IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第59話【不条理な災禍】

「ふわぁっ」

「だらしない」

「俺が人間である証拠………」

 

 セシリアの叱責も大口を開けた俺に届くことなくゆるりと歩いていく。

 昨日の夜はインフィニット・ストライプスをよみまくって夜更かしをしてしまったのだ。

 

「朝食を食べてるとき貴方半分寝てましたよ」

「マジ?」

「よだれでてましたわ」

「マジ!?」

 

 さ、流石にそれは恥ずかしいぞ。

 写真撮られてないと良いけど。

 

 そんなこんなでセシリアとの同居も一週間たった。

 予想してたようなドギマギしたようなことはなく。特にハプニングが起こることもなく普通に暮らしている。

 身構えすぎたせいもあるし、お互いの決まりごともしっかり守ってるからトラブルもなし。

 困ることと言えば、風呂上がりのセシリアが色っぽくてあまり目線を向けれないぐらいだ。

 

 みんなにこの話をすると一様に「つまんない」という顔をする。

 つまんなくねえよ、これが普通なんだよ。一夏がハプニングなりToLOVEるを起こしまくってるだけなんだよ。

 

「あら?」

「どした。ん?」

 

 校舎玄関のところで異様な人だかりが。

 

「何かあったのでしょうか?」

「あれじゃね。打鉄の新型パッケージが来るから」

「ああ、菖蒲さんの正式採用型の」

 

 特に気にすることなく横切っていく。

 人だかりから聞こえている声が喜よりの声でない気がしたが。

 

「………」

「………なんか視線が多い」

 

 数少ない男子だ。通りがかっただけで目線を引くのはもう慣れたものだが。今日はそれを加味しても多い。

 所々ひそひそやクスクスと小さな雑音が耳に届いてくる。特にクスクス声が妙に耳に残った。

 

「疾風………」

「行くぞ」

 

 まあ気にすることなく歩くんですけどね。

 

 

 

 

「おっはーよー」

「あ、疾風様!」

「おはよう菖蒲ってなんで引っ張るのん?」

 

 前のめりになりながらも席に案内された。

 俺の机の上には。

 

「なっ!?」

 

 俺が口を開く前にセシリアが思わず声を上げた。

 俺の机の上に白い紙が一枚セロテープで貼り付けられていた。

 紙には黒いマジックで『死ねっ!!』と書かれていた。

 

「疾風様だけではありません」

「一夏もか?」

 

 一夏の席の上にも『ここから出ていけ!』と書かれた紙が貼られていた。

 

「誰がこんなことを………」

「一番最初に私とシャルロットが教室に入ったのだが、既に貼られていた。現場維持の為に残していたが」

「ふーん」

「ふーんって。自分のことなのですよ。もうすこし真剣に」

「疾風!」

 

 気の抜けた反応にセシリアが呆れた声を出すも、最後まで続くことはなかった。

 後ろから一夏と箒と鈴が一組に雪崩こんできた。

 

「おはよう幼馴染みトリオ」

「おうおはよう。じゃなくて! 玄関の掲示板見たか!?」

「いや見てないけど。何かあったのか?」

「ああ! これっ!」

 

 目の前につき出されたのはまたも紙。それも三枚。どれも似たような言葉がマジックで書きなぐられていた。

 

「あそこだけじゃない。学校中に貼られているらしい」

「いつか来るかって思ってたけどさ。本当に来るなんてね」

 

 二人とも静かに怒りを燃やしていた。他でもない一夏(ついでに俺も)がこんな弊害を受けたのだ。声を荒げないだけでも立派だった

 

「どうする疾風」

「ほっとく」

「そうか! ………え?」

「え?」

 

 俺の返答に呆気に取られたのか一夏が間抜けな声を出して、釣られて俺も変な声が出てしまった。

 

「ほ、ほっとく?」

「うん」

 

 さも当然のように言う俺に何を言ってるのかわからないという幼馴染みトリオに思わずタメ息が出た。

 

「お前ら揃いも揃って良いように踊らされてんな?」

「どういう意味だ」

「お前達のことだ。人混み押し退けて掲示板の前に立って『なんだよこれ!?』とか言ったんじゃないか?」

「な、なんでわかった?」

 

 やっぱり。

 

「なあ、放火魔って何処で火事を見てると思う?」

「え?」

「あたし知ってる。野次馬の少し後ろよね」

「鈴、正解。何でだと思う?」

「えーと、なんだっけ?」

「火事を見てる野次馬の反応を見るため」

 

 燃えている物。それを騒ぎ立てて写真を取ろうとしたり怖がる野次馬。そして消防が声を上げて野次馬を牽制したり、火事について調査してるのを見る。

 そして放火魔はこう思うのだ。「自分が起こした事で人が騒いでる、注目している」と。

 

 全部が全部ではないが。放火魔の思考の一つだ。これは放火魔だけでなく犯罪者の大半がそうだ。

 犯人は現場に戻るという理由の一つでもある。

 

「野次馬が集まって注目した段階で犯人の目論みは成功。そこに当事者のお前が騒いで張り紙をかっさらって行きました。さて問題です犯人はどう思うでしょう?」

「えーと。よくも剥がしやがったな?」

「ブー。ムキになったと今頃シメシメとしてる。つまり相手を更に喜ばせました」

「え………」

 

 ここは楯無会長と同じだ。相手が良いリアクションを取れば取るほど良い気分になり、更に増長する。

 まあベクトルは全然違うけどな。

 

「一夏、あんまり過剰に反応するな。相手を喜ばせるだけだ。あいつらは俺たちが慌てれば慌てるほど喜ぶんだから」

「お、おう」

「やけに知った風に話すのね」

「別に、そういうもんだろ?」

 

 そう、そういうもの。

 

「とりあえず紙くれ。もしかしたら会長が暇潰しに指紋とか筆跡とかやってくれるかも」

「そんな暇あるかな」

 

 証拠物品(仮)をイーグルのバススロットに入れた。ゴミ箱に捨てるのも面倒だし。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 今日のことを報告するために会長の部屋、もとい一夏の部屋に来た。

 勿論先に一夏を入れさせて会長のイタズラの盾にして入った。反省も後悔もしていないし安心を手に入れて良い気分だ。

 

「まあ、そんなことがあったわけです」

「テンプレートねー」

「まったくです」

 

 会長の前に並べた物を見て、会長は頬杖をつきながら退屈そうに言った。

 俺も心からの同意を述べた。

 

「はい烏龍茶」

「ありがとう一夏。で、どれ程の規模なんです?」

「学園の掲示板の至るところに貼ってあった。皆には見つけ次第撤去するようにしたけど」

「ご苦労様です。犯人は例のですか?」

「多分ね。というのも監視カメラに映ってはいたんだけど。皆覆面やらお面やらつけて顔は分からなかった」

 

 まるで強盗だな。

 

「例って?」

「女性の為の会、通称女性至上主義の会だ。女尊男卑思考の女子が徒党を組んでるんだ」

「そんなのあるのか」

「臨海学校前にレゾナンスで遭遇した女居ただろ? あんなのがいっぱいいると思え」

「うげぇ………」

 

 流石の一夏も苦い顔をした。

 多分そいつも入ってるんだろうなぁ。

 

「生徒会や風紀委員としては、まだ動くことはないわ」

「そうなんですか?」

「まだそこまで動けるほど騒ぎが大きくないから」

「泳がせるということで?」

「ええ。こっちも出来るだけ見張ってるけど、それも限度があるし。確たる証拠が出れば直ぐにでも動くわ」

 

 まあ、今やってるのはSNS上の誹謗中傷と対して変わらないからな。

 

「とりあえず俺達はスルーの方向で。しばらくはイタチごっこで?」

「貴方たちには悪いけど、それでいいかしら?」

「わかりました」

「俺も賛成です。それにこっちが大した反応しないのに朝早くからせっせかせっせか誰かに見つからないようビクビクしながら張り紙を貼り続けていくミサンドリー共を想像するのはそれはそれで楽しいし心が晴れやかになります」

「ぶれないわねぇ、疾風くんは」

「俺、時々お前の感性疑う………」

 

 あれ、引かれてる? 何故、WHY? 

 

「オホン」

「なんですかわざとらしく咳真似なんかして」

「なんでか分からないけど凄く似合う」

「ありがとう一夏くん。ちょっと私からも二人に凄く真面目な話があってね」

「さっきよりもですか?」

「ええ。亡国機業(ファントム・タスク)についてよ」

 

 亡国機業。そのワードで緩みがちだった空気が凍りつき、俺たちも表情を引き締めた。

 

「二人は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を覚えてるわね?」

「忘れるわけないでしょう」

「うん。そのISが凍結処理されている米軍の秘密基地が襲撃されたらしいわ。襲ったのはサイレント・ゼフィルスよ」

「サイレント・ゼフィルス………」

 

 BT試験二号機。ティアーズ・コーポレーションから奪ったIS。

 ブルー・ティアーズの姉妹機にして発展機。

 あれから結局聞けずじまいだな。でも無作為に掘り起こす話題でもないと先延ばしにしてた。

 

「幸い銀の福音は奪われなかったわ」

「そうですか、よかったです」

「あれがまた敵になるなんて想像もしたくないです」

 

 オータムとの敗戦後、揃って会長とのトレーニングに勤しんでいるが。思ったような成果はまだ出せていないのが現状。

 あの時は無人機相手だからなんとかなったというのもあったわけだし。また相手するというのは、出来れば遠慮したい。

 

「そういえば。疾風くんはレーデルハイト工業からなんか連絡があった?」

「ああ、近々IS学園に打鉄の新パッケージが来るって言ってました。ロールアウトは少し遅れるみたいですけど」

「そうか」

「どうかしたんですか」

「えーと、実はね。近々ニュースになるらしいから言っても良いんだけど………」

「はい」

「レーデルハイト工業の研究施設が、四日前に亡国機業に襲撃されたの」

「なんですって!?」

 

 ガタッ! と椅子が吹き飛ぶ勢いで立ち上がって会長に詰めよった。

 

「会長! 詳しく聞かせてください!」

「ごめんごめん前置きをミスったわ。従業員の死者はゼロ。怪我人も軽症だって言ってたわ」

「そ、そうなんですか」

「うん。それどころか撃退して追い返したって」

「お、追い返した?」

 

 倒した椅子を戻して落ち着くために烏龍茶を一気飲みした。

 

「えっと、改めて詳しく」

「えっとね………」

「どうしたんですか?」

「なんというか。報告書がなんとも奇抜でね」

「どういうことですか楯無さん」

 

 会長は端末を取り出してしばらく見通した。

 

「要約するとね。敵ISが研究スペースに突入した途端、元軍隊出身の従業員からアサルトライフルで蜂の巣に」

「も、もと軍隊出身?」

「ああ。退役軍人多いからうちんとこ」

「警備のIS一機が強襲、のうちに敗退。そのあとEOSが単騎で突進して敵ISを吹っ飛ばしたって」

「ブフッ!」

 

 EOSってあのEOSか? 

 

「イオス?」

「簡単に言えばコアのない外骨格アーマー。スペックで言うと千機あってもISに勝てないぐらいの性能よ」

「あの………もしかしてそれ動かしてたの俺の父親ですか」

「よく分かったわね。そう、その人」

「お前の親父凄いな………」

 

 まあ、凄い。

 EOSでISに突っ込んで善戦するなんてあの知的筋肉チーフ以外考えられないし。普通考えないし。

 

「最後に社長であるアリア・レーデルハイトが新型ISで応戦。見事撃退して終了。情報によると、レーデルハイト工業は最初から亡国機業を捕まえるために罠を張ってたらしいわ」

 

 新型IS!? なにそれそこ詳しく! 

 

「お前のとこの会社すげーな」

「え? ああうん。他と比べて結構変わってるから」

「お前みたいな奴が生まれる訳だ」

「おい、事と次第によってはオハナシしようじゃないカ」

 

 失礼なことを言う口を頬をグニることで粛清する。

 

「とにかく。また亡国機業が襲ってくるとも限らないわ。二人とも自分のISを奪われたりしないように、普段からしっかり気を付けること」

「はい。二回も同じ手はくらいませんよ」

「絶対奪わせはしません」

 

 もうあんな思いをするのは、二度とごめんだ。

 胸のバッチを握りしめながら俺はあの時の恐怖を思い出した。

 

「よろしい。男の子はそれぐらい勇ましくなくっちゃ。理想としては私を惚れさせるぐらいにね」

「また難易度の高いことを」

「会長無駄に理想高そうっすよね」

「えーそんなことないわよ。私だって女なんだから収まるところに収まるわよ」

 

 そんなもんか。

 会長ならなんかそこんとこうまく見繕いそうだし。なんだかんだ言って。

 

「案外一夏くんを好きになったりしてね」

「ははは、またそんな冗談を」

「わからんぞ一夏。お前結構優良物件なんだから知らないうちに既成事実取らされるぞ」

「な、なんかいきなり現実味沸いてきた………」

「一夏くんひどーい」

「ハハハ」

 

 しかし会長がガチで取りに行ったら一夏ラバーズ勝ち目ないんじゃね? 

 至るところのスペック越えてくるだろうし。ここぞというときに動けるからヘタレの可能性はないし。

 

「疾風くんも笑ってるけど。もしかしたら疾風くんにターゲットしぼるかもよ?」

「頼むから今はやめてくださいね」

「どーしよっかなー」

「いやほんとマジで頼みます」

 

 まだあいつに明確な答え出せてないんだから。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 それから少したって。張り紙は段々と枚数を増やしていった。

 が、そこまで気にしないと決めた俺と一夏は黙って机に張ってある奴だけ剥がしていった。

 今ではそれを丸めてゴミ箱に投げ入れるゲーム的なのをしてるぐらいだ。

 

 そんなこんなで犯人も業を煮やしたのか嫌がらせのバリエーションを増やしていった。

 

「うわー」

「流石にこれは看過出来ませんわ!」

 

 朝教室に来て一番にセシリアが怒った声をあげた。

 セシリアが怒るのも無理はないだろう。

 いつもと同じ張り紙を剥がすと、そのしたにマジックで直接机に書かれてるのだ。

 

「そんな怒るなセシリア。騒ぐと奴らが喜ぶ」

「ですがこれでは授業になりませんわよ」

「そういう時は。一夏くん、例のものを」

「はいはい」

 

 一夏が鞄から取り出したのはアルコールスプレーと布巾。

 布巾にふきかけ、軽く力を入れて擦ると………

 

「おおっ、みるみる汚れが」

「油性マジックだからアルコールがよく効くんだ」

「織斑くん家庭的ー!」

「主夫属性持ってたんだ」

「なんという優良物件なの!?」

 

 と、一夏の主夫力をお披露目し一夏の株を上げることとなった。

 

 このあともラクガキがあったり。はてや花瓶まで置かれることとなったが。その花瓶はそのまま一組のインテリアになった。

 

 後はよくある告白詐欺。

 

 一夏の場合。

 

「付き合ってください!」

「いいぞ。何を手伝えばいい?」

 

 相手を選べとしか言いようがない。

 

 疾風の場合(取り巻き付き)。

 

「ずっと好きだったの、私と付き合って」

「ごめん、初対面の人とはちょっと」

「ちょっとあんた! その振り方は酷いんじゃないの?」

「せっかく勇気出して告白したのよ!?」

「いや、そもそも取り巻き連れてる時点で評価下がりまくりなんだよね。俺そうやって徒党組んで追いたてる女子ほど嫌いなものはないし。そもそもお前このまえ生徒会に難癖付けてきた奴の一人じゃん。よくもまあその顔で告白しようなんて思ったね? それにあんた………」

 

 結果。取り巻き含めた女子は理論マシンガントークでねじ伏せられて心が折れ、最後は涙目になった。

 相手が悪く、しかも時期が悪すぎた。

 

 更に極めつけ。

 

『織斑一夏。他校の生徒とラブホテルへ!』

『疾風・レーデルハイトが万引き!?』

 

 なんてデマが校内に出ても。

 

「あーこれ合成だわ。しかも下手くそだなオイ。首の位置ずれてんじゃん」

「こっちは?」

「少し前に流行ったディープフェイクってやつだな。今イーグルで計算したけど。俺より身長が5センチ低いと出た」

 

 とまあこんな風に直ぐにバレ、そのネタを新聞部に提供。

 校内でも信頼のおける新聞部の新聞で目出しにされた。

 タイトルは「ディープフェイクを使ったのにも関わらずお粗末なフェイク画像。ミッケの方が難しい」。因みにこの煽り文は俺ではなく黛先輩だということを明記しておく。

 

 更にあの手この手で嫌がらせが来たものの、のらりくらりと躱していった。

 これも精神的に図太いクラスメイトが味方であるという精神的余裕。

 嫌がらせも一夏が発揮する気づきすらしない鈍感力。

 更に俺と会長が作った対嫌がらせ攻略マニュアルなるもののお陰で嫌がらせも周囲の笑いの種に変えて見せた。

 

 更にこの女尊男卑で萎縮していく男性のイメージを覆すかのように嫌がらせをものともしない男子二人に校内女子の評判が上がる結果となった。

 学校のイメージダウンを狙ったつもりが逆にイメージアップになったともなれば、主犯と思われる女性至上主義の会も堪ったものではなく、更に方法を過激にならざるおえなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「本当にやるの?」

「当たり前でしょ! IS学園の汚れを排除するのが此処の生徒の勤めよ!」

「そのとおりよ。てかこれマジで臭い」

 

 息巻く3人の女子の目線の先には男子生徒が入ったことによって外に建設された男子専用公衆便所だった。

 

「TOTO、ととべんき~。TOTO、ととべんき~」

 

 なんとも不思議な歌を歌いながら入って言ったのは二番目の疾風・レーデルハイト。

 ここ最近決まってこの時間にトイレに行く。

 そして疾風はどんな時にでも便座に座る派という情報も掴んでいる。

 

「入った」

「行くわよ」

 

 三人が揃って仮面やら変装用マスクを被る。手に汚水の入ったバケツを持ち、足音を立てずに男子トイレの前に。

 

 カチャリ。個室に入って鍵をかける音を確認。

 ゆっくりと扉のしまっているトイレに近づいていく。

 

「フフフッ」

「クスクス」

 

 これから起こる惨状を想像して声が漏れるのを唇を閉じて防ごうとしたが漏れている。

 疾風が入っているであろう個室の前に立つと。バケツを持つ手に力を込め。

 

「「「そーーれぇぇ!!」」」

 

 上から思いっきりバケツの中の汚水をぶちまけた。

 

「うわーー!」

 

 中から汚水を被った疾風が叫び声をあげたら。慌てふためいてることから彼の服が汚ならしい水と悪臭に襲われていることは容易に想像が出来た。

 

「ハハハッ! ざまあみなさい!!」

「調子に乗ってるからこうなるのよ!」

「さっさと此処から出ていきなぁ!!」

 

 ゲラゲラ笑いながら中にいる疾風を罵倒する三人。変装マスクのせいでなおのこと不気味な風貌。

 

「行くわよ!」

「これに懲りたら大人しくするのね!」

「キャハハハハハ」

 

 今までの鬱憤を晴らす大満足な結果に三人組は悠々とトイレを出ようとした。

 

「あら楽しそうね? 私も混ぜてくれる?」

「!!?」

 

 そこに居るはずのない声に口から心臓が飛びかけた。

 

 トイレの入り口には扇子を持った水色髪の二年生。更識楯無生徒会長その人がいた。

 

「な、なんで」

「んー? 夜のパトロール。最近校内物騒だから見回りしてるのよー」

「そんな………」

「ところでみんな顔隠して男子トイレに潜入? キャー! ませてるわねー!」

 

【大胆】とかかれた扇子を開きながらクネクネする会長。

 余りにも陽気な雰囲気に三人は呆気に取られるなか。楯無の赤い目が開かれた。

 

「で? 何してたの貴女たち」

 

 その時三人は首筋にナイフを当てられたかのような肌寒さを覚えた。

 それもそのはず。楯無の顔は今まで見たことがないぐらい冷ややかで、感情をなくしたかのような目に三人は射抜かれた。

 

「そ、掃除を………」

「掃除? それにしては随分とおざなりね。ここまで臭いが来てるし。やるならちゃんとした方がいいわよ」

「え、えーと。えーと………」

「疾風くんもそう思わない?」

「全くですわ」

 

 ガチャ。スライド式の鍵が開く音は彼女たちにとって死神の足音に等しかった。

 思わず「ヒッ!?」と上ずった声を出した女子は音のしたほうに振り向いた。

 

 汚水が滴るドアから出てきたのは疾風。

 それ事態はおかしくはない。中に入っていたのはわかっていたから。

 

 問題は個室から出てきた疾風自身がなにも起こってないかのように平然としているからだ。

 

「いや、酷い臭いだな。まあそれもそうだよな。生ゴミヘドロ入りの水なんて殺意高過ぎ」

「な、なんで!?」

「なんで? 何でってなに? ああなんで濡れ鼠になってないのかって? フフン、バーーリアッ♪」

 

 ニコリと笑っている疾風が手を広げると、ヘックス状のシールドバリアが疾風を包み込んでいた。

 

「あ、IS」

「おいおいシールド1も減らせてないぜ? いやー貧弱貧弱」

「あんた! 校内でのISの無断使用は」

「無断? 俺は自分の危機回避の為にISを使っただけだぜ? ですよね会長」

「ええ、全く問題ないわ」

 

 ここまで来てようやく気付かされた。

 自分達はまんまと罠にはまってしまったのだと。

 

「なあ? なんで蔑んでた俺がISを持ってて、上位存在であるはずのお前らが持ってないにも関わらずそんなでかい顔が出来るんだ?」

「っ!」

「あ、この一部始終は全部カメラで抑えてあるから。決定的証拠ゴチでーす!」

「そ、そんな横暴が」

「ハハハハ。おまいうで草」

 

 心から愉快そうに笑う疾風を前に段々と怒りがこみ上げてきた女子の一人は手に持ったバケツをぶつけてやろうと力を込めた。

 

「なんだ、騒がしいぞ」

「あ、織斑先生」

「え!?」

 

 学園の閻魔様降臨。

 

「更識、とレーデルハイト。なんの騒ぎだ」

「器物破損と暴行罪の現行犯です」

「頭から腐った水ぶっかけられました!」

「そうか」

 

 特に変わった様子もなく織斑先生は覆面3人に目を向ける。

 

「おい、そのヘンテコなものを脱げ」

「そ、そんな」

「脱げ」

「は、はい………」

 

 有無を言わさないとは正にこのこと。睨まれた三人は震えながらも覆面を脱いだ。

 

「二年生か」

「………」

「こうもあからさまだと、流石に見てみぬ振りも出来ないな。先ずはここの掃除、その後に生徒指導室に来い」

「はい………」

 

 この世の終わりだとばかりに絶望と悲壮に満ちた表情を浮かべる三人組。

 先ほどの横行闊歩振りはすっかり影を潜め震えていた。

 

「はいチーズ」

「うっ!」

「いい表情。あ、心配しなくても直ぐにはアップしないから。ちゃんと審議した上で決めるからね」

「くっ」

「煽るなレーデルハイト。これ以上用がないならさっさと行け」

「はい。失礼致します」

 

 

 

 

 

 織斑先生に後を任せ、俺と会長は学生寮に戻ることにした。

 喋ることなく、黙って学生寮の中に入り。そのまま一夏の部屋にお邪魔した。

 

「お帰りなさい楯無さん。あれ、疾風も? ってことは」

「………やったぜ一夏ぁっ!!」

「お、おおおっ!」

 

 上げた手に反射的に出した手でハイタッチした。凄まじいぐらい快活な音が響き、そのあと手のひらに鋭い痛みが走った。

 

「いっってー!」

「おお痺れる痺れる」

「いやー成功成功! 一週間ずっと同じ時間に行き続けた甲斐があったわ!」

「まさか本当に釣れるとは思わなかったわ。ここまで行くと本当にテンプレね」

「またまた、会長だって今日はアクアナノマシンでなんちゃって光学迷彩するぐらいノリノリだった癖にぃ」

 

 実は会長はずっと透明のまま俺の後ろに行き、トイレの前で腕を組んで立っていたのだ。

 あの三人はそれに気付かないまま会長の横を通りすぎていったのだ。

 

「しかしまさか織斑先生が出てくるとは思わなかったよな」

「あら? あれって疾風くんの差し金じゃないの?」

「違いますよ。いつ来るか分からないのに先生を呼べませんし。いやー偶然ってほんと怖いですね」

「千冬姉に捕まったのか………相手が相手だけど、ご愁傷さま」

 

 今頃あのくっさい男子(・・)トイレで掃除してる頃だろう。

 さっき撮った写真を出してみるとニヤケが止まらなかった。

 

「イキイキしてるわ疾風くん」

「もう、さいっっっこうです」

「IS動かしてる時より楽しそうだなお前」

「ま、マジ? やばっ」

 

 流石にそこまで行くと自重しなければならない。

 ISよりサディスト成分が勝るというのはショックではないがあんまり良い感じではない。

 ISよりあいつらが上なんて虫酸が走るし。

 え、そこじゃない? 

 

「じゃあ部屋戻るんで」

「おう。戻るまでニヤケるの直しとけよ」

「今の顔結構ヤバイわよ」

「了解」

 

 そんなにヤバイのか。もしかしてオリジナル並みにやばい? 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あー、眠い」

 

 完全寝不足だ。朝のトレーニングもサボっちゃったし。

 セシリアはもう先に行ってしまったし………

 

「ふぁーーー」

「大きいあくびですね」

「ん?」

 

 いつから居たのか隣には着物(制服)姿の菖蒲が居た。

 いやほんといつの間に? 

 

「少し前からいましたよ?」

「マジか」

「私の接近に気付かないなんて。疾風様らしくありませんね」

「はは、まじかー」

「でもそんな疾風様も素敵です」

 

 ポヤーと笑う俺に菖蒲は笑い返した。

 

 あれから菖蒲は俺に催促はしなかった。

 変わりに距離が近づいたり、週に二回はお弁当を作ってきたりと、アプローチに遠慮がなくなっていた。

 

 その気持ちが分かってる上で攻めてくる菖蒲に俺は菖蒲を納得させれるだけの答えを示していない。

 菖蒲は本当に気にしていないのだろうか。ただ待っているだけなのか。そう思ってるのは俺だけなのではないか。

 それでも言えない現状。恋愛に関してはここまで臆病だとは自分でも知らなかった。

 

 このことを村上に相談したら「もげろ」と言われた。それはそうだと謝ったが。

 ついでに「他に好きな人いんのか?」と言われたが。それもわからないのが現在進行形。

 

「菖蒲も今日は遅いほうじゃないか?」

「弁当作りに失敗して、作り直したらこんな時間に」

「なる」

「その分今日は自信作ですから。期待しててくださいね」

 

 俺は誰かが誰かを好きになる気持ちは分かるが。自分が誰かを好きになる時の気持ちがわからない。

 恋をしたことがないから、恋をするような女子がいなかった。周りにいた女子は人間と呼ぶには醜すぎた。

 

 菖蒲はいつも俺に心から笑いかけてくれている。

 俺がいつまでも答えを出さないでいるのに笑ってくれる。

 だから俺は決して勘違いさせないように、当たり障りのない台詞で誤魔化した(答えた)

 

「ああ、楽しみにしてる………」

 

 ガコンっ!! 

 

 何の音? 

 反射的に上を見ると、網目状のフェンスが徐々に大きくなって………

 

「疾風様っ!!!」

 

 ドンっと身体を押されて空中に投げ出される。

 

 え、なに? 

 

 耳をつんざくようなガシャン! という音がなった。

 受け身を取って起き上がると土煙が顔を叩き、砂が眼鏡に当たった。

 

 目を開けると、先程まで俺と菖蒲が居た場所に土煙がモウモウと立ち込めていた。

 

 ぼやけていた頭が覚めていき、状況を理解してしまった俺は全身の骨が凍りつくのを感じた。

 側に菖蒲が、いない………

 

「あ、ぁ、菖蒲ーーー!!!」

 

 朝の校舎に悲痛な叫び声が木霊した。

 

 

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