IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第24話【月が煌めくそんな夜に】

 

 夕食の後に温泉に入って、部屋に戻って織斑姉弟と雑談したのち、気づくとうたた寝をしてしまい。

 目覚めると誰もいない部屋でポツン。

 

 一夏は風呂好きだから二度風呂。いや男子の入浴時間はまだ先だから違うか。

 織斑先生は他の先生方のところだろうか。

 

「暇やな」

 

 スマホをボーっと眺めても何も涌き出るものはなく。

 試しに今回の銀の福音事件をネットづてに調べてみても、当然ながら銀の福音というワードどころか、暴走したISという記述もない。

 日本に至っては避難誘導すらなく。対岸の火事ですらない感じで。日本はいつも通りの平穏を満喫していたようだ。

 

 ボーとしてるのも嫌になってきたので、おもむろに部屋を出ていく。何処に向かうこともなく歩いていると女子の楽しげな声が聞こえてくる。

 

 どれもこれも。俺達が守れたものだと思うと。なんか嬉しく思える。

 

「あっ」

 

 旅館の縁側に座り込む人が一人。

 客室用の浴衣に金糸の髪といつものヘッドドレスをつけた女子はこちらに気づくことなく月を見上げている。

 つられて見上げると、それは見事な満月が。降り注ぐ白い光が、辺りを優しく照らしている。

 

「あら疾風、いつからそこに?」

「今だよ。隣に座っても?」

「どうぞ」

 

 足を中庭に投げ出して座り込む。

 他の生徒の声もここまでは届かず、聞こえるのは海の音が小さく耳に入るぐらい。

 後ろに手をつくと目線が自然と上に行く。

 

 そのまま二人揃って月を眺めていた。

 特に話しかける話題もなく、ただ瞳に満月を写している。

 しかし黙ったままというのも変だよな。なんかあっかなー話題………

 

「月が綺麗ですわね」

「んぅ?」

 

 眼鏡がずり落ちた。

 

 セシリアが月を綺麗だと言った。

 なんも間違ってはいない。現に空に浮かぶ月はとても綺麗で、何処か蠱惑的な魅力がある。狼男とか、ルナティックも月関連だもんね。

 

 よし現実逃避終わり、今のは夏目漱石の和訳版I LOVE YOU。

 他にも星が、とか海がとかあるんだよ。

 

 えーと。これはどう答えれば良いのだろう。

 えーとコレは俗に言うアレよな? 遠回し的なアレよな? いやアレな訳ねーだろ頭湧いてんのか鏡見ろよ、一夏を見ろよ。

 というより、どう答えようか……

 

「な、夏目漱石?」

「え?」

「え?」

 

 

 

「……」

「まあ、気を付けなよ?」

 

 セシリア・オルコット、顔を覆って赤くなる。耳が赤いのだろうが、幸い月明かりに照らされずにすんでいる。

 俺というと間違っても『死んでも良いわ』と言わなくて良かったと安心していた。耳が赤くないと言ってはいない。

 

「日本語とは奥が深いものですわね」

「まあ、告白にしては結構ポピュラーにはなりつつあるな」

「一夏さんには通じませんわね」

「天地ひっくり返れば……ないな」

 

 真顔で言うとセシリアがコロコロと笑った。そのときに裾が下がり、包帯に覆われた腕が見えた。 

 

「怪我は大丈夫なのかよ」

「心配してくれますの?」

「当たり前だろ。俺がどんな気持ちでお前が海に落ちるのを見たと思ってる」

「あの時の疾風の慌てっぷりときたら」

「悪いかよ」

「現場指揮官として、如何なる状況においても冷静でなければいけません」

「おっしゃる通りで」

 

 これまた言ってることは正しいけどそんなのいち学生にそこまで強いるかね。強いらなきゃならない状況だったろうけど。

 

「でも嬉しかったですよ?」

「いまさら言われても」

「拗ねてます?」

「そん………ええそうですよ? 拗ねてますとも。ていうか倒したと思ったら超絶パワーアップして復活、そしてそっから無双シーン突入! ハッ、何処の主人公かっつの! あんなの予測するの無理だってっ……あーー」

 

 脱力して後ろに倒れてそっぽを向いた。

 セシリアは特になにも言わず、また上を向いて月を眺める。 

 

「…そんな訳ないって思った」

「え?」

 

 ポツリと呟いたつもりだったが、セシリアの耳に入ったらしい。

 俺は今さら否定する気もなくつらつらと話し始める。

 

「ラウラがあいつをセカンドシフトしたと叫んだとき、とっさに否定した。AI単独でシフトアップするわけないって。あの時思考が止まってしまった。もしかしたら福音の不意打ちで紅椿が吹き飛ばされずにすんだかもしれない。俺の固定観念が現状を不利にしたんじゃないかって」

「疾風……」

 

 セシリアに背を向けて腕に顔をうずめた。

 あの時の恐怖がよみがえる。体が震えそうになってうずめてない方の手で腕を掴んで抑えようとする。

 

「怖かった………皆が一人、また一人倒れていって。一人になったとき、セシリアが落ちた時に自分が死ぬんだって思ったら途端に体が冷えて強ばった。無理だって頭に浮かんで………死ぬのは嫌だなんて思う余裕なんてなくて………」

「………」

「もっと、上手くやれていたらって、思わずにいられなくて………」

 

 震えが止まらない。見せたくないこんな姿。こんなのセシリアの前で見せる俺じゃない。

 涙も滲んできた。もう嫌だ、見せたくないのに見せてしまう自分が嫌になる。

 何処かで期待している自分が嫌だ。セシリアが優しく慰めてくれることを期待している自分に嫌気がさす。

 

 どうしようもなく弱い、自分が嫌だ。

 

「なら次に活かしましょう」

「……」

「仮定はどうあれ、貴方は生きていますわ。なら、貴方には次があります」

「……」

「疾風なら出来ますとも。初めてであれほどの指揮を取れることなど並大抵の事ではない、それでも届かなかった、なら伸ばせばいい。如何なる状況も飛び越えるぐらいの作戦を建てれるぐらいに。かつてローマを滑落寸前にまで追い込んだ、あのハンニバルのような」

 

 セシリアが投げたのは慰めではなく激励だった。

 それに何故か胸が異様に暑くなって、思わず涙も引っ込んだ。

 

「軍師になれって言うのかよ」

「さあ? わたくしは例え話をしただけですわ」

「ハンニバルって最期味方に裏切られたあとに自殺するぞ」

「中国の諸葛亮でもよろしいですわよ?」

「そういう話なの?」

 

 ゆっくりと起き上がった。気付いたら震えは止まっていた。

 そういえば、あの時もセシリアの言葉を思い出て震えが止まったっけ。

 

「お前は凄いな」

「あらいきなりなんですの?」

「いや、単に凄い女だなって」

「そう。誉め言葉と受け取っておきますわ」

「素直じゃない」

「日頃の行いですわね」

「品行方正を心がけているが?」

「嘘おっしゃい。少しは一夏さんみたいな誠実さを見習ったらどうです」

「国の金の卵を無自覚に撃ち落としていく奴が誠実かぁ?」

「……無自覚だからセーフ」

「なんだそれ」

 

 セシリアと目を合わさって黙ったかと思うと、どちらかとなく吹き出した。

 妙にツボに入ったのか、俺とセシリアはしばらく笑いをこぼし続けた。

 

 今回は色々なことを学んだと言えるだろう。

 力の使い道、悪意のない理不尽な暴力、予想外の事象。そして仲間がいることの頼もしさ。

 何一つ無駄にしてはならない。セシリアの言った通り、次への糧にしなくてはならない。

 だけど今は掴みとった平穏を噛み締めよう。それぐらい満喫しても、バチは当たらないよな? 

 

 ようやく笑いが収まった。

 夜風が浴衣の中を通り抜け、思わず身震いをしてしまう。いくら夏と言えど、夜にこんな薄着でいたら流石に体も冷えてしまうか

 

「そろそろ戻るか」

「そうですわね。そういえば、さっき鈴さん達が一夏さんと箒さんを探してましたわ」

「一夏はわかるけど、何故箒も?」

「なんでも二人で抜け駆けしたとか言ってましたけど。まさか旅館の外に行ってませんわよね?」

「しらんしらん。触らぬ神に、織斑先生になんとやら。関わったら俺達もどやされかねない……今なんか聞こえなかった?」

「え?」

 

 口を閉じると遠くから女子の話し声と波の音……に混じって、なんかドーンと何かが揺れるような音が海のほうから。

 

「何の音です?」

「まさか、いや嘘やろ?」

 

 またドーンと聞こえた。

 俺達はおもむろに自身のISを準起動、ホロウィンドウを開く。

 

「…………」

「…………」

 

 開くのを後悔した、今すぐ閉じてなにも見てないと言い聞かせたかった。

 

「あれれーおかしいぞー。甲龍とリヴァイヴとレーゲンが戦闘出力だよ?」

「白式と紅椿の反応が、コレは近いというより同じ場所? この移動速度は……走ってますわね?」

「場所は海だ。そして時折聞こえるこの音……」

 

 ポク、ポク、ポク、ポク、チーン。

 

「「まずい!!」」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おっ、おおおお!? 行っちゃう? 行っちゃうの箒ちゃん!? よし行け、箒ちゃん行けぇぇぇーー!! キース! キース! キース! キース!」

 

 自分の妹が親友の弟とロマンチックなアオハル空間を展開している様を岬の柵に乗っかって出歯亀しているのは天才にして変態の篠ノ之束。

 ハァハァと息を荒くするその姿が世界を置いてけぼりにした天才と誰が思うだろうか。

 

「キース! キース! キー、ヴァァ!!? あの絶壁ド貧乳何してんの!? ふざけるな信じられない! ヤローブッコロシテヤルー!! 何処の女だ……中国! よりによってパチモン国家の中国! よーしこうなったら私の十八番で内部から崩壊させてやろうかぁ! 中国三千年の歴史など塵芥に過ぎぬと教えてやるぅぁぁ!!」

 

 一夏と箒のアオハルがピークに達し、束の鼻血が飛び出そうとする瞬間、突如一夏と箒の上に現れた専用機組がそうはさせんと邪魔をしたと思ったらそれはもう怒髪天をつく怒りを露にする天才はそれまた恐ろしいことを口走った。

 

「随伴してる二機の国も破滅させてやろうかぁ!! ハァァァ! てんっ! かいっ!!」

「やめろ馬鹿者、本当に笑えんぞ」

「あ、ちーちゃんだ」

 

 無数のホロウィンドウをばらまいた束を止めたのは何時もの黒スーツ姿の織斑千冬だった。

 コロリと表情を変えてホロを消した天才は柵の上で器用にクルリと回って見せた。

 

「てかちーちゃん、教師としてアレ止めなくて良いの?」

「問題ない、ストッパーに任せることにした」

「ストッパー……ああ、あの二人」

 

 オペラグラスで喧騒の真っ只中を覗くと疾風とセシリアが間に立ち塞がって必死に説得を試みているのが見えた。

 

「んで? 珍しくちーちゃんから連絡を寄越して束さんに何のよう?」

「何故あんなことをした」

「ほえ?」

「銀の福音だ」

 

 険しい顔で直球を投げつける千冬に対して束は変わらず張り付けたような笑顔で受け止めた。

 

「私がやったという根拠は?」

「妹の晴れ舞台のデビューを華々しく飾り立てるため。作戦会議の最中に必要以上に紅椿の有用性を示したのが何よりの証拠だ。ましてや、目にいれても痛くない可愛い妹の為とあればなおさらだ」

「成る程、筋は通ってるね。まあその通りなんどけど」

 

 あっさりと認めたことに驚きもせず千冬は続ける。

 

「だがお前は馬鹿ではない。今の篠ノ之箒にあんなものを与えれば増長するのは目に見えてたはずだ」

「そうだね、箒ちゃんは力に飢えてた。こんなろくでなしに懇願するまでにね」

「結果。一夏は死にかけ、お前の妹も死ぬ一歩手前という結果だ。お前、あの二人が死んだりしたらどうするつもりだったんだ?」

「心配性だなちーちゃんは、本当にヤバかったら私が止めたよ。現に一回目は眼鏡君が、二回目はいっくんが間に合ったでしょ?」

「そんなのは結果論だろ。一夏と妹を何よりも大事にしているお前が何故あんなことをした? 私にはそれがわからない」

 

 千冬の知る束は気に入らない人間などどうだって良いが、逆に気に入った人間に対してはある意味過剰すぎるぐらい愛でる。

 そんな彼女が軍用ISを暴走して二人を殺しにかかるとは到底思えなかったのだ。

 

「私の目的は二つだよ。一つ目は箒ちゃんに紅椿をあげて、現実を見てもらうため」

「現実」

「そっ。箒ちゃんが暴走しちゃうのは容易く予想出来た。でもそんなの遅かれ早かれだし、どうせなら完膚なきまで叩き落とした方が手っ取り早い」

「実の妹に対して随分な荒療治だな」

「結果的に箒ちゃんは良い方向に向かったでしょ? その点に関しては、あの眼鏡君にも感謝しとこうかな」

 

 眼鏡君、疾風を褒めたことに眉を潜める千冬。束は柵の上で踊りながら指を二本たてた。

 

「二つ目は、IS学園を守る為だよ」

「どういう意味だ? お前がIS学園に固執する理由などあるか?」

「だっていっくんと箒ちゃんの学舎だよ? そーれーにー、ちーちゃんの大事な物もアソコにあるでしょ?」

「……」

「まあいいや。とりあえずちーちゃんは私に感謝すべきだよ」

「馬鹿を言うな」

「ほんとほんと。ぶっちゃけ私があのISをハッキングしなかったらIS学園は危なかったんだぜ?」

「どういうことだ?」

「銀の福音の最初の攻撃目標がIS学園だったからさ」

「なんだとっ?」

 

 束が何を言っているか千冬は理解出来なかった。

 銀の福音の飛行ルートから算出した最初の到達点は東北地方、IS学園からは余りにも離れている。

 いや、そもそも。

 

「福音はおまえがハッキングしたから暴走したのではないのか?」

「惜しい。正確には、束さんがいじらなくても勝手に銀の福音は暴走するように出来ていたのさ」

「それをお前が上書きしたと?」

「ピンポン」

「ますます分からん。主導者は誰だ? 開発元のイスラエルとアメリカがIS学園に介入する利点がない」

「利点なんかいくらでもあるんじゃない? IS学園を掌握するためとか。日本なんかにIS学園の運営なんか任せてられナーイって。それかアメリカに恨みもった国の陰謀か」

「振り回されるこっちの身にもなれ」

「亡国機業だったりして」

「ますます笑えん」

 

 ため息を溢す千冬とケラケラ笑う束。

 対称的ながらも対等な二人、人類最強(ブリュンヒルデ)人類最高(レニユリオン)の話し合いという国家がこぞって向かってきそうな場面でも、二人の間の空気は意外と引き締まってなかった。

 主に篠ノ之束の存在故だろうが。

 

「もうひとつ聞いてみたいことがある」

「珍しい、今日のちーちゃん饒舌だ」

「嫌か?」

 

 まっさかー、と束は柵に座り込んでプラプラと足を揺らしながら耳を傾ける。

 

「で? これ以上私に聞きたいことってなに?」

「疾風・レーデルハイトだ」

「眼鏡君?」

「そうだ。お前がそう呼ぶぐらいだ。少しはお眼鏡に叶ってるんだろう?」

「ちーちゃんそれギャグ? 寒いよ?」

「生憎一夏と違ってギャグを言えるほどのユーモアはない」

「いやあれも大概じゃない?」

 

 空気が揺れる音がした。

 噂のファーストマンはまだ生きている。

 

「で、どうなんだ?」

「ISの方には異常も差異もなかった。あのスカイブルー・イーグルってISは完全に眼鏡君を受け入れてるよ」

「何故動かせてるかは?」

「んーー正直まだ仮説の段階だよ。いっくんと同じではないことは確かだね」

「そうか」

 

 今度はホッと息を吐いた千冬。近くの木に背中を預ける。

 

「でもさ、どっかでみたことある気がするんだよねー。いや似てるって言ったほうがいい?」

「知らないが。あてになりそうにないな」

「そう言わないでよ。例えば……先生とかにさ」

「…………ありえんだろう」

「だよねー。忘れて」

 

 何処かで雷が鳴ったような音が聞こえてきた。音の方向には水色の光がパチパチとしていた。

 セカンドマンの堪忍袋が切れたのだろうか? 暴走しないことを祈るばかりだ。

 

「そういえば。よくオルコットをイギリス出身だとわかったな」

「ん?」

「正直あの反応は驚いた。オルコット以外ならあんな反応はしなかっただろう?」

 

 普通なら、目線を合わせずに虫を払うように冷徹に突き放して拒絶するはずだった。

 だがあの時束はセシリアと目を合わせてイギリスでのことを突き出したのだ。

 現に最初に癇癪を起こした時に三人の出身が直ぐに出なかった。

 

「意外と記憶力はあったんだな、束」

「………………いくら私でも、IS初期チームの人達のことは覚えてるよ」

「似ていたか?」

「気持ち悪いぐらい母親に似てたよ、目元は父親だったけど」

 

 ニコニコ笑っていた顔と打って変わって唇を突きだしてふて腐れる束に思わず笑みを浮かべる千冬。最後に見事立場が逆転した。

 

「話は終わり? もう帰るっ」

「ああ、思ったより付き合わせたな」

「あ、そういえばまだお礼を言って貰ってない」

「絶対言ってやるものか」

「チェー。あ。あっちも丁度終わったみたいだよ」

「回収に行ってやるか」

 

 会話の場から立ち去る千冬。これからケツの青い子供に説教を、止めた二人に対してのねぎらいの言葉を考えながら束を背にして旅館に向かう。

 

「ねえ、ちーちゃん」

「ん?」

「今の世界、楽しい?」

 

 束の問いかけに、千冬は振り替えることなく普通に答えた。

 

「そこそこな。お前はどうなんだ?」

 

 風が一際強く吹き上がる。

 波の音をかき消すほど強い風。

 

「私?そうだなぁ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あんまり楽しくないかなぁ」

 

 

 

 吹き荒れる風のなかでも、確かに聞こえた。

 篠ノ之束に似合わないような悲壮感に満ちた呟きに思わず千冬は振り返ったが。束の姿は忽然と消えていた。

 

「束。お前はまだ……」

 

 その呟きも夜の闇に溶けて消える。

 千冬は少しの間、束がいた場所を見つめていた。

 その千冬の瞳が僅かに揺れていたことは誰も知らない。

 知るとすれば、それは空で煌々と輝く満月だけだろう……

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「あーー、うーー」

 

 ゾンビがおる。

 

 翌朝、これはまた美味しい朝食を食べた後にISの運搬作業ののち、10時に帰りのバスに乗り込んだ俺たち。

 

 昨日の騒動で皆の怒りをかい、無断外出をした一夏(と箒)は罰則を受け、運搬作業の大半を行ったせいで大変グロッキー。

 今「かゆ、うま」と言ったのは多分気のせい。

 

「だ、誰か飲み物持ってないか」

「ツバでも飲んでろ」

「あるけどあげない」

「ぐふっ。ほ、箒」

「な、何を見ているか!」

「あだっ」

 

 あわれ、というか不憫な。

 ラバーズは昨日の件でまだご立腹、頼みの箒も顔を赤らめて照れ隠しチョップ。

 鈴は二組なので別のバスだが、すれ違いざまにハンドサインで「地獄に落ちろ」。無情である。

 

 仕方ないから俺のミネラルウォーターを恵む。

 

「疾風、水くれ」

「断る」

 

 訳がない。元はこいつのまいた種を俺とセシリアが止めてやったのだ。

 少しは身にしみて自分の行いを見直すがいい。

 というわけでこれ見よがしに目の前で水を飲んでやる。ハハハ、欲しかろう。

 

「せ、セシリア。飲み物を恵んで貰えませんか」

「まったくしょうがないですわね……ごめんなさい。やっぱりやめておきます」

「な、なんでぇ……」

 

 最後の頼みの綱であるセシリア嬢が施すと思ったら直前で引っ込めた。

 彼女の名誉の為に補足しておくが、決して意地悪をしようとした訳ではない、なら何故引っ込めたのか。後ろを見てみよう。

 

「……皆動かないし、よし」

「……さりげなく隣に座って渡そう、うん」

「……今こそ優しさをもって」

 

 一度は冷たくあたったラバーズが息を吹き返した。下げてから上げるとは、あいつらもやるもんだ。意識的か無意識かは置いといて。

 隣に座るセシリアも彼女たちに花を持たせたということだ、まったく我が親友ながらほんと出来た女である。

 

「あー、もう限界だ。こうなりゃ自販機にダッシュで買ってこよう……」

『い、一夏っ!』

「はいっ?」

 

 三人同時に一夏に声をかける、キッとお互いに睨みあうラバーズ。

 負けられない戦いが、ここにあった。

 

「失礼するわ。織斑一夏くんっているかしら?」

「え? あ、はい俺ですけど」

 

 火蓋が落とされる寸前にバスに見知らぬ美人さんが。

 鮮やかに波打つ金髪に、胸元のあいたサマースーツ。彼女がサングラスを外すと柑橘系のフレグランスが鼻に吸い込まれる。外したサングラスを何気なく胸元に引っかける様子は否が応にも女を意識せざるえない色気を放っていた。

 

「君がそうなんだ、へぇ……」

「あ、あの。貴女は?」

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者よ」

「え?」

「なっ?」

 

 俺達と死闘を繰り広げ、無人行動化した福音の中に居た人? そのひとが目の前に、というより何が目的で……

 

 チュッ。

 

「へ?」

「あ?」

「あら?」

『なぁっ、あっ!?』

 

 困惑した一夏の不意を突くようにナターシャの唇が一夏の頬に触れた。

 俗にいうキスである。

 

「これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

「えっ、あ、う?」

 

 ナターシャさんの熱烈なお礼に思わず赤くなる一夏。

 そして一夏の満更でもないその表情に、勿論黙ってる人はいないわけで。

 

「天誅」

「薄情者」

「浮気者」

「あ、アハハハハハ」

「飲み物どうぞっ!!」

 

 投擲! 余すことなく一夏に命中! 一夏、悶絶! ラバーズ、追撃! 

 

 そのあとのことはしらん。俺は他人のふりに徹した。

 誰も我が平穏を邪魔するものは。

 

「疾風・レーデルハイトくん」

「あ、はい?」

 

 あれ、もう帰ったと思ったのにまだいるナターシャ女史。

 傍らで繰り広げられる大乱闘ペットボトルシスターズを気にせずナターシャさんは俺に微笑みかけた。

 

「話しは聞いてるわ。暴走した福音をあなたの指揮で二度も落として見せたって」

「えと。あれは皆の人力の賜物であって。最後は一夏と箒がやりとげましたし。そんな大それたものでは」

「謙遜しないで。私は見事だと思ったわ。いつか、なんのしがらみもなく戦ってみたいわね」

「あ、ありがとうございます」

「また何処かで会いましょう。チュッ」

 

 ナターシャさんが俺に向かって投げキッスをした。一夏のような不意打ちではなく、ストレートに撃たれた一撃は見事俺に命中した。

 

「あ、あう」

「ふふっ、バーイ」

 

 顔を赤くした俺を置き去りにナターシャさんは優雅に去った。

 

 これは、気恥ずかしいとは別の何かというか熱を感じる! 

 ヤバイヤバイ。直接された訳でないのにこんな慌てるとか童貞丸出しじゃないか。隣の席にいるあいつに悟られる訳では。

 

「疾風ってやっぱりウブですのねー」

 

 手遅れだった! 

 こちらを見るセシリアの目はなんとも生暖かいような肌寒いような、どういう感情の目なんですかそれは。

 

「な、何を言うとりますか。気のせいですよ一夏じゃあるまいし」

「これを見てもそんなことが言えますかね?」

 

 見せてきたのはセシリアの青いスマホ、画面には緩む口元を必死に引き締める眼鏡男子の姿が。

 

「なに撮っちゃってくれてんのぉ!?」

「良い顔ですわー。クラスのLINEに送信」

「させるかぁっ!!」

 

 なりふり構わずスマホを奪い取り目にも止まらぬ速さで写真を消去する。

 よしっ、これで安心だ。こんな近くで見せびらかすからだ馬鹿め。

 勝利の笑みをセシリアに向けてやる。も。

 

「……」

「なんだその顔は、もう画像は消したぞ」

「疾風、わたくしは昔の活劇映画の悪役ではありませんわ。こんな近くにいるのに奪われない可能性を考慮しないと思いましたの?」

「……つまり?」

「一分前に送信しましたわ」

「やりやがったなグレートブリテンンンッッッ!!」

 

 バッと後ろの席を振り向くと、皆が一様にスマホをみているではないか。

 

「わー、レーデルハイトくんのこんな顔初めて見た」

「激レアだわ! 保存しよっと!!」

「ここで留めとくのは惜しいわ、二組にも送ろう」

「じゃあ私は四組に送ろ~~」

「いやああぁぁぁ!! 情報化社会ぃぃぃぃ!!」

 

 俺の必死の訴えもむなしく一組から1年へ、1年から学園中に拡散。

 学園から帰って新聞部副部長に問いただされたり俺を見る女子の目がほんの少し変わったりした。

 それが少しでも良い方向であればいいと。俺こと疾風・レーデルハイトは思わずにいられなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 バスから降りたナターシャは目的の人物を見つけて手を振った。

 

「随分とご満悦じゃないか」

「思った以上に可愛い子でつい、ね」

「ついで騒動を起こすな、後始末が面倒……」

「いやああぁぁぁ!! 情報化社会ぃぃぃぃ!!」

 

 バスから青少年の叫びが木霊した。

 主犯はアラアラと笑っている始末。

 

「そういえば、そっちの国家代表がうちの空母にカチコミかけてきたんだけど」

「聞いた、なんでも今回の騒動で活躍した若きIS乗りに労いの気持ちをこめて報酬に色をつけてくださいと伝えてください。と言ったそうだな」

「ええ、凄い笑顔で、刀に手を置いて」

「うちの剣バカがすまない」

「いいわよ、私からも言うつもりだったから」

 

 ナターシャと麗は気が合いそうだな、千冬はそういう状況にならないことを何処かで祈った。

 

「身体のほうは大丈夫なのか。飲まず食わずで振り回されたろう」

「大丈夫、あの子が私を守ってくれたから」

 

 ここでいうあの子というのは暴走を引き起こした銀の福音に他ならない。

 

「やはり、そうなのか?」

「ええ、あの子は暴走しながらも私を守ることを第一にしていた。強引なフォームシフトにコアネットワークの切断。あの子は侵略なんて一つも考えてなかった。周りを敵と認識され、それから私を守ったに過ぎなかったの」

 

 話を進めるナターシャは胸に手をおいて握りしめる。

 先程の陽気な風貌とはうって変わって明確な怒りと悲しみが宿っていた。

 

 銀の福音のコアは無事だったが、再度暴走する危険性を考慮して凍結処分が下ったらしい。

 

「だからこそ許さない。あの子の判断力を奪い、翼をもぎ取った元凶を。私の命にかけても、報いを受けさせて見せる」

「あまり無茶をするなよ。この後査問委員会があるんだ。おとなしくしていろ」

「それは忠告? ブリュンヒルデ」

「そうとってもいい」

「わかった、今は大人しくするわ……今は、ね」

 

 口には笑みを、眼には鋭さをかわしながら、二人の女傑は背中を向けた。

 

 この騒動が序章に過ぎないのではと、何処か確信を持ちながら……

 

 

 




 これにて第三巻、銀の福音編終了です。
 
 誤字報告してくれた方々、コメントをしてくれた方々
 そしてなにより読んでくれた読者さんに精一杯のありがとうを。

 元々この作品はpixivにあげていたリメイクなのです。pixivは五巻の終盤まで書いていて、全部で25話+αでした。
 さて上の話数を見てみましょう、24話。
 増筆しすぎだバカヤロウ
 でも個人的にやっと自己満足出来る作品を書いてると思います。

 次回から夏休み編、目標は短めで30話を越えないぐらいで納めたいなと思います(汗)

 長くなりました。
 IS スカイブルー・ティアーズを読んでくれてありがとうございます。これからも頑張って行くのでどうぞ宜しくお願い致します。
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