IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第119話【自分(お前)にだけは負けられない!!】

 

 

 

 

 

「たのもー!」

「なんだ? 今日は休みだぞ」

「あー、えっと………道場破りだ!!」

「なに?」

「ここに俺っ、じゃない。織斑一夏が居ると聞いている。是非手合わせ願いたい!」

 

 目の前の白い胴着の男の声はひたすらに真っ直ぐだった。

 道場破りが真かどうかはわからないが。

 

「一夏に挑むということがどれ程か理解しているのか。半端な剣では勝てる相手ではないぞ」

「やってみないとわからないだろ、箒」

「ん? 何故私の名前を」

「な、なんでって………………新聞で見たから」

「まあいい。なら気のすむまでやるといい。お前も良いか、一夏」

『ああ、箒が望むなら』

 

 偽一夏が微笑むと、箒が輝かんばかりの笑顔を向けた。

 そんな二人を見て、一夏は喉に魚の骨が引っ掛かったような、なんとも得たいの知れない物を感じた。

 

「ふっ、流石一夏だな」

『男として当然さ。箒の為にも絶対に勝つ』

(何が箒の為だ、こいつぬけぬけと!)

 

 箒の願望を利用し、電脳空間に閉じ込め。その楔となっているのが偽物の織斑一夏だ。

 そんな奴が箒の為だとほざいている。それに一夏は怒りをあらわにしていた。

 

 が、怒りとは別のモヤモヤが一夏の胸のなかでドンドンたまっていた。

 

(というかなんだよその笑顔。俺の前じゃいつもしかめっ面で怒ってばっかなのに。そんな顔出来たのかお前は)

 

 面白くない。

 それだけが一夏の頭の中を埋め尽くした。

 

 竹刀を構えると、偽一夏も同じように構える。

 面の奥の偽物は箒に応援されて嬉しいのかニヤリと口角を上げていた。

 

 まるで、「羨ましいだろ?」とでも言うように。

 

「速攻で終わらせてやるっ」

「始め!」

 

 スパァァンッ! 

 

「なっ………」

 

 音に遅れて衝撃が頭部を鳴らす。

 そのまま受け身も取れずに尻餅をついた。

 

「一本!」

 

 箒の凛とした声で、思考放棄された一夏の脳細胞が結果を受け入れた。

 

(速い! こいつめちゃくちゃ強い! 箒より、いや学生時代の千冬姉と同等。ていうかこれ)

 

「柳陰さんの剣に似てる」

「当然だ。一夏は先代師範である篠ノ之柳陰から免許皆伝を授かっている。腕前は現師範代である私以上の実力者だ。貴様のような野良剣士に負ける筈もない」

「な、なんだって!?」

 

 箒の父、柳陰はかつて剣聖と呼ばれる程の実力者。

 試合において千冬ですら勝てなかった一夏が知る中で最強の剣士。

 その彼から免許皆伝を受けた? 

 そんな出鱈目なことがあっていいのか。

 

(これが箒の理想の男。いや、織斑一夏の姿だというのか!? 期待値高過ぎるだろ、普段どんな目で見てるんだ!?)

 

 一夏は(珍しく)目の前の織斑一夏が自身の移し身であることを確信した。

 鈴たちのようなアバターとしての一夏(と一夏自身はそう思っている)とは違い。箒のイメージにいる織斑一夏は、正真正銘織斑一夏だからそこにいる存在。

 

 だが諦めるわけにはいかない。

 たとえ最強の自分だとしても、織斑一夏という男は引くことを知らない。

 助けるべき友達を前に、背中を見せるつもりなどないからだ。

 

「もう一回だ!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアの世界に突入すると。そこは空だった。

 いや比喩ではなく空、足元に接地面はなく宙ぶらりん。

 落ちる! と冷や汗をかいたが、俺はスカイブルー・イーグルを出していた。

 ご丁寧にフルフェイスモードで顔を隠し、offに出来ない。

 スカイブルー・イーグル出してたら顔隠しても俺だってわかるのではないか? 俺がISを使えない世界線的な奴か? 

 

 周辺を確認すると、場所はイギリスのロンドン。

 時刻も2027年13時44分となっていた。5年後とはどういう世界なんだここは? 

 

 ふとレーダーにIS反応が2つ。一つはブルー・ティアーズ。もう一機のモザイクがかかり、詳細まではわからないが、どちらも戦闘出力のようだ。

 セシリアはそこにいる。電脳空間に配慮はいらないと、イギリスの空にヴェイパートレイルを引いた。

 

「アリーナ?」

 

 どうやら奴さんはそこにいるようだ。アリーナは吹き抜けで中の様子は分かって………

 

「………だるっ」

 

 中にはブルー・ティアーズを纏うセシリアと。俺と全く同じスカイブルー・イーグルを纏ったドッペルゲンガーがいた。

 二人ともお世辞にも歓迎ムードではない顔をこちらに向けている。

 

「疾風のスカイブルー・イーグルはここにあるのに。何故もう1機が」

『あれはうちんとこで製作された二号機だ。しかも乗り手は亡国機業(ファントム・タスク)の残党と来た。少し前に強奪された』

「なんですって!?」

『実はここに来たのは公務だけじゃない。強奪したアレがイギリスにあることを掴んでな。こんな早くご対面とは思わなかったが。そして最悪なことに、奴はあれで民間人に被害を出している』

「なんて非道な」

 

 オイオイそう言う流れなのか? 

 てかコピーそっちだろう。なんて言っても無駄かこれ? 

 あとセシリア簡単に信じすぎだろ。いや俺のことだから信じるのか。お前に嘘つくことはないがそいつは俺じゃねえんだがな。

 

「止まりなさい!」

「あーもしもし? 突然の来訪失礼します、とでも言えば良いか? まず話を聞いてほしいんだが」

『セシリア、聞く耳持つことはない。奴はテロリストだ!』

「すまんがそこの偽物くんは黙ってて欲しい。いまこの瞬間だけでもいいから」

「あなた、私の大切な人を偽物呼ばわりとは!」

『下がってろセシリア、あいつは俺がやる。シールドがもうないだろ』

「それはあなたも同じでしょう!? 無茶ですわ!」

『問題ない、こういう時の為に新開発した緊急用エネルギーパック持ってるからな』

「ごめん、聞いて頼むから!!」

 

 話し合いで解決できるとは思えんが、セシリアにとって奴は長年の幼馴染み。

 どこの馬の骨設定の俺とは新密度が違いすぎるか。

 

 てか緊急用エネルギーパックとかご都合過ぎんだろ。サラッと言っていい装備じゃねえぞ。

 

「おいそっちの疾風! どうやらセシリアとバトったあとなんだろ? 出来ればこっちも戦闘は避けたいってのは無理だと思うが」

『侵入者は排除する! それにそれはうちの製品だ、返してもらうぞ!』

「あー、目が変になったぁ」

 

 黒金の目で睨みつつ偽物はやる気充分。

 こっちもやるしかねえかクソが! 

 

 便宜上、偽疾風がインパルスで切りかかるのを同じくインパルスで受け止めた。

 エネルギーパック(チート)とやらは機能してるのか。戦闘後とは思えない充分な戦闘出力を発揮していた

 

「おいセシリア!」

「気安く呼ばないで下さい!」

「酷い、わかってたけど酷い! うわっと! 少しでいい、俺の話を聞いてくれ!」

「聞く耳など持ちませんわ!」

「相手の話もまともに聞けない猪女になっちまったのかお前は!」

「なっ! あなた、言うに事欠いて猪女とは失礼がすぎませんか!?」

「すいませんね! こっちも余裕ないの!」

 

 相手もスカイブルー・イーグル。誰よりも勝手知ったる我が愛機のことは俺が誰よりも理解している。

 それでこそ敵として現れたら厄介な性能をしていることはわかっている。

 

 計測した感じ、パラメータは寸分違わずおれのイーグルと同じらしい。

 精巧に出来たレプリカどころか、オリジナルの完全コピー版とは恐れ入る。著作権法違反だぜまったく! 

 

 ならばあとは本人の技量に左右される。が。

 

「明らかに俺より強いんだけどこいつ! 代表候補生どころか代表クラスじゃねえか!」

「情報分析が甘いですわね。疾風は既に日本国家代表ですわ!」

「マ・ジ・で!?」

 

 おい偽物の癖になに抜け駆けで国家代表になってんだコイツふざけんじゃねえぞ! 

 ということはセシリアも? 

 

「お前も代表なのか?」

「当たり前でしょう!」

「嘘やん。てことはもうモンド・グロッソに二人で出たのか?」

「それはまだですが、来年に出ようと」

「わかった教えてくれてありがとう!」

「っ! な、何故わたくしはベラベラと喋って………」

 

 フーー、これは確定だな。

 ここはセシリアの理想世界。

 セシリアの理想は、俺との約束である『二人で国家代表となり、モンド・グロッソに出ること』

 夢だからモンド・グロッソに出てると思っていたが、どうやらそこまで行ってないのか。

 はたまた別のイメージが先行したのか。

 

 どちらにせよ面白くない! 

 俺とセシリアの夢をこんな風に利用しやがって! 

 

「夢の中とはいえ抜け駆けしやがってセシリアコラァ!」

「抜け駆けって、あなた何を!?」

「てかお前とえっと、疾風・レーデルハイトはどういう関係だコラ! ここに来る前に遠見したけど。距離感近くねえか!?」

「それこそ貴方には関係ありませんわ!」

「この金髪ドリル!」

「なっ、ド失礼ですわよ! このISギーク! っ、わたくしはまた何を」

 

 おっ、これは手応えがあり! 

 このまま説得を続ければ………

 

『ワールド・パージ、修正』

「くぅっ!」

『修正完了』

「わ、わたくしは」

『セシリア、こいつの戯言は無視しろ。わざわざ付き合う必要はない』

「わ、わかりましたわ」

 

 こいつ。改竄能力が菖蒲の時より上がってやがる! 

 どちらにせよ、目の前のコイツを無力化しなければ話は進めねえか! 

 

 やれるか? 相手は恐らくセシリアがイメージした国家代表の疾風・レーデルハイト。強さは折り紙つき、現にこいつは強い。

 

 いや関係ねえ。

 セシリアを脅かすやつは、たとえ最強の俺だろうと負ける訳にはいかない! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 電脳空間深部。

 情報の光が電子の海に絶えず流れ。

 その流れを遡るように一人の少女が深く、より深く潜っていく。

 

「………おかしい」

 

 IS学園のシステムダウンの元凶である銀髪の彼女、クロエ・クロニクルは呟いた。

 絶えず手を動かしながら、それでいて眼を開くことなく。マルチタスクをこなしながらも思考は別のところにあった。

 

「篠ノ之箒に対してのワールド・パージの効力が弱い。セシリア・オルコットも篠ノ之箒ほどとは言えないが手応えが浅い………箒様は紅椿が何らかの防衛能力を持ってることは束様から聞いたけれど。セシリア・オルコットまでもが耐性を持ってるのは、辻褄があわない」

 

 単純に相性の差か。それとも彼女自身、又はISに耐性があるのか。

 

 だが現実世界からの切り離しは成功している。

 こちらも目的まであと少し。束の依頼を完成するには時間はまだある。

 

 ………しかしどうにも違和感がぬぐえない。

 

 彼女が持つ黒鍵と呼ばれるISの能力はこの世界の電脳世界を丸裸に出来る程の力を持つ。

 言うなれば、篠ノ之束のハッキング能力の一部をISの能力として再現されたのが黒鍵である。

 

 だが通常の人間が扱うには脳の容量が圧倒的に足りない。下手すればダメージを負う代物を涼しい顔で操作できるのは。彼女もまた世間一般から見て普通ではないから。

 

 そんな束が作ったISに絶対の自信を持つ彼女としては、想定外のことは明確なストレスに違いなかった。

 

「………ここがシステム中枢、やっとついた」

 

 システム中枢、IS学園の全てが残されている。

 これが悪用されれば、IS学園のパワーバランスは瞬く間に傾くこととなる。

 

 だが彼女の、篠ノ之束の目的はそれとは少し違う。

 システム中枢のその向こう。そこに繋がれている『ある物』に用があった。

 

「コンタクト、開始…………同調完了」

 

 システム中枢のドアを通り抜けたその先は、一面氷漬けの空間だった。

 水晶のような巨大な氷柱が至るところから生え。この世の物とは思えない神秘的な美しさと、電脳体でありながら寒気を錯覚させる地獄のような雰囲気を放っている。

 

 先程とはまったく別物の空間。ここはIS学園のシステムではなく。そこに接続された、あるISの心象空間だ。

 

「見つけた」

 

 最奥に位置する場所には一際大きな氷柱。

 そしてその中には一人の女武者。否、一機のISが氷漬けにされていた。

 

「これが束様が言っていた。織斑千冬の専用機、暮桜のコア」

 

 クロエはおもむろに近づき、大氷柱に手を起き。束から渡されたプログラムを………

 

「去れ」

「っ!」

 

 手が触れ、声が聞こえた瞬間。

 

 クロエ・クロニクルは微塵切りにされた。

 

 突如出現した無数の斬撃に切り裂かれ、クロエ・クロニクルだった物はデータの残骸となって弾けとんだ。

 

「………隠れてるつもりか。ここは私の腹の中だぞ」

 

 大氷柱から響く荘厳とした声。

 それに答えるように、先程粉微塵にされたクロエ・クロニクルが空間に浮かび上がった。

 

「とっさにダミーを仕込んだか。篠ノ之束の入れ知恵か、アドバンスド」

「束様から聞いていた通りとは言え。少々驚きました。まさか凍結封印されているあなたから反撃を受けるとは。それだけ凍結が解除されつつある、ということでしょうか。暮桜」

「もう一度言う、去れ。次は貴様の意識ごと斬り殺す」

「無意味です。何故なら、もう仕事は済ませました」

「………小癪な」

 

 離れていたはずのクロエの他に目の前に別のクロエがいた。同時に離れのクロエが揺らいで消えた。

 

「小娘、それが貴様の力か」

「ええ、電脳空間において。私を出し抜けるのは束様だけです」

「分かっているのか。私を解き放つ意味を。主がどんな時であろうと戦えぬ怒りと悲しみを圧し殺してまで私を使わない意味を貴様は、篠ノ之束は分かっているのか!!」

 

 怒り。明確な怒りが空間に木霊する。

 氷柱を溶かさんばかりの熱がこもった言葉にクロエはジワりと汗をかきつつ答える。

 

「束様は無意味なことなどしません。今回も織斑千冬が決心せずにあなたを死蔵していることにご立腹です」

「その為の強制解凍プログラムか」

「はい。あなたとあなたの中に眠る者の解放。それがあの方の望みを叶える為の第一歩です」

「我が主、そして。あの男(・・・)がそれを望まぬことを。あの女は分かっているのか」

「私にはこれ以上何も。それでは失礼致します」

 

 その言葉を最後に、クロエ・クロニクルは暮桜の元を去った。

 

「すまない主、不覚を取った。だがまだだ。主が自ら解放するその日まで。たとえ私という存在が消えようとも耐えてみせる。あの化け物は、出してはならない………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ぐあっ!」

「一本!」

 

 これで5回目の敗北。頭がクラッとするのを耐えてもう一度竹刀を握り直した。

 

「もう一回だ!」

「もうやめておけ。貴様の腕では一夏に勝てん」

「まだ俺は折れてねえ!」

「何度やっても結果は同じだ。もっと力をつけてから出直せ」

 

 冷たい言葉と視線に一夏の心がほんの少し揺らぎかける。

 目の前の偽物の強さは本物だ。

 敵はデータなのだから疲れなど感じはしないだろう。

 VTシステムのように決められた行動パターンなら良かったが。そこは箒の考えた一夏。まるで本物の人間のような太刀筋だった。

 

(だとしても此処で引いたら箒を助けられねえ!)

 

 一夏はそれだけを支えにもう一度、もう一度と立ち上がる。

 たとえ彼女が助けを必要としなくても。

 たとえ彼女が自分を邪魔物だと蔑んでも。

 たとえ彼女に失望されるとしても。

 

(必ず箒を取り戻す! なにより、こんな偽物に負けたら。みんなに会わせる顔がねえ!!)

 

 越えてみせる。それが最強の自分自身ならなおさらだ。

 たとえ何十何百重ねたとしても。一回でも勝てればこちらの勝利だ。

 

『いいだろう、相手になる』

「一夏っ………お前は相変わらず優しい奴だな」

『男として当然さ』

「ふふっ」

「っーー!」

 

 なにより。箒と偽物が仲良さそうに笑いあってることが凄く面白くなかった。

 今まで感じたことのない種類の怒りが持ち手に伝わって鳴った。

 

 どうしてこんなに不快なのか。一夏自身にも分からなかった。

 だけどこの状況が、この夢が続くということを一夏は激しく拒絶した。

 

「うおおっ!」

『フッ』

「くぅ! あぁっ!! 

 

 面を受け止めたがそのまま胴を薙ぎ払われた。

 

「もう一回だ!」

 

 今度は神速の突きが喉元を穿つ。

 

「ごっ………ぅぅぅ。もう、一回!」

 

 一夏が小手を狙うのをわかっていたかのように偽一夏が鋭く斬り返し、流れるように縦振りの一撃を面に放った。

 

「ま、まだだ………」

 

 何度も何度も。一夏の身体に竹刀が振り下ろされる。

 防具越しとはいえ衝撃は伝わり痛みとなって一夏を苦しめる。

 

 既に頭が回っていない。

 竹刀を支えに立とうとするが脚が震えて上手く立てずにいる。

 

「勝負あったな」

「まだ………まだ」

「いい加減にしろ。これ以上続けて何になる。さっさと荷物を纏めて去れ!」

「そういう訳には、いかねえんだよっ」

 

 厳しい言葉だ。

 箒の言ってることに間違いはない。

 

 今の一夏は無様で、弱くて、みっともなくて。ここに立つことすら恥ずかしいかもしれない。

 この上なくカッコ悪い。笑われ、蔑まれて当然だ。

 

「それでも…」

 

 逃げては駄目だ。

 

 無様でも泥臭くても。

 カッコよくなくていい。

 なりたい訳でもない。

 

 ただそこに助けなきゃいけない人がいる。

 

 それだけで。

 

 織斑一夏という男は何度でも立ち上がれる。

 

「もう一回だっ!」

 

 

 

 

 

(コイツはなんなんだ。何故そこまで一夏に挑みかかれる)

 

 実力差は歴然だ。

 素人目でも勝ち目がないことは明白だ。なのに。

 

「ぐはっ! ………も、もう一回だ!」

『はぁっ!』

「いっで!」

 

 何度打ちのめされ、何度地に身体を投げ出しても白胴着の男は諦めない。

 諦めるという感情を何処かに置いてきたのではないかと思うほどしつこく食らいつこうとしている。

 

 勝てるわけがない。

 だというのに。

 

(なんだ、この既視感は)

 

 相手が格上でも負けずに挑むその姿を。

 何処かで見たことがあった。

 

 いや、何処かではない。

 

 この篠ノ之道場で………

 

「まだ、だぁ!!」

 

 白胴着の男が踏み込んだ。

 迎え撃つ一夏。相手は面を打つ、それに合わせてカウンターを決める。

 これも一夏の勝ちに。

 

 ズルッ! 

 

「ぬぁっ」

「あっ!」

 

 白胴着の体勢が崩れた。

 恐らく足に限界がきたのだろう。

 だがこれは、タイミングがずれる。

 

 一夏の竹刀が相手の肩に当たった。

 だがこれは、勝ちの手ではない! 

 

「う、おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 腹の底から声を張り上げ、白胴着の男は崩れかけた足に力を入れ、そのまま飛び込むように一夏の腹に竹刀をぶち当てた。

 

 抜き胴、決め手が入った。

 

 やっと、やっとのことで一夏が白胴着の男に負けた。

 なんと無様な一撃か。まぐれもまぐれの大当たりだ。

 

 だがそんな偶然の一撃に一夏が負けたと箒が認識した瞬間、世界にヒビが入った。

 

「いち、かっ?」

「え、箒!?」

 

 彼の、一夏の名を呼んだ。

 いつも傍らにいた彼ではなく、道場破りの男。

 

「おっ?」

「ん?」

 

 無理な体勢かつ気を取られてせいか。

 一夏に胴を当てた男が足をもつれさせ、そのまま箒に向かって突っ込んだ。

 

「おわぁぁ!?」

「え!?」

 

 重い振動が道場を揺らした。

 背中の痛みに顔をしかめつつ、なんと起き上がろうと────むにゅん。

 

(………なんか胸に違和感が)

 

 首を動かしてみると、道場破りの男が受け身を取ろうとして両手をつこうとしたのだろう。

 が、両手は地面ではなく。

 

「あわわわ」

「なぁあぁぁ!?」

 

 箒の豊満な胸に置かれていた。

 しかも思いっきり鷲掴みしていたのだ。

 

「いいいいいやいや、ここここれはこれは!」

「き、き、貴様ぁ! その手を離さんかぁ!」

「ごごごごめん! 身体に上手く力が」

「き、貴様は。いつもいつも──いい加減にしろ一夏ぁ!」

「え?」

「あっ?」

 

 箒の頭の中に籠っていた靄が一気に吹き飛んだ。

 

 目の前の面の男は一夏だ。

 鈍感でニブチンで朴念仁で。

 優しくて、そしていざというときは頼りになる。

 

 篠ノ之箒の大好きな男の子だ。

 

「箒、目が覚めたんだなぁぁぁ!?」

「離れんか馬鹿者ぉぉ!」

 

 胸に手を当て続ける不埒者を巴投げの要領で投げ飛ばし、壁にぶち当たってズルズルと家に伏せた。

 

「まったく毎度毎度お前はふしだらことを! 大和男子として恥ずかしくないのかこの助平め! このっ、いつまでつけてるんださっさとその面を外せ一夏!」

「ま、待って。いま顔出しは不味い! 俺が二人いるっていう状況は駄目で」

「何をわからんちんなこと言ってるんだ外せ一夏! 一夏ぁっ!」

『箒、一夏は俺だよ』

「うるさい偽物めっ!!」

 

 振り向き様偽一夏目掛けて袈裟斬りを振り下ろす。

 あれほど一夏を苦しめていた凄腕は抵抗する間もなく斬り伏せられて白いポリゴン粒子となって砕け散った。

 

「一夏の顔と声で喋るな!」

「おぉ………」

 

 見事な一刀両断に思わず声を漏らす一夏。

 だが箒の怒りは未だ収まることはなく。

 

「一夏ぁ」

「ヒッ! まて、悪かった! 悪気はないんだ! ほんとだ!」

「問答無用だ馬鹿者! そこに直れ! 偽物に負けるお前の腕を修正してやる!」

「あれ作ったのお前だからな!?」

「メェェェン!!」

「どあぁぁぁ!!?」

 

 もはや死に体の一夏はまともに戦うことも出来ずただただ逃げ回った。

 一撃一撃が本気と書いてマジな箒は竹刀を持って追い回す。

 

(ああ、そういえば)

(昔似たようなことがあったな)

 

 小学生の頃、一夏に初めて負けた箒が「もう一回勝負しろ!」と言って一夏を追い回していた。

 ヘトヘトに疲れた一夏はへっぴり腰のまま逃げて逃げて。師範である柳陰や姉である千冬は遠巻きに笑うだけで助けてくれなかった。

 

 だけどあの頃は楽しかった。

 そしていまも、何故か楽しいと感じているのだ。

 

 甘い夢なんかとは比べ物にならない程の充実さが。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん? ここは?」

 

 箒のワールド・パージが崩壊し、転送されたのは青空が写るウユニ塩湖のような鏡の湖。

 

 何処か既視感を。

 一度ここに来たような感覚に一夏は頭を抑えた。

 

「ここって、確か………ん?」

 

 視線の先。風になびく白銀の髪。小柄な体躯。

 

「………ラウラか?」

「いいえ」

 

 少女はゆっくりと振り向く。

 瞳が閉じられた顔はやはりラウラに似ていて、それでいてラウラとは決定的に異なっていた。

 

「君は」

「お初にお目にかかります、織斑一夏。私の名前はクロエ・クロニクル。主の命により馳せ参じました」

「ということは、お前が今回の黒幕か?」

「イエス。IS学園のシステムをジャックしたのは私です」

「だったら!」

 

 白式を呼び出そうと意識を向けると、クロエは手で制した。

 

「やめましょう。こちらに戦いの意思はありません。僭越ながら、此度はこれにて退場致します」

「待てよ!」

「いずれまたお会いする事になるでしょう。では」

 

 そう告げたクロエは風景に溶け込むように消えていった。

 気配はなくなった。一夏は抜きかけの戦意をしまいこんだ。

 

「………さて、こっからどうすれば」

 

 簪との通信は繋がらず、途方にくれる一夏はとりあえず歩き始めた。

 前にもこんなことはあったな、と一夏は次第に頭がハッキリしていくのを感じた。

 

「おや? 迷い人が一人」

「っ!?」

 

 いつの間にいたのか。耳元に囁いてきたそれと即座に距離を取った。

 囁いたのは赤い着物に金の模様。腰には二本の刀を指した和風の女性。顔には狐の面をはめ、長い黒髪はポニーテールに纏められていた。

 

「箒、じゃない。誰だ?」

「おや、お目が高い。そう、私こそが時代の最先端。スゥゥパァァービューティィィ!」

「あ、そういうのはいいです」

「おい行きなりの塩やめろ。塩湖空間なだけに。キャッ♪」

 

 着物美人のブリっ子ポーズに思わずチベットスナギツネになる一夏。

 凄まじく気まずい空間が漂うも狐女はブリっ子ポーズを取り続ける。

 

 次第にプルプル震え、汗が垂れてきた。

 

「おい、なんか言え少年。これ以上このポーズは辛い」

「いや、やめればいいでしょう」

「愚か者! ここでなんのリアクションも得られずにスッとやめたら。まるで私が滑ったみたいじゃないか!」

「滑ってますよ」

「くっ、容赦ない。優しさだけが取り柄の男とは思えんこの冷たさ………これはこれでいいな」

「早くやめてください」

 

 キャラが濃すぎるというインパクトでオチを残した狐女はようやく姿勢を正した。

 何処か箒に似てると感じた一夏だったが、まったくの勘違いだった。

 

「あっ。主が目覚める。ではな、お前も早く出た方がいいぞ」

「えっちょ」

 

 フワッと狐女が消えた

 なんなんだ一体。異様に疲れて項垂れると、足元に何かが落ちていた。

 

「これは、赤い椿? もしかして今のは………」

 

 ピチョン………

 

「?」

 

 鏡の湖が波紋によって乱れた。

 

 誰かが背後にいる。

 急いで振り向こうとしたが世界が真っ白に漂白され、光が辺りを包んだ。

 

 霞む目を必死に開こうと一夏は試みた。

 

 そこには一人の男が居た。

 手入れのされてないシワだらけの白衣に飾り気のない黒のズボンを履いていた。

 

「あなたは………」

 

 男は微笑むばかりでなにも言わなかった。

 だが眼鏡をかけたその男は、一夏のよく知る人に何処となく似ている。

 

 いや、どちらかというと。

 

「俺?」

 

 その笑顔は、自分のそれと何故か似ていたのだった。

 

 

 

 

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