IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第82話【トライアングラー】

 あれはIS学園で疾風と久しぶりに再開した次の日の朝だった。

 

 

 

 朝の日課である紅茶を入れ、新しい1日に感謝する。それがセシリア・オルコットのモーニングルーティンだった。

 その日はアッサムとセイロンをブレンドした茶葉を使った。口当たりがとてもよく、セシリアが持ってる茶葉の中でもお気に入りの紅茶。

 

 白い湯気と共に香る紅茶を飲もうとした時だった。

 従者であるチェルシー・ブランケットから連絡が来たのだ。

 こんな早朝から、しかも電話とは普段から考えられないと思いながら通話を開いた。

 

「お嬢様! テレビを見ていますか!? 見ていないのなら今すぐ見てください!!」

 

 彼女らしからぬ尋常じゃない慌てぶりだった。

 戸惑いながらもテレビをつけ、紅茶を口に含んだ。

 

 そしたら。

 

『現在、私は世界で二番目にISを動かした男性、疾風・レーデルハイト君の自宅に来ています。今、レーデルハイト工業代表取締役のアリア・レーデルハイト氏がマスコミの対応に当たっています』

「んん!?」

 

 なんとテレビに昨日再開した幼馴染みの顔が写っているではないか。

 しかもISを動かしたとぬかしている。

 

 思わず紅茶を吹き出しそうになった。

 自分が高貴な出じゃなかったら絶対に吹き出していた。

 思わず紅茶を飲むことすら忘れてテレビに釘付けになった。

 

 急いで彼に電話をして確認しようとしたが。彼と連絡先を交換してないことに気づいて猛烈に後悔した。

 

 次の日、テレビに証拠映像として彼がレーデルハイト工業のラボで打鉄を動かした映像が出たことで疾風が二番目の男性IS操縦者だということが確定した。

 シャルル・デュノアのように実は女性だったという事ではないということは。自分が一番知っているからだ。

 

 

 

 発表から一週間後に彼はIS学園に来た。

 学園の制服に身を包んだ彼は緊張はしているものの明らかに興奮しており、笑いを堪えるのに苦労した。

 

 彼と初めてISで戦った。

 一夏さんの時とは違い、最初から全力で戦った。

 初心者とは思えない彼の動きに負けたくないと願った時にBT適正が上昇したが、結果は自分の負けだった。

 悔しかったが、それ以上に喜びが勝っていた。

 いつか二人で誓った約束が夢幻ではなくなった。

 それがセシリアの胸を喜びで満たしていた。

 

 

 

 臨海学校で彼に素肌を触れられたことは忘れたくても忘れられなかった。

 実をいうと、自分とは違う男の手にドキドキしっぱなしだった。この事実は墓場まで持っていこう。

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件の対処に当たり、負傷した一夏と箒を逃がすために疾風と二人で殿を勤めた。

 初めての共闘にも関わらず息のあったコンビネーションを発揮。軍用である福音に手傷を負わせれるとは思わなかった。

 

 第二次作戦でも疾風の的確な指示で福音を完全に翻弄した。彼は指揮官に向いてるのかもしれないと本気で思った。

 結果。イレギュラーはあっても生還した一夏さんと疾風の指揮で見事勝利を納めた。

 

 作戦が終わった後に弱音を吐いた疾風を激励した。それが彼の力になったのかは定かではなかったが、疾風は改めて前を向いた。

 

 ………福音のパイロットに投げキッスを送られたときに照れる疾風の写真をクラスに拡散した。

 あの時は珍しい顔を見れたのと、普段からからかわれてる仕返しを込めた。

 本当は頬を赤らめる疾風を見て面白くなかった………のかもしれない。

 

 

 

 夏休みに彼をボディーガードというていで誘い、両親の墓参りに行った。

 彼が話した自身の父親の人物像に戸惑ったが。今思えば彼が言ったことは正しかったとわかる。

 その点を含めても、彼には感謝しなければ。この時のことがなかったらわたくしは偏光制御射撃(フレキシブル)を発動することは出来なかったかもしれない。

 

 パーティー会場でハーシェルの側近のボディーガードの男を一瞬で撃退したのには………正直驚いた。

 

 次の日にティアーズ・コーポレーションとレーデルハイト工業が技術連携したのも束の間。疾風と妹の楓さんが事件に巻き込まれた。

 あの時ボロボロだった彼の姿は今でも目蓋の裏に焼き付いている。

 彼が目覚めた時には思わず抱きつき、ついには目の前で大泣きしてしまった。

 

 

 

 彼を好きだと言う徳川菖蒲という存在には心を掻き乱された。

 その時から正体不明の感情に胸が痛み、戸惑うばかりだった。

 生徒会主催の演劇で彼の王冠を間違って手にとってしまい、思わず絶叫して逃げ出した。流石にあの対応はあんまりだったと反省した。

 

 疾風との同居生活が始まった。

 彼との同居生活は最初こそ慣れなかったが。時間がたつにつれて、性別の違いを気にすることなく、とても居心地が良かった。

 これも彼の細かい気遣いのお陰だ。

 ………自分の料理が生体兵器だと気づけたのは本当に良かった。彼には感謝してもしきれない。

 

 

 

 そして、ついに疾風と一夏さんを快く思わない者たちが動き始めた。

 叔母様がそれに類ずる人物だったから彼女たちがどういう感情を抱いてるのかは理解していたつもりだったが、認識が甘かった。

 

 結果、菖蒲さんは命の危機に瀕した。

 そこからは疾風の独壇場。4対12の異種多人数IS戦、VTシステムを使った安城敬華を倒し、学園に平穏を取り戻した。

 この反抗作戦は全て疾風が立案したものだと聞いた時には、『間違っても疾風の敵にはならない』と密かに思ったものだ。

 

 彼は、本当に強くなった。

 もしかしたら自分よりも………

 

 

 

 菖蒲さんが疾風に告白したことを知った。

 わたくしは疾風に事の真意を確かめることをせずに偏光制御射撃(フレキシブル)習得の為に鍛練を続けた。

 

 ………違う。彼に真相を聞くのが怖かったのだ。

 もし疾風が菖蒲さんとお付き合いをしていたら? 

 そう考えるだけで胸が痛かった。だからその思考を排斥し、愚直に訓練をこなした。

 要するに逃げたのだ。由緒ある貴族が聞いて呆れてしまう。

 何故逃げたか? それはいくら考えても分からなかった。いや、分かろうとするのを拒んだのかもしれない。

 

 

 

 サイレント・ゼフィルスとの戦闘で、初めて死を覚悟、認識した。

 銀の福音でもここまで確信を持てなかった死のビジョン。

 

 走馬灯が浮かぶなか、最後に浮かんだのは彼の笑顔だった。

 

 

 

「遅くなって、ごめん」

 

「よく頑張ったな。セシリア」

 

「後は任せろ」

 

 

 

 彼が来てくれた。

 その姿はまるでお伽噺の王子様のよう。

 

 彼の腕に包まれると冷えきった身体に熱が通った。

 こんなに安らかな気分になったのは何時ぶりだろう。

 

 それと同時に自覚してしまった。

 自覚するしかなかった。

 ずっと背けていた彼への感情に。

 

 彼に負けたくないと思ったことも。

 彼が弱音を吐いた時に背中を押したくてたまらない時も。

 彼が他の生徒から密かに人気を得たことにモヤモヤしたことも。

 徳川菖蒲に嫉妬したことも。

 彼に偏光制御射撃(フレキシブル)を褒めてもらった時、これ以上ないくらい嬉しかったことも。

 

 意識すると途端に胸を熱くする。この止めようのない感情の奔流を。

 もっと疾風のことを知りたいと思うこの心も。

 

 そして理解する。

 彼の隣に居たいと願う。この尊き想いの正体を………

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………んん」

 

 セシリアが目を覚ますと。白一色の世界。

 天井も、壁も、床も。そして自分が横たわるベットさえも。

 

「おはよう」

 

 まどろみの中で声をかけられたセシリアは目線を持っていくと。そこには本を読んでいた疾風がいた。

 

「疾風?」

「はい疾風ですよ。自分の名前わかる?」

「それぐらいわかります」

「そっか。あの時と逆になったな」

 

 起き上がると同時に鈍い痛みがセシリアの脳に届く。見てみると右腕が包帯とギプスで固定されていた。

 

「しばらく痛むぞ。医療用ナノマシンが効いてるからな」

「そうですか」

「チラッと見たんだけど凄かったぞ、お前に打ってたナノマシン。少し前に発表された最先端中の最先端の代物だ。先生も痕は残らないって言ってた。凄いなIS学園」

 

 ハハハと笑う疾風だが。上手く笑えてないのがセシリアにもわかった。

 目覚めるか分からない相手を側で見守ることの辛さはセシリアも体験したことがある。

 

 ひとしきり空笑いをする疾風はスッと真面目な顔つきになる。

 

「なんで一人で行ったんだ」

「サイレント・ゼフィルスを取り戻そうと」

「遠巻きからお前がとどめを刺されそうになったのを見た時、生きた心地がしなかった」

「ごめんなさい」

「俺が言えた義理じゃないけど言わせて貰うぞ。無茶し過ぎだ馬鹿。プライドも大事だけど、それを免罪符にするな」

「はい」

 

 こればかりはセシリアも猛省する。

 焦りはあった。サイレント・ゼフィルスが亡国機業(ファントム・タスク)の手に落ちたのはイギリスの、自身が所属する会社の落ち度だと。

 だから取り戻さんと飛んだ。その後の具体的なことは考えずに。

 

「ありがとうございます疾風。あなたが来てくれなければ、私は今頃」

「マジで肝を冷やした」

 

 思い出したのか疾風はブルッと身体を震わせた。

 

「まあなんにせよ。お前が無事で本当によかった。一夏に感謝しろよ。お前をここまで運んだのはあいつなんだからな」

「そうだったのですか。あの、サイレント・ゼフィルスは」

「一夏にお前を任せた後。戦闘に入って、そして勝った」

「勝ったのですか?」

「ああ。相手が慢心してなかったらどうだったかわからんけど。人質取れなきゃ戦えねえチキン野郎だ。ボコボコにしてやった」

 

 ISの相性もあったしな、と疾風は胸元のバッジを撫でた。

 街を盾にされたとはいえ、自分を圧倒したサイレント・ゼフィルスを倒すとは。

 セシリアは信じられないという顔で疾風を見た。

 

「そのあと敵のリーダー格に横やり入れられて逃げられた。ごめん、任せろと言った癖に」

「いえ、あなたが無事で良かった」

「お互い様だな」

 

 疾風はあの時の借りを返せたと密かに思ったのだった。

 

 ふと、セシリアは疾風が持つ本に視線が行った。

 いつものIS関連の本かと思ったが、見るからに古びたセピア色の表紙から違うとわかった。

 

「疾風、それもしかして」

「これ? うん、あの時お前がくれた円卓物語」

 

 差し出されたその本を表紙の題名をセシリアは指でなぞる。

 手触り、独特な紙の匂い。間違いなくセシリアが疾風に渡した本だった。

 

「ずっと持っていてくださったの?」

「うん。辛い時はこれを読んだこともあった。イーグルを受領してからはずっとバススロットに入れてた」

「ということは肌身離さずに?」

「俺にとってのお守りだからな。もしかしたらイーグルも読んでたりして」

「そうかもしれませんね」

 

 一説にはコアには固有人格があるという仮説があるという。

 ISが操縦者の経験を見て育つなら、バススロットに入った本を読むこともあるかもしれない。

 

 だがセシリアはそんなことよりも疾風がずっとこの本を大事にしていたことを喜び、本を抱き締めた。

 

 そのあと、疾風はセシリアが寝てる間のことを話した。

 セシリアが寝てたのは6時間ほどで、もう夕方だということ。

 アリーナに現れた人型ドローン兵器『ワルキューレ』の動力には時結晶(タイム・クリスタル)が使われていたこと。

 箒が新武装を手に入れてワルキューレを一掃したこと。

 疾風と一夏が市街地飛行、及び戦闘で取り調べをうけたこと。

 

 キャノンボール・ファストは当然ながら中止。

 なんかイベントごとに事件が起きてるよな、と。予想してたとはいえ疾風も意気消沈した。

 

 事件の顛末を話し終えた。

 それから話すこともなくなり、二人はしばらく虚空を見つめ、無言の時間が続いた。

 

「あの、一つ聞いても宜しいでしょうか」

「ん?」

「………学園祭のキャンプファイヤーの時、菖蒲さんに告白されたというのは本当でしょうか」

「本当だ」

 

 ズキりとセシリアの胸が痛む。

 わかっていたことだ。菖蒲が自らの見栄の為に嘘をつく人間ではないことなど明白だ。

 それでも彼の口から出たことでそれはより現実となった。

 

「さっき菖蒲に会ったんだ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアが目を覚ます少し前。

 取り調べを終えた俺は廊下で待ってた一夏に声をかけた。

 

「長かったな疾風」

「お前と違って戦闘もしたからな」

「街に被害を出さないために空に敵を誘い込んだんだろ。凄いな疾風」

「ハハッ。奴の煽り耐性のなさに感謝だな」

「相手を怒らせる天才だよな疾風は」

「何故かお前に言われると違和感ある」

「なんでだよ」

 

 なんでだろうね。何回目かもう数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいだけども。

 

「キャノンボールは中止になったけど、お前の誕生日会は予定通りやるんだろ?」

「ああ、もうみんなには連絡した。セシリアはどうしよう」

「あいつが目を覚まさない限りはな。起きたら聞いてみる。ギリまで待つから先に行っててくれ」

「わかった」

 

 セシリアの治療は順調だ。

 それだけが俺にとって救いだった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 デジャビュ。とはこのことか。

 いつかの日みたいに菖蒲と廊下でバッタリ出くわした。

 あの時と違うのは、今回は本当に偶然だということだろう。

 

「俺先に家に行ってるわ。色々準備しなきゃいけないし」

「おう」

 

 あいつが状況を察するなんて、今日は天気は槍か? いやレーザー? 

 そんな一夏は俺と菖蒲を置いて足早に去っていった。

 

「………あー、その」

「?」

「………練習機部門の1位おめでとう」

 

 違うだろ! 

 と脳内でハリセンを噛ました。

 さっそく言いたいことを間違えて逃げてしまった自分が恥ずかしい。

 そんなことを知らずに菖蒲は笑顔で受け答えた。

 

「ありがとうございます。疾風様のアドバイスのお陰です」

「そ、そうか。でも菖蒲も頑張っただろ。打鉄の性能を余すことなく発揮した良いレースだった。ライブ中継をチラ見したけど、解説役の母さんも誉めてたし」

「そういってくれると嬉しいです」

「そうか。いや、えと、そうじゃなくてな」

 

 思わず話題がそれてしまった。

 今度こそ言おう。と思ったが、またも本の少しずれた。

 

「その。お前が助けてくれたお陰でなんとかセシリアを助け出せた。ありがとう菖蒲」

「それは良かったです。先程セシリア様の病室に行ったのですが、まだお目覚めになっていませんでした」

「そっか」

「………」

「………」

 

 黙ってしまった。

 

 というより俺が黙って、菖蒲が次の言葉を待っているといったところだった。

 

 出来れば誕生日会後に言おうと思っていた。

 だけど会ってしまった以上。俺は彼女に言わなければならないことがある。

 

 言葉なんて考えていない。

 そんな上っ面の言葉なんて、かけられる訳な。

 呼吸を整え、言葉の一つ一つを組み上げた。

 

「………菖蒲」

「はい」

「学園祭の時の告白。答えを言うよ」

 

 真っ直ぐに、まるで放たれた矢のように真っ直ぐ俺と目を合わせる菖蒲。

 言葉に詰まった。もう一度深呼吸をし、俺は意を決して口を開いた。

 

「ごめん。俺は菖蒲の気持ちには答えられない───俺には好きな人がいる」

「私ではない人ですか」

「うん」

 

 菖蒲は目を閉じた。

 しばらく閉じ、再び目を開け。もう一度俺の目を見た。

 

「わかりました」

「ごめん」

「謝らないでください。私はあなたの意思を尊重します。それに」

「それに?」

「断られることはわかっていましたので」

「え?」

 

 わかっていた? 

 どういうこと? 

 

「私が告白した時から、疾風様はセシリア様に好意を抱いていましたものね」

「は? ………は?」

 

 え、ちょっと待って。俺があいつを好きだと自覚したのはついさっきなんですけど? 

 ていうかバレてる? 

 

「え、ちょっ、待っ。俺はセシリアが好きだなんて一言も」

「シンデレラの時、落下するセシリア様を追って身を投げましたね」

「いや、あの状況なら誰だって」

「学園祭のあとも疾風様はいつもセシリア様を見ていましたし、彼女を陰からサポートしていました」

「あれは別にそういう意味では」

「それに疾風様、セシリア様が一夏様と一緒にいる時嫉妬していましたよね」

「え!? いやそんなこと」

「無意識に箸を折るぐらいですもの、相当だと思いました」

「うぐっ!」

 

 か、考えてみれば。

 俺の行動の一つ一つにセシリアへの好意を組み合わせたら何もかも辻褄が会う。

 

「でも、そんなの」

「私はずっと疾風様を見ていましたのよ? 一挙一動一投足。そんな私が疾風様を見て確信したことです。間違っていますか?」

「うっ」

 

 俺は無意識にセシリアに好意を向けていたことになる。

 しかもそれを他人である菖蒲に暴かれるって。どんな罰ゲームだこれ。

 

 いやちょっとまて。

 

「菖蒲。俺がセシリアを好きだって気づいたって言ったよな。告白する前から?」

「ええ。知っていて告白しました」

「どうして?」

 

 思わず聞いてしまった。

 

 菖蒲の言ったことが本当なら。

 菖蒲は断られる可能性が高い告白をしたことになる。

 

「決まっています。私がどうしようもないほど貴方に恋をしてしまったからです。それに、たとえ疾風様が私とは違う人に目を向けていたとしても。私がその恋を諦める理由にはなりませんから」

 

 菖蒲の目に曇りも嘘もなかった。

 彼女が俺に好意を抱いているのはわかっていたつもりだったが。こちらが想う以上に彼女は俺を愛していたのだ。

 

 それでも。俺は彼女の想いに応えることはできない。

 

 彼女は悲しそうな表情を感じさせない笑みを浮かべた。

 

「では私は先に一夏様のご自宅に伺います」

「ああ、わかった」

 

 会釈をし、俺とすれ違う菖蒲。

 

「………」

 

 今までも告白は断った奴らは沢山いた。

 だがそいつらは俺の足元や後ろとか開示されてるデータを見てばかりで俺を見ようとしてる奴は一人もいなかった。

 その癖こっちが断るとその場で癇癪を起こす人。腹いせに校内で女性であることを盾に傍迷惑な噂を流す女子さえいた。

 

 だけど菖蒲は違う。

 あいつは本当に俺を好きでいてくれているんだと。俺が思う以上に俺を想ってくれていたんだとわかった。

 それなのに俺が断って、そして俺の意思を尊重するなんて言った。

 答えをわかっていながら、何時までも待っていますと言ってくれた。

 

 なんて強い女性なんだと思う。

 

 胸が痛かった。

 だけど一番辛いのは菖蒲自身だ。

 こんな痛みを抱えるなんて。おこがましいにも程がある。

 

 俺は胸の痛みを飲み込み。決して振り返らずにセシリアの病室に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、菖蒲?」

「鈴様………」

「………ほれ」

「え?」

「胸なら貸すわよ」

「………ありがとうございます」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

「………そうですか」

 

 流石に事細かに言えず、疾風は結果だけをセシリアに伝えた。

 すると、セシリアは口許を抑えた。

 

「セシリア?」

「疾風、ちょっとあっちを向いて欲しいのですが」

「え、お、おう?」

 

 何故か分からずに疾風はセシリアから顔を背けた。

 

 疾風が菖蒲の告白を断ったと聞いた瞬間。

 セシリアはよかった。と思ってしまった。

 

 卑怯な感情だと思った。

 間違いなくその事実に安堵し、喜んだ自分がいる。

 そんな醜い一面をセシリアは疾風に見られたくなかった。

 

 もしかしたら彼女はあの時から。彼女が転校したその日から。

 自分が疾風に特別な感情を抱いていることを見抜いていたのではないか。

 

 改めて聞くつもりはないが。そうだとしたらしっくり来た。

 

「も、もういいですわよ」

「おう。って、大丈夫かセシリア。顔赤いけど」

「ゆ、夕日のせいですわ!」

「そ、そうか」

 

 そういうことにした。

 無理やり誤魔化す。それは一夏ラバーズが一夏に対して行う常套手段。

 まさか自分が使うとは思わなかったセシリアは上手く切り抜けたと自分を褒めた。

 

 相手が疾風じゃなければ上手くいっていただろう。

 

「あの、勘違いだったら悪いんだけど」

「なんです?」

「最近調子が悪かったのって、もしかして菖蒲の告白が原因だったりする?」

「ち、違いますわよ! 偏光制御射撃(フレキシブル)の訓練が上手く行かなかったからです! 変な勘繰りはやめてください!!」

「ご、ごめん!!」

 

 セシリアに強く出られて疾風は戦線離脱を試みた。

 薮蛇を突いたか、あるいは惚れた弱みか。

 それ以上追求することなど出来るはずもなかった。

 

「あー。俺、織斑先生呼んでくる。お前にも取り調べあるだろうし」

「お、お願いします」

 

 なんとなくその場に居づらくなった疾風はもっともな理由をつけて病室を後にした。

 

「あ、一夏の誕生日会どうする? 出たいなら交渉しとくけど」

「それは………わたくしから言いますわ」

「そっか。じゃああとでまた」

「ええ」

 

 セシリアの病室を出た疾風は深く息を吐いて壁に寄りかかった。

 疾風が病室を出た直後、セシリアは再びベッドに身を預けて深く息を吐いた。

 

(………もしかしたらセシリアも)

(………もしかしたら疾風も)

 

 自分に好意を持っているのだろうか。

 

((………いや))

 

「流石に自惚れ過ぎだな」

「流石に自惚れ過ぎですわね」

 

 互いの思いを知らぬまま。

 二人はまたも息を吐いた。

 

 

 

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