IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第70話【モヤモヤ・イライラ・ドキドキ】

 放課後。

 

 俺はいつも通りアリーナでISを………ではなくテニスコートのベンチに座っていた。

 

「はぁぁぁ~………」

「クソでけぇタメ息だなぁ」

 

 今日は『生徒会執行部・織斑一夏貸し出しキャンペーン』With疾風・レーデルハイト貸し出しバージョンなのだ。

 

 全部活動参加ビンゴ大会という余興のあと。当選者がクジを引き、当たりを引いた部には+αとして俺がついてくるのだ。

 

 因みに生徒会執行部という名前は生徒会を部活として成立させる為の名称らしい。

 

 今日はテニス部に出張。

 目の前のコートではテニス部員が鬼気迫る表情でラケットを振るっていた。

 

「ちょれぇぇい!!」

「やられはせぬぅぅ!!」

「マッサァジィィィ!!」

「織斑くんとマンツーマンッッ!!」

「………はぁぁーー」

 

 コート場の熱狂と対照的に深いタメ息を吐く我らが織斑一夏の表情は暗い。

 その理由と言うのが現在開催されている『織斑一夏のマッサージ権獲得イベント』。

 

 誰が言い出したのか知らないが「せっかく男子がいるんだから優勝した人に何かしてもらおう」という話になり。様々な議論が飛び交ったのち。

 

「確か一夏さんはマッサージがとても得意でしたわね」

 

 とセシリアが言ってしまってさあ大変。

 テニス部員の目が燃え上がり狂喜に満ちたテニストーナメントが開始されたのだった。

 

 まあわかるよ一夏。マンツーマンで他人にマッサージって結構くるよな。

 あれから忘れよう忘れようと思っても臨海学校のドキドキサンオイル事件は今も頭に残ってる。

 

 けどな。

 

「人気者は辛いな一夏よ」

「お前、自分が対象外だからって高みの見物しやがって」

「フフッ。楽しいね」

「お前ほんと性格悪いな!」

 

 何とでも言うがいい。

 他人の不幸は蜜の味。それもイケメンモテ男の修羅場とか最高の肴になる。

 巻き込まれなければ俺はそれでいい。

 

 しかしまぁ。

 

 睨んでくる一夏をシカトして俺はひとつ向こうのコートに視線を移した。

 

「いきますわよ!!」

「ぬぐっ! 相変わらず重い玉を!」

「SMASH!!」

「にゃあぁっ!?」

 

 元凶である本人のやる気が他より違うんだよな。何事も全力なのがセシリアの美徳だけど。

 

 自分から一夏のマッサージの案を出したってことは。セシリアは一夏のマッサージを受けたかったのだろうか。

 確かに一夏のマッサージは本職顔負けだろうけども。

 

「………あーモヤる」

「なんか言ったか?」

「なんでもねえよ」

 

 あ、またスマッシュ決めた。

 

「勝利! ですわ!!」

 

 勝利のVサインの変わりにニコッと笑うセシリア。

 汗をかきながらもその美貌は陰りはせず、爽やかささえ感じさせられていた。

 

 まあ、元気ないよりはいい。これを気に心機一転してくれればなお良し。

 

 それから試合は続き、セシリアはほとんどストレートで決勝までコマを進め。見事ストレート勝ちを決めた。

 ハイスクール時代の蒼の王女(ブルー・プリンセス)、ここにあり。

 

 俺と一夏は臨時マネージャーとして試合が終わった女子にタオルとスポーツドリンクを配っていった。

 

「おつかれセシリア。ナイスプレイ」

「はぁ、ふぅ。………当然………ですわ……。けほっ」

「ほれ。スポドリ飲め」

「どうも………うぅ、重いですわ………」

「ああもうほら、補助してやる」

 

 腕に力が入ってないのかスポドリを持つ手が覚束ない。

 息も絶え絶えの満身創痍といった感じ。

 

 俺はペットボトルに手を添えてセシリアの腕の負担を少しでも減らした。

 うっ、視線が痛い。

 

「プハァ………あの、疾風」

「なんだい」

「その………いま腕が棒のようになってまして……はぁ、ふぅ………よろしければ、顔を吹いていただけると、ありがたいのですが」

「了解、お嬢様」

 

 最初からフルスロットルで決勝までぶっ通しだったからな。ストレスでも溜まってたんだろう。

 躊躇うことなく言われるままセシリアの顔に張り付く玉汗を吹いてあげた。

 

「「あーーーーー!!」」

 

 うるっさ。

 

 タオルでセシリアの汗を拭いていると周囲から一斉に音響爆弾が投げられた。

 

「セシリアなにしてんのよ!」

「レーデルハイトくんの独占ご奉仕だなんて!」

「優勝したからってそれはズルいでしょ!」

「え、え。わたくしそんなつもりは」

 

 みんなから一斉に指摘されて火照っていたセシリアの顔に更に赤が差す。

 

「レーデルハイトくん私たちの汗も拭いて!」

「いやいや。お前たちは手動くだろ」

「だってセシリアだけズルいじゃん!」

「セシリアだけ特別扱いするのー!?」

「「ズルいー!!」」

 

 待て待てなんでこうなってる。

 こういうのは俺じゃなくて一夏の役目だろ。巻き込まないで下さい。

 

「ほーらみなさん一夏のほう空いてますよー!」

「おまっ! 平気で友達を売るな!」

「勿論一夏くんにもしてもらうわ!」

「既に退路がないだと!?」

 

 クッ、一夏撒き餌作戦は失敗か! 

 最近この戦法が使えなくなってきて若干焦っている。

 

「こうなったらセシリア以上のご褒美を即時報酬として確立するしかないわ!」

「副部長! 何か案があるのですか!」

「勿論よ。私たちも汗を拭いてもらうのよ、背中とか、ね」

 

 その時、テニス部員にイナズマが走った。

 

「それはナイスアイディアね!」

「私汗だくでやばいから是非ともお願いしたいわ!」

「「いいよね二人とも!!」」

「「いいわけあるか!!」」

 

 むしろ何故通ると思ったこの脳内お花畑ども! 

 

 部員の言葉をそのまま受け止めるとして。

 部室という密室空間で下着姿の女子全員の背中の汗を拭いてまわることになる。

 汗から発散される女子特有の臭いと視覚的暴力。

 極めつけには、そのなかにはセシリアがいる。

 

 うん、駄目ですね!! 

 

「み、皆さん破廉恥ですわよ!」

「そ、そうだ! こんなこと許されるか!」

「部長! こんなモラルがなくていいんですか!?」

「んー? 良いんじゃね? 本人たちが良いと言ってるし」

 

 クソッ! IS学園の女子はある意味男らしいぜ! 

 欲望に忠実すぎる! 

 

「むしろ役得ってことにしとけ? 合意で女子に触り放題だぞ」

「言い方ぁ!」

「とにかくそんなこと出来ません! サービス対象外です!」

「「えええええ~~~!!」」

 

 えーじゃねえこの馬鹿ども! ピンクブレイン! 

 トーク番組の定番音声流してんじゃねえ! 

 

 これ以上文句言うようなら俺らの頭目に報告………駄目だぁ、全力バックアップ待ったなし。

 

「とにかく駄目です! 閉廷!!」

「いいじゃんいいじゃん! こっちはスポーツブラなんだし!」

「全然恥ずかしくないよ!」

「「「頼むから羞恥心を持って下さい!!」」」

 

 専用機トリオの叫びとブーイングが放課後のテニスコートに響いたのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あーー疲れた。あんなのに俺のIS時間が奪われたのか? ふざけるなよ畜生めぇ」

 

 結局あのあと予定より伸びた部活時間におされて普段の半分もISを動かせなかった。

 悪意はないのだろう。悪意がないからなおのことたちが悪いのだ。

 

 一夏の苦労が分かった気がする。

 

 今はそのフラストレーションをキーボードにビシバシ打ち込んで発散している。

 

 後ろでセシリアがシャワーから上がってきた。振り返ることなく俺はキーボードを打ち込む。

 

「疾風、あなたもシャワーに入ったらどうです?」

「いや後ででいい。さっき本社から高機動パッケージの稼働データとレポートを送ってくれって連絡が来てさ。今ストレスと共に打ち込んでる」

「レポートは丁寧に」

 

 わかってますよー。

 

「てかお前も念入りだな。部活後にシャワー入って、こっちでもシャワー入って」

「これから一夏さんのところに行くのですよ。とうぜんでしょう」

 

 ああそうだった。

 あのゴタゴタで忘れてたわ。

 

「間違ってもネグリジェで行くんじゃねえぞ」

「行きませんわよ!」

「無難なやつにしとけよ」

「わかってますわ。男はみんな狼ですものね」

 

 はい、そうですよ。

 

 着替え終えたセシリアを見てみると薄水色のパジャマを着ていた。

 セシリアの顔は湯上がりで火照った頬と湿り気が少し残った髪というなんとも健康的な色気を纏っている。

 触りだけのメイクなのにそれでもセシリアの美貌が損なわれることはない。といってもセシリアはノーメイクでも普通に綺麗なのだから世の中本当に不公平だと思う。

 

 格好は無難。だけどこれはこれでグッとくるのはセシリアの素のポテンシャルの高さだ。

 

「では行ってきますわ」

「はいよ」

 

 ………………

 

 セシリアが部屋から出ると。

 なんとも言えない感じが身体の底から上がってきた。

 原因は間違いなくセシリアだ。セシリアが絡まないとこうならないと最近気づいた。

 

「大丈夫だろ、一夏だし。会長だって居るんだから何も心配することなんかないない………レポート仕上げねーと」

 

 俺は気を紛らわすためにキーボードを打ち込む。

 明確に固まらない感情はフヨフヨとしたまま胸のなかを漂っており、なんとも集中が散漫する。

 

 ………同居生活ももうすぐ1ヶ月になる。

 最初はとんでもないことになったと焦りに焦ったが。お互い色々ルールを決め、特にトラブルもなく過ごせた。

 

 二人でISに関することをいっぱい話した。

 セシリアには結構コアで理論的な討論が出来るからそれが堪らなく楽しくて、気付けば一時間たつことなどざらだった。

 

 家事に不慣れなセシリアに色々教えた。特に自炊をする時は必ず二人で作った。

 たまにとんでもないことになりそうなこともあったけど、それでも楽しかった。

 

 それはとても充実した日々でもあったし。それがもうすぐ終わるのは正直言って寂しい。

 もっと一緒に過ごしたいとさえ思える。

 

 唐突だが。俺は色んなジャンルの本を読む。難しい物は読めないから基本ラノベやら漫画だが。

 なかには楓から借りた少女漫画物も含まれたりしている(やけに義兄妹物が多かったりした気がするがそこはノータッチ)。

 

 で、その漫画の中には今の自分に似たようなヒロインと同じ屋根の下みたいなシチュエーションもあったわけで。

 モヤモヤしていた主人公は最終的にそれが恋であると自覚し、紆余曲折あってヒロインと恋人になりハッピーエンド。

 

 俺のこのモヤモヤする感情は果たして恋なのだろうか。

 俺はセシリアをライバルではなくそういう対象として見ているのだろうか。

 

 だから一夏のところに行ったセシリアにモヤモヤしてしまうのだろうか。

 

 そうだとしたら辻褄は合う。

 合うんだが………

 

 ピンポーン。

 

「誰だ? はーい」

「ハロー疾風くん」

 

 画面には見知った生徒会長の笑顔が。

 

 え、会長!? なんで、いま一夏の部屋にいるんじゃ。

 

「開けてー。開けないと斬るわよぉ」

「開けますから斬らないで下さい! うぉっと」

 

 途中ずっこけかけながらも玄関の鍵を開け。

 

「はーい楯無お姉さんでーす」

「いや、会長。その」

「まあとりあえず居れなさいな」

「え、ちょ」

 

 脇をすり抜けて入ってきた会長。

 扉を閉めて鍵をかけてから。リビングにいく会長に声をかけた。

 

「あの、会長。なんで一夏の部屋にいないんです?」

「んー? 別にマッサージ受ける側じゃないし。それに私が居たら気が散るかなぁって」

 

 気が散るって………

 てことはいまセシリアは一夏と二人っきりにということになる。

 

「あ、いま変なこと考えた?」

「考えてませんよ!」

「もう、怒っちゃやーよ」

「怒ってませんよ。怒ってなんか」

 

 ムカムカする。モヤモヤする。

 なんとも言えない感じが一気に大きくなっていって、顔にでないように必死になる。

 

「そんなに一夏くんとセシリアちゃんが二人っきりになっちゃうのが嫌?」

「はぁっ!?」

 

 だがそんな強ばりも会長の一刺しで崩れた。

 思わずおっきい声出ちまった。慌てて口を抑えるももう遅い。

 

「あら、疾風くんにしては良いリアクション。これからはそっち方面で攻めようかしら」

「怒りますよ」

「いやん」

 

 完全に会長の手のひらの上。

 なんとか脱出したいが糸口がまるで見えん。

 

「会長なんかようですか。暇なら他当たって下さいよ。いま本社用にレポート書いてるんですから」

「えー、いやー」

「子供かあんたは」

「疾風くんだって子供でしょうに」

 

 それは年齢ではなくもっと対外的なものだということがわかった。

 

「何が言いたいんすか」

「別に。でも言いたいことはいま出てきたわ」

「なんですか」

「疾風くんってセシリアちゃんのこと好きなの?」

 

 なんの脈絡もなく驚く暇すらないほど会長がさらりと言った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おうセシリア。来るのまってたぞ」

「お待たせしましたわ」

「シャワー入ってきたのか?」

「ええ、レディーとして最低限の身だしなみですわ」

 

 セシリアは部屋の状況を確認した。

 一夏の他にルームメイトの更識楯無。

 一夏のことは信頼しているが、一応の安心は確立できた。

 

「一夏くん。お姉さん出掛けてくるわね」

(えっ!?)

「はい、行ってらっしゃい」

 

 セシリアの脳内にプチアラートがなった。

 

(お、落ち着きなさいセシリア・オルコット。相手は一夏さんなのです。大丈夫ですわよ。男は狼ですけど彼は大丈夫ですわよ。それにしてもあの人絶対面白がってやってますわね!)

 

 既に居ない楯無に怨み節を投げるセシリア。だが状況は変わらず。

 

「じゃあ早速始めるか」

「えっ、もう!?」

「なんか都合悪かった?」

「えと、その………気持ちを落ち着かせるために何か飲み物を」

「了解」

 

 一夏はマッサージの準備が施されたベッドにセシリアを促し、キッチンに向かった。

 

「リクエストとかある?」

「こ、紅茶を」

「紅茶………ティーバックしかないな。それでもいい?」

「お構い無く」

 

 お湯を沸かし、ティーバックを準備する一夏の後ろ姿を眺めるセシリア。

 Tシャツ姿の彼は間違いなく男の骨格だった。

 

(一夏さん、初対面の時より幾分か逞しくなられましたわね。疾風も結構鍛えていますけど。そういえば彼の高機動訓練の教官は誰に決まったのでしょう? シャルロットさんかラウラさんでしょうけど)

 

 一般女性にはない男らしさを眺めながらセシリアは何をすることなく待ち続けた。

 

「ほい」

「どうも。いただきます」

 

 手に持ったティーカップを口に持っていくと。程よく温度が下げられたぬるめの紅茶を下で味わった。

 すぐに飲めるようにぬるめにしてくれた。

 そのさりげない気遣いにセシリアは胸のあたりが暖かくなった。

 

(疾風とはまた違った気遣い方ですわね)

 

 顔もよく運動も出来、勉学は苦手だがやる気になればその飲み込みの早さで対応する。ISの腕もメキメキと上達し、零落白夜も様になってきた。

 だが彼はそれに驕らず現状に満足せず邁進し続ける。

 

 そして一夏はとにかく優しい人だ。

 他人のSOSを意識的、無意識的に察知し手を差しのべ、困難な道を自ら進む。

 

(皆さんが惚れるのも納得がいきますわね)

 

 女性が絡むとわざとやってるのではと思うぐらいの鈍さとデリカシーのなさを発揮するが。

 そんなところも彼女たちには愛おしく思い、憎みきれないのだろう。

 

「どうだ? セシリアの舌には合わないかもしれないけど」

「いえ。ティーバックとは思えないぐらい美味しいですわ」

「良かった。そのティーバック虚先輩に貰ったんだ」

 

 布仏虚。セシリアが同居するまえにいた疾風のルームメイト。そして同じ生徒会の一員。

 

(そういえばわたくし。生徒会としての疾風をまったく知りませんわ)

 

 日常の会話でも生徒会の話題は出るが、それは表面上の当たり障りのないもの。

 

 セシリアは途端に知的探究心が芽生えた。

 

「あの、一夏さん。一つ聞きたいことが」

「なんだ?」

「生徒会の疾風ってどんな感じなんですの?」

「生徒会の? ちゃんと働いてるよ。特に書類仕事や情報整理が凄くてさ。虚先輩が感心するぐらいで」

「そうなんですか」

「まあそれもこれも早く仕事終わらせてIS動かしたいのが根っこだろうけどな。終わったら速攻でアリーナに走っていくんだぜ」

「ぶれませんわね」

「ハハ、まったくだな」

 

 何処までもIS一本。

 この世で一番ISを愛してやまないのではと割りと本気で思い始めている。

 

「もし俺と疾風が一緒にIS学園に来てたらどうなってたかな」

「え?」

「いや。ISのこと全然知らない俺とISのことならなんでも知ってる疾風。ISの捉え方が正反対な男二人って結構凄くないか」

「そうですわね。少なくともISの参考書を電話帳と間違えて捨てたり代表候補生ってなに? と聞くことはないでしょうね」

「そのことについては触れないでくれると助かる。もしかして根に持ってる?」

 

 今となっては織斑一夏にガッツリ刻み込まれた黒歴史になっている。

 あの時の自分はあまりにも世間知らずだったとたまに思い出しては悶えるファーストマンだったのだ。

 

「あの頃に比べて立派になられましたわね」

「セシリアは俺のなんなんだよ」

「さあなんでしょう。今では戦績も伸びてきて、わたくしにも勝つようになってきて」

「それに関しては白式のお陰な気もしないけどな」

 

 レーザー兵器が主流のセシリアにとって一夏の白式・雪羅の光学兵器無効は天敵だ。

 最近は零落白夜と接近の仕方が化けてセシリアでもなかなか勝率を稼げないでいた。

 

 ばつの悪くなった一夏は話を戻した。

 

「俺も事務作業やってるけど、疾風ほど上手く出来ないんだ。あいつはほんと凄いやつだよ。まあ今は部活動レンタルが主になってきたけどな」

「大変そうですわね」

「そうなんだよ。そもそも俺なんかが来て嬉しいか?」

「現に喜ばれてるじゃないですか。皆さん一夏さんのこと好きですから」

「なんでだろうなぁ。俺が男性IS操縦者だからか?」

「それは………」

 

 そうではないと言いたかったが言えなかった。

 女子のターゲットは一夏だけではなく疾風にも向けられてきたのだ。

 

 一夏の人気が薄らいだわけではないが。女子生徒の間で「レーデルハイトくんも良いよね」という風潮が出てきたのだ。

 

 嫌われるよりはいいし。待遇が改善されたのは喜ばしく、疾風始動で行われた過激派女尊男卑思想の撤廃は大成功だった。

 

 だけどセシリアは素直に喜べない自分がいることに目をそらしている。

 

「一夏さん、始めましょう」

「いいのか?」

「ええ、余計なことを考えそうになったので」

「え?」

「なんでもありませんわ」

 

 セシリアはベッドにうつ伏せに横たわった。

 

「じゃあ始めるぞ。まずは足からな」

「ええ、お願い致しますわ」

「おう」

 

 ゆっくりと始まったマッサージ。

 シルク地のパジャマがすれる音が静まった部屋に広がった。

 

「んっ」

「あ、痛かった?」

「いえ。あの、捲った方が宜しいかしら?」

「いや、服の上で大丈夫だけど。あ、パジャマ痛んじゃうか?」

「その心配は不要ですわ、このままお願いします」

 

 グッ、グッと手のひらを使ったマッサージは乳酸や疲労のたまった足を解し、血流の流れを良くして熱を持った。

 

(これは、体験してみると想像以上に気持ちがいい)

 

 テニス大会で頑張ったかいがあったとセシリアは早くも実感していた。

 

「ふぅ………一夏さんお上手ですわね。本当にご経験がないのですか?」

「あぁ、元は疲れた千冬姉を労うために独学で始めたんだけどな」

 

 本当にマッサージ店を開けば大層儲かるだろう。

 その時は投資をしてみようかとセシリアは冗談交じりに思った。

 

「大分疲れがたまってるな。見た目じゃ分かんないけどかなりこってる」

「ええ、最近はアリーナに入り浸ることが多くて」

「あれか、偏光制御射撃(フレキシブル)ってやつか」

「知ってましたの?」

「疾風から聞いた」

 

 余計なことを、とセシリアは内心毒づいた。

 

「疾風はなんて?」

「あーー」

「口止めされてるので?」

 

 念を押す彼ならやりかねない。

 

「いやそういうんじゃないんだけどな。『セシリアは一人で無茶しがちだから見かけたらそれとなしに気にかけてやってくれ』って」

「え、疾風がそんなことを?」

「ああ、なんか自分じゃ力になれないからって。専用機持ちみんなに言ってるみたいだぞ」

「そう、ですか」

 

 何故か分からないが心臓のドキドキと勢いを増した。

 きっとマッサージで血流がよくなったせいだと一人で納得した。

 

「あとあいつBTエネルギーについて楯無さんに聞いてたな」

「生徒会長に?」

「ほら、ミステリアス・レイディの水操作あるだろ。あれってイギリスの技術を使ってるらしいから」

「え、そんなの初耳ですわ!?」

「そうなのか?」

 

 これって喋って良かったのだろうかと一夏は難しい顔をしたが、セシリアの関心はまた疾風の話題に戻った。

 

「そ、それで疾風はなんでそんなことを?」

「なんでってセシリアの為だろ?」

「わたくしの?」

「あいつ最近口を開けばセシリアのこと言ってるぜ」

「わ、わたくしを!?」

 

 さらりと漏らされた情報にセシリアは度肝を抜かれた。

 

「一人で無理してないかとか。どうすればフレキシブルを成功できるかとか。凄い難しい顔してる時もあるし」

「知りませんでしたわ」

 

 そんなこと気づきもしなかった。

 

 セシリア自身がほっといてと言ってから疾風はフレキシブルやサイレント・ゼフィルスの話題を一つも出さなかった。

 だけど彼は影でセシリアのことを気遣っていたのだ。その事実にセシリアの体温が一気に上がった。

 

 マッサージのせい、と言い訳出来ないぐらいに。

 

 セシリアが悶々としながらもマッサージはメインに入っていく。

 

 一夏の手が腰へと移り変わり、一つ一つ丁寧にコリが解されていく。

 その絶妙な気持ちよさにセシリアは考え続けることが出来ずに微睡んでいく。

 

(疲れが吹き飛ぶとはこのことを言うのですね。気持ちいいですわ………)

 

 うとうとし始め、寝落ちかけながらもセシリアは意識を保とうと努力した。

 人様の部屋で寝惚けるなどそんなことは出来ないと思いながら。

 だがその絶妙な気持ちよさにセシリアの意識がゆっくりと落ちていき………

 

 

 

「セシリア」

「ん?」

「セシリア」

「ひゃっ!?」

 

 バッと振り向くとそこには疾風の姿が。

 一夏の姿がない。

 

「一夏なら会長に呼ばれたって言って出てった。なんか緊急だって」

「そ、そうですか」

「だから俺が代役な」

「へ?」

「マッサージの」

「へッ!!?」

 

 セシリアの眠気が吹き飛んだ。

 

「いやか?」

「え、その」

「いやじゃないならやるぞ」

「………お願いしますわ」

「りょーかい」

 

 笑顔を浮かべる疾風に不覚にもドキッとした。

 普段見られない慈愛にみちた顔にセシリアは不意を突かれた。

 

「触るぞ」

「………っ!」

 

 ビリッと電流が走ったような気がした。

 先程の一夏のマッサージとはまた違ったむずっとくるジャンルの気持ちよさにセシリアは枕に顔をうずめた。

 

「セシリア」

「ひゃあっ!」

 

 突如耳元から息と声が。

 ひどく艶の入った声にセシリアは身体をビクンと弾ませる。

 

「力入ってるから楽にしてくれると助かる」

「え、ええ」

 

 な、なんか普段の疾風と違う。

 さっき一夏に疾風のことを聞いたから変に意識しているのだろう。

 でなければ自分がこんなに彼を意識するわけがない。

 

 だが心臓のドキドキが直接脳内に入ってくるぐらい鼓動を鳴らしてるのだ。

 

 肩の施術が終わり、文字通り肩の荷が降りたセシリアは以前枕に顔を押し付ける。

 

「セシリア」

「ひゃ、ひゃい」

「お尻もやっていいか?」

「ええっ!?」

 

 彼は今なんと言ったのかとセシリアは目を見開いた。

 

「ピアノとか座り仕事でこってるだろ?」

「………………」

「いいか?」

「………………………どうぞ………」

 

 普段の彼から想像できないぐらいの積極性にセシリアはか細い声で答えるだけで精一杯だった。

 

(大丈夫、大丈夫ですわ。毎日30分のシェイプアップストレッチをしていますし………)

 

 セシリアの心配をよそに疾風は躊躇うことなくセシリアの豊満な臀部に手のひらを埋めた。

 

 ──むにゅっ。

 

「ヒュッ………!」

 

 思わず声を出しそうになるのを枕でガードする。

 臨海学校のサンオイルとは違うじっくりとしたマッサージに意識が集中してしまう。

 

 羞恥心とむず痒さが彼女の脳髄を支配し、次第に高揚感に変更されていく。

 何故彼は落ち着いていられるのかと考える間もなくコリと一緒にセシリアの精神が解されていく。

 

 薄桃色の息が漏れるなか、疾風の手が止まった。

 

「はぁはぁはぁ………は、疾風?」

「セシリアは綺麗だな」

「え?」

「まるで芸術品だ。お前ほど綺麗で美しい人間を俺は知らない」

「え、え、え!?」

 

 本当に彼の口から出たのかと疑うほどの睦言にセシリアの精神はとうに限界を迎えていた。

 

(は、疾風!? 急にどうしたのです!? 本当に後ろにいるのは疾風なのですか!?)

 

 キャパシティオーバーの脳で必死に思考を整理するも渋谷のスクランブル交差点のようにグチャグチャにからまり纏めることが出来ない。

 

「セシリア」

「ひぅ………」

 

 もはや名前を呼ばれるだけで感じてはいけない何かを感じてしまい、もう涙目だった。

 

「直接、触ってもいい?」

「ど、どこを?」

「体に」

 

 ボフッと湯気が上がった。

 

(それ以上は流石に駄目ですわ! 流石にそれ以上は、正式に付き合ってからでないと。で、でも疾風は菖蒲さんではなくわたくしを選んで………な、何を考えているのですわたくしは!? 疾風と交際しようなどそんな………でも決して嫌というわけでは、いやいやしっかりしなさいわたくし!!!)

 

 セシリアの脳内は正に合戦のさなか。

 押し寄せる誘惑を撃ち取るべく小さなセシリアが徒党を組んで立ち向かう。

 

 決して屈してはならない。

 この一線だけは乗り越えてはならないと

 

「駄目か? セシリア………」

「………ど、どうぞ」

 

 だがセシリアの口が勝手に答えてしまった。

 直ぐ様我に返り撤回をしようとした。

 彼の手がパジャマの隙間に入り込むまでは。

 

「きゃっ!」

「臨海学校の時もそうだったけど、この肌は反則だな」

 

 そう述べながら疾風の手は腰から背中、そして胸の後ろ。ブラのホックに伸びていく。

 

(駄目駄目駄目! 本当にそれ以上行ったら戻れなくなる!! だけど心地いいと感じてる自分も、違いますわ! わたくしそんな淫らなことを望んでるなど………)

 

 ゆっくりと背中を這う指。

 

 その指がついにセシリアの最終防衛線(ブラホック)にたどり着いた。

 

「!!!」

 

 もはや逃れることは出来ないと。

 

 セシリアはついに観念してその身を任せてしまった………

 

 

 

 パチンッ! 

 

 

 

「………………へ?」

 

 ブラのホックが外れた音………ではなく、誰かが手拍子をした音に聞こえた。

 

「お嬢様。難しく考えることはあなたの悪い癖ですよ」

「………ちぇ、チェルシー?」

 

 イギリスに居る筈の幼馴染みにして専属メイドのチェルシー・ブランケットがベッドの脇に立っていた。

 

「少しは自分に、そして他人に素直になってはいかがでしょう。と、失礼ながら述べさせて頂きます」

 

 チェルシーの言葉がスッと耳に入り。異様に火照っていた身体が冷めていった。

 

 普段とは明らかに様子が違う疾風。

 そして此処に居るはずのないチェルシーがいる。

 

 つまりこれは………

 

「はい。夢です」

 

 パチン。

 

 チェルシーがもう一度手を叩くと世界が一瞬で白塗りになり。たちまち真っ黒に消灯し、セシリアの意識は喪失した。

 

 チェルシーのほほ笑みがまるでチェシャ猫のように脳裏に残りながら。

 

 

 

 

 

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