IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
第2話【ターニングポイント】
いつの間にか、という表現が正しいのか。
夢、ああ夢だ。見ただけでわかる、これは夢だと。
それは第一回モンドグロッソの最終競技、ISバトル、その決勝戦。これを征したものが、初代ブリュンヒルデ、すなわち最強の称号を得る。
ISという名の鎧を着こんだ二機の戦乙女が銃撃音と火花をバックに華麗にかつ縦横無尽に空を舞い、空気を切り裂く。
片方は二挺のアサルトライフルを持ったフランス代表、アニエス・ドルージュのラファール。ラファールの特徴である多種多量の銃撃による手数に物を言わせる戦いを見せた。
もう片方は大刀を拵えた日本代表の織斑千冬の暮桜。驚くことに、この暮桜、武装が近接ブレード【雪片】しかないのだ、後は防御兵装に肩部シールド。
彼女は乱れ撃たれた銃撃をただひたすら躱す、防ぎ、躱す。と、自身から攻め入ることはなかった。
開始から既に5分が経過、戦いはラファールが一方的に暮桜を銃撃、誰しも日本が不利と見ており、アニエス・ドルージュもそう思っていた。
当時10歳も迎えていない小さな俺は面白くなかった。何故前に出ないのか、何故攻撃しないのか、やられるままなのか。昔から見ていた特撮ヒーローはただやられることなんてしない、必ず敵に果敢に立ち向かっていくのに。目の前で只管守りに徹する織斑千冬を見て、正直情けないと思った。
だが、幼い俺の考えは。直ぐに粉微塵に吹き飛ばされることになる。
残弾が切れ、重火器が量子変換されて次の武装が呼ぶために意識を移したアニエス・ドルージュは驚愕する。
防戦に徹していた暮桜が動いたのだ。それも瞬時加速による急速移動。不意を突かれたアニエスは急いでラピッドスイッチで現出した銃器を千冬に向けるも、既に暮桜は懐に入っていた。
暮桜の得物【雪片】の刀身が接触の瞬間に黄金に光り、ラファールの胴を一閃、そのまま背後に弐撃目を叩き込む。どちらも直撃、試合終了のブザーが鳴った。
『決まったぁぁぁぁ!!! 雪片のバリア無効化攻撃による華麗なる弐連撃が見事炸裂! 勝者日本! 織斑千冬選手! 見事優勝を勝ち取りましたぁぁあああ!!!!!』
たちまち会場が震え、同時に空をも割らんとする大歓声が響き渡った。
俺は一番前の席で身を乗り出して日本代表のISを見ていた。
一瞬のどんでん返し、鮮やかで、それでいて無駄の無い剣撃。
魅せられた、その美しくも雄々しい姿に、堂々たる強者の風貌に、疾風の世界が変わった、色の無いモノクロがカラーに変わったように。間違いなくこの時の俺はインフィニット・ストラトスという代物に魅せられていたのだった。
『凄かったですわね! 今の!』
隣を向くと俺と同じく身を乗り出して見ていた同い年の金髪の女の子がいた。彼女は日本人ではなく、別の国の子だが、まるで自分の国が優勝したのと同じぐらい、その表情を輝かせていた。
『わたくし決めましたわ、いつかISに乗って必ずこの舞台に出てみせますわ!』
宝石のような澄んだ青色の瞳をキラキラさせながらそう言ったのは母の友達の娘さんで、当時の俺にとっては唯一の女の子の友達であった。彼女はその輝かんばかりの笑顔をこちらに向けて宣言した。
『僕も、動かしてみたいな』
『なら、貴方も動かしなさい!』
『え、何を?』
『何を? ISに決まっているじゃありませんか!! 今まで聞いたこと無いけれど。もしかしたら男の子でも動かせるかもしれない。いえ、きっと動かせますわ! だから約束して、いつか私と一緒に出場しましょう!』
そういってガシッと腕を掴み、その蒼い目に強い光を宿して彼女は言った。当時の俺はその気迫にたまらず………
『わ、わかった。僕も動かして、一緒に出れるように頑張る』
『っ! 約束! 約束ですわよ!!』
言ってしまったのだ、隣にいた親は冗談混じりにそれを応援する。だが目の前の彼女はそれを本気で捉えた。
その子の名前は………………
ーーー◇ーーー
ガッタン!
「痛っ」
突如とした揺れに頬杖がずれて頭が窓ガラスにぶつかった。
「大丈夫か疾風」
隣に目を向けるとハンドルを手にとって運転をしている父の姿があった。帰宅して直ぐに強制的に布団に放り出されたおかげで目の隈は消え去っていた。
対照的に俺は小学生のピクニック宜しく眠れないという、そしてこの始末である。
「寝てた」
「ぶつかってたな」
「うっさい」
父さんに指摘されて顔が熱くなった。
「昨日寝付けなかったんだろ」
「なんでわかる?」
「そりゃあ、今日は疾風にとって特別な日だからな」
そう、特別な日。今日は人生で初めて、IS学園の中に入れるのだ。
今は俺と父さん、そして護衛のためのIS操縦者2名と共にメンテナンスを終えた打鉄2機をIS学園に届けに行くのだ。
「本当は明日になら良かったんだがなー。生憎俺は母さんと一緒に軍の奴等に顔出さなきゃ行けないからさ」
「ん? なんで明日?」
「明日はお前の誕生日だぞ」
………すっかり忘れてた。16歳か………
「ほんと、お前はISのことになると周りそっちのけになるな」
「父さんに言われたくない。昨日単純な見落としで周りが見えなくなったのは」
「ほ、ほら、見えてきたぞ!!」
痛いところを突かれた父さんは大きな声で遮った。
つられて視界を移すと、それが視界に入った俺は思わず息を吐いた。
一見都市と言われても疑わないぐらいの巨大な浮き島、そして空中にはでかでかと【WELCOME IS学園】と投影された巨大なホログラム。
目的地である、IS学園が見えてきた。
「………あいつもいんのかな」
ポツリと呟いた言葉は父さんの耳には届かなかった。
ーーー◇ーーー
「うっはっ、やっぱ大きいなぁ」
校門を通過したところで、校舎の巨大さがうかがえる。
だがこれでもごく一部だと言うのだから更に驚きだ。IS学園の空中撮影写真を見たことがあるが、遊園地のそれと比べても規格外の一言、世界にただ一つは伊達ではなかった。
ISを乗せたトラックはそのまま裏口に向かっていく。裏口に向かうとこちらに手を降っている人物が見えた。
「ご苦労様です。こちらに搬送してください」
眼鏡をかけた若草色の女性が促した。外見と身長からして学生だろうか? だけど今日土曜日だし、制服を着てないのは不思議ではないが………
「打鉄二機、確かに確認致しました。いつもありがとうございます」
「いえいえお礼を言うのはこちらの方ですよ山田先生 」
「せ、先生!?」
父さんの言葉に思わず叫んでしまった。目の前の女性は俺の目線より下であり、明らかに年上に見えなかった。
「失礼だぞ疾風、山田先生は確かに一見子供に見えるがこれでも昔は日本の代表候補生だったんだぞ」
代表候補生とはその名の通り国を代表する国家代表IS操縦者の候補であり、それになるためにはISの適合率はA以上が必須といった様々な条件を必要とし、まあ分かりやすく言えばエリートである。
つまり、その元代表候補が目の前の山田先生と言うわけだ。
「レーデルハイトさん! フォローになってないです! 私は立派な20代なんですから、いい加減子供扱いはやめてください!」
もうっ! と憤慨する女性はむー、と頬を膨らませ、全身の動きで怒ってますのポーズを取る。それを見て俺は思わず目を反らした。
何故なら、それと同時にその低身長に見合わない豊満でたわわに実ったバストがふるんと揺れたからだ。
すいません、貴方は大人です。一部だけ大人です。なので前屈みにならないでください。ソレの主張と同時にこれまた巨大な谷が前面に出てます。なんで胸元空いてるんだこの教師は、自覚してその服ならタチが悪すぎる。
「うちの山田先生を余り虐めないで貰えますかな、レーデルハイトさん」
通路の奥から良く通った凛とした声と共にスーツ姿の女性が現れた。
スラッとした女性的なスタイル、長い黒髪は後ろでたばねられ。その瞳は刀剣の如く鋭く光っていた。
IS業界なら誰しもが知っており、全ての女性の憧れ、第一回モンドグロッソの初代優勝者【ブリュンヒルデ】
織斑千冬その人が立っていた。
「いやーすいません。なにかと弄りやすくて」
「まあその気持ちはわからなくもありません、山田先生は大変愛らしく生徒に弄らーー慕われていますから」
「織斑先生、今弄られてると言いませんでした!?」
「現に私も時々弄って遊んでいます」
「織斑先生!」
味方が敵だった事実に山田先生が涙目だ。
そんな山田先生を尻目に、父さんは表情を仕事モードに切り替えた。
「今回は例の件、まことにありがとうございます」
「いえ、おきになさらず。彼がそうでしょうか」
織斑千冬……織斑先生の鋭い目が俺を捕らえた。ブルルと背筋に冷えたなにかが通った。今の俺は蛙だ、蛇に睨まれた蛙。
「はい息子です。ほら自己紹介しな」
「は、疾風! レーデルハイト! です! 本日は宜しくお願い致しましゅ!!」
か、噛んだぁぁぁ!! 人生初体面の初代ブリュンヒルデの前で噛んだぁぁぁ!!
「すいませんこいつ織斑先生に憧れてまして、昨日も眠れなかったみたいで」
「そうですか」
お父様! それフォローしてるようでしてない! ほら見て、心なしか織斑先生の目に呆れが入っている気がするよ!?
「大丈夫ですかレーデルハイト君」
「は、はい」
凹んでいる俺を見かねて山田先生が励してきた。ごめんなさい山田先生、学生みたいだと思ってしまい申し訳ありません。貴方は立派な大人のレディだ、一部分に限らず。
「さて、校内見学だったか。山田先生、お願いします」
「わかりました、じゃあ行きましょうか」
「は、はい」
「疾風、後で呼ぶからな」
「うん」
俺と山田先生が校内に入るのを見届けると、父さんが再び口を開く。
「重ね重ね、今回は無理を聞いてくれて本当にありがとうございます」
「いえ、しかし何故こんなことを?」
「まあ、息子の数少ない我が儘ってやつですよ」
「言ってはなんですが、これに意味があるとは思いません」
「それは本人も良く分かっていることです」
ーーー◇ーーー
「ここが教室です。ここではホログラムディスプレイが全ての席に取り付けられてるんですよ」
「なんか、色々世界観が違いすぎて何も言えないっす」
この学園は最新鋭設備の博覧会みたいなものだった。
投影ホログラムは基本的にデパートの広告等に利用されているが。学校の、しかも教室の机全てにあるのは何処ぞのお嬢様学校、又はこのIS学園ぐらいなもので。
木製の椅子と机、緑色の黒板とチョークという、IS登場前と変わらない庶民的で一般的な何処にでもある共学の教室出身の自分にとっては目に写るもの全てが別世界のようなものだった。
ここまで行くか、IS学園。いやこれはまだ序の序の口か………
「さて次は……あれ、電話? はい、山田です。はい……………あの、レーデルハイト君は……わかりました」
「どうかしましたか?」
「その、学生寮でなにかトラブルがあったみたいで」
「トラブル」
「今日はいつも寮を受け持つ先生がお休みでして、学校がお休みなのもあって、変わりの先生もいない状態でして」
成る程、それで山田先生が抜擢されたということか。俺は男だからいくら校内見学といっても女子寮には連れて行く訳には行かない、かといってこのまま放置する訳にもいかないという訳だ。
「俺は大丈夫ですよマッピングデータもありますから、迷うこともないですし」
「そうですか? じゃあお願いしますけど、くれぐれも立ち入り禁止の区間には行かないで下さいね」
山田先生は途中転びそうになりながらも小走りで走り去っていった。
さて、どうしようか。と思いつつも俺は自然と教室【一年一組】の中に入っていった。ドアに触れると自動でスライドした。教室にも自動ドア完備ってオイ。
そのまま最前列中央の席に向かうと、ネームプレートに織斑一夏の名前があり、その前に立ち尽くす。
……この席に世界初の男性IS適合者が座っているのか。………いや、別に何も感じはしないが。
俺は椅子をずらしてそのまま席に座り込んで目を閉じた。
頭に思い浮かべるのは織斑先生が俺たちに授業を教えているところ。その中には俺がいて、教えられる所を一字一句危機逃さないようにしていた。
我ながら笑える妄想に耽っていると、突然ドアが開く音がした。山田先生だろうか?
「あ、貴方! そんなところでなにをしていますの!?」
「ヘ?」
突然響いた大きな声に俺はドアの方を見た。そこにはIS学園の制服に身を包んだ女の子が立っていた。
金髪のロングに若干ウェーブがかかっており、先の方は軽くロールになっており、金糸の髪を際立たせるような青のヘッドドレス。そして、その宝石のように鮮やかな青い瞳は真っ直ぐと俺を捕らえていた。
俺は驚いた、間違えるはずもない。何故なら、その子には見覚えがあったからだ。
「此処はISの適正があるものしか入ることの許されない神聖な場所ですのよ!? それに、そこは一夏さんの席ですわよ!!!」
「えと、俺は思わず」
「貴方は何者ですの? 何の目的でこの教室に? まさか企業スパイですの!?」
「あのもしもし」
「答えなさい! 返答次第では容赦致しませんことよ!」
この有無を言わない強引な感じ、そして特徴的なお嬢様口調。間違いない、確信した。俺は目の前の女の子が誰なのか。
「何をジロジロ見ていますの? 黙ってないで早く答えなさいと言って……」
「セシリア、だよな?」
俺が名前を呼ぶと捲し立てていた女子の口が止まる。そう、目の前の少女は俺の昔馴染みであり、イギリスの名門貴族にしてイギリスの代表候補生の一人であり、俺の古い幼馴染。
セシリア・オルコットの姿があった。
「な、なんでわたくしの名を……」
「なんでって、そりゃ覚えてってええ!!?」
突如セシリアの両腕が光る。会社で何度も見ている俺はそれがISを展開するときの量子変換の光だと直ぐにわかった。
量子変換の光が瞬時に固まっていき、セシリアの腕は青い装甲に覆われその手の先には長大なライフルが展開、その銃口の狙いは俺の顔面。
おお、なんと美しいフォルムか、一見武骨な風に見えるが、マジマジと見ると計算し尽くされた造形を模していて………って! はいいぃぃぃ!!?
「おいおいおい!! なにしてんのお前!!? 俺が分からないのか!?」
「貴方こそなんなのです!? 貴方みたいな馴れ馴れしい人、わたくしは知りませんわ!!」
「オーケー! 先ずは武器を仕舞え!? 話はそれから!!」
あれ、忘れられてる!? 何気にショックなんですけど!? そりゃ何年も連絡とってないけども! こんな死一歩手前な再会ってあり!?
「もう一度言います、貴方は誰ですの!? 貴方は……」
「疾風!! 疾風・レーデルハイトだ! レーデルハイト工業の! 疾風・レーデルハイト!!」
「……何者で。って、え、疾風?」
一時の沈黙が教室に広がった。
「……本当に疾風ですの?」
俺は激しく頷く。それでも信じられないとライフルを下ろさずに続ける。
「小さい頃に遊んだ疾風?」
「yes」
「パーティーの時にいつも隅っこに居た疾風?」
「そんなこともあったな」
「あの泣き虫で弱虫で頼りなくて、わたくしが居なければ何も出来なかった臆病な疾風?」
「随分な言い方だなオイ。そんなんだったっけ俺の幼少期」
「………」
俺の顔を穴が空く──歩間違えばほんとに風穴が空く状況──ように睨んでくるセシリア。前は眼鏡つけてなかったなと、お気に入りのマイ眼鏡を取り外す、セシリアは更にジーっと見つめてきた。
「……じゃあ質問します」
「お、おう」
「第一回モンドグロッソのISバトルの決勝戦の内容を答えなさい」
「へ?」
なんでそんなことを……
「早く!」
「え、えっと。フランス代表のアニエス・ドルージュのラファール・プロトと日本代表の暮桜の試合だろ? 暮桜の弐連撃が決まりました」
「そのとき私が言った事を覚えていまして?」
「言った事って、いつかお前がモンドグロッソに出るって言った事か?」
「………」
「あれ、違った?」
両者が睨みあったまま重っ苦しい沈黙が流れる。ライフルの銃口は向けられたままだったので、内心穏やかではないが。
しばらく…いや時間にしては短いだろうが長く感じた沈黙の末セシリアが装備していたライフルと装甲が光となって消えた。
「……ふぅぅぅぅぅ!」
「ふぅっ」
俺は椅子に雪崩れ込んで溜まっていた息を思いっきり吐いた。
セシリアも何故か安堵した雰囲気だった。
「この馬鹿! 寿命縮むかと思ったぞ!!」
「なっ! 馬鹿とは失礼な! 大体貴方が紛らわしいんですわ!」
「確かに休みの日に見知らぬ男が女子高の教室の椅子に座っていたらそりゃおかしいとは思うけど。行きなりIS用のライフル向けるか普通!? 知ってる!? 緊急時以外ではISは展開しちゃいけないのよ!? 条約違反よ条約違反!!」
「貴方が名前を言うからでしょう!?」
「代表候補生なんだから少しは顔バレ名前バレはしてるって考えなかったのかよ!」
「そ、それはその。そう! 何処かのテロリストや男権団からの刺客かと思いまして!」
「そしたらお前にライフル向けられた瞬間お前は生きてないだろうな。仮にも万全セキュリティとブリュンヒルデがいる天下のIS学園だ。それを突破して悠々と座っているやつが一学生如きに遅れをとると思うか?」
意表を突かれて黙り混むセシリア。
「……まあ誤解させた俺も悪くないとは言えないがな」
「ゆ、許してくれますの?」
「お前は行きなり銃口を向けられた相手を直ぐに許すか? しかも誤解案件で。そして俺は現実的に、お前はもれなく殺人者で社会的にサヨナラバイバイだ」
「うぅ……」
セシリアはスカートをつかんで俯いた。当然だこっちは死にかけたんだからな。
すると廊下から誰かが走る音が近づいてきた。
「おいオルコット、何があった」
「お、織斑先生……どうしてここに」
セシリアは織斑先生を見るなりばつの悪い顔をする。
織斑先生は机にもたれ掛かる俺とセシリアを交互に見比べて深い溜め息を吐いた。
「成る程、大方オルコットが壮大な勘違いをしてレーデルハイト君にISを向けた…っと言う感じか?」
全くもってその通りでございます。
「オルコット、今日から懲罰部屋に入ってもらう」
「ちょ、懲罰部屋」
「なにか文句でもあるのか? そいつは学園の筆頭株主の御曹司、それを抜きにしても一般人にISを向けた。これの意味することは馬鹿でもわかるだろう、それとも、レーデルハイト君に何か非でもあるのか?」
「い、いえ………」
「おって処罰を下す。いいな」
「は、はい」
織斑さんに言われて俯いてしまうセシリア。本人も理解しているのだけに、その表情は先程のライフルの色に匹敵するほど青かった。
当然の処罰、むしろ軽すぎるぐらいだ。ISの無断使用、それはナイフや包丁のレベルではない。だから学園でも認可されていないのだ。ましてや、丸腰の人間に向けた。訴えれば如何に女尊男卑の世の中でも勝ち目は薄いだろう。
俺もわかっている。セシリアには相応の処罰が必要だと。分かっている、分かってはいるのだが………
「あの、織斑先生」
「どうした?」
「セシリ……オルコットさんを、余り責めないでやってください。いや、別に今の行動を容認するとかそういう理由ではないですが。こんなところに見知らぬ男が入り込んで座っていたら、警戒ぐらいはするでしょうし………余りキツイ処罰というのは………ね?」
分かっているが、このままではセシリアの今後の人生に悪影響があるのではと余計に回る頭が瞬時に答えを導いてしまった。
ああ! 俺ってなんて優しいんだろう! こんな女尊男卑の世の中で、こんな状況でここまで気遣いができる男性なんて滅多にいないな!
「オルコット」
「はい」
「休日明けまでに反省文10枚を書いて提出、特別罰則メニューをこなしてもらう。レーデルハイト君に感謝することだな」
「わ、わかりました」
「レーデルハイト君」
「は、はい」
名前を呼ばれて直ぐに顔を引き締めて立ち上がる。
「うちの馬鹿がご迷惑をお掛けした、寛大な判断に感謝する」
「ど、どうも」
「それと、先程準備が完了した、私は別件があるのでついていくことは出来ないが道はわかっているか?」
「大丈夫です」
「そうか、私が言うことではないが成功を祈っている」
「そう言って頂けるだけでここに来た意味もあるというものです」
フッと笑って織斑先生は立ち去っていった。
俺はうつ向いているセシリアをチラッと見た後。ある場所に向かっていった。
………何故かセシリアが俺の後を追いかけてきた。いや、ほんと、なんで?
ーーー◇ーーー
屈辱ですわ……
代表候補生ともあろうわたくしがあんなに取り乱してしまうとは。わたくしは先程のプチ騒動について悶々としていた。
でも警戒心が高くなるのは仕方のないことですわ、最近この学園は事件が多すぎる。
一年生クラス代表戦のあの無人機事件。シャルロット・デュノアの男性操縦者偽装案件。ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒの
一ヶ月にいっぺんは事件が起きるなどドラマやフィクション小説じゃあるまいし、まあ自分達が乗るISというものもかなり現実離れしてはいるが。
だから自分の行動は間違いではないはず。だけどやはり軽率過ぎたと心の何処かで思ってしまうのだ。
「なあ……」
「な、なんですの?」
先程の負い目もあってか少しびくつきながら答える。
「いつまで付いてくんだよ、お前には反省文を書くと言う重大な仕事があるんじゃないの? てかついてくんな」
「なっ! 付いて行こうが行くまいが私の勝手でしょう!? それとも見られたら不味いものでもあるかしら?」
「そうだよ見られたくないんだよ、わかったら回れ右して反省文書きやがれ馬鹿」
「ま、また言いましたわね! 無礼にも程がありますわ! 私に謝罪しなさい!」
「さっき、助けてあげたの誰だっけ?」
「うっ!」
わたくしの発言を一瞬で覆し、もう終わりと言わんばかりに疾風は足を早めた。
もう! いつの間にこんな憎たらしいお人になったのかしら!
プンスカと怒りながら更に足を早めた疾風を必死に追った。
疾風とわたくしは幼馴染、一夏さんの場合、箒さんや鈴さんにあたる。
そんな疾風と最後にあったのは両親の葬式の時だった。
突然の事故、両親との突然の別れ。そのときのわたくしには何がなんだか分からずに泣き叫んだ。慰めに来た疾風も、わたくしに釣られて顔をぐしゃぐしゃにして泣いてくれましたっけ。それ以来家を守るため、疾風は日本に飛び立ってしまい、離れ離れに。
そう、昔の疾風は少し……いや結構弱虫な感じでしたけど、根は優しい弟みたいな存在でしたわ。
でも今はどうか、背丈も私より大きくなり生意気そうに眼鏡をかけ、しかもわたくしの事を何回も『馬鹿』だなんて! 本当に前とは大違いですわ! ああ、あのときの純情無垢な疾風は何処に言ったのでしょうね!
「生意気な眼鏡ってなんだよ」
「へ?」
「純情無垢じゃなくなって悪かったな」
「え、へ、え!?」
「全部声に出てたぞ、馬鹿」
疾風はフッと小馬鹿にしたように笑う。
「っ~~!」
もうっ! 本当に生意気ですわ!
ーーー◇ーーー
結局最後までついてきた馬鹿ことセシリア。こいつは昔から対抗心が強いと言うかなんと言うか……
とにもかくにも目的の部屋の前に到着、扉の前には父さんが立っていた。
「おう疾風待ってたぞ………? そちらのお嬢さんは確か」
「セシリア・オルコットですわ、ご無沙汰しております剣司さん」
さっきと同じお嬢様口調だがその声色には先程の高飛車感が無い、てかこいつ父さんの顔と名前は覚えててなんで俺は分からなかったんだ? 酷すぎる。
「やっぱりのオルコットの嬢ちゃんだったか! いやーしばらく見ない間に随分と美人さんになったもんだ。まあうちの嫁さんには負けるがな! はっはっはっ!」
「あ、相変わらずですわね」
父さんの嫁バカ発言に苦笑いするセシリア。安心しろ俺もだ。
「それで、これから何をするんですの?」
「なあ、マジで帰ってくんねえかな」
セシリアの目はテコでも動きませんわと物語っている。
それを見て俺は折れて今日で何回目かも分からない溜め息を吐いた。
「……ただの自己満足だよ。結果の見えた、ただの自己満足」
「?」
何がなんだか分からないと言う顔をしているセシリアをよそに俺はドアを開けて閉め、ロックを、かけた。
部屋の中には一機のIS、打鉄と様々な電子機器だった。
一瞬写った目の前の光景、扉の奥に消えた俺。思わず怪訝な顔をするセシリアに父さんが口を開いた。
「嬢ちゃんにはあれが、今のISがなんだか分かるかい?」
先程の朗らかな表情に変わって真面目な口調で尋ねる。
「なにって、打鉄……ですわよね?」
「ああ、だがあれはただの打鉄じゃあないんだ」
セシリアは何を言っているか分からない感じだった。外見上に差異はない。そして何故疾風が入っていったのか理解出来ないセシリアはひたすら頭に疑問符を浮かべた。
だが、彼が続けた言葉に驚きを隠せなくなった。
「あれは世界でただ一人、男性でありながらISを扱える織斑一夏が初めて動かしたISだ」
「え?」
セシリアは一夏から初めてISを動かした経緯を聞いたことがあった。
藍越学園をIS学園と間違え、偶然試験用のIS(打鉄)に触って起動したという事だった。普通はあり得ないが、一夏ならあり得そうとその場で納得したのを覚えている。
その打鉄は国家機関の預かりとなったがIS自体に異常は見つからなかった。
(そのあとの消息は公開されていなかったが、まさかレーデルハイト工業にあったとは)
「あのISを疾風がどうしても調べたいと言ってな。アリア……うちの奥さんが無理を言って、調査の名目で貰い受けたって訳だ。あそこまで我が儘を言ったのはあれが初めてだったかなー、必要以上に親を頼らない子だったからあの時は驚いたよ」
セシリアは剣司の説明に呆然としていた。疾風のこともそうだが、レーデルハイト工業は国家機関に顔を持っているのかと。
「それで、結局ISはどうなりましたの?」
「結果はISは動かないままだった。織斑一夏がISを動かして、そっから二ヶ月たってから譲って貰ったから。そうだな、もう二ヶ月近くか、あいつが打鉄を調べはじめて」
「二ヶ月も!? 政府はよくそれを許しましたわね」
「ああ、勿論政府にはレーデルハイト工業で調べてると伝えてある、がこれは俺や嫁さんぐらいしか知らない。だがもう期限も近い。つまり後がないんだ」
「そのISの期限は?」
「明日だ」
明日、目前に迫った数字にまたセシリアは目を見張った。
「……ますます分かりませんわ、疾風は何故その動かせないISを。しかも期限が迫った今になった状況で、あの打鉄をここまで引っ張ってきましたの?」
「期限が迫ったからこそなのさ」
「………?」
「………これは勝手な憶測だが、あいつにとって、ここにアレを持ってきたのは、儀式みたいなもんなのさ」
「儀式?」
「ああ」
扉をロックし、俺と打鉄の二人きりになる。だが俺は臆することなく、それでいて引き込まれるように打鉄に乗り込む。当然ながらうんともすんとも言わないそれを無視してコンソールを動かす。それでも、それでもと。いつも以上に俺は念じ、手を動かした。
動いてくれ、と………ただそれだけを必死に脳内に掲げて作業に没頭する。
だが無情にも、鉄の固まりは動かなかった。
ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
「!!」
無情にもアラームが鳴り響いた、昨日とより短い一時間のアラーム。
「………あぁ」
駄目だった、ああ駄目だった。
分かって居たじゃないか、ああ分かって居たじゃないか。
結局俺は動かせない、その資格がないのだと。
「畜生!!!」
叫びをあげた、あげずにいられなかった。打鉄を脱ぎ捨てて扉を開けて走り出す。
「キャッ!?」
「!?」
何故お前がいる? ずっとそこに居たのか? だがそんなの、どうだっていい。
「あ、疾風!」
背後から聞こえた声などお構いなしに、俺は何処へとも知らずに駆け出していった。
「はっ………はっ………はっ………………はぁ」
何処に向かうか分からないが。兎に角走った、走って、走って、走って走って走って走って………走り続けて、止まった。
どれくらい走っただろう。もしかしたら短いかもしれない、いや想像より長いかもしれない。人とすれ違って無かったと思いたい。見知らぬ男子が女子高で全力疾走など、それこそ不審者だ。
目線をあげると、IS学園の入り口のアーチにいた。俺は近くの階段状のブロックに腰を掛け、自然と顔が上に向けられる。
空を見た、夕焼けのオレンジ、千切れ雲が漂い、天気は晴れ。
手を上に伸ばした。
遠い、ああ、なんて遠いのか。なんて、遠いのか………ISがあれば、届いたのかな。
インフィニット・ストラトス、無限の成層圏とは良く言ったものだ。女性はISを使えば成層圏なんて易々といけるだろうが、男はどうあがいてもその成層圏、地球を覆う大気の中で一番低い成層圏にすらたどり着けないのだ。
ふと、誰かが走ってくるような感覚の短い足音が聞こえた。
父さんか? それとも先生方、もしくは俺をみかけた生徒の通報からの警備員か。誰でもいい、顔を向く気力も体力もない俺は無視を決め込んだ。
「はぁはぁはぁ。まったく……何処まで走れば……はぁ、気が、済みますの………?」
「………え?」
目線を向けると、息を切らし。膝に手をおいて肩を上下しているセシリアの姿があった。
「おま、なんでこんなとこに」
「貴方が……ここまで走ったからでしょう。はぁ………」
「なんで来た?」
「知りませんわ。ゲホッゲホッ」
未だに荒い息が止まらないセシリア。対して俺は何故? と思わずにいられなかった。正直、セシリアの行動原理が理解できなかった。
「………疾風のお父様から……色々聞きましたわ。貴方があの打鉄を調べたこと。そして、ここに来たのもISに対する執着を捨てる為だって」
あの馬鹿親父。なんでそんなこと喋ったんだよ父さん…よりにもよってコイツなんかに。
「そんなんじゃない、単に現実から目を背けてただけだ」
「現実?」
「織斑一夏がISを動かせる唯一の男だって知って、そっから適性検査を受けてやっぱり動かせないとわかっても、俺も動かせる俺も動かせるって必死に言い続けて、馬鹿みたいに必死にあの打鉄を調べてた。ここに来たのだって、ISに一番関わってる此処なら動くかもって思ったんだ。結果はお察しだけどな。まあ、分かってたけど………」
ああ、なんで俺はこんなベラベラ喋ってるんだろ。………ほんと、よりによってコイツに。
「そう言って、諦めますの?」
「あぁ?」
「ISを動かすのを諦めますの、と言っているのです」
「お前には関係ないだろ。イギリスの代表候補生様よ」
「………」
セシリアは表情を動かさないことに努力した、良く唇を噛むだけですんだものだと感心する。
目の前の男が本当にあの日の彼だったのか。余りの変わりように動揺が走ったのだから。
「疾風、あの約束の続きを覚えてますか?」
「………ああ」
「でしたら」
「それがどうした?」
気だるげに立ち上がってセシリアを睨み付けるとビクッと確かに身震いした。それを気にせず口を開く。
「どっちにしろ男にISは動かせねえんだ、今までの歴史がそれを証明している。俺も足掻くだけ足掻いた。もういいんだよ」
「そんな……」
「じゃあな」
離れたい、一刻もセシリアから離れないとどうにかなってしまいそうだった。何か悪いものを吐き出しそうな気がすると、俺はその場を駆け出した。
「待って!」
「は?」
だが、通りすぎる俺はセシリアに阻止された。振りほどこうとするも袖を握り締めた手は緩まなかった。
ほんと、なにがしたいんだ、コイツは。
腕を必死に振り回すも食い込んだ爪が服を離さない。
「まだ手はあるでしょう!」
「ねえよそんなもん」
「諦めるのは、まだ早いはずですわ!」
ああ、何言ってんだこいつは。関係ねえだろお前は。なんでそんな必死に止めるんだ。
「離せ」
「離しません」
「離せよ」
「離しません!」
「離せって」
「離しませんわ!」
「離れろって言ってるだろ!」
彼女を突き飛ばす勢いで距離をおいた。セシリアの顔に恐怖が浮かんでいたが、そんなことお構いなしに怒鳴り散らした。
「お前に何が分かんだよ! 女ってだけでISが使えて! ISが好きなのに乗りたくても乗れない俺の気持ちが、諦めようとしてる俺の気持ちが、お前に分かるのかよ!」
初めて胸のうちを叫んだ気がした、とにかくぶつけたかった、ISを動かせない現実に改めて直面させられた俺の心の蓋、ずっとずっと押し止めていたどす黒いドロドロした感情が一斉に吹き出され、吹き飛ばされた。
「ISが女性にしか乗れないとわかって女尊男卑の世界になった。はっきり言って地獄だった。女は男を奴隷かなんかと勘違いしてこき使おうとした奴もいた。今だってそんな奴はいる。金持ち、ハーフ。俺も狙われた。酷いもんだった」
ああ、なんで関係ないことまで喋ってんだろ。女尊男卑なんか今関係ないだろうに。
だが仕方ないだろ、世の中は不公平だ、何故女だけなんだ、俺達男はどれだけ手を伸ばしても届かないというのに。
「もう疲れたんだよ俺は。一寸先も見えない闇の中を歩いてるみたいで。暇があったら工業に行って、一人で
目の前で俯いた彼女は代表候補生になった、つまりモンド・グロッソの代表に届く場所にいる。だが俺にはない、男であるのは、ブリュンヒルデの弟である織斑一夏だけだ。
「じゃあな、モンド・グロッソにはお前一人で行け。俺は降りる、お前もあんな子供の口約束なんか忘れろ。それとも何か? お前はあんな幼稚な夢物語を真に受けて代表候補生になったのかよ」
「夢物語?」
「違うのか? あんなのただの夢物語、子供の戯れ言だろ。お前が代表候補生になったのは、そんな約束を守るためだってのか?」
「………………」
やっと黙ったか、まったく、久しぶりにあったかと思ったら行きなり銃口を向けられて勝手に付いてきた挙げ句、俺に諦めるなとか。
………………帰ろう、裏手で父さんが待ってる。さて、これからどうしようかな。
勢い良く駆け出ーーそうとする俺はまた腕を捕まれてバランスを崩した
「お前、いい加減に」
怒鳴り散らそうとした俺の声は喉奥で塞き止められた。俺を掴む彼女の瞳が潤んでいたから。
「勝手に一方的に言われて。はい、そうですかと引き下がる程、わたくしは大人しくありませんわ!」
「お前何を」
「たった二ヶ月出来なかったからなんだというのですか!」
目元に溜まった涙を乱暴にぬぐい去った彼女に俺は気圧された。
彼女の強い眼差しに俺を真っ直ぐ捕らえられ、動くことが出来なかった。
「貴方はレーデルハイト工業の息子、ISに関わる機会など幾らでもあるでしょう!? 一人でISを調べ続けた? 10年かかって数多の研究機関が調べに調べているのに。二ヶ月しか挑んでない癖に、何を甘ったれたことを言っているのですか!」
「それは」
「何故他の人を頼らなかったのですか、わたくしと違って、貴方には頼れる人が居たでしょう?」
「………」
「わたくしは、あの時の約束を忘れたことはありませんでしたわ」
「!」
俺はセシリアに言われたことが信じられなかった。驚かずにいられなかった。
「………なんだよそれ、お前が代表候補生になったのは家を守るためじゃなかったのか?」
「確かに、わたくしが代表候補生の誘いを受けたのはオルコット家を守るためでした。ですがそれだけではありませんわ」
「俺がISを動かして、一緒にイギリス代表として出場すると本気で信じてたと?」
「ええ」
間髪いれず答えたセシリアに思わず目を丸くした。
「馬鹿すぎるだろ」
「何故? 一夏さん。織斑一夏が動かせたのに、何故貴方が動かせないと決めつけますの?」
「それは………」
「動かせる筈ですわ、たとえ何年何十年かかろうとも。何故なら、それを成せないと、まだ決まった訳ではないのですから」
「何を根拠に」
「根拠などあるわけないでしょう」
「………………」
「それでもです」
セシリアは一呼吸置いて、改めて俺の目を見た。その瞳は、とても優しかった。
「ISの知識が何もなかった一夏さんが動かせたのです、我武者羅に前を進み続けた貴方が動かせない筈ないでしょう?」
「………………」
憑き物が落ちた気がした。目の前の彼女から目が離せない。本気だ、この女は本気であの約束を本物にしようとしている。
涙が出そうになる、だが我慢する。せめてもの男の矜持だ。
「………ハハ」
「疾風?」
「ハハ、ハハハ、アハハハハ!」
「ちょっと疾風? どうしましたの?」
「ハハハ! ………はぁ。負けた、完璧に負けたわ、あー馬鹿みてえだ」
笑いが止まらない、何にたいして笑っているのかも分からないまま、俺は笑い続けた。
困惑するセシリアの前で俺は大きく深呼吸をする。目の前の相手に視線を向け、掴んだ腕をそっと退けると、セシリアも腕を離してくれた。
「まさかお前に諭される日が来るとは思わなかったな」
「なんか引っ掛かりますわね、その言い方」
俺達は小さく笑いあった。
「ありがと、意固地になってたな、俺」
「礼には及びませんわ、下々のものに救いの手を差し伸べるのも貴族の勤めですわ」
「うわー、今までの会話の後に格上宣言? 台無し、感動系で閉まるはずだったのに今ので台無しだよ。てかうちとお前んとこ同じぐらいの規模だろ。イギリス的にも世界的にも」
俺が指摘するとセシリアは頬を蒸気させた。
「す、少しは格好をつけてもバチは当たらないでしょう! そこはスルーをするところですわ! 全く!」
プイッとそっぽを向くセシリアを見て俺はまた笑った。先程の迫力や慈愛に満ちた表情など鳴りを潜め、目の前にいるのは少し高飛車で、顔をむくらせた、カッコつけたがりのお嬢様だ。
「そうだな。たかが二ヶ月だ。まだまだ俺には時間はタップリあるんだ。………いつか動かしてみせるよ。何年か何十年か分からないけど、焦らずにゆっくり確実に挑んで行くよ」
「ええ」
「それでさ、俺が動かせたら。その時は俺とISバトルをしてくれないか?」
セシリアは一瞬目をパチクリさせると、直ぐに余裕の表情を浮かべ左手を腰に当て右手をビシッと向けて指を指した。
「このイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの名に懸けて! その決闘を受けて差し上げますわ!!」
力強く、鋭く。セシリアは言いはなった。その蒼い眼はいつしかの決戦に向けて燃え上がっていた。
「じゃあな」
「ええ。ごきげんよう」
「おう、反省文頑張れよ」
「なっ、だから一言余計ですわ!」
「ハハハ、暇なとき連絡するよ」
セシリアを弄ることを忘れずに、俺は軽くなった胸のうちを弾ませた。
ああ、なんて清清しい気分だろう。久しく忘れてた気がする。
空が茜に染まるなかで、俺は約束を胸に再び歩き出した。
セシリアと再会した日の翌日、俺はまたレーデルハイト工業のラボに来ていた。
しかし一昨日と違って今回は他の人と同じ作業着を着込んでいる。
というのも、今日は散々お世話になった打鉄のメンテナンスをしていた。俺の我が儘に付き合ってくれた打鉄に、せめてものお礼をしようとメンテナンスの大半は俺が行った。
「手際良いっすね疾風さん、お前もこれぐらいパパっとできれば良いのにな」
「うるさいわね、あんただって大して変わらないじゃない」
「まあまあそれぐらいにして、疾風さんどうですか。高校卒業したら即こっちに来るというのは」
一緒にメンテナンスを見てた大人しめの従業員が言ってくる。確かにそういう選択肢も考えては居た。
「ありがとうございます、ですが此処に入るのは大学に入って資格を取ってからにします」
「どうして?」
「コネで入ったと思われたく無いですからね」
「若いのに恐れ入ります」
「誰もそんなこと気にしないと思うけどな」
「あんたと違って疾風君は謙虚なのよ。少しは見習ったら?」
「そっくりそのまま返してやるよ」
そっからこの勝ち気な二人は何よ何だよの口喧嘩に発展する。それを止める為に大人しめの従業員が仲裁に入った
「あーらら」
「あはは、では疾風さん。サインお願いします」
数枚のメンテナンス点検表の点検者欄に名前を書き込む。
「はい、OKです。しかし宜しいのですか?」
「何がです?」
「期限が今日と言えど、委員会に掛け合えば延長してくれる望みもあるのではないのですか?」
この人が何故このISについて知っているのかというと、今日来たときにこのISのことについて明かしたからである。
笑われるかと思ったがその思想とは裏腹に皆は『水くさい』『なんで私たちに協力させてくれないのか』と言われた。
セシリアの言ったとおりだった、なんで俺は最初から頼らなかったのか、馬鹿にされるなど、この会社では有り得ないだろうに。
「もう焦る必要はなくなりましたから、まあ気長にやっていきますよ」
「そうですか、私たちに出来ることがあればなんでも言ってくださいね? あ、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、まあ、言っても後五分ちょい後ですけど」
「じゃあ折角だし乗りますか?」
「はい?」
従業員が指を指したのは、メンテナンスが終了した打鉄だった。
その言葉を口火に他の従業員も口々に言ってきた。
「いいね! ISに乗って誕生日!」
「動かす動かせないに意味はない、乗ることに意味がある」
「あの、メンテナンス終わったばっかだからそういうのは」
「問答無用だ! 押し込めー!」
「「「おーー!!」」」
なんと美しいレーデルハイト工業の団結力、圧倒的物量差になすすべもなく打鉄の中に押し込まれた。
「よーし! 装着完了!」
「これ装着ちゃう! 拘束ですよ!」
「それ、みっぎ上げて」
「うおぅ!?」
ラジコンロボットよろしく、コンソールに繋がれた打鉄の右腕が勢い良く上がる、序でに中にある俺の腕も上がった。
そのまま左右と交互に動かされる、まるでマリオネットのようではないか。そして地味に腕が痛い、特に関節。
「ちょちょちょ! 乱暴に扱うなって!」
「いや、でもこれ楽しいわよ」
「疾風君を玩具にするんじゃない!」
「おーい、後3分ちょいだぜ?」
「なにっ!? 全員集合! 疾風君を真ん中にバースデーフォトだ!」
「「「今行く待ってろ!!」」」
このノリの良さよ! 原因は間違いなく此処のチーフだ、後社長。
皆は手早く自身の作業に区切りをつけて打鉄に乗り込んでいる(または拘束されている)俺の方に群がってきた。
こいつら事前に準備してやがったな。三脚カメラなんて何処に準備していた。見ろこの表情、顔の筋肉がストライキを起こしているではないか。後なんだ、その【疾風君16歳おめでとう!!】の横断幕は! こっ恥ずかしいわ!
「ほれほれ、お姉さんが隣に居てやるぞ少年」
「オイ人妻! サバを読んでんじゃないぞ!」
「なら俺が隣だ! 男同士の友情というものを見せてやる!」
「それはホモ発言に捕らえられるからヤメルンダ!」
「ホモ!? 何処!?」
「ほらみろ腐女子が反応した!」
「おーい! もう時間ないからいい加減にしろー!!」
タイマーをセット、シャッターの秒読みが始まった。各々は好きにポージングをたてている、いつの間にか打鉄もVサインをしている徹底っぷりだ。
「カウントォ!」
『10! 9! 8! 7!』
………ああ、俺は幸福者だ。こんなにも俺を好いてくれている人が居る。それに気付けず一人で意地を張っていた自分が馬鹿らしく思えた。
『6! 5! 4!』
………これからはレーデルハイト工業の人達とISを動かすためのプロジェクトを始める、父さんも再び交渉すると言ってくれたし、もしかしたらこいつが戻ってくる可能性もある。
『3! 2!! 1!!!』
何時かISを動かして見せる。焦ることはない、ゆっくり確実に一歩を踏み出せばいいんだ。
だからセシリア。俺がもしISを動かして、お前と戦うときは。
『疾風君!! お誕生日おめでとうございまぁぁぁぁす!!!』
絶対に負けないからな。
………………キィン。