IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
五反田食堂からそう離れていない家の敷地より少し広いぐらいの小さな公園。
ブランコでうつむきグズる女の子が一人。
「ぐすっ、ふぇ」
ご近所ならみんな知っている五反田食堂の看板娘、五反田蘭。
彼女が店番をしてる日とそうでない日では売り上げが1、5倍違うとか。
そんな可愛らしい少女がブランコに座って泣いていると知れば近所の男どもは脱力した身体をキュウリに気づいた猫のように飛び上がらせたのち駆けつけることだろう。
一頻り涙を流し、それでも溢れる涙を拭いながら蘭は先程の一夏と箒の出来事を思い出す。
箒から一夏に食べさせようとした所謂『あーん』の行動には驚きはしたが納得は出来る。箒が一夏を好いていることは夏祭りで一目会って直ぐにわかったから。
だけど逆となれば話は別だ。一夏から箒に食べさせ、あまつさえ箒から渡された野菜炒めを一夏は躊躇わずに口にした。
そこから嫌なイメージがどんどん沸いてきた。もしかしたら二人はデートの帰りにここに寄ったのではと。でもそれならわざわざ五反田食堂のような定食屋に来るのか、いや五反田食堂は一夏のお気に入りの店。それを好きな彼女に紹介したかったのではないかと。
そう考えてから蘭は二人の側にいた疾風のことなどもはや眼中になかった。
二人は付き合っているのか? ただそれだけが気になって気付いたら二人の前にいて。
そして盛大に噛んで、どうしていいかわからなくなり。その結果泣き叫んで家を飛び出した。
「一夏さんのこと、困らせちゃった………」
一夏から見たら蘭がいきなりおかしくなって、しまいには泣いて店を飛び出した変な子として映っただろう。
いつまでこうしてたら良いだろうか。今更店で一夏に会わせる顔はない。
携帯も家に忘れたから一夏が帰ったかを確認できない。
こんな夜中に女の子が一人なんて物騒なんてもんじゃない、親や祖父も心配してるはず。だけど進むべき足と腰がブランコに吸い付いて離れられない。
どうしたものかと自問自答する蘭に。一人、近づいてくる人影が。
「かーのじょ」
「!!」
「もしかしてヒマしてる?」
な、ナンパ!
吹けば飛ぶような軽い声色の男の声に蘭はその小さな躯体をビクッと震わす。
こんな夜中に女の子を捕まえてそんな風に声をかけるなんてろくな奴がいない。
逃げないと!
そう思ってバッとうつ向いていた顔をその男に向けた。
「えっ?」
「良かったらさ。眼鏡のお兄さんとお話しない?」
そこには悪戯っぽく笑う友達の兄であり一夏の友人。
疾風・レーデルハイトが立っていた。
ーーー◇ーーー
「楓のお兄さん」
「疾風でいいぞ。隣失礼するねー」
「は、はい」
二組のブランコの片割れに座り込むとカシャンと鎖がすれる音がした。
スマホで弾の電話番号を呼び出してコール。
「もしもし! 蘭はいたか!?」
「いたよ。近所の公園」
「よかっっったぁ」
「一夏は?」
「まだ爺ちゃんのとこ」
「ほとぼり覚めたらその馬鹿こっちに寄越してくれ」
「まだかかりそうだぞ?」
「こっちも少し時間いるから」
「わかった」
スマホをしまって足を伸ばし、そのまま足を浮かせてブランコを揺らした。
膝を曲げて勢いをつけて漕ぎ続ければ次第に足と地面が水平になるほど高く上がった。
「うぉ。久しぶりにブランコ乗ると案外楽しいな!」
「えっと」
「蘭ちゃんも漕ぎなよ」
「えっ、私はいいですよ。もうそんな歳でもないし」
「周りには誰もいないぞ。昼間はガキどもが取り合いにしてるブランコを一人占めとか凄い贅沢じゃね?」
「………」
「中学の時に楓の奴さ、たまに学校帰りにブランコ乗るから背中押して! って言うんだわ。しかもなんか似合ってるんだよ。その漕いでる姿が」
「楓ちゃん背が小さいからそう見えるのかも」
「違いない」
会話をしつつも蘭ちゃんの振り子はまったく揺れない。
やっぱそんな気分にはならないか。
ギュギュと足でブレーキ。ブランコの振り子が強制的に止まる。
「蘭ちゃん」
「はい」
「一夏と箒は付き合ってないからね」
「………え?」
空耳を聞いたのかと思った蘭ちゃんの1テンポ遅れた返事。
驚きに目を見開く蘭ちゃんは小さくか細い声で否定した。
「う、嘘です………」
「嘘じゃないよ。そもそも進展らしい進展なんてまるっきりしてないから」
「だっ! だって! あんな食べさせあいっこしてました!」
「一夏にとっては通常運転だよ。美味しいから分けてあげるっていう純粋な好意で誰にでもやってのけるんだから。あっ、今の言い方はなんかよろしくなかったな、タラシ野郎みたいだ」
ある意味間違ってないけどさ。
いやある意味もなにも間違ってないけども。
「本当に二人は付き合っていないのですか?」
「俺から見た限りは箒の一方通行に見えるな。今回に限っては箒が一歩踏み出したけども。一夏は相変わらず鈍感な突発性難聴男だし」
「そっか、そうなんだ。そっかぁ………………よかった」
安堵と共にまた涙を浮かべる蘭ちゃん。今度は嬉し涙のほうだろうか。
こんな子も虜にするとは一夏はほんと罪な男じゃのぉ………やばいなんか歳とったな今。
「す、すいません。すぐ泣き止みますから」
「いいから泣きたいだけ泣けって。ほらハンカチ、そんな強くこすっちゃ駄目だよ」
「ありがとうございます」
「返さなくていいからね。捨ててもいいし」
「そんな。ちゃんと洗って返します」
「いいよいいよ。それ5枚セットの安物だから。それにもうIS学園に帰るから返すの結構面倒だし」
「じゃあ。お言葉に甘えさせて頂きます」
蘭ちゃんは渡されたハンカチで涙を拭き取った。しばらくしてようやく涙が収まった時は恥ずかしげに顔を赤くした。
「みっともないとこ見せてごめんなさい」
「いやいや。楓のダム崩壊に比べたら全然」
「楓ちゃん凄そうですよね」
「凄いよぉ。俺がIS学園の寮に住むと決まった時なんかもうギャン泣きよ」
あの時は凄かったな。
防犯ブザーとか越えてたよ余裕で。
窓カタカタ震えてたし。
「そいやさ。蘭ちゃんは一夏のこと好きな訳だけど。なんで好きになったの?」
「え!? えーと………………一目、惚れです。家に一夏さんが遊びに来たときに。はい」
ほう。一目惚れか。
まああの笑顔にやられたら大抵はイチコロよね。今まで幾つもの初恋を奪ってきたのかなあの色男は
そういやうちの一夏ラバーズで一目惚れパターンは何気にないな。
俺は、どうなんだろうかなぁ。
「そこから会っていくうちにどんどん好きになっていって。中学までは接点あったんですけど。一夏さんがIS学園に行ってから、もう。私が居ない間に一夏さんは色んな女性から好意を向けられてるようですし。シャルロットさんとか鈴さんとか、今日来た箒さんだって」
「あいつの女子人気はヤベーからな。女子高に男子っていう特別感もあるし」
「疾風さんもモテてるんです?」
「んーーー。モテてるかなぁ………いやモテてるな。うん」
これは本人がどれだけ否定しようとも動かない真実。現に両手の指以上の告白をされてしまってるし。
あんまり自分でそれを肯定するのは結構嫌だけども。
「まあ俺も入学してからデカイことやってるからさ。それで女子の注目を引くことがあるのよ」
「だけど一夏さんの方が人気ですよね」
「違いない。凄い時なんて1日に7回も告白されたらしい」
「7回も!?」
「だけど一夏は『なんか今日さ。凄い買い物に付き合ってくれって誘われた。それも7人も。どっかでセールやってるのかな?』って言ってた」
「一夏さんっ」
ガックリと上半身を落とす蘭ちゃん。
うん、わかるよ蘭ちゃん。俺もガックリしすぎて腹に一発いれたもん。
「まあそんなこんなで一夏は常に平常運転の乙女殺しの朴念仁。アプローチに積極的な奴らも肝心なところで踏ん切りつかなくて3歩進んで3歩下がってる。箒も同じだ。当然恋愛関係に発展するのはまだまだ先だろうよ」
というのは俺の持論だが。
今日の撮影で一夏も異性に対する認識や照れがあるのはわかってるし。
もしかしたら一夏もきっかけがあれば案外コロッと行くのかね。何事も想いに対しては親身に対応するのが一夏だし。
「凄いよね一夏は。底なしで境界線のない優しさで知らず知らずに相手の心をほどいていく。恋愛には鈍いのにそういうとこはやけに鋭いからなおのことだ。俺もそこらへんは鋭くなりたかったな」
「疾風さんも誰かに恋をしてるんですか?」
「アレ、そう聞こえた?」
そんなつもりで話したつもりはなかったんだけど。
「ある日楓ちゃんが『認めたくないけど疾風兄って誰かのこと好きなのでは! って最近思うの! 私の疾風兄センサーがビンビンに反応してるの! どうしたらいい蘭ちゃん!』って言ってたので」
「楓と連絡とってるの?」
「あの日から結構頻繁に」
「そっかぁ」
情報源はマイシスターからか。
流石俺の妹、他人の機敏には敏感だ。いや俺限定の可能性もあるけど。
「これから話すこと楓には秘密に出来る?」
「します。ほぼ毎回『なんで兄妹って結婚できないんだろうね?』って言う楓ちゃんに話したら発狂しそうですし」
「ほんと兄離れしてほしい」
「無理だと思いますよ」
希望はないのか。
そんなに面識のなかった蘭ちゃんが言う程に。
「まあ蘭ちゃんの言うとおり俺にも好きな人居る。その人は俺という人間を形成するのに欠かせない人で。俺が挫けそうになった時に立ち直らせてくれた。凄い奴なんだ。どんな逆境にも負けない強い心を持ってて、それでいて女性らしい儚さと美しさを兼ね備えた人。俺の恩人であり、友人であり、ライバルであり、俺の心を奪った人。はっきり言うとベタ惚れだな」
「告白しようとは?」
「行く行くは。先ずはアプローチして、彼女の気持ちを見極めて、そこから告白しよう。って思ってたんだけど。いま絶賛喧嘩中」
「喧嘩ですか?」
「うん。全面的に俺が悪いんだけど」
「他の女性と何かあったとか。一夏さんみたいに」
「あーー、うーん。IS関連だからそうなるのかな」
それにカテゴライズしていいのかな。いやセシリアより簪さん(の専用機)に傾いたから。
でも一夏のそれとは違うよな。
とりあえず話して見た。
カクカクシカジカ。
簪さんとペアを組む云々ではあるが。俺の要点、注目点は彼女ではなくISに言っている。
一夏ラバーズよろしくほかの女子と良い感じになってムカっときた。とは少しパターンは違う、が。
「話したとおり。彼女との約束より趣味の方に意識が行っちゃったんだ。約束を破られることが嫌いだから、その分も怒ったのかな」
「趣味っていうと、ISですか。疾風さんはこれ以上ないぐらいISが好きですもんね」
「まあね。そこからもう口を聞いてくれなくなってしまってさ。声をかけても無視されたり、凄い目で見られてそのままズルズルと」
「ヤバくないですか」
「ヤバい。あいつとここまで仲違いしたことなかったからもうどうしていいか分からなくて………強引に話を聞いて貰う手段もあるけど、それが原因で絶交なんて言われたら、もう生きてけないかも………」
オーバーだと思われたのかもしれないが。もう俺のなかでセシリアは絶対的存在となってしまっている。
そうなった夢に出てきては心臓が破裂するぐらい動悸がおかしくなる時もある。
「まあそんなこんなで相手の絶対零度の視線に手も足も出来ないヘタレが出来上がりましたとさ。いやぁ、我ながら一夏や箒のこととやかく言えないな俺」
「相手に嫌われると思うのは怖いですよね。わかります。だから元気出してください」
「ありがとう。蘭ちゃんは優しいね」
少し救われるわ。
「話はわかりました。それを含めて聞きますが、相手の方はどうなんです? 疾風さんのこと好きなんです?」
んん。そこ突いてくるか。
どうせこの先誰かに言う予定もないし。言ってもいいか。
少し長考したあとに俺は話始めた。
「多分、相手も俺に気はある………と思う」
「確定ではないと?」
「うん」
「でも気があるような気はすると」
「いつからというのは分からない。だけど一夏と話してる時と俺とでは反応が違う。そう、普段一夏に好意を持ってるあいつらに似てる感じもする。なんというか結構あやふやなんだ」
「実際相手の気持ちを真に聞かないと相手が自分のことをどう思ってるかなんてわかりませんしね」
まったくその通りだ。
ラバーズ、そして菖蒲は見てわかる通りに好意を示していた。
ならセシリアは?
セシリアは自分のことをどう思っているのか。
本当に俺に好意、もしくはそれに近い感情を持っているかもしれない。
そうだったら今までの行動やリアクションにも現実味。欠けていたパズルのピースがカッチリはまることもある。
もしそうならあの時の怒りようにも更に納得がいく。
「そこを加味して希望を持ってセシリアと関係を更に構築するぞ! って考えたのさ」
「その矢先に喧嘩ですか」
「あの時はマジで死にたいと思った。1日魂抜けたみたいで織斑先生にも心配された」
「あの人がですか」
そうあの人が。
「更に胸を痛ませるのが。これからその専用機の子とペアを組んで一緒に出るという流れを構築しなければならない。しかし相手にその気はない。俺は会長、専用機の子の姉なんだけど。その人の頼みを聞くためになんとしても取り付けなければならない。そうしたらどうなるか。喧嘩中の彼女から『疾風はあの子にお熱』と思われてしまうということだ………もうどうすれば良いかな」
「うーん………すいません。私じゃ良い考えが浮かばなくて」
「あっ、ごめんね。蘭ちゃんの悩みを聞く体だったのに」
「いえ。むしろ自分の失態はそこまで大変な物ではないと思えるようになってなんだか心が軽くなりました。ありがとうございます」
「なんとも素直にどういたしましてって言いづらいな。どういたしまして」
蘭ちゃんの気が晴れたなら結果オーライかな。
そう思うようにしよう。じゃないと崩れそうだ。
まあとはいえ。
「ふー。俺も吐き出したら少し軽くなったわ」
「それはなによりです」
「どうなるかわからんけど。とりあえず俺のやれることを片っ端にやっていくわ」
それしか俺に出来ることなさそうだしね。
「少し話それるけど。最近あいつらのこと鈍感とかヘタレ言ってると凄いブーメランな気がしてねぇ。まあ言うけど」
「言うんですね」
「それはそれ、これはこれだから」
便利な言葉である。
だってあいつらには思わず突っ込んじゃうんだもん。条件反射なんだもん。
「相手の機敏に気付きかけてる分まだマシだと思いたいなぁって」
「カテゴリの幅が広いですからね。アニメ見てるだけでオタク呼ばわりされるのと一緒です」
「あ、オタクに失礼な奴だそれ」
「疾風さんが言うと説得力が違いますね」
「まあね」
ISオタクは伊達ではない。
「んーー。よし!」
「どした」
「私! やっぱり今度の受験でIS学園に申し込みます! 鈴さんや箒さんに負けてられません!!」
俺の話に居ても立っても居られなくなったのかブランコから立ち上がって決意を新たにする蘭ちゃん。
「理由はやっぱり一夏?」
「はい。一夏さんがISを動かした時から入ろうと思ってたんです!」
「成る程ねえ」
同じ土俵に立たなければ勝負にならないと思ったのだろうな。
「あと。この前のキャノンボール・ファストが。凄かったですし。生のISバトルに感動しちゃって」
「ふむふむ」
「これでも筆記は学年でもトップですし。IS簡易適正試験でA判定貰ってるんですよ!」
「それは凄いな」
ISに乗る前からIS判定がAというのはなかなかいない。
簡易適正試験の制度にもよるだろうが。それでも期待値は高いだろう。織斑先生はドングリの背比べだ、と一蹴するだろうけど。
それでもIS学園入学に対する先駆けになるのは間違いない。
「一夏さん回りの恋愛事情が膠着状態ならまだ私にもチャンスがあると思うんです。一夏さんなら来年も鈍感を貫く可能性はアリよりのアリですし」
「そうだねぇ」
来年どころか卒業するまでに決着がつくかという可能性が微レ存じゃなくて高確率である。
なら俺からも一つ言っておきたいことがある。
「蘭ちゃん。IS学園に通うと言うなら一つ言っときたいことがある」
「一夏さんへの対処法ですか?」
「いや、それと同じぐらい重要なことだ………命の危険についての、ね」
「え?」
唐突に物騒な話題を振られて蘭ちゃんの表情が固まった。
だけどこれは絶対に話さなければいけないことだ。
「現実的な話。俺と一夏がISを動かし、IS学園に入学してから。IS学園で事件が多発している。蘭ちゃんも目の当たりにしたでしょ? キャノンボール・ファストに乱入したテロリストのことを」
「はい………」
「あれと同じようなことがIS学園に襲いかかってくる。いまんところ一般生徒に被害はないし、俺たち専用機持ちや教師の人たちも腕はある。だけど、いつその均衡が崩れるかわかったものじゃないし。これからも無いとは言えない」
「………」
「IS学園に通うということは、その災禍とも隣り合わせということだ。それをわかっていて、蘭ちゃんはIS学園に来れる?」
蘭ちゃんは沈黙した。
当然である。普通の学生が学校を襲撃されるなんて夢にも思わない、ドラマじゃあるまいし。
意地悪な質問であることは自覚している。
だが現にそれが原因でIS学園に申し込むのやめたという人もいる。
そもそもIS学園がもっとしっかりしてれば事件なんか起きないだろ! ってのが世間の見解だ。
それにかこつけてIS学園の権利をこっちに譲渡しろ、日本なんかに任せられないという奴らもいる。
馬鹿馬鹿しい。
そんなのはハッキリ言って現場を知らない人間の発想だと言うことがある。
名実ともに世界最高のセキュリティは数多のハッカーを返り討ちにし。
物理的な侵入者は更識を筆頭とした警備組織が秘密裏に処理してきた。
だが突破してきた相手はその最高級のセキュリティを襖の紙を破る勢いで侵入できるウィザードを越えたデウス級のハッカー。更にISを保有する筆頭国際テロリスト。
たとえ日本から他国に管理責任が移ったとして、果たして止めれるか?
答えは否、断じて否だ。
そもそもIS学園の責任を日本に押し付けたのはその他国だろうに。
話がだいぶ逸れた。
思考の海から浮上すると同じタイミングで蘭ちゃんは言葉を発した。
「私、それでもIS学園に行きます」
「そうか」
「私は一夏さんと同じ学舎に行きたい。それと同じぐらいISも動かしてみたい。一夏さんに会えるのもISを学べるのもそこにしかないなら。考えるだけ無駄ですから」
「開き直ったね」
「開き直ります。恋を知ってますから」
開き直りは恋する乙女の特権。
そんなありもしない未来を考えるだけ時間の浪費ということだろう。
確かにそうだと思う。
もし俺がIS学園に通える。だけどIS学園は最近事件が多発して危険です。
それでも入学したいですか? なんて聞かれたとしても俺は即答でイエスと答えるだろう。
だってIS学園でISを動かしたいし学びたいのだから。
行く理由なんてそれだけで充分だ。
「ごめんね蘭ちゃん。たちの悪いこと聞いてさ」
「いえ。大変なのは疾風さんや一夏さんですから」
「俺たちも力の限りそれに対処するよ。君たちに危険が及ばないように」
それが専用機を持ってIS学園にいるものの勤めであり義務だ。
晴れて代表候補生になっちまったしな。
「でもまあ、先ず入れるかどうかよね」
「というと?」
「倍率。去年は1万だったけど。今回は俺と一夏が加わるから更に跳ね上がると思う。頑張ってね蘭ちゃん」
「が、頑張ります!」
「あとさ、入学してからも楓と仲良くしてやってね。電話してて結構蘭ちゃんの話になるんだ」
「それは勿論! でも楓さんってスポンサー特権とかで入れないんです?」
「生憎、専用機持ち代表候補生でもない限り別口はないんだよね。まあ楓は学年トップ叩き出してるから大丈夫よ。簡易適正もA+だったし」
「流石、
ほんとね。まあ母さんも最初はC判定からA+に這い上がった努力の人だけども。
そう考えたら俺は最初AじゃなくてB+だったんだよな。
男だからかね?
「おーい、らーん!」
「え、一夏さん!? と箒さん」
向こうから走る一夏が手を大きく振ってこっちに向かっていた。そして一歩後ろを走る箒。
どうやら話ついたみたいだな、ってうわぁ。
「い、一夏さん! 顔腫れてますよ!?」
「あ、これ? えっと、転んだんだ、派手に!!」
あからさまな嘘だ。
それは自分の祖父の性格を知っている蘭ちゃんは直ぐにそれが嘘だと気づいた。
「ごめんなさい! 私のせいで一夏さんが………」
「え? なんのこと?」
「だってそれお爺ちゃんが」
「いやいや! ホントに転んだって。それはもう凄い感じに。なあ箒!」
「ああ! スケートの上を滑ってるぐらいにズリズリィ! とダイナミックに転んでいたな! あれはある意味見物だった」
箒と事前に打ち合わせをしていたのか箒も一夏の嘘に合わせてくれている。
飽くまで顔の腫れは転んで出来たもの。
痛い目にあったはずなのに、自分を心配させない為に嘘をつく一夏。
そんな優しさを見せる一夏に蘭ちゃんの心にじんわりとした暖かさを感じた。
「あ、あの一夏さん!」
「どうした?」
「これ! よかったら来てください!」
差し出されたのは一つのチケット。
蘭ちゃんの通っている
箒が目の前にいるのに躊躇なく渡すとは、蘭ちゃんもやりおる。
「そういえばそろそろか。蘭のところの学園祭」
「は、はい! その、それで。学園祭一緒に回りませんか!」
「いいけど。蘭って生徒会長だろ? 当日忙しいんじゃないのか?」
「大丈夫です! うちの生徒会は優秀ですから! 私がいなくても大丈夫です! むしろ学園祭の日ぐらいは遊べって背中叩かれましたし」
「そっか。じゃあついたら電話するよ」
「はい! お待ちしてますから!」
目映い程の笑みを浮かべる蘭に一夏は安堵し。箒は………あれ、特になんもなしの無表情。
「箒さん目の前でああなってるけど良いのかい?」
「良い。私もさっきは少し意地悪し過ぎた」
「そうか」
「謝らないけどな」
「謝らないのね。てかお前ヒールは? 履いてたよな?」
「走るのに不便で折ってきた」
うわっ逞しい。
「さて、そろそろ帰ろうぜ。みんな心配してた」
「あう、すいません」
「あっ。そういえば俺もトンカツ残ってたわ。食わねば」
「私はもう食ったぞ」
「お残しはダメだよな。急ごう」
俺たちは五反田食堂に向かって走り出した。
戻ったあとは蓮さんが軽く蘭ちゃんを叱り、弾はもう涙目で怒って蘭ちゃんに蹴られた。
その後蘭ちゃんが大の大人6人を相手に説教をしたらしい。厳さん、大将に至っては萎れた電気鼠のような有り様だったという。
そうだ。余談ではあるが。その夜蘭ちゃんは来る学園祭での一夏とのデートに思いを馳せて眠れぬ夜を過ごしたらしい。と、楓経由で俺に伝わったのだった。
応援は出来ないが。学園祭では存分に楽しんで欲しいことを願うばかりだった。