IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「キュアァァァァァァ!!!」
ーーーなんだこれ?
目の前に広がっているこの光景は一体なんだ?
海に沈んでいく福音を回収するまでは良かった。
だがその銀のボディに触れた瞬間、頭の中で声が響いたのだった。
「触れるな」と。
そのあとだ。機能を停止したはずの銀の福音のメットが光るとともに、その体を包むように水色のエネルギー球体が福音から溢れてきたのだ。
やばいと思った。見て認識するのではなく本能的に。分け目もふらずに海面から飛びだした。後に海が吹き飛び、銀の福音の背中から巨大な光翼が生えたのだった。
「これは、
「そんな、馬鹿な………」
ラウラの言葉に今すぐ反論を唱えたかった。
セカンドシフトとはパイロットとインフィニット・ストラトスの経験とシンクロ率の上昇から起きる極稀な超常現象。
といっても乗り続ければ必ずシフトアップするわけではない。現に8年も同じISを乗り続けた古参もシフトアップを行っていないという事例がある。
ISの姿を操縦者とISに適した姿に変化させる。いや、これの場合進化という言葉が正しい。
だが、目の前で光の翼を広げる銀の福音はどうか?
本格起動してから直ぐに暴走し、パイロットは意識不明。試験期間を入れても一月もたっていないのにシフトアップなどあるわけがない。ありえない。
しかし目の前の光景がありえないを現実とする。
本当にセカンドシフトしたかは置いとくにしても。福音は前より進化した。
俺達を葬り去るために。
『イレギュラー、イレギュラー、イレギュラー。ーーーーー疑似形態移行完了。銀の鐘パージ、武装更新、【
銀の福音の光翼が一際輝いた。
「どうするんだ疾風!」
「戦闘体勢! 福音を食い止めるぞ!」
「戦いますの!?」
「こんな奴放置してられるか!」
見かけ倒しなど侮ることなど嘘でも出来なかった。目の前で神々しく輝く銀の福音からはAIとは思えない程のプレッシャーを感じた。
インドラの矢使用時にスクラップになったボルテックをリコールしてインパルスを取り出し、再びスラスターに火を入れる。
「作戦をパターンBに変更! 距離を取りながら応戦をーーー」
風が鳴り、光球で空洞となった場所に押し戻された海水がまた吹き飛んだ。
「ーーーえ?」
瞬きの間、銀の福音は箒の紅椿の前にいた。
光翼からエネルギーを放出した瞬時加速。それははからずも、紅椿の展開装甲と仕組みが酷似していた。
箒は反応する間もなく福音の光翼を押し当てられ、至近距離で爆発、海を跳ね、小島に激突する。
「かっ………!?」
「なっ、はっ!?」
吹き飛ばされた紅椿を見て全員がまどろみから覚めた。
「箒ぃ!」
「注意を向ける!!」
次に動けたのはラウラだった、キャニスター弾を数発撃つ。
福音はこれまでとは段違いの速度で上方に逃げることで散弾を回避。ラウラはパンツァー・カノニーアの砲塔を上に上げるも福音の方が早かった。銀の祝福を形成する銀の鐘の光翼を頭上に掲げエネルギーを集中して発射。放たれた光弾はこれまでの比じゃない密度で、まるで光の竜巻。
四枚の物理シールドを競りだして防御するも爆発弾の塊である銀の祝福の前には無力で、ラウラはパンツァー・カノニーアごと吹き飛ばされた。
「後ろ貰ったぁ!」
ラウラの捨て身の囮を餌に甲龍の増設衝撃砲が火を吹く。拡散された焔の弾に福音は慌てることなく銀の祝福を羽ばたかせた。
振り下ろされた翼からは大量の羽が降り注ぎ、密度でいえば先程の第一形態最大火力以上だった。
一度の羽ばたきで相殺し、二度目の羽ばたきで衝撃砲を完全に消失させ、鈴に襲いかかる。
「嘘っ!? きゃあああっ!!」
「鈴!」
「まだ! その隙をっ!!」
シャルロットのリヴァイヴがその背中にグレースケールを突き立てる。その攻撃を福音は後方宙返りでシャルロットの後ろに回り込む。
「読めてるよ!」
グレースケールは消え、その両手にはラピッドスイッチでコールされたショットガンが二挺。
シャルロットが急停止からのドットターンで福音と向き合う、両者の間は零距離、シャルロットは光翼の内側に潜り込む。
「この距離なら羽根は! ………え?」
シャルロットはトリガーを引こうとしたが、振り向いた瞬間にその思考は停止した。
その巨大な翼がシャルロットの目の前で更に三倍もの大きさに広がっていたのだ。
巨大化した銀の祝福は広げた翼を閉じるようにシャルロットを包み込もうとする。
「シャルロットー!!」
「駄目! 来ないで!!」
助けに行こうとするも間に合わずシャルロット銀の祝福に包容された。
「うぁぁぁぁーー!!」
通信越しに響く声は痛々しく。一際輝いた光翼の中でシャルロットは苦し紛れにシールドを全方向に展開したが焼け石に水でしかなく。
シャルロットは黒煙を上げなから海に落ちていった。
「なんですのこの性能は!? 軍用と捉えても余りにも異常ですわ!」
「逃げろセシリア! 次はお前だぁっ!」
「くぅっ!」
反転したセシリアがストライク・ガンナーの増加スラスターを目一杯吹かして離脱する。
後ろ手でレーザーを撃つも当たるわけがなく。こっちもボルトフレアで援護しようとしてもまるで当たる気がしない。
福音から逃れようとするセシリアだが疑似形態移行した銀の福音はその上を行き、化け物レベルの速さと機動力でセシリアの前に躍り出た。
スターライトMKⅢより銃身の長いスターダスト・シューターは向けられる前に福音に蹴り飛ばされて海に落下する。ライフルを失い、ビットを使えない今のセシリアにとってそれは攻撃能力を失うのと同義。
だがセシリアの瞳はまだ死なず。右手にショートナイフ、インターセプターをコール。
この後にまたあの包容爆撃が飛んでくる、ストライク・ガンナーの初速では今の銀の福音から逃れる術はない。
(せめて一矢報いるぐらいは!)
だからこその捨て身、後は任せるとセシリアは渾身の力を持ってインターセプターを突き出した。
ーーー爆発音が響いた。
ナイフによる衝突音ではなく爆発音。気付くとセシリアは福音から離れていた。
「な、にが……?」
福音を見やると胸部装甲がひび割れ、蛹から蝶が羽化するように、小さな光翼が生えていた、
福音は決死の覚悟で迫ったセシリアを嘲笑うかのように胸部から生えた銀の祝福をショットガンの要領で放ったのだ。
「なんでも、ありですのね………」
最後の武器であるインターセプターを失い、吹き飛ばされるセシリアの腕を掴み、銀の福音が翼を広げた。
力なくぶら下がるブルー・ティアーズは先程の衝撃で動けずにいる。再起動する頃には銀の祝福に包まれる。
「セシリアぁぁぁぁーーーっ!!」
次々と仲間が倒れふし、最後にセシリアが落とされる。
させるものかとインパルスを構えて銀の福音に突貫する。
「来てはいけません!!」
「なっ!」
セシリアが手を伸ばして制止、渇の入った声に飛び出そうとした足が一瞬止まってしまった。
もう間に合わないと、それはお互いに分かっていた。
それでも見捨てたくないと、目の前で光翼に包まれるセシリアに向け、もう一度翼を突き出した。
「疾風………」
「セシリアっ!!」
翼に包まれる直前、セシリアの力強く光る蒼い瞳が俺と合わさった。
その口元にはいつもと同じ笑みがあって………
「後は、任せます」
「セシ………」
光翼が完全にセシリアを包み、輝いた。
「あ、あ………」
翼からこぼれ落ちるセシリア。
海に落ちるまで、俺はただただ見てることしか出来なかった。
全員、やられた。その事実に自分の体温のほとんどが空中に霧散した気がした。
寒い………ISに搭乗してる以上、スキンバリアにより体外の気温とは関係なく体感温度は一定で保たれている。
孤独、不安、焦燥、絶望、恐怖。
とめどない負の感情が沸き上がり、震えが止まらない
作戦はこれ以上ないくらい上手く行っていた。120%上手くいっていた。
なのにセカンドシフトしてエネルギー全回復、チート並みにパワーアップして復活し。5分と満たない時間で壊滅状態に追い込まれ。
気付けば俺一人だ。
「勝てない………」
これ以上のない弱音が口から漏れでた。
銀の福音が瞬時加速の構えを取った。
先程の数倍の加速。このまま皆を置き去りに逃げることなど、物理的に考えても出来るわけがない。
無理だ。俺一人でこいつの相手なんて、第一形態でも手一杯だったのに。今の福音に勝てるわけがない………
福音が突撃する、その加速は音を置き去りに。俺の命を刈り取りに来た。
もう、諦めるか。
俺の両の手がダランと垂れ下がり、その時を待ってーーー
『疾風。後は、任せます』
ッ!!
キュオンと風が吹く。
福音が目の前に迫っていた。
気付くと、俺はその場で宙返りをし、福音の瞬時加速を躱していた。
それだけで終わらず、当たることなど考えずに下にインパルスを振り下ろし、福音の背中を掠る。
極小の衝撃だったが、瞬時加速をしていた福音はバランスを崩して海スレスレまで落下した。
「うーーー! あっ!! 何弱気になってんだ俺はぁっ!!」
恐怖を弾くように大声を上げる。
己を鼓舞するように機体のプラズマ出力を上げ、装甲にプラズマの蒼い光が走る。
「あいつに任された、ならばぁっ!」
こちらを向く福音、未だに光翼の輝きは劣ることなくさんさんと輝いている。
「タイマン、上等! 負けるのは分かってる? 知るか!! なら足掻いてやるよ最後までーー!!」
インパルスの出力を増大。
ボルテックのようにプラズマネットは展開できなくても、インパルスはボルテックに出来ないこともある!
穂先を展開、最大チャージ。
「チキンレースだ! ファッキンエンジェル!!」
特大のプラズマと爆裂光弾がかち合った。
ーーー◇ーーー
「銀の福音、再起動しました!」
「スカイブルー・イーグル以外のISが撃墜! 現在レーデルハイト君が単独で交戦!」
戦線が壊滅状態の中、花月荘の特設指令室は状況の更新に忙しなく動いていた。
「織斑先生! 防衛ラインの教師を援軍に向かわせましょう!」
「駄目だ、容認出来ない」
摩耶の訴えに千冬は冷淡に返した。
「でもこのままでは生徒の命が! 貴女は生徒を見捨てろと言うのですか!?」
「今防衛ラインを崩せば、第一陣を突破した銀の福音が日本に攻めいる。動かすことは出来ん。それに………今から向かっても到底間に合わん」
「そんな………」
教師陣の顔が真っ青になる、
このまま自分たちは何もせず、ただ生徒が命を落とすのを見るしかないのか。
「日本国軍からの応答は」
「ありません………」
この状況でも援軍を寄越さない日本。
福音が防衛ラインを突破した後、日本に在住している軍は最後の砦だ。
理屈は分かっても、動いてくれない自国の軍に理不尽な怒りをぶつけたくて仕様がない。
「レーデルハイト君との通信繋がりません」
「おそらく応じる暇もないのね。それ程の現場なのよ」
他の専用機が瞬時に落とされた中で一番のルーキーである疾風・レーデルハイトが粘っている。一人だけで戦えてる、いや戦えてるかと分からないが、落とされてないだけでも信じられない状況
だが極限状態なのは明白、長くは持つ筈がない。
「織斑先生! スカイブルー・イーグルからデータが送られています!」
「これは………セカンドシフトに移行した銀の福音の戦闘データです!」
イーグルに内蔵された観察強化型ハイパーセンサー、イーグル・アイ。絶望的な状況の中、かき集められるだけの情報を寄越してきたのだ。
自分達を捨て石に、教師陣に託すために。
たかだか16の少年が出来る物ではない。彼の意図を理解した千冬は唇が切れるほど噛み締めた。
(………これがお前のしたかったことか、束)
千冬は今回の福音暴走の主犯は束なのではないかと勘ぐっていた。
軍用ISのハッキングなど、ISの産みの親である束にかかれば不可能という言葉など出ない。
だが腑に落ちない部分もある。現に一夏が重傷を負い、妹である箒が危険にさらされているのになんのアクションも起こさない。これも計算ずくなのか、あるいは………
「織斑先生………」
「教師陣に通達、生徒の第一陣が崩れるのも時間の問題だ。各自、高機動パッケージスタンバイ、レーデルハイトから送られたデータに目を通しておけ」
今は考えるのをやめる。
底知れないむず痒さが走るなか、教師陣は大人として作業に没頭する。
彼等の覚悟を、無駄にしないために。
ーーー◇ーーー
「ぐほっ」
プラズマフィールドを突き抜けた銀の鐘がイーグルの装甲に突き刺さって爆ぜた。
吹き飛ばされた俺とイーグルは平らな岩場に着陸する。
あらゆる手段を駆使して防戦していたが、対に均衡が崩れ去った。
時間にして5分。これでも他と比べたら長く持った方だった。
(今のでSEが二割まで減っちまった………これまでかな………)
これまで攻撃でインパルス以外の武装がロスト。ソニック・チェイサーのパッケージも損傷による過負荷で今パージした。
銀の福音が光翼を広げた。頭上にエネルギー球が構成される。さっきの光の竜巻を放つ気だ。
こちらは行使し続けたスラスターのオーバーフローで動くことは出来ない。
プラズマフィールドも、張れたとしても破られるだろう。
ーーー死ぬかもしれないと思うと底知れない恐怖が沸き上がる。
理不尽だと声を荒げて罵りたくなる
女尊男卑社会も目の前の現実はなんも変わらない。
強いものが生き残る、弱いものは生き残れない。どちらが悪いとかはない、単純に俺が弱かっただけのこと………
(納得出来るかよ、クソッタレ)
インパルスを杖代わりに、上で翼を広げる福音を睨み付ける。
生きてられるかな………皆は無事だろうか………
データは教師陣に渡した、後は託すしかない。
福音が光の竜巻を撃ちだす、と同時に赤い光線が福音に突き刺さり射線がずれた。
ほんの少しずれた竜巻は到達距離の長さで致命的な誤差となり、岩場からすぐそばの海に穴を空けた。
飛び散る塩水に打ち付けられるなか、ハイパーセンサーが一機のISを発見した。
箒と紅椿だった。
「すまない! 大丈夫か疾風!」
「箒!? お前やられたんじゃ」
「ああ、なんだか分からんがエネルギーがほんの少し回復した」
シュランと両の刀を福音に向けて戦闘態勢に入る紅椿。装甲の隙間から見える赤の光が箒の戦意を表していく。
「逃げろ箒! 俺は動けない、お前だけでも」
「断る。たとえ現場指揮官のお前の頼みでもだ。お前はそこで休んでろ。福音は、私が斬る!!」
「………わかった、休ませてもらう」
箒の力強い言葉、そこには慢心や油断などない。勝てるかどうかではなく、ここで逃げるか逃げないかという選択の中、箒は立ち向かう選択肢を取ったのだ。
イーグルが膝をつき、緊急修復モードを起動した。それと同時に俺の意識も落ちた。
ーーー◇ーーー
紅椿の背部展開装甲だけを開いて準高機動モードで発動する。
元々燃費が悪い紅椿、無駄使いは出来ないし出来れば使わずに行きたいが、そう贅沢も言える状況ではない。
何故エネルギーが少し回復したのかは分からない、それでも箒の心のうちにあるのはただ一つ。
「一夏の為に、一夏に誇れる自分であるためにも! 行くぞ銀の福音!!」
急加速する紅椿に銀の祝福が降り注ぐ。
常時フルバーストともとれる広範囲。箒は眼下の疾風に当たらないように上方に位置を取った。
図らずとも密漁船乱入時と同じ状況に箒は自嘲気味に笑った後、これまで以上に鋭い眼光を宿した。
「もう同じ過ちは、しない!!」
咆哮に答えるように紅椿は輝く、深紅の軌跡を描きながら銀の祝福の羽を掻い潜る。
一発、また一発と紅椿に羽が刺さる。
だが紅椿は展開装甲のシールドモードを発動しない、それに裂くエネルギーなどありはしない。
向かうは短期決戦、肉を切らせて、骨を断つ!!
眼前に光翼を広げる福音、紅椿の剣の射程圏内に、入った。
「ここだっ!!」
展開装甲全展開。
紅蓮の華と化した紅椿が福音に斬りかかる。
銀の福音は強化された機動力で斬撃をかわして距離を取りながら羽をばら蒔く。
「逃が、さん!」
空裂の遠距離斬撃で無理やり道を作り出し、腕部展開装甲のビットを射出。
ビットに気を取られた福音に瞬時加速で一気に肉薄する。
「斬る! 斬る! 斬り進む!!」
斬撃の乱舞、赤熱した雨月と空裂の二刀が福音のSEを斬り刻んでいく。
苦し紛れに飛ぶ銀の祝福が当たるのを気にせずにとにかく斬りまくった。
(この程度、一夏が受けた痛みに比べれば!!)
とにかく離れない、福音が度々両手両足からブーストして逃れようとするも展開装甲を全開にした紅椿にはかろうじて叶わなかった。
「ま、だぁぁぁぁ!!」
鬼気迫る表情で刀を振るう。流儀もなにもあったものではなく、それでいて心の入った確かな斬撃はとうとう福音の絶対防御に触れた。
「届く、届かせる! とどめを刺せ! 紅椿!!」
雨月と背部展開装甲以外のエネルギー供給を停止、残るエネルギーを右手の空裂に回し、濃密な紅の輝きを放つ刀を振り下ろし。前回は当たることが叶わなかった渾身の一振りが福音に届いた。
SEを突き破り、絶対防御に触れた紅の一閃。肩に食い込む空裂が福音のシールドを奪い去っていく。
削りきれ! と体に刺さる羽の痛みに身体が悲鳴をあげながらも刀を押し当て続けた。
パキキと音がした。
視線を下に戻すとセシリアをほふった、胸部装甲を割っての銀の鐘だった。
認識するのと同時に発射。箒は構わずに斬り続けようとした、が。
福音と紅椿の間で爆発が起こる。ノックバックで吹き飛ばされた福音の装甲はひび割れていた。
元々規定にはないエネルギーの過剰誘導による攻撃、当然連発出来る設計ではなく。もう福音はその捨て身の戦法を発動することはあたわないだろう。
対する紅椿は無傷。前面の展開装甲をシールドモードにすることで事なきを得ていた。
だが箒は今の状況に愕然としていた。
「守って、しまっただと………」
紅椿の展開装甲は当初は自動防御によりシールドを展開していた。それではエネルギーを攻撃に回すには燃費が心配されたため、自動防御機能をオミットし操縦者の意思で展開出来るよう設定していた。
福音の攻撃に耐えながらも斬り続け、相討ち覚悟で倒そうとしていた。
だが福音の不意打ちに対する箒の防衛本能を汲み取った高性能操縦者補助機能が展開装甲のシールドを発生させてしまった。
紅椿の輝きが消える。エネルギーが切れた証拠。今の紅椿は他より少し高性能なISでしかなかった。
「だからなんだ! たとえエネルギーがなくても私と紅椿はまだ戦える! 戦わなくては、ならんのだ!!」
福音に突進。込められるだけの力を手に鈍色の刀を福音に走らせる。
「うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
だが箒の熱き激情を福音の翼が容易く吹き飛ばす。
暴力的なまでに視界を埋め尽くす銀の祝福が、箒の紅椿をたやすく飲み込んだ。
(一夏………)
ーーー◇ーーー
「ん?」
誰かが一夏を呼ぶ声が聞こえた。後ろを向いても誰もいない。
「どうしたの?」
「………誰かに、呼ばれたような?」
「行かなくていいの?」
呟いた少女の声に横を向いてみると少女の姿は既になく、先程から耳に残っていた歌はなく。遠くから聞こえる波の音だけが鼓膜を震わす。
「あれ、あの子どこに行ったんだーーーうぉっ!?」
一夏の体重を支えていた流木が突如として消えて一夏は尻餅をついた。
バシャッと尻に感じる水の感触に慌てて立ち上がって尻をさするもズボンは水に濡れてなく乾いていて、気付くと少女が最初に座っていた木もなくなっており、また見渡す限りの鏡面湖が広がっていた。
(いったいなんだってんだよ………)
「織斑一夏」
「っ!」
背中から投げ掛けられた自分の名を呼ぶ声。自身の全てを透き通すような声に一夏はバッと振り返った。
振り返ると、白く輝く甲冑を着た女性が立っていた。
巨大な両刃剣を自らの前にたて、その上に両手を預けている。顔は目を覆うガードにかかれて下半分しか見えない。
だが隠された瞳は今にも一夏を貫きそうな眼差し、だが一夏はそれを不快に思わず、むしろ何処か懐かしくも思えていた。
「貴方は、力を欲しますか?」
「え?」
気付くと、目の前に刀が刺さっていた。
水の上に刺さっているとは思えないほどそれは真っ直ぐで、強い存在感を放っている。
一夏にとって、それは見間違える筈のない大切な力。自身の刃、姉から受け継いだ無二の刃。雪片弐型だった。
「それはまあ。力はあって損はないし。それに、白式は俺のISだから」
「何故? 貴方が手にした力は。貴方が望んで手に入れた物ではなかった筈です」
確かに一夏はISの力を欲しいとは思わなかった。どうせ動かせるわけがないと認識していたから当然である。
一夏はISを手にするまでは平凡極まりない生活をしていた。
生活費のたしにするために剣道から離れてバイトをして。たまに帰ってくる姉を労って。
再度問われた問いに、一夏は初めてISを目の前にした日を思い出した。
高校受験の日、進学校である藍越学園の受験会場、複雑な内装に迷った一夏は今にもぶっ倒れそうな程疲労が溜まってそうな受付の女性に言われた部屋に鎮座する打鉄を触った時、織斑一夏の運命が激変した。
「そうだな。友達を、仲間を守るためかな」
「仲間を……」
ISが生まれたせいで人生を狂わされた少女がいた。
幼いながらも親の残したものを守るために戦った少女がいた。
父親と離れ離れになっても前を向き続けた少女がいた。
企業の道具として、望まぬ立ち位置を強要された少女がいた
国の利益のために、戦うだけの存在として産み出された少女がいた。
「今の世の中って結構、不条理や理不尽だらけだろ? 道理のない暴力って結構多いし、それに巻き込まれた人だって大勢いる」
もしかしたら、普段楽しく過ごしているクラスメイト、自分と同じ境遇である彼にも、そんな過去があったかもしれない。
考えてもいないのにスラスラと言葉が出た。そんな自分に驚きながらも、自分は誰かを守るために白式の力を行使していたことを再確認した。
「だから、俺は力が欲しい。周りにいる仲間、この世界で一緒に戦う仲間を、俺の手で……守れるぐらいの力が欲しい」
「誰かを守る。それがどれだけ険しい道だとしても?」
「ああ、始まりは偶然かもしれない。だけど」
一夏は目の前の雪片弐型を握り、引き抜いた。
「これは、俺が選んだ道だから」
「………そうですか」
「だったら行かなきゃね」
振り替えると、さっき居なくなった白いワンピースの女の子が立っていた。麦わら帽子で変わらず目元が見えない彼女は一夏に手を伸ばしにこりと微笑んだ
「ああ」
と、一夏は頷く。
彼女の手をとった瞬間、世界が変わった。
「な、なんだ?」
鏡のような湖が、青い空が真っ白な光に抱かれてぼやける。
そして同時に頭の中の靄が一気に晴れた。
見えるはずのない景色、白く輝く翼を広げた福音、それと戦う皆と、福音の攻撃追い詰められた紅椿と箒。
「箒! みんな!」
その光景に手を伸ばすと、さっきよりも眩く輝く光が、周りの景色をかき消した。
「行け、織斑一夏。お前の選んだ苦難の道に、幸があらんことを」
背中に当たった荘厳な女騎士の声。その声に一夏は誰かに似ていると既視感を感じながら、その世界から立ち去った。
「行かせてよかったの?」
一面が真っ白に溶け込んだ世界で。白いワンピースの女の子が女騎士に問うた。
「質問の意図が理解できない。今の優先管理権限は私ではなくお前だろう、
「ふふっ。確かにそうね、
白式と名指されたワンピースの少女はいたずらっ子のように笑って彼女、白騎士の名を呼んだ。
「でも私が言ったのはそういうことではないわ。今あの子が、一夏が飛び出せば間違いなく危険な目にあう、今度こそ一夏を死なせてしまうかもしれない。貴方の力なら、私の権限を止めることだって出来たはずよ? 何故彼を行かせようと思ったの?」
「一つ高みに至った今のお前と織斑一夏なら、なんなく対処出来る」
「もし危なくなったら?」
「
「そう。納得したわ」
剣に手をおいたまま、原初のインフィニット・ストラトスと同じ名を持つ彼女は白く塗りつぶされたなにもない空間を仰いだ。
その先にある未来など、誰にも分かりはしない。未来を織り成すのは、いつだって人間なのだから。
「………あら? 珍しい。貴方がここにくるなんて」
白騎士も天に向けていた視線を白式と同じ方向に向ける。
白式は麦わら帽子をあげ、白騎士もその兜を脱いだ。
「貴方はどう? あの子に会いたかったんじゃないの?」
「…………」
シワだらけの白衣、飾り気のない黒のズボン。くたびれたという印象が誰よりも似合いそうな青年は。白式の問いに答えることなく、ただ笑みを浮かべるだけだった。