IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第30話【赤色が足りませんわね】

「なんだ? 一気に静まり返ったな?」

「お、織斑先生」

「お邪魔しています」

 

 思わぬ来訪者にピリリと怯むラバーズ。

 そんな彼女の内心を察したのか察してないのかニヤっと笑う織斑先生。

 教師の時の張り詰めた空気は完全とはいえなくても薄れており。オフモードだというのが伺えた。

 私服姿はワイシャツにジーパン。服の下の黒いタンクトップが豊満なバストを窮屈そうに押し込めていた。

 いつもはキリッとしたスーツの印象が強かったが。流石織斑先生、ビキニのときといい何を着ても様になるというか……

 

「千冬姉、おかえり。早かったんだな。食事は?」

「外で済ませてきた」

「そっか、じゃあお茶飲む? 暑いのと冷たいの、どっちが良い?」

「そうだな……外から帰ってきたから、冷たいのを頼む」

「わかった」

 

 一夏が織斑先生から鞄を受け取り、そこから冷蔵庫に向かうまでの無駄の無さに女子は呆気に取られる。

 

(なんか、夫婦みたい………)

 

 自分達より明らかに距離感が近い姉弟を前に、ラバーズは口に出さずに呟いた。

 口な出せばその事実を再確認してスリップダメージが発生する。

 そんな羨ましげかつ恨めしげな視線を察知したのか。織斑先生は少しばつの悪い顔をした。

 

「………一夏、すぐにまた出る。仕事だ」

「え? 今から?」

「お前たちと違って、教師は夏休み中でも忙しいんだ。事後処理とか色々な」

 

 バタンと扉の閉じる音と共に、織斑先生はリビングを出て行く。そこでやっと呼吸が出来るようになったかのように、ラバーズはぷはっと息を吐いた。

 

「教師って、大変なんだな。ん? どうした皆」

「一夏……なんだか織斑先生の奥さんみたいだった」

「え?」

「相変わらず千冬さんにベッタリだなお前は」

「そうか? 普通だろ、姉弟なんだし」

「はぁ、そう思ってるのはあんただけよ」

 

 疑問符を浮かべてる一夏に口々に呆れを示すラバーズ。黙っているラウラも歯をギリギリしている。

 

「お前ら」

「なんだ」

 

 そんな彼女たちの胸中を察した俺は見ていられなくなってしまった。

 

「身内に嫉妬するほど悲しいものはないぞ」

「ゴッ!」

「ングっ!」

「あうっ!」

「んあっ!」

 

 疾風 は 痛恨の一撃 を 放った。

 

 ラバーズは一様に胸を抑えて悶えた。

 

「まあそんな悲観するなって。お前達が考えてるような可能性はまだ低いんじゃないか?」

「は? なに知ったような口きいてんのよ」

 

 何処かカチンときて食って掛かる鈴。

 俺は机に両肘をたて、両手を口元にもっていった。

 

「本物のブラコンシスコンなんて平気でベットに潜り込んでくるぞ」

「え、ちょっとまってなんの話?」

「家に帰れば新婚三択。口を開けば一にデート、二に告白、三四に妄想、五に結婚とくるんだぞ?」

「なんか妙にリアリティあるんだけど」

 

 つらつらと並べる俺にラバーズは逆光になっている俺の表情に謎の威圧感を感じ。セシリアは察してくれたのか気の毒そうな顔をしてくれた。

 

「まあ何が言いたいかって言うと。一夏が織斑先生と結婚したいなんて言わない限りセーフだから安心しろお前ら」

「恐ろしいこと言わないでよ!」

「そんなことになったら万のひとつも勝ち目がない!」

「血の繋がりより濃いものってないよね………」

「大丈夫かシャルロット? 目に光がないぞ!?」

 

 最終爆弾を投下されて織斑宅のお茶の間は一気に阿鼻叫喚の渦に飲まれた。

 セシリアは口元に隠れてる俺の笑みを感じ取ってため息を吐いた。

 

「どうした? なんか盛り上がってるな」

 

 話題の図中に居ることを知らない一夏は麦茶を机の上に置いていく。

 

「一夏は将来織斑先生と結婚するんじゃないかって話」

「はぁ? なに言ってるんだ皆? 血の繋がった姉弟は結婚できないんだぜ?」

「そんなことわかってるわよ! そういう問題じゃないのよ!」

「な、なに怒ってるんだよ」

「落ち着けよ鈴。一夏に当たっても仕方ないだろう」

「あんたがことの発端でしょうがっ!」

 

 文字通りの正論を投げつける一夏となだめようとしてる俺に納得するわけもない鈴がムキーっと金切り声を上げる。

 他の奴らは鈴が表に出たお陰か他より落ち着いているものの。考えてることは鈴と同じだった。

 

「なんだ揉め事か? この家にいる限りは仲良くしろよお前ら」

「す、すいません」

「レーデルハイトも弄りすぎるな」

「すいません」

 

 自分の部屋から戻ってきた織斑先生は先程のラフな格好とは打って代わりいつものスーツ姿。心なしか、いつもの覇気が戻ってる気がする。

 

「一夏、今日は帰れないから好きにしろ。お前たちはゆっくりしていけ。泊まりは駄目だぞ、レーデルハイト以外はな」

 

 先生、そこで俺の名前出さないでください。ほら、今にも刺し殺し抉るような視線が! 特に鈴の目がヤバイ。

 自業自得だって? ハッハッハ、知ってる。

 

 そのあと鈴と皆を宥めるために千冬さん用に作ったコーヒーゼリーを食べ。バルバロッサとは違うボードゲームを遊んでいくうちに日も暮れ始めた。

 

「そろそろ飯の支度をしないとな。皆夜までいるだろ? なんか食べたいものあったら買い出しに行くから言ってくれ」

 

 その一夏の言葉を聞いて、ラバーズの目がキラーンと光った。

 

「それならアタシが何か作って上げる!」

「わ、私も作ろう!」

「じゃあ僕も手伝おうかな」

「無論、私も加勢する」

 

 流石ラバーズ、手料理を振る舞うことは気になる男子に対しては最大のアピールになる事を知っている。

 

「仕方ありませんわね。皆さんが動くならわたくしも作りましょう」

 

 おっ、セシリアの料理か。それは楽しみ………

 

「セシリアはいい!!」

「ほえ?」

 

 ラバーズが一斉にセシリアにお断りを入れた。

 な、なんでぇ? (パート2)

 

「セシリア、お前は作らなくていい」

「べ、別によくありません!? 何故わたくしだけ除け者にされますのっ!? 納得行きませんわ!」

「あんた、この家をカオスにするつもり?」

「鈴さん何を言ってますの!?」

「セシリア、君の分は僕たちが作るから、ね?」

「宥めてる風に行っても駄目ですわよ!」

「セシリア・オルコット。今すぐその思考を捨てろ」

「行きなり後ろに立たないでくださいラウラさん!」

 

 口々にセシリアにストップをかけるラバーズと黙って目を閉じる一夏。

 状況を飲み込めないまま置いてかれた俺は一言。

 

「なんだこれ?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おい見ろよ、あそこ」

「うわ、なんだ美少女ばっかじゃん」

「声かけるか?」

「やめとけ男いる」

「いや、あの眼鏡は無いんじゃね?」

「だな、でも隣の奴はきっとそうだ」

「でも眺めてるだけでも眼福眼福」

 

 一夏に案内され、俺達は今大手スーパーで夕食のための食材調達にいそしんでいる。

 が、わかってはいたが目立っている。金髪銀髪でさえ珍しいこの日本、しかも皆軒並みルックス抜群。美男子といっても遜色なしのあの姉の弟。

 そしてナチュラルに(けな)される、俺! 

 

 どうせ地味orフツメンですよ、悪かったな。眼鏡か? 眼鏡が悪いんか? コンタクトにしろってか? やだよコンタクトめんどくさいしっ! 良いだろ眼鏡だって。某歩く死亡フラグの人気サッカー少年だって眼鏡かけてるだろうがよ。

 それに外したとしても対して変わらねえよバーカッ! 

 

「疾風」

「なに」

「顔が怖いですわ」

 

 ごめんね。

 

 しかしこのまま団体で行動するのは目立ちすぎてやばい。いずれ代表候補生など、篠ノ之博士の妹だの、男性IS操縦者だと、気付かれて大騒ぎになりかねん。密集してるならなおさらだ。

 

「なあ皆、一つ提案があるんだが」

 

 

 

 

 

 

「運が悪かったな、一夏と一緒じゃなくて」

「全くだ、何故私が嫁ではなくこいつと」

「そう露骨に言われると俺も傷つくぞ」

 

 纏まってると目立つから3チームに分けようと言ったが案の定ラバーズが揉めたのでグッパーチョキで平等に決めることに。

 というわけで、今は銀髪のドイツ軍人と行動を共にしている。

 

「あの時、あの時チョキではなくグーを出していれば。嫁と一緒に買い物を………」

「正にタラレバ」

「キッ」

 

 視線が眼帯の奥からも突き刺さらんばかりだ。

 しかし、本当に何故嫁なのだろうか。本来なら夫と呼ぶのが正しいはずなのだが、これは教えたほうが良いのだろうか。しかし周りの奴等が指摘してないところを見ると、明らかに意図的に隠しているに違いない。

 

 触らぬ神に触れてまで親切心を回すべきか、触れずに静観するべきか………

 とりあえず静観の方向にしよう、何事も時期が大事だ。

 

「さて、何を作るんだ?」

「うむ、一夏は日本人だ、ならば日本の食事、和食で攻めていこうと思う。調度ドイツにいる副官からアドバイスを貰ってきたところだ」

「成る程」

 

 福音の時といい、ラウラって部隊との意志疎通がスムーズだよな。伊達に隊長やってないってことか。

 

「ところで疾風、お前に聞きたいことがあるのだが」

「何で御座いましょ」

「イギリスで何があったのだ?」

「んっ」

 

 唐突にぶっこまれた砲弾に息が詰まった。

 頭一つ分小さいラウラは眼帯に覆われてない赤色の瞳でこちらを見上げていた。

 

「えーと。なんの話? 別にトラブルなんてなかったし」

「嘘だな。先程副官からアドバイスを聞いたついでに教えてくれた。お前、イギリスで入院していただろう」

「は、いやいやなんの話かさっぱり」

「直前にIS国際査問会が情報改竄が行ったであろう形跡を我が軍が見つけた。何を隠している?」

 

 こいつ、軍人ネットワーク使ってきやがった。

 

 ここだけの話。メアリ・メイブリックが起こした楓誘拐事件は極秘に処理されている。

 世界で二人しかいない男性IS操縦者が親族を盾に取られて重傷。そんなニュースが発信されれば世界は一気に騒ぎ立てる。

 またこのような事件が起きないような予防策、俺や楓に対して波風が立たないように、そして何よりも世界に対するイメージ保護の為。その他の様々理由から、この事件は闇に葬られることになった。

 

 だが目の前のドイツ軍人に勘ぐられた。

 幸いかは分からんが。ラウラはIS査問会が隠蔽したというだけで、肝心の中身に関しては分かっていないようだ。

 

「言わなきゃ駄目?」

「言わないならこちらにもやり用はある」

「わかった。誰にも言うなよ?」

「いいだろう」

「……事故った」

「はっ?」

 

 長く考えた後、ポソリと呟く。

 

「事故ったの。レーデルハイト工業の施設で階段から足踏み外して足捻っちゃって。全治10日ベットの上。政府が隠してたのはそんなドジでイギリスの評判落としたくないからだろ」

「嘘ではないだろうな?」

「あのねっ! 人が恥を忍んで言ったのにそれを嘘よばわりって酷すぎないかな!?」

「す、すまない」

「はい、この話おしまい! 誰にも言うなよ頼むから。オーケイ?」

「うむぅ」

 

 集中線が入りそうな勢い+赤い顔にラウラもたまらず圧倒され、追求を断念した。

 

 まあ嘘なんですけどね。

 内容はセシリアの嘘報告を参考に、顔の赤みはここ最近の恥ずかしいこと鮮明に思い出して誤魔化した。

 正直軍人であるラウラに対して通るとは思わなかったが嘘が嘘だとバレなければそれは真実だ。

 

 側にある大根を入れ、次は山積みに積まれたじゃがいもを持って見比ている。

 俺にはどれも同じ芋にしか見えん。

 

「話を変えよう」

「どうぞ」

「お前はセシリアの事をどう思っている」

「友達」

 

 俺の即答に、ラウラはじゃがいも両手に睨んできた。なんだよ。

 

「そういう事を聞いてるんじゃない、恋愛対象として見ているかと聞いているのだ」

「なんだそれ。ないよそんなの」

「そうか? イギリスから帰ってきたお前は何処と無くあいつに優しくなったように見えるが?」

「はぁ? いや別になんも変わってないと思うけど」

「セシリアと私たちを比べると。若干態度が違ったような気がした」

「えー」

 

 これに関しては全く見に覚えがない。

 別にセシリアに対して認識が変わったとかそういうのは………

 

 唐突にイギリスでのことを思い出した。

 誰にも見せなかった弱さ、圧倒された静かな怒り。

 よく考えてみると。思わぬことで今まで見たことない彼女の一面に触れたイギリス旅行だったな。

 

「んー、どうだろう。ぶっちゃけ意識はしてなかった」

「そうか」

「でもな。俺にとってセシリアはただの友達じゃなくて恩人なんだ。今の俺が居るのはあいつのおかげだから。もしかしたらそのせいかも」

「恩人。具体的にはどういう」

「んー、それもあんま話したくはない………」

「疾風ーー!!」

 

 言い渋っていると、鈴の悲鳴に似た声が聞こえてきた。

 

「疾風! こっちにきてっ! セシリアが自分も料理するって聞かないのよー!」

「セシリア。お、落ち着いて」

「むぅぅ。何故わたくしに料理させてくれませんのぉぉぉーー!」

 

 ………セシリアが鈴とシャルロットに取り押さえられてる………

 

「なあラウラ」

「なんだ」

「なんで皆セシリアに料理させようとしない?」

「直ぐにわかる」

 

 わかりたくない気がするのは、何故だろう。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふぅ………」

 

 カランとグラスの中の氷を回しながら、織斑千冬は軽く息を吐いた。

 ここは【バー・クレッシェンド】。フランス製の調度品で統一された落ち着きのある空間は、千冬の行きつけの場所である。

 

「五回目ですよ、千冬さん」

 

 コトッと、おつまみであるチーズとオリーブを乗せた小皿を置いたマスターに、千冬は意識を移した。

 

「何がです?」

「溜め息です、何か困り事でも?」

「女性にあれこれ詮索するのは無粋では? マスター」

「それは失礼しました」

 

 柔らかな笑みを浮かべながら、 妙齢のマスターは、再び洗い物に戻った。

 初老のマスターが一人でやっているこのお店は、その口髭に白髪のオールバックという容貌もあって女性ファンが多い。

 千冬は外見目当てで来ている訳ではないが、マスターの落ち着いた声のトーンは気に入っている。

 

「お待たせしましたっ」

「すまんな、休日に呼び出して」

「いえいえ、家に居てもダラダラしてるだけですから」

 

 摩耶が席に着くなり千冬が彼女のお気に入りを注文してやる。自然にこういうことが出来るのが、織斑千冬だった。 

 

「今日はどうしたんですか? お休みだから、帰省されたんじゃ?」

「そのつもりだったんだがな、家に女子が居てな」

「女子!? もしかして織斑くんのですか?」

「あとレーデルハイトとオルコットもだ」

「ということは専用機持ちが七人ですかぁ、戦争を起こせる戦力ですね」

「冗談にならないぞ、それは」

 

 千冬はそう言いながらも、くっくっと笑いが溢れた。

 といっても彼らはまだ未熟。福音を落としたと言えど、まだ卵から帰りたての雛鳥。

 その雛鳥を恐怖の象徴にするか、又は世界の希望となり得る存在にするのは、千冬達教育者次第と言うのもあるのだが………

 

「織斑先生としては気になりますか? 弟さんがガールフレンドといるのは」

「それなんだがなぁ………」

 

 千冬は摩耶に臨海学校のことを話した。

 例の四人に一夏はやらんと言ったこと。

 それで一夏が女子と交際すると聞かれ賛成はしても、それをよしとしないところ。

 

「よくないというか………あいつは女を見る目が無いからな、別に心配と言うわけではないが………ああ、どう言えばいいか自分でもわからん」

 

 ええ~と心の中で突っ込みを入れる摩耶をよそに、千冬はマスターにおかわりを催促した。

 

「まあ外に出てきたのはそれが理由でな。十代の女どもの背中を押したという感じか。それに、邪魔するのはなんかアレだろう?」

「ふふ、織斑先生って一夏くんとそっくりですね」

「なに? どこがだ」

「優しさに境界線の無いところが、です」

「あんな未熟唐変木と一緒にされては困る」

「そうですね。ふふ」

 

 年下の摩耶のお姉さんぶった笑みに悔しさともどかしさでムカムカした私は残りの酒をグイッと飲み干した。

 

「今日は朝まで付き合いますよ」

「そういう台詞は、男に言ったらどうだ?」

「そうですねぇ。目の前より男前な人が現れたらそうします」

「ではマスターだな。独身で男前、気配り上手の酒上手だ」

「千冬さん、年寄りをあまりからかうものではありませんよ」

 

 言いながらマスターは黒ビールではなくソルティドッグを出した。グラスの縁についた塩がまるで雪化粧のよう。

 そろそろ飲みたい頃だとマスターが大人の余裕を持って出してきた。

 

「これからどうなるんでしょうねぇ」

「さあな、平穏無事………とはいかんだろう。今回の一年の状況は異常すぎる」

「織斑君とレーデルハイト君……世界は今あの二人を中心に動いている気がします」

「あながち間違いではないかもしれん………」

 

 千冬は一息にソルティドッグを口に含んだ。

 グレープフルーツの苦みと酸味を、縁についた塩がいい感じに緩和してくれている。

 

「ここだけの話だがな」

「はい」

 

 千冬は周りを軽く見渡したあとにマスターに目配せした。マスターは意図を読み取って奥の方に消えていった。

 

「二週間程前だ。イギリスに旅行に行っていたレーデルハイトが襲われた」

「えっ!?」

「その背後に立っていたのはレーデルハイトに苦渋を飲まされたハーシェル・カンパニーの若社長という話らしいが。実際は女性権利団体が絡んでるらしい」

「っ! ついに動いて来たんですね………」

 

 摩耶がグラスを両手で包んで苦い顔をする。千冬がオリーブを一つまみ口に放り投げて飲み込む。

 

「それだけじゃない。亡国機業(ファントム・タスク)も絡んでる可能性もある。更識が言っていたからほぼ間違いはないだろう」

「更識さん、もうロシアから帰ってきてるんですか?」

「ああ。二学期から織斑とレーデルハイトにコンタクトを取るらしい」

「戦力強化、ですね」

「そういうことだな。また無人機が来ないとも限らんし、果てはテロ屋からも突撃取材が来かねない」

「丁重にお断りしませんとね」

 

 クピッと一口飲んだ後にため息を吐く摩耶。若年ながら様々な事務仕事をこなす彼女にとってトラブルは目の上のたんこぶなのだ。

 

「まあ外部もそうだが内部もだな。織斑を中心に学園内でボヤ騒ぎが起きかねん、レーデルハイトが抑止力になることを祈ろう」

「ふふっ。若いって良いですねぇ、私も昔に戻ってみたいです」

「ぷ。年寄り臭いぞ。外見に似合わず中身はじっくり老いていってるな」

「な、なんですかもう! 織斑先生だって大した変わらないじゃないですか」

「二十歳ジャストには負けるさ」

「四歳しか違わないじゃないですかぁ!」

 

 摩耶はむすーっと頬を膨らませるのを見て、千冬がプッと吹き出して笑った

 

 誰も邪魔しない先輩後輩の大人の時間。

 そんな大人の休息を、グラスの中の氷が静かに写し出していた。

 

「あっ、さっきの話のついでだがな。もしかしたらオルコットは………」

「ええっ!? それはとんだ大穴ですね!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ハッシュドビーフの作り方。

 

 ・食材を下ごしらえをします

 ・鍋のなかにオリーブオイルを入れ、牛肉を焼いた後取り出し、バターを入れて野菜類を炒めます。

 ・野菜がしんなりしたら、牛肉とルーの調味料を入れて煮込みます。

 

 ここでワンポイント。

 

 赤色が足りないのでケチャップを一本丸ごと入れちゃいましょう☆

 

 

 

 ブチュルルルルルルルルルルル! 

 

「チョチョチョチョチョチョチョチョーイッ!!」

 

 鍋の中に大量のケチャップが投下されるのを目撃し、ケチャップをセシリアから引ったくった。

 

「なにをしますの疾風。邪魔をしないでくださいまし」

「邪魔するわっ! なに奇行に走ってるんだお前は!」

「失礼な! 写真より赤色が足りないからケチャップを足しただけですわ」

「足す量がオーバードーズしてるんだよ! これじゃあハッシュドビーフじゃなくてハッシュドケチャーだよ!」

 

 直ぐ様ハッシュドビーフの鍋に沈み行くケチャップ達を取り出して流しに捨てていく。それでもほとんどは底に沈んでしまった。

 

「大体赤色が足りないって。今も充分レッドカラーだろ。足す要素どこよ」

「ほら見てください、明らかに色味が薄いですわ!」

「煮込むうちに水分飛んで色も濃くなるんだよ、このままでも大丈夫なんだって。だからその両手に握り締めたタバスコを離しなさい! これ以上地獄絵図を展開するな! 一夏、鍋混ぜてて!」

「お、おう!」

 

 ガッとタバスコを入れようとするセシリアの両腕を必死に抑える。

 おかしい、俺達は料理をしているはずなのに何故格闘技をしているのだろう。

 

 スーパーから戻って来た俺達は一夏の家のキッチンを借りて各々料理を行っていた。

 

 一夏が全体サポート、俺も一夏と同じになるところだったが。皆から「セシリアのサポートを頼む!」と戦地に行く兵士を見送るような迫力で頼まれた。

 

 うん、最初は上手くいってたんだよ。

 作業も手際がいいし、なんで皆そんなにセシリアに料理させたがらないのか理解できなかったが。

 

「よしっ! 後は煮込むだけやな」と思っていると。セシリアがジッと鍋を見た後に冷蔵庫からケチャップを取り出し、キャップではなく蓋ごと外して鍋に投入した時はムンクの叫びになったわ。

 

「いいから離せセシリア。お前は充分頑張ったから後は俺に任せろ!」

「ちょっと! 美味しいところを横取りするきですの!?」

「美味しいを維持する為だ! 箒!」

「承知した」

「んなっ! 箒さん!? 疾風の味方をしますの!?」

「すまんセシリア。私は疾風に大きな借りがある」

「箒さーーーん!」

 

 カレイの煮付けに一段落をつけた箒がズールーズールーとセシリアを引きずってキッチン(戦場)から遠ざけた。

 

「分かっただろ疾風。なんで私達がここまで止めたのか」

「ああ、まさかセシリアがメシマズキャラだったとは………」

「意外でしょ。僕もそう思う」

 

 あいつ、家事とか料理とか全部使用人任せだったろうから経験がないんだろうけど。

 いやでもそれでもこれはない。

 

「今回なんてまだ可愛い方よ。シャルロットとラウラが転校してきた時に出されたサンドイッチときたら。ねえ一夏」

「あ、ああ。辛味と甘味と苦味と酸味が一気に襲いかかってきたな」

「なにそのマジカル」

 

 あの一夏でさえここまで渋い顔をするとは。ほんと何作ったのセシリア。

 

「なんでその時に言わなかったんだよ。こういうのは早めに治すに限るだろ」

「満面の笑みと善意が余りにも眩しくて………」

「………頑張れよ」

「無理」

 

 成績優秀、文部両道、才色兼備、不撓不屈の非の打ち所のない幼馴染みの新たな一面をまた垣間見てしまった。

 セシリア………お前ポンコツ属性も持ってたんだな。愛らしいぜチクショウ。

 

 しかし問題は目の前のハッシュドケチ………ハッシュドビーフ。

 ケチャップ結構入ったよなー、どないしよ…

 

 

 ポンっ。

 

 テーブルに並べられた五品目。

 各々が一夏の為に作りアピールするための物が四つ、と+Ω。

 

 箒達が一夏の顔をしきりにチラチラと見やり。セシリアがむすっとし、一夏は並べられた品々に感心。そして俺はなんとも気難しい顔。

 

「では、いただきます」

 

 先ず最初に目を引いたのがラウラの【おでん】

 コンニャク、はんぺん、ちくわが串にぶっ刺さったのは正しくおでんそのもの。なのだが。

 

「なんで焼き目がついてるんだ?」

「何を言っている。おでんとはバーベキューのような物だろう?」

「いや、ラウラ。おでんというのは普通煮込むものだぞ」

「な、なにっ? そんな馬鹿な、我が優秀な副官は日本のおでんはこういうものだと! 嘘をつくな疾風っ!」

 

 嘘じゃないよ。俺焼いたおでんなんて生まれてこのかた見たことないぞ。

 てかまた出てきたな副官。どんな知識ひけらかしてんだ。こいつ素直だから信じてるじゃないか。

 もしかして、ラウラの嫁発言もその副官のせいではなかろうか。

 

 興味半分困惑半分のままパクリ。

 

「ど、どうだ一夏」

「ん、意外と美味い!」

「そうか! よかった!」

 

 極限状態から脱したラウラは大きく息を吐いた。汗がやばい。

 普通のおでんと違って味がしみてないが、香ばしく焼かれたおでんと味噌ダレ(一夏作)が上手く絡んでいる。

 

 次は鈴の肉じゃが。

 見た目は不揃いでジャガイモが他と同じぐらいの大きさになっている。

 本人は偉く自信満々だ。ある意味セシリアと同じタイプだよな、鈴って。

 だが料理は見た目だけではないということを俺は先程思い知った。

 

「どうよ?」

「(見た目はアレだが)美味いな。短時間なのに味がよく染みてる」

「ふふん、これには裏技があるのよ」

「鈴、後で教えてくれるか?」

「え? ああ、良いわよ。………あんたが良かったら二人っきりで………」

「なんか言ったか?」

「な、なんでもないわよ! ほらもっと食べなさい一杯作ったから!!」

 

 照れ隠しは肉じゃがの味。あれよあれよと一夏の皿に肉じゃがの山が。

 

 次はシャルロットと箒だが。この二人の安心感は半端ではなかった。

 

 最初にシャルロットの唐揚げだが。

 

「んんっ! ジュワっと肉汁が」

「肉柔らかいな!」

「揚げる前にお肉を大根おろしに漬けてたんだよ。前にテレビでやってたのを思い出して」

 

 いや、これは文句無しに美味い。皮も揚げたてでパリパリ、味も濃すぎずの丁度良い案配。多分冷めても美味いぞこれは。

 弁当に入れたいレベル筆頭だ。

 

 お次は箒のカレイの煮付け。

 テレビで良くみるバッテン模様には何故か食欲をそそられる。

 

「んんっ! 魚が口のなかで勝手にほぐれたぞ!」

「箒って料理美味いわよね、くやしいけど」

「一夏は、どうだ?」

「箒………成長したなっ」

「い、一夏どうした!? なんか涙ぐんでないか!?」

 

 何故か一夏が感極まって涙を浮かべた。

 二人は幼馴染み、きっとその時に何かあったんだろうなぁ。

 

 結論から言うと、ラバーズが各々作った料理は全部美味かった。美味かった。

 

 さて、現実から目を背ける時間は終わり。

 中央にドンっと配置された赤い鍋に入ったハッシュドビーフに目を向けた。

 

 手遅れギリギリだったが。ケチャップ味強めのハッシュドビーフになったのではないか。

 もしかしたら入れる前に疾風の目を掻い潜ってセシリアがアバンギャルドなアレンジを加えたのではないかと、セシリア以外は戦々恐々としている。

 

「(疾風、どうなんだ)」

「(食べればわかる)」

 

 お玉を使って皆の皿によそっていく。

 元の色が赤のせいで、味の予想がつきづらい。

 

 皆の視線が俺に突き刺さる。「お前が先に逝け」と口にしなくても伝わってくる。意志疎通が通じるって素晴らしい。

 

「では、僭越ながら俺がどくーーゲフンゲフン。食べさせて頂きます」

「今毒味って言いかけませんでしたか」

「言ってないヨ」

 

 見た目は普通のハッシュドビーフの色である赤。

 特に迷うことなくスプーンを潜らせ、口に運んだ。

 

(ゴクリッ)

 

 一様に唾を飲み込むセシリアクッキングの恐ろしさを知っている面々。

 

 咀嚼、そして飲み込み、もう一度潜らせて食べる。

 それを二、三度繰り返した後。静かにスプーンを置いて。

 俺は平然とした顔で皆の顔を見る。

 

「さあ、お食べよ」

「いやそれだけかっ!?」

「味の感想を言いなさいよ!」

「お食べ、よっ」

「なんか圧が凄いよ……」

「行くしかあるまい」

「………なんですのこの空気」

「まあ、食べようぜ皆」

 

 一夏に促され、恐る恐るハッシュドビーフを掬い上げる。

 お互いを目配せし、心の中で「アーメン!」と叫んでパクリといった。

 

「むんっ!」

「んー!」

「んっ!」

「なっ!」

 

 皆の口から驚きが漏れた。

 その声色は悲ではなく、喜。

 

「美味い、だとっ!?」

「美味しいわよ! どういうこと!?」

 

 あの後。どう修正かければいいか分からない料理初心者の俺は一夏にどうすればいいかと素直に頼んだ。

 そこからの一夏の動きは早かった。水を入れて薄めた後に、牛乳や中濃ソース、その他諸々を投入して煮込んだらあーら不思議。

 ハッシュドケチャーはハッシュドビーフに軌道修正して無事に着陸したのだ。

 

「ちょっとケチャップの主張はあるけど。美味しいね」

「うむ、良くやったぞ疾風。一等勲章を進呈しよう」

「いやいや、一重に織斑大先生のお陰だよ」

「そんな大層なもんじゃないって」

「そうよ。疾風があの時セシリアを力付くで止めなかったらどうなってたか」

「流石にタバスコが入ったら修正は難しかっただろうな」

 

 今回のMVPは、疾風・レーデルハイトのハッシュドビーフとなった。

 皆は心の中で「セシリアが料理するときは、絶対に疾風をつけよう」と心に誓ったのだった。

 

 皆が安堵の息を吐き、ようやく楽しげな食事会が再開されてるなか。

 納得のいっていないものが一人。

 

「皆さん、わたくしも作ったのですよ」

「下ごしらえだけでしょ」

「な、なんですって!?」

 

 人一倍負けず嫌いのセシリア・オルコット。自分も携わったのにも関わらず全く称賛の欠片もないことにご立腹であった。

 

「皆さん勘違いされてるようですが! わたくしの料理は最後の最後に挽回するのが常ですのよ!」

「料理は格闘技じゃないぞ?」

「こうなったら疾風! わたくしの一番の得意料理、英国式サンドイッチをもう一度作ってきますわ! 今度は更にグレードを上げて!」

 

 あれより上があるのか!? 皆の顔から血の気が引いた。

 

「至高の美味に卒倒すること間違いなしですわ!」

「血反吐吐いて卒倒の間違いだろう」

「なんてこといいますの! チェルシーのお墨付きで余りの美味しさに1日起き上がれない程と言っておりましたわ!」

 

 チェルシィィィ!! 

 日本から遠い英国の旧友の名前を叫んだ。

 お前、忠誠心高いのも考えものだぞ! 

 

「おい、まさかハロルドさんも食ったんじゃないだろうな」

「ハロルドも感極まって号泣していましたわ!」

 

 うぉぉぉぉい!! 

 教育係でもあるだろう貴方は! 親バカか? 親バカの気持ちでも発揮したのかあの過保護バトラーはっ!! 

 

「こうしてはおられません。一夏さん、台所をお借りします」

「バッカお前やめろ! これ以上英国の恥を晒すな!」

「ななななんてこと言いますの疾風っ!」

 

 意地でもキッチンに行こうとするセシリアを羽交い締めにして止める。

 他の奴らは自分達に飛び火しないように完無視を決め込んで料理を食べている。

 

 騒がしくも暖かい織斑宅のお茶の間。今日も俺達は平和を享受していた。

 

「離しなさい疾風ぇぇぇー!」

「こーとーわーるー!」

 

 いや俺は全然平和じゃなかったわ。

 

 

 

 




一週間投稿!イェイ!だが0時投稿は間に合わず!チクショッ!!

今回は料理回ということでいつもより5割り増しのポンコツお嬢の提供でお送りいたしました。

しかし、相も変わらずコロナが、やばい!
仕事が暇すぎて逆に辛い。忙しくて残業の方が心が楽なのは何故なのか。

さて、次のお話で夏休み編は終わります(ほんとか)
なんとか一話で納めたいです!はい!
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