IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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 番外編というやーつです。

 今回は五反田弾視点でお送り致します


第42,5話【五反田弾は頑張った】

 中華喫茶で一夏、疾風と別れた俺と疾風のダチ、村上はパンフレットを片手にブラリと広大なIS学園の敷地を渡り歩いていた。

 

「やっと、三分の一ってとこかぁ?」

「だな、広すぎるぜIS学園」

 

 世界に一つしかないという、歩いて分かるこの特別感。

 各々のクラスの出し物も、うちの学校祭と比べるにも烏滸がましいスケールで、パンフレットも普通と比べて二倍の厚みという。

 一夏の接客も見ようとも思ったが、絶えず途切れない行列に萎えた。

 

 しかしまぁ………

 

「これ一日で回れる気がしねえぞ」

「別にいいだろ、学園祭は明日もあるんだし、残りは次ってことでよ。お、可愛い子」

「マジで!? ………なんだ、違うじゃないか」

「いや、可愛いだろ?」

「可愛い、けど。あの人程じゃない」

「べた惚れかよ」

「おう、一目惚れって現実にあるもんだなぁ」

 

 そう、こうして歩いている間にも俺は『あの人』が居ないかと、目を光らせている。

 

 それはIS学園に来て直ぐの出来事だった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ついに! IS学園に! 来たぁぁぁあああ!!」

 

 雄叫び! 上げずにはいられない! 

 過去に例を見ないレベルでテンション有頂天な自分を押さえきれずに叫んでしまった。

 

 隣に居た同い年ぐらいの男子がビクッと驚いてしまったのはすまない! 

 

 ISを動かしたせいで男でありながらIS学園に入学した中学からの親友、織斑一夏からIS学園祭招待チケットを入手したという人生最大の幸運と言えるであろうイベントに遭遇し、見事女の園であるIS学園に足を踏み入れたのだ。

 これが幸運でなくてなんだというのか。

 

「そこのあなた」

「はい!?」

 

 少し厳しめの声に背筋がピーンと伸びた。

 まずい、少々はしゃぎすぎたか? 

 恐る恐る声のした方向性に振り向くと。五反田弾の時が止まった。

 

「っ!?」

 

 な、なんだこの人は。

 

「か、かわっ」

「え?」

「なんでもないですっ!」

「あなた、誰かの招待? 一応チケットを確認させてもらって良いかしら?」

「は、はい!」

 

 くしゃくしゃになったチケットをおぼつかない手付きで差し出した。

 

「配布者は……あら? 織斑君ね」

「え、えっと。知ってるんですか?」

「ここの学園生で、彼のことを知らない人はいないでしょう。はい、返すわね」

 

 ほんの少し口角を上げた表情に俺の心臓は冗談ではなく跳ね上がった。

 

 可愛い! いや美人? 違う、無茶苦茶可愛い美人だ! 

 

 眼鏡に三つ編み、いかにも仕事が出来ますという風紀委員に居そうなお堅そうな女性。

 年上だろうか? 少なくとも同い年には見えなかった。

 

 なんとかお知り合いになりたい! 

 その気持ち一色で普段考えない頭をフル稼働させた。

 

「あ、あのっ!」

「何かしら?」

「い、いい天気ですね!?」

「そうね」

「………」

 

 話題が、潰えた。

 

 気が付くとお姉さんは消え、代わりに見慣れた幼なじみがこちらに向かって走っていた。

 

「俺ってやつは………俺ってやつは………」

「ん? どうした弾?」

 

 何があったかわからないと、こらまた見慣れたとぼけ顔をよそに、俺の脳内に哀愁のテーマが流れていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 凛凛しいというのがピッタリな外見。真面目そうなその風貌は、俺のハートを見事に撃ち抜いたのだ。

 だけど、何処と無く可愛いと思ってしまった。

 

 俺の好みは金髪のゴイスーボディのアダルトレディだと思っていたが、実は違っていたらしい。

 ん? 年上というのは共通しているか? 

 

「あぁー何処にいるんだ、俺の女神様ー」

「そこまで昇華してんのかよ」

「まだチャンスがあると信じたい」

「でも玉砕したんだろ?」

「玉砕じゃねえよ、自爆したんだよ! お茶に誘おうと『良い天気ですね』と切り出してだな」

「その先が続かなかったと」

「ぐぅ」

 

 図星を突かれて撃ち落とされた俺は項垂れた。

 

 だってよー、俺ナンパなんかしたことねえんだぜ!? しようとしたことはあったけど! 

 やろうとしても綺麗な女性を前にすると、なんかどもっちまうんだよな、鈴とはなんでもねえのに。

 

 ………いや、あいつは女性というカテゴリではないか、なにしろ胸が。

 

「うぉっ!」

 

 どっかからか殺気が!? 

 

「どうした?」

「い、いや。なんでもねえよ」

「そうか。で、お前その人に会ってどうするんだ?」

「え? あー、えーっと。お茶に誘う」

「出来んの?」

「うぅ………」

 

 正直自信ないです、はい。

 

「たくっ、仕方ねえ。迷える子羊に手を差しのべるのもナイスガイの務め」

「は?」

「いいだろう、俺がお前の恋のキューピッドになってやろう!」

 

 ビシィっと指を差す村上は、俺とは対照的に自信に満ち溢れていた。

 

「マジで?」

「マジだ! 経験豊富な俺が導いてやろうじゃないか。因みに実績ありだぜ?」

「マジか!?」

「マジだ! いいか? 先ず出だしはだなぁ」

 

 村上が鼻を伸ばして得意気に話そうと口火を切ろうとすると、廊下の奥が一気に騒がしくなった。

 

「ん、なんだ?」

「なんか人だかり出来てんぞ」

「行ってみよう!」

「え? ちょ! 俺のナンパ講座はーー!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「だから、少し声かけただけだってば」

「ですが、貴女が強引に生徒を誘ったという目撃情報が多数発見されているのです。これ以上迷惑行為を繰り返すようなら、学園から退去して頂きます」

「おー怖い怖い。最近の女性は逞しい事この上ない。因みに俺はそういうの、めちゃくちゃタイプだぜ?」

「誰もそんなこと聞いていません」

 

 

 

 

 

「あー、すいません。あ、失礼しますー」

「なんなんだこの人口密度は。っうおっと!」

 

 人だかりを抜けると、輪の中心にはいかにも軽そうな二人組と………

 

「おぅ!?」

「どした?」

 

 あの人がいた。何やら揉めているようだが、それなのにも関わらず俺は彼女に見惚れてしまっていた。

 

 今朝門であったときと同じく。左脇にファイルを挟み、眼鏡をかけた理知的な女性。

 さっき一夏に教えてもらったリボンの色から三年生だとわかった、腕には生徒会と書かれた腕章が光っている。

 

「あの人か?」

「うん、あの人。やっぱ綺麗だなぁ、あと可愛い」

「可愛い…でもなんかお堅そうだぜ?」

「そこがいいんじゃないか!」

 

 パシンッ! 

 

 喧騒の中乾いた音が廊下に響く。見二人組の片割れの金髪が腕を押さえている。

 

「気安く触らないで。貴方みたいな女を女とも思ってない人、私は嫌いです。即刻この学園からお引き取りを」

「て、てめぇ」

 

 そこら辺の汚物を見るような絶対零度の視線を前に、金髪が青筋をピクピクさせた。

 

「お、おいやめろ。こいつ沸点低いんだから!」

「暴力に訴えますか? 直ぐに手を出すという行為に移るとは、女を口説く以外に頭を使えないのですか? このご時世でそのような手段をよういるというのは、ある意味勇敢ですね、勇敢は勇敢でも、蛮勇の類いですが」

「っ! このアマ! 下手に出れば調子に乗りやがって!」

「馬鹿やめろ!」

 

 相方の制止を聞かず、金髪が手を振り上げる。

 小さな悲鳴が各所から発せられるなか、生徒会の腕章を掲げた彼女は冷静沈着の一言だった。

 

 この程度のトラブルなど予測積み。学園最強の生徒会長の秘書的存在である彼女にとってこの程度の、些事に等しかった。

 向かってきた手を捻り上げてそれでおしまい。

 

 バシッ! 

 

「うっ」

「えっ?」

 

 だがそんなことなど梅雨ほど知らない赤茶毛の男は彼女の前に躍り出てその拳をモロにくらった。

 

「いってぇ」

「貴方…」

 

 呆気に取られる彼女の前で俺は自分より大柄の金髪を見上げて

 

「てめぇ! 男が女に手をあげるのは男として最低の行為だって教えられなかったのかよ!」

「はあ? んだお前」

「男の腕っぷしってのは女を守るためにあんだよ! 女尊男卑社会とかそんなの関係ねえ! 俺の爺さんも言ってたけどよ。こんなの漢のやることじゃねえ! そういうのは最低のクズ野郎のやることっ」

 

 ゴッ! 鈍い音が鳴った。

 力説する俺の主張は金髪野郎の拳によって、強制的にシャットアウトされた。

 勢いで吹っ飛ばされ、俺の身体は地面を滑った。

 

「げふっ!」

「弾!」

「はっ! なんだこいつ、女の子守ってナイトきどりかっつの!」

 

 プッと唾を吐いて見下す金髪を前に、村上は我慢の限界とばかりに突っ込もうとするが。先に動いた人物に止められた。

 

「チッ、しらけたぜ、おい帰るぞ。どっか近場のキャバにでも行っうぉおッ!?」

 

 突如、弾を殴り飛ばした金髪が、虚に投げ飛ばされ、そのまま後ろ手に拘束された。

 

「ガァっ! イテテテテテッ!!」

「誰か、先生方を呼んできて」

「………チッ!」

 

 薄情か、拘束された金髪を尻目に相方の男が一目散に逃げ出した。

 

「待ちなさい!」

「はっ! 待つと言って待つ馬鹿が何処にいるんだっつの! カッ!?」

 

 と、息巻いて逃げる男が崩れ落ちた。

 そこにはブラックスーツに身を包んだ学園最強の鬼教師が、出席簿を片手に仁王立ちしていた。

 

「待てと言われたら止まれ、アホが」

 

 聞きなれた、そして恐ろしい記憶を掘り起こされそうな声を最後に。

 目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

「………………んあっ」

 

 ………知らない天井だ、というより、ここで知らない場所なんていくらでもあるんだけども。

 ………いや、ほんとここ何処だよ。

 

「お、起きた! あぁー良かったぁー」

 

 村上がホッと息をついた。

 ゆっくり起き上がると、俺は白いカーテンに囲まれたベッドに身を置いていた。

 

「村上? なんで俺こんなとこに?」

「あの金髪に殴られて、お前頭打ったんだよ。MRIだっけ? あれに通されたお前見たとき生きた心地しなかったぜ。つーかMRIがある学校ってドンダケー」

 

 IS学園半端ねえな、とケラケラ笑う村上を前に徐々に記憶が戻ってきた。

 

「いやぁ、マジで良かったわ。弾、俺が誰か分かるか?」

「綺羅斗」

「下の名前で呼ぶな……いや、今回ばかりは目を瞑ろう」

「どんだけ寝てた?」

「一時間だな」

「お前、もしかしてずっと此処に居たのかよ」

「いんや、お前寝た後ぶらっと校内回ってたんだけどよ。なんか気が気じゃなくてよ、こっちに戻ってきた」

 

 なんてことだ、俺はこいつの貴重なIS学園ライフを削ってしまったということか。

 

「すまん! マジですまん!」

「気にしない気にしない、俺が勝手に待っただけなんだし。それに一人だと楽しめねえって」

 

 くっ、お前はなんて良いやつなんだ。もう確定だ、お前は俺の心の友だぜ! 

 感涙にむせび泣いていると、段々と覚醒していく頭が先程の出来事を鮮明に写し出していった。

 

「ん? ってことはなにか? 俺は横入って啖呵を切ったあげく、不意討ちくらってぶっ倒れたと?」

「おお、そのあと眼鏡の姉ちゃんが見事な背負投げ噛ましてよ。カッコ良かったな、あれは」

「おいおいおい」

 

 待て待て。俺、守ろうとして守られたってことじゃねえか! うわなにそれ格好悪っ! 勘違いエセヒーロー野郎じゃねえか! 

 しかも惚れた女の子の前で………

 

 余りに情けなくなって、ベッドに戻って頭から布団を被った。

 

「弾? 大丈夫か?」

「私は貝になりたい」

「おいおいしっかりしろって! 大丈夫だよ、さっきのお前、マジで漢って感じだったって! 今時居ねえってあんな度胸あるやつ」

 

 やめろ、言ってくれるな。

 

「いっそ殺してくれ………」

「弾くんやーい? 戻ってこーい」

 

 悲壮感MAX、あわや布団と同化しそうになる俺の耳に、ドアノック音が入った。

 

「失礼します」

 

 自動ドアの音と共に誰かが入ってきた。

 てか保健室まで自動ドアって、技術力のバーゲンセールだなIS学園。

 

 ………ん? 今の声って。

 

「入っていいかしら」

「どうぞー」

「っ!?」

 

 脳に張り付いた聞き覚えのある凛とした声に瞬時にスタンダップした俺の眼前に見えたのは。カーテンをめくる『あの人』の姿が。

 

「あ、起きたのね、具合はどう?」

「ハ、ハヒッ! 大丈夫です!」

「そう、良かったわ……」

 

 ホッと胸を撫で下ろす彼女に、俺の胸の辺りはボワボワと熱くなった。

 二人の様子を見た村上は、頭に電球が灯ったかのように閃いた! という顔をした。

 

「じゃあ生徒会のお姉さん、こいつお願いします!」

「はっ? おい村上? 何処行くんだよ」

「なにって、学園祭回るんだよ。ちょっと一人で回ってくるわー」

 

 おい待て! お前一人だと楽しめないとか言ってなかったか!? 

 そんな事知ったことかとばかりに保健室の自動ドアを通る村上は、廊下に出る前にひょこっと顔を出す。

 

「少年よ」

「お、おう」

「ファイト」

 

 激励をあげた村上はそれは大層な笑みを浮かべた後、颯爽と保健室から姿を消した。残ったのは俺とこの人だけ。

 

「行っちゃったけど、良かったの?」

「え、えーと」

 

 おいぃぃぃ! どうすんだこの状況!! 

 もう、秋なのに汗が止まらない、同時に冷や汗も出てきた。心臓なんか破裂するのではないかと鼓動を叩き込んでくる。

 おおお落ち着け五反田弾! こういうときは素数を数えろ!! 

 

 2、4、6、8、10………って違う! これは偶数だ!! 

 

「あの」

「は、はい!?」

「ごめんなさい」

「はいっ!? ………え?」

 

 突然頭を下げられて思考が停止するが、そんな事は知らずと彼女は言葉を続けた。

 

「学園を警備する立場にいながら、目の前の一般のお客様を守れないとは、本当に、ごめんなさい」

「え、え!? ちょっ! ちょっと待ってください!! 貴女はなにも悪くありませんよ! 俺が勝手にでしゃばって格好つけただけですから!」

「ですが………」

「それに、俺こう見えて頑丈ですから。あんなの、うちの爺ちゃんの鉄拳に比べたらヘナチョコパンチっすよ。だから顔を上げてくださいよ」

 

 アハハと陽気に笑うと、彼女は顔を上げた。

 

「……助けてくれてありがとう。貴方、勇敢なのね」

 

 慈しむような眼差しと笑みに心臓に本日中二度目の矢が突き刺さった。

 うおぉぉぉ! 笑った顔! 可愛い、可愛すぎる!! 

 その笑顔だけで俺は感無量です!!

 

「いやあ、そんな事ないっすよ! もう、体が勝手にババッと動いただけなので、文字通り無鉄砲なだけで。ていうか、全然役に立ってなかったですし。アハハハハ!」

「何かお礼できたらいいのだけれど」

「そ、そんな滅相もないです!」

「そう? 遠慮しなくてもいいのよ?」

 

 むむむ、見た目通り律儀な人なんだな。しかしお礼か………保健室で男女が二人で頼むことと言えば………。

 

 ボゴォッ! 

 

「え、ちょっとっ?」

「すいません、自分の中の悪霊をですね!」

「は、はぁ」

 

 全力で自信の頬を殴って煩悩を吹き飛ばした。

 俺は何を考えてんだド畜生! 

 ああ、もう引かれちまってるじゃねえかよぉ。

 ええぃ! こうなりゃヤケクソだぁぁぁ!! 

 

「あ、あの!」

「ん?」

「このあとお時間ありますでしょうかぁっ!」

「え?」

 

 

 

 

 

 ところかわって、ここはIS学園一年二組の『中華喫茶』。

 すなわち鈴がいるクラスである。

 

「いらっしゃいませ………ってまたあんたなの?」

「ま、またとは何だ。またって」

 

 仕方ねえだろ、ここしか良いの浮かばなかったんだからさ。

 初っぱなから不届きなチャイナ幼馴染みは、後ろにいる彼女と俺を交互に見比べた後、怪訝な表情を浮かべた。

 

「なにあんた、ナンパでもしたの? 見た目と違ってシャイなヘタレの癖に」

「違えよっ、いや違くないかもしれないけど。と、とりあえず案内宜しく!」

「あっそ。まあいいわ、こちらの席にどうぞ」

 

 促された席に向かい合って座る俺と彼女。

 つい先程男四人で入ったとこと同じとはお前ない程、俺はガッチガチに緊張していた。

 

「御注文は何になさいますか?」

「ジャスミン茶を一つ」

「お、おお俺も同じものを!」

「畏まりました」

 

 鈴は注文を受け取ると何処か哀れむような、又は心配そうな眼差しを向けながらバックヤードに消えていった。

 

「凰さんと仲いいのね」

「まあ腐れ縁ってやつですよ! アハハ」

「そう」

「………」

「………」

 

 会話が続かねえ………! 

 

 どうした俺! 脳内シミュレートではハーレム主人公も真っ青な口説きトークを練習していただろうが! 

 あの饒舌なトーク力は飾りか! 所詮妄想の産物ってか!? 

 

 チラッと向かいの彼女に目を移す。

 眼鏡に三編み、端正の取れた容姿は一見すると固そうに見えるが、決して刺々している感じではない。

 

 なんというか、凄腕のキャリアウーマンみたいな感じ……そう、大人の魅力ってやつだ。

 んんっ。やっぱり、何度見ても美人さんだなぁ。こんな人、俺の学校にいねえよ。

 ていうか、未だに俺この人の名前知らない。いや、そもそも自分の名前も教えてないじゃないか。

 

「あ、あの、俺の名前は……」

「お客様、ご注文のジャスミン茶で御座います」

「あ、どうも」

 

 クゥっ! なんというタイミングか! 

 

「って、あれ? あんた確か疾風の」

 

 そこには、先程羞恥に耐えきれず、教室を飛び出した徳川さんが。あれから結構時間たつし、持ち直したというところか。

 

「あ、貴方は一夏様のご友人の」

「お、おう。接客大丈夫か?」

「は、はい。なんとか」

「そうか、頑張ってね」

「ありがとうございます、それではごゆっくり」

 

 ペコリとお辞儀した徳川さんは、やはり恥ずかしいのか、足早に離れていった。

 

「「………」」

 

 そして再び始まる沈黙空間。

 なんとか打開しようと、頭に浮かんだ仮想プランの引き出しを開けた。

 

「あ、あのご趣味は」

「読書です」

「そ、そうですか」

「………」

「………」

 

 お見合いか! だからなんで続かないんだ会話! 

 鈴や徳川さんとはあんなにスラスラ話せるというのに!! 

 このヘタレ野郎! 

 

 自分自身の心を滅多打ちにする。それほどまでに口の回らない自分を恨みたかった。

 

「ごめんなさいね」

「はい?」

「せっかく誘ってくれたのに、こんな会話の続かない無愛想な女で」

「いえ、そんな……」

 

 取り繕うとするも、彼女は悟ったように首をふった。

 

「事務的な話なら慣れているのだけれども。私、男の人と一対一でお茶をするのは初めてなの」

「そうなんですか? 美人さんなのに」

「あら、お上手ね」

「いやいや、本当にそう思ってるんですよ」

「ふふ、ありがとう」

 

 笑った彼女は両手でジャスミン茶を一口含む。飲む仕草も美しい。

 

「私ね、生徒会の一員として生徒会長であるお嬢様と学園を守ってきて。あまり女の子らしいことなんてしなかったわ。風紀委員でもないのに、あれこれ注意して回ったり。規律を守る為に動いたり。気付けば三年生になって、一部ではお局様とか言われちゃってね」

 

 おもむろに語りながら彼女はまた笑う、だけどさっきより暗めな笑みだった。

 

「さっきの軽薄な男みたいな誘いじゃなくて。貴方みたいに純粋にお茶を誘われたのは、正直嬉しかったわ。実際私、女の子らしくないし。誘われるなんて稀だから」

「か、買い被りすぎですよ。俺だってあわよくばお近づきになれたらとか思ってましたし、根っこは同じっすよ。それに……」

 

 すー、と息を整えて言葉を口にする。予め考えていた言葉などとうに消えていたが、これだけはスラッと言えた。

 

「さっき、女の子らしくないと言っていましたがそんな事ありません! 俺から見たら貴女は十分魅力的で可愛らしい普通の女の子です!!」

 

 周りに他の客が居ないせいで声は教室中に響き渡り、廊下にまで達した。

 対する彼女もお茶を両手に持ったままパチクリと目を瞬いた。

 周りがシーンと静まる中、俺はようやく自分の言った事に気づいた。

 

 あれ? これまるっきり告白じゃないか? 

 

 途端に全身が一気に沸騰したかのように熱をもった。

 

「すすすいません、唐突に変なことをあっつあっ!」

 

 慌てて動いたせいでテーブルのお茶を盛大に溢し、ズボンに染みを作った。

 

「大丈夫ですかっ?」

 

 透かさず虚がハンカチを取り出して弾のズボンにあてる。

 

「「ーーーっ!」」

 

 ふと、二人の目があう。

 弾の顔は照れと羞恥で赤く染まり、虚もつられて頬を桃色に染めた。

 

「「あ、あの」」

「お客様大丈夫ですか!?」

 

 またも良いタイミングで登場した徳川さんの介入に俺と虚さんは自然(風に装って)離れた。

 

「大丈夫です、ちょっと引っ掻けただけなんで」

「ほら、これで拭きなさいよ」

 

 バフッと顔面に冷えたタオルが被さる、投げたのは勿論鈴だ。

 ほんと、客にする態度じゃない気がする。まあ、丁寧な鈴なんて気持ち悪い気もするが。

 

「あ、鈴ちゃんと菖蒲ちゃんハッケーン! と、ついでに虚ちゃんも発見!」

 

 テンション高めの水色髪の女子の登場に、鈴はあからさまに顔をしかめる。

 

「ゲッ、生徒会長」

「楯無様?」

「二人とも、今抜けれる? 抜けれなくても連れていくけど」

「調度交代の時間なので抜けれますけど、私達になにか?」

「ふふん、実は生徒会の企画に参加して欲しいのよ。ということで、今から第4アリーナの更衣室に行って頂戴」

 

 おぉ、なんか凄い押せ押せ系の人だな。

 てか生徒会長と言ったか。つまりあの人が。

 

「企画? なんかダルそう。それ参加しなきゃ駄目ですか?」

「一夏君関連だけど?」

「よし菖蒲行くわよ!!」

 

 乙女パワー全開の掌返しを発揮した鈴は徳川さんの引っ張って走り去った。

 

「ちょっと待ってください鈴様! せめて何か羽織らせて」

「駄目よ! 他のに先越される訳には行かないでしょうが!!」

「ひあぁぁぁぁ!」

 

 廊下に徳川さんの悲鳴が響く、彼女が学校で変わった目で見られないことを俺はこっそりと祈った。

 

「虚ちゃん、貴女も準備しといて頂戴な」

「畏まりました、お嬢様」

「むぅ、またお嬢様って呼んだ」

「申し訳ありません、会長」

 

 彼女ーーー虚と呼ばれた少女は濡れタオルをズボンに擦り付ける弾に目を向ける。

 

「ごめんなさい、短い時間だったけど」

「いえいえ、俺に構わず行ってくださいよ。あ、会計は俺がしときますんで」

「え?」

「男として見栄を張りたいんで」

「正直ね」

 

 目を細めて笑う彼女に俺は何度目か分からない魅了の魔法にかかった。

 

「じゃあ行きましょ、虚ちゃん」

「はい。では」

 

 軽く会釈をした虚さんは、会長さんと共に一年二組から姿を消した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おお、弾! あれ? 一人かよ」

「ああ、まあな……」

 

 合流した村上に渡されたタピオカジュースをすすった。

 甘い牛乳主体のドリンクと黒いタピオカが一斉に襲いかかる。タピオカをニャキニャキと歯で弄んでいると、村上がそれとなく話しかけてきた。

 

「んで? あのお姉さんとはどうなったよ」

「んんー、あー、えっと………緊張して殆ど会話出来なかった」

「かぁー! 勿体ねえ奴だなぁ!」

「うっせえ、これでも頑張ったんだ」

「メアドとか聞けたのかよ」

「メアドどころか名前も言えてねえ」

「はぁ!? 本末転倒じゃないかよ! 先ず自己紹介だろ自己紹介! せっかくお茶するってファーストミッション完了したのによぉ!」

 

 俺なんかファーストすら行けないのに! とタピオカジュースをズゴゴゴ! と啜った。

 

「なんか、大人って感じだった」

「ああ分かるわ……なんか収穫ないのか?」

「虚さんって、名前だけ」

「名前だけかぁ……」

 

 参ったなぁと言わんばかりに頭をかく村上と、無心でひたすらタピオカジュースを啜る俺。

 

「ヴァ、タピオカだけ残った」

「うわぁ、ありがち。これからどうするよ」

「そうだなぁ………」

 

 ピンポンパンポーン……

 

『まもなく、学園生徒会が主催する大型舞台演劇、シンデレラを開催致します。ご閲覧の方々は、第4アリーナまでお越しくださいませーーー繰り返しお伝え致しますーーー』

 

「お? 大型舞台演劇とは、なんかまた凄そうだな。行ってみね?」

「ああ、行くか!」

 

 コップに残ったタピオカを一気に口に放りこんで、走り出した。

 

 虚さんか、また会えるといいな………

 そんなことは無いだろうと思いながら、村上と共に第4アリーナとやらに向けて駆け出していった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いやー楽しみねー。どうなるかなぁー。ね、虚ちゃん、飛び入り生徒会長って映えると思わない?」

「ワンサイドゲームになるので止めてください。それよりも会長、例の組織の動きは」

「わかってるわよ、今のところ怪しい人物はいないけど。もしかしたらシンデレラで釣れちゃうかもね」

「そうなったら、生徒たちに被害が」

「その為の貴女たちでしよ? 頼りにしてるわ♪」

 

 ニコッと笑う彼女だが、目の奥では楯無としての鋭い覚悟が見えていた。

 道化を演じきれてるのか、きれていないのか。それも彼女の狙いなのだろうけども。

 

 しかし、彼女はその演技で並み居る人々を虜にし、協力者とする。

 人との繋がりは強さだ。連携をとれれば強大な悪鬼に立ち向かう強さだけでなく、守りにもなりうる。

 彼女の強さは多彩かつ柔軟であり、この混沌とした世界を渡り歩いている。それが更識楯無としての彼女なのだ。

 そして、布仏家はそれを補佐するもの。布仏家は更識家の矛であり盾、更識楯無が織斑一夏、疾風・レーデルハイトを守るというのならば、布仏家の従者はそのように動くだけだ。

 

「とーこーろーでー」

 

 ビシッと眼前に向けられた扇子に思わず身体が強張る。

 

「あの赤髪君とはどういう関係なのかしら!」

「………え?」

 

 楯無の顔は何時もの含んだ笑みより、遥かに悪戯心を纏った笑みを浮かべていた。

 あ、これは面倒なものだと虚は逃走経路を確認した。

 

「あのお堅い虚ちゃんが男と一対一のデートだなんて! 何かが起きたに違いないわ! さぁ話しなさい!」

「あの、会長。あれはデートではなく、お礼を兼ねた物と言いますか」

「シャラップ! あれがデートでなかったら何だと言うの! あの赤髪君はきっとデートだと思ってたに違いないわ!!」

「そ、そんなことは」

 

 虚は言葉の続きを模索しようとしたが、直前の弾の言動を思い出した。

 これ以上ないぐらい分かりやすく純粋な好意。

 ぶつけられ慣れてない虚は楯無の問いに回答出来なかった。

 

「あー、かいちょーとお姉ちゃんだぁ~」

 

 ぶんぶんと自分の丈より長い袖を振り回しながら本音が走ってきた。

 楯無の目が光った。

 

「大変よ! 本音ちゃん! 緊急事態よ!!」

「およっ? 例のそしきですかぁ~?」

「そんなことより重要なことよ! 虚ちゃんに男の気配がっ!」

「なんと!? それは本当ですか!?」

「お嬢様、明らかに亡国企業の方が重要だと思います」

 

 普段気だるげな本音の瞳が目一杯見開かれた。ここまで驚く本音を見たのはいつ以来だろうか。

 虚のツッコミもこの二人にはどこ吹く風だ。

 

「ふぁあ~、良かった良かった~。お姉ちゃん男っ気ないから、行き遅れるかと思ったけどぉー、そんな心配なかったね~」

「本音? それどういう意味かしら? あとお嬢様が言ったことは全部妄言だからね?」

「ノンっ! それは無いわ!」

「何故そう断言出来るのですか?」

「だって、虚ちゃんが男の人にあんな笑顔するの、珍しいじゃない?」

 

 珍しい? そんなことはない。一夏や疾風にも彼女は愛想を良くしているつもりだ。

 

「あんな慈愛を込めた目線、名残惜しそうな表情。ピカンと来たわ! これでも私、他人の恋路には鋭いのよ」

「慈愛って」

 

 バッと広げられた扇子には『春が来た!』と書かれていた。

 

「あの、会長。貴女もしかして私があの子に好意を抱いていると?」

「あら違う? 少なくとも私はそう思ったけど?」

(私が彼に?)

 

 ピンポンパンポーン………

 

『まもなく、学園生徒会が主催する大型舞台演劇、シンデレラを開催致します。ご閲覧の方々は、第4アリーナまでお越しくださいませーーー繰り返しお伝え致しますーーー』

 

「あら、時間切れね。続きは後程ね? じゃあ二人とも、頼んだわよ」

「畏まりました」

「畏まりました~」

 

 楯無はルンルンと満ち足りた様子で立ち去っていった。

 

「それで? お相手の人はどんな人~?」

「行くわよ本音」

「ああ~、無視しないでよぉ~」

 

 本音の問い掛けから逃げるように第4アリーナに歩を進めた。

 気を引き締めなければ、いつテロリストが向かってくるかは分からない以上、油断は禁物だ。

 先程の楯無の言葉を虚は頭から追い出していくと、不意に彼の言葉が蘇ってきた。

 

『さっき、女の子らしくないと言っていましたがそんな事ありません! お、俺から見たら貴女は十分魅力的で可愛らしい普通の女の子ですっ!!』

 

 顔を赤らめ、普通の女の子と言ってくれた彼。

 突然の事で驚いたが、虚は彼に女の子扱いされて、本の少し嬉しく思った。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「女の子の顔してる~」

 

 ゴチンと、いつの間にか追い付いてきた妹の頭部に拳骨が降りた。

 頬に手を当ててみたが、暑いかは分からなかった。心なしか手は暑い気がする。

 

「痛い~」

「下らないこと言ってないでさっさと行くわよ」

「は~い」

 

 再び引き離すように歩を進める。

 僅かに熱をもった顔に気付かないように更に足を速めた。

 

「そういえば………」

 

 彼の名前、聞いていなかった。

 

 虚は自分がどうあがいても少女であるのだと自覚してしまった事にむず痒さを感じながらも、また更に歩幅を伸ばしたのだった。

 

 今は目の前のことに集中と、雑念を払おうとしたが。

 この芽吹きかけた気持ちを無視するには。

 布仏虚は聡明すぎた。

 

 

 




 こんな裏話があったんじゃないかなーという妄想。

 一目惚れという線もあったかもしれないけど、こういうのもあっていいじゃない?
 まあ本音を言うとアニメ第二期に弾と虚が出なくて書きなぐった感があったpixiv時代でした。

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