IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
第8話【朴念神】
IS学園のとある学生寮のとある廊下で、私は息を潜めていた。
私にとってのある重大なミッションのためである。
ドアからペットボトルとタオルを持った、この世界で二番目にISに乗れる男。疾風・レーデルハイトが出てきた。
疾風が早朝からかトレーニングに励むという事は既にリサーチ済み。だがその疾風に用はない、用があるのはもう一人の男性IS操縦者だ。
しっかりと鍵を閉めた疾風が消えたのを確認し、私は流れるような動きでドアに向かう。
ドアを隔てるのは鍵のみ、だが流石IS学園、ピッキングは無理だ。前に試したので間違いない。
ならばどうするか? 私は懐から鍵を取り出す。
昨日一夏からくすねてきたものだ。問題ない、何故なら私と一夏はーーなのだから。
部屋は当然のように静まり返っており、その奥のベットには一夏が健やかに寝息をたてている。
「………よし」
私は直ぐ様行動に移した。
学生寮の1025室に布すれの音が響いた。
ーーー◇ーーー
「んあー、さっぱりした。しかし一気に暑くなったもんだ」
早朝のランニングを終えた俺はシャワーを後にし、まだ湿り気のある髪をタオルで拭きながら更衣室を出た。
セシリアとの試合から1週間、もう少しで7月に突入する。
男1%女99%の疑似ハーレム空間にもなんとか慣れてきたものだ。うん、なんとか。
男が二人入ってきたということなのか、学園の男子更衣室と男子トイレもつたないながら増えてきて環境も良くなってきている。更衣室は女子の更衣室のスペースを頂いたので一部の女子からクレームが来たらしいが、そんなの知らん。
だが大浴場の時間割は変わらなかった。俺は特に気にしなかったが、風呂好きの一夏は大層に落ち込んでいた、もう膝を折り、目元らへんが黒い影が落ちたようだった。
そしてその増設された更衣室に備え付けられたシャワーで汗を流す朝。
増設されるまで部屋に戻って浴びなければならなかったので直ぐに汗を流せることにほんと感謝している。
「しかし、ここんとこの専用機持ちラッシュは凄かったわ。いやー至福至福」
あのあとに専用機持ちから勝負を立て続けに挑まれた。なんでも俺とセシリアの試合に刺激されてうずいてしまったとか
イーグルの武装がほぼロストしたものの。俺の興奮はそんなもので止められるわけもなく。固定武装+学園の武器を拝借して三連続の模擬戦を開いたのだ。
まず、凰鈴音の甲龍。噂には聞いていた第三世代兵器である衝撃砲、これがまたマジで見えないこと見えないこと。
空間の歪みと空気の流れの変化をイーグル・アイで計測してなんとか避けるもそれに重点を置きすぎてなかなか攻撃に転じる事が出来ずに押しきられて敗退。
衝撃砲が鈴の視線に会わせて撃たれてたことにもう少し早く気付ければ変わっていたかもしれない。
シャルロット・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとは彼女のラピッド・スイッチには苦戦したものの、実弾をプラズマ・フィールドで防ぎまくり、相性で勝てた。
しかし勝てたのはリヴァイヴの兵装のほとんどが軽量の銃器だった為だ、もしシャルロットがビーム兵器や重火器を多用するタイプだったら負けていた。それほどシャルロットの戦い方が上手かったのだ。
ラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲン。なかなかいい線は行けたものの最後の最後でAICと大型レールカノンのコンボで敗退。
距離を選ばない戦いとAIC、それと本人の軍人出身、しかも隊長というポテンシャルときた。単純な戦闘能力なら彼女が抜きん出ているだろう。
AICに電撃が素通りすることがわかったので、武装が戻ってきたらもう一度試合したいものだ。
貴重な体験が出来た。その経験は決して無駄にはならない、それにつきる。
その証拠と言って良いのか、代表候補生の面々との親睦も深まり彼女たちを敬称付けで呼ぶことも無くなった。
そんなことを考えながらまだみんな寝静まっているだろう廊下を緩く歩く。
「ん?」
「あっ」
この学生寮には身だしなみを整える為の鏡が等間隔で置かれている。
その鏡とにらめっこしている武道少女はこちらに目を合わすなり即座に姿勢を正す。
「おはよう箒」
「お、おはよう疾風! 今日はいい天気だな!」
「そ、そうだね」
確かに今日は空気も澄み朝日が美しい最高の朝だが、箒から感じる圧に少し怯んでしまった。
なんだこの迫力は、まるで今から戦に向かう荒武者のようではないか。
箒は部活の朝練で早い。ランニング帰りでお互い軽装で鉢合わせすることも珍しくない。
なのに箒は既に夏服に身を包んでいた。
「箒」
「な、なんだ?」
「そんなに腹減ったのか? 朝練というのも中々ヘビーなんだな」
「ち、ちがう! いやちがくはないが」
どっちや。
「そ、そうだ! 一夏を起こしに来たんだ!」
「一夏ならいつも俺が起こしているけども」
「べ、別に私が起こしに行っても問題はないだろう!?」
問題はないけど、意味がない。一夏はどちらかというと寝起きは良い方だ。俺が戻る頃には大抵起きてるし。
と、野暮なことを言ってはならないだろう。それは何故か。
この篠ノ之箒という女子は織斑一夏に好意を抱いているからだ。
なぜそんなことを知っているのか、理由は簡単だ。俺と一夏との反応が違いすぎるから。
感情の裏返しなのかこいつは一夏に対してだけ直ぐに手を出す、口調が早くなる。そして赤くなる。
日頃から観察眼を養っている俺にとってそれに気づくことはそんなに難しいことではなかった。てか誰でも気づくぐらい分かりやすいのだこの子は。
箒だけではない、鈴やシャルロット、ラウラも同様。ラウラに至っては一夏のことを嫁と言っている、何故夫ではなく嫁なのかは知らない。
もしやセシリアもそうなのでは? と思ってしまったが、見ただけではなんとなく分からなかった。親しげではあるが、他の四人ほど分かりやすくないから。
「わかった、じゃあ一緒に一夏を起こしにいこう。まだあいつ寝てるだろうし」
「そ、そうだな。そうしよう。そうしようとも」
「大丈夫か?」
「大丈夫だとも!?」
と言う箒の表情はお世辞にも大丈夫とはいえない。額は汗で光り、体は震え、視線は目まぐるしく移動しまくっていた。
そんな緊張するものなのか、一夏のとこに行くのが。
そういえば入学当初で飯に行く途中で鉢合わせた時の慌てっぷりも凄かったような?
「箒」
「なんだ」
「いや、なんかすげー難しい顔してるから。もしかして俺邪魔かな? うん、邪魔だよな。それなら俺先に学食にいくよ」
「ち、違う! その、悩みがあってだな!」
「そうなの? 良かったら聞くけども」
「いや、いい気にするな!」
正直言うと、一人で行きたい箒。悩みなんて、態々疾風に言うほどのものではない。
もしかしたら自分の一夏への想いがバレてるかもしれない。と。残念既にバレている。
一人悶絶する箒をよそに俺は彼女を観察した。
しかし、見ように見るに普通の運動系女子だ。あの篠ノ之束の妹だから専用機を持ってるかと思ったがそんなことはなく。入学事態も政府の意思だったという。
ISは好きでも嫌いでもないとか。
姉の話題を振ると凄い不機嫌で切れ長の目の切れ味がマシマシに増す。
「はい、俺と一夏の部屋に到着。ほんとに俺いなくならなくていいのか?」
「余計なお世話だ早く開けろ」
明らかに不服そうなのだが。まあいい開けるとしよう。ドアノブを握って開け………ない。
「何をしてる早く開け」
「しっ」
俺が真剣な顔で制止するのを見て何事かと箒は思った。
「どうした?」
「鍵が開いてる」
「はっ?」
おかしい。一夏は戸締まりをちゃんとするほうだ、それに俺が出た後はちゃんと鍵を閉めたはず。
それを知っていてか箒も顔を引き締める。
「なにか武器は?」
「し、竹刀ならある」
「構えといて、中に誰かいるかもしれない」
俺はいつでもISを展開出来るように待機形態であるバッジを準備する。
忍び足で部屋に入りベットの見える位置で立ち止まり箒にアイコンタクトをとっていく。
「行くよ………動くな! 手を上に上げて大人しくどうおあぁ!!?」
「ど、どうした!? ………む?」
緊迫したなか突入した目の前に広がったのは全裸のラウラが今まさしく一夏の唇を奪おうと覆い被さっている。どういうわけか一夏もそれらしい抵抗をしていない。
瞬時に顔を背ける俺をよそにベッドで絡み合う二人を見た箒の表情は正に虚無。二人の様を視界に捕らえるのが数秒間。自身の心の中にある導火線に火がつき、そして。
「いいい一夏ぁ! ななっ、何をしているかこの不埒者っ!」
盛大に爆発した。緩みかけていた竹刀を力一杯絞め直す、パキッという音がした気がしたがそんなことは箒にとってどうでもいい。
「ま、待て! 箒! これは誤解だ!!」
「何が誤解だ! 何が! ええい、大人しく切られろぉぉ!!」
箒は竹刀で一刀両断の構えをとる。竹刀とはいえ、防具無しの頭に容赦なく降り下ろされればただではすまない。
「天誅ーーっ!!」
ラウラごと切り伏せんと降り下ろされた竹刀に一夏は死を覚悟した。
ーーが、その竹の刃はギリギリのところで止まった。もとい、止められていた。
「勝手に嫁を殺されては困るのでな」
ラウラの右腕だけに展開された黒いISアーマー、そこから放たれるAICによって箒の竹刀は止められていた。
微妙に揺れ動く不可視の力場に捕まり、押しても引いてもびくともしないそれに箒の苛立ちがたまって行く。
「た、助かった…ん? ラウラ眼帯はずしたのか?」
普段覆い隠されていない赤い目と違う金色の瞳に一夏は少し驚く。
といっても俺はわからない、依然としてラウラが裸なので目を向けられないでいるのだ。
「確かに、かつてはこの目を嫌ってはいたが今はそうではない………………お前が綺麗だと言ってくれたからな」
そばにあったシーツを持って、包まれたその体をモジモジさせながら言うラウラに心なしかドキドキする一夏。疾風は知らないが、少し前にラウラにキスをされた一夏はその記憶が鮮明によみがえっていた。
そして、苛立ちを積み重ねていた箒はその面白くない状況に憤慨する。
「ちぇ」
「ちぇ?」
「チェェストォォォォ!!!!」
気合一括、一刀入魂。僅かに緩んだ拘束を持ち前の火事場の馬鹿力をもってラウラのAICを振りほどきそのまま竹刀を降り下ろす。
ずどむ! と音がして超高級なベットが凹む。
「一夏! 大人しく死ね!」
「自分が何を言っているのか分かっているのかお前は!」
「人の嫁に手を出すとは不躾な」
ドッタンバッタンと平行線の争いが繰り広げられる。
事態が混迷化したマイルーム。俺はチラっとラウラがシーツにくるまれているのを確認すると、急いでその場を沈静化しようと行動に出た。
だが乱戦入り乱れるベッドの上、先程のラウラの裸を目の当たりにした俺は冷静さを失って間抜けにもその場に躍り出たのだ。
「おいおまえら、いい加減にしーーブッ!」
『あっ』
結果、ラウラに降り下ろそうと上に上げた竹刀が見事俺の頭にヒット、動きがピタリと止まった三人はよろけた俺を見た。
そのまま壁に背中を預けた俺は額に手を当てた、ほんのちょっぴりではあるものの、掌には赤い染みが。
三人曰く、その時の俺の周りはユラッと揺らめいて見え、背後には阿修羅の姿があったとか。
顔を上げると、三人はビクッとした。
そして俺は三人の顔をジッと見てから二言。
「おまえら」
『はい』
「正座」
『はいっ』
そこからしばらく、床で正座する三人に説教をする俺という珍妙な光景がしばらく広がったのであった。
ーーー◇ーーー
場面変わり一年寮食堂である。
一夏はほぼ被害者なのに重点的に怒られた気がするあのお説教、山田先生が来なければ延々と続いていたのだろうかと思えるほど疾風が怖かった。
あんなに怒る疾風を見たことがないので一夏と箒とラウラは何も言えずにいた。
軍人出身のラウラでさえ決死の反論に挑むも。
『なにか言ったか発情黒兎、発言を許した覚えはない。そもそも、お前にその権利があると思っているのか?』
とド低音で返され撃沈。
ラウラ曰く「教官に匹敵するぐらい怖かった」という。
箒は竹刀で怪我をさせてしまったのを本気で反省、とにかく疾風に平謝りして「今後は無闇に振り回さないように」と注意される程度ですんだ。
そしてその疾風は少し離れたところで野菜ベーグルをモッサモッサと食べていた。
「箒よ」
「なんだ」
「一夏が言ったことなのだが、一夏は奥ゆかしい女が好みらしい」
「………そうか」
「ああ」
それを聞いた箒は奥ゆかしいを意識しているのかつまむご飯の量が極端に減った。もうチミチミと。
こうしておとなしくしていると篠ノ之箒は和風美人と呼ぶに相応しい。
日頃の男勝りな様、そして日本人離れの抜群のスタイル等が、それをより際立せている。
(考えると俺の周りには大人しくしていると美人という人が当てはまるのではか?)
鈴しかり、千冬しかり。
「わああっ! ち、遅刻! 遅刻するっ!」
と不意に珍しい声が聞こえた。
お世辞にも落ち着いているとは言えない声の主は目についた定食をかっさらう。
「よ、シャルロット」
「あ、一夏。おはよう」
ちょうど隣の席が空いていたので一夏が手招きして呼び寄せる。
「どうしたんだ? いつも時間にしっかりしてるシャルロットがこんなに遅いなんて、寝坊でもしたか?」
「う、うん、ちょっと………寝坊」
「へえ、シャルロットでも寝坊なんてするんだな」
「うん、その……二度寝しちゃったからね」
大急ぎかつ、行儀悪さが出ないギリギリのラインで目の前の定食を食しているせいかシャルロットは微妙に歯切れの悪い言葉で受け答えしている。
しかし気のせいだろうか、若干距離があるきが。
一ヶ月近く一夏と同じ部屋で過ごした仲なので、なんとなくシャルロットがごまかそうとしている雰囲気はなんとなくわかるようになっていた。肝心なことは一切分からないのはお約束。
そういえば、シャルロットは他の四人に比べて大人しいほうなのだろう、怒ると怖いが。
箸の使い方も一夏がワンツーマンで教えていたので様になっている、日本人でも出来る人が少ない魚の骨もキレイに取ることも出来る、こういうのも別の意味で奥ゆかしい人なのではないだろうか。
そんなシャルロットをマジマジと見ていると本人がその視線に気づいた。
「い、一夏ずっと僕の方を見てるけど。もしかして寝癖ついてる?」
「いや、ないぞ。ただなんつーか、改めて女子の制服を着てるシャルロットを見るとなんか新鮮でさ」
「し、新鮮?」
「おう、可愛いと思うぞ」
やはりシャルロットも女の子。男子の制服よりも女子の制服の方が似合っている。だがひとたび男装してしまえば美少年の誕生である、世の中は平等ではないということを改めて思い知らされる。
等の本人は誉められなれてないのか、顔がボッと赤くなってモジモジとしていた。
「いってぇ!」
勿論そんな状況を容認するほど心が広くない一夏ラバーズの心中は穏やかな訳がなく。
行きなり一夏の足にかかと落とし&頬をつねられる。
「人に奥ゆかしい女がいいといっておいて、随分と軽薄なことだな」
「お前は私の嫁だろ、私のことも誉めるといい」
「い、いきなりなんだよ!?」
突然の強襲に一夏は慌てふためき、同じく何がなんだか分からないシャルロットはオロオロとしている。
だが喧騒は突如襲いかかってきたプレッシャーに止められた。
ビクッと跳ねた三人はそのプレッシャーの出どころに顔を向けた。
全てを貫く剛槍のごとき眼差し、その先にはTHE阿修羅こと、一夏の現ルームメイトの疾風の姿が。
疾風はしばらく一夏達に睨みをきかせた後。最後の一口を食べ、トレイを戻してスタスタと食堂から消えていった。
先程の一悶着は霞のように消え去り、俺たちは黙々と食事に取りかかった。
「疾風機嫌悪そうだね、なにかあったのかな」
「別に」
「何も」
「ないんじゃないか?」
「?」
何も知らないシャルロットはまたもキョトンと首をかしげ、自身の焼き魚定食をつついた。
キーンコーンカーンコーン。
「うわあ! 今の予鈴だぞ! 急げってあれぇ!?」
いつの間に消えたのか箒とラウラ、そしてシャルロットも既にダッシュしていた。
一夏を置いて。
「すまない一夏、織斑先生のSHRに遅れる 訳にはいかない」
「嫁よ、私はまだ死にたくない」
「ごめんね一夏」
「うおおい! そりゃねえだろお前ら! まあ俺でもそうするだろうけどさ!!」
一夏は急いで残りのご飯を急いでかっこみ、殆ど人のいなくなった食堂を後にした。
ーーー◇ーーー
「ぐっもーにーん」
「goodmorning」
「おはようレーデルハイト君」
「はいおはよー」
一夏達が慌てて食堂を出る10分前。
気の抜けたコーラのような挨拶でも挨拶が返ってくるこの一年一組の教室。その最前列の席に座るやいなや体ごと机に雪崩れ込んだ。
あー疲れた、身体的ではなく精神的に。
俺は今朝の喧騒を思い出して肺の中の空気を全て出す勢いでため息を吐いた。
一夏のアホンダラ、鍵盗まれるとか身の回りの管理がなっていない。自分が世界でどれだけ重要な存在になっているのかという自覚が足りなすぎる。相手が軍人だとか関係ないぞ全く。
ラウラのやつも、全裸で人の寝床に潜り込むとは、ドイツではそれが主流なのか。羞恥心はないのか羞恥心は。
箒も箒で落ち着きが無さすぎる、いやあれは仕方ないのだろうか。いやいや、竹刀で全力一刀はやりすぎだろう。本人が反省していたから三人の中で一番ましではあるけども。
思い出すとまた気分が沈んできた。今俺大丈夫? 溶けてない? 力抜けすぎて溶けてない?
「おはようございます疾風」
「あー、おはよーセシリア」
「まあ、どうしましたその絆創膏は。ランニング中に地面とキスでもしましたの?」
そんなんだったら此処まで気疲れしてないだろう。
とにかく誰かに聞いてほしい俺の気苦労を。
「実はなぁ」
セシリアに話そうとすると、自動ドアが開く。一夏かと思って、敢えてそのまま話をしようと思ったが。入ってきたのは、その姉である織斑先生だった。
まだSHRには早いご登場に教室がざわつく。
「いちいち私が出る度に騒ぐなお前ら」
「今日はお早いですわね、なにかありましたの?」
「なんだオルコット、私が早く来てなにか不都合なことでもあるのか?」
「そ、そんなことは」
「冗談だ。おいレーデルハイト、なんでそんなぐったりしている。男ならビシッとしろ」
「まだSHRじゃないので勘弁してください。大変だったんですよ今日の朝………」
「………ご苦労」
何かを察してくれたのか、織斑先生は出席簿を上げることなくポンポンと頭をはたいてくれた。鬼の目にも優しさとはこのことか。
俺は今回の黒兎朝這い事件ですっかり精神をすり減らされていた。しかし何時までも憧れの織斑千冬の前でだらける訳にもいかない。俺は机に手を乗せて力を振り絞り起き上がろうとした。
が、俺の精神支柱は予鈴とともにポッキリ砕けるのであった。
ビュオンっ! という一陣の風とともにオレンジの機械翼を背負ったシャルロットと一夏が教室の窓から颯爽登場。
「到着!」
「おうご苦労だったな」
いるとは思わなかったのだろう、一夏は実の姉を何処ぞのUMAを見るが如く目を丸くし、シャルロットは色素が抜けたように顔を青くしていた。
「本学校ではISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのため何処の国も属さず、あらゆる外的権力の影響を受けない、だがしかしーー」
スパパァンッ! 今日も響き渡る出席簿アタック、これをくらうとマジで星が見えるらしい。因みに俺はくらったことがないというのはグループ内の密かな自慢である。
「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」
「は、はい。すいません………」
模範的な優等生のシャルロットが予想外の規則違反をしたことにクラスのみんなが唖然としているなか、俺は思っていた。
シャルロットさん、まさか貴女も同類だったか。まともだと思っていたのに……
お陰で力を入れていた手は瓦解、再度机に突っ伏した。横にいるセシリアはあらまぁって感じで手を口に当てている。
しかし風と一緒に登場とは。これぞ正に
やかましいわ。
「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ、念入りにな」
「「は、はい」」
二人揃って意気消沈、因みに箒とラウラはその横を難なくすり抜けて着席という赤の他人っぷりを発揮していた。
「さて今日は通常授業の日だ、IS学園とはいえお前たちもそこら辺の高校生と一緒だ、赤点など取ってくれるなよ?」
隣の一夏のみならず所々からくぐもった声が漏れた。
IS学園はIS関連授業に割いているとはいえ一般的な国数社理英の五教科は存在する。中間テストはないが期末テストはある。これで赤点を取れば実質長期休みは消えるといっても良い。
といってもこのIS学園、世界でひとつしかないだけに普通の高校と比べて入学倍率が異常に高い。その値なんと一万倍。なので周りの皆は普通の女子高生に見えて大変頭の良い方々、なので赤点を取るということは少ない。
だが男というだけで入ってきてしまった織斑一夏という男はそうはいかないということだ。
俺? ふふん。初期テスト学年三位(仮)を嘗めないで頂きたい。
「それと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物はするなよ。三日間学園から離れるとはいえ授業の一貫だ、自由時間は羽目を外し過ぎないように」
七月頭の二泊三日の特別実習期間、すなわち臨海学校。その初日は丸々自由時間、IS学園とはいえ花の十代女子である彼女らも思いっきり海を満喫できるとテンションメガマックス。各々は先の海を夢見て水着談義にわいていた。
だが俺にとって楽しみなのは二日目だ、二日目はISの各種装備テストなのだが専用機持ちは国や企業から送られる装備の試験テストを行うのだ。
聞くとイーグルにも試作パッケージが来るらしい、やけにペースが早いと思う。夕方らへんに連絡入れてみるか。
しかし海か、水着買いにいかねえとな。今週末ぐらいに。
確か学園近くにどでかいショッピングモールがあったはず、あそこなら種類も多いだろう。
というのもISが出てからの女尊男卑の世の中、男性用の物が女性用の物に覆い尽くされ数が少ないのだ。酷いときは男性用が数種類という酷さ、商売的にどうなのそれって感じだ。男女ともに売れればそれだけ売上があがるというのに。男性ものが数えるほどしかないからか女性専用店と明記しない、意味がわからない。
「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励めよ」
「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」
そういえば朝はいたのに教室にいない。
エネルギッシュなクラスでも真面目タイプな鷹月静寢さんが質問する。
専用機を受領したときに同じクラスの相川さんが「こちらうちのクラスのホークちゃんです! イーグルとセットでどうですか!」と意味不明な理由で連れてこられて恥ずかしがっていたのを覚えている。
「山田先生は郊外学習の現地視察を担当しているので今日は不在だ」
「ということは山田先生だけ一足先に海へ?」
「ズルい! 私達に一声かけてくれてもよかったのに!」
「でもまって、もしかしたらアッチでナンパされてたり?」
「なっ!? 欲にまみれたチャラ男が絡んでくる?」
「いやぁぁ! 私達の癒しオッパイがゲス男の毒牙にぃぃ!」
凄い言われようである。
確かに低身長と童顔に加え人の目を引く超ド級バストというトランジスタグラマーな彼女は格好の的だろう、二次界隈だとウス=異本のネタにされそうな危ない魅力を持つ人だ。
でも決してお前らの乳ではないと言っとくぞ。心のなかで。
「勝手に盛り上がるな姦しい。山田先生は遊びではなく仕事で行っているんだ。それにお前たちが心配しなくてもそこら辺の軟弱なやつに山田先生を御すことなどできない。さあ授業を始めるぞ、さっさと教科書を開け」
「はーい」
普段から元気に溢れて暴走しがちでも切り替えは大変優秀な一年一組。
俺も教科書を開いて授業に没頭した。
ーーー◇ーーー
夕方時、やはり気になったので母さんに電話してみた。
「じゃあ予定通りお願いね。また延期なんてやめてくれよな?」
「もう疾風ったら引きずりすぎ、ちゃんと万全の状態で送っといて上げるから安心しなさいな」
まあ前回の遅れはコアの問題だったし、装備だけなら問題はないか。
「それより海かー、いーなー。お母さん長らく行ってないから羨ましい」
「授業の一貫だっつの」
「それでも一日目は完全に自由時間でしょ? いーないーな。私も学生として潜り込もうかしら?」
「CEO、オフの時に夫婦水入らずでゆっくりどうぞ」
外見若そうに見えても流石に高校生はギリギリではないか、良くて大学生に収まる。
いや、もしかしたらいけちゃうのでは。
「はいはーい。あ、疾風」
「なに」
「男足るものサンオイルの塗りかたぐらいはマスターしときなさい」
「なんで?」
「なんでもよ! じゃあね」
「あっ、ちょっ」
………言いたいだけ言って切りやがった、相変わらずというか、少女成分抜けてないんじゃないかあの母親は。それで仕事バリバリキャリアウーマンって、我が母親ながら世の中分からぬものよ。
てかサンオイルってなんだよ。いや何かは知ってるけどさ
「良いよなー。疾風は追加装備つけれて」
そういったのは台所で飯を作る一夏だ、たまには自炊しないとというのが一夏のモットーなので週に数回はこうして自炊している。
「倉持技研からなんも来てないのか?」
「来たとしても白式につけれない」
「あぁ」
ファーストシフトから使える白式の零落白夜と呼ばれるワンオフ・アビリティー。
そのバリア無効化という常識を逸した超特化型攻撃能力は、その代償に白式の拡張領域を埋め尽くしている為、後付装備の量子変換を行えないというそっちの意味でも規格外なのだ。
ワンオフ・アビリティーは外付けの能力のはずだからバスは圧迫しないはずなのに、謎だ………
「まあ逆に考えればそれ以外の物に集中出来る分けだろ?」
「ものは言いようだな」
「それに不器用なお前が今でも満足のいく戦いかたが出来ないのに他のことやっても切羽詰まるだけだろ? 昨日の射撃授業酷かったろお前」
「反論できない自分が悔しい」
反論出来るようになるまで頑張りたまえよ。
「ほい、肉野菜炒めの完成」
「はいはい頂きます。んん。やっぱりうまい」
「そりゃよかった」
うん、本当に美味い。俺も料理は多少出来るが、一夏には負けるとここ最近思ってる。
ご飯が止まらない。
「ところで一夏よ、今週末水着買いにいくんだけど、一緒にどうよ」
「ああ悪い、俺シャルと買いにいく約束してさ」
「シャル?」
「シャルロットのこと、呼びやすそうで親しみやすいだろ?」
「お、おう。そうなのか?」
「でもさ。ちょっと気になる事があってな」
「んん?」
「シャルに買い物に付き合ってくれと言ったんだけど、何故か一瞬シャル落ち込んだんだよな、なんでだろうな?」
「…………」
ええっとこれは。状況証拠がまるでなくても、なんとなく読めてきたぞ。
「一夏、お前シャルロットに頼む時何て言った?」
「一緒に水着を買いに行こうぜ」
「その前は」
「えーと。付き合ってくれ、だけど」
「………」
「どうした疾風、そんな顔しかめて」
お前………この問答で顔をしかめるなって、なんて酷なことを言うんだ。
大体わかった、恐らく一夏はシャルに何気なしに「付き合ってくれ」と行ったのだろう。
一瞬舞い上がったシャルロットはその次の「水着を買いに」という迎撃ミサイルで墜落した、というところか。なんて残酷な仕打か。
ここ数週間一緒に過ごしてみてわかったことだが。この織斑一夏、とても鈍感で朴念仁な男なのである。
いや、そんな簡単な言葉で表して良いレベルではない。傍目から見て明らかに「いやそういう意味じゃないだろ!?」「いやなんでそこに行き着く!?」というムーブをする一夏。
先に入学していたセシリア曰く「他人だと分かっても涙が出てきそうなくらい一夏さんは鈍いのです」という始末。
故に俺は一夏のことをラノベ主人公を超越した存在、【朴念神】と呼称している。自分でも良いネーミングと自負している。
「一夏よ」
「なんだ?」
「いっぺん死ね」
「なんでだよ!?」
「馬に股間蹴られて死ね」
「二重の意味で死ぬわ!」
とりあえずシャルロットには「存分に我が儘言ってやれ」とメールしておこう。
それぐらいの役得はあってもいいはずだ。
目の前のなにがなんだか分からないとほうけている男に呆れながら、その男が作った肉野菜炒めを口に放り込んだ。
最新話が長くなりすぎたので切りました。
次は早めにだせる、かなぁ?
織斑一夏は鈍感というワードだけで表しきれないと思います。ほんとこの主人公ほど鈍いキャラを私は見たことかありません。
そこもまた、魅力的な男でありますが。
凄い余談ですが。今日誕生日でございます。25歳になりました