

「もし俺が責任が取れるようになったら、その時は………」

(待て、待つんだ一夏! まだ心の準備が! 夢なら覚めるな! さっきは覚めろと言ったが覚めるなよ!?)

 

 箒の心中は正にスロットマシンでスリーセブンのうちのツーセブンに加えボーナスタイムで当たり率爆アゲ。

 

 あとは最後の7が揃えば勝ち確。

 

 ここは二人だけの世界。何者にも邪魔することは出来ない幸せな世界。

 箒は流行る心を必死に押さえつけ、次に来る言の葉に備えたのであった。

 

『ワールド・パージ、異物混入』

 

「たのもー!!」

「ん?」

 

 純白の世界に、染みが落ちた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『ワールド・パージ、異物混入』

 

 

 

『IS反応検知。接近中』

「なんですの?」

 

 遥か彼方から空色のISを駆り、セシリアと疾風に近づくソレは呆れと怒りを交えながら呟いた。

 

「………だるっ」

 

 来訪者は更に加速し、アリーナに飛び込んだ

 

 別次元からの来訪者。

 それは彼女を悪夢から救う(彼女の世界を破壊する)者である。

 

 

 






 いやー際どいシーンって書いててドギマギしますね。R系書いてる人凄い。

 簪のワールド・パージはなにになるのでしょうね。
 やっぱ変身したりするのかな。
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