IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「学園西側、不審者無し」
「東も同じだ」
「南も同じく」
学園のロッカールームの激闘の中、箒、鈴、セシリアは上空からの新手に備えていた。
「学園の皆や来客の避難は順調みたい」
「疾風と一夏さんは無事なのでしょうか」
「分からないが、私達は私達の出来る事をしよう」
箒の言葉に頷くセシリアと鈴のもとに司令塔から通信が届いた。
「学園の北側から、未確認のIS反応を確認!」
「三人とも、油断するな」
このタイミングで来るということは、間違いなくテロリストの仲間。
「食い止めるわよ」
緊迫感が三人を包む。この感覚は
生存を約束された模擬線ではなく、命のやり取りを行う戦場。
それぞれのハイパーセンサーに新手のIS反応がヒットする。
一体どのような面構えなのか。敵にカーソルを合わせ、ハイパーセンサーを望遠モードにして確認する。
「なっ!? あれは!」
「セシリア?」
ハイパーセンサーに写るその機影に、セシリアは思わず目を見開いた。
何故ならその機体を彼女は良く知っているから。
ブルー・ティアーズより濃い藍色。カスタム・スラスターは蝶の羽を模し、腰には6機の小型の自立端末兵器。
ティアーズ・コーポレーションの資料で見た、セシリアの機体とは別のBT試験機。
「あ、あれは。BT2号機、サイレント・ゼフィルス!?」
「BT2号機って。セシリアのブルー・ティアーズの後継機だというの!?」
「そんな物が何故こんなところに!」
セシリアが箒の問いに答えることはなかった。正確には出来なかった。
ブルー・ティアーズの強化プランだったものを2号機として組み上げたサイレント・ゼフィルスはティアーズ・コーポレーションで開発を進めていたIS。
他企業に譲ったという報告は来ていない。勿論、この日この場所であの機体が来るなど聞いたことはない。
今起きてる状況を踏まえて出せる答えは一つ。テロリストに強奪されたということ。
(なんということか、まさか奪われた? なんという失態! これではイギリスの世界的信頼が地に落ちてしまう!)
「セシリア何してんの! 撃って!」
「は、はい!」
鈴の龍砲から放たれた不可視の弾丸にセシリアは我に返り、スターライトMarkⅢの引金を引いた。
だが放たれた衝撃砲とビームはゼフィルスのシールド・ビット【エネルギー・アンブレラ】に阻まれる。
「なんなのよあいつ!」
「ならば、こちらも!」
腰のミサイルビットを起動し、ゼフィルスに撃つ。それを迎撃しようと、ゼフィルスは専用ライフル【
BT制御による不規則な軌道を持った四発のミサイルはスター・ブレイカーの射撃を躱し、目標に飛翔する。
セシリアは必中を確信したが、次の瞬間目の前で信じられない現象が発生した。
ビームが弧を描いて曲がり、撃ち放たれたミサイルビットを全て撃ち落としたのだ。
「「なっ!?」」
「今のはまさか。BT兵器の高稼働時にのみ可能な
あれはBT兵器の到達点。発射されたレーザーをいのままに歪曲、操作出来るという。正しく机上の空論と呼ばれた超上技術。
現在公式記録でのBT適正の最高率はセシリアだが彼女は発現できていない。
ましてや不埒な略奪者にフレキシブルを使用されたという現実がセシリアの胸に深々と突き刺さった。
「くっ!」
屈辱に奥歯をグッと噛みしめ、レーザービットを分離してサイレント・ゼフィルスに接近する。
「「セシリア!?」」
「はあぁぁぁ!!」
「ふん」
セシリアが雄叫びをあげ、スターライトMarkⅢとレーザービットの五門同時制御射撃を撃つ。
サイレント・ゼフィルスはつまらなそうにビットを操作。相手より二機多いレーザービットと二機のシールドビットで無力化する。
繰り出される敵のフレキシブルにセシリアは歯噛みする。
何故自分は使用できないのかという不条理な怒りを込めたセシリアの射撃も相手の動きとシールドビットに阻まれ、逆にセシリアのビットがフレキシブルで全て落とされた。
「そんな!」
「こんのぉ!!」
敵のビームを避けながら、鈴は崩拳と龍砲による同時不可視射撃を乱れ撃ちする。
だが見えないはずの不可視の砲撃を襲撃者は弾道予測と特徴的な大型スラスターでヒラリヒラリと正しく蝶のように躱していく。
「くぅっ! 当たらない!! 初見の衝撃砲がここまで当たらないってあるっ!?」
「ならば、接近戦で!」
紅椿が全身の展開装甲を展開し瞬時加速。
MAXスピードで襲撃者に双刀を降り下ろし、ゼフィルスはスター・ブレイカーにブレードを展開してそれを受け止める。
「これ以上好きにはやらせん!」
「篠ノ之束の妹か。第四世代機とはいえ、十全にこなさなければ意味もない」
「だからなんだ!」
箒の斬撃を軽々と躱しらいつの間にか周囲に配置された敵のビットから放たれた六条の紫光が紅椿に突き刺さって爆ぜた。
「箒! うぁっ!」
「きゃあ!」
乱れ撃ちされた敵のフレキシブルレーザーがヒット。三機は襲撃者の前で体勢を崩された。
「三人がかりでこれか。つまらんな」
襲撃者はセシリア達を一瞥した後、蝶のような大型スラスターを唸らせてその場を離脱する。
「あいつ、学園に!」
「逃すものですか!!」
セシリア達は急ぎ機体を立て直し、襲撃者の後を追った。
ーーー◇ーー
「楯無さん!」
「会長っ!」
突如現れた学園生徒会長の更識楯無をオータムは一時の迷いなく装甲脚を突き刺す。
突き刺された会長は力なくブランと吊るされ、二人は彼女の絶命を確信した。
だがオータムは違った。全身を突き刺し、排除したというのに、拭いきれない違和感を感じた。
何故こうも容易く殺せたのかと。
ロッカールームは完全にロック、唯一破壊された扉は瓦礫により隙間なく塞がれている。
この隔離されたこの空間に、誰にも気づかれず音もなく入りこんだ奴が何故こうもあっさりと。
そしてなにより、一番の不安材料は。
「なんだ、この手応えの無さは?」
「あら、穴だらけになっちゃったわ。これじゃあお嫁に行けないわね」
「!?」
何が起きているのか?
何故生きているのか?
何故何事も無かったかのように笑っているのか?
目の前の非現実的な光景にオータムは開いた口が塞がらなかった。
そこでオータムはやっと気づく。
全身を突き刺した楯無から流れているものが深紅の血液ではなく無色透明の液体であることを。
途端に楯無の体から色が消え、パシャっと音をたてて弾けた。
「これは、水か?」
「正解。それは私が作ったお人形さんよ♪」
いつから居たのか、オータムと一夏の間には、水色のISを纏った更識楯無が立っていた。
会長は手にもつランスをオータムに一閃、アラクネは回避するも、切っ先はシールドエネルギーを掠り火花を散らした。
「残念、掠っただけか。そのIS、見た目に反して中々の機動性をもってるのね」
「なんなんだよてめえは!」
「ふふっ。IS学園生徒会会長、更識楯無。そしてIS、
テロリストを前に、ポーズを決めながら自己紹介をする会長。
「なんだ、あのISは」
優雅な佇まいである会長のISの姿を見て、俺は思わず困惑する。
通常ISはフルスキンタイプを除いて全身を装甲を覆う必要はない。その理由はISの基本機能であるシールドエネルギーだ。
腕と足はISのパワーアシストと被弾率の高さから装甲が施され、胴体と下腹部は基本装甲を纏わずに無防備でありシールドエネルギーによって守られている。
更識楯無のミステリアス・レイディのその姿は様々なISのデータを見ている俺からすれば極端に装甲を覆う面積が少なかった。
だがそれを補うかのように波打っているような透明で薄い水膜が。装甲の代わりに彼女の全身を覆っている。
通常のISを甲冑鎧に例えるならば、ミステリアス・レイディのそれはドレスアーマー。
他のISとは一線を画する水色の機体の側には特徴的な物体が三個一対、合計六個の【アクア・クリスタル】と呼ばれる浮遊物から装甲の上を覆う物と同じ水のヴェールが搭乗者を守護するかのように覆う。
そして水は手に持った大型のランス【蒼流旋】の表面にも流れ、まるでドリルのように回転を始めていた。
彼女の足もとからも白い水蒸気が溢れ、浮遊した水滴が彼女を彩る。
手も足も出ず。自身が正しく絶体絶命である状態にも関わらず、水と霧を纏うISに俺は見惚れてしまった。
「ごちゃごちゃとうるせえんだよ! 今すぐ殺してやらぁ!」
「うふふ、なんて三流の下っ端が吐きそうな安台詞なのかしら。これじゃ私が勝つのは必然ね」
「言ってろやぁ!!」
アラクネの残った6本の装甲脚からの斉射を楯無はランスを前に出して水の障壁を展開、回転するそれはオータムの弾丸を弾き、又は絡め取り、悉く無力化される。
「ちぃっ! ただの水って訳じゃねえな!」
「あら鋭い。これはISのパワーを伝達する特殊なナノマシンを使って制御している水よ。そんな雑で軽い攻撃じゃ、私の守りは崩せないわ」
「糞が! なんなんだよてめぇは!」
「やぁねえ、ついさっき言ったじゃない。正確には49秒前だけど」
「しゃらくさい!」
アラクネは横に飛びながら水が張られていない側面にルーフワープを斉射しようとする、だがアラクネの動きに合わせるように、水の羽衣は二人の間を隔てていた。
「射撃戦がお好み? 良いわよ、付き合ってあげる!」
蒼流旋をしまい、取り出されるのは身の丈程あるガトリングキャノン【バイタル・スパイラル】。
「パーリィ!」
重厚な音が出るかと思えば思った程重い音ではなく。ガトリングキャノンから出たのは実弾ではなく超圧縮された水の弾丸だった。
アラクネのルーフワープの実弾射撃はアクア・ヴェールに阻まれるが、水のガトリングキャノンはアクア・ヴェールをすり抜けて向こう側のオータムを乱れうちにする。
「てめぇ! インチキめいた装備使ってないでかかってきやがれ!」
「いやよ。私苛めるのは好きだけど、苛められるのは嫌いなの。ということで、一方的に殴られる、痛さと怖さを思い知りなさい!」
「冗談じゃねえ!!」
実弾射撃が通じないとわかると、今度は先程ロッカールームの入口を崩落させた可変出力ビームライフル【ハウリング・レイ】を展開。最大出力で撃ち、高出力のビームは楯無の水膜を貫いた。
「あら危ない、抜かれちゃったわ」
貫いたビームを楯無は最小限の動きで躱し、背後の壁がビームの熱膨張で爆発する。だが楯無は余裕の笑みを崩さずに涼しくしている。
「た、楯無さん!」
「大丈夫大丈夫、ここはおねーさんに任せて一夏くんは休んでなさい。こんな蜘蛛お化けに負けるほど弱くはないから」
「余裕ぶってんじゃねえぞ!!」
砲身の冷却を追え、再びハウリング・レイから光が放たれる。
「それは大海のように、災厄を隔てる壁とならん」
楯無は両肩に浮遊しているアクア・クリスタル前方に移動。
クリスタルから膨大な水が形勢され彼女の前にタプンと水の壁が出来上がる。
水の壁に入り込んだ強出力ビームはアクア・ナノマシンが作り出す水の動きで噛み砕かれ、拡散。空中に浮かんだ疑似水槽の中で霧散した。
「ここでお姉さんからの豆知識。ビーム兵器っていうのは海のような膨大な水の中で発射すると威力が減退しちゃうのよ、年期の入ったおばさんなら当然知ってるわよね。ではお返しするわ。BIGWAVE・ATTACK!」
「な、おぼぉ!!?」
膨大な水の壁が崩れ、それは波となってアラクネを飲み込んで押し流し、溺れさせた。
ISの保護機能とフェイスガードにより溺れるという表現は正しくはないだろう。
だが視界が水で満たされ、なすすべもなく流されるその様は溺れるという感覚を味あわせるには充分すぎた。
「な、めん、なぁ!!」
オータムは楯無を突き放して両手にルームシャトルを展開、カタールと装甲脚六本、合計八つの近接兵装でミステリアス・レイディを切り刻まんと攻勢に転じる。
だがその攻撃は一個も通ることは無かった。楯無はバイタル・スパイラルをリコールして再び蒼流旋をコール。
アクア・クリスタルにより展開されたアクア・ヴェールと槍を巧みに使ってアラクネの八連撃を見事に捌いている。
避けては受け流し、受け流したと思えば突き上げ、突き上げたと思えば避けていく。
「ん、なかなか手数の多いこと。ならこちらも追加といきましょう」
空いた手に剣の柄のような物が、柄からはアクア・ナノマシンで固定化した透き通る水のハンドソード【ラスティー・ネイル】が飛び出してきた。
そこから防戦に徹していた会長が苛烈に迫った。倒れているものと倒れていないロッカーを踏み台にしながら縦横無尽にアラクネを斬りつけていく。シールドエネルギーが徐々に削られて焦るオータムはそれを弾かんと装甲脚で払いにかかる。
それを尻目に更なる攻勢に移るため、会長のラスティー・ネイルの刃が伸びた。
「はぁっ!?」
「凄いでしょ、このラスティー・ネイル、伸びちゃうのよ、何処までも」
驚くのも束の間、蛇腹剣となったラスティー・ネイルは装甲脚を二本纏めて縛り付ける。
グッと地に足を踏みしめ、PICを最大にして固定。ISのパワーアシストを最大限にまで引き上げ。
「そぉぉぉぉれっ!!!」
アラクネをマグロの一本釣りかの如く後ろに投げ飛ばした。
「げふぁっ!?」
ここでおまけを一つと蒼流旋に内蔵された四連ガトリングガンが逆さ状態のアラクネのメット部分に命中。
シールドバリアによりメットを直撃はしなかったが、目眩まし効果+逆さまの状態はオータムに軽いパニックを起こさせた。
手持ちの火器をフル装備にして、辺りにやたらめったらに乱射する。
生身の一夏は何処かに隠れようとするも、回りのロッカーは全て薙ぎ倒されており遮蔽物は無く、このままだと銃弾により穴あきチーズは確定的だった。
「あら危ない危ない」
「た、楯無さんっ。ありがとうございます!」
「いいのよぉ。可愛い後輩の為なら喜んで盾になるわ」
狼狽える一夏を守るためにアクア・ヴェールを前面にひらく会長の顔はとても涼しげだった。
がっ。
「いだっ! 会長! ここにも可愛い後輩が一人いるのですが アウッ!」
壁にゴム漬けにされ、身動きの取れない俺に容赦なく乱射弾が降り注ぐ。
硬質化したゴムのお陰で胴体は無事だが、覆われていない顔面(シールドバリア越し)に命中し、殺しきれない衝撃がフェイスを揺さぶっていた。
「ごめんね、そこまで水は伸ばせないの。それに、生身の人優先なのは当然でしょ?」
「本音は?」
「私のちょっかいに良い反応してくれないから一夏君を見習って反省の意味を込めて自分で防御しなさい」
「あんた人間じゃな、うわっ! また弾丸が!」
会長の鬼畜な言い分に愕然としつつも急ぎ顔部分にプラズマフィールドを張る。
飛んできた弾丸がフラッシュとともに弾けた。
「ふふ、ところで侵入者さん。この学園の生徒会長がなんて呼ばれてるか知ってるかしら?」
「知るかよ!」
「大サービスで教えてあげるわよ?」
「いらねえよ!」
オータムは状況を打開すべく切り離された副腕を操作する。
エネルギーネットも粘性ゴム弾は既に空だが、囮としてなら充分機能できる。
ピピッ、電子音の後に副腕は爆発四散した。爆発によって生まれた衝撃と爆炎は広げられたアクア・ヴェールによって無効化されたが、会長の意識は爆発に向いてしまった。
隙を逃さずオータムはカタールを再展開。会長に肉薄し、薄くなったアクア・ヴェールにカタールと装甲脚を突き刺した後に瞬時加速を用いて強引にヴェールを破り捨てて突破。
その勢いのまま会長を捕らえ、壁際に押しやった。
「何が生徒会長だ笑わせんな! そんなに偉いもんかよ、ええっ!?」
装甲脚を格闘モード、両手のマシンガンによる同時攻撃で壁際の楯無を追い詰めた。
「これは流石に重いわぁ」
「その減らず口もここまでだっ!」
ミステリアス・レイディの防御を突き破ると、アラクネはエネルギーネットを射出、一夏と同じく雁字搦めにする。
「あららー、動けなくなっちゃったわ。はっ! これはもしや憐れもない姿にされて『くっころ!』な展開かしら? やめて私に乱暴する気 でしょ! 薄い本みたいに、薄い本みたいに!」
「冗談言ってる場合かあんたは!」
こんな状況に至っても相変わらずな会長。
緊張感の無さについ声を荒げてしまう。
「楯無さん!」
「あはっ。大丈夫よ一夏君。お姉さんはこんな感じになっちゃったけど何も心配いらないから」
「でも!」
「だから一夏君は強く願っていなさい。今貴方が一番に望むこと、それを強く思うのよ。そうすれば道は開けるはずよ」
何時もと同じような楯無の笑みに、一夏の思考はスッとクリアになった。
楯無の意図を完全に理解したわけではない。だがそこには妙な安心感と説得力があった。
「分かりました」
「素直で宜しい」
「最後までふざけた態度してんな、てめえは」
オータムはハイパーセンサーに映された時間を見て軽く舌打ちをする。
「チッ、余計な時間かけちまった。これからお前を殺してレーデルハイトの坊っちゃんのISを奪ってとんずらすれば任務完了だ。ついでにてめえのISも奪ってやるよ。専用機が一気に三機か、今日はついてるぜ」
「あら、捕らぬ狸の皮算用って知らないのかしら? そういうのは、勝ち誇った後に言わないと負けフラグよ?」
「はぁ? だから言ってんじゃねえか。お前と坊っちゃんは行動不能、残りの小僧はISを持ってない。この状況で勝ち誇らないでいつ勝ち誇るっていうんだ」
「そうね、確かに貴女の言い分は間違っていないわね」
絶体絶命、それを体現している楯無は最初と変わらず余裕の笑みを崩さない。
さっきの水人形? いや、目の前の女は正しく本物。なのに楯無のこの態度はなんなのかと。
たらりと大粒の汗が頬を伝う、息苦しい心境がオータムを焦らせる。
この女は危険だ、殺せ、今すぐに。
自身の不安を拭うべく、オータムはその凶刃の切っ先を楯無に向ける。
「さっきの話だけど。この学園の生徒会長はね。最強の称号を意味するのよ」
「あ?」
「その最強を冠する私がこんなあっさりと捕まって何もしないなんて。可笑しいと思わない?」
「さっきから五月蠅えぞてめえ! 今すぐその喉を掻き切ってやる!!」
不信感とイライラからオータムは声を荒らげる。先程俺と一夏を、弄んでいた奴にしては少し妙だった。
「短気な人ねえ。あ、ところで疾風君。不快指数って知ってる?」
「はい?」
「いいからいいから」
ニコニコした顔で突然吹っ掛けられ、俺だけじゃなくオータムまでも呆気に取られた。
まこと正気とは思えないと思いながらも、俺は彼女の問いに答えた。
「不快指数、気温と湿度によって生じる体感温度の値を数値化したもの……」
「はい正解、流石秀才君ね♪」
「お前は、さっきから何意味わかんねえことをベラベラと」
「あら、意味はあるわよ」
会長の怪しげな笑みがオータムに向けられた。
俺と一夏はその表情に見覚え、というより知っていた。
「ねえ、なんか暑くない? というより湿度ね、 蒸し暑いったらないわ。今すぐ扇子扇ぎたいぐらい………だけどここ、最初からこんなに暑かったかしら?」
「!?」
オータムは楯無の言葉に狼狽えた。
いつの間にか、自身の回り、専用機アラクネに異様に深い白色の霧が纏わりついていていた。
「私のIS、
「まさかお前っ!」
「Bonn!」
慌てるオータムに有無を言わさず、アラクネを覆っていた霧が爆ぜた。
【
散布された水に含まれたナノマシンを発熱、一瞬にして気化させることで水蒸気爆発を発生させるミステリアス・レイディの十八番。
使いどころの難しい技だが、この技能により楯無は常に無色透明の爆弾を待機させると思えばその驚異は計り知れない。
クリア・パッションによって発動した水蒸気爆発の爆炎は瞬時にオータムを包み込み、アラクネの絶対防御が発動する。
ミステリアス・レイディに纏わりついていたエネルギーワイヤーも、クリア・パッションによってほどかれた。
「あはっ。伊達や酔狂でベラベラ喋ってた訳じゃないのよ。私はね、相手が自分の失態に気付いたその瞬間が堪らなく大好きなの! んふん、今の貴方とても良い顔をしてるわぁ」
ふわっと地面に降り立った会長の瞳には恍惚な光が移っていた。
「ガフッ、ま、まだだ。この私がぁ、こんな嘗められたままで終われる訳ねぇだろがぁぁ!!」
装甲脚が破損し、残りは二本。片腕の副腕と装甲から火花を散らしながらも。なおオータムとアラクネは立ち上がった。
それは正に執念と屈辱からの反抗で動いてるようなものだった。
「確かに、嘗められたまま終わるのって悔しいわよね。わかるわーその気持ち。貴方もそうでしょ? 一夏君」
「!?」
会長の言葉にオータムは一夏に振り向いた。そこには、腕を突きだして目を閉じた、一夏の姿があった。
楯無が言った。
自分の思うことを強く願えと。
(俺の願い、それは何か? そんなの決まっている!)
取り戻せ、あそこには、白式には、千冬姉から受け継いだ刃がある。
それを奪われるのは俺のーー織斑一夏としての誇りさえも奪われるということだ。
それだけは断じてあってはならない!
(だから白式、俺に応えてくれ。俺に、あいつを斬り裂く力をくれ!)
意識を極限まで集中する。何もなかった頭のなかに、うっすらと光が刺す。
光がだんだんと大きくなる。目の前の光が膨らみ、真っ白になり、景色が変わる
一夏は目を開いた。
そこには何処までも鏡面の水が地面と青い空が広がる景色が広がっていた。
そして一夏の前に白いワンピースと、白い帽子を被った少女の姿が。
『易々と奪われるなんて、不甲斐ないんじゃない?』
「ごめん」
目の前の少女が誰かはわからない、だけど俺は自然と謝ってしまった。
いや、もしかしたら分かっているのかもしれない、だがそれを確かめる術は俺にはなかった。
『いいよ、君に免じて許してあげる。だけど次は愛想つかしちゃうかも』
「わかってる。もう離さない」
『ならばよし』
悪戯っぽく笑う少女は一夏に手を伸ばし。一夏はその手を迷わず掴むと、再び世界が弾けた。
カッと目を見開く、視線の先にはアラクネの装甲にマウントされた菱形のコアユニット。
これ以上伸びない手、だけど一夏の手には。しっかりとそれに届いていた。
「来い! 白式ぃ!!」
この学園に来てから共にあった頼れる相棒の名を高らかに叫んだ。
菱形のコアはそれに応えるようにその水晶体の光を増幅させ、パシュっと弾けて消えた。
「なっ、コアが!? はっ!?」
弾けたコアが一夏の手の中に収まる。
それは再び弾け、待機形態である白い腕輪に変化する。
「白式・雪羅! 展開!」
腕輪が輝き、意識が拡張される。
体内を駆け巡る充足感。体が軽く、何処までも飛べるような感覚と共に白色の装甲が展開。
背部に大型二対のウィングスラスター、左手には複合武装腕【雪羅】そして右手には誇り高い姉から受け継いだ刃【雪片弐型】がしっかりと握りしめられていた。
「な、なに!? てめぇ、一体何を!?」
「知ったことか!」
瞬時加速に迫る程の速さでアラクネに接近、対してオータムは狼狽えながらも固定銃座とエネルギーワイヤーを撃ちまくる。
だが。
「遅い!」
実弾の被弾は最小限にとどめられ、エネルギーワイヤーは霞衣の前に霧散し、そのまま装甲脚の一本を斬り飛ばした。
「ガキぃ!」
繰り出される副腕と装甲脚の刃が一夏と白式に迫る。しかしそれは酷くゆっくりに感じられた。
(なんだこれ。奴の動きがやけにスローに見える。いや違う、これは俺が速いのか。白式が俺の思う以上に動く!)
装甲脚による刺突を最小限の動きで躱す。
背後に回って雪羅をカノンモードに変形、至近距離で荷電粒子砲【月穿】を撃ちオータムをしりぞける。
「こいつ! 急に動きが!」
「せあっ!!」
雪羅のビームクローを起動、一夏に振り返ったオータムは地面を蹴って回避。だが着地地点の瓦礫にバランスを崩してしまう。
畳み掛けるように一夏が上段の構えで斬りかかる。オータムは残った主腕、副腕、装甲脚を前にかざした。
判断は間違っていない。むしろ体勢を崩し、劣性に迫られた状況で防御に即移行出来たのは誉められたもの。
相手が白式でないのであればの話だが。
(ここだ!)
全神経を機械仕掛けの刀に注ぎ、自身の分身であるISは彼の呼び掛けに迷わず応えた。
《ワンオフ・アビリティー【零落白夜】発動》
雪片弐型に搭載された展開装甲が起動。
鉄の刀身が収縮され代わりに光の刀身を抜刀。それを伝うように黄金色の光が伸び、やがて白式全体を覆った。
その持ち手が砕けるのではないかと思うほどに力強く握る。眼前の魔化魍を屠る為に、一夏は全ての力をこの黄金の一刀に注いで吼えた。
「せえぇぇああぁぁぁっ!!」
咆哮と共に降り下ろされた文字通り全力の一刀はISの基礎機能であるシールドバリアを霧散させ。アラクネの特徴であった残りの装甲脚と副腕を吹き飛ばし、主腕を払いのけ、その必殺の一撃をそのまま胴体に叩き込んだ。
絶対防御が発動、アラクネはシールドエネルギー切れにより戦闘不能になった。
「こ、この私が。こんなガキに!?」
「一夏君! その人拘束して!」
「え、あっはい!!」
「クソが!」
オータムはコンソールを操作しブシュッ! と圧縮空気の音を響かせてISと本体を分離させた。
すると主が離れるや否や、下の蜘蛛型ユニットがワシャワシャとこちらに向かってきた。目は赤く点滅し、アラートを鳴らしながら。
「置き土産だ、受け取れ!」
「な、何だ!?」
「一夏君!!」
アラートの感覚がコンマ数秒になった瞬間、蜘蛛型ユニットが光を放って大爆発を起こし、その余波は貼り付けになっている疾風にまで届いていた。
「うおぉぉっ!? い、一夏! 会長!?」
二人の安否を心配した疾風は爆心地に向けて叫んだ。
爆発による黒煙が晴れると、そこにはIS二機分を十分に囲えるほどの水のドームが二人を包んでいた。
「大丈夫? 一夏君」
「え、ええ。あの女は?」
「逃げられたわ。恐らく装甲の中にためてた残りのエネルギーを丸ごと爆弾にしたみたいね。まったく無茶苦茶してくれるわ。下手すれば生身の自分ごとお陀仏だったのに」
パシュっと水のドームが弾けると、一夏は急いで立ち上がった。
「直ぐに追わないと」
「いいえ、一夏君。貴方は上で避難誘導をしているラウラちゃん達と合流してちょうだい。あの女は私が追うから」
「え、でも!」
「だーい丈夫。お姉さんの実力、貴方は分かってるでしょ?」
「……分かりました、ラウラ達と合流します」
「宜しい、なら早速行動よ!」
楯無さんは一度ISを解除して俺がオータムに誘導される時に使った隠し通路に、一夏はロッカーの扉の瓦礫を最大出力の月穿で吹き飛ばした。
ロッカールームでの激闘を終え、一夏は皆の元へ急がんと窓から外に飛び出していった。
ただ一人。
「俺は放置かよ」
ゴム磔にされている疾風を置いて。