IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

6 / 138
第6話【目覚める翼】

 突如現れた水色髪の生徒、何処か狐を連想するような彼女は勝負を吹っ掛けてきた。

 内容は彼女のSEを1でも減らしたら勝ちという超ハンディキャップ。

 此方が超のつく初心者だとしても、初対面の人間にこれ程のハンデを与えるなど並大抵のことではない。

 余程の自信家か、或いはそれを成せるだけの猛者か。

 それは直ぐに後者だと思い知らされた。

 

「脇と肩が甘いわよ!」

「痛っ!」

 

 顔面にライフルの玉が当たり仰け反った、シールドがなければ今ので俺の顔は潰れたトマトになっていた。

 試合を、初めて10分。俺は時に射撃、時に近接と手を変え品を変え、たった1のSEを削ろうと奮戦するも、全く当たりもしない。

 そしてこちらの隙を見ては的確にアサルトカノン【ガルム】の徹甲弾が打鉄の装甲を殴り付ける。

 強い、一昨日の一夏とは比べ物にならないくらい、いや比べるのすら失礼なぐらい。

 そうだ、比べるのすら失礼だ。思い出した、何故なら彼女は。

 

「動きが鈍ってるわよ、もしかして私に見惚れちゃった? ああ別にいいのよ? 幾らでも見惚れてくれて」

「っ!」

 

 腕を胸の下から上げる、形の良い胸部が僅かに形を変え、本人は妖艶に笑った。

 即座に錦を焔備に持ち変えてそのニヤけ面にぶっぱなす、避けられる。避けきった後に水髪の女子はクルっと回って見せた。完全に遊ばれている。

 

 このままではマズい、此方のSEはもう二割を切り、完全にワンサイドゲーム。

 

 いや、落ち着け、ようは一発、相手のシールドエネルギーを1でも削れば良い。

 彼女に勝とうとは思うな、勝負に勝てば、それでいい! 対射撃戦の指導? そんなの知るか! 

 

 錦をリコール、空いた右手に予備のマガジンを三つ現出させ、それを。

 

「うおぉらぁ!!」

 

 力の限り彼女に向かって投げつけた。

 ヤケでも起こしたのかと彼女は首をかしげる。

 すかさず三つのマガジンに向かって焔備を撃ちまくる。

 IS用に作られた大型弾頭がマガジンのケースをえぐり、中の弾丸にぶち当たる、すると。

 

 バラァァッ!! 

 

「えっ!?」

 

 マガジン三つ分に内蔵された大量の弾丸が暴発し、四方八方にばら蒔かれた。

 ばら蒔かれた弾丸は花火のように拡散され双方に降り注ぐ。

 なんとも贅沢かつ、捨て身の戦法だ。こればかりは損傷無しではいられまい。

 

 しかし彼女は冷静に対処した。打鉄の肩部シールドを花火の方角に向け下方からカーブするようにこっちに近づいてきた。

 弾丸の花火は彼女の肩部シールドで塞き止められ、その他を器用に身をよじりながら躱していく。

 

 あれを避けるとか化け物か、この人は!? 

 眼前に展開されたホロスクリーンには彼女が被弾したというアナウンスはない。本当にあの花火を凌いだというのか

 自身に降りかかる弾丸に目もくれず直ぐ様焔備を射つも彼女はまたそれをひらりとよける。

 

「面白い発想だったけど、まだまだね!」

「これ以上は!」

「あら、同じ手は駄目よぉ♪」

 

 最後のストックであるマガジンを手に取るやそれを投げようとした瞬間に左手を撃ち抜かれる。

 弾かれたマガジンがクルクルと回りアリーナのグラウンドに突き刺さった。

 

「ちっ!」

 

 残弾が少ない焔備をかなぐり捨て、錦をコール、鉄風の増設スラスターを力任せに稼働させ、彼女の打鉄に突っ込んだ。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 勝負は、負け。ええ負けましたよ最後の最後まであしらわれてコールドエンド。

 なんという様だ。

 

「ふぅ……………っ!」

「わおっ、こっそり近づいて驚かそうと思ってたのに。人並みに気配読めるのね」

 

 ぐるんと振り向くと、そこには扇子を開いた彼女が。扇子には『残念』と書かれている。

 

「これでも大企業の息子なんで、色々なとこから狙われるうちに自然と身に付いちまったんです」

「良いお家柄って何処も綱渡りよねぇ。世知辛いわぁ」

「で? ロシアの国家代表様が態々こんな凡人に何のようでござんしょ」

「あら知ってたのね」

 

 日本人でありながらロシア国籍を持つ現在最年少のISロシア代表操縦者。

 代表候補生ではない、紛れもない国家代表。突如として現れた期待の新星として注目を浴びている。

 

「別に難しい話ではないわ、昨日の一夏君との戦いで貴方に興味が湧いただけ」

「本当ですか?」

「さあどうかしらね~」

 

 素直にそうだと言えば良いだろうにはぐらかす、なんとも底の見えない人だ。

 

「ところで、そんなミステリアスな美少女の気まぐれに付き合ってくれたご褒美に貴方の評価を教えてあげようと思います。どう、嬉しいでしょ?」

 

 嬉しいか嬉しくないかでいったら、嬉しい。

 国家代表に自分を評価してくれるなんて、願ってもいない事だ。客観的な意見はとても貴重だから。

 

「ええ、是非教えていただきたいです」

「あら素直、じゃ教えてあげる。見たところISを動かし始めたにしては上出来の部類ね。動かし方、戦術眼、戦闘のイメージ、どれも初心者にしては破格のスペックね、正直驚いたわ。でもちょっと奥手だったかな」

「奥手?」

「貴方の戦闘を見てるとどうも守りに入ってる感じ。自分の被害を最小限に止め勝利しようとする。戦い方としては良い部類だけど、勝ちに貪欲じゃないのよね」

「もっと積極的に行けってことですか?」

「そゆこと、後攻撃が正確過ぎるかな。一夏君みたいに対射撃機動を熟知してない相手ならなんとかなるけど手練れだとパターンが簡単に読まれてしまう。セシリアちゃんの射撃能力は高い、対射撃のいろはは心得てるはず。さっきの戦いも疾風君が積極的に接近して近接なり射撃なりをしていたらかすってはいたかもね」

「成る程」

「あ、でも最後のマガジン花火には驚かされちゃったわ。正に予想外の一言、私が過去に戦ったなかであんな攻撃をしてきた人は初めてだったわ」

 

 彼女はずいっと顔を近づけて額にトンと扇子を当ててきた。近い……

 

「貴方にはそんな予想外を引き起こせるほどの強い創造力がある。そこに馬力が加われば貴方は更に高みに行けるはずよ」

「うお」

 

 額に当てていた扇子をぐっと押し込まれてよろけた。

 

「はい、お姉さんの特別講習しゅーりょー。私これから学園を空けなきゃいけないから試合は見れないけど頑張ってね。応援してるわ」

「ありがとうございます」

「バイバーイ」

 

 いつの間に変えたのか、扇子をヒラヒラさせて更識楯無はアリーナを後にした。

 

 強かった、といっても彼女はこれっぽっちも本気は出してなかっただろう。装備はガルム固定、ISも専用機ではなく練習機の打鉄だったのだから。ーーーあっ。

 

「しまったぁー。グストーイ・トゥマン・モスクヴェを一目見せてくださいって言えば良かった。あぁ」

 

 彼女は学園を空けると言ったので会うことは先だろう。今から全力ダッシュして見せてくださいって言うのもなんか違うし………

 自分の専用機をそっちのけに落ち込んでしまう俺なのであった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「よぉ、おかえり疾風」

「ここでただいまは可笑しいと思うけど、ただいま父さん」

「「「おかえりなさい疾風さん!!」」」

「はいはい、ただいまただいま」

 

 更識国家代表と対戦次の日、土曜の午前授業を終えたその足で、専用機の配備を早めるためにレーデルハイト工業に足を運んでいた。

 入るなり温かく迎えてくれたスタッフ、だがその顔は余り色味が良くない。

 

「なんか、皆心なしか窶れてない? 目の下のクマ凄いよ」

「出来るだけ納品に間に合わせる為に皆こぞって残業してるからな」

「それは、ありがとうございます。でも無理しないでくださいね」

「「「疾風さんの為なら問題ありません!!」」」

「は、はは」

 

 大丈夫だろうか、なんか洗脳されてないか皆。ぶっ倒れても責任とれないからな此方は。

 一周回ってハイになっている従業員に引きぎみになりながらも、父さんに奴のところまで案内される。

 

 

 中央に鎮座している、数多のケーブルに繋がれた、空を彷彿とさせる水色と白の装甲。背面には一夏の白式と同じ高機動翼タイプのウィングスラスターが。

 全体の9割は完成しているらしく、後は問題のコア適正率が上がればこいつは飛び上がることが出来る。

 

「こいつが」

「ああ、形式番号LL―01。レーデルハイト工業のイグニッション・プランへの先駆け、そして工業初の第三世代機にして、世界で一つだけのお前のISだ」

 

 世界に一つだけ。目の前のISに、俺は胸が高鳴り、締め付けられる感覚を覚えた。

 このISの中に俺が向き合い続け、IS学園に入学。そしてセシリアと再会を果たさせてくれた、あの打鉄のコアが入っている。

 

 乗りたい、IS学園に入って、打鉄やラファールを見てきたが。目の前にいるこいつ程搭乗したいと思うものはなかった。

 他に同じものはない、俺だけのオンリーワン、その事実が俺の心を刺激した。

 

「乗せてくれる?」

「そういうと思った、直ぐに始めよう」

 

 専用機に背中を預け、圧縮空気が抜ける音と一緒に装甲が装着される。ISと同調する際、訓練機に乗った時と若干違う感覚に顔をしかめた。訓練機は様々な人が乗るので簡易的なフィッティングが自動で行われる。だが今乗っているこいつは未完成品で誰も搭乗していない新品だ。

 例を上げるなら、車を新車に乗り換える際の新しい匂いに難色を示すあの感じだ。

 

 搭乗が完了し、目の前のホロスクリーンを確認する。ネーム欄には【NO NAME】の文字が。

 

「このIS、名前が無いのか?」

「ああ、お前が決めろ疾風」

「俺が?」

「お前だけの機体だ、自分で名付けた方が愛着も沸くだろう」

 

 確かにそうだろうが、社の命運を分ける最新鋭機の名前を俺が決めても良いのだろうか。

 とりあえず俺に出来る事は指示されるまでこいつに乗っていること。どうせ暇になるのだ、今のうちに考えておこう。

 

「ところで、今日終わったら家帰ってくるのか?」

「いや、学園に戻るよ」

「ヴゥェっ」

 

 父さんからなんとも形容しがたい声が出た、作業とは別の汗が流れていうあたり、良いことではなさそうだ。

 

「いやてっきり帰ってくるもんだと思ってな。楓も楽しみにしてたんだが」

「少しでも練習や情報を積んでセシリアに勝つ確率を上げてかねえと。悪いけど楓には伝えといてくれ」

「うわぁ」

 

 目元を抑える父さんに心のなかで合唱する。家にいるリトルモンスターを納めるために、三児の父親はケーキ片手になんとかしなきゃならないのだろう。

 楓にも悪いことをした。いやいや、自分のことを優先して何が悪いのか。今のホームはIS学園だ、未熟者の自分は兎に角時間が惜しいのだ。

 とはいえ、やはり楽しみにされてしまったのだ、後で電話の一本でも入れておくか。

 

「疾風さん、LL―01の詳細データを送っておきます。目を通して置いてください」

 

 ホロスクリーンにフォルダが追加される、アイタッチでフォルダを開き、詳細を確認する。

 驚いた、本当に俺が片手間で考えた設計図擬きの設定が使われていた。もしかしたら無理なのでは? と思われていた特殊武装まで製作完了の文字がついている。

 IS各部の駆動系統、コンセプトの殆どに俺の設計図擬きが活かされている。このISの設計は俺が担当した。といっても、もしかしたら過言ではないのかもしれない。

 機体は安定性を第一に、行きなりピーキーにしても扱うには難しいだろう。

 しかし、この設計をしてコアの適正値が上がっていないのであれば、所詮は素人の浅知恵になってしまうのだろう。

 勝手に上がって勝手に下げてしまう自分に呆れつつ、表示された内容を何度も読み返した。

 

 

 

 ………………………………………

 

 

 

「疾風、大丈夫か?」

「………………」

「疾風」

「ん、んあっ? あ、ごめんちょっと意識飛んでた」

「眠いのか?」

「うーん」

 

 マニュアルを読んでいるうちに寝かけたようだ。昨日は早めに切り上げて充分睡眠を取ったはずなのだが。

 

「慣れない場所で気疲れしたんだろう、ISにだって乗り回してたんだ。少し寝ておけ、どうせやることもないんだ、休める時に休んどけ。寝心地は良くないだろうがな」

 

 父さんの言葉に周りのスタッフも笑みがこぼれる。

 

「そういうことなら。落ちるわ」

「おう、終わったら起こしてやる」

 

 上からのし掛かる目蓋と怠惰感に抗うのをやめ、意識が徐々に沈み、心地よい安心感に身を任せた。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

「………………………………………???」

 

 呆気、次にやって来たのは疑問だった。

 見渡す限りなにもない大地、干魃してるのかと思うような白色の地面、何処までも広がっている蒼穹の空と、所々に点々とある千切れ雲。

 そして。

 

「ん? うおぉぉおっ!?」

 

 ヒュルンという音が鳴ると同時に猛烈に強い突風が体にぶつかってきた。

 吹き飛ばされる程なかったが、しばらく踏みとどまって耐えた。

 

「弱い風だ」

「は、はいっ?」

 

 風が止むと近くから声が聞こえた、だが遮蔽物のない周りを見ても声の主は何処にも。

 

「下だ下」

「はっ? うわっ」

 

 何時から居たのか、俺の目線の直ぐ下に小さな子供が見上げていた。

 身長は俺の胸元まで、髪は空の色をそのまま下ろして来たかのような空色。目元は前髪に隠れ、所謂メカクレボーイ。

 

「………えっと。君、どうしてこんなとこに? お父さんとお母さんは?」

「親? 親か。そうだな………父は分からぬ、母は………うん、それも分からんな」

 

 一人で納得したのかメカクレ君は空を見上げた。何だろ、子供と話してる感じがしないのだが。

 

「逆に聞こう、お前は何故こんなところに来た?」

「わからない」

「だろうな、俺も驚いてる。まあいい、一つ伝えたい事がある」

「な、なに? うっ」

 

 再び風が吹きすさぶ、だがメカクレ君は気にすることなく話した。

 

「起こしたければもっと力をよこせ、今の脆弱な羽ではこんな弱い風でも満足に飛べない、いいか? 力をよこせ、遠慮無くだ」

「え、なにを?」

「伝えたぞ、精々気持ちよく飛ばせてくれ」

「うおっ!?」

 

 バササッと目の前が茶色の羽で覆われ、晴れる頃にはメカクレ君の姿はなく。

 

「………あっ」

 

 快晴の空に一羽、大きな鷲が飛んでいた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「んー、んー?」

「起きたか、ていってもまだ20分もたってないぞ。まだ寝とけ」

「んー、いや、いい」

 

 たった20分だと言うのに眠気はなく、むしろ冴え渡っていた。

 

「疾風さんのパーソナルデータの組込み終わりました」

「どうだ?」

「ほぼ変化無しですね。少しぐらい変わると思ったんですが」

「またスタートからやり直し、か」

 

 どうしたものかと唸るスタッフ陣を横目に、もう一度ISのスペックデータを見直す。

 やはり安定感は抜群だ、これなら乗った直後にでも扱えるだろうし、セシリアとの対戦でボロを出すことはないだろう。

 だがこれは見方を変えれば突出した物がないと言えるのではないか? 

 

「父さん、こいつの出力を今より引き上げる事は出来る?」

「出来ないことはないが。その場合、今よりバランス調整が難しくなるぞ」

 

 それは分かっている。例えるなら今のこいつは水を八分目まで注がれたコップだ。出力を上げるということは、これに更に水を継ぎ足して表面張力手前の満杯にするということ。

 だが、これと一夏の白式に比べると。こいつの性能は大分丸い。

 白式は素人涙目レベルの圧倒的な機動力を持っている、扱えなければ振り回されるが、扱えれば本機の特性を十全に活かせるスペックだ。

 ではこちらは? 安定性は抜群だが、果たしてセシリアの専用機に太刀打ちできるだろうか? 勝てるだろうか? 

 いや、それよりも更に先、あの更識楯無のような国家代表クラスと渡り合えるのか。

 もしあの時俺が乗っていたISが打鉄ではなく、今乗っている専用機だったら、更識国家代表の打鉄に傷をつける事が出来ただろうか? 

 考えた結果、不安の文字が浮かんだ。出来ないのではないかという考えが頭を過ったのだ。

 

「多分だけど。今のまま作業を続けてもこいつは起きてくれないと思う」

「何でわかる?」

「それは。あれ、なんでだろ?」

 

 さっき見てた夢で何かがあったはずだが、思い出せない、あの時何を見ていたのか、大部分があやふやだ。

 だがこれだけは覚えている、誰かが「力をよこせ」と言ったのだ。誰かはわからないし、ただの夢、だが藁にもすがる気持ちという奴だ。トライしてみたい

 

「とにかく、セシリアとの対戦までの後四日、出来る限りの能力上昇を頼みたい。厳しいのは分かってるし、確証なんて物は何処にもないけど」

「……今のままじゃ前にも後ろにも進めねえ状況だ。やる価値はあるかもな」

「頼める?」

「任せておけ、レーデルハイト工業の腕の見せどころと行こうじゃねえか」

 

 そこからの作業は速かった、別で作っていた試作フレームを元に今より出力が数段上のジェネレーターを組込んだり、ウィングスラスターのノズルを増やしたりと、持てる技術を持ってLLー01の改修を行った。

 乗ったり降りたり、出力変更装備の概要や特性をスタッフと綿密に話ながらの調整作業は夜遅くまでかかった。

 結果はというと。

 

「コア適正率上昇確認、適正規定値のラインを越えました!」

「よしっ! 良くやった!!」

 

 目標達成に作業場は活気に沸いた。

 

「予定日には間に合いそう?」

「ギリギリ間に合う予定だ。一番ネックだったコア適正値が上がったからな。ただ規格とは違うパーツや機構を使ったから大分扱いづらくなった。時間をかければ安定すると思うが」

「フィッティング補正に期待するかなぁ」

 

 そう、まだ完成ではないのだ。後四日、この少ない日数でこれを出来る限り完成形まで持っていかなければならないのだ。

 

「なるべく調教は施しておく」

「苦労をかけるよ」

「気にするな、これが俺達の仕事だ。いやー、しかし奇跡だな。まさか一日で解決してしまうとは」

 

 確かに、こうも都合が行くとは。これも神様の思し召しだろうか。

 

「こいつの名前決めたんだな」

「ピーンと来たのがね」

 

 ISのホロウィンドウのNO NAME表示されていたネーム欄には、作業中に打ち込んだ新しい名前が記録されていた。

 

【スカイブルー・イーグル】

 

 夢の中でもハッキリと脳内に焼き付いていた一場面、そしてこれから大空に飛び立つという意味を込めて名付けた。

 しかし、夢にしては妙にリアル感あったんだよな。

 もしかしたら本当にコアの人格というか不思議空間だったりして。いや、まさかね。

 

 その後は予定より大幅に時間が遅れてしまった為、学生寮ではなく我が家に一泊することになってしまった。その時の父さんの安心した顔と来たら。

 帰るなり楓が狂喜乱舞するわ、後から帰ってきた母さんには出会い頭にハグされるなどの熱烈歓迎っぷりに気疲れしながら。予定より大幅に早い帰宅となったのだった。

 

 これは余談だが。寝るときに楓がこっそりベットに忍び込もうとし、それを阻止するのに多大なる労力と知識を使ったことを、ここに記しておく。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 決闘当日。

 訓練機の空きがない日は一夏や他の代表候補生に聞き込んだり、シミュレーションマシンに入りっぱ。これまでセシリアの戦闘記録を隅々まで見直し、訓練機が空いた日には乗れるだけISに乗り込んだ。

 打鉄の高機動パッケージもマイルドからノーマルまで機動力を底上げし、来るべき愛機に向けてひたすら特訓を重ね、短期間とはいえ、考えうる限りの努力を注ぎ込んだ。

 

 第三アリーナ直結IS整備室。

 決闘の時間まで後20分。専用機は今此処に向かっている。

 セシリアは別の整備室にいるらしく、姿が見えない。そして今ここでは俺の専用機をいち早く見ようと野次馬が。なんとも姦しい。

 

「レーデルハイト。少しは落ち着いたらどうだ」

「落ち着いてますよ」

「ならその足の動きだけでもやめろ。あまり好きじゃない」

 

 俺の足は貧乏揺すりをしていた。織斑先生に言われるまで気付かなかった。

 

「すいません」

「お前の専用機は必ず来る。途中で襲われない限りはな」

「おそっ! 怖いこと言わないでくださいよ! 実際そうなったらどうするつもりです!?」

「知らんな」

 

 酷い! 自分で言ったことなのに! 

 最近マジでそういう噂が立ってきてるから本当に冗談にならないのに。

 もし俺の専用機、あのコアが何処ぞのテロ屋共に強奪されたなんてことになったら………

 

「レーデルハイト」

「はいっ!?」

「そんなびくついてどうする。来たぞ」

「レーデルハイト君レーデルハイト君レーデルハイト君!!」

 

 俺の名前を連呼しながらバタバタと走って来た山田先生。

 ご自慢のリーサルウェポンが大変な動きを、いやそんなことどうでもいいんだよ。

 

「レーデルハ、イト君、ケホッ。専用機が、来まし、ケホッケホッ」

「落ち着いてください山田先生。ほら深呼吸しましょう深呼吸」

「は、はい。スー、スー、スー………………」

「………………何で吐かないんですか!?」

「プハァっ!! フーフー。す、すいません。つい」

 

 つい、で息を止めないでください。

 

「そ、それよりも! 来ました! レーデルハイト君の専用機が!」

「おーーい!!」

「来たっ!」

 

 コンテナが積まれた台車がガラガラと音を立てて迫ってきた。

 

「ギリギリですまんな、なんとか間に合わせたぞ!」

「見せてくれ!!」

「ほいきた!」

 

 父さんが手に持っていたリモコンを押す。

 バシュ、と空気が入り込む音と共にIS用コンテナが開いた。

 

 目に飛び込んできたのは水色と白、晴れの空をそのまま連れてきたような色合。

 準待機形態のそれに迷うことなく飛びこみ、乗り込む。

 搭乗者を認識したISは装着シークエンスに以降する。

 先ずは足、そのあとは腹部、肩、腕、ISが俺の体にフィット、手元にある操縦桿を握りしめる。

 ISのサポートシステム。リンク

 視界に複数のアイコンが浮かび、景色が鮮明化された。

 装着が確認されると、工業の技術スタッフが総出でフィッティング作業に入る。

 

「パーソナライズ、スタートします」

「コアの適正値、規定値まで上昇」

「第三世代機能の正常化を確認」

「エネルギーライン、問題なし」

「小さな問題も見逃すな、事故でも起こしたら俺含めて全員首飛ばすからな!」

「「「はい!」」」

 

 五人がかりによるISのフィッティング作業を目の前に回りの野次馬が感嘆の息を吐いた。

 って、俺は作業手伝わなくて良いのか? 

 

 気づくとスタッフから一歩引いた所に母さんが立っていた。外出用なのか普段の豊満な金髪は後ろで纏められている。

 

「調子はどう?」

「大丈夫。てか母さん来てたの」

「勿論、大事な息子とわが社の第三世代ISの晴れ舞台だもの。来ないわけには行かないわ」

 

 楓は来れないからブーたれてたけどと付け加えて母さんは少し困った顔をした。

 そりゃそうだ、楓はレーデルハイト工業社長の娘ってだけで工業の関係者ではないのだから。

 

「お久しぶりです、レーデルハイトさん」

「あら織斑さん、今は織斑先生だったわね。モンドグロッソ以来かしら?」

「ええ、その節はどうも」

 

 母さんと織斑先生の二人を見て開いた口が塞がらなかった野次馬のお人たちが一斉にどよめきだした。

 

「織斑先生と話してる人って、元イギリス代表のアリア・レーデルハイトじゃない?!?」

「初代ブリュンヒルデと剣撃女帝(ブレード・エンプレス)が目の前にっ!」

「ヤバイ、私は今伝説を見てるぅ!!」

「さ、サイン書いてもらわなきゃ。って紙がないわ。制服でも大丈夫かなぁ?」

 

 身近にいるからあまり実感わかなかったけどやっぱ母さんはスゲーのな。現役と比べると些か覇気が引いて、というより別ベクトルに行っている感じ。

 父さんはというと、母さんがちやほやされていて何だかホクホクしている。嫁馬鹿め………

 

「騒がしい生徒で申し訳ない」

「いいのよー。若い子はこれぐらい元気でないと、女の子も男の子も。ところで、もうモンドグロッソには出ないの? 貴方が現役復帰するなら私も、って考えてるんだけど?」

 

 な、何!? それ初耳ですけどお母様? 

 

「その話は無しで、運営や役員会からも再三言われてまして。この前はジョゼスターフからひっきり無しに電話が」

「あら、あの突風娘が?」

「それに私にはやらなければならないことがあります」

「それがなんなのか、オバサンに教えて下さるかしら?」

「オバサンとはよく言いますね。最初にあったときと何ら変わらない容姿をしておいて」

「あらお上手。逆に貴方は険しくなったわね、昔の貴方はもっと楽しそうな感じだったけど」

「昔のことです」

 

 昔の織斑先生か。確かに第一回モンドグロッソの表彰台に立っていた織斑先生は本当に嬉しそうだった。あの時は一夏も見に行ってたのかな。

 だけど、なんで急に現役を引退したんだろうか。結局そこらへんは有耶無耶のままだったな。

 

「ん?」

 

 ふと、視線を感じ、野次馬の方を見た。

 野次馬なのだからこっちを見ても何もおかしいことではないのだが、一人他とは違う目をした子が一人。

 水色の髪に赤の瞳、眼鏡をかけていて頭に雫を逆さにしたようなヘッドセットをした女の子が、異様に冷めた目でイーグルとスタッフを見ていた。

 こちらの視線に気づいたのか、彼女はそそくさと野次馬の向こうに消えていった。

 んー、またまたどっかで見たような子だったな……

 

「よし作業終了! 後は機体がやってくれるはずだ」

「ありがとう父さん。後悪いな、結構我が儘言って」

「なんだよ水臭い。子のためなら当然だ、悔いのないよう頑張ってこい!!」

 

 父さんはISの背部装甲をバシンと叩いた。

 俺の背中を叩いて檄をいれようとしたのだろうが人体より遥かに固い装甲だ。父さんは無言で腕をブラブラさせる。

 

「プッ、だっさ」

「う、うるせぇ。さっさと行ってこい!」

 

 だけどお陰で張り詰めていた気持ちがほどいていた。

 

「勝ってくるよ」

「おう!」

「しっかりね」

「「「頑張ってください疾風さん!!」」」

 

 父さんと母さん、そして工業のエンジニアの人たち、後野次馬の声を背中に受け、俺はゆっくりとISのカタパルトルームに歩みを進めた。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 見送られて10分ほど、俺はカタパルトにセットされたまま立ち往生していた。何故かというと

 

「………フィッティング終わる気配無いんだが?」

 

 試合開始時間まで後5分を切ったのにこいつとのフィッティングに時間を裂かれていた。後10%で終了なのだが、ここにきて突然ゆっくりになった。遅い………

 

【戦闘待機状態のISを確認、搭乗者セシリア・オルコット。ブルー・ティアーズが待機中】

 

 こっちがピット入ってる時は既にスタンバイされている。お互いヤル気満々でなにより。

 

 残り3分、フィッティングまで後7%。

 もう行くしかねえか。戦闘中にフィッティング。一夏もやったらしいし俺にも出来る………はずだ。

 

「よし行くか、頼むぜ相棒」

 

 自分の専用機が待機出力から準戦闘出力まで上昇する。

 操縦桿を握り締め、前のめりになる。

 

「飛べ、イーグル!!」

 

 腹から声を張り上げてスラスターに火を入れる、カタパルトのロックを解除し俺とイーグルはアリーナに向かって射出される。

 

『フィッティングを完了、承認ボタンを押してください』

 

 アリーナに出る寸前でホロウィンドウが表示された。

 確認するより早くアイコンタクトで承認アイコンを押した。

 

『フィッティング終了、ファーストシフトに移行します』

 

 ISの装甲から目映い光が放たれる。

 光を纏ったままアリーナに飛ぶ、そのまま上昇。一際輝くと、身に纏っていた光が弾けとんだ

 

『ファーストシフト完了。スカイブルー・イーグル、システム・オールグリーン』

 

 これは、うーん、なんというか。

 

「随分と目立ちたがりなんだな、お前」

 

 若干色合いが変わった自身の専用機に向けてポツリと呟いた。ヒーローは遅れてやってくるを地でやった感が半端ない。

 

 カラーリングは先程よりも鮮やかな水色と白、見事な空の色を体現したISは頭上の空に溶けてなくなってしまいそうだった。

 広がっている一対のカスタムウィングはさながら巨鳥の翼に見え、ハイパーセンサーは既存の物とは違いイーグルの名にふさわしい鷲の意匠を型どった帽子のような物が、すっぽりと頭を覆っていた。

 装甲には時おり青白い電流がパチリと走っており、こいつのやる気が伝わってくるようだ。

 

 そんな専用機の初御披露目に大戦相手のお嬢様は呆れ顔だ。

 

「時間ギリギリですわよ。女性を待たせるのは褒められたものではありませんね」

「ルール上問題ないから大丈夫。ということでは駄目ですかね? いやすいません、悪いとは思ってるよ本当に」

「その癖なんですか今の登場は。わたくし完全に喰われてません? 派手すぎるでしょう」

「それに関してはこいつに文句言ってくれ」

 

 コンッとマニピュレーター越しにイーグルの肩を叩いた。

 しかしファーストシフトって光るんだな。何気に見たことないから知らなかった。セカンドシフトも光るのかな? 

 

「………まあいいですわ。今初めて乗ったのでしょうし、慣らし運転をしても宜しくてよ」

「いらないよ」

 

 右手に量子光を纏わせ、ほぼ一瞬で自身の武器である長槍、【インパルス】をコール。イーグルのパワーを準戦闘出力から戦闘出力に変更した。

 

「今の俺とスカイブルー・イーグルなら、なんだって出来る気がするんだ」

「大した自信ですわね」

 

 こちらが得物を出すのに合わせ、セシリアもBTレーザーライフル【スターライトmkⅢ】の照準を合わせる。

 

「ならハンデは必要ないかしら?」

「愚問だろ?」

「フフッ。そうですわね」

 

 試合時間まで残り30秒を切った。

 

 ここまで来るのに、とても長い時間がたった。

 第一回モンドグロッソで交わした子供の約束。

 子供の時はその意味をわかりかねていたが、歳を捕るにつれてその夢は膨らみ、同時に叶わぬことを知った。

 その矢先に起きた一夏のIS騒動、そこから始まった男性総調べのIS調査。

 そして分かりきった現実に直面し、それでもなお足掻いてあの打鉄を調べ、試し、そしてまた現実を知った。

 

 目の前のセシリアは、あの時の約束を忘れずに今この場にいる。

 あの時セシリアに再会し、叱咤激励されなかったら。あの日俺はISを動かせなかったかもしれない。

 勿論そんなことはなかったかもしれない、だけどそう思うのは自由だろう? 

 今この場にいる俺は、セシリアが形作ってくれたと言ってもいい。

 ならばそれに答えねば、男が廃るというものだ。

 

 残り10秒、カウントが一桁に変わり、会場が一気に張りつめた。

 

 彼女の瞳に強い光が宿る。

 考えることは同じ。互いの全力を出しきり、そして勝利する。

 インパルスの柄を握り、スターライトmkⅢの引き金に指がかかる。

 

 3・2・1。

 

「行くぞ! セシリアッ!!」

「来なさい! 疾風!!」

 

 開始と共に、ライフルから青い光が弾け、試合の火蓋が切って落とされた。

 

 今。夢が現実になる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。