IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
コロナワクチン二回目を無事に終え、復帰しました。
大変でした。
引き続き感染対策に気を付けながら執筆しようと思います。
「箒遅いなぁ」
「メイクとかだろ。男は着替えるだけで終わるけど女子はそういうのもあるから」
「ほー。ん? じゃあドラマでよく見る水着で時間がかかるのはなんだ?」
「んーー演出?」
「身も蓋もねえ」
着替えを終えた男子組は一足先にスタジオ入り。
まわりではスタッフが世話しなく撮影の準備を進めていた。
当然のように俺と一夏は先程のおしゃれっ気のないシャツとGパンではなくスタッフに用意された服を着ていた。
一夏はカジュアルスーツを着崩したスタイル。元々堅苦しくないカジュアルスーツを更に緩めたその姿は一夏に眠る若々しい雄の魅力を醸し出す………というのはスタイリストの談である。
俺の方は青のGジャンに白黒ボーダーのシャツ。下は白のパンツという清潔感と纏まりがある服装である。
結構好きだなこのデザイン。
「どう? なかなか悪くないと思うけど?」
「いいんじゃないか? 俺の方はどうだ? 似合うかなぁ」
「似合ってるよ………似合ってる、けど。………一夏」
「なんだ?」
「ドンペリお願いしまーすって大声で言ってくんね?」
「ホストだって言いたいのかお前!?」
いやだってなんかそう見えるんだもん!
なんというかほんとコイツ顔だけは一級品だし、服装がなんというか、チャラい!
試しに甘い言葉言ってみ? 女侍らせてみ? ほらホストやん!!
「ごめんね褒めてくれたのに。だけどカッコいいぞ一夏。よっ、ナンバーワン」
「褒め言葉が確信犯過ぎる!」
「ごめん。俺は嘘つけなくてさ」
「それこそ嘘だこの野郎! ほら! お前も着崩せ!」
「いやこれ以上無理よ。これ以上はキャストオフしちゃう」
お互いに掴みかかるカオスな現状はスタイリストから「シワになるのでやめてください」という鶴の一声により一瞬で沈静化された。
「すいません遅れました! 篠ノ之さん入りまーす!」
おっ。来たな。
さていかほどの者が。
「あ………」
一夏から熱っぽい息が漏れた。
それぐらい箒の姿は見違えていた。
フリルが可愛らしいミニスカートは箒の綺麗な脚線美を余すことなくさらけ出しているが。
何よりも目立つのはかなり胸元が開いたブラウスだった。
いつもの箒なら絶対に着ないであろう女性的魅力をこれでもかと込めたファッション。
男なら、いや女でも道行くだけで吸い込まれる圧倒的な魅力と迫力に思わず俺も生唾を呑みこんだ。
「……………」
あの朴念神一夏も思わず放心して箒に釘付けだ。
箒も一夏の姿に気づいて目を丸くした。
そして向かい合う二人。
「………」
「………」
「………」
なんだいこの状況。
どう言葉を紡ぎ出せばいいかわからなくなった二人は目の前の異性を前に顔を赤くして視線を泳がせまくってる。
「に、似合ってるな。その、なんだ、えーと、その。悪くないぞ、じゃない凄い、えと、良いと思うぞ!!」
「お、おうサンキュー。箒もなんというか………凄い女性してる! 可愛いし綺麗だ!」
「かわっ! きれっ!」
皮きれ? なんでそんなワードが出てきたんだ(棒)
まあなんというの?
完全に俺は蚊帳の外ですね!
もう俺は撮影陣に混じった方が違和感なくね?
と、なんか一夏ますます目を泳がせ。箒に至っては一夏に背を向けて顔面の筋肉をストライキさせてる。
盛大にストロベリってろお前ら。
目の前で青春オンステージしてる二人に軽くジェラった俺は決して口に出さずに白旗を上げた。
あー。陰と陽ってこのことだなー。
不貞腐れてる俺の後ろで黛さんが手を叩いた。
「はーい! そろそろ撮影始めるわよ! 長くなると余計緊張するからサクサクやるわよ!」
「黛さんが撮るんですか?」
「そーよー。急遽ねじこんだインタビューだから人手が足りないの。あ、腕前は心配しないで。新人時代は数えるのも馬鹿らしいぐらい写真撮ったんだから」
「成る程」
「じゃあ先ずは1人ずつ写真撮るわねー」
撮影が始まった。
最初は立ち姿と座り姿を数枚ずつ。
そこからファッションに合わせたポーズを撮るが、これがまた難しく。
最高のアングル、角度を捕らえるために何度も取り直しをし、何枚も写真を撮った。
ペアで撮ったりもした。
箒とは背中合わせで見合わせる。なかなかカッコよめの写真を撮ったり。
一夏とのペア写真は肩を組んで微笑みを浮かべるいかにも狙ったような写真を。
そして………
「織斑くん、篠ノ之さんもっとくっついて! もっとよもっと!」
「あの黛さん。これ以上は」
「ダメよダメダメ! 二人を見た瞬間この構図にしようと決めたんだから!」
「だからって………」
二人は戸惑いながらソファに座っていた。
凄く近い距離感で。
「なんで俺たちだけこんな」
さっきまで友人同士のペア写真といった感じだったのに一夏と箒になった途端「じゃあ二人ともくっついて!」と、あれよあれよとジャンルが違う構図になった。
そう、先程の二枚とは明らかにビジュアルの落差がダンチだった。
「だってせっかくの美男美女よ? こういう写真を出した方がファンも沸くのよ」
「逆に差がありすぎて炎上しません?」
「その時はそんとき」
逞しすぎる。
「一夏ー、箒ー。覚悟決めとけぇ。黛さん梃子でも動かないぞ」
「お望みなら篠ノ之さんとそういう感じに取り直してもいいわよレーデルハイトくん」
「遠慮しときます」
「レーデルハイトくんも良い感じの男子だから合うと思うけどなぁ。後ろ姿も映えそうね………」
「もしそういう写真が乗った暁には関係各所総動員してこの会社潰します」
「ちょっ、目がマジよ? 冗談よ冗談。盗撮なんてセコいことするわけないじゃないの」
「なら良いですけども」
こんな時にそんな写真が世に出たら。それこそもうセシリアと溝が決定的になる。
必死すぎるだろって? 悪いな、今の俺はガチで余裕ないんだ。
思考範囲がISよりセシリアでしめられるぐらい余裕がないんだ。そしてセシリアのことを考える度に精神的ダメージで心を殺られるという自殺プレイの最中だ。
と、一夏と箒も覚悟を決めたのかピッタリとくっついて写真を撮られた。
「んーー。なんかガチガチよねぇ。まあ無理もないけど」
「これで良いですよね」
「………よしじゃあ織斑くん、篠ノ之さんの腰を抱いて」
「はい!?」
「こ、し、を、抱、い、て」
「いや聞き取れなかった訳じゃありませんよ! これで終わりじゃ駄目なんですか?」
「いやー、色んなパターン取って厳選したいからさ。どーしても無理なら他の案もあるけど」
「やりましょう! 一夏、お前も大和男児なら覚悟を決めろ!」
「箒ぃ!?」
あ、箒の奴吹っ切れたな。
「さあ来い一夏! 私の腰は空いているぞ!」
「よ、よぉーし」
大きく息を吸って吐き出し。一夏は箒の腰に手をよせて思い切り抱きよせた。
「ヒャンッ」
「あ、悪い」
「いや、大丈夫だ………」
力を入れすぎて箒の身体が一夏にもたれ掛かってしまった。
パシャリ!
「んー、思わずシャッター押しちゃったわ。やっぱ二人って絵になるわー」
「じゃ、じゃあこのポーズは終わり」
「それはそれ、これはこれ。さっ、早く早く」
「はい………」
気を取り直して箒の腰を抱く一夏。なんとか表情を作ってカメラを向く二人の顔は未だに赤い。
「も少しインパクトが欲しいわね。篠ノ之さん、そこから織斑くんの首に腕を絡めて」
「わかりましたっ」
「ちょ、ほう」
一夏がたじろいでる間に箒が一夏の首に腕を絡めた。
絡めた一夏は勢いで箒の方を向いた。
するとどうなるか。
二人の顔の距離はわずか10センチまでになった。
その時一夏は箒の瞳を、箒は一夏の瞳を正面に捕らえた。
(箒の目って、結構綺麗だな………)
(一夏って、こんな力強い目をしていたのか)
顔が赤くなるのも忘れ、お互いの瞳に見惚れる二人の意識を、黛さんのシャッター音が引き戻した。
「はいオッケー! 最高の一枚が撮れたわ!」
「っ! す、すまん!」
「こ、こちらこそ!」
我に返った二人はこれまた面白いぐらいに顔を真っ赤にして何故か謝った。
林檎の擬人化と言えるぐらい赤くなり、あれほど見つめあっていた瞳を合わすどころか背中合わせになった。
「はーー、甘酸っぺぇ」
「ん?」
「なんでもないっす」
しょっぱいもの欲しくなったな。
口許をおさえてそんなことを考えながら。まだ赤い二人を見ていた。
「はいお疲れ様ー! 3人とも今日はありがとうね!」
何個か撮っていき、最後に3人一緒の写真を撮って撮影は終わった。
集合写真の時に二人から「真ん中に座ってくれ!」と言われたが、丁重に断らせて頂いた。だってなんか間男みたいな雰囲気になりそうだったし
さっき散々と見せつけられてくれたんだから終了まで雰囲気保ってみせろっての。
「じゃあ二人とも着替えちゃってね。外で出歩くにはいささか目を引く格好だし。その服はそのまま貴方たちにあげるわね」
おっ、それはありがたい。
合法的にオシャレ着ゲットじゃん。
「ディナー券は後日IS学園に郵送するわね。あと今回のストライプスもね。じゃ機会があったらまたね。それじゃあお疲れ様!」
情熱の嵐とも言える黛渚子は地下スタジオから出た。
颯爽と去る姿は妹を彷彿とさせる。
この後は編集作業に追われるだろうが、これまで以上に良い仕上がりになってるに違いない。いち読者として完成を楽しみにせざる終えない。
「「………」」
「おいいつまで固まってんだ。着替えるぞお前ら」
「「わ、わかってる!!」」
なんとも世話が焼けるというか。
いや、今の俺が言えた義理じゃないけどさ。
「一夏よ」
「なんだよ」
「ドキッとした?」
「………………した」
「そうかそうか」
ーーー◇ーーー
「うわ、外暗いなぁ。今何時よ」
「6時だな」
誕生日にシャルロットに貰った腕時計で時間を確認する一夏とそれを見てムッとする箒。
恐らく「着物ではなく持ち運べるものの方が良かったか!」と思ってるに違いない。
さて………
『箒よ』
『な、なんだ行きなりプライベートチャネルで!』
それはまあ一夏に聞かれない話をするためさ。
『ここからお前と一夏を二人きりにする算段もあるのだがどうする?』
『んん!!? ……………いや、今日は遠慮しておく。お前を1人で帰らせると一夏が何か思うだろう。それに1人で帰らせるのは危険がある』
『まあねぇ』
『それに、その。もし二人きりになったとして。私は正気を保てる自信がない』
『何故』
『だ、だってあんな至近距離で、もうすぐき、キキキキスするところだったんだぞ!?』
願ったり叶ったりじゃん。
『と、とにかく! 私を1人にするな! いいな!?』
『お前そんなんだからヘタレ侍って言われてんだぞ』
『初耳なんだが!?』
「どうしたんだ箒? 百面相なんかして」
「フヒャイ! なんでもない!!」
魔法の言葉発動。
プラス一夏と箒の相対距離、近し。
このままでは箒は暴走して雄叫びを上げることだろう。
「あー、一夏。このまま帰って飯を食うのもありだが。折角だからどっかで食べに行きたい。と私は申告します」
「おっ? まあ俺は良いけど、箒は?」
「私も賛成! 大賛成だ!!」
「………なんか変だぞ箒?」
「気にするな! 頼むから!」
「お、おう」
「それより店だな! 良い店を知ってる! そこに行こう!!」
と自信満々に言ってスタスタと先を歩く箒の後を追う。
さて箒オススメの場所は入れるのだろうか。恐らく一夏と二人で入る系のお店と予想するが………
【満席のため、本日の受付を終了いたします。ご来店のお客様には大変………………】
「うごぉぉ」
「見事にいっぱいだな」
「てかここ前テレビで報道された場所やん。しかも今日日曜だし」
レストラン【針葉樹の森】は満員だった。
しかも中の客は見える限りカップルばかり。
箒は追加ダメージを受けた。
「あっ」
「どした一夏」
「俺良い店知ってるんだ。安くて早くて美味いとこ」
「ファミレスじゃないだろうね」
「それかファストフードか」
一夏なら選びかねん、よかれと思いながら。
当の一夏はまあ行って見ればわかると言った。
「ここだ」
「う、うん?」
「ここって」
20分ほど歩いて目的の店についた。
店の看板には。
「定食屋 五反田食堂?」
「五反田ってまさか」
「そう、弾の実家」
あー、なんかそういうこと言ってたような言ってなかったような。
「ということはあの娘もいるのか」
「あの娘?」
誰のことだろうか。
険しい顔をする箒の顔から予想するに恐らくそっち方面の………
「ごめんくださーい。おっ、弾いた」
「いらっしゃいませー。って一夏じゃん!? え、どした!?」
店の中に入ると五反田食堂! と書かれたエプロンをして料理を運ぶ弾の姿があった。
「どしたって食べに来たんだよ。結構混んでるな?」
「日曜だかんな!」
店の中は3分の2ほど席が埋まっていた。
定食屋なんて初めて来たけど。なかなか良い雰囲気。なんというか、気軽に来れるというか。学校や外遊び帰りにサラっと来れる親しみやすい感じの店。
「ん? あなたは確か篠ノ之さん? はっ! フタリッキリ!? もしかしてデート!? もしかして彼女!? でかした一夏!!」
「おい待て待て勝手に話し進めるな。箒は彼女じゃなくて幼なじみだ。あとデートでもないからな」
「チィッ!!」
「客に盛大な舌打ちするなよ………」
残念無念と顔に書いてある弾。
そして彼女、デートという単語に脳内フラワーワールド途中な箒。残念だが即答で一夏が否定したが聞こえてないようだ。哀れなのか幸せなのか。
「残念だが俺もいるんだ、弾よ」
「えっ疾風? いつからそこに?」
「最後尾から来てた。それよりも早くご飯届けなくて良いのか? 冷めるぞ?」
「あっヤベッ!! 一夏、空いてる席に座ってくれ。お客様大変お待たせしました! 業火野菜炒めでーす!」
お客さんの元に行った弾の横を通って比較的空いてるスペースに座り込んだ。
一夏が座った後に箒が迷っていたので先に一夏の対角線上に座ってやると。箒は俺の隣(一夏の真っ正面)に座った。
「箒。今のは五反田弾。誕生日会で見たことあると思うけど。蘭の兄ちゃんだ」
「むっ、そうなのか」
「箒は妹さんと面識があるのか?」
「う、うむ。夏休みで一夏と夏祭りに行った時に偶然あってな」
「ほーん」
あ、さっき険しい顔してたのってそういう。
自分の時折現れる敏感体質がここでも遺憾なくはっきしたらしい。
そしていま箒がモヤモヤしてるであろう原因も。
「ここを指定したのは妹ちゃんに会いたかったからなのか一夏?」
「っ!!」
「え? いや単にあそこから近いので思い付いたのが此処だったからだけど」
「それにしては結構歩いたよねぇ」
「それについてはすまん。五反田食堂にはたまに顔を出しときたかったし、ここほんと美味いから二人にも紹介しておきたかったんだ」
「成る程ねえ。だそうだよ箒」
「わ、私はなにも考えてない! 余計なことを言うな」
おっと。これは失礼した。
勘違いだったようだ。やっぱ俺の勘も鈍ってきたなぁこれ。
「ところでここは何がオススメなんだ?」
「全部美味い。って言うのはズルだよな。オススメは魚料理かな。このカレイの煮付けが美味いんだ」
「ふむふむ」
「あとこの業火野菜炒めってのもイチオシだ。なにせ厳さんの看板ならぬ鉄板メニューだからな。あ、厳さんってのは弾のお爺ちゃんでここの店主」
「ほうほう。ならこれにしようか。ちょっと気になる一品だ」
「疾風は決まったか?」
「俺は………トンカツ定食にするわ」
オススメしてくれた魚でも業火野菜炒めでもないが、いま無性に揚げ物と肉が食いたい気分だ。
しかしメニュー欄を見ると一夏の言うとおり確かに安い。
「おーい弾。注文いいか?」
「はいよー。ご注文どうぞ」
「俺はカレイの煮付け」
「あーー悪い。カレイ今日品切れだ。ほれ」
弾の指の先にはカレイの煮付け品切れの紙が。
「店先にも張り紙張ってたはずだけど、吹っ飛んだのかな。すまん一夏」
「いいよいいよ。じゃあ焼き魚とフライの盛り合わせ定食。箒は業火野菜炒め定食、疾風はトンカツ定食な」
「焼き魚とフライの盛り合わせ定食1つ、業火野菜炒め定食1つ、トンカツ定食1つ。はいかしこまりました。爺ちゃん注文入った!」
「大将と呼べバカモン。おっ! 一夏じゃねえか!」
厨房にいた筋肉質でガタイのいいご老人がこちらに気づいた。
エプロンに五反田食堂と書かれてなかったら大工の棟梁と言われても遜色ないだろう人だった。
「久しぶりだなオイ。IS学園のお上品な料理に飽きたか?」
「お邪魔してます厳さん。たまたま近く通ったので」
「そうかそうか。んで、この別嬪さんはお前の彼女か? ん?」
「いや、そういうんじゃないですよ」
「なんでぇ、女ばっかなのに彼女の1人や2人も見繕えねのかよ、情けねえなぁ一夏。ガッハッハ!」
なんとも豪快に笑う五反田食堂店主。ここまでガハハ笑いが似合う人がうちの親父以外にいるとは。
「ん? お前は見ねえ顔だな? いやどっかで見たな、えーと」
「疾風・レーデルハイトです」
「あー! 一夏の次に出てきたやつか! 思い出した思い出した。じゃあお前さんがこの嬢ちゃんの彼氏かい?」
「違いま」
「違います! 私と疾風はそんな関係では断じてありません!」
俺の言葉を遮って箒は厳さんに食って掛かった。
だが大将は特に動じずにまたガハハと笑った。
「おっとそうだ。おい蘭! らーん!!」
母屋に向かって大声を出す大将。少ししてから上から蘭ちゃんが返答が帰ってきた
「なーにー!」
「店に来い! 今すぐにだ!!」
「なんでー?」
「いいから来い!!」
「はーーい」
間延びした声から数分後。食堂入り口から蘭ちゃんが入ってきた。
「お爺ちゃん。今日の当番お兄でしょ? 私いま宿題を………ってええっ!!? 一夏さん!?」
「よっ。蘭、お邪魔してる」
「ハッハー! 蘭! 一夏が来て良かったな!! ガッハッハ!!」
良いことをした! というばかりに豪快に笑う大将とは対照的に蘭はなんと青ざめている。
何度も自分のラフな格好、一夏、オシャレをしている箒を交互に見やり。そして一気に耳まで顔を真っ赤にし。
「わあぁぁぁぁぁん!!!」
バタン!!
食堂から飛び出していった。
「な、なんだあ? おい弾。蘭の奴どうした? 感極まって爆発したか?」
「爺ちゃん………御愁傷様」
「あん? どういうことだよ?」
このあと。蘭ちゃんが「お爺ちゃんの馬鹿! お節介! 大馬鹿! 大嫌い!!」と言って大将が膝から崩れ落ちることになるのだが。
それはまた別の話で。
「お父さん。いい加減仕事に戻ってください。鍋止まってますよ」
「おっといけねえ!!」
若々しい女性の声に注意され大将はその豪腕で鍋を振るった。
厨房から出てきたのは。なんとも若々しい女性だった。どことなく蘭ちゃんに似ている。
「一夏。誰だあの女の人。弾のお姉さんか?」
「いやお母さんの蓮さん」
なんとお母さんだった。いや若いなぁ。
「あら? あらあらまあまあ。一夏くん、もしかして一緒にいるのは彼女さん?」
「違いますってば」
「そうなの? ああ良かった。ごゆっくり」
ニコニコと微笑みながら蓮さんは厨房の奥に消えていった。
「ふぅ。なんでみんな箒と付き合ってると思ってるんだろうな。なっ、箒。箒? どうした? なんか怒ってる?」
「ああ、怒っているのかな?」
「なんで疑問系」
「一夏、食中毒にな、いやここでなったらご迷惑だな。一夏、一週間後に食中毒になれ」
「な、なんなんだそのえらく遠回りな死刑宣告」
常套句だ。
そこから妙な沈黙が流れながら10分後。
先ほどのラフな格好とは雲泥の差でいわゆる外向きな服に白いエプロンを着た蘭ちゃんが降りてきた。
よく見るとうっすらとメイクもしてる仕上がりっぷりである。
「い、いらっしゃいませ一夏さん!」
「あれ、蘭着替えてきたのか? 今から出かけるとか? もう遅いから危ないぞ?」
「ええ、まあ。気分の問題です。アハハ」
あー。この男は本当に罪深い。
ほら、箒と弾はなんかよくわからない表情してるし。
蓮さんは絶えず若々しいニコニコ顔を崩さない。
だが看板娘の登場に食堂内の男連中ら大いに沸き上がった。
「蘭ちゃーん! こっちに注文くれー!」
「いよっしゃあ! 今日はグレートラッキーデーだぜぇぇ!!」
「俺仲間に連絡を」
「おい馬鹿やめろ! 俺たちが一人占めするに決まってるだろうが!」
おわー。なんとも凄い人気ですこと。
だが当の本人は一夏しか見ていないようだ。だって箒の隣に座っているだろう俺に全然視線向けられてないもの。
「おい、蘭! 料理できたから運んでくれ!!」
「わかってるから大声出さないでよ!」
忙しない動きで料理を受け取った蘭はそそくさと大将から離れた。
そっぽを向かれた大将は小首を傾げて弾に「なにかあったのか?」と聞くが弾は目頭をおさえるだけだった。
「い、一夏さんお待たせしました。焼き魚とフライの盛り合わせ定食です!」
「ありがとう蘭」
「いえ! これぐらいなんとも!」
一夏の前に定食を起き、俺と箒の分を取りに再びカウンターに向かった。
「お待たせしました。またお会いましたね」
「ああ、そうだな」
「えっと、トンカツ定食は………」
「こっちだよ」
「はい、あれ? 楓のお兄さん!? え、もしかして最初から」
「はは、いたよー」
やっぱり気づかれてなかったようです。
うん、知ってた。
「ごごごごめんなさい! その、えっと」
「いやいや気にしてないよ。しかし恋は盲目とはこういうことにも使えるのねぇ」
「こ、恋!」
「おい疾風、あまりからかってやるな」
「ごめんごめん。トンカツいただくね」
蘭ちゃんの手からトンカツ定食を受け取った。おー美味そうだ!
「じゃあいただくか」
「ああ、いただきま………蘭? どうした」
「ふぇ! ど、どうもしてないです!」
「そ、そうか………えっと、ずっと見られてると食べれないんだけど」
「あ、えと、はい! そうですよね! あは、あはははは………失礼しました!」
脱兎の如くカウンターに戻っていく蘭ちゃん。
そして何故か感じる周りからの突き刺さる視線。
「食べようぜ。腹へった」
「そ、そうだな。いただこう」
「いただきます!」
割り箸をバリッと割って等間隔に切られたトンカツにソースをかけてかじりついた。
ザクッ! という爽快な音と柔らかい豚肉。そしてソースと肉と衣の旨味、そして豚の油がグワーッと舌の細胞を刺激した。
すかさず千切りキャベツとご飯をかっこみ。飲み込んだ後に味噌汁を一口。
「うんんまっ! 大将このトンカツ美味いです!」
「ハハハ! そうだろうそうだろう!」
「あー、この味だ。全然変わってない」
「この業火野菜炒めも美味しいです。醤油の味付けもそうですが。野菜の火の通りが絶妙です」
「別嬪さんにそこまで褒めてくれるとは光栄だ」
「なんだい厳さん! 奥さんからお嬢ちゃんに鞍替えか!」
「うるせぇぞ三郎! つまんねえこと言ってねえでさっさと箸動かしやがれってんだ!」
隣の喧騒をよそに俺は箸を進めた。
しかしトンカツもそうだが味噌汁も美味い。
あー、こんなお店が近所に欲しかった。
「あ、水が。すいませーん! お冷やお願いしまーす」
「はいただいま!」
「あ、俺もお願いします!」
「い、一夏さんも!? わ、わかりました!!」
厨房から蘭ちゃんの声が木霊する。
大丈夫かなあの娘。
「い、一夏よ。野菜炒め食べるか? 美味いぞ」
「おっ、良いのか? じゃあ頂こうかな」
「た、食べさせてやろう!」
「いや自分で取るぞ」
「食 べ さ せ て、やろう!」
「わ、わかった」
おっ、箒にしてはストレートな力押しだな。
「行くぞ一夏。あーん」
「あーー」
「あああああっ!」
何処からか悲鳴が、なんぞ?
悲鳴の出所を見るとお冷やのピッチャーを持った蘭ちゃんの姿が。
「なんだ?」
「一夏、あーん!」
「あ、あー」
振り向きかけた一夏の顎を物理的にロックして食べさせる箒。
「ぅぅぅぅぅ!」
「なっ? 言ったろ蘭。一夏には鈴の他にあんな美人さんがいるしお前では太刀打ちできないってよ。だから大人しく諦」
「シィッ!!」
「メッ!!」
一夏と付き合う反対勢であろう弾が説得を試みるもそれは帯電中の電線に触るのと同義。見事感電である。
にしても箒の奴。牽制のつもりだったのか。
しかし些かここではアウェイのようだぞ。
「なんだ、どうした蘭ちゃん」
「あそこの二人組が原因か!」
「蘭ちゃんを泣かせるだと。宜しい皆殺しだ」
蘭ちゃんファンの男性客が揃って臨戦態勢に移行するのに対し店の主である厳さんが「うるせぇぞ!」と一蹴。
男性客は一旦静まったものの箒としてはここまで騒がれたらムードもあったものではない。
(くぅ! 何故いつも私がなけなしの勇気を振り絞るとこうなるんだ!? せっかくあいつらがいないからチャンスだというのに!)
「箒」
「なんだ! むぐっ」
一夏が出した白身魚のフライを箒は反射的に頬張った。
面白いぐらい一瞬にして静まり返る五反田食堂。俺は蘭ちゃんの方向を見たくないためにトンカツを食べた。心なしか味が薄い。
「どうだ、美味いか?」
「う、美味い」
「だろ!」
ニカッと笑う一夏の笑顔に見惚れる箒。
その笑顔の前に箒も素直になれたのか再び野菜炒めを差し出す。
「ほら、野菜炒めも食べるがいい」
「おう。うむ、あーやっぱ美味いなこの野菜炒め」
「そ、そうだろう! 私も真似したくなるぐらいだ」
「あとで作り方聞いてみようか?」
「いいのか!? じゃあ食べた後でな」
ぱぁぁっと。輝く箒の笑顔が太陽なら一夏の笑顔は向日葵だろう。
和気あいあいという言葉が似合う二人は再び食事を開始した。
………ここで終わればどれだけ良かっただろうか。
だが現実はそう上手く行きはしなかった。
「ふ、ふぇ」
「ん?」
いつの間に居たのか蘭ちゃんが俺たちのテーブルの側に。
ピッチャーを持つ手が振るえているのは決して手が冷えたからではなく。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
一夏と目があった蘭ちゃんは我にかえって必死に口と舌を動かした。
「あ、あの! え、えっと」
「ど、どうした蘭」
「………お二人はお付きりゃ!!」
噛んだ。この場にいた全員(一夏除く)が心の中で呟いた。
これ以上ないぐらい盛大にやらかした蘭ちゃん。先程からスリップダメージを受けていたその理性の糸はいま正に、
「うええええええーーーーーん!!!」
「ら、蘭!?」
断ち切られた。
ピッチャーをテーブルに乱暴に置いて五反田食堂を出て何処かに消えた蘭ちゃん。その姿に流石の一夏もただ事じゃないと立ち上がった。
「ど、どうしたんだよ行きなり」
「行きなりじゃねえがな」
「とにかく追いかけないと」
「「まてーーーい!!」」
蘭ちゃんの後を追おうとする一夏の行く手を阻んだのは大将に負けず劣らずの屈強なる五人の男たち。
迫力が暑苦しい。
「村上信三郎! 42歳、建築業!!」
「山本十蔵! 39歳、土木業!!」
「吉岡修一! 37歳、運送業!!」
「寺田克己! 34歳、サービス業!!」
「クリス・マッケンシー! 29歳、自営業!!」
「「「「「我ら蘭ちゃんファンクラブ五人衆!!」」」」」
ドゴーン! という爆発エフェクトが出そうなぐらい綺麗なポーズを決めた五人の益荒男たち。
ご丁寧にシャツは五色で『蘭ちゃんLOVE!』と書かれたTシャツが。え、もしかして自作?
とまあそんな色物な男どもの迫力に一夏も汗をタラリ。
「蘭ちゃんがいながらイチャイチャと」
「ふてえ野郎だ」
「この怒り」
「晴らさずにおくべきか」
「
「へ!?」
「「「死ねよやぁーー!!」」」
一斉に遅いかかる五人衆。その鋭さを前に一夏はなす術もなく
「店で騒ぐんじゃねえクソボケどもぉ!!」
「「「ゴホォ!!?」」」
しかしその集団攻撃は中華鍋を豪快に振るう豪腕が放ったラリアットにより阻止。
五人は揃いも揃って店の外に放り出された。
「げ、厳さん」
「一夏よぅ」
「ヒッ」
「外に行こうや」
「ハハハ、ハヒ」
顔面蒼白。否、灰色になりながら一夏はガタガタと痙攣した。
あそこまで怯える一夏は学園でもそう見たことはない。それほど孫を泣かされたお爺ちゃんは怖いということだろう。その証拠に弾も凄い震えてる。
俺は大将の横に立って声をかけた。
「ちょっと待ってください大将!」
「なんだい眼鏡の兄ちゃん。止めるんならタダじゃおかねえぜ」
ギロリと睨むその眼光に俺は後退りしそうになる。
なんという威圧感だ。人は愛するものの為ならここまで強大になれるのか。
だが俺はどれほど強大な相手であろうと。言いたいことは言える男だと自負している。
しばしのにらみ合い、沈黙。
俺はそんな厳さんに向けて。
「死なない程度に、頼みます」
「任せろ」
思いっきりサムズアップした。
厳さんもサムズアップを返したあと拳をコツンとぶつけてくれた。
「………………いや止めてくれるんじゃねえのかよぉぉ!!」
「少しは痛い目あってこい朴念神」
「おら行くぞ一夏!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
哀れ一夏。厳さんに担がれて店の裏に消えていった。
死ぬなよ一夏。せめて十字架は切ってやる。
久々に1万文字切りました。
蘭ちゃんファイブは前から書きたかったので書けて嬉しいです。