IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「まったく、足を掬われても知りませんわよ。もう」
通信を切るやいなや人知れず愚痴を漏らすセシリア。だがその相手は今一人で果敢にもあの銀の福音と命懸けの駆け引きをしている。
気持ちを切り替え、忙しない彼に変わってセシリアは本部に通信を繋いだ。
「こちらセシリアです。本部応答願います」
「こちら本部、白式のバイタルデータの数値が変動している。何があった」
「作戦は失敗しました。白式は撃墜、一夏さんも重症をおっているようです」
「なんだとっ!?」
「今箒さんが一夏さんを連れて花月荘に向かっています」
「………わかった、至急救護班の手配をする」
千冬から普段聞かない声色が届く。千冬だからこそここまで抑えた声量だった。後ろで作戦の顛末を見て待機していた鈴とシャルロットが騒ぎ立てるのを、織斑先生が一喝して無理矢理黙らせる。
セシリアも心臓を締め付けられる感覚に襲われていた、恐らく静かにしてるラウラも同様だろう。
「見つけましたわ」
高機動パッケージ専用ハイパーセンサー【ブリリアント・クリアランス】がこちらに向かって飛んでくる紅椿を捕捉した。
エネルギーが殆どつきているのか、先程高機動パッケージすら追い抜いたそのスピードは見る影もなく。パッケージ未装備のISのそれと殆ど変わらなかった。
「箒さん、聞こえますか。このまま真っ直ぐ花月荘に向かってください」
「わかった………」
「今は何も聞きません。急いで一夏さんを」
マッハを叩き出しているブルー・ティアーズと紅椿の距離は徐々に近づき、刹那の間にすれ違う。
動体視力を強化されたセンサーがすれ違いの間に捕らえた映像がウィンドウに映し出されてセシリアは息を飲んだ。
破損した白式の装甲、ISスーツは破れ、露出した背中は重度の火傷。目を背ける行為すら凍結させる程の凄惨たる有り様だった。
吐き気が込み上げる。だがISの操縦者保護で直ぐに吐き気はなくなった。
「本部へ、今二人とすれ違いました。紅椿は本来のスピードを出していません、誰か迎えをよこしてください」
「了解した」
「それと、作戦海域に密漁船が発見されました。今密漁船と合流して誘導します、此方にも迎えを寄越してください。今疾風がたった一人で福音を足止めしています」
「そんなっ! たった一人で軍用ISの相手をしているのですか!?」
「了解した、そちらにはボーデヴィッヒを向かわせる」
「お願いします。受け渡し後、わたくしは疾風と合流して福音に対処します」
通信を切ると、ハイパーセンサーが航行中の密漁船を見つける。
ブルー・ティアーズは超高速機動を停止、通常航行に切り替えて密漁船に通信を繋いだ。
「こちらは貴方方を確認しました。これから誘導に従って貰います。不躾な真似をなされたら命の保証は致しかねます」
「わかった。わかったから撃たないでくれ。お願いします、このとおりだ!」
ならず者にしては拍子抜けする程素直な対応にセシリアは小首を傾げる。
なにか裏があるのではと大容量レーザーライフル【スターダスト・シューター】を向けると船員は頭を抱えて縮こまった。
反応から察するに疾風が何かしたのだろうか。やりかねないと思いつつも考えないことにした。
……………………………………
(遅いっ!!)
セシリアは胸中で叫んだ。
ISと密漁船の速度差などたかが知れているし、密漁船のサイズを見るに速力がそこまでないのは分かっている。
先程疾風に通信を送ったのだが「防戦一方で時間稼ぎまくり! おい奥さん! 早くしないと旦那が浮気しちゃうぞぉぉっおっとぉぉ!!?」と余りに切迫した状況に異常なほどハイテンションになってしまっている。
もしかしたらこちらを心配させまいといつも以上におどけて見せているのか。
彼の軽口に反して状況は一刻を争うというのに。もし彼がこの間に撃ち落とされ、一夏と同じ目にあってしまっては。否、一夏と違い側に助ける者がいない以上、そのまま福音にトドメを刺される可能性も。
ゾッと冷や汗が通った。はやる気持ちを抑えられず、もう一度密漁船にコンタクトを取った。
「遅いですわよ! もう少し速度を上げれないのですか!」
「これでも精一杯なんだよ! なんならあんたが押してくれよ! ISならできるだろ!?」
勿論それも考えた。ブルー・ティアーズで船を押すことは可能。だがこの後に銀の福音との戦闘が控えている為に成るべくエネルギーを温存したい。
だがなんとかしなければ、事態は刻一刻と進行している。こちらに向かっているシュヴァルツェア・レーゲンもまだ遠い。このままでは疾風の身が危ない。
何か手はないかとセシリアは密漁船を注視し、考えを巡らせる。
「密漁船のクルーに告げます。今すぐ船に乗せている物を全て捨てなさい。船に搭載されている漁業機械も全て落としなさい。航行に支障のない物を削ぎ落とせば船も軽くなるでしょう」
「なぁっ!? 漁業機械も!? あんた正気か! これがどれ程値を張る代物だと思ってんだ!」
「貴方達の命より高いとは思えませんが?」
「ぐぅっ」
話の分からない男達にセシリアの苛立ちが溜まっていく。
「さあ、
「む、無理だ! 今すぐなんて外せねぇ! 少し時間をくれっ!」
「っ~~!!」
我慢の限界とセシリアはブリリアント・クリアランスのバイザーを外部不可視モードにし密漁船に急接近、乗組員と鉢合わせし、男達は目の前の蒼いISに尻餅をついていた。
「ま、まて! 命だけは!」
男の制止を待たずセシリアは船の両脇に設置された漁業機械の根本をレーザーで撃ち抜いた。根本が溶け切れた機械は重々しい水飛沫と共に海の藻屑と化した。
「これで文句はないでしょう。さあ、早く残りを捨てなさい! エンジンも焼ききれるぐらい回しなさい!」
「さっきの奴といいISに乗ってる奴は総じてクレイジーしかいないのか!?」
罵倒しながらも船員の男達は次々と荷物を海に捨てていった。
心なしか船の速力も上がった。正直五十歩百歩だが、その五十歩が今必要なのだ。
「はぁ。これで少しはましになるでしょう」
セシリアは再び上に上がろうと男達に背を向けた。
ふと、高性能なハイパーセンサーが男達の会話を偶然拾ってしまった。
「くそっ! 今日は厄日だ!」
「受け渡しされたら俺達ムショだな。高値はたいた機械も海の底とは、ほんとついてねぇな」
「結構稼げたのによ、勿体ねぇ」
(なにを言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい)
セシリアは構わず上昇しようとスラスターを再点火し……
「それにしても、あのねーちゃんいい体してたよなぁ? 俺たっちまった」
(……は?)
ピシリとセシリアの中の何かがひび割れた気がした。
「お前あんなのがいいのか? どう見ても小娘だろ」
「いやいや確かにそうだが胸もいい塩梅だったろ? 顔見えねぇけどきっと美人に違いねぇ」
「確かに、こっち向いてる尻もガキにしては大きいよな。確かにそそるかも」
「あぁ。ムショにぶちこまれる前に一度でいいからあんな子をムチャクチャにしたかっ」
ズドォォォォンっ!!
直後、一瞬強い光とともに巨大な揺れが男の話をぶったぎった。それと同時に背後に巨大な水柱が立ち上る。先程のイーグルが打ち込んでいたものの二、三倍はあるかと思える高さだった。
発生した波に揺さぶられながら、男達は水柱に釘付けになり降りかかる海水を浴びる。
「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」
通信機越しではなくスピーカー越しにセシリアは笑った………ワラッタ。
手に持っている巨大なレーザーライフルを撫で、銃口からは煙がうっすらと立ち上っていた。
船の男達がセシリアの顔を見れなかったのは幸いというしかないだろう、でなければたちまち粗相をおかしていた筈だ。
「次喋ったら、殺します」
声色は言葉に反して何処までも柔らかく優しかった。それが返って男達を畏怖させた。
そこから船内はただただ静かだった。そして男達は固く胸に誓ったのだった。
(((もう女には逆らわないようにしよう)))
ーーー◇ーーー
くそったれめがー! と叫びたくなるような壮絶なチキンレースを開催してからはや30分………え、まだ10分しかたってない? 嘘やろ?
とにかくばら蒔かれる爆弾兵器を忙しなく迎撃しまくる俺とイーグル。
本当に両親は良いものを作ってくれた。後は俺の技量が良ければ万々歳なのだが現実はアニメのようには行かず泥沼状態。
時折ボルトフレアをコールして当ててみようとするけど当たる気配なし、銀の福音というISは無駄に性能がいいのだ。
ボルトフレアはまだ実戦情報が少ない、本来ならじっくり撃ってからISのほうで反動制御や発射時のアレコレを調整できたのだが。いやもうよそう、言っても仕方ない。
ということで現在の俺とイーグルではいつもより速い挙動かつその状態でボルテックを持ちながらボルトフレアを片手で狙って撃つということが困難。
ボルテックをリコールして両手撃ちで撃とうとするも防御用の札が無いと認識した福音がこれ幸いと銀の鐘をばらまいてまたボルテックを瞬時にコールするか間に合わないと思ってイーグルのプラズマフィールドを展開してノックバックで吹き飛ばされる。
仮に撃てたとしても当たらない。
ならばボルテックで接近戦をしかけようとするも当たる気がしない。すんでのところで躱されて銀の鐘をばらまかれてフラストレーションが溜まりまくり。
というかこれだけばらまいてるのにまるで息切れの気配がない。
競技用ではなく最初からレギューレーションリミッターが外されていることを前提に作られた【軍用】ISだからだろうか。
………なんだよ軍用って、なんだよ軍用って、なんだよ軍用って。
「うぅー!! アラスカ条約仕事しろコラァァァァ!!」
アラスカ条約。日本がISを発表したときに何処かのA国、というよりぶっちゃけアメリカが「独占は良くないデース! ISの詳細を全て開示しなサーイ(要約)」という発言を元に作られた条約。
コアの取引を禁止という第7項が有名だが。第3項には正当な理由のないISを使用した他国への軍事行動の禁止という記述がある。
という風に発端はアメリカの発言が元とされているアラスカ条約な訳だが
それが今はどうだろう。自国で演習していたAI搭載型ISが暴走してパイロット乗っ取って乗せたまま日本に直進してるじょないか!
マジふざけるな!まったくもってふざけるなよド畜生!!
「ファック!! 勝手に火種持ち込んで対処宜しくとかどの口が言うんだ大国!! お陰で一人は増長してもう一人は死にかけだ!! この諸々の事態終わったら覚悟しろよアメリカァ! あとついでにイスラエル! 賠償金とか口止め料とか搾れるだけ搾り取ってやる!」
おかげで俺は単独でこんなチキチキレースだ! 俺なんか悪いことしたかな!?
「してねぇよ畜生! さっさとくたばれエセエンジェルがぁぁ!!」
怒りの瞬時加速を発動。紅椿に及ばないながらもボルテックを一気に突き抜けるように突いた。
だが福音はわずかにずれて直撃を避けた。
ボルテックの切っ先がSEの上を滑る。
「躱すのかよ今の!」
「La………♪」
福音の手にはビームショーテル。背中を見せた俺に向かって切り込んでくる。
プラズマフィールド間に合うか!?
その顔面を睨み付けたままの俺に横薙ぎにショーテルを振るう福音は接触寸前にぶち当たってきた青いレーザーに横っ面を殴られて錐揉み回転した。
「おっと!?」
「すいません、遅くなりましたわ」
「ナイッシューセシリア! カッコいいーー!!」
福音とのデートが始まって12分、よく耐えきったと褒めてやりたい。
ていうかなに今のベストタイミング過ぎる。惚れるわこんなもん。
「船はラウラさんに引き渡しました」
「沈めちゃえば良かったのに」
「ええ、危うく沈めてしまうところでしたわ」
「嘘だろ?」
「いいえ」
温厚な笑顔が怖い。
何があった、いやほんと何があった。
「とりあえず来てくれて助かった。さっきから射撃しようにも当たらなくて当たらなくてもうやんなってた。だからもう射撃しない俺は突っ込む、だから援護宜しく」
「ええ、オフェンスは任せます」
「任された、行くぞ!」
セシリアの狙撃と一緒に直進。
接近戦にシフトした俺はひたすら福音に食いつくよう後ろに陣取る。
さっきの紅椿との接近戦を見るにそこまで近接戦闘が優れていないのではと考える、箒の剣の腕もあるだろうが、銀の福音のメインは飽くまで銀の鐘だ。
飛行中に銀の鐘を飛ばしてくるが、狙いが拡散しているのか隙間が出来ている。
隙間と言ってもIS一機通れるかという範囲だが、イーグルの目ならなんとか通り抜けられる。かすったとしても一発ぐらいならノックバックはさほど気にならない。
セシリアが来る前に飛んできていたハミングバードがいつの間にか発射されていないのは、おそらく実弾故の弾切れだろうか。
なんにせよ誘導弾に対する気構えがない分対外的にも格段にやり易くなった。
福音はこちらに狙いを定めるために体を反転。速度を緩めて此方を向き銀の鐘の砲門を開いた。
エネルギーが砲門に溜まって放たれる銀の鐘だが、蒼穹の狙撃主がそれを許さない。
ブルー・ティアーズの狙撃、それを感知した福音は射撃体勢を解除して回避するもレーザーがその巨翼の端に当たった。
セシリアのブルー・ティアーズに搭載されたブリリアント・クリアランス。
本来は超高速化での射撃、動体視力の強化を目的とした装備。
現在は通常機動のために感度を抑えめにしてはいるものの、セシリアの元から備わった射撃技術が合わされば、射撃体勢に入った福音など止まってるのと同義なのだ。
「もう少しで、見極められそうです。動きが不規則と思いましたが、よく見るといくつかのパターンがありますわね」
「ああ、こっちでもパターンを何個か計測済みだ、そっちに送る。だが計測してるのは奴も同じだ、油断するなよ」
「貴方こそ」
自身のスピードより遥かに早いレーザーと常に追従してくる高機動仕様のIS。
先程の紅椿、イーグル単体とは違う閉鎖的な狭苦しさに、感情がないはずの福音は苛立ちを感じ始めていた
『優先順位変更、対象を敵機Dに変更。瞬時加速、発動』
グルンと回転してセシリアに向けて福音は瞬時加速で俺を振り切った。
遠距離用武装を主軸とし、ビットが使えない今のセシリアが接近されたら不利な状況になるのは必然。
福音はまず援護射撃をしているセシリアを仕留めて状況を変える算段だろう。福音はティアーズを射程距離に捉えると銀の鐘をばらまいた。
当然回避行動に出るセシリア、回避しながらもライフルを福音に向けて発射するも福音はそのマルチスラスターを駆使して徐々に距離を詰め、銀の鐘をばらまきながらビームショーテルをアクティブにする。
「あめぇよクソAI」
「ちょろいですわ!」
拡散して降り注いだ銀の鐘はセシリアの後ろに隠れていたビークビット四機によるプラズマバリアに阻まれた。
防がれた福音は近接行動を停止して退避しようとしようとするもその隙を逃さないセシリアではなく、その胸にレーザーをぶち当てた。
福音はAI故に冷静に状況を分析し打開策を検討。正面にはティアーズ、下からはセシリアに引っ付いていたビークビットが、後方にはイーグルが迫る。福音はその場を離れようと上方に向かって飛んだ。
誘われたと知らずに。
「安全策ドンピシャぁぁぁーー!!!」
福音の瞬間的速度、上方に向かうと推測しての距離、イーグルの到達距離と速度、角度をイーグル・アイが計算して導き出された到達点。
予測不能の現状に福音のAIが光速的に演算を開始する。
だがその前に福音の翼にめり込んだ爪が動き出す。
「右翼、貰ったぁぁっ!!」
突き刺さったボルテックを強く握りしめたままイーグルのスラスターを全て上方向に向けて噴射、突き刺さったままその場で一回転し福音の翼の表面を強引に砕いた。
白銀の翼についた傷はショートして小規模の爆発、誘爆を起こした。
稼働して初めて受けた傷に
『右スラスターに深刻なダメージ。右シルバー・ベルの一部使用不可。ダメージレベルB………優先順位変更、機体と搭乗者の保護を最優先。ハミングバード全弾射出、シルバー・ベル斉射、オールウェポンリリース』
銀の福音のスラスターのあらゆる場所が開放、残った武装をばら蒔いて福音の周囲は爆炎に包まれた。
「なんだぁぁっ!?」
「疾風!」
当然近くにいた俺は射程範囲内、福音に背をむけた状態でハイパーセンサーの後方視覚で見た瞬間に爆発がSEに届き。そのまま吹き飛ばされ視界がグルグルと回った。
福音が隠していた最後っ屁は二機の包囲を崩した。
『現空域の離脱ルートを確保、チャフグレネード全弾射出。緊急用ニトロブースター点火。オーバーブースト、レディ』
福音はチャフをばら蒔いた瞬間、爆発するように加速。勢いに乗って分け目も降らず逃走をはかった。
「ま、待ちなさい!」
「追うなセシリア!」
白い紙片が舞うなかでセシリアの腕を掴んだ。
チャフで通信がノイズだらけになっている、超高感度ハイパーセンサーをオフにして口頭で叫んだ。
「何故追わないのです!? わたくし達なら福音に追い付けます!」
「俺達二人ならな。けどさ、ほれ」
ホロウィンドウでイーグルのステータスを表示してセシリアに見せた。
エネルギーは一割でレッドカラーに、SEは半分より少し下になっている。
「さっき福音に食いついたときに殆どのエネルギーを使った。いけるかと思ったけど、やっぱ零落白夜に比べると劣りまくりだな。これじゃ追撃は出来ないし、かといってお前一人で福音に向かわせるのは前線指揮を任された物として認めることは出来ない」
「ですが!」
「頼む、お前まで一夏みたいな目にあったりしたら。俺は自分を保てる自信がない」
「………わかりましたわ」
IS越しでも震えた手にセシリアはライフルを下ろした。
本部に通信しようとするもチャフが酷くてままならない。
「戻ろうセシリア、福音は日本とは反対に飛んでった。あの損傷だからそう遠くに行けないだろうし。戻って次に備えよう」
「ええ」
ーーー◇ーーー
俺が帰投してから既に一時間、そして一夏が意識を失ってから三時間が経過。
一夏は意識不明の重体、銀の鐘による傷はISの緊急保護プログラムでなんとか一命を取り止めるに至ったものの、今だに意識を取り戻してはいない。
銀の福音は一定距離を飛行したのち反応消失、おそらく受けた傷を癒すためにステルスモードに入ったと思われる。
俺とセシリアは教師陣にISの整備を任せ、残った専用器持ちはパッケージのインストール作業に取りかかった。
作戦は継続、それが学園上層部からの指令だった。
例の密漁船だが、詳しい詳細は知らされなかった。これに関しては俺達の管轄ではないためだという。
「………」
戻ったときに一夏を目にした時、心臓がキュッと引き締まった。
点滴に繋がれる腕、口には酸素マスク、傍らには心音を伝えるための電子機器、そして包帯だらけのまま、死んだように眠る一夏の姿。
ガンッ!!
そばにあった木柱に拳を打ち付けた。
打ち付けた拳を固く握りしめると、否定的な考えが次々と浮かんでは消えた。
俺がもっと箒を律していたら、密漁船のような想定外の事態の対処をちゃんと伝えていたら。援護班の出撃をもっと早く行っていたら。状況は今より良くなっていただろうか。
所詮はタラレバだ、だけどそう思わずにいられなかった。
もう一度拳を叩きつける。手に痛みが浮かぶ。この痛みが、一夏が受けた痛みの万分の一を感じられたらと思う、だけど。
「そんなことをしても、何も変わらんぞ」
顔をあげると、ラウラがこっちに歩いてきていた。
その人形のように綺麗な顔はただひたすら無表情で、発せられた声色は透き通っていた。
「気持ちはわかるが冷静になれ、まだ作戦が終わったわけではない」
「よくもまあ冷静でいられるな。お前一夏のこと好きじゃなかったの?」
「好きだとも、共に人生を歩み、添い遂げたいと思うぐらいに。だが私がここで泣き叫んでも事態は変わらん。それに一番辛いのは肉親である教官だ。今すぐ飛び出したい気持ちをあの人はただただ抑えている、トップが揺らげば全体が揺らぐことを知っているからだ」
「………ごめん」
「気にするな、そういうことは言われなれている」
自嘲気味に笑うラウラにまた胸が締め付けられる。
俺達とはまったく違う環境から来た軍隊長のラウラ。俺達より戦場の何かを知っている彼女に俺はどうしても聞きたいことがあった。
「一ついい?」
「なんだ?」
「ラウラに聞きたい。今回の一夏と箒の戦い、密漁船が出たときの対応。お前はどう見る」
「そうだな」
ラウラは腕をくんで眼帯に覆われていない目を閉じる。
「白式と紅椿のログを見た、戦闘映像もだ。ファーストアタックは失敗したが。そのあとは順調に福音に迫っていたと思う。箒が福音に一撃をあたえ、一夏が零落白夜を降り下ろしていれば、あるいは…………だけど一夏は」
「厳戒領域を無視した密漁船を助けた」
「軍人としてどう思う?」
「飽くまで軍人からの見解だが、一夏の行動は間違いだろう。奴等は厳戒領域を突破してまで侵入した、流れ弾をくらって海の藻屑になろうとしても、それは仕方ないことだ。本来なら機密保持目的で、密漁船は沈め、乗組員も一人残らず抹殺しなければならないだろう」
「だが、俺たちは軍人ではなく、何処にでもいるような学生だ」
そう考えると、一夏の行動は人道的であり、道徳的にも思えるだろう。
学生の、人としての考えを取った一夏と作戦遂行を第一とした箒。
「一夏は優しすぎる、それが仇となったと言えば、それまでだろう」
「今まで平和そのものの暮らしをしていた俺達に人殺しをしろと言うのか?」
密漁船を見たとき、どうしようもない感情が沸き上がった。
殺したいとすら思えた、お前たちがいなければ一夏があんな目に合わずに済んだのではないかと。
だけど殺せなかった、傍らに弾丸を撃ち込んだだけで、俺は彼らを殺すことが出来なかった。
「もう一つの敗因は紛れもなく箒だ。奴は紅椿という力を手にし、自らを強者と定め、自身に不可能などないと、立ちふさがる者はいないと信じた。そして今までの耐えて忍んでいた一夏、自身の指標に対する思いが爆発した。だがその先にあるのはなにもない空虚だ」
「随分と語るね」
「私もかつて力に溺れたことがある。だから箒の行動原理はよくわかる。だがそれはあってはいけない力だ、私はIS学園で一夏に教えられた」
ラウラは俺よりも前にIS学園に転入してきた。俺はIS学園に入ってからのラウラしか知らないし、来る前のことなんてあんまり知らないけど。
皆なにかしら一夏に助けられ、彼に好意を抱いている。
「ここにいましたのね」
「どうしたセシリア」
「ティアーズとイーグルのメンテナンスが終わりましたわ、確認のために来るようにと」
「分かった、今すぐ行く。ラウラありがとう」
「ああ」
セシリアに連れられて花月荘の渡りを歩いていく。静かな空気のなか、木造の板張りは歩く度に音を鳴らしていた。
「………これからどうするのでしょうね?」
どうするのか、それは福音との戦いに参加するか否かではなく。どう戦えばいいのかということ。
「わたくしと疾風で手傷を負わせられましたが、福音はそのデータを元に戦いを組んでくるでしょう。同じ戦法が通じる可能性は低い。織斑先生が言っていましたが、援軍は見込めないらしいですし」
そうなのだ、この日本の危機に日本の駐屯地、日本基地に居るアメリカ所属軍は動く気配がない。
アメリカはともかく日本国軍が動かないって、どういうことなのか。失敗した時の責任をIS学園に押し付けるつもりなのだろうか、いや考えすぎか。
「何か別の作戦を立てないと行けませんわね。零落白夜を使う一夏さんが再起不能な今、どのような作戦を立てれば」
規格外、既存の技術では想像できないISのみが生み出す行きすぎた科学の成れの果て、魔術の域に踏み込みかねない操縦者とISの深層共鳴による超常現象。
個体差はあれど、ワンオフ・アビリティーは戦況を一気に変えれる切り札。ジョーカーカードを失った俺達に、先程の一撃必殺は望めない。
だが………
「あるには、ある」
「え?」
「零落白夜並みにシールドバリアを削り取れる方法が」
「本当ですの? まさかイーグルにワンオフ・アビリティーが?」
「いや。だけど条件が揃えば並のISなら一撃で沈められる威力がある。理論上はだけど」
「なにか問題があるのですね?」
「ああ。その為にも」
整備している教師に了承をもらってISを受け取る。
そしてハイパーセンサーを起動し、目的の物を探した。
「居た。まったく、一夏の元にもいないであいつは………」
「疾風?」
「セシリア、皆を集めてくれ。そろそろパッケージのインストールが終わるはずだ」
「貴方はどちらへ?」
目的の場所に向けて歩きだす。背後のセシリアの言葉に立ち止まることなく俺は淡々と答えた。
「最後のピースを持ってくる。俺達にはあの力が必要だ」
答え終わると同時に走り出した、胸の中のモヤモヤしたものを振り払うように。沈む砂を踏みしめて俺は走り出した。