IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第19話【手の平サイズの超常兵器】

 それはまだ小学二年の頃。

 篠ノ之道場の子である私は父に教えられた剣道だけが取り柄だった。

 同年代はもとより少し上の学年が相手でも負けることは無かった。

 私は強かった、少なくとも弱くはなかった。

 

 だけどそれは剣道の世界だけ。

 学校に出れば私は力の強い女の子っぽくない女の子。

 周りの女子はぬいぐるみだの、縄跳びだの。紛れもなく女の子らしかった。

 剣道しか打ち込める物を持たず、当時から愛想のよくなかった私は女子の中でも孤立ぎみだった

 

 孤立だけならまだよかった。当時のような小学中学では少しでも周りと変わっている者がいるとからかいのターゲットにされることは珍しいことではなかった。

 

「おーい男女! 今日も剣持ち歩いてるのかよ」

「喋り方も変だしなー」

「本当は男なんじゃね~の?」

 

 武器が、木刀や竹刀が似合う、それは普通男に向けられるものだ。

 しゃべり方だって、生まれついての物なのに何故馬鹿にされなければならないのか。

 周りの同い年の子はそんなことお構いなしに好き勝手言ってきて。気づけば私は男女と呼ばれていた。

 こんなやつらは所詮口だけ、こちらがやる気になればあっという間に地にふせられる。

 

 しかしこんなやつらに刀を振るってはいけない。剣道の刀は己を高め、律するもの。人を傷つける物ではない。という教えに従っていた。

 こちらから手を出せばこいつらと同類になってしまうからだ。

 

 それでも沸々と怒りがこみ上げてくる。しかしそれと同時に言われるだけで何もできない惨めさも込み上げてきた。

 大丈夫、こちらが耐えれば良いだけ、手を出そう物ならこちらが悪く言われる。

 だから大丈夫、どうってことない。

 だから大丈夫、好きで選んだ道だ。

 

 だから大丈夫、だから大丈夫、だから大丈夫、だから大丈夫、だから大丈夫。

 だからーーー

 

「うっせーなぁ。テメーら暇なら帰れよ。それか手伝えよ。掃除の邪魔だし、不愉快なんだよ」

 

 その日は掃除当番だった、運悪く自分をからかう男子と同じ当番で。案の定掃除をほっぽって私をいびっていた。

 そんな中言って出てきた男子が一人だけ居た

 名前は織斑一夏、一年の頃にお姉さんであり、私の姉さんの唯一の友達である千冬さんの勧めで私の家の道場に入門してきた。

 

 筋は悪くないが私と比べるとまだ弱い。だけどめげずに立ち向かっていく姿に次第に興味を抱き、今では口をきく仲にはなっていた。

 そんな彼が回転箒を片手にふてぶてしく言った。

 

「なんだよ織斑、お前こいつの味方かよ」

「お前この男女が好きなのかぁ?」

「あー、俺知ってるぜ。こいつら夫婦なんだよ。お前ら朝からイチャイチャしてるんだろ」

 

 目の前の三人組が口々にはやし立てる。

 イチャイチャ? 剣道で打ち合って朝練をしてるだけなのだがな。それだけで夫婦か、それはなんとも平和なことだ。

 私は無理矢理頭の中で冷静に処理しようとする。

 

「そいや篠ノ之。このまえリボンなんて女の子みたいなのつけたことあったよな」

「織斑が剣道やり初めてから時じゃね?」

「もしかして本当に夫婦か? そんなのつけたって全然可愛くねえよ! むしろ笑っちまうよな!」

 

 男子の心ない声が、下卑た笑い声が私の胸に突き刺さり、私は込み上げる赤くて暗い感情を必死に抑えた。

 

『えへへ! 可愛いでしょ? なんたってこの束お姉ちゃんが選んだんだからね!』

 

 私が女の子らしくないと悩んでいた時に姉さんがくれたものだったからだ。正直織斑は関係ない。

 

 私のことをいくらでも言うのはまだいい。だが姉さんが私のために用意してくれたものを無下にされるのはどうしても我慢出来なかった。

 

 ーーー代わりに彼が怒りをあらわにしてくれた。

 

「ぶごっ!?」

 

 太めの男子の顔が織斑の拳によって歪められて、倒れた。

 道場仕込みの腰の入った拳は男子を机ごと吹っ飛ばして止まった。

 

「何が面白かったって? あいつがリボンしてたら可笑しいのかよ。すげえ似合ってただろうがよ、ああ? こいつは男でも男女でもなく普通の女子だろうがよ! なんとか言えよこのボケナス!!」

「お、お前! 先生に言ってやるからな!」

「ああ言えよ言っちまえよ! だから篠ノ之に男女って言ったことを謝れ!!」

「うるせー! だれがそんな男女に謝るか!」

「お前ーーー!!!」

 

 

 

 そこからは大変だった、一夏が馬乗りになって殴りかかり、そこに残りの二人が加わって乱闘に発展した。普段から剣道だけじゃなく体術を習っていたので三人相手でも一夏は負けなかった。むしろボコボコにしていた。

 

 だが馬鹿な子供には馬鹿な親がつくもので、やれ警察だのやれ裁判だのと騒ぎ立てて。

 それに対して姉さんが『よし、そんな奴等は破滅させちゃおう! その子の親の仕事先を特定してちょちょいとやっちゃえばもう安心だよぉ! ヒャッハー!』といつもと変わらない笑顔、いや若干変な感じでそう言ってのけた。

 

 恐ろしかな、まだ中学生だった頃から天才だった篠ノ之束。満面の笑顔で言ったときは当時小学生の私にはどういうことなのか分からなかった。

 変な胸騒ぎがしたので父に話した時の父の一瞬とはいえ焦った顔は忘れられないだろう。最終的に父さんが拳骨を与えなければ、本当に実行していた。現にあと少しのところだったらしい。

 くわばらくわばら。

 

 

 

「お前は馬鹿だな」

「あん? 何がだよ。馬鹿じゃねえよ馬鹿じゃ」

「いや馬鹿だ、お前は大馬鹿だ」

「馬鹿馬鹿言うなよ。馬鹿と言った奴が馬鹿なんだぞ馬鹿」

「じゃあお前も馬鹿だな、馬鹿と言ったぞ」

「なっ、え、おお?」

 

 数日後、珍しく私から彼に話しかけた。その時何で話しかけたのか、よく覚えていない。

 ただ朝の鍛練で顔を洗っているあいつを見て自然と足が動いたのだ。

 

「あんなことをすれば、後で面倒になると考えないのか」

「考えねえ、許せねえ奴はぶん殴る。大体女相手に複数でたかるのが気に入らねえ、あんなの男のクズだ」

「結局千冬さんに迷惑をかけた癖に」

「うっ、それを言うなよな。だけど俺は後悔なんかしてねぇ、女をよってたかって囲うなんてクズのすることだ。現に千冬姉はあっちも悪いって言ってたしな。拳骨貰ったけど」

「やっぱ馬鹿だ」

「うっさい。ということだから、お前は気にすんなよ。あの時のリボン、似合ってたぞ」

 

 彼の何気ない一言に胸が跳ね上がった。

 に、似合うだと? あのリボンは私には可愛すぎて似合わないと思っていたのに。

 姉さんには毎日のように似合う可愛いと言われているが、今のとはまるで違う感覚に少女である私は困惑していた。

 

「そ、それは……」

「んん?」

「か、可愛かった……ということだったのか?」

「そうだけど?」

「リボンだけか?」

「いや、リボンをしてた篠ノ之が。だからさ、またしろよな」

 

 少し、いやかなり体温が上がった。

 

「ふ、ふん、私は誰の指図も受けない」

 

 ああ、普通の女の子ならはみかみながら照れ笑いをしたのだろうに。

 昔から私は何処までも可愛げのない女だった。

 

「じゃあ帰るわ。またな篠ノ之」

「……箒だ」

「うん?」

「私の名前は箒だ。いい加減覚えろ。それにこの道場には篠ノ之は他にもいる。紛らわしいだろ、だから次からは名前で呼べ、いいな」

 

 ………私は何を言ってるんだ。名前などどう呼んでも同じだろうに。

 それでもーーー

 

「じゃあ一夏な」

「な、なに?」

「だから名前だよ。織斑は二人いるから。俺のことも一夏って呼べよな。わかったか箒」

 

 ーーー彼が、一夏が満面の笑みで私の名前を呼んだ。

 ただそれだけなのに。それは私には余りにも眩しすぎて、私はつい顔をそらしてしまう。

 

「わ、わかっている! い、い、一夏! これでいいのだろう!?」

 

 ドキッと心臓がまた一際大きく脈打つ、自分の名前を言われただけなのに、彼の名前を呼んだだけなのに。何故こうも違うのか。今日の私は何処かおかしい。

 

「おう、それでいいぜ。指図じゃなくて頼みなら聞いてくれるんだな」

「う、五月蝿い! いいから鍛練を始めるぞ!」

「おう! 今日は負けねえからな!」

 

 私は余計なお世話と思いつつも、心が温かくなる感覚が沸き上がった。

 それは初めて感じた。

 誰かを好きになるという事………………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ざぁー、と波が引いては流される。

 ざぁー、と波が砂を濡らしていく。

 

 あの後、箒はしばらく一夏のそばにいた、だが一夏は動く気配はなかった。

 物言わぬ一夏に何を話せばわからなくなり、気づけば部屋を後にしていた。

 宛もなく歩き続け、たどり着いたのはオレンジに染まった海。

 

「………私のせいだ」

 

 何度口にしたかわからない。だけど喉元から溢れて止まらない。

 

 過程はどうあれ、密漁船が出てくるまでは順調だった。紅椿で隙を作り、白式が零落白夜で斬ることも不可能ではなかった。

 

 あの時、もし援護班が一緒にいたら、疾風が密漁船を防衛できた。残った三人でなんの心配もなく作戦に当たれた。一夏も零落白夜を無駄に消費せずに済んだ。

 

 自分の行いを認めたくなくて、役立たずになるのが嫌で、残り少ないエネルギーと知りながら展開装甲を最大出力で発動、一夏を置き去りにして一人で福音に向かった。

 あの時疾風の言う通り援護に入っていれば、少なくとも紅椿はエネルギー切れを起こさずに、一夏が箒を庇ってダメージを受けずに済んだのではないか? 

 

 援護班が戻ってきたときに、疾風とセシリア、二人で福音を相手にし、手傷を追わせたと聞いたときは正に寝耳に水だった。

 主力の強襲班の自分と一夏がなんの戦果も上げれず。援護班であった二人が戦果を持って帰ってきた。 

 それは当初の作戦通り四人で福音に対応していたら成功の確率は飛躍的に上がっていたことが証明された。

 

 長い髪を纏めていたリボンはいつの間にか無くなっていて、ずっとうなだれている。まるで今の箒の気持ちを表しているかのようだ。

 

 三時間前の出来事が一秒前のように思い出せる。ISの防御機能を貫通した福音の爆撃は一夏を焼いた。

 ISの装甲越しでもわかった生暖かい感触。紅椿とは違う色の『赤』。

 

『作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば招集する。それまで各自、現状待機だ』

 

 作戦から帰って箒に言われたのはただそれだけだった。

 罵られることも、軽蔑されることもなく。ただただ突き放された。

 なにも言われないことが何よりも箒の胸に深々と突き刺さった。

 他の専用機持ちは箒を見たものの直ぐに別の作業に乗り出した。

 

 力を手にし、浮き足立っていた。

 

(私はいつもそうだった)

 

 大きな力を手にすると、それを使いたくて仕様がない衝動にかられてしまう。

 剣道大会で優勝した時も、結局自分のうさを晴らしたかっただけだと気付いた時は剣を手放しかけた時もあった。

 これまでも、その一線を越えないように、越えさせまいと念じていた。

 

 だが紅椿、あの大きすぎる雫が箒の奥底にある膜を突き破り、溢れだした。

 

(いや、違う。それを手にしながら律する事が出来ない私の責任だ)

 

 自分はなんのために修行をしていたのか。剣道を続けていたのか。自分を律し、抑えるために続けていた剣道だが実際はどうだろうか。

 

 周りの制止に全く耳を貸さず。自分と一夏ならやれると。自分と一夏だけで作戦を成功させれたら他の専用機持ちにアドバンテージが取れる。

 結局。箒は自分のことしか考えてなかったと痛感する。

 日本の危機である銀の福音でさえ、一夏に対するアピールとしか見てなかった。

 

「うっ、ふぐっうう、ぅぅぅ………」

 

 膝から崩れ落ちて腕をたてる。涙が溢れて乾いた砂に落ちる。声が上ずるのを唇を噛み締めて堪え忍ぶ。

 

 この涙はなんの涙なのか。

 一夏に対する涙なのか。

 自分の不甲斐なさに対する涙なのか。

 分からない、分からなくても涙が溢れてくる。

 

 

 

「ここにいたか、箒」

「!!」

 

 背後から見知った男の声が聞こえた。振り替えるともう一人の男性IS操縦者の疾風が。

 

「は、はや………」

「福音を倒すための作戦会議を始める。花月荘に戻るぞ」

「…………」

「何をもたもたしている。福音を仕留められなかった。奴はまた攻めてくるぞ。その前に此方から討って出るんだ」

「………私は………」

「私は、なんだ?」

 

 疾風が見つめるなか、箒はうつむいたまま。

 続く言葉を作り出せず、箒は黙り込んだ。

 

「先程の戦闘だが、一番の敗因はお前だ」

「そんなことわかっている」

「分かっているのなら、何故動かない、何故仇を打とうとしない?」

 

 顔を上げた箒の目には生気は掠れ、またうつむいて黙り込む

 その姿に疾風は舌をうつ。

 

「さっきから黙ってばかりだな。朝のように反論してみてはどうなんだ」

「………」

「箒、花月荘に行くぞ。お前が少しでも自分の行いに負い目を感じたのならば。お前も戦いに参加するんだ」

 

 波の音だけが響く砂浜で、箒は言葉を絞り出すように吐き出した。

 

「私は………ISには乗らない………」

「………………今なんて言った?」

 

 箒のか細い声に疾風は自分の耳を疑った。

 

「放っておいてくれ、私はISには、もう乗らない」

「………それは作戦には参加しないということでいいんだな?」

「こんなものがあるから、ISなんかあるから一夏は………」

 

 ISなんかあるから。

 箒の姉である篠ノ之束がISを開発しなければ、箒と一夏は離れ離れにならずにすんだ。

 ISがなければ今でも一夏と箒は変わらず一緒に居ただろう。姉である束も自分から離れなかった。好きだった家族ともバラバラにならずにすんだ。

 ISがなければ、福音なんてものは存在せず、箒も紅椿を求めず、一夏はあのような怪我をしなくてすんだ。

 

「そうか。わかったーーーならこれはいらないな」

 

 疾風は箒に近づき腕を持ち上げ、箒の手から紅椿の待機形態を取り上げようとする。

 そこで初めて箒の目は生気を取り戻し、驚いた。

 

「な、なにを!?」

「お前が乗らないというならお前が持つ意味などない。今欲しいのは紅椿の力だ」

 

 紅椿の力、つまり箒自身はこれからの戦いに必要のないということ。

 だが箒はそんなことより目先の紅椿にしか目が向いてなかった。待機形態にかけられる手を掴み、奪われまいと必死に抵抗する。

 

「それは私の専用機だ」

「そんなもん初期化すれば他の人間でも乗れる。紅椿の性能は折り紙つきだ。それはお前が一番証明してくれた」

 

 淡々と、ただ冷淡に話す疾風の目を箒は見た。

 軽蔑の眼差し、冷えた視線。語る言葉が嘘とは思えないほど長短はなく。全てが真実に箒は聞こえた。

 

「ほ、本気なのか? 私からそれを取り上げたことを知ったら姉さんが何をするか」

「普段姉のことを話題に出すと不機嫌になる癖にこんな時だけ姉の名前を出すのか?」

「違うそういうことじゃない! あの人は身内のことになると!」

 

 なにをするか分からない。

 たとえそれが世界に二人しかいない特別な片割れだとしても。

 

「生憎乗る気のない奴に与えられるほどISコアの数は多くない」

「頼む! それがなかったら!」

「一夏の隣に居られない」

 

 唐突に核心を突かれて箒の目は見開いた。

 見開いた目に写るのは先程と変わらない眼鏡越しの冷ややかな目。

 

「結局お前の根っこはそこだ。作戦会議で俺に食って掛かったのも、俺の忠告を聞きもしなかったのも、援護班を置き去りにして独断専行したのも、最後の最後で焦って結果を残そうとしたのも。全部が全部、一夏に振り向いてもらいたい恋慕故だろ? 違うか?」

「くっ!」

 

 ずけずけと箒の心のうちに入ってくる強引な疾風の拘束から力付くで逃れて後ずさる。

 足が寄せてきた波に濡れたが、お構いなしに腕に残ったISの待機形態を胸のうちに置いた。

 

「そんなに一夏の隣に居ることが大事か?」

「………うるさい」

「そんなに一夏に自分以外の相手をされるのが嫌か?」

「……うるさい」

「専用機さえあれば一夏が振り向くと思ったのか?」

「…うるさい」

「その結果がこれだ。満足したか?」

「うるさい! お前に何がわかる!!」

 

 箒は疾風を睨み付けた。目元には涙が浮かび、今にも溢れそうで。

 それでも疾風は動じなかった、並みの人物なら後ずさることも致し方ない箒の迫力に眉ひとつ動かさなかった。

 

「わからない。俺は恋なんてしたことないから」

「じゃあ私に口を出すな!」

「なら紅椿を渡せ。お前より相応しい者に渡す」

「嫌だ! これは私の物だ! 私のISだ! 専用機だ! これさえあれば! 私はまた一夏の隣にっ」

 

 

 

 パンッ

 

 

 

「っ! ………」

「いい加減にしろよ」

 

 一瞬、箒は自分に何が起きたか分からなかった。いつの間にか私は支えを失って、ドサッと砂浜に倒れていた。

 そして頬が熱を持ち、次第に痛みが湧き出てきて、初めて理解した。

 自分は疾風に頬を打たれたのだと。

 

 顔を上げると先程まで無表情を貫いていた疾風の顔は怒りに満ちていて。ずれた眼鏡を直し、倒れた箒の右手を強引に引き上げて声を荒げた。

 

「さっきから情けないこと軟弱なことばかり言って、乗らないと言いながらしがみついて、挙げ句の果てにはそれがないと一夏の傍に居られない? ふざけるな!」

「な、なにを」

「お前はあんなことがあった後でも。私は落ち込んでますのポーズをしてるだけで、お前はISを、専用機を持つということの意味をまるで理解していない!」

「そ、そんなことは」

「所詮一夏の隣で着飾る為のアクセサリーとしか思ってなかったんだろ!」

「!!」

 

 またも根底を掘り出されて箒の顔は強ばった。

 

「気にくわないことがおきたからISを手放す、そんな我が儘が通される程、専用機持ちという名は軽いものじゃないんだよ!」

 

 疾風は左手を横に付き出して念じ、イーグルの空色の装甲とボルテックを取り出した。ボルテックの先端はプラズマがスパークして絶えず光と音を発していた。

 

「見ろ箒。ISなら誰にも悟られず、街中でナイフや拳銃以上の力を行使できる。振り回せば10人20人は下らない数の屍を生み出せる。ISを個人所有するということはこういうことだ。警察や軍隊が来てもたった一機でそれを屠れる。俺のイーグルもお前のこの紅椿も! 銀の福音と同じ被害を与えるだけの力を携帯してるということなんだ!!」

 

 今学園内にいる専用機持ちの中で箒の次にルーキーな疾風だが、積み上げた知識からその危険性も充分に理解していた。

 部分展開したISを戻し、箒の眼前に紅椿の待機形態である金と銀の鈴がついた赤い組紐を持ってくる。

 

「お前は! 世界最高の科学者である姉に頼めば専用機がポンと降りてくるような恵まれた環境にいながら! 自分がどれだけ幼稚で我が儘なことを言っていると、本当に理解しているのか!?」

 

 胸が痛くなる、どうしようもなく喉がむず痒くなり、眉間にシワを寄せた疾風の頭は怒りで軋むようだった。

 箒の腕を離し、今度は胸ぐらを掴んで自分に引き寄せ、眼前で目を合わせて叫んだ。

 

「この世界にはな! どれだけISに乗りたいと! 焦がれようとも! 憧れようとも! インフィニット・ストラトスに乗ることが出来ない(奴ら)が沢山居るんだよっ!!」 

 

 どれだけ知識を、鍛練を、操縦技術を詰め込んでも。男はISに乗ることはあたわない。

 第一回モンドグロッソを経てISに乗りたいと願い、現実に拒絶され。

 追い討ちをかけるように一夏がISを動かし、そして疾風が二番目の男性IS操縦者としてISを動かし始める間の約4ヶ月間、切望と挫折の間で憔悴し切っていた日々を過ごした。

 

 疾風がISをまだ動かせず、箒の今の専用機事情を知ったとしたら、もしかしたら彼は発狂していたかもしれない。

 だからこそ許せなかった。代表候補生でも男性IS操縦者でもないのに専用機を手にしながら乗らないといいつつも、手放すことを拒否する箒が酷く身勝手に写ったから。

 

 だけど疾風の怒りはそれだけじゃなかった。今怒っている要因以上に許せないことが疾風にはあったのだ。

 

「さっきお前は言ったな、専用機にならないと一夏の傍に居られないと」

「そうだ……」

「はっきり言う。お前は一夏のことをなんも分かってなかったんだな」

「なっ!?」

 

 巨大な衝撃が箒の心を揺さぶった。

 どういうことなのかと声を荒らげようとするもその前に疾風が遮った。

 

「なんでそんな馬鹿な考えが浮かぶのか俺には理解できねぇよ」

「馬鹿な、考え?」

「そうだ! 付き合いが一番短い俺が分かってて、何で一番古いお前が分からないんだよ!」

「お前は何を言って」

「なんでお前をかばった時一夏は笑っていたと思う! 銀の鐘に背中を焼かれ、激痛に叫びながらも、最後にお前を見てあいつは笑っていた!! 何故だと思う!?」

 

 そう、一夏は笑っていた。

 あの後紅椿の戦闘ログを見た俺達はそれを見た時。一夏の内心を理解すると同時に胸を打たれ、涙した者もいた。

 織斑一夏という奴は何処までも、本当に何処までもーーー

 

 

 

 

 

 

 

「お前が無事で良かったと! そう思ったからじゃないのか!!?」

「あっ………」

 

 ーーー優しい心の持ち主なのだと。

 

 そう、あんな状況にあったのにも関わらず一夏の胸にあったのは箒に対する安堵だけ。

 

「そんな男が! 専用機を持ってないなんてちっぽけな理由で、お前を見放すと思うのかよ!」

「あっ……あっ……」

 

 ようやく理解した現実に、箒はダムが決壊したかのように涙が溢れかえった。

 ボロボロと涙を流す箒の胸ぐらを離すと、箒は手を顔に当てて泣き腫らした。

 

 無人機の対処に専用機持ちがあたり、遠くから見ることしか出来なかった。

 ラウラのVTシステムの暴走時に生身同然で立ち向かう一夏の背中を見て、何も出来ない無力な自分を嘆いた。

 一夏がどんどん離れていく気がした。だから追い付くために姉に力を、自分だけの専用機を欲した。

 

 だけど、それは全部自分の思いあがりだったのだと。一夏とその周りに立つ専用機持ちから置いてかれる自分を納得させるための理由として専用機というハードルを勝手に前に置いて諦めただけだったのだと。

 

 入学してからずっと、一夏は箒を見かけると食事に誘ったり、訓練機で出向いた時は剣の打ち合いを頼んだこともあった。

 

(ああそうだ。一夏は前と変わらずに私と接してくれて居たじゃないか。当たり前の日常に勝手に満足できずに勝手に思いあがって、大事な事に目をそらして。私はなんて)

 

 自分勝手で情けない軟弱者なのだろうか。

 

「箒、俺達は福音を倒しにいく。お前は、どうする? 戦うか? それとも、逃げ出して一夏の元から居なくなるのか?」

 

 疾風は静かに、力強く、もう一度箒に問うた。

 涙を無理やり拭った箒は雫を残した瞳で前を向いて口を開いた。

 

「いやだ、私だって一夏のことを諦めたくない。一夏の隣に居ることを誇れる自分になりたい! だから私も戦う、この紅椿で!!」

 

 強く拳を握った彼女に呼応してか、待機形態についている鈴かチリンと鳴り響いた。

 その瞳にはもう先程の迷いはなく。疾風のよく知る勝ち気な武士道少女の姿がそこにはあった。

 

「………………ふーー!!」

「な、なんだ!? まだ私になにか?」

 

 疾風が膝に手を置いて大袈裟なほど息を吐いた。

 

「やっとやる気になってくれたか。あー疲れた。マジでISに乗らないなんてことになったらどうしようかと」

「え、な、なんだそれは? まさか、さっき怒りはハッタリだったのか!?」

「いやいや、そんなことねえよ? ISに乗らないと聞いたときなんかガチでぶちギレて本気で殴りそうになったし、よく平手で済ました自分を褒めちぎりたい。ほら見ろよ、手のひらに爪食い込んで血滲んでる」

 

 疾風の両手を見ると等間隔に爪の跡があり、うっすらと血溜まりが出来ている。

 

「さっき初期化すれば乗れるって言ったけど。あの篠ノ之博士純正のISを初期化出来るか分からなかったし、もし出来たとしてもどれ程の性能ダウンがあったかわからない」

「もしかして、私にやる気を出させる為に?」

「うん、まぁ。それもある」

 

 ガシガシと頭をかく疾風に箒は半ば呆気に取られた。

 

「再三聞くけど。もう迷いはないな?」

「ああ、もう同じ過ちは繰り返さない」

「よし、じゃあ皆で集まって作戦会議だ。行くぞ」

「ああっ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 花月荘の縁側、そこにはいつものメンバー四人が疾風と箒を待っていた。

 

「お、集まってるね。準備は?」

「皆さん滞りなくですわ。って疾風、なんか手が赤く………」

「ほぅれっ。ダブル血まみれハーンド」

「ぎゃっ!? な、なんでこんなことに!?」

「いろいろあった」

「いろいろとは!? ラウラさん包帯!!」

「何故私に言う、持っているが」

 

 バススロットにしまっていた包帯で血を拭き取ってから新しい包帯を巻いた。

 

「よし、それじゃあ早速織斑先生のとこに行く前にプチ会議を」

「待ってくれ疾風」

「ん? ………ああ」

 

 手で制した箒の意図を汲み取って疾風は一歩下がった。

 箒は自分を見ている四人の前に立った。

 

「すまない! 今回の一夏の怪我は全部私の責任だ! 許してくれとは言わない、だが私は私を守ってくれた一夏の為にも福音を討ちたい! 頼む、例え足手まといだとしても、肉盾でしか役立てないとしても! 私を作戦に加えてほしい!」

 

 箒は深々と頭を下げた。

 皆にとっても大切な想い人を、自分の身勝手で傷付けた。疾風が作戦に誘ってくれたとしても、他の人が許すとは限らない。

 形だけの謝罪と取られるかもしれない。それでも、箒は自分の決意と落ち度を自覚しているからこそ、皆に謝らなければと思ったのだ。

 

「頭を上げろ。なにを当たり前の事を言うかと思えば。お前が作戦に参加することに意味があることなど、私達が考えていないと思っていたのか?」

「え?」

 

 頭を上げて最初に目に写ったのは何時ものクールフェイスのラウラだった。

 

「何を呆けている?」

「いや、お前にとって私は只の足手まといだとばかり」

 

 ラウラとシャルロットが入った後に開催されたタッグマッチトーナメントで箒はラウラと組んだが、ラウラからは邪魔者扱いされ、結果殆ど結果を残せず、苦い想いをしたことを箒は思い出していた。

 

「肉盾だと? 何寝ぼけた事を言っている。先程の福音との戦闘データを見せてもらったが。最初の一撃必殺の作戦は問題なく決まっていた筈だった。今回福音は一夏の零落白夜を対策していたと思える程の無駄のない動きを見せた。その後の交戦記録でもお前は福音を追い詰めた。第四世代、高度な操縦者支援プログラムがあるにしろ、最後に左右されるのはパイロットの技量だ。精神面を抜きにすればお前は我々の中の最高戦力、むざむざ遊ばせる道理が何処にある。少しは自信を持て」

「あ、ありがとう、ラウラ」

 

 あれほど冷遇していたラウラの意外な意見に、箒の胸に暖かい感情が広がっていった。

 

「箒さん、確かに貴女の行動に問題はありました。だからといって、貴女の中にある一夏さんへの想いは間違っていたとはわたくしは思いません。誰かを想うということは、時に絶大な力を生む筈です。その気持ちをどう使うかは、貴女次第だということをお忘れなく」

「セシリア……」

 

 皆の中で唯一一夏へ恋愛的好意を持っていないセシリア。

 許すと明確な言葉に出さないながらも、彼女は自分の想いを認めてくれた。

 

「箒はちゃんと反省したのに、それを態々掘り返してつつくこともないしね。箒の気持ちも分からなくはないし。僕が箒と同じ立場だったらとしたら。もしかしたら同じ結果になってた可能性もあったかもしれない」

「それは違う。お前は私と違ってしっかりしているだろう」

「そんなことはないよ。一夏が女の子と親しげに話していたらムッとするし、馬鹿なことだってする。ほら、前に遅刻しそうになってリヴァイヴを部分展開して織斑先生に怒られたことあったでしょ? だから僕も根っこは箒と同じなんだよ」

 

 見るからに優等生で、女とばれた後も毅然と過ごしていたシャルロット。

 自分より明らかに大人だと思っていた彼女が同じだと言うことに、箒は少しむず痒さを覚えた。

 

「ぅぅ……………」

 

 そして、皆が話すなかいつの間にか後ろで隠れぎみになっていたもう一人が小さく呻いていた。

 

「鈴、お前も何か言ったらどうだ?」

「え、いや。いいわよ、あたしは別に………」

「どうしましたの鈴さん。貴女らしくもない」

 

 いつでもオラオラで勝ち気な鈴がすっかり縮こまっている。こころなしかツインテールも垂れぎみだ。

 

「いやいや、だってさ。こんな皆お迎えムードなのにあたしが今更言ったって、シャルロットだってああ言ったし………ゴニョゴニョ」

「こいつは今頃になって何を言っている?」

「さっき疾風が迎えに行った時なんて『あいつがいくことない! あたしが一発ぶん殴ってやる!』って怒髪天ついてたのに」

「ちょっとシャルロット! ああー! もう! 分かった言うわよ! 言えば良いんでしょ!! 箒っ!!」

「は、はい!」

 

 ズカズカと箒の前でズビシッと指を指す鈴に思わず背筋をピンと伸ばしてしまう箒。

 直前になって少し口ごもる鈴も覚悟を決めて思いの丈を言いはなった。

 

「言っとくけどね箒! 一夏をあんな目に合わせたあんたのこと許した訳じゃないから!」

「も、勿論だ」

「けどね。それ以上に許せないのは引きずってウジウジしてるあんたなの! このまま一夏やあたし達の前から居なくなるなんて考えないでよね! あんたはあたし達のライバル! 一人居なくなるのは嬉しいけど、蹴落としてまで一夏と付き合えても嬉しくないのよ! 同じ一夏と幼馴染みという関係として、あたしはあんたと勝負したいのよ! わかった!?」

「わ、わかった!」

「わかったらさっさとリベンジに行くわよ! 今度こそ皆であいつを墜とすのよ!」

「ああっ!!」

 

 一夏を巡るライバル。その言葉が箒にとってこれ以上なく嬉しかった。

 箒は何処かで自分と他人では一夏への想いが違うと勝手に壁で区切ってしまっていた自分を恥じた。

 皆同じだ、専用機の有無など関係ない。それで一夏を諦めるという理由など、想いが負けるということなど、ある筈もなかったのだ。

 

「ところで、リベンジと言ってもどうする? 福音の居場所が分からなければどうしようも」

「それなら問題ない。たまたま我が黒兎隊の監視衛星がこの上を通ってな。ここから30キロの沖合い上空に福音を発見した。損傷故に光学ステルスが発動していないらしくてな。簡単に見つけれた」

「外国の監視衛星が、たまたま?」

「たまたまだ」

 

 妙な沈黙が起きかけたが、今はそんなことよりも福音を見つけれたという事実に目を向けた。

 

「じゃ、じゃあ改めて。それに対するプチ会議を始めようか」

「うむ。しかしどう動く? 我々は一応待機の身だ。作戦の決定権が教官にある以上、生半可な作戦では出撃させてはくれないぞ」

「無断で出撃するとか?」

「そんなことしてみろ。無断で軍の機密案件に接触して、終わったとしても相当な罰則を食らうぞ。しかも、織斑先生が出席簿片手に特大のお仕置きというおまけ付きだ」

「そ、そっちの方が怖いね。アハハハ」

「おまけが本命と思うのあたしだけ?」

 

 一同は想像しかけたが。直ぐに本能がそれを拒否して脳内から消し去った。

 

 前回は零落白夜という切り札があった、だが今回はない。

 福音との超高速化のドッグファイト、英国組が効果を上げたものの福音はそのデータを次に行かしてくるだろう。

 

「そのための零落白夜に変わる切り札ですわね? 疾風?」

「おう、今のイーグルならワンオフ・アビリティーに頼らなくても出来ることがある」

「それってどんなの?」

「それはね………」

 

 疾風は皆に零落白夜に変わる必殺の一撃案について語った。

 話すにつれて、疾風以外の表情は次第に曇る、というより引いていた。

 

「疾風、いくらなんでもそれは」

「無理よ、無理でしょ」

「現実的ではありませんわ」

「だけどそれなら確かに威力はあるかも」

「威力はな。だがどうやって当てる」

 

 皆の反応は三者三様、いや五者五様だった。

 だがその反応に疾風は難色を示すどころか何処かご機嫌だった。

 

「うんうん、予想通り過ぎる反応ありがとう。確かにこれは理論上でしかない、俺だってやるのは初めて、いやもしかしたら世界中誰もやったことないかもしれない。普通なら無理だね、相手がエリートパイロットである、ナターシャ・ファイルス本人なら」

「えと、どういうことだ? 分かるように話してくれ」

「相手は何も歴戦のパイロットじゃない。1と0で構成されたAIユニットだ」

「疾風、つまりそれは」

「そう、一回目の作戦で得たデータが確かなら。俺達でも成功する確率は充分にある。まずこれを見てくれ」

 

 それから俺達は綿密に情報を照らしながら作戦をたてた。

 皆のISの装備から学園が今回試験用に持ってきた装備まで。米軍から送られたデータを再確認しイーグルが手に入れた観測データと照らし合わせた。

 

 そしてーーー

 

「失礼します!」

「入ってくるな。待機を命じた筈だ」

 

 予想通りの反応、そして威圧感。普段の俺達なら直ぐに踵を返して立ち去るだろう

 だが今の俺達は一歩も引かずに、むしろ前に出た。

 

「それっていつまでですか? 作戦が終了してからもう三時間も経っています。もうこれ以上黙って待っていることなど出来ませんわ」

「今国連に応援の要請を打診している。その結果が出るまで大人しくしていろ」

「それでは遅すぎます先生。福音は今、疾風達がつけた傷を癒すために自己修復に入っていると思われます」

「教官、こちらで福音の位置情報を掴みました。今奴は停止しています。ですが自己修復が終了すれば再び亜音速飛行を行うでしょう。そうなれば、作戦遂行事態が困難になります」

「しかし、ろくに作戦も立てずにお前達を出すわけにはいかない。零落白夜という切り札がない以上、奴に決定打を与えることは難しいだろう」

「作戦ならあります!」

 

 セシリア、シャルロット、ラウラが繋ぎ、疾風は力強く申告する。

 情報整理を行っていた教員がこちらを振り向いて彼に視線を集めた。

 

「今この状態、そして今ある戦力、条件で。福音を仕留めれるカードがあります」

「………話してみろ」

「はい」

 

 先ずは第一関門。如何にあの織斑千冬を納得させられるか。

 だが皆は怯まず、欠片ほど臆していない。専用機持ち総勢六人、その胸にあるのはただひとつ。

 一夏の為、銀の福音に必ずリベンジすること。

 

(待っていろ一夏。必ず、必ず成し遂げて見せるから)

 

 

 


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