IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
『現在、国際ISアリーナ会場にてテロが発生しました。避難区画の市民は速やかに避難をお願いします。繰り返します、現在………』
アリーナ近くの民家に鳴り響くサイレン。
休日の民家から人は飛び出し、各々が車に乗り込んで避難所に赴いた。
「お母さん、何処か行くの?」
「避難するの! ほら早くいくよ!!」
親子が玄関から車に乗り込む。子供は戸惑うが、そんなことを構うほど母親に余裕はなかった。
「………? お母さん」
「なに!?」
「あれなに?」
空の向こうから二つと点。子供が不思議そうに見てるとその頭上を高速で通り抜け、遅れて音と風が鳴った。
「あれって………IS?」
「スゴーい!!」
はしゃぐ我が子に反応せず、母親はただ目を見開くばかりだった。
ーーー◇ーーー
住宅街の上を駆ける、空の青より濃い二つの蒼。
片や流線型のしなやかな蒼のIS。
片や蝶を型どった蒼より藍のIS
飛び交う二機には様々な共通点があった。
実弾とレーザーを撃ち分けるハイブリットライフル。
そして自立飛行が可能な移動砲台。
それもそのはず。この二機はイギリスの最先端を担う第三世代試験ISモデルの姉妹機。
人の目から見れば、撃ち放つレーザーと同じく一瞬で過ぎ去っていくIS学園のブルー・ティアーズと
その姉妹機がこうして街中で命のやり取りをするとは、なんという神のいたずらだろうか。
(追ってきた身とはいえ。まさか市街地で躊躇なく撃ってくるとは!)
改めて目の前で飛ぶテロリストに道理は通じないことを思い知らされる。
撃たれていてはこちらも応戦しない訳にはいかず、セシリアもスターライトMK-Ⅳの引き金を引いた。
空に煌めくレーザーの応酬。
地上から見れば恐怖を忘れて魅了されてしまうほど幻想的な魅力を出していた。
「今度こそその機体を返してもらいます! このBT1号機、ブルー・ティアーズの名に懸けて!!」
セシリアはスターライトMK-Ⅳとアルペジオの引き金を引く、だがサイレント・ゼフィルスはヒラリと舞う蝶のように軽やかに回避する。
この市街地戦。両者互角というわけにはいかず、セシリアが圧倒的に不利な状況に立たされていた。
従来のストライク・ガンナーとは違い、アサルト・ガンナーは火力に関しては通常のブルー・ティアーズと同等までに引き上げられ、有線ビットにより多角攻撃もある程度行えるよう改善がなされた。
だがそれでも砲門の数は2号機の方が上、さらに。
「肩書きだけではな」
サイレント・ゼフィルスのビット射撃を躱す為に上方に移動するセシリア。
だがその六つの光線はセシリアを追うように歪曲する。それは学園祭でも見た攻撃だった。
「くっ! フレキシブル! 相手にするとこうも厄介とは!」
セシリアには出来ない特異技能。
歪曲するレーザーは獲物に食らい付く肉食獣のようにセシリアとティアーズを追いかける。
これだけでも戦力に差がでるが。一番はセシリアが度々攻撃を躊躇っていることが大きかった。
それがこのフィールド。
いつもは地面になにもなく、全面がシールドに囲われた箱庭のようなフィールドで戦っていた。
学園外で
だがここは多くの人々がひしめく市街地。勿論それを守るシールドバリアなどあるはずがない。
一歩間違えて地上にISの攻撃が向かえば、被害は計り知れないものとなる。
「フッ」
「この人また!」
更に追い討ちをかけるように、サイレント・ゼフィルスは市街地に近いギリギリの場所を飛んでいた。
サイレント・ゼフィルスはどのような高度からでもなんなく射撃することが出来るが、ブルー・ティアーズは必ず相手と同じ高度に位置取らなければならなかった。
仮にセシリアがエムより上方から射撃をし、エムが回避すればどうなるか。その射撃はたちまち眼下の街を焼き払い、夥しい犠牲者を出す。
もし彼女が
だがエムが一度高度を上げればセシリアも急いで同じ高度を取る。
何故なら、彼女がセシリアに向けて発砲し、必ずしも弾道を曲げるとは限らないからだ。
もし曲げられずそのままなら? 想像しただけでセシリアは身震いする。
それがわかっているのか、エムは絶えず薄ら笑いを浮かべて何度も何度も高度を変えてセシリアを翻弄していた。
自分の裁量でセシリアの次の一手が制限される。自分がこの戦場を支配してるとでも言うように。
セシリアは攻撃と回避において同時に重荷を背負うこととなった。
「あっ!」
飛ばしていた二基のアルペジオがエムのフレキシブルにより蜂の巣にされ爆散した。
これによりセシリアの射撃武装はスターライトMK-Ⅳだけとなり、射撃戦が更に厳しいものへと変わった。
先程からエムが上昇する度に攻撃を何度も中止し、それを気にするあまりビット制御に心を割ききれなかったことが原因だった。
「散漫だな?」
「くぅっ………」
バイザーの下の笑みがエムの機嫌を表していた。
相手を陥れた時の愉悦の笑み。
それに似た物を彼女はすぐ近くで見たことがあったが、彼とエムでは不快感が雲泥の差だった。
卑怯者! と声高に叫ぶこと簡単だ。だがセシリアはギュッと唇を閉じて抑えた。
そんなことを言ってもエムが応じるわけもなく、逆に相手を喜ばせるだけだと理解していたからだ。
その怒りを込めてセシリアのアサルト・ガンナー装備のティアーズが加速。
手には唯一の近接兵装、インターセプターが握られていた。
セシリアも自身の弱点である近接戦闘の使い手に直々に指導してもらった。
敵も同じティアーズタイプなら、近接戦闘が苦手な筈と読んだ選択だった。
加速とともに振るインターセプターをエムはナイフで受け止める。
「フンっ」
「まだまだっ!」
先程の射撃戦とは真逆の短い得物どうしの切り合い。
セシリアも一夏やラウラに比べればまだ拙い物があるがある程度戦えるぐらいに仕上がっている。
それに、この近接戦闘なら眼下の人々を気にせず戦える。
だが目の前のサイレント・ゼフィルスの操縦者のナイフ捌きはセシリアの予想を遥かに上回っていた。
セシリアの攻撃は流され、弾かれる。
だがエムからは決して切り込まない。セシリアが繰り出すインターセプターを自身のナイフで転がすようにいなしていく。
セシリアは汗が垂れる程必死に繰り出すが。エムは薄ら笑いを浮かべながら、時に右手から左手に、左手から右手に持ち替えながらインターセプターを防いでいた。
しかも、それら全てが後ろ向きに動きながら行っていたのだ。
完全に遊ばれている。セシリアは自分の目測の甘さと、相手の力量の差に愕然とした。
「次はこちらから行かせてもらう」
「なっ」
セシリアのインターセプターを押しやり、ブルー・ティアーズを斬りつけた。
セシリアはナイフの刺突をインターセプターで防御しようとするが正に焼け石に水。エムは恐怖を与えるように人体の急所をなりえる部分をシールド越しに突き刺した。
なんとか距離を離そうとするセシリア。だが微調整されたサイレント・ゼフィルスのマルチ・スラスターが付かず離れずとセシリアを斬りつけた。
「ハハッ」
エムが初めて声を出して笑った。
セシリアの顔が一瞬恐怖に歪むのを見て思わず声を出してしまったのだ。
「こん、のっ!!」
これ以上やられっぱなしでいられるかとセシリアはインターセプターを突き出した。
自らの恐怖すら込めたストレート。その一撃を風に揺られる蝶のようにエムは距離を取って高度を下げた。
また下の人を背にする気かと釣られるように目線を下げると、突如ブルー・ティアーズが衝突アラートを鳴らした。
慌てて目の前を見ると、眼前に高速道路の立体交差ポイントが視界に映った。
激突すれば高速化のブルー・ティアーズはコントロールを失い、最悪道路を走っている車と正面衝突する。
「くぅあっ!!」
またも鳴るアラート、目の前には電光板、その先には案内版が待ち構えていた。
「くっ! なん、とぉっ!!」
思考が完結するより先にセシリアの類まれなる超感覚と操縦技術で数枚の障害物をなんとか回避することが出来た。
そして思わず上昇した矢先、サイレント・ゼフィルスのビットから撃たれたレーザーを躱すが。今度はスター・ブレイカーの実弾が胸部にヒットした。
「このままだと、きゃあぁっ!」
背後から無数の衝撃。
先程撃ったレーザーがフレキシブルで反転し、セシリアの背中に直撃。みるみるとシールドエネルギーが減少していく。
完全にテロリストの掌の上で自分は踊らされている。
まるでクラゲが捉えた小魚を動けなくするように、食虫植物が捕まえた昆虫をじっくりと溶かすように、猫が仕留めたネズミを食べずに弄ぶように。
ゆっくりと、ゆっくりと。エムはセシリアを恐怖の底に突き落とそうと画策していたのだ。
そう理解したセシリアは本能的に恐怖を覚えた。
だがその心の支柱はまだ折れず。反撃しなければとスターライトMK-Ⅳを再びコールしセシリアの遥か頭上に位置していたエムに目を向けた。
「っ!!?」
だがその視線の先にはバーストモードのスター・ブレイカーをこちらに向けているサイレント・ゼフィルスの姿。
バイザーで上半分が隠れた顔、その口元は笑っていた。
セシリアは体温が急激に下がる錯覚に陥った。
先程から常に気を張っていた最悪な状況がついに来た。ゾッと背筋が凍りつくなかセシリアが撃つより先に破壊の光が放たれた。
「くっぅぅぅぅぅーーー!!」
避けるなんて選択肢、思考なぞ存在しない。
咄嗟に構えたスターライトMK-Ⅳが融解し、バーストレーザーがシールドエネルギーを更に削り取った。
セシリアは身を挺して地上への被害を防ぎきった。
「インターセプタぁぁっ!!」
レーザーが途切れた瞬間に
しかし苦し紛れの最後の抵抗もスター・ブレイカーのバヨネットの一閃でセシリアの手のひらから離れた。
「あっ………」
「もういい、飽きた」
展開した六つのビットから降り注ぐフレキシブルレーザーが絶望の表情を浮かべたセシリアに突き刺さった。
「あぁっ!!」
シールドバリアが危険域に到達した。
アンリミテッド仕様に解除されたセシリアに予備エネルギーなど存在しない。
つまり後がなかった。
サイレント・ゼフィルスのバヨネットがぽうっと青い光を纏う。BT粒子によるコーティングだった。
距離にして7メートル。それはISにとって目と鼻の先。
セシリアを貫こうとするエム。だがセシリアの瞳には強い光が残っていた。
「まだ、まだですわ。わたくしにはまだジョーカーがありましてよ!!」
「っ!」
「全ビット、強制パージ!!」
バキャンっ!
射出というより分離に近い音。
アサルト・ガンナーのスカートスラスターを形成していた自機と同じ名を関するBTレーザービット、ブルー・ティアーズ。
その閉じられた四つの砲門はスター・ブレイカーを突き出すサイレント・ゼフィルスにむけられた。
高速機動パッケージ装備時、本来のビットは全てスラスターとして機能していた。
つまり通常より高出力のBTエネルギーがビット内に蓄えているということ。
それを一気に解放すればどうなるか。
「受けなさい! ブルー・ティアーズ! フルバーストっ!!」
セシリアの命令と共に閉じられたカバーが吹き飛び、その小さいビットに収まりきらない膨大なエネルギーレーザーが発射された。
そのエネルギーの大きさに撃ち出したビットは赤く発熱し、破裂ののち蒸発した。
この一撃を外せば文字通りブルー・ティアーズは丸裸。
そしてこれはアサルト・ガンナー、並びにその前身となったストライク・ガンナーにとって禁じ手中の禁じ手。
本来なら手順を踏んで切り離すはずの高速パッケージでのビット射出。
これを行えば良くて推力低下、最悪の場合ISが空中分解。PICにも不調をきたし、搭乗者であるセシリアの命を脅かす。
だがこの位置、間合い、そして全てに置いて完璧なタイミングによる不意打ち。
(当たって!!)
回避など出来ようはずのない。正に必殺の一撃だった。
「悪くない………だが」
エムは両肩に納められていたエネルギー・アンブレラのシールドを発動。
機体をロールし、回避しきれないレーザーをシールド・ビットで受け流した。
「なっ!?」
「無意味だ」
ザクッ!
受け入れがたい音と共にスター・ブレイカーの銃剣がセシリアの二の腕を貫通した。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」
悲痛な叫びが空に響き渡った。
耐え難い痛みがセシリアの全身を支配し、そして脳髄を焼き付ける。
ズルッと抜かれた銃剣は血で滴り。傷口からも夥しい量の血が吹き出した。
(痛い痛い痛い痛い痛い! 苦しい! 怖い、怖いっ!!)
普段の逞しく凛々しい彼女は年相応の少女のように涙をこぼした。
逃げ出したい。今すぐここから逃げ出したいと、その時のセシリアは本気で思ってしまった。
感じたことのない激痛を前に。
セシリアの目の前は真っ暗になった。
ーーー◇ーーー
何処かの一室。というには些か広い部屋で一人の小柄な少女がバイオリンを引いていた。
幼い身ながらの愛らしさに加え、気品と美しさを兼ね備えており。高貴な生まれだと一目でわかる。
そんな少女がバイオリンを引く姿はとても絵になっていた。
音色が酷いものでなければ。
ギィィィィ………ギギィィ。
「………」
ギギギ………ギィィィィ。
「うぅ………」
ギィィ、ギュィィィ!
「もう! どうして引けませんの!?」
だがそのバイオリンからはお世辞にも音色と形容する物は出なかった。
いくら弓を引いても、どのように弓を引いても綺麗な音を奏でることが出来なかった。
少女がそれに対して癇癪を起こしたのを見てビクリと身体を震わせた観客がいた。
「せ、セシリアちゃん、もう諦めようよ」
傍で耳を塞いでいた気弱そうに見える少年が濁音をかます少女に促すが、少女はキッと少年に詰めよった。
「何を言いますの疾風! このセシリア・オルコットの辞書に諦めるという文字はありませんわ!」
「で、でもさっきから全然音出てないじゃないか」
「それでもやるの! お母様の誕生日にサプライズしますの!!」
(こんな音出してたらもうバレてるんじゃないかなぁ………)
そんなことを言えば最後、目の前の少女に何されるかわかったもんじゃないと少年は沈黙を選択した。
それでももう小一時間も付き合わされれば嫌にもなるというものだ。
「セシリアちゃんの引きかたが間違ってるんじゃない?」
「なぁっ!? わたくしが間違ってるといいますの!?」
「だ、だって………」
「なら疾風が引いてみなさい!!」
「ええ!? 無理だよぉ! 僕バイオリン引いたことないのに………」
「もし上手く引けなかったら酷いですわよ!!」
「そんなぁ………」
少女にバイオリンを押し付けられた少年は渋々バイオリンを受け取った。
見よう見まねでバイオリンを構え、少し震えながらバイオリンに弓をたがえた。
少年は目をギュッとつぶり、神様に祈りながらゆっくりと弓を引いた。
ギギィィ。
「ほら、疾風だって出来ない」
ギギ………~~♪
「なっ!?」
「あっ」
「どうして出来ますの!?」
「し、知らないよ! 僕は普通に引いただけなのに」
「返しなさい!!」
少年の手からバイオリンを引ったくった少女は再びバイオリンを構えて弓を思いっきり引いた。
「………」
「………」
「出ないね」
「もぉぉぉぉぉーーー!!」
少女は地団駄を踏みまくった。
その姿は優雅とは程遠いものだったが。少女がそれを気にする程余裕がなかった。
「はぁはぁ………楽器のせいですわ」
「え?」
「このバイオリンが不良品だから引けないのですわ! でなければ、このセシリア・オルコットが引けないなんてことあるはずありませんもの!!」
「でも僕は引けたよ?」
「わたくしが引けなければ意味はありませんの!!」
「お、落ち着いてセシリアちゃん」
言ってることは滅茶苦茶だがそんなこと知ったことではなかった。
こうなってしまっては少年には止める術はない。せめて自分に火の粉が飛ばないように宥めるのが精一杯だった。
「なんか叫び声が聞こえたけど。何かあったのかい?」
「ふにゃっ!? お父様!?」
「あ、おじさん」
騒ぎを聞き付けたのか。開いているドアからお父様と呼ばれたスーツ姿の男性部屋を覗いた。そして男性は少女が手に持っているバイオリンを見て目を丸くした。
「それ、僕が6歳の誕生日に上げたバイオリンかい?」
「ち、違いますわよ」
「でも」
「たまたま同じのがあっただけですわ! お父様からもらったバイオリンは………そう! 今頃タンスの奥で埃をかぶっていますわ!」
(僕が特注で作ってもらったフルオーダーメイドなんだけどな………)
「な、なんですの!? 何故笑っているのですかお父様!!」
「ううん、なんでもない」
笑いを抑えようとした少女の父だったが。無理な話であった。
「それで。どうしたんだいセシリア?」
「な、なんでもありませんわ!」
「セシリアちゃんがこのバイオリンはふりょーひんだって」
「疾風!?」
「え、そんなはずは………見せてもらってもいいかい?」
「え? ………ど、どうしてもというのでしたら」
仕方なく、仕方なくといった感じで少女はバイオリンを渡した。
「ふむ………弦も弓もしっかり張られているし、調整も問題なし………引いてもいい?」
「どうぞ」
男性は子供用のバイオリンを器用に構えて弓を引いた。
すると、先程濁音を出したバイオリンと同じと思えないほど綺麗な戦慄が流れ出したではないか。
そのまま男性は軽く一曲を奏でた。サイズが違うバイオリンだというのに男性は軽快に演奏を終えたのだった。
パチパチパチパチ!
「凄い凄い! おじさんバイオリンできたんだ!!」
「これでもバイオリンは得意なんだ」
「知りませんでしたわ………」
「あまり披露したことなかったからね。こんなおじさんの演奏なんて誰も聞きたがらないだろうし」
自嘲気味に笑う男性はバイオリンを少女に返した。
「ならどうしてわたくしが引いても音はなりませんの? こんなに一生懸命引いてるのに………」
「セシリア」
「はい」
「構えてみて」
「バイオリンを?」
「そう」
男性に言われて渋々バイオリンを構える少女。その後ろを男性が優しく支えた。
「肩の力を抜いて、深呼吸して」
「スー、フー」
「ゆっくり、ゆっくりと引いてごらん」
「ゆっくり………」
………………~~♪
「あっ!」
「出た! 音が出ましたわ!!」
飛び上がるように喜ぶ少女に男性は優しい眼差しを送った。
「でもどうして? いくら練習しても鳴らなかったのに」
「さっきまでセシリアは力任せに引いただろう? そうやって無理やり音を出そうとしても綺麗な音は出せない。楽器と使う人、二つの波長が一体となって初めて楽器は音色を出してくれるんだ」
「わたくしも練習したら、お父様のように引ける?」
「引けるさ」
男性──ソーレン・オルコットは娘であるセシリアの頭を優しく撫でた。
「セシリアは父さんの娘だからね」
ーーー◇ーーー
「ハッ!」
セシリアは閉じていた目を見開いた。
目線の先には変わらず笑みを浮かべるサイレント・ゼフィルスの操縦者エムの姿。
一瞬意識を失っていたのか。
それともこれが死に際の走馬灯ということなのか。
「いっ!!」
右の二の腕から走る痛みに顔をしかめる。ISの操縦者保護機能により止血と痛覚緩和効果が働いてるお陰で先程よりも痛みはないが、それでも激痛が走る。
スターライトMK-Ⅳ、インターセプター、アルペジオ、BTレーザービット損失。
腰のミサイルビットもスラスターとしての機能に振っているため、弾頭が装填されていない。
シールドはほぼゼロ、PICも不調で。その場で浮遊してるのがやっとだった。
まさに死に体、そう呼ぶにふさわしかった。
意気揚々とサイレント・ゼフィルスを追ってこの様とは。なんとも情けないとセシリアは自らを恥じた。
「終わりだ。死ね」
バカッとゼフィルスのスターブレイカーが三股に開き、エネルギーがチャージされた。
ここで確実にセシリアを仕留めるつもりだ。
動くことなど出来はしない。
これでは下の人々の盾になることすら危ういだろう。
自分は死ぬのだろうか。
そう思った瞬間悔しさが込み上げた。
(このまま何もなし得ないで死ぬ。これでは亡き両親に顔向け出来ない。それだけは駄目。絶対に駄目ですわ)
すがる物はもはや何もない。
「お願い………ブルー・ティアーズ」
それでもセシリアまだ動く左手を空にかざした。
「わたくしに力を………貸して………」
ピチョンッ………
「!!」
セシリアの心に蒼の雫が落ち、波紋が広がった。
幻覚か、それとも死に際のイメージか。
時間が、限りなくゆっくりと流れた。
セシリアの視線はスター・ブレイカーをこちらに向けるエム………ではなく。
その先の先。遥か向こうに輝き直進する四本の光だった。
セシリアの意識の指先がその光に触れた時。セシリアは頭ではなく直感で理解した。
「フフッ………なぁんだ。こんなに単純なことでしたのね………」
「?」
ゆっくり微笑みを浮かべるセシリア。
その表情は死を前にした者にしては、あまりにも慈愛に満ち溢れたものだった。
セシリアは伸ばしていた左手を動かした。
親指を上に、人差し指を正面に、残った三つの指を握る。
そう、指鉄砲だった。
「────バーン」
軽やかな口調で発せられた発砲音。
指で作ったピストル、その指先からは勿論なにも出ない。
エムは意図を図りきれず困惑した。
死にかけで頭が可笑しくなったのか。それとももはや自暴自棄になったのか。
だが次の瞬間!
「なん!!??」
エムの、サイレント・ゼフィルスの背後を高出力レーザーが貫いた。
BTエネルギー最高稼働率時にのみ使える、ブルー・ティアーズシリーズのオーバースペック・アビリティ。
今まで一度もフレキシブルを成功させれなかったセシリアが、この土壇場の鉄火場で発現し、先程撃ったフルバーストを呼び戻したのだ
「なにも、難しいことなどではなかったのですわ………」
セシリアは今まで、必死にレーザーが曲がるように念じ、思いどおりにしようとした。
だがそれではBTシステムの真なる力を目覚めされるには至れなかった。
(操ろうと思い過ぎるから駄目なのですわ。ブルー・ティアーズはわたくしの手足。ならば、わたくしの脳波で動くBTビットやフレキシブルも、わたくしの一部ということに他ならない)
そう。手足を動かすのに余計な思考などいらない。
(ああ、バイオリンの演奏に似てますわね)
ブルー・ティアーズは楽器。
レーザーは音。
空間はコンサート、
相対する相手は観客
そして自分はこの場を彩る指揮者であり奏者。
自分はただ、奏でていけばいいのだ。
(ありがとうございます、お父様。セシリア・オルコットは初めて、ブルー・ティアーズのなんたるかを理解出来ましたわ)
天国にいる父親に感謝の念を送り、セシリアは満ち足りた表情を浮かべた。
そんな納得するセシリアとは対照的にエムは酷く狼狽していた。
自分より格下だと思っていた相手に不意打ちを食らわされた。
だがそれだけではない。驚くべきはその精度の高さ。
(馬鹿な! 撃ってからどれだけたったと思っている!?)
レーザーの弾速からして、フレキシブルを行おうとした時にはもう雲の上だ。
その頃にはもうレーザー事態が減衰し、戻ってくる頃には消えていた筈だった。
だがセシリアは四本の消えかけのレーザーを一本に融合し、充分な出力のレーザーとして反転させたのだ。
そんな芸当、エムでさえ出来ないこと。つまり。
今この場に置いて、セシリアのBT適正はエムのそれを凌駕している。
「このっ、雑魚風情がぁぁぁーー!!」
激昂したエムはバヨネットを展開し直下のセシリアに突き進む。
バイザー越しに醜悪なまでに憎悪を剥き出しにするエムに対し、セシリアは何処か満足げに笑っていた。
(これまでですわね………ですが一矢報いましたわ。このデータは送信した。たとえわたくしが倒れても、
シールドもゼロ。このままエムの凶刃が突き刺さればセシリアは間違いなく死に至る。
後悔はない。このまま惨めに命乞いなど、貴族として潔くない。
かねてより悲願としていたフレキシブルを自らの手で果たすことが出来た。
もう後悔は………
『俺、見てみたい。セシリアがレーザーを曲げるとこ、俺見たいな』
いや、一つだけ心残りがあった。
(疾風に………わたくしのフレキシブルを見てほしかった………)
セシリアが目を閉じると、彼女の脳裏に彼との思い出が浮かび上がる。
(………最後にもう一度)
彼の喜ぶ顔が見たかったですわ………
「どっけえええええぇぇぇーーーっ!!!」
数センチの切っ先が届く前に。エムの横っ面が何かに打ち抜かれた。
最大戦速で突っ込んだ空色のISはサイレント・ゼフィルスを彼方に吹き飛ばした。
エムを退けた彼は腕の装甲を解除し、優しくセシリアを受け止めた。
「遅くなって、ごめん」
「………え?」
セシリアは閉じていた目を開いた。
そこには黒髪に青ぶちの眼鏡をかけた、ごく普通の少年がいた。
彼女が一番見知った、笑顔を浮かべている少年がいた。
誰よりも待ち望んだ彼がそこにいた。
「ちゃんと見たよ。フレキシブル。まるで流星みたいだった………凄く、綺麗だった………」
一つ一つ。噛み締めるように言った彼の姿を前に、胸のあたりからじんわりと心地のよい暖かさが広がった。
「よく頑張ったな。セシリア」
「はや、て」
溢れる涙を隠すことなく。
セシリアは彼の名を呼んだ。
フーーーー。
やっと。やっとここまで来ました。
アニメでキャノンボール・ファストが放送されないのを知って。自分の手で書きたいと思った日々。
ついに。セシリア・オルコットの
ここまで書けたのもハーメルン、そしてリメイク前のpixiv。そして、Twitterで知り合えた師匠のおかげです。
なによりここまで読んでくれた読者様のおかげです。
オルコッ党ハーメルン支部、ブレイブ。
感無量でございます。