IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
昼休み。
それは高校生活の中間に位置する、一時間の休息。
午後の授業に向けて昼御飯を食し、そのあとは次の授業にむけて英気を養う。
IS学園は昼食スペースが多い。
食堂は勿論、教室、更に屋上も解禁してる。秋の晴れの日には涼しげな風と海、そしてIS学園を一望できる。
皆が購買や自炊弁当を持ち寄って会話に花を咲かせながら和気あいあいと青春を謳歌する。
「というわけで。皆さんにセシリアのサンドイッチを食べてもらいます」
「嘘でしょ?」
まあ和気あいあいではなく戦々恐々もあったりするのがIS学園だったりする。
いつもの1年生専用機メンバー総勢8名が屋上の円テーブルを囲んでいる。
そして俺とセシリア、そして菖蒲以外の五名の視線はセシリアの色白で彫刻のように白い膝、ではなく膝の上に置かれている大きめのバスケットだった。
そのバスケットには見覚えがあった。
かつて俺が来る前に持ってきたセシリア特性サンドイッチが入ったバスケットだ。
バスケットの蓋を開けると、そこには色取り取りの具材が輝くサンドイッチの群れがあった。
皆の喉がゴクリと鳴る。それは何を意味してなのかは皆さんのイメージに任せよう。
「全部セシリアが作った。美味しそうだろ?」
「ああ、見た目はな」
ラウラがありのままの現実を言葉にする。
それでも皆の警戒心は解けないままだった。
セシリアの料理は見た目
それは周知の事実だ。
ただ一人現状を理解できない菖蒲は皆の反応に疑問符を浮かべる。
「疾風様」
「お、おう?」
声をかけられて身体が少し跳ねた。
あの一件以来、俺は菖蒲と話すと不自然に身体が強ばった。
決して嫌悪感などではないが、なんというか、そう、気まずさがあるのだ。
「何故皆さんのお顔が優れないのでしょうか」
「それは………」
「わたくしの料理がド下手だからですわ」
俺の代わりにピシャリと言ったセシリアに皆の顔に驚きが浮かんだ。一夏は視線を少し反らした。
「え、え? セシリアいまなんて言ったの?」
「私の料理は生体兵器で人を殺せると言いましたわ」
「いや違う、そこまでは言ってなかったわよね? そうじゃなくて、え、あんたほんとにセシリア?」
鈴が目の前の現実を認識できないでいる。
セシリアはそんな鈴に向けて真剣そのものの視線を送る。
「わたくしは正真正銘セシリア・オルコットです。なんなら鈴さんがわたくしに借りてるお金、一桁違わず言ってみましょうか?」
「みんな! この人は紛れもなくセシリア・オルコットよ!!」
「いやそれは最初から分かっている」
「お前いい加減お金返してやれよ。てか俺もまだ500円返して貰ってないぞ」
「ぴゅぴゅーぴゅーぴゅー」
ド下手糞な口笛で誤魔化す鈴を一旦放置してセシリアは皆に向き直った。
「まず最初に皆さんに謝罪させていただきます。この度皆さんの善意に甘えて無知で恥知らずな小娘の現実逃避かつ滑稽極まりない所業の数々で皆さんを振り回してしまい、大変申し訳ございませんでした」
「せ、セシリア? 僕たちそこまでは」
「黙って聞いていろシャルロット」
「ああ、これはセシリアの真意に他ならない」
いまセシリアに対して優しさはむしろ毒。
武人コンビはそれを察して黙って聞くことにした。
「認めざるおえない現実にわたくしは曇った視界を払いました。皆さんに謝罪の気持ちを込めてこのサンドイッチを作りました。なので!」
セシリアはバスケットに手を突っ込み、ハムサンドを取り出してかぶりついた。
皆が制止する暇を与えずにセシリアはムシャムシャと行儀を守りながらハムサンドを食べ進め、あっという間に胃袋にサンドイッチを納めた。
「どうか食べてくださいな。今回は味見も致しました」
((う、うーん))
セシリアが先に食べたのは毒味の意味を込めてのものだろう。
それでもみんなの手があと一歩進まないのは、セシリアは味音痴なのではという疑いもあってだろう。
及び腰になる面々のなかで、次に手を差し入れたのは。
「セシリア、いただきます」
一夏だった。
タマゴサンドを手に掴み、なんの迷いもなくかぶりついた。
「うぐ、アム」
「ど、どうですか一夏さん」
「ゴクン。うん、美味いぞセシリア」
そう言ってもう一度噛み締める。
一夏の表情は無理を感じさせず、本当に美味しそうにパクパク食べていった。
そんな一夏の姿に促され一人、また一人とバスケットからサンドイッチを取り出し、勇気を振り絞ってかぶりついた。
「こ、これはぁ!?」
「革命よ、これは革命だわ!!」
「学園の脅威が一つ消えたね!」
「これは宴を開かねばなるまい!」
「ううっ」
「大丈夫かセシリア」
「ええ、これも当然のこと。受けるべき報いですわ」
おおよそ料理を食べた感想とは思えないワードが浮かぶことにセシリアは胸を痛めた。
だがこれはセシリアのこれからの成長に繋がることに間違いはないだろう。
セシリア・オルコットは自らの殻を破り、更なるステージに足を踏み入れたのだ。
てかシャルロット。優しい顔してお前が一番言葉がキツいことに気づいているか。
と、嬉しいやら困惑するやらの感情をない混ぜにしながら俺はBLTサンドを手に取った。
同棲から三日。少し目を離した隙に違うものを入れるとか、根本的に意味を履き違えたりとか色々あったが。なんとか形に出せた。
悪意のない悪意ほど恐ろしいものはないと思い知った同居生活だった。
凄くドキドキした(別の意味で)。
だがその甲斐はあった。
皆に食べさせ、成功させた第一号が偶然にもイギリス発祥のサンドイッチだというのはなんとも感慨深かった。
「セシリア様、美味しいです」
「ありがとうございます菖蒲さん」
サンドイッチにホクホク顔な菖蒲の横で俺もサンドイッチにかぶりついた。
「「セシリア、ご馳走さまでした」」
「はい、お粗末様です………ふぅ………」
溜め込んだ安堵のタメ息を吐くセシリアにみんなが笑った。
「やはり疾風には人を矯正させる力があるな」
「ああ、確かにそうかもな」
「おいおいお二人さん。褒めてもISの模擬戦ぐらいしか出ないぞ?」
「それあんたがやりたいだけでしょうか」
「アハハハ」
セシリアのサンドイッチのお返しに皆が自慢の料理をつつきあった。
本当の意味で楽しい昼食会は進み、弁当の中身があれよあれよと胃袋に吸い込まれていく。
「ふぅ、サンドイッチは腹に溜まるな」
「ラウラ結局三個も食べたもんね」
「本当に、良かったわ。親の気持ちだわ今」
「疾風様、感極まってますわ」
菖蒲がくれたハンカチで涙を拭いた。
セシリアは「もうっ」とむくれたが、それでも嬉しそうだった。
「そういえばさ、みんな部活動に入ったんだよな?」
そう、学園祭が終わって直ぐに部活に入ってない専用機組に限らず生徒の多くが部活入りしたのだ。
部活入部の期限が迫っていたのもあるが。何よりも一夏の部活派遣が原因なのは言うまでもなかった。
部活勧誘のポスターの多くには『織斑一夏の部活派遣に立候補します!』と書かれたぐらいだ。
結果は大成功。多くの部活は新入部員の勧誘に成功したのだ。
「私は最初から剣道部だがな」
「幽霊部員だったろ」
「う、うるさい! 最近は頻繁に顔を出している!」
一夏のツッコミに顔を赤くしながら答える箒。
聞いた話によると、あの疑問系剣道部部長からあからさまな「もっと来てくれないかな?」的な花札占いの結果を示されたのだという。
「鈴は?」
「あたしはラクロスよ! 何処に入ろうかなーってブラッとしてたらヘッドハンティングされたわ!」
「凄いじゃないか。理由は?」
「見るからにすばしっこそうだって」
「ああ、納得した」
「なによその言い方。なんか文句あるわけ?」
「違う違う。普通にそう思っただけだ」
どうしても一夏にツンツン気味になってしまう鈴。これも二人の仲ゆえなので気にしない。のだがそんな二人の距離感にラバーズはヤキモキするのは予定調和なのでこれも放置
現に部活入りした鈴は行きなりポイントゲッターの素質を見せ、エース入りも視界に入っているという。
「シャルロットは何処入ったんだ」
「僕は料理部」
「料理部か! 俺と学園祭で回ったとこだな」
「う、うん。日本の料理を覚えたいし………そして一夏の胃袋を掴もうかなって………」
料理部の出し物のスローガンは見事にシャルロットの胃袋を掴んだようだ。
だが先に掴むのは肝心の言葉を聞かない一夏の鼓膜なのではと言おうとしたが踏みとどまった。
「ラウラは茶道部か?」
「な、何故わかった!?」
「いや、だって。なあ?」
「「うんうん」」
自他共に認める織斑教官大好きっ子のラウラが織斑先生が顧問を勤める茶道部に入るのはある意味必然だった。
例に漏れず新入部員が入ったらしいが。
「てかラウラ正座大丈夫だったのか? 臨海学校の時大変だったろ?」
「私だって成長する。あれから必死に練習したのだ」
「ああ、そういえば部屋だと正座で居ること多かったよね」
「教官の前で無様を晒す訳にはいかなかったからとても有意義だったと言えるだろう。それに軍で受けた拷問に比べればなんてことない」
「いや正座は別に拷問じゃないからな?」
ラウラのアーミージョークに引くついた。
部屋でも正座かぁ。
正座大っ嫌い人間の俺からしたら正しく拷問だよ。一分もしないうちに痺れちゃうもの。
「そういやセシリアは? お前も帰宅部だったろ?」
「その言い方止めてくださいまし。わたくしはブルー・ティアーズのテストに時間を使いたかったのですから」
「悪い悪い。で、何処の部活入ったのよ」
「当然、英国が生んだ国民的スポーツ、テニス部ですわ」
「なんともらしいものを」
正確な起源は古代エジプトに遡るが、コートを使った通称ロイヤル・テニスの発祥はイギリスにある。
テニスで有名なウィンブルドン選手権もイギリスで開催され、第一回としての舞台がロンドンなのだ。
「へえ、もしかしてイギリスに居た頃から?」
「はい。ハイスクール時代では
「それは凄いな。俺テニスなんてやったことないや」
「なら一夏さん。部活に来るときにわたくしが教えて差し上げても宜しいですわよ」
「おおっ、そんときは頼むわ」
「はいっ」
ニコリと笑うセシリアを見て俺は少し安心した。
菖蒲が転校してから様子がおかしかったし、BT2号機の件もあって沈んでると思ったが。なんとか持ち直してくれたみたいだ。
「弓道部も新入部員増えたんだよな」
「はい。疾風様が射った時の動画のおかげです」
そう、あの時実は俺の弓を射つ姿を部長がスマホで取っていたらしく。部活PRで使わせてくれと頼まれたのだ。
断る理由もなかったので(菖蒲がくっついて補正したシーンは除くことを条件に)許可したところ一気に部員が増えたという。
うーん、第二男性操縦者効果凄い。
「一夏の貸し出しはいつからなのよ副会長さん?」
「一番早くて三日後だ。締め切りは今日の4時半だからな。お前らの部活は大丈夫か?」
「大丈夫………の筈だけど心配だから確認してこよう」
「あたしも行く。うちの部長結構おっちょこちょいだし。またね一夏」
鈴が言うなら相当だな。
箒と鈴が席を立つと同時にラウラとシャルロット、菖蒲も立ち上がった。
大丈夫かと思うが一応確認しとくことにこした事はないだろうとのこと。
あっという間に俺と一夏、セシリアの三人だけになった。
「次はIS実技だったよな。そろそろ俺達も行くか」
「そうだな。セシリア、今日のサンドイッチ美味かった。特にタマゴサンドが」
「本当ですか! 嬉しいです」
「ああ、丁度いい甘さで美味しかったぞ」
「「えっ?」」
グッ、と。俺とセシリアの足にブレーキがかかった。
ブレーキをしたまま動かなくなった俺とセシリアに何事かという一夏。
「ど、どうした二人とも」
「一夏。タマゴサンド、甘かったの?」
「ああ、甘かったけど、それがどうかしたのか? セシリア、震えてるけど大丈夫か?」
「し」
「し?」
「塩と砂糖を間違えましたわ!」
「え?」
そう、当初の予定ではタマゴサンドに入れるのは塩だったのだ。
俺とセシリアはタマゴサンドを口にしなかったから気付かなかったが。結果的皆には甘口タマゴサンドイッチが渡ったことになる。
「わたくし最後の最後で間違えましたわーー!」
「大丈夫だセシリア! 今回は致命的じゃない!」
「そ、そうだぞセシリア! 砂糖と塩を間違えるのは誰でも通る道だ! 実際甘い卵焼きもあるから!」
俺と一夏は頭を抱えてうずくまるセシリアを慰めに入った。
そんな微笑ましいミスが発覚した昼休み終了はすぐそこだった。
ーーー◇ーーー
「ふーー。肩こりそ」
疲労がたまった肩をほぐすように手元のダンボールの持ち方を変えてみる。
この中には一夏の部活貸出し希望者の用紙が入っている。
期限を越したものを生徒会副会長として、回収したという訳だ。
「こっから俺が貸し出される奴も選出されるわけだよな。どうなるかなー」
運動部じゃなくて文科系がいいなと思う。
別段運動は不得意というわけじゃないが。俺はどっちかというとインドア(ISを除く)より。
野球とかサッカーとかテニスとか。トレーニングや筋トレとは違った運動だから疲れ方が違ってくる。
なによりISを動かすのにも支障が出てくる。そう、IS。
文科系だったらそこまで筋肉を酷使しないから終わった後のIS操作にも意欲的に取り組める。
もうISが動かせるなら大抵我慢できる私だ。
四六時中イーグルを動かし続けたおかげで代表候補生の稼働時間にも追いつきの目処が立ってきたというものだ。
「とうちゃーく。失礼しまー」
「だから何度も言っているじゃないですか!」
「おっとぉ?」
防音性の高い生徒会室の扉を少し開くと中から怒鳴り声が聞こえてきた。
気付かれないように隙間から覗いてみると六人ぐらいの女子グループと、恐らくその先にいるであろう会長がいた。
「織斑一夏と疾風・レーデルハイトを即刻退学処分にしてくださいと! ここに署名もあります!!」
んんんんん??
なんかとんでもない話になってるパティーン?
「たった二枚ぽっちの署名じゃあねぇ。ていうかこんなの書いてきてと言った覚えもないんだけど?」
「これはまだ一部です! 今も続々と署名者が増えているんです!」
「たとえ全校生徒全員分の署名を書いてきたところで二人を退学になんて出来ないわよ。なんせ国家IS委員会の意思なんだし。それに私ただの生徒会長という名の学生よ?」
「更識会長は国家代表ではありませんか! そこから口添えすれば」
「一国の代表が騒いだところで門前払いが関の山よ。そもそも私にその意思が欠片もないんだから」
ありがとう御座います会長。
あんまり話見えませんけど。
「何故ですか!? 彼らはこの学園の癌細胞ですよっ!?」
「発言が過激ねぇ」
俺もそう思います。
「あの二人。いいえ、織斑一夏が来てからこの学園はアクシデントだらけです! 正体不明のISとドイツ代表候補生の暴走事故! 学園のカリキュラムを尽く阻害され、臨海学校では篠ノ之博士が乱入したと思ったらまたトラブル! 挙げ句の果てにテロリストの侵入さえ許したんですよ!?」
え。
女子グループリーダー格の言葉に俺は耳を疑った。
「テロリスト? なんの話?」
「惚けないでください! ロッカールームの火災などデマ! そもそもロッカールームとは関係ない三年生寮の一部も封鎖されてるなんておかしいでしょう!」
「その事についてはロッカーとは別件でトラブルがあったと。学園新聞を通して皆に伝わったと思ってたのだけれど」
「だからそれはデマだと」
「証拠はあるの?」
「うっ」
会長相手に火が着いたように息巻いていたリーダー格は途端に無酸素状態になった。
「貴女たちが幾ら憶測を並べようとも、万が一その憶測が全て真実であろうとも。一夏くんと疾風くんがこのIS学園を去ることは絶対にない。これは国際IS委員会の決定であると同時に、IS学園の総意でもある」
「くっ………」
「今のうちに言っておくわ。こんなことに時間を費やすならもっと有意義に使いなさい。せっかく高い学費を払ったのにイライラしてばっかだと損しちゃうわよ?」
完全にクリティカルをかまされた女子グループは踵を返して生徒会室を出ようとした。
って、やべこっちにくるやん
サササっと俺は扉にぶつからないように脇によけた。
「このままでは終わりませんから!」
「終わって欲しいんだけどなー?」
「失礼します!」
少々乱暴に開けられた扉から出てきたリーダー格と目があってしまった。
「………」
「どもー」
「チッ!!」
デッケー舌打ちですこと
肩を張りながら歩くその姿を見送った後、気にすることなく自然に生徒会室に入っていった。
「失礼しまーすっ。貸出希望の箱持ってきましたー」
「ありがとう」
入ってみると会長しかいなかった。
「他の皆は?」
「虚ちゃんは整備科、本音ちゃんは別件。一夏くんは織斑先生に呼ばれてるみたい」
「てことはこのパンドラボックスは俺と会長で処理しないと駄目なんですね」
「まあまあ。唯一残ったのが私なんだから、むしろラッキーじゃない?」
「いえ、予想できる最悪のパターンが現在進行中です」
「あれ、私ディスられてる?」
「ご想像にお任せします」
テーブルの上に投票箱の中身をひっくり返す。
明らかに部活、同好会総数より多いのは気のせいではない。
「一夏くんの貸出しにかこつけて随分と新しい部活と同好会増えたわねー」
「規定人数に達してない、明らかに一夏目的だけのやつは対象外ですよね」
「虚ちゃんが除外のリスト作ってくれたわ」
「流石虚先輩」
「むっ、虚ちゃんだけ褒められるのズルーい」
「よっ! 流石ロシア国家代表! 生徒会長サイコー!!」
「宜しい」
会長を煽て終わったので作業開始。
とりあえず正統派っぽいのとそうじゃないのと仕分けしとくか。
「剣道部にゴルフ部。チュパカブラ同好会? 捨てで」
「見て見て疾風くん。織斑一夏ファンクラブだって」
「俺のファンクラブはありますかね?」
「あったら行く?」
「………行きません」
「あ、迷った」
クスクスと笑う会長に控えめに笑い返して仕分け作業を続けた。
チュパカブラ愛好会。二枚目来やがった。
「そういえば会長」
「んー?」
「さっきの一団はなんなんですか?」
「あら聞いてたの?」
「すいません」
作業を止めずに会長が「別にいいわよ」と言った。
うわっ、チュパカブラを称える会。なんなんだよチュパカブラって………
「まあ聞いた通りよ。最近活発化してるのよねー。女性の為の会」
「別名、女性至上主義の会ってやつですね」
「夏休み明けから勢いがついてきてね。学園に帰って早々ゲソっとしたわ」
俺を勧誘する顔の裏側にそんな苦労があったとわ。
てかそれを加味して俺を入れたのか。
「一夏くんがIS学園に入学した時、まあ今年から出来てね。疾風くんが生徒会に入って、一夏くんも生徒会入りしてから活動が活発化。この学園の生徒会は普通校の生徒会と違って自警団を担ってる。生徒会は実質的に学園の最高権力という立ち位置にあるのよ」
「そこに男二人、ましてや俺という男が生徒会副会長という現状が面白くないと」
「一学期ではある程度大人しかったんだけどねー。こうもトラブル続きだと」
「気持ちは分かりますけど。ああいう連中が言うと尻馬に乗った感がマシマシですね」
まるで野次だけしか飛ばさない政治家みたいだ。
「さっき凄かったですよ。出てくる全員が俺に睨み効かせてきて帰ってくんですから。笑い堪えるの大変でした」
「図太いわねー」
「いやいや、あんなの犬に吠えられるより可愛いですよ。本当の睨みなんてマジ怖いっすから」
織斑先生とか、あとついでに母さんの後釜おばさんとか。
「笑ってるけど。あの手合いはやり方が過激思考に行く傾向があるから気を付けてね?」
「気を付けます。いざとなったら」
「裁判沙汰は駄目よ」
「大丈夫ですよ、勝ちますから」
「駄目ったら駄目。私を心労で殺す気?」
そんなんで死んじゃう人が裏社会のトップに君臨してるわけないでしょう。
まあそこまで言うなら裁判はやめよう。
「少し心配よ。疾風くんがちょっかい出さないか」
「出しませんよ。そんな暇あったらIS動かします」
「ほんとIS中心ね」
「それが俺です」
何回目か分からない問いに何回目か分からない答えを出す。
気づくと仕分け作業も大分進んでいた。
あ、またチュパカブラ………
「会長のことです。近々何かしらアクション起こすんでしょ?」
「あんまり起こしたくないのが本音だけど。このままだと勢力が増しそうなのが怖いのよ。実際一夏くんたちが入ったのが原因というのも、強ち間違いじゃないし。それが原因で不安に思ってる生徒が多いのも事実」
「付け込まれて勢力が増える。悪夢ですね」
恐怖は伝染する。
それがたちまち集団心理に発展し、一つのコロニーとして形成される。
そんなことになったら。
「IS学園が二つに割れますね」
「力の勢力図的にはこっちに分があるのが救いね」
「そこんとこは一夏に感謝しましょう」
一夏が入ったおかげで各国から代表候補生が専用機を携えて学園に入ったことで、そのまま学園の戦力となっている。
更にそのほとんどが一夏を中心にネットワークを築いている。これは確実にプラスだ。
「一夏くんが入ったおかげで、男子もわるくないじゃない? って思う人が一気に増えたのよね。私としては手間が格段に減ってくれて助かった。だから残りの膿が濃いのよ」
「膿って言っちまいましたね」
「実際ああいうの嫌いだもの、私」
相当うんざりしてるのかとうとう本音を出してしまった会長。
この話題はこのまま続かないなと思った俺は方向転換に移った。
「そういえば。一夏との同居が継続になりましたけど。どういう感じですか?」
「変わらないわよー。時々作ってくれるご飯は上手いし、いじり甲斐があるし。あー、あんな子を婿養子にしたーい」
「会長なら落とせるんじゃないですか」
「根拠は?」
「基本外見的に完璧なんですから。押せ押せでごり押ししたら案外落ちるかもしれませんよ? ようは誤魔化しようのないぐらいに直線で行けば気づいてくれますよ」
多分、だけど。
「ふーん」
「なんすか」
「それって菖蒲ちゃんの告白みたいに?」
「ん!?」
ビリッ、選別していた紙が破けた。破いてしまった紙はまたもチュパカブラだったが。そんなの見ていられなかった。
「なんのことでしょ」
「フォークダンスの時に告白されたでしょ? あそこ生徒会室から丁度見える位置なのよ」
「会話聞こえるわけないじゃないっすか」
「読心術」
そのワードで納得できてしまった自分が憎い。
立ち上がって窓から校庭を見下ろした。
………いやいや距離離れすぎでしょう。
「お望みなら一言一句リピートしてみせましょうか?」
「参りました。菖蒲に悪いんで止めてください」
「ん。ていっても疾風くん、相談したかったんじゃないの?」
「いや、そういう意味で言ってたんじゃないっすよ」
相談、してもらえたらなって思ってはいたけど。
「実際、そんな気はしてたんですよ。でも俺の思い違いじゃないかって、実際思い違いだっ! ってなったんですけど」
「でも間違ってなかったと」
「はい………」
菖蒲に告白されたとき。完成間際のジグソーパズルの最後のピースを嵌め込んだような感覚だった。
今まで菖蒲の行動に対して半信半疑だと思っていたものが全部的を得ていたこと。
「あんな真剣な告白されたの。初めてで、何がなんだか」
「あら以外ね。疾風くんみたいな子なら告白された経験あったと思ったけど」
「勿論告白されたことはありましたよ。中学高校問わず結構な数」
でも全部断った。
「俺、ちっちゃい頃からよく感がいいとか、感受性が強いとか言われてたんすよ。母の手に繋がれて親のパーティーに出席したとき、下心とか工業の利益掠め取ろうとか考えてる奴らを下から見上げた時なんて。怖くて怖くて泣いたこともあったぐらいで」
「その気持ちわかるわ」
「だからっすかね、告白してきたのが罰ゲームだったり、俺の家柄とか金目的で近づいたとかってすぐわかっちゃうんですよ」
誰も俺自身を見た人はいなかったな。
しおらしそうに告白する女子の瞳に野心めいたギラギラしたもの。女尊男卑的な子は凄く分かりやすかった。
断ってそのまま別れるならまだマシだった。酷いときなんか逆上して激怒して、次の日には見に覚えのない噂を流されたこともあった。
「IS学園に来てからも何回か告白されたんですけど、結果はお察しです。世界で二人目の男性IS操縦者、世界的大企業レーデルハイト工業の御曹司。自分を着飾るアクセサリーにすることしか考えてなくて、マジで萎えました」
「鈍感すぎる一夏くんも問題だけど、鋭敏過ぎるのも考えものね」
「そのおかげで痛い目にあってませんから。今思えば良かったですよ」
一夏レベルのイケメンだったら本気で告白してきたやつもいたのかね。
もしかしたら俺が勝手にそう思ってただけで本気で告白してきた子もいたかも………って思うのは流石に驕りすぎか。
「答えは決まってるの?」
「それは、まあ」
「受けるの?」
「………俺にとって菖蒲はずっと友達として見てきたので、その………断ろうと」
屋上の時から決めていたものだ。
俺を好きでいてくれたから、俺自身は友達としか見てなかったけど付き合いましょう。
そんなの駄目だ。他の人は分からないけど、俺はそんな中途半端な気持ちで付き合うなんて、出来ない。
「疾風くんの気持ちはわかるけど。そのまんま伝えても菖蒲ちゃんは納得しないわね」
「でも答えを待ってるって」
「菖蒲ちゃんは疾風くんが友達としか見てない。それを知ってて告白したんでしょ? 何でだと思う?」
言葉に詰まった。
何故そうなのかと答えに至るルートを構築する前に、会長が答えを出した。
「私は貴方を好きだから、これから貴方を惚れさせてみせます。そう伝えたかったんじゃないかしら」
「………」
そういうことかと納得してしまった。
だけどそれならどうしたらいい?
俺が菖蒲に惚れなかったら、彼女は。
「意思表示をしてないだけで、彼女の本質は一夏くんの周りにいる子となんら変わらないわ」
「相手に振り向いてほしい」
「そういうこと。だから変に意識して避けたら落ち込むと思うわ」
「難しいです」
「そう思ってる時点で菖蒲ちゃんの目論見は成功ね」
「え?」
「いま菖蒲ちゃんのこと考えて悶々としてる」
………凄いな、菖蒲は。
「貴方がこれからどういう答えを出すのかは菖蒲ちゃん自信も分からない。答えは貴方しか作れないんだから」
「そうですね」
「だから考えて悩みなさい。菖蒲ちゃんへの答え。そして、疾風くん自身の心にも」
「俺の、心?」
どういうことだろうか?
「お姉さんが言えるのはここまで、ていうか結構サービスしたわね私」
「その、ありがとうございます」
「いいわよー。ていっても私も疾風くんと同じで相手の運に恵まれないのよねー。お家事情で」
会長は日本の裏の実質的トップ。
表の事情である俺よりもドロドロな思惑がぶつかっているのだろう。
「やっぱ一夏くんをゲットしたほうが良いかしら?」
「気が向いたらでいいんじゃないですか」
「それもそうね。よしっ、さっさとこれを終わらせましょ、あら?」
会長がポケットから震えてるスマホを取り出した。
画面を見るなり、会長の目が鋭くなる。
「ごめん疾風くん。家からだわ」
「出たほうがいいです?」
「ええ、これそのままで良いから」
「了解です、ではまた明日」
「ええ、また明日」
書類だけを揃えて生徒会長室を後にした。
「ふぅ」
会長の鋭い雰囲気に思わず息を吐いてしまった。
対暗部用暗部の長、更識楯無。その両肩にはどれほどの責任と覚悟がのしかかっているのだろう。
普段はまるっきり愉快犯な会長だからああいう仕事モードな会長には慣れてない。
そんな仕事モードではない会長が俺の悩みを茶化すことなく真摯に向き合ってくれた。
「俺の気持ち………か」
「あれ、疾風様?」
「菖蒲?」
廊下の曲がり角で菖蒲と会ってしまった。
不思議と身体は普通通りだったが、菖蒲から視線を反らしそうになる。
………いや駄目だ。
「菖蒲、これから予定とかある?」
「はい、今日は練習機が借りれるのでこれからアリーナに」
「俺も行っていい? 一緒に」
「勿論です! 場所は第5アリーナなので、行きましょう」
「おう」
先を行く菖蒲を見ると、明らかに軽やかな足取りで歩いていくのがわかった。
………今はまだ結果は言わない。
俺の気持ちが変わるかどうか分からないし。俺自身どうしたいのか、俺はもしかしたら他に好きな人かもしれない。
「疾風様?」
「今行く」
それでも、たとえ菖蒲が望まない結果になろうとも。俺は自分の事を偽れない。
同情でなんて付き合ってなどやれない。
それでも逃げずに向き合おう、それが俺に告白してくれた菖蒲が望むことだ。
ーーー◇ーーー
疾風が出た後に楯無は再び端末に目を通す。
更識のみが使える秘匿回線。それがなにを意味するのかは明白。
楯無は生徒会長でも国家代表でもなく更識家17代目当主として電話に応じた。
「私よ」
「布仏です。即時お耳に入れて欲しい情報が」
出たのは若い男の声。
更識の召し使いの家系であり、諜報部隊である布仏の若き当主。虚と本音の兄からだった。
「先程入った情報です。日にちは昨日の17時43分。北アメリカ第十六国防戦略拠点。通称『
「イレイズド………!」
イレイズド。地図にない基地の通りアメリカでも秘匿性の高い実験施設兼防衛拠点だ。
構成員にはアメリカ代表のイーリス・コーリング。そして、ナターシャ・ファイルスが中核を為している。
その二人が守る基地、そこに安置されているのは勿論。
「敵の狙いはやはり」
「
「襲撃者の目星は」
「
サイレント・ゼフィルス。学園を襲ったのにも関わらずイレイズドを襲いにかかるとは。
亡国機業、思った以上にやり手の組織だ。
「福音はどうなったの?」
「健在です。亡国機業のIS乗りはアメリカ代表が追い払ったみたいです。怪我人はいますが、死者はゼロです」
「それは何よりね」
楯無はホッとした。
死者が出るとなればアメリカが過剰な対応を取る可能性も出てくる。
その飛び火が日本に来ないとも限らないからだ。
「報告は以上です」
「ご苦労、引き続き情報収集を」
「了解ーーーなんだ? 今ご当主と電話だ」
「どうしたの?」
電話の向こうが急に騒がしくなった。
それでも冷静な諜報組織は布仏家当主に言伝てする。
「楯無様、追加の情報です」
「イレイズドの?」
「いえ、別口です。たった今入った情報なので裏は取れてませんが」
「話して頂戴」
楯無は神経を研ぎ澄まして一言も逃さないと耳を傾けた。
淡々と語る布仏家当主から伝えた情報に、楯無の顔には先程とは違い動揺が走った。
「なんですって!?」
楯無は勢い良く振り向いた。
「レーデルハイト工業の実験施設が、襲われた!?」
その視線の先には先程疾風が出ていった生徒会室の扉があった。