IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第26話【パーティータイム】

 二年ぶりだ。

 

 リムジンから降りた時の肌寒さに手を擦り合わせる。

 北海道とイギリスはほぼ同じ気温だと言うのは本当なのかな。にわかに信じられなし、だとしたらどんだけ寒いんだよ北海道。

 

 ここはイギリス郊外の墓地。見渡す限り墓石が等間隔に並ぶ光景は、なんともシンプルながら、凄みを感じる

 

凄みを感じる。

 此処に、セシリアの両親が眠っている。

 

 

 

 ソフィア・オルコット

 ハー■■■■■コット

 

 

 

 叔父さんの名前の部分が泥に隠れていた。

 

「ありゃ、汚れてるなぁおい」

「………」

「ちょいとお掃除」

 

 バススロットからアルコールと布巾を取り出した。

 

「あなた、そんなものを?」

「んー、こういうこともあろうかとってやつ」

 

 叔父さんの名前辺りについている泥を落とし、墓石を拭いていく。

 といっても、汚れてたのは叔父さんの名前のとこぐらいだった。

 これ見る限り、母さん達はまだ来てなかったんだな。

 

「よーし、こんなもんでしょ」

 

 

 

 ソフィア・オルコット

 ハーリー・オルコット

 

 

 

 二人の名前が並んだ墓石に手を合わせた。

 

「お久しぶりです。去年は来れなくてすいません。唐突ですけど、俺IS動かせちゃいました。人生なにが起こるかわからないっすね」

 

 俺がまだ小さいとき、叔父さんの印象は何処か頼りなくてカッコ悪い印象がある。でも優しい人だった。

 

 俺が動かしたって言ったらどういう反応するのかな。多分叔父さんはひっくり返る。

 

「叔父さんはよく俺をフィッシュ&チップスの店に連れ出してくれたんだ。今もあるのかな」

「あそこは去年潰れてしまいましたわ」

「そっかぁ」

 

 あそこの美味しかったからなぁ、ちょっと残念。

 叔母さんはなんというか、少し目付きが怖かった記憶がある。

 母さんとセシリアが話してるときは笑ってた気がする。

 

「………どうしてあの時、両親は一緒に居たのでしょうね」

 

 手を合わせてしばらく。セシリアがポツリと呟いた。

 その声は僅かに震えていて、俺は振り向かずに淡々と答える。

 

「さぁてねぇ。俺はなにも知らないよ」

「わたくしが知る限り、両親が揃ってお出かけするときは必ず使用人がいました。二人っきりなど、あの時が初めてで………」

「デート、とか」

「………あり得ませんわ」

「どうして?」

「デートに行くような間柄ではなかったですもの」

 

 確かに。二人の仲は、小さい頃の俺から見ても、そこまで良いとは思えなかった。

 

「父は、婿養子としてオルコット家に来ましたの」

「そうだったな」

「それを気にしてか。父は母の顔色をうかがうような人でしたわ。ISが世に出回ってから更に拍車がかかって。わたくしには、それが酷く臆病な人に見えました」

「叔母さんも気強かったから、なおさらなぁ」

「母は強い人でしたわ。女尊男卑社会になる前からも幾つもの会社を経営し。女でありながらも逞しき人だと、イギリスでも有名でしたわ」

 

 色んな意味で正反対な二人。世間からもそんな目で見られていたと、母さんから聞いたことがある。

 

「もし………二人だけで出掛けずに、どちらか一人だったら。父か母のどちらかはまだ生きていたのではないかと。そう思ったことがありました」

「うん」

「一瞬お父様ではなくお母様に生きていて欲しかったと。そう思った時、強烈な嫌悪感が襲ってきました。わたくしはなんて酷い子なのだろうって」

 

 父親をよく思っていなかった。そうだとしても、セシリアにとって彼は掛け替えのない家族の一人なのだから。

 

「娘であるわたくしにも、お父様は何処か遠慮してるみたいでしたわ。わたくしはお父様に自分を見て欲しくて、お父様が得意だったバイオリンを始めました。だけど、お父様のわたくしに対する態度は変わりませんでした」

「そうだったんだ………」

「でも、でも一度だけ。上手く引けなかったわたくしに引き方を教えてくれたことがありました。その時わたくしは凄く嬉しくて、やっと自分を見てくれたと思ったのです。だけど」

 

 それっきり、バイオリンが上手くなっても、コンサートに出ても。父はそれ以上干渉してこなかった。

 

「わたくしは何も求めていなかった。ただ、父親として愛して欲しかった。お母様と三人で、他愛のないお話をしたかった、一緒にお出かけをしたかった。そんな当たり前のことを、一緒にやりたかった。なのに……………どうして、わたくしを置いて、逝ってしまったの?」

 

 セシリアの足元に水滴が落ちた。

 セシリアは肩を震わせ、涙をこらえた。だが一粒、また一粒と服に、靴に、土に、シミを落としていく。

 

「叔父さんは、セシリアのことを嫌ってはなかったと思うぞ。叔母さんのことも、きっと好きだったと思うよ」

「なんでそんなこと」

「聞いたから」

「誰に?」

「叔父さんに」

 

 うちの親が万年新婚夫婦なだけに、二人の夫婦仲は両親と対照的に見えた。

 だから俺は疑問だった。そんな二人が何故結婚したのか。思いきって、小さい頃の俺は叔父さんに聞いたのだ。

 

 

 

「セシリアちゃんが言ってた。お母様は強くて、お父様情けないって」

「その通りなだけになにも言えないな」

「なんで結婚したの? 俺の父さんと母さんとは凄く仲がいいよ」

「疾風君の両親は、ある意味特殊だとおもうんだけど………」

 

 今思えばまったくその通りである。

 

「そうだね、ソフィアは僕には勿体ないお嫁さんだね」

「じゃあ、なんで?」

「詳しいことは省くけど、まあいろいろあったんだよ」

「逃げた」

「手厳しいな。でもね、途中から。彼女を支えたいって思うようになったんだ」

「ささえる?」

「うん、強い人程崩れる時は一瞬で崩れちゃうから、だから崩れないように、崩れてしまった時、僕がソフィアを支えてあげたいと思ったんだよ」

「ふーん、ささえれてるの?」

「ははは、どうだろうね、むしろ支えられちゃってるのは僕の方かもしれないな」

「おじさん、だめだねー」

「そうだね。もっとしっかりしないと」

「がんばれ」

「ありがとう、頑張ってみるよ。あ、このことはソフィアとセシリアには内緒だよ?」

 

 あの時。おじさんの弱々しいながら、何処かしっかりとした笑顔は今でも脳内に焼き付いている。

 思い出してみると。おじさんもおじさんなりに強く生きていたのだろうか。

 

 とにもかくにも。

 ごめん叔父さん、約束破ったわ。

 

「嘘」

「嘘を言うメリットがない」

「わたくしを慰める為に言ってるのでしょう?」

「目を見ればわかるだろ」

「こっち向いてないじゃないですか」

「向いてやろうか?」

「駄目、今は振り向かないで」

 

 なんで? と聞くほど俺は野暮じゃないので黙っている。バレバレなのに。一夏なら振り向いたな、絶対。

 俺は気付かない。こいつは安易に人前で涙を流すような奴じゃないことを知っているから。

 だけど、泣いていいときもあると思う。だからこそ、人には涙を流すという機能があるのだから。

 

「なんか無性に音楽聞きたくなってきた」

「え?」

「凄い大音量で聞きたくなってきたな! そうだ、最近買ったイヤホンで聞いてみよう!」

 

 スマホにブスッとさしこんでボリュームをMAXにする。MAXにするときにスマホに注意が出たが無視してMAXにする。

 途端に爆音が耳を直撃した。

 

 当然ながら周りの音なんてシャットアウトして、一瞬クラッとなった。

 もっと大音量で迫力のある音楽に切り替えようとして、一瞬曲が途切れた

 

「ーーーーーーグスッーーーーーー」

 

 ………なんか聞こえた気がしたけど。気のせい。

 

 サビのシャウトが、俺の耳に衝撃となって襲いかかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「なんか、耳がボーーっとする」

「当たり前でしょう。イヤホン越しでも普通に聞こえてましたわ」

「なんか聞きたくなったんだよ………墓地で」

「変わった趣向ですこと」

 

 唐突に欲求が溢れたんだよ。

 

「………(ありがとう)」

「なんか言った?」

「いいえなにも」

 

 今、突発性難聴が発動してるから聞き取れんのだよ。

 一夏の奴、頻繁にこんなの発生してるのか。なんかかわいそ………じゃない、絶対にかわいそうじゃない。

 ギルティギルティ。

 

 墓参りを終えて、その後はイギリスのIS委員会本部に移動。

 今回俺がイギリスに居ることは委員会は知らないので、セシリアにリムジンに居るようにと言われた。

 来たら確実に疲弊すると忠告された。

 結果、戻ってきたセシリアは少し、いや、かなりやつれていた。

 

 その後もあちこちを転々と移動し、用事をこなすうちに空が紫になってきた。

 といっても、夏のイギリスは夜の22時まで明るい、らしい。

 

 で、今俺は何処にいるかというと。

 

「疾風様、ドレスコードはきつくありませんか」

「え、あ、はい。大丈夫ですチェルシーさん」

「お嬢様は後から向かいますので、先にパーティー会場に向かってください」

「逃げていいですか?」

「駄目です」

「はい」

 

 とあるパーティー会場にいる。

 パーティーというのは余り良いイメージが無いというのは、俺の偏見だろうか。いやそんなことはない。

 

 今の女尊男卑の世の中、こういうIS企業や国がらみのパーティーはやっぱり男の肩身は狭い。

 その対象は子供にも含まれる。

 

 まだ今のように話術や女性の対応術を持ち得ていなかった当時の俺は、そんな女尊男卑なパーティーには極力出席したがらなかった。

 出席したのは、叔父さんや叔母さん、そしてセシリアが居るときぐらい。

 

 そのときは、セシリアにあっちこっち、振り回されまくっていた記憶がある。

 まあ、振り回されているときは周りの事を気にせずにすんだけど。

 

 そんなこんなで身支度をテキパキと進める俺とチェルシーさん。

 そして、俺の顔にはいつもと違うパーツが取り付けられている。

 

「ていうか、なんでサングラス?」

「ボディーガードといえばサングラスでは?」

「それ偏見じゃないですかねぇ」

 

 鏡を見てみる。うん、壊滅的に似合わない。

 逃走中に応募出来そう。追う側で。

 

「てかちゃんと度入りなんですけど。俺の視力なんて何処で入手したんです?」

「乙女の秘密です」

 

 口に指を当ててウィンクをするチェルシーさん。可愛いと思ったのは仕方ないと思うのよ。

 

 黒のパーティースーツ&似合わない(度入り)サングラスを身につけ、パーティー会場に繋がる馬鹿でかい扉につく。

 受付の係員にIDを見せて中に通してもらう。そこにはきらびやかなドレスを身に纏った大勢の女性がグラスを片手に談笑していた。

 

「あら、あのサングラスの子誰? あんな子出席していたかしら?」

「執事かボディーガードじゃないの?」

「若すぎないかしら」

「でも何処かで見たような………誰だったかしら?」

 

 途端にざわつく女性たち。

 緊張はしていない。逆に独特の居心地の悪さに心の顔をしかめた。

 うむぅ、やっぱり男性は少なめか。

 

 IS学園に転入した時を思い出すなぁ。

 

 しかし居心地の悪い。セシリア、カムバック。いや違う、カムアーリー。

 

「来たわ、セシリア様よ」

「ああ、やっぱり綺麗なお人」

「あの若さでアレだもんなぁ」

 

 早く来てくれと願ったおかげか。彼女は直ぐに来てくれた。途端に周りの視線が俺から離れ。皆が口々に称賛の声をあげていく。

 

 場内に入ってきた若い女性、オルコット家の若き当主、セシリア・オルコットが会場に入った。

 

 セシリアはIS学園で見る雰囲気と明らかに違っていた。

 鮮やかで明るめの金髪とは対照的な、上品な輝きを放つ黒いドレス。所々光と反射しているのはスパンコールだろうか? 

 大胆にも胸元を開けたそれは、とても15の女子高生とは思えない色気を放ち、周囲の男を魅了する。

 

 いやいやまてまて。夏の時と同じことを言うぞ。

 本当に俺と同世代なのあの娘。めっさ美人じゃないか! 

 

 目がシバシバしてる俺をよそに。

 蜜に群がる蜂の如くセシリアの元に人が集まっていく。

 

「お久しぶりです、ミス・オルコット」

「IS学園での生活はいかがですか?」

「今回はまた格段にお美しい、今夜のダンスのお相手は、ぜひ私と」

 

 口々に口説かれる幼馴染を見て、なんとも不思議な感覚を覚えた。

 IS学園では女の子ばかりだったし、男なんて俺と一夏。用務員のおっさんぐらいしかいなかった。

 あいつも普通の学校に居たら、あんな風に口説かれていたのだろうか。

 高嶺の華、的な。

 

 んー、こういうときどうすればいいんだ? 

 ボディーガードだから側に居た方がいいんだけども。側にいることで勘違いとかされたらあれだし………

 

『もしもしセシリアさーん』

『疾風、どこにいますの?』

『輪の外』

 

 こういうときのプライベート・チャネル。

 え? ISを使うのはご法度? 展開してないからセウトセウト。

 

『近くに居た方が良いか?』

『大丈夫です、何かあっても対応できる距離は保っているので』

『流石』

『でも、もしもの時は宜しくお願いしまーーー』

「ミス・オルコット! ここにおいででしたか!」

 

 プラチャをカット。

 新たに会場に入ってきた男がセシリアに向かっていった。

 赤混じりの茶髪をオールバックに纏めたイケメン青年だった。

 見た感じグレイ兄と同い年くらいか。うん、グレイ兄の方がイケメンやな。

 

 赤茶毛の男がセシリアに近づくに連れて、セシリアに群がっていた人達はその男に道を開けるようにセシリアから離れていった。

 

 え? なにあの人そんな凄い人なの? 

 俺は近くに居た若いボーイを捕まえる。

 

「そこのボーイさん」

「はいなんでしょう?」

「セシ、んん。オルコットお嬢様に近づいてる男の人、誰?」

「ああ、あの人はイスラエルのIS企業、【ハーシェル・カンパニー】の若社長のクラウス・ハーシェルさんですよ」

 

 あー、あのイスラエルのとこ。

 その若社長? へー、俺とそこまで年齢変わんないぐらいなのに社長とは。エリート様な訳だ。

 

「これはこれはミスター・ハーシェル。パーティー嫌いの貴方がこんなところに珍しいですわね」

「貴方がパーティーに出席するとお聞きし、彼方からすっ飛んで来たのだよ。しかしなんと美しいお姿だろうか、一目見たとき、夜の女神ニュクスと見間違えてしまったよ」

「あら、女神だなんて。わたくし、そんな神格化されたように見えます?」

「貴女に比べれば他の女性など、道端に転がる石ころも同然だ」

 

 かーっ! よくもまぁそんな歯の浮くような台詞を吐くもんだなぁ。ニュクスってなんだよニュクスって。そんなワード普通にポーンと出るもんかね。

 てか石ころって。こんな女尊男卑の真っ只中でこれまた大胆な台詞を。これが社長パワーか。

 

「あの人、会うたびにアプローチしてるんですよ」

「マジで?」

「その度うまくかわされてますけど」

「ご苦労様だなー。あいつ身持ちの固さは第四世代級だぜ」

「架空の世代じゃないですか、それ」

「それほどってこと」

 

 あ、そういやまだ紅椿の存在は公にされてなかったわ。危ない危ない

 

「オルコット嬢を良く知ってるので?」

「んーー、ノーコメントで」

「失礼しました。しかし心配です」

「なにが?」

「ハーシェル氏。というより、ハーシェル・カンパニーが最近不景気という噂が」

 

 く わ し く。

 

「なんでも、大きいプロジェクトに失敗したとか」

「本当に?」

「噂ですけどね。確かアメリカあたりと大きなプロジェクトがあるって言ってるのを聞いたとかで」

 

 イスラエル、アメリカと大きなプロジェクト。

 ………おーん? 

 

「もしかしたらオルコット嬢に取り入ったりとか、そういう狙いなのでは、と。不承ながら思ってしまったり」

「どういうプロジェクトだったとか。なんて名前だったかってわかる?」

「それに関してはなんとも」

 

 

 

 

 

 

「ところでミス・オルコット。あなたは今、お付き合いしている人はいるかな?」

「もう、何回目でしょうか。困りますわ」

「いやはや、IS学園にむし………いや男が二人も居るとなると気が気じゃなくてね」

 

 おい今虫って言いかけたかこの野郎。

 聞こえてるからなこの野郎(ハイパーセンサー聴覚強化起動)

 

「では特別好意を持ってる人は?」

「あいにくそういう方は」

「そうか、それはよかった」

「はい?」

「ミス・オルコット。いやセシリア」

 

 ハーシェルは懐から正方形の箱を取り出し、セシリアの前で開けてみせた。

 

「僕の妻になってくれ」

「えっ?」

「はぁっ?」

「えーー!!」

 

 箱の中にはこれまた大層な宝石がマウントされた指輪、彼の盛大なる電撃プロポーズ。突然のサプライズに周りが一斉にどよめいた。

 俺はグラスを落とした。ボーイがキャッチしてくれた。

 

「初めてお会いしたあの日。あなたを一目見て、たちまち心を奪われた。僕と人生を共にしてほしい」

「困りますわミスター・ハーシェル。私は今そのようなことは」

「連れないことを言わないでくれマイ・レディ。僕は本気だ」

「しかし」

「僕では見劣りするかな?」

「あの」

「君のとこの第三世代兵器BTシステムと、わが社のサポートAI技術が合わされば、正に怖いものなしだ。悪い話ではないだろう」

 

 セシリアの言葉を遮り、畳み掛けるように口説いていく。完全にペースはハーシェルが握っていた。

 どんどん距離をつめていき、対には目と鼻の先に。いやチケーよお前離れろコラ。

 

「君の瞳。綺麗だな、思わず吸い込まれるとはこのような事を言うのだろうな」

 

 クイっとセシリアの顎を上げて目線を固定する。

 逃げようとするセシリアを捕まえるように腰に手を当てた。

 

 同じくセシリアを狙っていた男性たちが止めるような仕草をするも、サングラスをかけたいかにも屈強なボディーガードがセシリアとハーシェルを守るように立ち塞がる。

 

「あ、あのミスター・ハーシェル!?」

「悪い話ではない。君に相応しいと思うよ、僕は」

「そんな」

「少し早いが、誓いのキスで、もっ!?」

 

 誰かがセシリアに唇を落とそうとした若社長の端正な顔を粗っぽく鷲掴みした。

 

「失礼、お邪魔、します」

 

 まあ俺なんですけどね。

 そのままハーシェルさんをセシリアから突き放した。

 一世一代の勝負を邪魔されたハーシェルさんは額に青筋を浮かべて声をあげた。

 

「な、なんなんだお前はっ!」

「ごめんセシリア遅くなって。あのゴリラサイクロプスに気づかれず割りこもうと、アサシンもかくやという動きをしようとしたら手間取ってな?」

「狙ってたのではなくて?」

「いやまさか! かくなる上はプラズマ纏って突撃かけようかと思ったぐらい焦ってたんだぜ?」

「あなたには初陣での前科がありますから」

「いやあれはどちらかというとイーグルの策略かと思う。ところでセシリア、ハーシェル・カンパニーって」

「僕を無視するなぁーー!!」

 

 プロポーズの主役をほっぽって二人でお話する俺達にハーシェルさんはご立腹。

 

「セシリア・オルコット嬢のボディーガードを勤めている者です。しかし随分と強引なアプローチでしたね?」

「はっ、ボディーガード風情が。この私に立ち塞がるというのかね?」

「いやボディーガードとは立ち塞がるものかと」

「身の程をわきまえたほうが良いぞ下郎が、私が誰だか分かっているのかね?」

「イスラエル大企業の若社長様?」

「分かっていながら私の前に立ちはだかると言うのかね。何者かは知らんが、貴様ぐらい、私の力で簡単に消してやれるのだぞ?」

 

 いやさっきと口調変わりすぎだろこの男。コワッ。てかなにその喋り方、ロムスカリスペクト? 

 

 なんともまあ。この女尊男卑の世の中にこれほどプライドの高い男がまだ居るとは、男もまだ捨てたものではないな。

 

「というか、今俺のこと消すとか言ってました? 本気で言ってます?」

「ふん。雇われボディーガード一人など造作もない」

 

 息吐くように悪口言うなこの男。

 

「あの、もしかして俺のこと知らないのですか?」

「あいにく男の顔を一々覚えていられるほど私の脳は暇ではないのだよ」

 

 いや覚えろよ。IS企業の社長なら覚えてろよ。世界で二人しかいない男性IS操縦者の顔くらい。

 あ、サングラスだからわからない? サングラス如きでわからない程俺の顔は特徴ないってかコラ。うわーい潜入ミッションとかに最適だわチクショー。

 

 さっきのセシリアのことも含めて少しカチンときてる俺はツカツカとハーシェルさんに向かって歩いていく。

 

「………」

「な、なんだ」

 

 ジッと見つめられる事に居心地の悪さを感じるハーシェルさん。

 後ろに屈強なボディーガードがこれまた同じサングラス越しに俺を睨み付ける。が、全然動じない俺に気味が悪いと感じたハーシェルさんは声を荒くする。

 

「なんなんだお前は! 警備員を呼ぶぞ!」

「さっきあなた言いましたよね。わが社のAI技術があればって。随分自信を持ってるんですね」

「そ、それがなんだ」

 

 更にハーシェルさんに近づく。

 さっきのセシリアより近い距離。俺はハーシェルさんの耳元で囁いた。

 

「だったら福音(ゴスペル)の暴走なんか起こすんじゃねえよ、ボケ」

「なっ、なぁっ!?」

 

 無様に俺から後ずさるハーシェルさんは勢い余って後ろのボディーガードにぶつかる。

 顔には先ほどのエレガントさ消え去り、変わりに大量の脂汗が浮かんでいた。

 

 そう、目の前の男はあの銀の福音のプロジェクトに携わる片割れの社長。

 俺達に事後処理を押し付けた原因の一端。

 こっちはあやうく死にかけた。死ぬ一歩手前の奴もいた。

 セシリアも、一歩間違えたら………

 

「貴様、なんでそのことをっ!?」

「当事者なんですよ。俺は」

 

 サングラスを外して愛用の眼鏡をかけた。

 

「申し遅れました、今回セシリア・オルコットのボディーガードを勤めさせて頂いております、レーデルハイト工業社長、アリア・レーデルハイトの次男。疾風・レーデルハイトでございます」

「な、なにぃ!」

 

 更に顔を歪ませたハーシェル氏と同時に会場がまた騒がしくなる。

 

「疾風・レーデルハイト! レーデルハイト工業のご子息!」

「二人目の、男性IS操縦者!?」

「そんな男が何故オルコットのボディーガードに!?」

 

 周りの騒ぎをよそに俺はハーシェルさんを真っ直ぐ見つめる。

 対するハーシェルさんはボディーガードに寄りかかったまま、目を見開いてこっちを見ている。

 

「あんたの尻拭いをしてやったのは俺達だ。少しでも迷惑かけたっていう自覚があるのなら。とっとといなくなれっ」

「なっ、あっ」

「後。お前がセシリアに釣り合うだと? 鏡見ろよ」

「っ!!!」

 

 ワナワナとハーシェルさんは震えた。

 そんな彼を他所に俺はセシリアの手をとってその場を離れようとした。

 

「ふざけるのも大概にしろよ、ガキ!」

「相手の合意もなく唇奪おうとする奴より常識あると自覚してますが」

「貴様!」

 

 バッと右手をあげ、ハーシェル氏の屈強なガードマン二人が前に出た。

 

「このような場所で力づくですかハーシェルさん。流石に不躾ではございませんか?」

「何処まで侮辱すれば気がすむんだ貴様はぁ!!」

 

 いちいちうるさいな、ドタマかち割るぞ。

 

「まったく、やりすぎですわ。最後の一言は必要なかった気がします」

「あいつにやるぐらいなら俺がお前を貰ってやる」

「んなっ」

 

 突然の不意打ちにセシリアの頬に僅かながら朱が差し込む。

 

「冗談だよ。赤くなってんなよ、勘違いするぞ」

「あなた言っていいこと悪いことがっ」

「わかったわかった。んで、やるとしたら何処までやって良い? あっちは相当おかんむりだよ」

「んんっ! 私のボディーガードなら、降りかかる火の粉は払いなさい」

「了解、お嬢様」

「あと、いい加減鬱陶しくなってきたのでコテンパンにやってやりなさい」

「私怨も入ってるなー」

 

 ネクタイをグイッと緩め、目の前の男に構えをとる。

 自分より二周りの大きい巨漢二人に立ち向かおうとする俺を見てハーシェルさんは鼻で笑った。

 

「おいおい。お前ごときが僕のガードマンを倒そうというのか? やめておけ、ぼろ雑巾にされるのが関の山だ。謝るなら今のうちだレーデルハイト。今なら土下座して俺の靴を舐めれば許してやらないこともないぞ?」

「自分は後ろに引っ込んでる癖に随分なこと言いますね? こんなガキにガードマンを出すということは、自分では勝てないと言ってるようなものでは?」

「っーー!! お前たち! そのガキに社会の厳しさを骨のずいまで教えてやれ!!」

 

 忙しい人だな………

 図星をつかれたハーシェルさんの怒号に、ガードマンの一人が前に出る。

 二人がかりで来ないところを見ると、一人で倒せる自信があるのか、それとも油断でもしてるのか。

 

 先に駆け出したのは俺の方だった。対するガードマンAはどっしりとこちらを受け止める構えだった。

 相手が自分より体格が上の場合、捕まれたら高確率でアウト。

 

 俺は走りながら拳を握り、それをガードマンの顔にそれを叩き込む。

 対するガードマンはそれを受けとめ、俺を羽交い締めにして意識を落とそうとする。

 そうしようとした。

 

 捕らえようとした筈の若造の姿が視線から消えた、と同時に股間部から想像を絶する衝撃が襲った。

 

 パンチを繰り出そうとして俺が相手のガードをスルーして、そのまま床を滑り、屈強な男の股ぐらに下から蹴りあげた。

 

 金的。どんな屈強で鍛え上げた男でも鍛え上げる事ができない男の急所に的確にぶちこんだ。

 

 直ぐ様起き上がり。突然の禁じ手に思わず悶絶している男の腹にすかさず拳を二発、顎にアッパーを炸裂させた。

 吹き飛ぶ、まではいかなくとも、宙を舞ったガードマンAは地面を揺らし、動かなくなった。

 

 ガードマンAが倒れたと同時にガードマンBが飛びかかってきたところをひらりと躱し、足払いでよろけさせる。

 

 激情してこちらを向いた瞬間にその大きな顔の両耳を即座に叩く。

 脳の揺れによる視界のボケの一瞬の隙に相手の襟と腹のスーツを掴み。

 

「うっらぁ!」

 

 その巨体を床に放り投げた。

 受け身が取れなかった男は背中を強く叩きつけ、肺から強制的に吐き出された空気に目を見開く。

 相手が起き上がるのを待たずにそのまま全体重をかけた踵落としをその腹に降り下ろした。

 

 一息つこうとしたら、後ろから捕まれて持ち上げられた。さっき倒れたガードマンAが息を吹き返したのだ。

 後頭部に荒い息を感じた俺は後ろにすかさずヘッドバットで鼻を潰した。

 

「あぐっ!」

「おらっ!」

「ゴッッッ!!」

 

 鼻を押さえる彼の股ぐらをまた蹴りあげられたガードマンAは悶絶しながらも立っている。

 

「チッ、まだ生きてる」

「ま、まて」

「ふんっ!!」

 

 3度目の正直をぶちかまし、ガードマンAは泡を吹いて今度こそ倒れた。

 完全に沈んだのを確認し、ハーシェルさんの方に向いた。

 

「そんな、馬鹿な。はっ! や、やめろ! 来るなっ!」

 

 自分を守る者がいなくなったハーシェルさんは掌を返すように弱腰になる。

 段々と距離を詰める俺に腰を抜かして後ずさる。

 ギリギリまで距離を詰め、至近距離で視線を合わして。

 

「バン!!」

「わっ! わああぁぁぁ!!」

 

 大きな声に驚いたハーシェルさんは、顔面蒼白で転びそうになりながらパーティー会場から逃げていった。

 気絶して伸びてるボディーガードは警備員にズルズルと引きずられて消えた。

 

 たちまちシーンと静まりかえるパーティー会場。

 視線は全て、俺に注がれる。

 

 これはアレだな。「俺なんかやりました?」ならぬ「俺なにをしてしまいました!」だな。

 流石に股間蹴り3連はオーバーキルだった。

 

 どうしようかとセシリアと目で会話して、今更ながら解決策を考えてみる

 

「いやー、見事見事。良いもの見せてもらった」

「え?」

「ウゲッ」

 

 群衆の奥から茶髪の若い青年が拍手しながら出てきた。

 先程のハーシェルさんに負けないぐらいのイケメンっぷりである。

 

「疾風、あの方は?」

「………ザックス・アークノートさん。アメリカIS企業【スターズ】の社長の息子」

「【スターズ】というと」

「そう、ストライカーの開発元であり。福音計画のもう一つの片割れ」

「ご丁寧に説明どうも。宜しくオルコット嬢」

 

 握手をするために手を差し出す彼に、セシリアは一拍置いて握り返す。

 

「相手が男なら先ず股ぐらを蹴れ。俺の教えが活きて嬉しいぞレーデルハイト」

「ニヤニヤしてる顔で言われても嬉しくねぇよ」

「生意気な奴めー、今度は俺が相手するぞコラァ」

「わっぷ! やめ、やめろザックスさん!」

 

 ワシワシと俺の頭をかき回すザックスさん。そんな二人にセシリアは若干戸惑っていた。

 

「あの、お二人はどういう関係で?」

「ん? こいつがガキの頃にたまに会っててな、色んな事を教えてたのよ。ある意味師弟関係ってやつ」

「その度に軍用式格闘術とか習得させられ、必勝ナンパ術なんてクッソ役に立たないことも習わされそうになった」

「んだよー結果的に役立っただろうが。現在進行形で」

「後半は全く役に立つ気がしねぇよ!」

 

 部屋に突撃させられて強制的AV視聴会やられそうになったり。身に覚えのないR18本とか送られた日なんて、その場で焚書してやったわ。

 

「何言ってんだよ。こんな美人ちゃんのボディーガードやってる癖に。で? やることはやっちゃってんのか?」

「帰れ色情スカイプレイヤー!」

「おっとコワイコワイ。んじゃ、俺は美女とお喋りに戻るから。オルコット嬢と宜しくやれよ。どうせならオススメのホテルをピックアップしてやってもいいぞ?」

「死ねっ。股ぐら蹴られて悶えてろ」

「それはさっきお前がやった奴だろ。じゃーな疾風」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、ザックスさんはまた群衆の中に消えていった。

 ザックスさんの介入により緊張感が解けた会場はまた話し声溢れた。

 

「風のような人でしたわね」

「まあ、掴みどころの無い人なんだよな。あとチャラい」

「そうですか。あ、疾風、ネクタイ解けたままですよ」

「あ、忘れてた」

「全く仕方ないですわね」

 

 セシリアは俺のネクタイを直し始めた。

 余りにも自然な流れに俺は慌てる暇さえなかった。

 

「ちょ、おい」

「じっとしていて下さいまし」

 

 そう言われてもなぁ。

 ネクタイを直すセシリアに目を向けると、自然と大胆に開かれた胸元に目が行って。俺はばつの悪そうに目をそらし、結局されるがままになった。

 

「はい、出来ましたわ」

「あ、ありがとう。お前こんなこと出来たんだな」

「失礼な、将来のための必須スキルですわ」

「将来ねー」

「それより、なにかありませんの?」

 

 この流れ、前にもあったな。

 

「散々皆に褒めちぎられてたからいらないだろ」

「あなたの感想が聞きたいのです。ほら早く、疾風は女性に気の効いた言葉の一つも言えない男なんですの?」

 

 胸元に手を置いて軽くポーズを取るセシリア。

 体のラインが分かるのはISスーツと同じぐらいなのに、なんでこうも胸をくすぐるのか。

 

「……ちょっと大胆すぎないか」

「何処が?」

「む、胸元とか。足元もスリット深いし……背中もガバッと開いてるし」

「ふふっ」

 

 俺が必死に誉めるべき場所だろうと思うところを述べているのに、肝心のセシリアはほくそ笑んだ。

 

「なんだよ」

「だって、今の貴方全然らしくないんですもの。でもそれって、少しは私を意識したという事ですわよね?」

「そ、そんなこと、ねえよ」

「うふふ、お可愛いですわね」

 

 いたずらっぽく笑うセシリアにドキッとしつつ、赤くなった顔を手で隠した。

 

 くそっ、こっちに来てから色々調子狂いっぱなしだ。ほんと、らしくない。

 と、狙ったかの如く。タイミング良くダンスの音楽が鳴り始めた。

 

「もうそんな時間ですのね、疾風、お相手して下さるかしら?」

「俺、ボディーガードなんだけど」

「大丈夫ですわよ。あんな大勢にレーデルハイトの子だと名乗ったのですから。ほら、行きましょ?」

「ちょ、待てって」

 

 結局俺は連れられるままダンスパーティーに参加することになった。

 

「ダンスは初めてかしら?」

「練習はしてきた」

「そう」

「なんだよーーーうおっ?」

 

 音楽のテンポが変わり、俺はよろけそうになったが、それを周りにばらすまいと必死に軌道修正した。

 

「最後まで立っていられるか楽しみね。精々わたくしに恥をかかせないように」

「こいつ……」

 

 やってやろうじゃねえか。

 持ち前の負けず嫌いを発揮してなんとか曲のアップダウンを見極めていく。

 

 結局、昔も今もパーティーで引っ張り回されるのは変わってねえな、俺。

 

 だけど、存外悪くはないと思う俺は。結構毒されてるのかもしれない。

 

 




 まず、お待たせしました、遅れてしまい申し訳ない。

 ハッカ杯という企画でエクスカリバーを題材にした短編小説をあげましたので、よければどうぞー

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