IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「疾風様をお願いします」
「ふぇ?」
先程までセシリアを言いくるめていた菖蒲があっさりと疾風を任せたことにはセシリア驚いて変な声が出た。
一夏ラバーズの喧騒を常に見ていたセシリアにとってこれは正に未開のパターンだった。
何故ならあの四人はこと一夏に関しては譲り合いというものを知らない。
「それでは、また明日」
「ま、待ってください!」
「はい?」
思わず背中を向けようとした菖蒲をセシリアは呼び止めた。
何故、と言おうとしたが。疾風の手前言い出そうとするのを口が渋る。
セシリアの意図を理解した菖蒲は答えた。
「疾風様も早く部屋に戻った方が良いと思いました。その最適解がセシリア様に任せることだというだけです」
「そんな、あっさりと」
「私の都合で疾風様に迷惑をかける訳にはいかないでしょう?」
当たり前のことを言われてセシリアはうっ、と喉を詰まらせた。
一礼したあとに職員室に向かった彼女を眺めながら、セシリアは未だ混乱の渦中にいた。
「セシリア?」
「は、はいなんでしょう!?」
「なんの話か説明してほしい。プラチャでも使った?」
「貴方には関係ない話です」
「ああそうかい」
ピシャリと言われたら黙るしかないが、納得など出来るわけもなかった。
「セシリア。俺は一人で大丈夫だから、お前は帰れ」
ぶっきらぼうにセシリアから離れ、壁を伝いながら引きずるように進んでいった。
痩せ我慢が見え隠れしてる彼の姿に見るに見かねたセシリアは、疾風の了承を得ずに彼の腕を自身の首の後ろに回し、右手で彼の右肩に手を伸ばした。
「結構重いですわね」
「お、おい」
「勘違いしないでくださいまし、別に特別な意図はありません。ただ貴方のそんな姿は見苦しいと思ったので手を貸したまでです。それにここから貴方の部屋まで距離があります、途中で倒れたら困るのは貴方でしょう? だから手を貸すのです。くれぐれも勘違いなさらぬように」
「うわすげー早口」
半ば自分に言い聞かせるように言い放つ。
我ながら可愛くないと思いつつ、直ぐにそんなことを考える必要はないとセシリアは自分を戒めた。
「分かった。ありがとうセシリア」
「どういたしまして。早く行きますわよ、誰かに見つかって変な噂を流されるのはたまったものでは無いですからね!」
「変な噂とは」
「聞かないでくださいまし!」
「耳元で叫ぶな」
ーーー◇ーーー
会話がねえ。
時間帯が時間帯なので一言も喋らずに進む学校の廊下は大変静か。
小さい足音以外聞こえない廊下は電気がついていても中々ホラーシチュ。
「しかし腹が減ったな」
「何か作って差し上げましょうか?」
「うん、やめて」
「何故ですの」
「馬鹿野郎」
「行きなり罵倒しないでくださいまし」
何を血迷ってるんだ俺はわざわざカオス現状を思い出すようなことを言う必要なんてないだろう。
また大きい声出される。と思ったがセシリアは少しむくれるだけでまた黙った。
うん、やっぱりなんかおかしいよな。
「なあ、なんかあったのかよ」
「へ?」
「朝から調子が悪いというか。妙に落ち着いてなかったというか。さっきの奇怪な反応もそうだし。なんか嫌なことでもあった?」
「わたくしそんなに分かりやすいですか?」
「その口振りだと結構言われたみたいだな」
「え、ええ」
普段弱音や弱った姿を見せようとしない気丈なな彼女が気丈になりきれない。
一昨日までは普段通りだった。となれば昨日何かがあったのか。となれば………
「もしかしてお前さ」
「っ!」
「菖蒲と……」
「ハアアァァ!!!」
ジャキン! バラララ!
非日常的な音が俺の言葉を遮った。
「な、なんぞ?」
曲がり角を曲がると俺と一夏の部屋なのだが。その方向から聞き覚えのある雄叫びと。何かを切り裂いて落ちた音が聞こえた。
「今のは、まさか」
「行けセシリア。俺はここに居るから、何かあったら連絡してくれ」
支えていた俺を離し、セシリアは一夏の部屋に直行する。
ドアは何かで切りつけられたかのようにバラバラにされており、ISの武装によるものだとセシリアは即事理解した。
中を覗いてみると。
「叫び声がしたと思って襲われてると思って斬り込んでみたらこれはなんだ一夏!! 女を連れ込んで破廉恥極まりない行為をしおって。恥を知れ!」
「ご、誤解だ箒! 襲われてるのはあながち間違いではないが落ち着け!」
目の前には空裂を手にした箒、顔面蒼白な一夏、そして裸に直接エプロンの生徒会長…………裸にエプロン?
「あの、いったいこれは」
「むっ、セシリアか。すまん、今お前の相手をしている暇はない」
「そのようですわね。それはそうと先ずはその刀をしまわれては?」
「はっ!」
セシリアに指摘されて箒は慌てて空裂をしまった。
これで少しは収まったとセシリアは安堵した、が。
「やーん、一夏くん。お姉さんコワーイ」
「た、楯無さん何を!?」
「あら、お姉さんに抱きつかれるのは嫌?」
「いまそういう話は…」
むぎゅっと豊満な胸を一夏に押し付ける楯無、そして満更でもない一夏。
再び箒の堪忍袋が切れた。
「一夏、貴様はいつからそんな……」
「ほ、箒さん?」
箒の右手に展開光が集まり、コールされたのはIS用ブレード……ではなく竹製の刀、竹刀だった。
セシリアには見覚えがあった。名は確か『一夏折檻用竹刀』。
「女子を連れ込み破廉恥な行為を公衆に晒す。大和男児にあるまじき不貞。同門の私が叩き直す!」
「やめろ箒! だから誤解だと」
「問答無用!」
風が鳴る勢いで一夏折檻用竹刀が振り下ろされる。
咄嗟にガードすることが出来ない一夏との間に入ったのは楯無だった。
パンっ! 竹が鳴る音と共に竹刀が楯無の扇子で止められ、逆の手に持っていたもう一つの扇子が箒の顎をクイっと上げた。
「うっ!」
「勝負あり。ごめんね、からかいすぎちゃって」
完全に首をとられたことと。謝ってはいるが、いつもと同じ笑みを浮かべる楯無に箒は二重の意味で困惑した。
「箒さん。ひとまず剣を納めましょう。一夏さんの処遇は話を聞いてからでも遅くはないでしょう」
「む、むう」
「わたくしは置いてきた疾風を回収します。生徒会長、その間に着替えておいて下さいね?」
セシリアはそれだけを言って切り裂かれたドアを通った。
「疾風君の反応も見たいからこのままというのも」
「「とっとと着替えて下さい!!」」
ーーー◇ーーー
「ん、美味いな、このいなり寿司」
「ほんとねー。箒ちゃんは文部両道、料理をさせても上手いのね」
「ごめんなさいね箒さん。わたくしまで頂いてしまって」
「いや、元々疾風と………一夏にあげるつもりだったんだ。いっぱい作ってしまったから、1人2人増えたところでどうということはない」
あのあとセシリアに連れられるとなんとドアが粉微塵。
裸エプロン先輩はなんとか制服を来てくれたようで、今は箒が恐らく一夏用に作ってくれたいなり寿司で夕食を取っていた。
こんな殺伐とした現場なのに我ながらほのぼのしてる。どーしよあのドア。
「ところで一夏、どうだ?」
「何が?」
「味だ、味! 作りすぎたからお裾分けに来たというのに、味の感想も無しかお前は」
素直じゃない。一夏以外の面々は思ったのだが、それを言うのは野暮だと黙っていなり寿司をパクついた。
「ん、そうだな。なんか懐かしい味だ、何だっけな………ああそうだ! 小学生の頃に道場で箒の母さんに貰った味に似てる気がする」
「そ、そうか。実はそのレシピを元に作ってみたんだが。上手くいってよかった」
「ああ、ほんと美味い! 箒は良い嫁さんになれるな」
「お、お嫁さん………」
一夏の言葉に箒の乙女回路がフル回転。
もはや予定調和だし放置した方が箒にとっても特なので触れないことにした。
いつもこんな感じ?という会長の視線に無言で肯定する。
「全く会長、無闇に火種を撒かないでください。箒のドア破壊については織斑先生にちゃんと擁護しといて下さいね?」
「はーい」
箒が言うに。一夏にいなり寿司を届けようとしたらドアの向こうから一夏の悲鳴が聞こえ、襲撃者が来たと勘違いしてドアをISで突破したという。
結果はお察しだったが。
ドアがなくなったという大事件があった。
だが俺にとってそれに匹敵するぐらい気になることがある。
「会長。一ついいですか?」
「んー?」
「気のせいでしょうか。明らかに俺と一夏のものではない私物が大量に置かれているのですが。あれは一体」
「うん、私のだもの」
「いや、何故ですか?」
「だって私しばらく此処で暮らすんだもの」
「は?」
生徒会長の爆弾発言に、一同箸が止まった。
「あ、あの。楯無さん? 今なんて?」
「だから私、今日からしばらく一夏君と同居するから。宜しくね一夏君」
「ヴェっ!?」
この1日で会長の人格を理解した一夏にとってもはや処刑宣告に等しかった。
「ど、どうしてですか!?」
「ほら、私しばらく一夏君の専属コーチになったから。寝食を共にして波長を合わせるの」
「納得行きません! 織斑先生はこの事を知ってるのですか!?」
「うん、了承済み」
「なんとっ!?」
頼みの綱はとっくに切られてたらしい。
「ちょっと待ってください。その場合疾風はどうなりますの?」
「引っ越して貰うわ」
「なんですって?」
「荷物はもう運び終えといたから」
「あっ! よく見たら俺の私物何処にもねえ!」
急いで引き出しや衣装ケースを引っ張ると見事女物ばかり。
中段あたりを引くと、下着らしきものが目の前に。
「あ、そこ私の下着入ってるとこ」
「は、疾風!!」
「事故! 事故だから!!」
あっさり罠にかかってしまった自分を情けなく思いながらテーブルに戻った。
目線が上がらない………
「疾風君ってR18本一冊も持ってないのね。枯れてるの?」
「プライバシーの侵害というもの知ってます!?」
「あ、デジタル派?」
「しばきますよ!!?」
今訴えても、駄目だ勝てるイメージがねえ!
これ以上この人を好き勝手に喋らせる訳にはいかない!
「ということは、俺は独り暮らしですか?」
「ううん。あなたは虚ちゃんと同室」
「馬鹿なんですか?」
心の底から言ってしまった。
「護衛よ護衛。いくら疾風君でも一人で部屋にいるなんて無用心でしょ? ちゃんと虚ちゃんは了承してくれたから無理矢理じゃないわよ?」
「なんで了承したんだ……」
言ってることは分かるけど。
なんか納得いかないのは決して間違いではないと思うんだ。
「じゃあ、俺は行くわ。ってなんか変な感じだよ。会長、頼むから一夏に手出さないで下さいよ」
「もう。大丈夫よ、私そこまで飢えてないし」
「それなら良いですけど……」
「一夏君から手を出したら、分からないけど」
「一夏!」
「わー! 待て待て! 俺は何も言ってないぞ! 楯無さん! そういうこと言うのやめてください!」
「あらあらごめんなさい」
コロコロと笑う楯無さん。
大丈夫かな一夏。内なる獣目覚めたりしないよな?
「んじゃあ、おやすみ。一夏、無事でいろよ」
「何かあったらすぐ助けに行くからな! 遠慮するなよ!」
「一夏さん、どうかご無事で」
「あ、ありがとう。おやすみ皆」
バタンと、そういう音がないのは当たり前だ。何故なら扉がバラバラだから……
箒と別れた後、俺は会長に貰った新しい鍵を片手に自分の部屋へ帰る為にソワソワと落ち着かない足取りで歩く。
そして何故か後ろにはセシリアが。
「セシリア、もうお前の部屋過ぎたぞ?」
「同居人の顔を一目見ておこうと思いまして。虚さんとはどのような人なのです?」
「のほほんさんのお姉さんで、生徒会会計。真面目でいい人だよ」
「そうですか」
聞いた後でも帰ろうとしないセシリアを追い返す気力もないのでそのまま部屋に到着。
とりあえずインターホンを鳴らすことにした。
出てきたのは私服姿の虚先輩。
「お疲れ様レーデルハイト君」
「そう言ってくれるってことは全部知ってるんですね」
「うん。ということでしばらく宜しくね。あら? 貴女は確か」
「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットと申します。今回疾風がお世話になるので一つ挨拶をと」
お前は俺の親か。
「それはわざわざどうも。立ち話もなんだから入る?」
「え、いや。顔を見に来ただけですのでわたくしはこれで」
なんでそこで日和る。
楯無の側近ということで警戒していたセシリアだったが。俺の言葉通り真面目そうな人が出てきて、そこからのアクションは用意していなかったのである。
「それでは疾風をくれぐれも宜しくお願いします。疾風、くれぐれもご迷惑をかけないないように」
お前は俺の親かパート2。
部屋に入ってみると、一夏の私物が虚先輩のに変わったぐらいで特に変わったところはなかった。
いやまて本当に変わってないんだけど?
棚にある本やDVD、その他私物の位置が前の部屋と同じ位置に収まっており、一瞬新しい部屋ということを忘れかけた。
え、なにこれ逆に怖いんですけど。
「レーデルハイト君の部屋を参考に置き直してみたんだけど。無くなってるものとかあった?」
「え、虚先輩が荷解きしたんですか?」
「私としては本人にやらせた方が良いと思ったんだけど、会長の指示でね。でもやるからにはしっかりやらないとと思って」
いや。しっかりの範疇越えてるんですけど。
会長といい虚先輩といい生徒会って凄い人しかいないのか。のほほんさんはああ見えて整備スキル凄いし。
「夕御飯は」
「食べてきました」
「じゃあ紅茶をいれようかしら。飲む?」
「お願いします」
数分待つと香り鮮やかな紅茶が目の前に。ここからでも良い香りが。
虚先輩の紅茶は本当に上手い。昨日初めて生徒会室に赴いて来た時、出された紅茶に俺は文字通り下を巻いたのだ。
これが紅茶か、と思ってしまうレベルの美味しさだった。でも甘党の俺にしては少し苦かったかな。とても美味しいことには変わりはないが。
そう思いながら口にすると。俺は目を瞬いた。
「あれ、少し甘い」
「昨日飲んだとき少し渋そうな顔してたでしょ? だから今日はお砂糖加えてみたんだけど。美味しくなかった?」
「いえ、とても飲みやすくて美味しいです」
「よかった」
まさか昨日の俺の表情だけで紅茶の味を調整したのか、何者だこの人は。
虚さんは優しく笑った後に自分の紅茶を飲んでホッと息を吐いた。
「あまり緊張しないで。というのは無理があるかしら」
「異性と同棲なんて初めてですし……」
「私もそうよ。でもそんな肩を張ってばかりだと苦しいでしょ?」
「は、はい」
「安心して。私はお嬢様と違って弾けてないから」
そう言うってことは会長の人となりは把握しているか。まあ当然か。
「会長っていつもこんな滅茶苦茶なんですか?」
「今に始まったことではない。というぐらいには」
「虚先輩も大変ですね」
「もう慣れたものだけどね」
「慣れるんですか、あれ」
「フフ。お嬢様、更識楯無は常に色々考えてるわ。私も全てを理解してる訳ではないけど。あの人がやることには何かしら必ず意味があるの」
確かに一夏のコーチングの件と同室の件は的を得てますけど。
やり方が一々派手だよ。
「レーデルハイト君に一つ忠告しとくけど。警戒しても予防しても絶対振り回されるから。覚悟しといてね?」
「怖いこと言わないで下さいよ!」
心を落ち着ける為に紅茶に口をつけた。
「あっつ!!」
ーーー◇ーーー
「はあ……」
「随分と疲弊してるな元ルームメイトよ。楯無さんから個人的なレッスン(意味深)でも受けたか?」
「そんなもの、あるわけないだろ……」
あれから3日、日に日にやつれてるように見える一夏は授業が終わると同時に机に倒れた。
「そっちはどうだ?」
「可もなく不可もなくといったところだな。紅茶が旨い」
「変わってくれ!」
「無理だよ」
というより嫌だよ。
「そんなに酷いのか?」
「酷いというか、心休まる時がない」
「というと?」
「………露出が」
「ああ」
一夏の一言で大方事情を理解できてしまった。
なにせ開幕一発裸エプロンを噛ましてくる会長だ。しかも俺にも見せようとしたとか。馬鹿かな?
「織斑君、レーデルハイト君。学食行こう!」
「たまには私たちと一緒に食べようよ」
「専用機持ちばっかりずるいよ」
女子にわあっと囲まれ昼御飯の誘いが殺到した。
もうIS学園に入学して結構たったけど、この押し寄せる圧倒的女子比率は少し堪えるものがあるな。贅沢言いやがってって怒られそうだが。
なにしろ圧というか、エネルギーが凄い。精神的疲労がヤバイ一夏は大丈夫だろうか。
「お邪魔します」
噂をすれば元凶登場。会長の手にはなにやら重箱五段のような包みがあって、ニコニコしながらこっちに向かってくる。
「一夏君、たまには教室で食べましょうよ。楽しいわよ、きっと」
そう言ってテキパキと机や椅子をセッティングするその手並みは、余りにも鮮やかかつスムーズで、周りはただ見惚れるだけだった。
これだよ。有無を言わせず流れ作って掴む力。会長はそれがずば抜けている。
そして会長がお弁当を広げていくと、周りはどよめいた。
その中身は伊勢海老やらホタテやら、牛肉のステーキ、デザートまである。いやいやこれはもう弁当ってレベルじゃねえぞ。
「これどうやって作ったんですか?」
「ん? 早起きしてよ?」
「そういう意味じゃなくて」
ごく当たり前のように言う会長だけど、朝から重箱詰め込むなんて誰でも出来るようなもんじゃないと思う。
「一夏君、はい。あーん」
「へ? あむ………」
会長の箸が一夏の口にピーマンの肉詰めを放り込んだ。
モグモグゴクンと飲み込む一夏と「美味しい?」と笑う会長はなんというか微笑ましい雰囲気
情報量の多さに凍りついている女子は約数秒の解凍期間をもって解き放たれた。
「え、え、えぇぇぇえええ!!?」
「織斑君と会長ってそういう関係!?」
「死んだ! 神は死んだ! いや元々いなかったんだ!!」
「こんな不条理を認めても良いのか!?」
「会長ズルい! 美人で完璧で彼氏持ちだなんて!」
「お姉様! 私たちのお姉様が!!」
「うおぉぉぉ! 身投げしてやるぅぅ!!」
久々の音爆弾に一夏は椅子から落ちそうになった。俺はとっさに耳を塞いだから無事だったが、色々ヤバイ発言が飛んでなかったか今?
ゾワッ。背後から覚えのある殺気が。
「一夏、こ、これはどういうわけだ!?」
「ちゃんと説明してくれるかな、織斑君」
「貴様、私という夫がいながら………」
一歩、また一歩と、一夏の死期が近づいている気がした。
一夏は悪くないのにこの有り様。これも本人が持つ業の深さ故か。
「ごめんくださーい!」
周囲がざわめく中、それに負けない声量を、出して入って来たのは、菖浦さんだった。後ろには鈴もいる。
「あわわ、なんかお取り込み中でしたか」
「一々怖じ気づかないの。ほら頑張りなさいよ」
クラス中が一斉に振り向いた為、菖浦は少し圧倒されるも、鈴が発破をかけて促した。
なんかいつの間にか仲良くなってるよな、あの二人。同じクラスで専用機持ちという共通点があるから通じるものがあるのだろうか。
「は、はい。ありがとうございます鈴様。あの、疾風様はいらっしゃいますか?」
「あらあら、誰かと思ったら菖浦ちゃんじゃない。久しぶりねえ」
精一杯な菖浦に答えたのは俺ではなく会長だった。
菖浦さんが会長を目にすると、手にもった包みを落としそうになった。
「さ、更識ご当主様!? な、何故一年の教室に!?」
「あん。ご当主なんて堅苦しい呼び方しないで。楯無先輩って呼んで。あ、たっちゃんでも良いわよ?」
「たっちゃ!? 駄目です駄目です! そんな恐れ多いこと、私には出来ません!!」
「もう、徳川の才女がそんな及び腰でどうするの?」
「そんな。だって更識様は」
会長の余りのフレンドリーぶりに、菖浦は更にあわあわと困惑してしまった。
会長の家って結構名家っぽいよな。使用人の家系が付くぐらいだし。
「菖蒲ちゃんストップ、言っちゃいけないとこまで言いかけてるわよ」
「あ、ごめんなさい」
「どうした菖蒲?」
「はい! 最近生徒会に忙しい疾風様の為に不詳徳川菖蒲、お弁当を作ってきました!」
これまた五段重ねの重箱弁当だった。
いました会長。やれば出来る理論は間違ってはいなかったらしいです。
「疾風様が元気になるようにと! 昨日のうちに仕込みをし、早朝から誠心誠意、粉骨砕身、一生懸命作らせて頂きました! 是非食べて貰えればと……あら?」
トテトテと小さな足取りで俺達に近づいた菖浦の目に止まったのは、既に広がっている楯無さんの重箱弁当だった。
「あの。この広がっている豪華な重箱弁当は?」
「ごめんね菖蒲ちゃん、それ私の……被っちゃったね」
流石の楯無さんもアチャーと少しだけばつの悪い顔をする。
「か、被った、楯無ご当主様と………いえ! 味は少し。いいえ、そこまで見劣りしてはいないはずです! どうぞ疾風様!!」
ドンっと勢いよく疾風の目の前に乗せられた五段重ねの重箱弁当を前に、俺は呆気に取られていた。
重箱なんて運動会と正月しか見たことない。
「ラウラ様から聞きました。疲れている殿方には、手作りの、そして大量の料理を振る舞えと! なので、この徳川菖蒲! 思いきって五段重ねにしました! さあ、どうざ疾風様、お召し上がりください!」
よりによって一番あてにならない人選から引っ張ってきたな菖蒲よ。
ラウラが俺の後ろで得意気にフッと笑みを浮かべていた。
「菖蒲」
「はいっ!」
「俺なんかの為にここまで苦労して重箱弁当を作ってくれてありがとう。正直言ってすげー嬉しい」
「本当ですか!?」
パアッと、輝かんばかりの笑顔に、クラス中の女子がその健気さに胸を打たれた。
「だが、そんな素直で良い子な菖蒲さんの今後のことを考えて、あえて心を鬼にしようと思う……」
「?」
俺は目頭を押さえて、苦悶の表情を浮かべ、やっとの思いで口を動かした。
「重箱弁当を送るのは、ちょっと、いや、かなりやり過ぎだと思うぞ」
「と、というと………?」
「バッサリ言うと、非常識」
「ガーン!」
よろっと倒れそうになるのを必死に踏みとどまる菖浦さん、しかしその足は生まれたての子鹿よろしくプルプルと震えた。
後ろにいるラウラも、俺の言葉に動揺と驚きを隠せないでいた。
周りの人も「疾風君容赦ない」とヒソヒソ呟き始めた。
やめてくれ。これも彼女を思ってのことなんだ。
「ももも、申し訳ございません。私としたことが、そのような非常識かつ愚鈍な事をしてしまうとは。そしてあまつさえ疾風様にご迷惑をかけてしまうとは。この弁当は私が処理させて頂きます」
顔が真っ青になりながら菖蒲は重箱弁当を持ち去ろうと手を伸ばす。
その手が触れるより先に俺は自分のところに重箱を寄せた。
「は、疾風様?」
「まてまて、誰も食べないとは言ってないぞ」
「へ?」
包みをとき、空いているスペースに重箱を並べていくと、会長に負けず劣らずの豪華な弁当が顔を覗かせた。
「せっかく一生懸命作ってくれたんだ、俺が食べるよ。俺が言ってるのは此処までの代物を毎回やるのは疲れるし、大変だろって意味だから」
箸を取り出して、唐揚げを頬張り。ご飯を口に突っ込む。
「美味い。ありがとう菖蒲」
「は、疾風様…」
「でも流石に全部は食えなさそうだから、残りは夜に食べさせてもらうとするよ。弁当箱は洗って返すから」
「い、いえ! 疾風様にそんな労力をかけさせる訳にはいきません! 夕飯時に伺いますので。宜しいでしょうか?」
「ああ、うん。いいよ」
「ありがとうございます!」
パアアッと先程より数倍明るい笑顔の共に、努力が報われた菖蒲さんを見て、女子ズの心境は少し穏やかではなかった。
(やるな菖浦さん。私が一夏にやってもそこまで効果は。いや、私も重箱で攻めてみるか)
(なんですのあの空間は。なんかムカムカしますわ。いや待ってください何故ムカムカしますの?)
(てか、さりげなく部屋に上がり込む算段をつけたわよあの子! おとなしい子に見えてなんて大胆なの!)
(いいなぁ菖浦さん。僕も一夏に弁当作ってあげようかな。でも、気付かないだろうなぁ。僕の気持ちには)
(ふむ、結果的に良い方向に行ったな。流石私の副官だ、大義であったぞクラリッサ。しかし嫁は生徒会長の弁当に夢中だな。クッ。何度も言うが私という夫がいながら一夏の奴は! ええい我慢ならん!)
カッと自身の(自称)嫁に物申そうと大きく足を踏み込んだ。
「ラウラちゃん」
「な!? だから。ちゃんをつけるなと!」
「はい、あーん」
空いた口にだし巻き玉子を放り込まれて目を見開いた。
「っ!? モグモグモグ」
一瞬動きが止まるも、卵焼きを租借する。
「どう? おいしい?」
「むぐむぐ…………………うまい」
ラウラは苦虫を踏んだような顔をしたあと、絞り出すように感想を言う。
すると会長はニパッと向日葵のような笑顔。
「あは。褒められちゃった。おねーさん嬉しいなぁ」
「な!? べ、別に褒めてなどいない!!」
「まあまあ、照れない照れない。さて、皆も食べたい?」
会長が肉じゃがを箸で持ち、皆に食べるように促す。
「え、あっ、はい」
「お願いします」
「うんうん。おねーさんてば大人気♪」
味も見た目も文句なし、しかも皆が憧れる美人生徒会長に食べさせてもらえるとなって、場の全員は食べさせてもらえる満足感を、専用機持ちは圧倒的な料理の腕の差を認識させられ、なんとも言えない表情を浮かべながら食べるのだった。