IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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 このタイトルを出すのに。俺は何年も待った。
 まあ書くのは俺だからさじ加減なのですが。

 ようやくキャノンボール・ファストまでたどり着きました。


第76話【キャノンボール・ファスト開催】

「空は快晴、雲一つなく。紅蓮の太陽は俺たちを輝かせる。セシリア。俺たちは今、蒼穹(そら)に祝福されている」

「感極まってるのは分かりますが。今のあなた俗に言う厨二病ですわよ?」

「俺は会場(ここ)にいますか?」

「あなたはここにいます」

 

 ふぅ(感無量)。

 

 キャノンボール・ファスト当日。

 

 会場は満員御礼。空には煙花火が上がり、会場のボルテージは際限なく盛り上がっていた。

 

 プログラムとしては。

 二年生のレースが一番目。

 一年生訓練機部門が二番目。

 そして一年生専用機部門が三番目でトリが三年生のレースで締め括られる。

 

 この巨大レース会場は元々アイドル企業が大枚はたいて建造したスタジアムをIS運営委員会がこれまた大枚はたいて買い上げたらしい。

 なんでも会場が満員に成る程集まらなくて、そのまま死蔵されてたって話。

 

 そんなスタジアムだが、みんなISを生で見れるとこぞって来場して満員に。テレビ中継もされるらしく、一年でもっともISが認知される大会の一つと言って良いだろう。

 

「世界中の企業やスポンサーも来てるんだよな」

「ええ。叔母様も来てるみたいですわ」

「会わないようにしよう」

「そうした方が宜しいかと」

 

 気のせいか分かんないけど。殺気を感じたんだよなさっき。

 気のせいだよね、うん。

 

「アリアさんも来てるのですよね?」

「うん。しかも解説役でね」

 

 高速機動部門二冠のヴァルキリーが解説するとなって視聴率も上がってるらしい。

 そういや例の新型IS持ってきてるんだろうか? 

 後で見せてくれないかなぁ。凄く見たい。

 

「楓どこかなぁ。番号聞いてなかったからわかんねぇや」

 

 さっき会場に着いたって連絡が来たからなぁ。一人で大丈夫だろうか。

 

「彼女、きっと周りに負けないぐらい大きい声で応援してくれるでしょうから気付きますわよ。さ、二年生のレースが始まりますわよ。行きましょう」

「おう!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「F、F46………あれここR? 道間違えたかな?」

 

 疾風の妹である楓はマップと座席番号を見て小首を傾げた。

 

 今日は待ちに待った兄の晴れ舞台。

 前回学園祭では無念の外部入場お断りとなって学校を休むほどダメージを受けた楓だが今回は来れたのでウッキウキだ。

 

 新しく買った勝負服に決戦用のメイクを施し、母譲りのルックスが相まって中学生でありながらすれ違う男はチラ見しまくるという美少女っプリをかましていた。

 

 だが彼女の目に映るのは愛しき次男のみ。

 

 長男と長女は美男美女なのに次男は普通だなと言うことを耳にしたがそんなの気にしないし、そんな腐りきった目しか持たない他人など歯牙にかけない。

 

 疾風にとってISが一にして全であるように楓にとって兄こそが一であり全。

 この姿も兄に可愛い、綺麗だと言われたいが為に着飾った物。

 織斑一夏の誕生日会にも招待された。噂によると彼と兄の周りにいる専用機持ちは美少女ばかりだとか。

 

(フフフッ。でも関係ないし負けるつもりもないもんね。今の私は過去一可愛い! 私の魅力で今度こそ疾風兄を落としてゆくゆくは禁断の関係に行くのよ!!)

 

 存在するかしないか分からないヴァルハラを求めて今日も兄に恋する妹は席を探しながらもスタジアム内の兄を探しているのだ。

 

「いたっ! 疾風兄! ………あれ?」

 

 愛しき兄の横に誰かが居る。

 すかさず疾風観察用双眼鏡を用いて兄の側に居る不届きものを見る。

 

「せ、セシリア・オルコットぉ!」

 

 二人はそれはもう楽しそうに談笑(楓にはそう見える)してる姿に楓はワナワナと身体を震わせる。

 

 セシリア・オルコット。自分たちがイギリスに居た頃に交流のあったオルコット家の才女。

 楓が唯一ルックスで勝てないと思っている楓の最大の(自称)ライバル。

 楓もスタイルが悪いわけではなく胸もそれなりにあるが、外国人の反則的なスタイルには太刀打ち出来ない。

 

「ヴぁぁぁ。なんでそんな女に笑顔を向けてるの疾風兄ぃぃ。その笑顔は私にだけ向けてぇー、でも誰とでも分け隔てなく接するのは疾風兄の美徳だしぃ、あーーでも悔しいのぉぉぉ………」

 

 モデルとしても活躍してるのだからそれは当然なのだが、楓が敵視してるのは兄がセシリアを何処か特別視しているということ。

 

 ISに関わらずセシリアが載っている冊子は余さず買っている。

 彼女が何か成果を残すとまるで自分のことのように喜ぶし、テレビでイギリスのことが報道されるとピクッと反応する。

 

 兄がIS以外でここまで反応することは普通ではない。もしかしたら兄はセシリア・オルコットを好いているのではないかと楓は気が気じゃない。

 

 因みに楓は疾風とセシリアが同居してることは知らない。

 知ってしまったら、それはもう大変である。

 

「うびゃあぁ。なんか疾風兄の眼がいつもと違うのは気のせい? 気のせいだよね? なんか慈しみが込められてるのは気のせい? ああ、でもそんな疾風兄が最高に素敵なのぉ………」

 

 こうしてはおられない。楓はもっと近くで見なければと階段を駆け降りた。

 

「キャッ!」

「フャッ!」

 

 だが疾風にしか眼になかったせいで案の定ぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いえこちらこそぉ!」

 

 おもいっきり尻餅をついた楓はぶつかった相手を見た。

 

(オォ。綺麗な赤茶色の髪、染めてないなこれは。私お母さんの金髪じゃなくてお父さんの黒髪受け継いだからちょっと羨ましい)

(うわぁ。私と同い年ぐらいなのに凄いお洒落! 私もそれとなしにお洒落したけど。ま、負けてる? 大丈夫だよね?)

 

 条件反射で相手のルックス観察をしてしまった両名は地面に落ちた番号シートを拾った。

 

「あれ、Fの45?」

 

 自分の番号は46だったようだが気のせいか? とはてなマークを浮かべた。

 

「あ、すいません。それ私のです、ってあれ? F46?」

「もしかして隣? うわっ、凄い偶然!」

 

 まるでドラマのようだと楓のテンションが上がった。これで相手が疾風兄ならめくるめくドラマチックラバースが………

 

「あ、疾風兄!! ………あれぇ?」

 

 楓は急ぎアリーナに眼を向けるが疾風の姿は何処にもない。

 双眼鏡がなくても疾風の姿なら的確に見つけ出せる楓アイに疾風の姿は写らなかった。

 

「うぅ、ピットか控え室に行ったのかな。おお、神よ」

「だ、大丈夫ですか?」

「へ? う、うん大丈夫! はい返すね!」

「は、はい。私も」

 

 それはそれこれはこれと感情の高速切替(ラピッド・スイッチ)を発動した楓は直ぐに気分を持ち直した。

 良い女(自称)は必要以上に引きずらないのだ。

 

「あ、あの。この座席って何処か分かりますか? 私、実は迷っちゃって」

「そうなの? じゃあ一緒に行こうか」

「え、良いんですか?」

「もっちろん! これもなんかの縁だしね!」

 

 自分も道を間違えたがそんなの関係なし。

 

 疾風の探索は一時中断。時間が過ぎれば兄の晴れ姿を見れる。楽しみは後に取っておこう。

 

「じゃあ行こうか。いざF45、6座席へ! ふぎゃっ!」

 

 クルリと回れ右して歩き出すとまたもぶつかってしまった。

 楓・レーデルハイト、不覚。

 

「あら? 大丈夫?」

 

 目の前に居たのは美しい金髪をなびかせる大人の女性だった。

 

 歳は二十代後半か三十代前半。如何にも出来る女という空気を纏う豪華な赤いスーツにサングラスをかけ。

 放漫なバストと括れた腰に形のよいヒップというボンキュッボンを形にした艶姿に二人はゴクリと喉を鳴らした。

 

(うわっ、綺麗な人………)

(こ、この人、お母さんと同じぐらい美人!)

((負けたっ!!))

 

 女としてのレベルの違いに圧倒された二人は開いた口が塞がらない。

 

「大丈夫?」

「の、No problem!」

「うふふ、英語お上手なのね。それじゃ気をつけてね。今日は人が多いから」

「は、はい」

 

 金髪の女性は小さく手を振ると二人の横を通りすぎた。

 すれ違う時、耳に付けたゴールドとルビーのイヤリングが日の光に反射して光った。

 

「やっぱりISのイベントだから色んな人が居るんだね」

「そうだね。お母さんも呼ばれたし」

「お母さん有名な人なの?」

「うん、お母さん元イギリス代表なの」

「え、それってアリア・レーデルハイト? え、もしかしてあなた疾風・レーデルハイトの」

「そう! 疾風・レーデルハイトの最愛の妹! 楓・レーデルハイトとは私のことよ!」

 

 得意気に胸を張る楓。

 中学生にしては少し大きめな楓のバストに蘭は自分の胸を一瞬確認した。

 

「そ、そんな凄い人だったんだ」

「ううん、私は大したことないの。凄いのはお母さんと疾風兄で私はたまたまその家族ってだけのただの女の子だから」

「え、さっき凄い得意気だったのに行きなり謙虚になったね?」

「ごめん、疾風兄の妹であることを伝えたい欲求が抑えられなくてね」

 

 この妹、遠慮はしない。

 

「私は五反田蘭、定食屋の娘っていうごく普通の子よ」

「定食屋ってもしかして五反田食堂?」

「うん、そうだよ」

「私行ったことある! あそこって安いのに凄い美味しいんだよね! 看板メニューの業火野菜炒めも勿論美味しいんだけど、私はあの生姜焼き定食が好きかな。なんかTHE定食って感じがするしとにかく値段がリーズナブル!」

「あ、ありがとう」

 

 蘭は楓の圧倒的コミュ力に呆然とした。

 蘭も活発な性格だが、自分に自信があるということが分かるぐらい存在感のある楓は輝いて見えた。

 

「あ、ごめん。私、結構うるさいって言われるんだよね。ウザかった?」

「ううん、大丈夫だよ」

「よかった。じゃあそろそろ席行こうか。人多くなったし」

「うん!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おおっ! 今のクイックターンえぐっ! あっ! フォルテ先輩が氷で塞いで……おおっグレポンで吹っ飛ばした!」

「疾風、少し抑えて」

「あ、ごめんね」

 

 現在二年生のレースが行われている。

 先頭はフォルテ先輩のコールド・ブラッド。首位にたってから後方に第三世代能力で作り上げた氷塊を出しまくって後続の妨害をしまくっている。

 が、二位から下も抜きつ抜かれつのデッドヒート。

 

 特に二位のサラ・ウェルキンのラファールがフォルテ先輩の足元に食らいついている。

 

「イギリスの代表候補生なんだよね、サラ先輩って」

「ええ。専用機は持っていませんが、優秀な方です」

「俺あの人とバトルしたことあるけど。射撃のルートが鋭すぎるんだよな」

 

 ラファール・リヴァイヴのハードポイントをフルに使った重射撃型スタイルの彼女。

 回避しようにも回避先を軒並み銃弾が通るからノーダメージは至難の技。

 

 セシリアが本国に居たころに射撃技能の習得時、彼女にお世話になったというのだから納得だ。

 

 そして彼女を語るのに欠かせないのが、彼女の容姿。

 彼女の髪色が赤毛だということ。

 

 イギリスでは赤毛は不吉な象徴と言われており、赤毛差別という社会問題となっている。

 イギリスで赤毛の人がいじめられた事がないという人がいないと言われるほどだが差別の度合いは『からかう』や『悪口』が殆ど。

 過剰な差別は犯罪に値するのでそこらへんは自重しているのか、だが当人からしたらたまったものではないだろう。

 

 だが昨今のイギリスではその風潮は逆転の傾向にある。

 

 その要因は、彼女の姉が関係している。

 

「サラ先輩って確かジュリア・ウェルキンの妹さんだよな?」

「ええ。国家直属IS部隊。スカーレット・ナイツの若き団長の妹がサラ先輩ですわ」

 

【スカーレット・ナイツ】

 

 団長のジュリア・ウェルキン代表候補生が発足した新生IS部隊の名称。

 

 ジュリア・ウェルキンは自身の燃えるような赤毛を誇りにしており、世間の赤毛が不吉という風潮を覆すべく、現代の力の象徴であるISを駆ってその力を示し。女王の目に止まった彼女が作り上げたのが始まりだと。

 

 その後彼女はイギリスの軍事で八面六臂の活躍をし、世間に認められた事実上イギリスNo.2。現国家代表と凌ぎを削ったという。

 実は母さんからISの直接指導をされたらしく。その剣撃の凄まじさは盾をも砕くと言われている。

 

 そんな彼女の活躍はイギリスで広く知れ渡っており、今も赤毛の風評被害と戦っているという。

 サラ先輩も、行く行くは姉のIS部隊に入ることを目標としているとか。

 

「あっ! ゴールしましたわ!」

「僅差だったな! 結果は………あぁっ! タッチの差でフォルテ先輩か!」

 

 一番最後に放った絶好のタイミングでの大氷塊が上手く刺さった。

 しかし手に汗握る良い勝負だった。

 風に揺れた彼女の赤毛は観客席からでも輝いて見えた。

 

「次は菖蒲たちだな………うーん」

「どうかしまして?」

「更識さん、やっぱいないなって」

「生徒会長は警備担当ですからね」

「いやそっちじゃなくて妹の方」

「更識簪さん、ですか。彼女、こっちにも来てないみたいですわ」

「マジ? ………あぁ、そういうことか」

 

 今回観戦の生徒は自由参加。

 恐らく候補にも名乗ろうとしなかったんだろうな。

 今の彼女にとって打鉄弐式の完成が何よりも最優先事項ということ。

 

 キャノンボール・ファストなど彼女にとってどうでも良いのか。

 果たして完成したその後、彼女は何を指針に生きていくんだろう。完成して彼女は何がしたいのだろう。

 

「疾風?」

「んあ、なに?」

「菖蒲さんたち、もう始まりますわよ」

「おう。よし、しっかり応援しないとな」

 

 打鉄・稲美都がなくなってからISに乗れる回数が格段に減った彼女。

 だが専用機持ちと一緒に練習した時間は決して無駄ではない。

 

 レースがスタートした。

 

 一年生の打鉄・鉄風パッケージとラファールの高機動パッケージが一斉にスタートラインを切った。

 二年生と違いコースが大幅に簡略化されているが。一年生はまだ高機動実習に慣れてないのも相まって各々の差が大きく開いた。

 

 対して菖蒲は。

 

「8人中6位ですか」

「最初だからな。ほらもう動いた」

 

 菖蒲がコールしたのは日本製のアンチマテリアルライフル。

 打ち出された徹甲弾が5位の背中に当たり、態勢を大きく崩された訓練機はバランスを戻せず地面をゴロゴロと転がった。

 

 キャノンボール・ファストは妨害ありの特殊レース。

 高速化での被弾はたった一発でも大きく挙動がぶれる。

 高機動慣れしていない生徒が背後からAMライフルクラスの重いものを食らえば結果は見ての通りだ。

 

 その後も菖蒲は次々と目の前の対戦相手を射撃で地に落としていった。

 

「………疾風、菖蒲さんに何か吹き込みました?」

「特に何も? 強いて言うなら焦らずじっくりどっしり構えて行けって言ったよ」

 

 慣れないことはしない。

 菖蒲はセシリアには負けるが中々の射撃センスの持ち主。

 連射より単射タイプの銃器が性に合ってる彼女は文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いでトップにたった。

 

 背後からくる射撃も打鉄のシールドで防御し。そのあと特にトラブルもなく1位でゴールした。

 

「いやー、菖蒲もエグいなぁ。自分より前に出てる人に『私の前に立つな!』とばかりに全部撃ち落としやがった。これで13スナイパー的な物も加われば正に敵無しか?」

「彼女、段々あなたに似てきましたわね」

 

 ん? いま何か言いました?(すっとぼけ)

 

 すると俺たちに気付いたのか菖蒲がこっちに手を振ってきたので振り返した。と思ったら観戦していた生徒にもみくちゃにされた。

 

「よし、次は俺たちだな。準備しに行こうぜ」

「ええ。ではまた後で」

「おう」

 

 専用機持ちは各々でピットが分け与えられいる。

 というのも独自のオートクチュールの関係上専門スタッフが最終チェックすることもあるからだ。

 

 そういえば。

 

「シャルロット、大丈夫だろうか」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………………」

 

 シャルロットはガチガチに固まっていた。

 

 目の前で淡々と稼働データを閲覧するデュノア社の技術主任にして義理の母親であるロゼンダ・デュノア。

 

 煌びやかな金髪と、それを更に際立たせるメイクとアクセサリーと、漆黒のスーツ。

 着飾っていても威厳を損なうことのない彼女の冷ややかな視線に晒された時、IS学園に来る前のトラウマが刺激されてシャルロットは立ち尽くしてしまった。

 

「シャルロット・デュノア。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、及び新型パッケージのデータを拝見しました」

「はい」

「どれも基準値内に収まっており、変わり映えのしない結果ですが。それもデュノア社のラファールが堅実であるという証拠でしょう」

「はい」

 

 口から出てきたのは機械的な応対。

 何かを言おうと思った。だが直前になって頭のなかが真っ白になって何を言えば言いか頭のなかで停滞して………

 

「最近、戦績が低下傾向にあるようね」

「はい」

「あなたはデュノアの看板を背負う者。生半可な気持ちで挑んでもらっては困るわ」

「………はい」

「話は以上です」

 

 飽くまでも、飽くまでも機械的に言い残してロゼンダは背を向けた。

 初対面時の苛烈な様をまったく感じさせない仕事を淡々とこなすだけの人。

 だがその目はチロチロと炎が宿っているようにシャルロットは見てとれた。

 

「あっ」

 

 シャルロットは心細くなって咄嗟に右手で左手首を触った。

 そこには臨海学校前に一夏からプレゼントされた銀色のブレスレットだった。

 

 あの日一夏に救いだされ。自分に価値を見いだしてくれた彼との大事な繋がり、掛け替えのない記憶。

 

(ここで逃げ出したら。一夏に合わせる顔がない)

 

 キッと、目に鋭い光を宿し。

 軽く息を取り替えて声を出した。

 

「あ、あの!」

「………なに?」

「一つ聞かせてください。なんで、僕をIS学園に寄越したのですか?」

 

 言えた。

 先ずは第一関門を突破できた自分を鼓舞しながらシャルロットは言葉を連ねた。

 

「一夏と白式のデータを取るために男装させた。僕はそこに意味があるとはどうしても思えない。何故他の第三世代ISを調査させなかったんですか?」

「何を訳のわからないことを」

「余りにもメリットよりデメリットが大きい。白式のデータがどうデュノア社に繁栄をもたらすのですか? 本当に父は僕にISのデータを盗むためにIS学園に向かわせたのですか!?」

 

 疾風の受け売りだが、変に言葉を変えるより効果はあると思った。

 それだけあの時の疾風の説明は的を得ていたからだ。

 

「男装がバレた時、何故IS学園は僕を排斥しなかったのですか。僕の男装はIS学園に入る前からバレていたのではないのですか?」

「………」

「答えてください。父に一番近いあなたなら何か知って」

「調子にのらないで愛人の娘が」

「っ!」

「さっきからベラベラ良く喋る口ね。自分の立場を理解してないと見えるわ」

 

 冷ややかに放つロゼンダの声色にシャルロットは後ずさりそうになった。

 だが胸の中で揺れたラファールのペンダントがシャルロットを踏みとどまらせた。

 

「本来なら没収される筈の専用機を与え続けているのはあなたが偶々手に入れている特異技能とIS適性があるからよ。あなたはこれからも黙ってデュノア社に奉仕すればいい」

「僕を傀儡にする気ですか」

「傀儡よ。あなたは最初からデュノアの傀儡なのよ。あなたはあの人に愛されてなどいない、ただの傀儡よ!」

「ならどうして父は僕を引き取ったのですか!」

 

 初めてシャルロットが声を荒げた。

 そのアメジストの瞳にはもはや迷いはなく。確かな勇気を刻んでいる。

 その瞳にロゼンダは顔を引きつらせた。

 

「母さんが死んで直ぐにデュノアの家から使いが来た。デュノア家にとって僕は間違いなく一家の汚点! なのに何故わざわざ自分の側に引き寄せたんですか! アニエス叔母さんのところに引き取らせれば良かったじゃないですか!」

「それはあなたの知るべきことではないわ!」

「いいえ! 僕には知る権利がある! 知っているなら教えてください! あなたが教えてくれないなら、直接父に」

「いい加減にしなさい!!」

 

 バシンっ! 

 

 ロゼンダが腕を振った。

 今すぐその口を黙らせようと振るわれた平手。

 

「なっ」

「もう、黙ってくらうつもりはありませんよ」

 

 だがシャルロットは左手で受け止めた。

 以前のシャルロットなら何の抵抗もなく受けた平手。その腕を掴み、シャルロット・デュノアは真っ直ぐとロゼンダの目を見た。

 

 ロゼンダは喉を詰まらせた。目の前にいる少女は本当にあの時会合したシャルロット・ドルージュなのかと。

 

 それでもロゼンダは歯を噛みしめ、彼女をけなす言葉を投げ掛けた。

 

「あ、あなたは。所詮あの人の一時の感情で生まれた子。あの人はあなたを道具としか思っていない。あなたがどう思おうと、アルベールはあなたを愛することはない」

「そうでしょうね。僕もつい最近はそう思っていましたし。あの人に愛されてるなんて観測的希望を望むつもりも期待もしてませんよ」

 

 今さら愛情を欲しがるつもりはない。

 だけど何も知らないまま何も行動を起こさないでその場で立ち止まれば、シャルロットはきっと後悔する。

 

「一つ、思い出した事があるんです。死ぬ間際に母が、ジャンヌ・ドルージュが僕に言ったことを」

 

 ジャンヌ・ドルージュ。

 彼女もよく知っている、目の前の少女の母親の名前にロゼンダの肩がピクッと震えた。

 

「な、なにを」

「『あの人を、あなたの父親を恨まないで』と」

「!!」

 

 シャルロットはずっと母と二人暮らしだった。

 シャルロットの母、ジャンヌは一度も別れた父親を悪く言うことはなかった。

 何度か自分の父親がどういう人なのかと聞いた時、母は決まって「不器用な人よ」と笑ったのだ。

 

「僕は、何故母さんがそんなことを言ったのかわからない」

「………」

「だから知りたい。何故母さんは父さんに恨み言を残さずに死んだのか。何故僕がIS学園に行かされたのか。僕は、なにも知らないまま生きていたくない」

 

 ロゼンダは後ずさり、シャルロットから目線を反らした。

 その目には先程の苛烈さはなかった。

 

「僕はもう逃げません。あなたからも、デュノアからも。そして、父親からも。今の僕は、シャルロット・デュノアだから」

「………」

「失礼します」

 

 言いきったシャルロットはロゼンダの横を通ってアリーナに向かった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一人部屋に残されたロゼンダはただただ立ち尽くすだけだった。

 

 ただの小娘だと思っていたシャルロットがあんなに強く出るとは夢にも思わなかったから。

 そして、また彼女の、ジャンヌの名前を聞くとは思いもしなかった。

 

 ジャンヌ・ドルージュは素朴な女だった。

 ただの村娘で、自分たち貴族界とは間違っても縁のない女。

 そして唯一、ロゼンダが勝てないと思い知らされた女。

 

『結婚おめでとうロゼンダ。あの人を、お願いね』

「っ!」

 

 不意に涌き出た彼女の笑顔がフラッシュバックとしてロゼンダに襲いかかり、ロゼンダはしゃがみこんだ。

 嗚咽と吐き気が込み上げるのを必死に飲み込み、涙がこぼれた。

 

「く、ふぅ………」

 

 すすり声をあげる彼女の声を聞く者はいない。

 肩を抱き、震えるその姿は。大事な物を取り上げられた少女のようだった。

 

「これ以上、私からあの人を奪わないで………ジャンヌ………」

 

 奪ったのは自分自身だということ。それは自分が一番理解している。

 それでも手に入ることはなかった。

 彼女が死んでも彼の心は変わらず。

 故に嫉妬し、彼女を蔑み。なにも知らない義理の娘に当たることしか出来ない情けない自分が一番嫌いだった。

 

 矛盾をはらんでも、相反する感情を抱えながら、ロゼンダ・デュノアは求め続ける。

 

 シャルロットの姿と重なった、今は亡き彼女の母親を脳裏に映しながら。

 

 

 




 ようやくロゼンダ女史登場。
 2巻で存在をほのめかされ、11巻で初登場して「誰だお前!?」となったのは今でも覚えてます。

 なんというか。なんとなくこじれた女にしたかったという作者心。
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