IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第75話【冷氷と呼ばれたホムンクルス】

「………………」

 

 言葉も出ない。というより思考が完結しなかった。

 

 遺伝子強化素体だとか、アドヴァンスド・チルドレンだとか。

 鉄の子宮? なにそれ。

 

 SFではクローン人間とか遺伝子いじくって宇宙に適した人類を人工的に作るとか。

 そんなの二次元やフィクションの話だと思っていた。

 

 いつもの突拍子もないぶっ飛んだ発言だと思いたかったが、目の前のラウラの表情は軍人スイッチ時のソレで、とても妄言とは思えなかった。

 

 どう返していいかわからないまま、ラウラは何かに気づいたように声を上げた。

 

「あっ。すまないが疾風、さっきとこれから話すことは他言無用で頼む。国家機密レベルなのでな」

「いやおせーよ!!」

 

 思わず大声で手をバシーンというド定番でツッコんでしまった。

 シリアス空間が振るわれたバットに割られたガラスのように砕け散った。

 

「すまない、うっかりしていた」

「うっかりし過ぎだ! 今言ったことをどう処理するのかで悩んでいた最中だったんだぞ!」

「そう言われても嘘偽りない真実なので、そのまま受け止めてくれるとありがたいのだが」

「無理だよ!」

 

 どんなこと言われるのかな。流石にシャルロットより重いのは来ないだろうなぁ、ラウラだし。

 って思ったら自分は戦うためだけに生み出された遺伝子改造人間でしたなんて。

 重いどころじゃないんだけど。

 

 残ったメリンガータをバクリと食べて心を落ち着かせる。

 しばらくして落ち着いた俺は改めてラウラの話を聞くことにした。あまりにもファーストインパクトが強すぎた。

 

 チラッとラウラ見てみると、なんともスンとした顔でエクレアをモッキュモッキュと食べている。

 煌めく銀髪に赤い目。白磁のようにシミひとつない肌。確かにこれが人工的に調整されたからこうもなるって言われたら納得したくないけどしてしまうなぁ。

 

「んで。えっと、お前は戦うために生み出された存在だって?」

「そうだ、ISが生まれる少し前からドイツの秘密機関で優秀な遺伝子を掛け合わせ、そして生み出し続け、その成功作が私だ」

「淡々と話してるけど。ラウラはなんとも思わないのか?」

「ない、な。私にとってそれが当たり前だと教えられ、私も納得した。普通の人間を見ても特に羨ましいとかそういう感情はなかった」

 

 そう教えられたから。

 

「それって、明らかにゲノム法違反だよな」

「そうだな。私は生み出されてしばらくたってから直ぐに軍に属され、訓練を受けた。後に私が生まれた機関は壊滅したという情報が入ってきた。それだけだな」

 

 その後は、ひたすら訓練の日々。

 戦うために最適な兵士を作るという目的の名の元で生み出されたラウラは戦うことだけを学んだ。

 

 何処を撃てば人は死ぬか、何処を切れば致命傷を与えられるか。

 様々な兵器の扱い方。銃、ナイフ、手榴弾、戦車、戦闘機の扱いを。

 まだ幼い彼女はそれを当たり前のようにこなし、並みの大人すら上回る程の戦果を上げた。

 

 ラウラは正にそのゲノム機関が思い描いた理想の姿であっただろう。

 

 戦うだけが生きる意味であり存在意義。

 それがラウラ・ボーデヴィッヒの全てだった。

 

「だがISが生まれ、白騎士事件を経て全てが変わった。今までの兵器体勢は追いやられ、ISによるパワーバランスが主流となった」

「IS一機あれば、非IS部隊を一方的に屠ることも不可能ではないからな」

「私も当然ながらISを駆るようになった。まだ第二世代成り立ての【シュヴァルツ】に乗り込み、そこでも戦果を出した。あの日が来るまでは」

 

 ラウラはカフェオレを飲んで一息置いた。

 ここから話すことがラウラの分岐点だと俺は予測した。

 

「軍はISへの適合性を上昇させるため、兵士にナノマシンインプラントによる疑似ハイパーセンサー、【越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)】の実装に着手した」

 

 それはIS搭乗者にナノマシン施術を施し。脳への視覚信号伝達、動体視力、状況処理能力を爆発的にブーストするもの。

 ISへのリンクも飛躍的に上昇するそれは使用すればISの動作、戦闘力も上昇する。

 

「当時、その技術は確立されたものとして運用された。希望者を集め、処置は実行。理論上は危険もなく、不適合も起きないということだった」

「嘘くせぇ」

 

 理論上は問題ない、危険はないなんて一種の死亡フラグだ。

 そう言って最後は「こんな筈では!」なんてのがお約束だ。

 

「まぁ、能力に個人差があったり、発動しないということはあっても不適合は起きなかった。成功したものはヴォーダン・オージェの力を発揮し、実験は成功した………私を除いてな」

 

 ラウラは自身のトレードマークとも言える左目の眼帯を外し。ゆっくりと目蓋を開いた。

 

「お前、それ」

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)。ドイツのナノマシン技術の最高傑作とうたわれたナノマシン技術だ」

 

 開かれたその目は右目と同じ赤ではなく。輝く黄金の瞳だった。

 黄色かかったとかそういうのではなく。本当の金色。その目は光に照らされる純金のように淡く揺らめいていた。

 

 この世の物とは離れた幻想的な瞳に俺はしばらく見惚れていた。

 

「光ってる、のか。その眼。ちょっとごめんね」

 

 ラウラの左目に手のひらを近づけると、ほんのわずかだがそれは光を放つ光源となっていた。

 

「ほんとに光ってる。ていうか、失明してた訳じゃないんだな」

「ああ。この眼は見え過ぎるんでな。特殊な眼帯を通して見なければ疲れる。普段は眼帯越しに見ることで処理能力を落としている」

「ていうことは、眼帯してても左目見えてるのか」

「まあな」

「ちなみにこれ何本に見える」

「4本、から1本に変えたな」

 

 ホントに見えてるんだ。

 

 目隠ししてもなお見えるって、確かに見え過ぎだよな。

 

 ISを補助するナノマシン・インプラント。

 条約としてはギリギリというところだが。当然ながら通常のISバトルでは規定違反。

 正に本当の戦闘を目的に想定された処置ということになる。

 

「それで、さっき私以外はって言ってたけど。それは正常に作動していないってこと?」

「いや、逆だ。常に稼働状態のままカット出来ずに制御不能となった。本当はオンオフが聞く代物なんだ」

「だから眼帯を。なんでラウラだけそんな………」

「恐らく、私が遺伝子強化素体だからだろう。ヴォーダン・オージェのナノマシンと相性が悪かったのか、又は相性が良すぎたのか」 

 

 なんとも皮肉な話だな。

 最高の物と最高の物を掛け合わせて必ずしも良いものにはならないという訳か。

 

「今の状態もかなり良くなった方なのだ。移植当時は圧倒的な情報量を処理出来ず、ISは愚か通常戦闘すらまともにこなせなくなり、私はトップの座から転げ落ち、『出来損ない』の烙印を押された。そこで待っていたのは侮蔑と嘲笑、私は誰からも眼をかけられなくなり、私は一人になった」

 

 勝手な話だと簡単に切り捨てること簡単だ。

 だが軍事は実力が全て。

 戦力にならないものは前線から外されるのは必然である。

 

「今までの輝かしい戦績は闇に葬られた。私はその闇の中で存在意義を失い。ただうずくまるだけの木偶に成り下がった。その時、私は教官、織斑千冬に出会った」

「一夏から聞いた。織斑先生はドイツのIS指導を任されたって」

「教官の決勝戦辞退の話しは」

「全部一夏に聞いた。それが亡国機業(ファントム・タスク)の仕業だということも」

「そうか、話が早いな。教官は落ちぶれていた私を見つけ、私を部隊内最強の地位に戻してやると言った。その力強い言葉と姿に、私は光を見つけた」

 

 それから織斑千冬の指導の元、教えを忠実に実行していく内に力を取り戻し。やがて今のIS専門部隊『黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)』に変わった軍で再びラウラは最強の座に返り咲いた。

 

「私は黒兎隊の隊長となり元の景色より上を見た。だが私は安心出来なかった。私を蔑み疎んでいた部隊員も上官も、国も軍も自分さえもどうでも良かった。あの強者であり、そして凛々しく、いつでも堂々としている織斑教官に焦がれた。私も、この人のようになりたいと」

「隣に居たいと思ったのか」

「どうだろうな、そこまで細かいことは考えてなかった。ただ傍に居たいと思った。私にとって教官は一であり全だった」

 

 世界最強の存在、何者にも負けない絶対的存在。

 ラウラはそんな織斑千冬を盲信した。

 

「そんなある時だ。私は教官に何故そこまで強くなるのかと聞いた。その時だ、いついかなる時も鬼のような厳しさを持った教官が、優しく笑ったのだ」

「………」

「教官は言った。『私には弟が居る、あいつを見ると強さとは何か、そのさきに何があるのか』と。そんな教官を見て、私は眼を背けたくなった。こんなの私が憧れた教官ではないと。その時の私は愚かにも目の前の教官に戸惑い、否定した」

 

 そしてラウラは千冬を変えてしまった要因である一夏を調べ、その仮定で千冬の第二回モンド・グロッソ決勝戦棄権の真相を知った。

 

「私は許せなかった。教官を変える存在である一夏を、教官がモンド・グロッソ二連覇の偉業を邪魔をした一夏を。この手で叩き潰すと誓った」

「だけどそれは」

「ああ、分かっている。そんなもの独りよがりのエゴであると。だが教官を盲信していた私にはその事に気づくことなく、一方的に一夏に恨みを抱いた」

 

 それはあまりにも一方的かつ独善的だも思った。

 だけど俺は口を出さずラウラの話を聞くことに集中した。

 

「私はドイツの代表候補生としてIS学園に赴いた。その中で一夏の姿を見た私は眼を疑った。こんな惚けた顔をした明らかに世間に疎そうな凡愚が教官の弟なのかと」

 

 うわー、酷い言いようだー。

 確かに一夏は顔は似てるけど織斑先生とはほぼ正反対な性格とスタンスだよな。

 

「こんな男に教官の栄誉を汚されたのかと思うと怒りを抑えられなくてな。初対面で行きなり渾身の平手打ちを放った」

「うへぇ」

「一夏にしては何故殴られたか分からなかっただろう。今だから思うが、あの時嫁と絶縁にならなくて良かったと心から思う。もしそうなったらと考えるだけで震えが止まらない。あの時の愚かな私をレールカノンで吹き飛ばしてやりたい」

「黒歴史だなぁ。これが噂に聞く初期ラウラこと冷氷ラウラちゃんか」

「誰から聞いたそんなふざけたあだ名」

「会長」

「あの女っ」

 

 ラウラは思わず拳を握りしめた。

 一夏の話だと、軍属のラウラでも会長に良いようにされてるらしく。ラウラは会長を二重の意味で敵視してるらしい。

 

「オホン、話を戻そう。当時の私はIS学園の生徒、一年一組みんなを見てまたも眼を疑った。こいつらはISが兵器であることを理解していない。意識が甘く、危機感にも疎い、武器を扱ってるという自覚もなく、ISスーツのデザインがどうとかと盛り上がる。ISをファッションか何かと勘違いしている程度の低いものだと認識した」

「軍事基地と空気違いすぎるからなぁ」

 

 IS学園は軍事基地以上にISを保持しているが、軍事基地ではなく。ISを学ぶための専門機関であり、専門学校に近しい物。

 ましてや入学してきた者の中には織斑千冬に会いたいが為に入ったという者すらいる。

 

 軍属出身のラウラにとってその現状には我慢出来ないものを感じていたのだろう。

 

「2年、3年なら分からないけど。1年、それも入学してきて半年もたってないのにそれを求めるのはいささか酷じゃないか?」

「それでも私は我慢ならなかった。織斑教官にも同じことを言った。こんな極東の場所で愚者に教えを授けるならドイツに戻って教鞭を振るった方が遥かに有意義だと」

「織斑先生、怒ったでしょ」

「ああ『15歳にして選ばれた者気取りか?』とな。今思えば戦争と戦闘を知らない者にそんな認識が最初からある筈もない。誠の愚か者とはあの時の私に他ならなかった」

 

 当時は今とは違いとにかく冷徹で表情も乏しく、IS学園では異彩を放っていたラウラ。

 今のラウラと比べるともはや別人じゃないかと思うぐらい、ラウラが話すラウラは本人と別人のように聞こえた。 

 

「私は一夏を叩き潰して力を示そうとした。教官の弟である一夏を排斥すれば、教官が私を見てくれる。あの荘厳で最強の存在である教官に戻ってくれるのだと。たとえどんな手を使ってでも成そうとした。だが当の一夏は戦う理由がないと、勝負に取り合ってくれなかった。だから私は理由を作ることにした」

 

 カフェオレのカップがカチンと受け皿に当たって音を鳴らした。

 俺の眼を真っ直ぐ見るラウラの目には真摯な思いと、迷いがあるように見えた。

 

 息を吸い、吐いたラウラは重苦しい息と共に話し始めた。

 

「その手段として、私は鈴と………セシリアを利用した。彼女らを一夏を釣るための餌として」

「え?」

 

 唐突に出てきたセシリアの名前に俺は思わずラウラを見て身構えた。

 

「私はたまたまアリーナに行くセシリアと鈴を見て、彼女らを利用しようと思った。セシリアが一夏と親しいことは分かっていたし、鈴が一夏に好意を持ってることも見れば分かった。だから二人を焚き付けてIS戦に持ち込み、二人を蹂躙した」

「蹂躙って」

「文字通りの意味だ。二人を痛みつければ一夏が来ると考えた。今ほどの技量を持ってない二人に私はシュヴァルツェア・レーゲンの力を存分に振るった。二人のISのダメージがダメージレベルCになり、あと一歩間違えれば再起不能に追いやる程」

 

 ラウラが話すことは、俺が知りえもしない出来事だった。

 

「その時は一夏が割って入ることで大事には至らかったが、二人は学年別タッグマッチトーナメントに出ることは出来なかった。もし、一夏が来るのが間に合わなかったら、今頃セシリアと鈴はこの学園に居なかったかもしれない」

「っ!?」

 

 ゾクリと嫌な悪寒を感じた。

 それと同時に一夏が福音との戦いで重傷を負ったことを思い出した。

 

「セシリアと鈴を破壊していく私は笑っていた」

「なっ」

「あの時の私は軍人と呼ばれるに相応しくない畜生だった。二人に力を行使することを、自分が強者であるという愉悦し、それに酔いしれた痴れ者に成り下がった。あの時の私は軍人以前に人以下の獣だったのだ」

「………」

 

 ラウラの言ったことに絶句した。

 ラウラの言ったことが本当なら、一歩間違えれば本当に二人は生きてはいけないということになってしまっていたということになる。

 

「これを聞いて疾風が私をどう思うかはお前に任せる。絶交してもいい、私に報復したいなら私はあまんじて受けよう」

 

 ラウラは本気で言っている。

 それほど過去の自分の行いに対して負い目を感じているのだろう。

 

 もし俺がその現場に居合わせたら………

 

「ショックでは、ある。怒ってないと言ったら嘘になるし。話を聞いて、俺はその時のラウラをぶちのめしに行きたいと思ってる」

「そうか………」

 

 セシリアを傷つけたと聞いた時は全身の毛が逆立つような感覚になったし、怒りも沸いた。

 

「だけど。それはもう終わったことだ。鈴が、そしてセシリアかお前を許している………だから俺からは何も言わない」

 

 だが今のラウラと過去のラウラは違う。

 ラウラは自分の過ちを恥じ、悔いている。

 

 部外者の俺が今さら掘り返してラウラを同じ目にあわすことは間違ってると思った。

 

「一つ言えることは………俺がその場に居なくて良かったなって。居たら俺、本当にお前を許さなかったと思う」

 

 鈴が傷つけられたこと。

 そしてセシリアが傷つけられたことを。

 セシリアは掛け替えのない友人であり、同じ理想を夢見て、切磋琢磨するライバルで。俺にとって大事な人だ。

 鈴も大切な仲間だ。

 

 もし二人の命に危機が走れば。一夏みたいに俺はラウラの前に割って入っただろう。

 

「私を許してくれるのか」

「許すも何も、もう終わった事なんだろ。正直言うと、まだ完全に話を整理したとは言えないけど。俺はこれからもラウラとISでバトルしたいし、仲良くしたいと思ってるよ」

 

 これは嘘偽りのないことだ。

 俺は今のラウラを嫌いになりたくない。

 

「ありがとう疾風。正直言って、私は明日の朝日を拝めないであろうという覚悟だった」

「いや覚悟決めすぎ」

「それだけのことをやったからな。自業自得という奴だ。だがそんな私を疾風は許してくれた。お前は尊敬に値する男だ」

「そ、そうか?」

「ああ。お前は一夏の次に良い男だ」

「褒めすぎだよそれ」

 

 な、なんだかデジャブを感じる言葉だな。

 最近みんな俺を褒めること多いから凄いむず痒い。

 人って他人から自分の人間性を褒められるとなんかムズムズするよね。

 

「聞いてくれてありがとう。他人から耳に入る前に私から話したかったんだ」

「昨日に続き重い話聞かされて胸焼けしそうだよ」

「四日連続でケーキを食べれてるから大丈夫だ」

 

 それな。

 

「ところで一つ俺から聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「お前いつ一夏に惚れたんだ?」

 

 聞く限りラウラは一夏を憎んでいた。初対面で平手を打つような奴だ。

 一体どういう紆余曲折を経て「一夏は私の嫁だ!」になったのだろうか。

 

「私がVTシステムに呑まれたことは知ってるな?」

「記録映像を見たけど。よくラウラとレーゲンが無事だったって思うよ。お前が強化された人間だったからか?」

「だろうな。常人なら廃人は免れないだろう」

 

 装甲を粘土のように捏ね回して暮桜の形とする。

 あの異形の姿はなんともトラウマものだな。それほど不気味だった。

 

「私はその時教官のような強さではなく、教官になりたいと思った。VTシステムは私の願いに反応し、発動したと思われる」

 

 知らない間に自分のISにVTシステムが組み込まれ、自動発動する。

 まったく勘弁してほしい。ゾッとする。

 

「一夏に救出された時。私は一夏の意識と繋がった」

「意識が繋がる?」

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)というものを知ってるか?」

「言葉だけなら。ISか搭乗者同士の波長が合う時に稀に発生する深層領域空間リンクとか」

 

 まだ事例が少ないから科学的証明に至ってはいないが。

 相手と深く繋がると同時に共鳴することから、共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)の一種とも言われる。

 

 クロッシング・アクセスには深度があり。ログに残らない会話の先に、お互いの思ってることが分かるテレパシーじみた物ことや。相手の記憶を垣間見えることもあるという。

 

「その時私は問うた。強さとはなんなのかと」

「一夏はなんて?」

「強くなりたいから、強い。だそうだ」

「単純かつ明確だな」

「ああ。一夏はその強さで、自分の全てを使って誰かを守りたいと言った。そして」

「そして?」

「私が不安に思うことを汲み取ったのかは定かではないが、一夏は私を見てこう言った。『だからお前も守ってやるよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ』とな」

 

 それを聞いて俺は改めて一夏が凄い奴なのだと再認識した。

 

 誰かを守る。

 それは簡単なようで一番難しいことで、公言することもはばかれること。

 

 だが織斑一夏はそれが言えるのだ。

 

「惚れる訳だ」

「ああ、あの時胸に感じた衝撃は今でも忘れられない。恋愛とは程遠い存在である私が恋だと気付く程にな」

 

 それはなんとも強烈な。

 まあ本人は本当に守るという意思表示をしただけで恋愛対象として言ったわけではないわけだが。

 罪な男だ、織斑一夏よ。

 

「しかし分からないのだ」

「何がよ」

「私は分かりやすくあいつにアピールをしているというのにアイツは冗談だと見てる節があってな。一夏にお前は私の嫁だと公言し、復帰してから口付けを交えたというのに。一夏はまるで気付いてくれん」

 

 それはまぁ。

 そういうことだろうよ。

 

「疾風、何故だと思う」

「俺から言うのは駄目かな。箒や鈴、シャルロットに聞け」

「聞いた。だが何故か誤魔化せられる。疾風、知っていたら教えてくれ」

「そうだなぁ。俺に彼女が出来たら答えてやろうかなー」

「よし、今の言葉は私の脳髄に刻んだ。忘れるなよ疾風」

 

 しまった、俺としたことが迂闊なことを! 

 

「そそ、そういえば。乱入した一夏と対決したって言ってたけど。その時結果はどうなったんだ? 大方中断したんだろうけど」

「ああ、その時は教官が更に割って入ってくれてな」

「打鉄でも使ったのかな」

「いや、生身だ」

「ほあ?」

 

 いまなんと言ったんです? 

 生身? ナマミって名前のISかな? 

 

「生身だ。スーツ姿で」

「マジで生身!? IS着ないで身体一本で!?」

「ああ、ブーストをかけた私のプラズマ手刀をISの近接ブレードで受け止めた。流石教官だと思ったな」

「なにそれぇ! もうそれ人じゃなくてゴリラじゃん!」

「ほぅ、私をゴリラ呼ばわりか」

「ヒュエっ!?」

 

 後ろを振り向く我らがブリュンヒルデ織斑千冬ティーチャーが。

 

「フッ、まさかここで中学時代のあだ名の一つを聞かされるとは思わなかったな」

「申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 起立! きょうつけ! 謝罪! 

 腰の角度は90度!! 

 

「ボーデヴィッヒ。さっき織斑がお前を探していたぞ」

「本当ですか! 分かりました! 至急向かいます!」

 

 おいラウラ、こんな状況で俺を置いていくのかお前。

 

「疾風、相談に乗ってくれてありがとう。これからも宜しく頼む」

「お、おう」

「ご指導感謝する! では!」

 

 ペコリと頭を下げたラウラは走らない速度でカフェテリアから立ち去っていった。

 

「では俺も失礼します」

「待てレーデルハイト。少し付き合え」

 

 え、何に? 拷問? 

 

「どうか命だけは」

「馬鹿、そんなことはしない。少し雑談に付き合って欲しいだけだ」

 

 拒否権なしとみた。

 

「いいですけど。飲み物買ってきてもいいですか? 喉が乾いて」

「いいぞ。奢ってやる」

「いえ、自分で払います」

「奢ってやる」

「ありがとうございます!!」

 

 やったぁ! あの憧れのブリュンヒルデに奢ってもらえるなんて最高だぁ! 

 ゴキュゴキュゴキュ! うーん! オレンジジュースウマーい!! 

 

「………」

「………」

「あの」

「なんだ」

「生身でISのブレードを振るってシュヴァルツェア・レーゲンを止めたというのは本当ですか」

「事実だ」

「あの、いまインパルス出すんで持って振り回してくれますか?」

「やめろ。そんなことでISを出すな」

「はい」

 

 どう見ても筋骨粒々に見えないし水着姿でも普通だったし。筋繊維密度8倍とかにでもなってるのかこの人は。

 俺も生身でインパルス持とうとしたことあるけど絶対振り回せない。 

 

 もしかしたらラウラと同じ遺伝子強化素体だったりするのか? 

 そこんとこどうなんでしょうかなんて口が裂けても言えないけども

 

「ここ最近思うのだ」

「な、なんです」

「なんというか、私は生徒に好かれてないのだろうか」

「いや、それはないでしょう。出る度にキャーキャー言われてるんですから。みんな織斑先生と話すと緊張するんですよ」

 

 一夏ラバーズは別の緊張だろうけど。

 

「どうすれば生徒に親しみを持たれるようになれるのか。生徒の一部は私を崇拝対象のように見てくるものもいる」

「それはもう。全女性の憧れですし」

「私に会うためにIS学園に入学した生徒も居る。来年はお前たちが居るから更に増えるぞ」

「困ったら何か手伝いますよ。微力ながら」

「助かる」

 

 倍率一万倍が更に跳ね上がるのか。

 楓、入学出来るかな。

 

「覇気を少し潜めれば良いと思います。なんていうか、平常時でも気を張ってたら疲れません?」

「平常運転なのだがな」

「いやまぁ、警備責任者ですものね」

「最近セキュリティを強化することに価値を見いだせないでいる」

「頑張りましょう。俺も頑張ります」

 

 迫るキャノンボール・ファストのことも考えて精神的に疲弊してるんだろうなぁ。

 後で一夏に言伝てしておこう。織斑先生ブレードぶん回し案件のことも含めて。

 

「人に話すと楽になるとは本当だな」

「相手生徒ですけどね」

「お前を生徒というカテゴリーに入れていいか最近迷ってる自分がいる」

「泣いていいですか先生」

 

 俺そんな問題児的なカテゴリーですか。

 確かに最近派手にぶちかましましたけど。

 

「褒めてるんだ。楯無と同じ感じだな」

「俺あそこまで強くないんですけど」

「力の強さとは違う。お前には他人を引っ張っていく力がある。織斑や他の専用機持ちの意識が変わっているのを気が付いてない訳でもあるまい」

 

 まあ確かに。

 

 一夏は自分のあり方を見詰めなおし、より堅実に行おうとしている。

 箒たちは一夏だけを見るだけでなく、今より強くなろうと各々走り出している。

 IS学園の女尊男卑の風潮もぬぐえた。

 

 セシリアは……

 

「最近お前、いろんな奴に恋とは何かを聞いてるようだな? 色を覚え始めたか?」

「え、いやそんな」

「隠さなくてもいい。私は口の固さには自信がある。生徒の悩みを聞いてやるのも教師の勤めだからな」

 

 織斑先生が目で「ほら、言ってみろ」と告げてる。

 面白がってるように見えるのは気のせいかな?

 

「分かりません。俺にとって女性は女尊男卑思考かそうでないかで分かれてましたから。俺、恋を経験したことがないんです」

「だから小娘どもに聞いて回ってるのか」

「はい。なにかとっかかりになるかなと」

 

 言い寄ってくる女は俺の足元ばかりを見て、俺を見てくれる奴はいない。

 俺を敵視するものは俺が単に男だからという理由で目の敵にし。

 挙げ句の果ては女尊男卑思考のファッキンシットは俺を殺そうと血気盛んだ。

 

 俺は女性のそういうあり方に失望しているのかもしれない。

 

 だから菖蒲から本気の告白を受け取った時は戸惑ってどうすればいいか分からなかった。

 一度断るていを経てもなお俺を想う菖蒲にどうすればいいかわからなかった時があった。

 

「お前の言ってることはわかった。といっても私は恋などしたことがないからあまり助けになれん。偉そうに言ってこの様で悪いな」

「いえ」

 

 聞いてくれただけでも良かった。

 こうやって心中を吐露したかったのかもしれないし。

 

「色恋はわからん。だが一つ言えることがある」

「?」

「もしお前が恋をしたとしよう。それが篠ノ之たちに聞いた恋愛観と違っていたら、お前はそれを恋ではないと切り捨てるのか?」

「っ!!」

 

 言葉にぶった斬られた錯覚。

 今まで持っていた考えを全て木っ端微塵にされたような衝撃と共に思い出したのは鈴の言葉だった。

 

『恋は理屈じゃないのよ』

 

 俺は残ったオレンジジュースを飲み干した。

 

「ありがとうございました。失礼します」

「ん。ISの自主練か?」

「いえ………それより大切な事です」

 

 俺は織斑先生が見えないところまで行ってから走り出した。

 

 廊下をならす靴音を聴きながら織斑先生はコーヒーを口に入れた。

 

「………甘い」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 今日のIS練習を終えたセシリアが部屋に戻った。

 もう夕方を越えて空が紫になってきた。

 

 長らく一人で黙々とビットの偏光制御射撃(フレキシブル)を試したセシリアだったが、結果としてはBT適性値が数%上昇したぐらいで。曲がることはなかった。

 

 風の噂で疾風が他の専用機持ちに個人指導をしているということを聞いた。

 評判は良いみたいで、各々がステップアップしているらしかった。

 

 自分も疾風にアドバイスを貰えたらフレキシブルを使えるようになるのか、と考えたが。これは自分自身の問題だと割り切った。

 サイレント・ゼフィルスを取り戻すことはイギリス代表候補生であり、ティアーズ・コーポレーションのテストパイロットである自分の使命だと。

 

 そう自分に言い聞かせながら黙々とトリガーを引いたのだった。

 

「………あら?」

 

 玄関に入った途端。いつもと違う匂いがした。

 玄関先に置いた芳香剤の匂いとは違う、甘くて香ばしい匂い。

 

「あ、おかえり」 

「ただいま戻りましたわ」

「丁度良かった、もう冷めたところだ」

「え?」

「手洗ったらリビングに来てくれ」

 

 疾風の言う通り手洗いを済ませたセシリアはリビングに入ると、玄関先でも感じた匂いが更に感じ取られた。

 

 これは、焼き菓子の香り。

 

「じゃん。どう?」

 

 テーブルの上に置いてあるのはケーキだった。

 茶色のケーキの上に白いアイシングとレモンの皮が乗っかったそのケーキは、セシリアの大好きなイギリススイーツの一つだった。

 

「これって。レモンドリズルケーキ?」

「そう。疲れた時は甘いのと酸っぱいのって考えたらこれが思い付いてさ。カスターシュガーとクロテッドクリームなかったから少し風味違うかもしれないけど」

「あなたが作ったのですか?」

「うん。初めて作ったから少し不恰好だけどね」

 

 それでも元料理テロリストだったセシリアにとって疾風が凄い人に見えた。

 一夏も一夏だが、疾風も大概ハイスペックだ。

 

「もう食べれるぐらい冷めたけど。食べる?」

「いただきますわ」

 

 疾風がレモンドリズルケーキをカットし、皿に乗せ、アールグレイを入れて準備完了。

 

「ではいただきます」

「いただきます」

 

 白い化粧がかかったケーキを口にいれると。生地に染み込んだレモンシロップの酸味とアイシングの甘味が口の中に広がった。

 アールグレイを挟むと爽やかな味わいが気分をスッキリさせ、身体に溜まった疲労感がなくなっていく気がした。

 

「美味しい?」

「ええ、美味しいです」

「そっか、良かった」

 

 柔らかく笑う疾風に思わずドキッとしたセシリアは黙々とレモンドリズルケーキを食べた。

 その顔が以前夢に見た時の疾風の顔にそっくりだったから。

 

「セシリアに何が出来るかってずっと考えてた。ISしか取り柄のない俺がIS以外で何かしてやれるかって。だからケーキ作った。甘いもの食べたら少しはリラックス出来るかなって」

「そう、ですか」

「でも。ケーキなんて何回も食えないだろ? カロリー的な意味で」

「まあ、そうですわね」

 

 こんな美味しいものを毎日食べ続けたら絶対に肥える。

 そう思えるぐらい、疾風がセシリアに作ったケーキは美味しかった

 

「だからIS以外で出来るだけサポートする。一夏にマッサージのやり方教わったし、ご飯の健康管理とか、有用な資料があったら直ぐに提供する」

「疾風…」

「だけど、もしセシリアが良いのなら。フレキシブルの特訓に付き合いたいって思ってる。俺、見てみたい。セシリアがレーザーを曲げるとこ、俺見たいな」

 

 それはきっと。限りなく美しく、カッコいいと思ったから。

 

「ありがとう疾風。でも」

「うん」

「もう少しだけ一人でやらせてください。それでも息詰まったら、私を助けてくれますか?」

「勿論。何時でも言ってね。俺はセシリアの力になりたい」

「ええ」

「…食べよっか! いやー、慣れない菓子作りって頭使うから糖分を欲しちゃう」

「何を言いますか。聞きましたわよ、あなた三日連続でケーキ食べてるって」

「そ、ソウデスネー(今日で四日目です、すいません)」

「フフッ」

 

 察したのか察してないのか定かではないが。セシリアは疾風が作ったレモンドリズルケーキを頬張った。

 

 その姿を黙って見つめる疾風の眼差しは、何処までも優しかった。

 

 

 

 

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