IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第23話【精一杯の我が儘】

 一夏達が銀の福音を機能停止に追い込んだ地点から約300キロメートル。

 

「………」

 

 ネイビーブルーに染められた一機のISが光学ステルスモードで浮遊していた。

 そのISの名は【ストライカー】

 

 アメリカのスターズ社が開発した、第二世代IS量産シェア第一位【ストライカー】

 主に軍事基地に優先配備されており、打鉄以下ラファール以上の装甲。そして最高速度と機動力は二機を上回る、バランスの取れたIS。

 操縦者の技量次第では第三世代にも決して劣らない確かな性能が軍事基地に採用される大きな要因となっている。

 今の時代、ISはスポーツと軍事利用の二部に分かれている。ストライカーが量産シェア一位を獲得したのも、それが理由となっている。

 

 静かに、ただ静かに。彼方の少年少女、そして傍らに倒れる銀の福音を見ていた。

 

「………こちらネームレス1。銀の福音は完全に機能を停止した模様。追加で、織斑一夏(ファースト)のセカンドシフトのデータも入手」

 

 アメリカ特殊工作部隊【名も無き兵たち(アンネイムド)】の隊長がフルフェイスメットの中で静かに報告を入れる。

 彼女に名前はない。飾り気も、部隊章も、武勲も、彼女達には必要ない。

 それどころか、アンネイムドという部隊名もこの世界には存在していないことになっている。

 

 便宜上呼ばれている隊長、ネームレス1にもかつて名前があった、家族もあった。

 だが今は何もない、過酷な訓練、色々な要因が部隊の兵から消え去った。

 

 ステルス装備と超望遠レンズを装備したストライカー・ステルスを纏うネームレス1の任務は『暴走した銀の福音の動向を監視、並びにIS学園側の勢力の把握、分析』

 そこには銀の福音を止めろとも、学園と協力して対処しろとは書かれていない。

 例え銀の福音が日本を火の海に変えたとしても、彼女の任務は、監視のみ。

 

 彼女の胸にあるのはただ一つ。称えることすら許されない、愛すべき祖国、アメリカの為。今日も隊長は名無しとして任務につく。

 

「フィクサーからネームレス1。直ちに帰投せよ」

「了解、現中域から離脱する」

 

 超望遠レンズをリコール。光学ステルスのみを解除し、ストライカーの特徴である戦闘機に似た加速用ノズルブースターに火を入れる。

 これで任務完了、後はただ指定された場所に戻るだけ………

 

「あら、もう帰ってしまうのですか?」

「っ!?」

「もう少しゆっくりしていってもいいのですよ?」

 

 常に心を乱さず任務をこなす隊長がこの時久方ぶりに本気で動揺した。

 ハイパーセンサーの視界に頼る余裕もなく振り向いた。

 朝日に照らされ艶やかに光る、緑の黒髪を一本に纏めたたおやかな女性がそこに居た。

 打鉄と白式を足して2で割ったような純白のISを纏う彼女は人当たりの良い笑顔を隊長に向けていた。

 純白ISの背中には、白とは打って変わって灰色の追加ユニットが乗っかっている。

 

「お茶でも飲みますか? 私無類のお茶好きでバススロットにも水筒を入れてるんですよ。そんなとこに入れるなって旦那にも言われているんですけどね」

「………………」

「あ、それとも菓子のほうが良いですか? きんつば持ってきてるんですけど、これ実は私の手作りなんです。旦那さんの仏教面もこれを食べる時は少し崩れるんですよー」

 

 手から量子変換で水筒やジップロックを出し入れーーー所々旦那自慢を挟みーーーながら、突如目の前に現れた女性はそれはまあ包容力のある笑顔で喋り続けていた。

 

 だがアンネイムドの隊長はそれどころではなかった。

 自身は解除するまで光学ステルスを備えていた。

 何故見つかったのか。

 

「あ、すいません。これ脱いで良いですか? 打鉄対応型の隠密探査パッケージ【影鉄】。隠れた人を見つけるのがとくいなんです。ですがこれがまた重くて重くて。よいっしょっと」

 

 パッと背部の灰色のユニットを量子化し、純白の装甲だけが残された。

 

 勿論周囲の状況を把握するための広域センサーも完備している。

 たとえこちらのステルスを見破り、接近してきたとしても。近づかれたら分かるはずだ。たとえ光学ステルスを起動したとしても、スラスターを吹かせば熱源で探知出来る。

 つまりーーー

 

(PICだけでここまで近づいたとでもいうのかっ? それともそのパッケージの仕様? いや、そんなことよりも)

「ところで、暴走したISは無事に止まったみたいですねぇ。よかったです………いや良くはないですね。結局子供たちに押し付けてしまいました。折角責任者に弱みをぶつけてゲフンゲフン。責任者を締め上げて出れたと思ったらこんな装備をつけてこんな任務を押し付けられる始末です」

 

 隊長は話の半分も聞こえていなかった。

 目の前に居るのはそれだけの人物。

 

(何故こんなところに日本のIS国家代表がいる!?)

 

 あの織斑千冬の次に警戒対象にピックアップされている重要対象が、目の前で朗らかに喋っているのだ。

 

「もう嫌になってしまいます。下手な役職がこうも足枷になるとは、本当にやっかいで。あ、申し遅れました。私、楠木麗(くすのき うるは)と申します。ISの日本代表をやっております」

 

 楠木麗。

 第二回モンドグロッソを機に代表を引退した織斑千冬に変わって日本の国家代表の座についた女性。

 代表決定戦では幾度も剣を交わせ、イギリスの剣撃女帝、アリア・レーデルハイトと同じく千冬と剣で斬りむすべる実力をもつ数少ないうちの一人。

 

「ところで一つ聞きたいことがあります」

「な、なんだ………」

 

 思わず言葉を出してしまった。

 今隊長のメンタル係数を図ってみたらどうなるだろうか。

 隊長は畏怖に似た感情を浮かべていた。一見朗らかに話す目の前の女。まったくといっていいほど隙がないのだ。

 一目散に逃げるという選択肢など等に無かった。動けばやられる。動悸と汗でフルフェイスメットの中の湿度が上昇していた。

 

「ここ、日本の領空権内ですけど。許可取ってます?」

「………」

 

 取っている訳がない。どこの世界にアポを出す世間から抹消されている部隊があるのか。

 

「アメリカ、イスラエルが保有しているストライカーは全機空母に待機中、そもそもネイビーブルーのストライカーなどありません。イーリス・コーリング代表に聞いたので間違いありません。つまり貴女は日本に不法入国してることに他なりませんね?」

 

 つまり。

 

「斬っても構わないということ、ですね?」

「っ!!」

 

 楠木麗の口元が歪んだ。

 先程まで井戸端会議をする主婦のような笑みが獲物を前にした猟犬のような笑みに変わった。

 チャキッと、ストライカー・ステルスのハイパーセンサーが相手のこいくちの音を拾った。

 今の隊長の装備に真っ向から相手出来るだけの装備はない。否、そもそも相手取ることなど出来るのだろうか。

 

 それでも任務を果たさなければならない。隊長の意識を保っていられるのは、正にそれだけが隊長の精神の支柱となっていた。

 

「逃げられるとお思いで? 間違いなく怪我だけではすまないと言っておきますーーーこちらの条件を飲むのであれば話は別ですが」

「な、なんだ」

「今貴女が保有しているデータを譲渡してください」

「なっ」

 

 それはすなわち、任務の放棄。アンネイムドとして、あってはならないことだ。

 

「選択肢、あると思えませんけど? 私はどちらでも構いませんよ? 国に土足で入った以上斬るだけですし」

「………しばし待て」

「はい♪」

 

 隊長が本部に秘匿通信を繋ぐ。任務完了以外で通信するなど本来あってはならない。

 

「………データはそちらに渡す」

「あら、少し残念です」

 

 本部の決断はデータよりもアンネイムドの存続、捉えられてアンネイムドに繋がる証拠をさらすよりも良いと、本部は判断した。

 有視界通信でデータの移動が行われる。もの数十秒でストライカーから麗にデータが移動した。

 

「ありがとうございます」

「用はすんだな、約束通り」

「最後にもう一つーーーお前たちに警告する」

 

 楠木麗から笑顔が消えた。

 刹那、隊長は全身が斬りつけられたような錯覚に陥った。

 先程の狂的な戦意とは別の研ぎ澄まされた刀のような殺気、圧。

 

「日本をぬるま湯に浸かった日和日の島国と努々考えるな。何処の回し者か知らないが、我ら日本と矛を交えて無事で済むと到底思わないように」

「くっ、うっ………」

「では無様にお逃げなさい。私の気持ちが変わらないうちに」

 

 隊長は瞬時加速やオーバーブーストなど使わずに一目散に楠木麗から離れた。

 少しでも遠くに、ひたすら遠くに、出なければ、命はないと。自分に言い聞かせながら。

 

「ーーーはい………任務完了です。私としては未完了ですが………はい? え、最後は余計? 嫌ですねー、言ってみただけですよ。あ、調度良いですし織斑千冬さんに会いに行っても? ………え? 駄目? そんなぁーー」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

 搭乗者ごと福音をエーンヤコラと背負って花月荘に帰投した福音討伐隊御一行。

 福音は一番損傷の少ない一夏が担ぎ込むことになったが、中の人が女性なせいか、ラバーズが気にしだして変わろうかと持ちかけるもやんわりと断られてまたすねる。

 メンバーの中で損傷が一番酷いブルー・ティアーズに持たせる訳にもいかず、ということで俺が持とうと立候補するも「お前はこっそりデータ抜き出しそうだから駄目」と言われた。

 誠に遺憾である、俺が何をしたというのだ。解せぬ。

 

 そのあとの福音の所在だが、教師経由で米軍に引き渡されるそうだ。

 中の人の安否が心配だったが、目立った怪我は見られず直ぐに回復するとのことだった。

 めでたしめでたし。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「作戦完了だ。様々なアクシデントに見舞われたが、諸君のお陰で日本は守られたと言っていいだろう。学園を代表して、皆に礼をいう」

「はい」

 

 戦士達の帰還の後、直ぐに教師とのデブリーフィングを行った。

 いるのは織斑先生と山田先生。他の教師はなんか色々あるらしく、早朝ながらもバタバタと慌ただしかった。

 

「だが織斑。お前は無断出撃により、帰ったら反省文と懲罰用トレーニングを用意する。そのつもりでいろ」

「………はい」

 

 我らがヒーローの帰還はなんとも冷たいものだった。

 その証拠に一夏だけ正座を命じられた。

 なんとも居たたまれない感じだ。箒は自分にも責任があるということなのか一夏が正座すると同時に自身も正座に移行し、他のラバーズもなんの対抗意識なのか正座になった。

 俺? 俺は正座なんて大嫌いなので普通に座っている。セシリアも自発的にやろうとしたが俺が止めに入ったのでスルー。

 

 そんなこんなでかれこれ30分正座しているラバーズは大変なことになっている。

 脂汗がにじみ、足をモゾモゾとしながら会議に参加する様は、なんとも痛々しいものだった。

 といっても、箒はなれているのか澄まし顔。箒の勝利である。

 

「では、これにてデブリーフィングを終了する。山田先生、後は頼みます」

「じゃあ、一度休憩してからメンタルチェックと健康診断を行います。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。あっ! 勿論男女別ですよ! わ、分かってますか、織斑君?」

「わかってますよ! てかなんで俺だけなんですか?」

「あ、ごめんなさいレーデルハイト君! 忘れてた訳ではないんですよ?」

「あらやだ衝撃の事実ぅ! 私って女だったのね! では私も女子として診断をしてもらおうかしらん!」

「だだだ駄目ですよ!?」

「遊ぶなレーデルハイト。あと気持ち悪いからやめろ」

 

 いやん、織斑先生のいけずぅ。

 ………やめよ、自分でも気持ち悪くなってきた。

 

 山田先生から手渡されたスポーツドリンクを喉に流し込む。

 少し甘くてほんの少し苦い。苦手と言う人もいるが、俺は嫌いじゃなかった。

 

 正座から解放された面々が足をダラッと伸ばしながらくつろぐ………なんてことはなく。姿勢を崩すだけで皆ある方向をチラチラ見ながらチビチビ飲んでいる。

 

「あの、なんでしょうか織斑先生」

 

 まあある方向っていうのは織斑先生なんだけど。何故かこっちをジッと見ていて、正直居心地が悪い一夏達。

 織斑先生は目線をそらしたり頭に手を置いたりと忙しい。

 鬼教師(一夏談)の織斑先生らしくないソワソワした様子。後ろにいる山田先生は何故か笑顔だ。

 

「………その、なんだ………皆、よくやった。よく無事に帰ってくれた」

『え?』

 

 照れくさそうに頬に薄く朱を指した織斑先生が言った。

 あの素直に褒めるということはしない織斑先生が俺達を褒めてくれた。そんな今まであり得ないような光景に皆一様に目を丸くした。

 

「………だから言ったんだ山田先生、私には似合わないと」

「えー、最初に褒め言葉の一つでも言ってやろうと言ったのは織斑先生の方じゃないですかー」

「山田先生、帰ったら近接格闘の訓練でもしましょうか、みっちりと」

「ええ良いですよ。私も最近身体が鈍ってきてしまって、お手柔らかにお願いしますね」

「………ぬぅ」

 

 織斑先生の牽制を笑顔で返した山田先生。これには織斑先生も形無しだ。

 

「………とにかくだ。これからどのようなトラブルが起こるか分からない。今回の結果に慢心せず精進するように。解散!」

「はいっ!」

 

 照れ隠しかばつが悪かったのか、緩んだ空気を一気に引き締めた織斑先生にこれ以上ないくらい元気な声で答える生徒一同。

 

 そのあと検査を終えた男二人は部屋に戻るなりバタンと布団に崩れた。

 吸い寄せられるような眠気に目蓋が自動的にシャッターをおろしていく。

 

「なあ疾風」

「んー?」

「俺って皆を守れたよな」

 

 眠る直前に一夏が言った。

 

「ああ、守れたんじゃないか」

「………そっか」

 

 おぼろげながらもハッキリと答えてやると、一夏は満足げに笑った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疲れ、取れたか?」

「正直あまり………眠れましたか?」

「それはもう泥のように」

 

 三泊四日の三日目の夜。目の前の高級刺身を摘まむ俺とセシリア。

 互いの顔は快活とは言えず重い物を背負っているように雰囲気が暗い。気のせいか、箸が重い。

 

「ねえ、シャルロットー。教えてよ~」

「私達ずっと旅館に居たし、外覗くのも許されなくて」

「まるで牢獄のようだったわ! だから教えて! お願い!!」

「ダメ、機密だから。ダメ」

 

 旅館で待機していた生徒達はこぞって専用機持ち組に今回のことの顛末を聞きに来ている。

 機密情報というのは、なかなか興味とロマンが溢れるワードだから聞きに来るのは分かる。

 あの女子達は一番物腰が柔らかいシャルロットに聞けば情報を抜き出せると思ったのだろうが。専用機持ちという世界でも屈指の責任を背に代表候補生という役職についてるのは伊達ではなく。昼行灯のようなシャルロットの口は防火シャッター並みに閉ざされている。

 

 ましてや。

 

「セシリアー」

「駄目です」

「まだ何も言ってないよ」

「機密ですので」

 

 専用機とイギリス代表候補生に加え現オルコット家の当主という三段壁の前では門前払いもやむなし。

 たとえ億千万を積み上げられてもおうじてくれはしないだろう。既に億千万持ってる。

 

「セシリアー」

「お答え出来ません」

「そこをなんとかー!」

 

 必死の懇願もむなしく、セシリアは緑茶をすすってホッとする。紅茶以外も飲めると思うのは偏見だろうか。

 そのあともあの手この手で引き出すクラスメイト。ラバーズのように一夏をエサに出来ないから引き出しが想ったより少ない。

 

「ねーセシリアー」

「そんなに知りたいなら教えてやろうか?」

 

 そろそろしつこくなってきたし、矛先もこっちに向きそうなので助け船を出してあげることにした。

 セシリアに群がっていた女子は面白いようにこっちを向いた。

 

「ちょっと疾風!」

「まあまあまあ落ち着いて。で? 俺達が当たった極秘の作戦についてよね?」

「「「うんうん」」」

「そんなに知りたい?」

「「「是非!!」」」

「別にいいよ………そのあと大変なことになるのを覚悟してるならね?」

「え?」

「大変なことって?」

「もれなく国家直属の監視が付きます」

 

 ニッコリと笑いかけてあげるとあら不思議。皆の顔が引きつったよ? 

 

「最低でも二年だって、最低だからもっと長いかもね。身体に発振器を埋め込まれて四六時中監視されてプライバシーもプライベートもあったもんじゃない、女子的に超きついね、監視員が女性とは限らないし。勿論IS学園は退学だ」

「う、それは困るね」

「や、やっぱりいい………」

「更に、情報を漏らした俺にも厳罰が下るだろうね。ISは没収されて学園も退学。監視という理由にかこつけて何処かの施設に隔離。外界から遮断されたのを良いことに国家的な陰謀で研究所送りになり男性IS操縦者の秘密を解明するために細胞分解レベルで身体をバラッバラにされてこの世からサヨナラバイバイ! なーんてこともゼロじゃないよなー」

 

 ツラツラも並べる口舌に下がる女子を追いかけるように浮かべた笑みを更に深めた。

 

「その覚悟があるなら教えてあげるよ。えーと先ずはねー」

「すいません私達が悪かったです!」

「どうか勘弁してください! 疾風様!」

 

 女子組、白旗をあげる。

 

「うんうん。深すぎる好奇心は身を滅ぼすから注意するんだよ」

「上げて叩き落とすとか、レーデルハイト君ってS?」

「天狗の鼻っ柱をへしおることに快感を覚えるぐらいはSっ気あるかな」

「超ドSじゃん!」

「レーデルハイト君の闇を垣間見た気がするわ」

 

 なんと失礼な。俺は女尊男卑主義者の泣きっ面見たら愉悦に浸るぐらいなのに。

 鞭をふるうボンテージクイーンよりは優しいとは思うよ? 

 

「まあ、分かってはいましたけどね」

「その割には元気ないぞ?」

「あんなの聞いたら活力もなくなりますわ」

 

 思った以上に俺の説明の威力が高かったようだ。

 自重しよう。それはともかく、今食べた刺身が最初に食べた刺身より美味いのは気のせいかね。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 バシャン

 

「ふうっ……」

 

 夜中。海から上がった一夏は近くの岩場に腰を下ろした。

 泳ぎに着た………というのは正確ではない。

 待ち人がまだ来ないので気晴らしがてらに泳いでいた。

 

 

 

 疾風がうたた寝をし、千冬が外出した後に飲み物でも買おうかと部屋を出たときにバッタリと箒に会った。

 

 一夏と相対した箒は赤くなったりとそっぽ向いたり忙しかった。

 根気よく待っていると箒は一夏の目を真っ直ぐ見据えて話し始めた。

 

「このあと、用事はあるか」

「いや、特にないけど」

「なら………私の我が儘に付き合ってくれ。いや我が儘など今の私に言う資格などないのだが………どうしても見せたいものがある」

「別に良いぜ?」

「ほんとか!?」

「ああ、俺に出来ることなら」

「じゃあ………このあと旅館を抜け出して、海に来てくれないか………」

「ヴェッ?」

 

 旅館を無断で抜け出す。それは明らかに違反行為。幾ら鬼の織斑先生が旅館にいないとはいえ、もし見つかれば地獄を見る。

 だが一夏が一番驚いたのは普段生真面目な箒がそれを提案してきたことだ。

 

「や、やっぱり駄目か?」

「いや、箒からそんな誘いが来ると思わなくてビックリしてる」

「それだけ必死なのだ………すまん、忘れてくれ」

「待ってくれ」

 

 離れようとする箒を一夏が引き止めた。

 

「い、一夏?」

「行く、今からでいいか?」

「良いのか?」

「箒が自分の信条曲げてまで言ってくれたんだ。それに、今回箒のおかげで勝てたからな。お礼ってことで」

「そんなこと気にしなくても………いや、わかった。聞いてくれて………ありがとう」

「おう」

 

 最後はポツリと呟いたが、突発性難聴を連発する一夏の耳にも確かに届いた。

 

「誰にも見つかるなよ?」

「わかってるって」

「後、水着で着てくれ」

「え? なんで?」

「なんでもだ! 頼むぞ!」

 

 

 

 

 そんな感じで一夏は夜の海に繰り出していた。冷たいと思っていたが、夏の暑さもあってかプールに入ってるようだった。

 岩場にかけていた上着をはおってボーッと海にうつる月を眺めていた。

 しかし箒が来ない。もしかして誰かに見つかったのだろうか? と心配になった矢先。

 

「い、一夏」

「お。遅かったじゃないかほう、き?」

 

 名前を呼ばれて振り向くとそこには

 

「あ、あんまり見ないでほしい。恥ずかしいから」

「す、すまん」

「いややっぱり見てくれっ」

「お、おう」

「………やっぱり見るな!」

「どっちなんだよ」

 

 はっきりと見えた箒の水着姿はあまりにも鮮烈で、脳裏に焼き付いてしまった。

 白い水着、それも箒なら絶対に着なさそうなビキニタイプ。縁の方に黒いラインが入ったそれは、かなり露出面積が高く。他と比べても豊満な胸囲も相まって、セクシーという表現が一夏の頭に浮かんだ。

 

 箒が一メートルほど離れたところに座る。

 

(や、ヤバい。これはかなり気恥ずかしい)

 

 なんとか話題出そうと試みるも、普段と全然違うしおらしくも色気のあるファースト幼馴染みに一夏の胸がドキドキと高鳴ってしまう。

 

「えと、ここに来て見せたいものというのは」

「こ、これだ」

「ど、どれ?」

「み、水着だ。一夏に見せる為に勢いで買ったのだが恥ずかしくなって、そのまま」

(ああ、だから海に来てなかったのか)

 

 平然と話そうと試みるも何処か声が震える。

 

「えと、そのだな。似合ってると思うぞ?」

「そうか………ドキッとしたか?」

「した、ドキッとした」

「そうか、勇気を出した甲斐があったな」

 

 朗らかに笑う箒にまたも一夏はドキッと胸が弾んだ。

 言い様のない自分の様と普段肌の露出を出さない彼女の姿に一夏は青少年宜しくドギマギしていた。

 それは箒にも充分当てはまるわけで。

 

「………………………」

 

 そのあと会話がしばらく途絶えた。

 

「い、一夏」

「は、はいっ!?」

 

 沈黙に耐えかねたのか、箒は俺に声をかけた。たったそれだけなのに俺は少し飛び上がりかけた。

 

「その、リボン。ありがとう」

「お、おう。改めて、誕生日おめでとう」

「う、うむ。もう1日過ぎたけどな」

「そ、そうだな」

 

 互いにしどろもどろになりながら言葉を捻り出す。

 高鳴っていた鼓動もほんの少しだけ収まってきた。

 

「その、だな。お、お前、大丈夫なのか? あれほどの怪我。傷とか、残っちゃうのか」

「あ、あれか……あー、なんか、治ってた」

「な、なに!?」

「ほら」

 

 一夏は箒によく見えるように上着を脱いで背中を月明かりに照らした。

 

「えーと、目が覚めてISを起動して、気がついてたら治ってたぞ。あれかな? ISの操縦者保護機能」

「あれは、保護するだけで傷が治るなど聞いたことないぞ」

「でもまあ、治ったから良いんじゃないか」

「よ、良くない!! 私のせいで、一夏が怪我をしたというのに………」

 

 箒は頭を垂れた。心なしか肩が小刻みに震えているように見える。

 

「もしかしたら死んでしまうかもしれなかったんだぞ。私が愚かだったばかりにこんなことになったのだ! だ、だから、こんなふうに簡単に許されたら、困るのだ………」

(ああ、そうか)

 

 作戦を終えても元気がないというか、いつもの覇気が足りないと思ったらそう言うことか、と一夏は唐突に理解した。

 

 箒は一夏が負傷したことに責任を感じて自分を責めているのだ。

 傷が消えたからと言って御咎め無しと許されるのがイヤなようだ。

 自分にも相応の罰が必要だと、自分を戒めているのだ。

 

「良しわかった、じゃあ箒、今から罰をやるから目をつぶってくれ」

「う、うむ」

 

 箒はぎゅうっと目を閉じて罰を待った。

 

(しょうがないなぁ、こいつは)

 

 一夏はその額にビシリと指で弾く。

 結構弱めに

 

「あたっ。い、一夏?」

「はい、終わり。これで貸し借り無しということで」

「な、な。ば、馬鹿にしているのか!? あんなデコピンぐらいで!」

「ていっても。俺怪我ないし」

「結果的にだろう!? 一夏にならなんだってしてやるぞ!?」

 

 困惑から一転して、真っ赤になって一夏に詰め寄った。結構とんでもないことを口走っているが双方それどころじゃなかった。

 

「ちょっ、箒」

「あ、あんな仕打ちでお前の怪我と釣り合うと思っているのか!?」

「お、落ち着けって箒っ」

「だ、黙れ! 私は、私は!」

 

 箒は更に体を押し付けてる。

 

「た、頼むから一回離れてくれ。あ、当たってるから!」

「え? ………んんっっ!!」

 

 胸が、箒の驚異的な胸囲がさっきからぐいぐいと一夏の胸に当たっているのだ。

 かなり密着していた箒が胸を腕で隠しながらババっと離れる。

 

「お、お前は! 人が真面目に話しているというのに!」

「し、仕方ないだろ、男なら誰でも意識しちまうって!」

 

 男に生まれて申し訳ないと箒に心のなかで謝った一夏は思わず口元を手で隠した。顔が熱い

 

「……その、なんだ。意識するのか?」

「は、はい?」

「だから! 私のことを! 女として、異性として意識するのか、聞いているのだ……」

「う、ん……当たり前だろ、そんなの……」

 

 さっきまでの威勢の良さとは打って変わった箒、赤かった顔が耳まで真っ赤になっている。

 

「男女と呼ばれた私だが………わ、私は一夏から見て可愛い女か? 綺麗な女か?」

「それは、その………箒は普通に、普段男らしいということを差し引かなくても、可愛いし、美人だと、思う………です」

「そ、そうか。………そう、なのだな」

 

 咀嚼するように何度も言葉を噛み砕いて飲み込む箒。

 一夏に至っては今自分が何を言ったのかよくわからないでいる。

 

「な、なら私も」

「へ?」

 

 距離をとっていた箒がぐいっとこちらに近づく、近づいた拍子にぶつかった膝にまた心臓が跳ねた。

 そして至近距離で目が合う。

 

 ヤバい、と、一夏も思わず見惚れてしまった。

 

「………ん」

「え、えええ?」

 

 箒が目を閉じ、やや上向きに唇を突き出した。

 彼女の意図が全く理解できず、キャパオーバーな一夏はオーバーヒート寸前だ。

 

 少しずつ、ほんとうに少しずつ顔をこちらに近づく箒に、一夏の鼓動は限界まで鳴り響いていた。

 

 その表情が、余りにも魅力的に見えて。

 

(やばい、これは、引き込まれる!!)

 

 近くに遠くに聞こえる海の音。満月の夜、目の前にはセクシーな水着姿の幼なじみ。

 世間的にロマンチックなシチュエーションと呼ばれるこの雰囲気に、流石の一夏もぐらりと来てしまっていたようで………

 お互いの肩が触れて一瞬止まるも、箒は改めてこちらに近づいてくる。

 

(やばい……本当にこれは)

 

 ドゴボォォォン!! 

 

「へっ!?」

「ふっ!?」

 

 突如側の海が爆発した。

 降り注ぐ塩水にワプッと慌てながら二人は揃って月を見上げた。

 

「発見。よし殺そう」

「一夏、箒。旅館抜け出してなにしてるのかな?」

「クラリッサが言っていた。浮気の現場を見たら即! 殺! 弾! だと」

 

 全員が傷だらけの専用機ISに身をまとい、こちらに武装をオープンしている。

 先程の爆発は甲龍の龍砲だろう。

 

 ーーーヤられる!! 一夏の第一から第六感、細胞の全てがそう言った。

 

「ほ、箒! 逃げるぞ」

「え、あ、きゃあっ!?」

 

 行きなり抱き抱えられて悲鳴を漏らす箒だが、そんなの構ってる余裕などない。

 だが愚かにも、女の子をお姫様だっこで逃げるという行為が、彼女達の最終ラインをぶちきった。

 

『まぁてええええええ!!』

 

 二人の足を止めようと各々の射撃兵装が二人に降り注ぐ。

 当てる気があるのかないのか定かではないが。とうの二人、というより一夏にはそんなの知ったことではなく

 

(死ぬ! 確実に死ぬ!!)

 

 容赦のない砲撃に走馬灯が見えかけた。会ったことのないはずの婆ちゃんが手を振っていた。いやそれは三途の川なのでは? 

 

 抱き抱えられている箒も顔を引き攣らせてる………と思ったが。

 

「ふふっ」

「な、なに笑ってるんだよ箒!!」

「いや、なんだか。おとぎ話のお姫様と王子様って感じがしてな」

「そんなこと言ってる場合かぁぁ!?」

 

 そして恐ろしくも、箒の言葉を彼女たちのハイパーセンサーが見逃すはずもなかった。

 

『一夏っ!! 箒っ!!』

「うわぁぁあああ!!!」

「あっはははは!」

 

 一夏は上機嫌な箒を抱えて死の鬼ごっこへと興じたのだった。

 

 

 

 結果的にうやむやになった箒。だけど一夏がどんな形であれ自分を女として見てくれた。

 それだけが箒の胸のうちを満たしていた。

 

「待ちなさいよ一夏ぁぁ!!」

「逃げられるわけないでしょ!」

「直ちに止まれ!!」

「無理だわぁぁうおぉぉぉ!!?」

 

 




 本当は今回でなんとか纏めておわらせたかったのですが。
 
 滾りに滾って二万いきそうなので分けました。
 最初の日本代表のシーン前からいれたかったんや………
 次は三日後にあげる予定です。

 一夏と箒の海辺のシーンをアニメで見たときは、正直滾りましたね。完成度よくてあんまり内容を変えづらいのが難点ですが


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