IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「ドゥエハー…………」
「行きなり変な声出すなよ疾風」
口から零れ落ちる声に一夏が呆れつつ拾う。
現在19時、空がオレンジからパープルに変わる言うなれば黄昏時。
洗い流す程度にシャワーを浴びてきた俺は備え付けの浴衣に着替えたのち自室の床に倒れ伏していた。
というのもあれからずっとセシリアと海という海を駆け回り、行く先々で何かしら遊んだり競ったりをして気づけば空はオレンジになってるという。
10年分ぐらいの海を満喫したかなぁ。あー疲れた。
多分セシリアも倒れ伏すまでは行かなくとも座り込んでるのではなかろうか。
…………しかしあれだな。
「今日IS動かしてねぇ…………」
いつもなら毎日必ず何処かのアリーナでISを飛ばしていた。専用機を持っているので訓練機の都合を考えなくていいのは本当に助かる。後は空いているアリーナに入ればいいのだから。
専用機を持っていない箒が、予約が取れなくて出来なかったと愚痴を聞いたことがある。
いくら他の国や施設より多目に配備されているとはいえ、1年から3年×8クラスのうちの一人が連続で訓練用ISを予約出来るのは難しい。
俺もセシリアとの初陣に向けて訓練用の打鉄やラファールを借りれたのは三回程だった、箒に聞くと多い方と言っていた。
まあ箒に至っては、単に鍛練だけ、というわけでは無いだろうが。
「うーーIS動かしたいよー。起動するだけでもいいからぁーー」
「駄目だろ、千冬姉にどやされるぞ。明日になりゃ動かせれるんだからそれまで我慢しろって」
「ウグゥッ!? た、大変だ。ISを動かさなければ死んじゃう病がこんなときにぃぃ!」
「昼間あんな動いてたお前が病弱な訳ないだろうに」
のたうち回る俺に冷ややかにピシャリ。
「キュイ! ハヤテ! ボクモハヤクトビタイヨ! キュイ!! ほら! イーグルもこう言ってるんだぞ!?」
「もはや別の意味で病気だぞ疾風」
浴衣の下からくくりつけられたイーグルのバッジをプルプル震わせて自己主張するも、また冷ややかにピシャリ。
ジョークじゃんかよ、マジレスすんなよなー。
そこに丁度戻ってきた織斑先生が呆れた目で俺を見た。おお、姉弟だからか呆れた顔がそっくりですね。
「うるさいぞレーデルハイト。エネルギーがあり余ってるならISを起動してランニングでもするか? 勿論PICと補助動力はなしだ」
「織斑先生流石にそれは」
前に鈴が無断でISを展開したときにグラウンド10周を言い渡されたことがあった。そのときの鈴はガションガション重量のある金属音を響かせ滝のように汗をかきながら歩いた。終わった後の彼女は正に屍のそれで、声をかけてもうめくだけだった。
それを間近で見たことがある一夏は思わず顔をひきつらせた。
「え、いいんですか!? 何処使えばいいですか?」
「おーい疾風!」
だが疾風・レーデルハイトにとってその拷問はご褒美でしかなかった。
ましてや今日一日確実に起動できないとわかっていたからこそのこの笑顔である。
「お前疲れてるんじゃないのかよ」
「ん? 何を言ってるんだ一夏、ISは別腹だろ?」
「お前が何を言ってるんだ! デザートみたいに言うな!」
「えー」
ブーたれる俺に織斑先生は頭をかいた。
「すまない。お前にその提案をした私が馬鹿だった。先程のは」
「分かってますよ。流石の俺でも無理なものは無理だと分かってますよ」
「そうか」
「でももし出来るなら喜んでやりますけどね!」
「やらせるか馬鹿者。さっさと支度をしろ。夕食の時間だ」
「「はい」」
ここの食事は浴衣着用が義務付けられてるらしい。変なのと思いつつも老舗なりのお決まりがあるのだろう。
既に浴衣に着替えているので、あとは貴重品を持ってくだけだ。
部屋に出るとき一夏に「お前のIS好きは筋金入りだなと」と言われた。
「何当たり前の事を」と答えると一夏はなんとも言えない顔をした。変なの。
ーーー◇ーーー
「う、美味い。昼も夜も高級魚の刺身とは、なんとも豪勢な。やっぱ千冬姉が言ってた金額は嘘じゃないんだな」
「なんのはなし?」
「ゴニョゴニョ」
「え!? ここそんなにするの?」
「IS学園って、すげーよな」
「凄いねー」
大広間を三つドッキングした大宴会場でIS学園生は夕食をとっていた。
ほぼ隙間なく浴衣女子で埋め尽くされた空間は少し騒がしく、料理をつつきながら味の感想だったり海での出来事を話し合ったりと盛り上がっていた。
「うわ、このわさびって本わさびじゃないか。高校生が食っていいものかコレ」
「本わさ? 普通のと違うの?」
一夏の隣に座っていたシャルロットが目の前のわさびを見て疑問に思った。
一夏が言うに、普段食べているのは合成着色されてる練りわさび。
今目の前にあるのは日本原産の本物の
「学食に出てくるのはねりわさ。店によっては本わさと練りわさを混ぜてるとこもあるみたいだけどな。ここのは100%本わさみたいだぜ。風味が段違いなんだよ」
「そうなんだ、どれどれ」
はむっと、緑の塊を口にいれた。
「えっ、シャルおまえ」
「ん? っ!!? むーーー!?」
「だ、大丈夫かシャル?」
案の定、わさびの小山を口に放り込んだシャルロットの鼻と舌に見事直撃。シャルロットは鼻を抑えて涙目になった。
「た、確かに。風味があって美味、しいよ。
さ、流石本わさだ、ねぇ……」
「どんだけ優等生だお前は。ほら水」
「あ、ありふぁほ」
水をゴクゴクと飲むシャルロットだが、わさび一山の衝撃はコップ一杯で収まるはずもなく、一夏は自分のコップをシャルロットに渡し、受けとるや直ぐにシャルロットはそれも飲み干した。
ふと、一夏はシャルロットとは反対側に座っているラウラの皿がまったく手付かずなのに気付いた。
「どうしたラウラ? 大丈夫か?」
「な、んでも、ない」
「魚苦手だった?」
「そんなことは、ない。我が黒兎隊は、如何なる状、況でも生きる術を掴みとる、訓練をしている。…………だから、大丈夫、だ!」
平静を装っているように上手く見せているが、肩が僅かに触れ、唇を噛み締めている。
もしやと思ってラウラの足元をみると、しきりにモゾモゾと動いている。
「もしかしてラウラ、正座苦手?」
「そんなことは、ない」
「本当に?」
「無論だとも」
「………………えい」
「ひん!?」
明らかに強がってる風に見えた一夏はラウラの足の裏に無慈悲の一突き。
足元の爆弾が破裂したラウラは普段聞いたことないような声をあげてさっきよりも、プルプルと体を震わせ、涙目ギリギリで一夏を睨み付けた。
「お、おま。おまえ、なんて悪魔の所業をぉぉー」
「わ、悪い。つい…………」
「おのれ…………このっこのっ」
「ちょっ、おいやめ、くすぐったいぞ」
震える体を抑えてラウラの決死の反撃、だが一夏は笑うばかりで少しもこたえてない。
「な、何故効かない。何か特殊な訓練を…………流石私の嫁、侮りがたし」
「いやー、これはハッキリいって慣れだな」
「そ、そういうものか…………クッ」
どうにか震えをおさえ、箸を手にとって刺身を取ろうとするも。失敗。
「うぬっ? くっグヌっ…………」
「ラウラ、辛いならテーブル席に移動すれば? 別に正座出来なくても」
「だ、駄目だ! この席を獲得するために綿密な計画と数多のシミュレーションを行ったのだ。それに、夫婦は共に食事をするものだろぅ…………うちの副官が言っていた」
唸りながら刺身を取ろうとするが一行に切り身は箸の間を滑るばかり。
しかし、なんと大袈裟な。まあ俺にはわからないのが色々あるんだろうな。と一夏は一先ず納得する。
「だけど、このままじゃ食べれないだろ? 魚は鮮度が命なんだから、早めに食べないと」
「も、問題ない。それに関してはプランBがある」
「プランB?」
「そ、そうだ。一夏よ」
ラウラが一夏の方に向いて皿と箸を差し出した。
「食べさせてくれ」
「えっ?」
「シャルロットが言っていた。最初の頃は一夏に食べさせてもらっていたと」
「ちょっとラウラ!?」
シャルロットとラウラは同室。何気なしにポロッと話してしまったことをこの場で言われたことにシャルロットは慌てた。
「一夏は嫌か? 無理強いはしない。この痺れに耐えれていない私に落ち度があるからな。断っても構わない」
「いや、別にいいぜ? 食べさせるぐらい」
「ほんとか!? では頼む!!」
「お、おうわかった。とりあえず皿を
言われた通り置いたラウラは取りやすいように膳ごと一夏の方にスライドさせた。
「では刺身を」
「わさびは?」
「任せよう、さあ早くっ」
(凄い期待してる目。やっぱ刺身食べたかったんだなぁ)
瞳を輝かせたラウラはパカッと口をあけた。
醤油をつけた刺身にわさびを少量のせ、一夏の手によりラウラの口に刺身が入ろうとする。
が、そんないろんな意味で美味しいことを花のIS学園女子高校生が見過ごすわけなどなかった。
「あー! ボーデヴィッヒさんズルい!」
「織斑君に食べさせて貰えるなんて! なんて役得を!」
「クッ! こっからでは銀髪美少女のアーン顔が見えない!」
「一体どんなイカサマを。これがゲルマン忍法か!」
案の定周りの女子が反応、それが呼び水になり気付かなかった女子も反応した。
少し方向性が違う人もいたような気もするが。
周りの空気が変わったのを感じたラウラは眼前に持ってかれた刺身を頬張りにいった。
「あんむっ!」
「あっ」
「「あーー!」」
「ムグムグムグ…………んー」
「なっ、なんて幸せそうな顔を!?」
「織斑君のアーンにより旨味が五割増しになったとでも言うの!?」
「うん、一夏。はやく次だ! 早く! 速く!」
「お、おうっ!」
ラウラの勢いに押された一夏は急いで刺身を箸にセットしてラウラに持っていくと、またラウラがそれを喰らいに行き、また周りから不満そうな、それでいて熱がこもった声が漏れた。
「うむ。美味い、実に美味い。残念がる皆の前で食べる一夏からの刺身は誠に美味だなー!」
「おーっと煽ってきたぞこのシルバードイツ!」
「な、なんて勝ち誇った顔!」
「清々しすぎて逆にむかつく!」
「ズルいズルーい!!」
一夏のご厚意を甘んじて受け止めたラウラに対し周りの野次が飛び交う。
「フッフッフ。ズルいだと、それはお門違い。これが一夏の隣をもぎ取った勝者の特権だ! そこで指を加えて見ていろ敗残兵ども! ハッハッハッハ」
これ以上ないくらい悪い笑顔で悦に入るラウラ。転入したての頃より悪く見えるのは気のせいだろうか、そんな目で一夏はラウラを見る。
だがそんな挑発をくらって黙っていられるほどIS学園生はお淑やかではなかった。
皆が小皿と箸を手に、一同に織斑一夏の元に押し寄せたのだった!
「織斑君私も私も!」
「ただとは言わないから!」
「早く早くぅ!」
「あーん!」
「おいまてまてまてうぉぉぉ!?」
雛鳥のように口をあけ群がる女子。
一夏は食べさせる筈なのに逆に食べられるような錯覚に陥った。
そこにスパーンと襖が開き閻魔降臨。その場はシーンと静まり返った。
「お、織斑先生…………」
「お前らは静かに食事も出来んのか。そんなに元気なら私監修の特別夜間メニューを用意してやるぞ? どうだ、嬉しいか?」
「め、滅相も御座いません!」
「直ちに持ち場に戻ります!」
蜘蛛の子を散らすように離れる女子ズ。それを確認した織斑先生は一夏に目を向ける。
「織斑、そろそろ自分の立場を自覚しろ。いちいち収めるのは面倒だ」
(俺のせい…………なんだろうか。いやでも、うーん?)
少しばかり納得が行かないながらも一夏はとりあえず返事をすることにした。
「すまないラウラ、悪いけど」
「いや、こちらこそすまない。余りにも嬉しくてな、つい調子に乗ってしまった。もう大丈夫、ようやく足も慣れてきた。ありがとう一夏」
「おう、俺も食べるかな」
「うむ。ズズッ、この味噌汁も美味いな一夏」
「そうだな」
ある程度満足したラウラは口許に笑みを浮かべたまま食事を再開したのだった。
ーーー◇ーーー
「一夏ラバーズに一夏がアクションを起こして周りが騒いで織斑先生が絞める。もはや予定調和」
「でも見てください、あのラウラさんのご満悦なお顔」
「達成感に満ちてるな」
「今回はラウラさんの一人勝ちですわね」
一夏が起こした騒ぎを少し離れたテーブル席から高みの見物を決め込んだ英国コンビ。
「だが気づいてるかセシリア」
「?」
「しれっと他を差し置いて一夏の隣にシャルロットが涼しい顔して座ってるんだよな」
「確かに!」
「ラウラがアクション起こしたおかげで自分が標的にされるのも回避した。なかなかやりおるぞあの子」
「やはりシャルロットさんは抜け目ないですわね」
「半端ないわぁフランス」
「楽しそうねぇ」
一組のテーブルゾーンの直ぐ後ろを振り返ると、真後ろの二組のテーブルゾーンから鈴が声をかけてきた。哀愁をこめて。
「てか隣がなんだってのよ。あたしなんかそんな権利すらないわよ! なんで私だけ、私だけ二組なのよ! なんで私より後に入ってきたシャルロットとラウラは揃って一夏と同じクラスなのよ!?」
「そう言われましても」
「俺達にはどうしようもない」
グヌヌと拳を震わすチャイナに英国コンビはなんともいえない顔をする。
セシリアに至っては最初から一夏と同じクラスだし。俺は世間的にも特異かつ厄介な存在だから一夏もろとも織斑千冬の管理下に置かれたって感じだろう。多分。
「中国に語りかけて国からクラス変更申請出してもらったら?」
「そんなことしたら色んな意味で修羅場待ったなしよ」
「恋の障害は打ち砕くものだろ?」
「アタシの我が儘でやっていいことと悪いことあるわよ。てか教官にそんなの知られたらそれこそ地獄見ちゃう」
なにかを思い出したのか、フルルと肩を抱いた中国代表候補生。
僅か一年足らずで代表候補生+専用機持ちの立場を勝ち取った彼女だが、その影には優秀かつ厳格な教官の指導の賜物があったかもしれない。
「てかさ。あんたら喋ってばっかだけど。なんで
「「んんっ」」
今日の献立は小鍋物、山菜の和え物二種、赤味噌汁と沢庵。そしてカワハギの刺身(本わさび付き)。あと白飯を添えて。
ちょくちょくと一夏辺りの騒ぎを傍観しながら食べていたが。鈴の指摘通り、英国コンビの刺身は手付かずだった。
元々イギリスでは生魚食べる習慣がない。そのため、セシリアがIS学園に来てから周囲で生魚を直接食べる瞬間を見たときは絶句ののち気絶しそうになった。
俺は日本育ちなので問題はなかったのだが、単純に刺身を食べたことがなく。父さんが食べてるのを見たことあるぐらいだった。
つまり二人とも生魚(刺身)未体験である。
勿論そこは流石の高級旅館、事前に生魚が苦手だと言えば別のものに変えてくれる。だが。
((昼間のことでスッカリ申請し忘れてた))
自業自得である。
しかしこのまま黙ってても仕方ないし、今更変えてくれなど旅館の料理人に失礼極まりない。かといってこのまま残すのもそれはそれで勿体ない。
なんとか箸をつけようとするも、未体験ゆえな恐怖が脳裏にちらつく。
生魚にあたったとか、それが原因で死亡したというニュースを流し目で見た余計な情報も邪魔してきている。
勿論、そんなことが起こる可能性は皆無に等しいだろう。曲がりなりにも高級老舗旅館なのだし。
…………実際食べたら美味しいかもしれない。周りの皆もウマイウマイ言って食べてるし。
だがそれでも先に進む勇気が今一つ出ない。セシリアもプライドを総動員しているが、それでも箸を持つ手が重かった。
…………よし。
「セシリア、俺が先陣を切る。その後ろから続け」
「了解しましたわ」
「
「はいっ」
「なにあんたら戦場にでも立ってんの?」
たかが刺身にこの気合いの入りよう、と鈴は呆れを目で訴えた。
わかるまい。衛生に重きを置いて焼きすぎ煮すぎで完全殺菌して食し、飯マズ国と言われた過去を持つ英国人が生の魚を食す。
それに生粋の純英国人であるセシリアがどれだけの覚悟で目の前にいるのかを。
ここは色々世話になっている幼馴染に男である俺がアクションを起こすしかない。
頭上の光に反射する半透明な白いカワハギの刺身を箸で掴み、酸化が進んでいない赤い醤油をたっぷりとつけ、眼前に持っていく。
醤油が滴り落ちる前にそれに顔ごと持っていって口に入れ…………
「フグフゴゴ!?」
「は、疾風っ?」
口に入れた瞬間目を見開いて口元を手で覆った俺にセシリアは慌てるもそれをもう片方の手で制した。
な、なんだこれ。えーと、なんというか。
口から光が出るかと思った。
口に入れた時の味は白身魚の淡白、でもコリコリとした身は噛めば噛むほど独特の旨味が強くなる。
味が消えないうちに白飯を入れると、米の甘味とカワハギの旨味が見事に合わさって…………美味い。
駄目だ、俺の食に対するボキャブラリーではこれ以上表現できない。とにかく美味い!
美味しそうに食べる俺に触発されたセシリアが俺の食べ方に習ってカワハギの刺身を口にした。そして。
「んんっ!?」
即落ち2コマ宜しく目を輝かせた。
おー見てください俺の方に向いたセシリアの顔、溢れ出る喜びをどうにか隠そうとしているがまったく隠せてなーい。
俺ももう一度刺身を醤油につけた、今度は(本当に)少量のわさびを乗せて。
「それ辛いものでしょう? 大丈夫ですの」
「何事も初めて、男は度胸」
人生初わさびを刺身でくるんで口に運んだ。
ん、これは!
先程の旨味はそのまま、けどいの一番に舌全体に乗る鋭い辛み、次に鼻を突き抜けるこれまた独特の匂い。だけど辛みがしつこくない、むしろ上品な辛みの余韻はカワハギの味をより引き立たせた。
「おーおー、レーちんもセッシーも美味しそうに食べるねー」
向かいの席に座っていたのほほんさんが何時もの朗らか顔で沢庵をボリボリ食べていた。そのあと、刺身の横におかれていた物を醤油の上に乗せて潰して混ぜた。すると醤油の色がたちまち変わった。
「布仏さん、それはなんですの?」
「カワハギの肝だよ~。新鮮な肝は醤油と混ぜて肝醤油にして食べると美味いのだ~」
「ほうほう」
言われた通りプルプルの肝を醤油で崩し、カワハギの刺身を浸して食べる。
「んーっ! 濃いっ!」
何て言うんだろう、海、というか磯かな? 海苔の佃煮のような濃いコクが口一杯に広がった、それでいてカワハギの淡白な味も負けていない。
更に+1として本わさびもトッピング。
美味い、先程の味にわさびがマッチ。
カワハギの淡白、肝醤油のコクと塩味、本わさびの上品な辛みが邪魔することなくお互いを上手く出している。
あー、駄目だ。さっきから美味い以外の言葉が思い浮かばない。
「美味しいよのほほんさん。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして~」
「お礼に一切れあげようか。はい、あーん」
「えー良いの~? あーー」
差し出される刺身を受け入れ体制バッチリなのほほんさん。
そのまま開かれた口に刺身が…………入った。
俺の口に。
「あ~! レーちんひっど~い!」
「むっふっふ、昼間のことを忘れた私ではないぞ。俺はそこらへんしつこいからな!」
「鬼~! 悪魔~! 男の子~!」
ブーブー言うのほほんさんに仕返しを完了した俺は味噌汁をすすって誤魔化した。
「疾風、流石に悪いですわよ」
「ならセシリア・オルコットよ。ご自慢の貴族精神でのほほんさんに恵んでおやり」
「セッシーくれるの~?」
「残念ですが、これは譲れません」
「ブーブー」
「二人揃って大人げないわねー」
「では鈴さんが」
「誰がやるか」
「うぎゃ~」
「アッハッハッハ!」
一介の学生では到底ありつけないような高級刺身定食を存分に味わい。至福の時間はあっという間に過ぎていった。
ーーー◇ーーー
「ふー」
食後の後に風呂とシャワーを浴びたセシリアは火照った顔をうちわで扇いで熱を逃がしていた。
美容に良いという歌い文句のお風呂から上がった自身の肌に触れるとスベスベでモチッとした感触が掌から伝わってくる。
(しかし、わたくしも慣れたものですわね。日本のことわざの郷に入れば郷に従えとは、良く言った物です)
というのもセシリアにとって大人数で大浴場に入るという習慣はIS学園に入ってから初で、最初は度肝を抜かれたものだ。
(先程頂いたお刺身も大変美味でしたし、学園に戻ったら一夏さんや箒さんが食していたお刺身定食にも手を出してみようかしら)
首もとにかかった髪を後ろに払ったセシリア、その姿に同室の女子は声を漏らす。
「湯上がりのセシリアは魅力マシマシだね」
「いやー本当色気というかなんというか」
「私が同姓愛者なら即食べに行くレベル」
「そのままの貴女で居てください」
英国に居た頃少なくなかった同姓愛者からの過剰なアピールを思い出してセシリアは背筋を冷やした。
「しかしおりむーとレーちんの部屋が織斑先生の部屋なんてね~」
「迂闊に近づけないよね。いくら憧れの織斑先生とはいえおいそれとは…………あー遊びに行きたかったなー」
「いや待って。もしかしたら、今頃男二人に織斑先生のアハーン! な個人授業が行われてたりして!」
「「なんと!?」」
それはあり得ないとセシリアはバッサリと切り捨てた。心の中で。
たとえ個人授業が行われているのだとしたら。そこから響くのは喘ぎ声でなく断末魔だろう。
「あー。織斑君たちと遊ぶために色々持ってきたのになぁー」
「せっかくだからうちらでやっちゃお。のほほんさん何がいい?」
「トランプで~」
「なにしよっか。無難にババ抜き?」
トランプ、続いてババ抜きと聞いてセシリアの体が強ばった。
「セシリアもトランプやらない?」
「と、トランプは遠慮致します!」
折角のお誘いとはいえセシリアは断固拒否の構えをとった。
色々あって、今のセシリアにとってトランプは若干トラウマ気味の代物だったのだ。
のほほんさんがトランプを配る描写でさえあの時の記憶が一気に鮮明化していく。
どことなく居ずらさを感じたセシリアは旅館の中を散策することにした。花月荘は歴史がある、何処を見ても英国とは違った雰囲気にセシリアは何処か引かれる物を感じていたのだ。
そうと決まればと懐からお気に入りの香水を取り出して軽く吹き掛けた。
「あれ? セシリアどっか行くの?」
「ええ、少し旅館を観て回ろうと」
「と言って、本当はレーデルハイト君たちのところじゃないのぉ?」
「違います、では失礼」
「ちょ~っと待って~」
部屋から出ようとするセシリアを本音が引き止めた。
よいっしょ~と相変わらずスローイングマイウェイでフラフラとセシリアに近づいてスンスンと鼻を動かす。
「やっぱり~、これレリエルのナンバーシックスの匂いだぁ~」
「「なんですっ! とぉー!?」」
聞きなれないかつ聞いたことのあるワードに女子三人は耳をでかくし、目を見開いた。
「レリエルのナンバーシックスって、一振り10万と言われるあの超超高級ブランドの香水!?」
「しかもナンバーシックスって毎年百個の数量限定シリアルナンバー入りの限られた奴でしょ!?」
おしゃれに限定すれば世界情勢に詳しき花の乙女達は人生で巡り会えないと思っていた代物に目をビカーと輝かせてセシリアに迫った。
「実物見せて! ほぁーマジモンだぁ…………」
「写真! 写真とらせて!」
「ほんとこれ何処で手に入れたの? お金払えば手にはいるようなレア度じゃない気が」
「実家のほうがレリエル社との繋がりがありまして。シリアルナンバーとは別のものが」
「「「お、お金持ち~!」」」
心の底から羨ましげに見てくるクラスメイトにセシリアは少し気まずくなった。
お金を持っていたのは自分ではなく親のほう。レリエル社との繋がりを作ったのも自身の母親、セシリアはそれを引き継いだだけに過ぎないのだから。
「嗅いでみてもいい? というか嗅がせてください!」
「あの、折角でしたら使ってみます?」
「「「それは駄目だよ!!」」」
な、何故…………と困惑してるセシリアの腕をガッと掴む女子ズ。
「一振り10万だよ!? そんな気軽に使うなんて勿体ないし恐れ多いよ!」
「これから織斑君来るわけじゃないしねー」
「皆さんがそうおっしゃるのでしたら」
「ほんと? では失礼して…………」
『ふわぁ~~~』
セシリアの四方を囲んで鼻をならして恍惚な表情を浮かべる女子ズ。真ん中に拘束されたセシリアは何処かむず痒くも恥ずかしい感じになった。
早く解放されないかと胸中で思うなか、香水の匂いを堪能する女子ズに紛れてのほほんアサシンが大胆な行動に出た!
「あ~~。セッシーの下着。レーちんカラーだ~」
「え? きゃあああ!? 布仏さん! 何をしていますの!?」
セシリアが包囲されている間にのほほんさんがセシリアの浴衣をペロリとめくっていた。
「なに! それは聞捨てならぬな~」
「のほほん裁判長! 身ぐるみ剥ぎの系に処すべきだと進言します!」
「許可する~」
「許可しないでくださいまし!」
「問答無用! 剥け剥けーー!!」
「ちょっと! 何処をさわってますの! あっ、そんなとこ、あっ!!」
護身用の格闘術を身に付けているセシリアだったが、数少ない男子に会いに行けないという欲求不満とエネルギーの行きばを見失った花の乙女のリビドーは留まることをしらず。
こういう少女の暴走はいつものメンバーでよくみるのでセシリアも理解していた。それが止められないことも。
「うぅ、皆さん酷いですわ…………」
1分後、そこには薄い本宜しくに中途半端に浴衣を乱され涙目金髪貴族令嬢のセシリアの姿が。
セシリアの下着は水色ベースに豪華な白いレースがあしらわれ、細かいところに金糸の刺繍が施された。如何にもお金がかかってそうな代物だった。
「スカイブルー・イーグル・ランジェリ~」
「なになに? レーデルハイト君特効の特注品?」
「織斑先生の居るとこから連れ出して!」
「物陰に連れ出してひと夏のアバンチュール!」
「かけ上がるぜ大人の階段!」
口々に好き勝手言いながら、最後はセシリアを見下ろして声を揃える女子一同。
「セシリアはエロいなぁ~」
「え、エロくありませんわ!! なんですかひと夏のアバンチュールって!!」
もみくちゃにされた浴衣を直しながらキッと反論の意思を目に宿した。
「えー、じゃあなんでまたレーデルハイトカラーの下着を」
「偶然、偶然ですわよ本当に!」
「その割りには気合いが入って…………」
「淑女足るもの、由緒正しきオルコット家の人間として下着にも手を抜くことなどありませんの」
事実である、セシリアは元々この色合いが好きなだけであり。前述の意図など全く考えていない、本当に偶然なのである。
だが欲にまみれた女子ズは疑いの目、もといゲスい目をやめなかった。
「本当に? そういえば念入りに体洗ってたよね」
「公共浴場施設ですから当然ですわ」
「そのあとシャワー浴びてたし、メイクもしてるし」
「女として当然の身だしなみです」
「なんか怪しい。金髪ツンデレお嬢様は総じてムッツリなのが定石なのに」
「怪しくありませんしムッツリでもありません! もういい加減にしてくださいまし。わたくし、用があるので失礼致します」
何が定石か、とんだ偏見を持ち出されたものだと、少し気分を害したセシリアはむくれながら部屋を後にする。
だが。
「通さぬぞセシリア・オルコット~!」
「なっ! 布仏さんいつの間に!?」
いつもスローなのほほんさんに似つかわしくない、いやもはや同一人物なのかと思う程のクイックムーブでセシリアの行く手を阻んだ。
「ハッ!?」
「ふっふっふ。ふっふっふ」
邪な気配を感じたセシリアが振り替えると腕を広げたゾンビみたいな動きで迫るニヤニヤ顔の女子ズの姿が。
「こ、来ないで」
「そうは行かないよセシリア」
「私達は真実を明らかにしなければならない」
「さあ明かせ、その貴族オッパイの中に秘められた蒼き劣情を!」
ただならぬ雰囲気にあとずさ…………れない。
後ろには同じく腕を広げたのほほんさんが配置されている。不思議なことに彼女をさばいて行ける気がしない
つまり…………
セシリア は 逃げられない!
「往生せーやぁぁああ!!」
「いやぁぁぁぁーーー!!」
現在20時30分頃
イギリス代表貴族令嬢の叫び声が、花月荘全体に響き渡ったのだった。
合唱。
やっとセシリア(に対する)名台詞を書けました感無量です。
自分お刺身(カワハギ)やわさびを食したことがないので今回の食事シーンは苦労しました。
情報提供をしてくれたフォロワーの皆様、ありがとうございます。