IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「すいません黛先輩。せっかくお声をかけたのに」
「いいのいいの。簪さんの専用機いじれなかったのは残念だけど。それにまだ望みが消えた訳じゃないんでしょ?」
「まあ。そうとも言えますが」
「私も簪さんには前を向いて欲しいのよね。たっちゃん日に日に萎れていくし。てことで私は何時でもウェルカムだからね!」
「その時は宜しくです。ではまた」
「はーいまたねー」
「………ふーー」
通話を切って背もたれに深く寄りかかった。
パソコンの画面には整備科二年、三年生の生徒からピックアップした先輩方が移っていた。
もし簪さんとタッグを組み、専用機の製作に携われるとしても。俺と簪さんの2人だけではどうしても不安が残った。
そこで黛先輩のツテを元に選りすぐりのメンバーをピックアップ。磐石の姿勢で専用機製作に挑み、タッグマッチトーナメントに挑む………予定だった。
「嫌われては………いないと思いたいが」
アイアンガイの件から、明らかに彼女との心の距離は縮まった。
共通の趣味を得てコミュニケーションを構築する。自称ギャルゲーの覇者、村上綺羅斗の助言も強ち間違いではなかった。
「うあぁ。まだ舌がピリピリするぅ」
先ほど食べたレッドデザートチキンナンバンドンの効果は未だ俺の身体に辛みを残していた。
食堂を抜けたあと俺は直ぐ様GoToトイレ。セシリアのエクスティンクションクッキング程ではなかったが、俺の腹をブレイクするほどの効力はあった。まあそれは置いといて。
部屋に帰ってからしこたま牛乳を飲んで今に至る。
「我ながらなんであんなことしたぁ」
あれを完食しようとした理由は宣言した通り意地と矜持だった。
簪さんの予定ではあれをぶつけて俺を根負けさせたかったのだろうが。冗談じゃない、そんな程度で俺のIS魂をかき消せると思ったのだろうか。
普通ならそうだろうが、生憎IS関連で俺は普通じゃなくなるんでな。
「ハハ、ざまぁみろ」
それはそれとして。万が一簪さんの心が傾ければなぁ、とは考えてないわけではなかったが。
おっ、電話だ。会長?
「はいもしもし」
「もしもし疾風くん? いま時間大丈夫?」
「大丈夫っすよ」
「そっか。じゃあ今からそっち行っても?」
「いいっすけど。珍しいですね、いつもアポなしで来るのに」
「その、毎回そっちの都合無視して押し掛けるのも悪いかなぁ………って」
「へ?」
会長がこっちの事情を考慮しただと?
「………あんた何者だ? 更識楯無じゃないな?」
「あのね疾風くん。そんなマジトーンで喋らないで? 正真正銘の更識楯無だから」
「嘘だ。俺の知る更識楯無はジャイアニズム全開で傍若無人を絵に描いたような人だ。加えてドシスコンの上に肝心な時にはヘタレでその癖裸エプロンなんて恥もへったくれもないような格好をする残念美人だ。リサーチ不足だったな。さて、要求はなんだ?」
ピンポーン。
インターホンが鳴り、モニターを見るとスマホを耳に当てながらぶんむくれてる会長の姿があった。
「要求を言うわ。開けなさい」
「らじゃー」
「ぷーー」
「少しからかっただけじゃないすか」
「お黙り! ていうかさっきの長ったらしい説明なに!? 明らかに悪意あったでしょ!」
「失敬な。自分は嘘偽りないありのままの更識楯無像を話したと言うのに」
「よぉし私怒っても良いかしら」
「ここで怒ったらますます先ほどの会長像に箔が付きますよ」
「うぐっ」
会長、撃沈。というより消沈した
「大分まいってますね会長」
「誰のせいよ」
「いやそれじゃなくて。事前電話いれるなんて本当に珍しいなって」
「私をなんだと………さっき説明してくれたわね」
つい言っちゃいました。
「コホン。早速話題に入りたいところなんだけど。疾風くん、これから話すことは他言無用でお願い。もしかしたら今後噂として広まるかもしれないけど、それまでは秘密ってことで」
「何かあったんです?」
シリアス的な空気に思わず姿勢を正した。
「箒ちゃんのことなんだけどね。今日ISのメディカルチェックをやったのよ。私立ち会いの元、一夏くんも加えてね。ほら、あの2人ろくに点検しないから」
「まあそうですね。それで?」
「見た方が早いから見せるわね。パソコン借りるわよ」
パソコンにメモリースティックを差し込み、データファイルを開く。
データは今回のメディカルチェックの内容。篠ノ之箒のパーソナルデータ。
ディスプレイには二つのデータが出された。一つは入学時の箒のIS項目、そのIS適正。
もう一つは今日の………
「………は?」
「どう?」
「どうって、え? ちょっとまって。会長。これって、捏造でもなんでもないですよね?」
「ええ、紛れもない現実よ」
「それでも、いや、これはおかしいでしょう───なんでIS適正がCからSになってるんです?」
およそ信じられない、動揺を隠しきれずに俺はわかりやすく狼狽えた。
左の入学時のデータと比較されて出された、今日のパーソナルデータ。そこには紛れもなく、IS適正値のS判定が映されていた。
ありえないことが目の前で起きている。
そもそもIS適正値Sなんて確認されてるだけでも数人しかいない。
元日本代表のブリュンヒルデ、織斑千冬。
初代アメリカ代表。二代目ドイツ代表。
そして現イギリス代表。フランチェスカ・ルクナバルトもIS適正Sだ。
そんな数名しかいないIS適正Sに、まだ動かして一年も立っていない箒がS判定入り。
「身内話ですけど。うちの母は学生時代はCで、代表候補生の時までにA+に引き上げました。ですがそれでも何年もの時間を費やしてやっとその領域に行けたんです。でもこれは」
「明らかに短期間過ぎる。偉業を超えて異形とも言える。疾風くん、あなたがチェックしたのっていつ?」
「異種多人数戦の時に、一夏のを調整するついでです。その時はC+でした」
「つまり、それを考慮したとしても。箒ちゃんは約1ヶ月でC+からSにジャンプしたということになるわね」
そういうことになる。
あまりに衝撃的な光景に舌にあった辛みは何処ぞに消えていた。
「なんでこれを俺に?」
「信頼できる副会長だから」
「あの、真面目に言ってください」
「真面目よ? 信頼できるから意見を乞いに来たの。他でもない貴方にね。それに一夏くんより知識あるからね」
ジッとこちらを見る会長と視線が交差する。
俺にそこまで信頼できる値があるかはわからないが、少なくとも会長が俺を信頼してるということは伝わってきた。
「会長の意見を聞かせてください」
「私としてはやっぱり、篠ノ之束が関わってる気がするのよね」
「紅椿は篠ノ之博士の100%フルオーダーメイドですからね。乗ってから操縦者に合わせる通常のISと違って、箒が乗ることを前提に作った箒の為の機体。相性は抜群に決まっています」
「それじゃ、もし打鉄に乗せた状態で適正値を図ったらSにはならなかったということ?」
「現状わかりませんけど。IS適正値は飽くまで操縦者本人のパラメータですから、多分変わらないと思います」
とにもかくにも。転機は間違いなく紅椿であることは明白。
「あとは覚醒した切っ掛け。原因には必ず過程があるわ。疾風くんがチェックをして、私が改めてチェックしたその間に。何か切っ掛けがあった」
「適正が一気にSになるほどの切っ掛け。一番劇的な外的要因はキャノンボール・ファストの襲撃ですけど」
俺にとっても転機であったあの事件は。ISが生まれて以来、白騎士事件に次ぐ大規模テロとなった。
「そういえば。あの時からよね? 箒ちゃんがワンオフ・アビリティーを任意で発動出来るようになったの」
「そういえばそうですね。あと、
「それも絢爛舞踏が発動した直後よね」
「絢爛舞踏がトリガー?」
「濃厚よねぇ、それが」
………………………………
「結論」
「はい」
「推測の域を出ません!」
「解散!」
パンパン! と手を叩いてお開きとなった。
そのあともあれやこれやと持てる知識を総動員させて討論しあったが。
まあ上記の通り推測の域を出ずに次第にネタギレとなった。
「さて定時連絡を聞きましょうか」
「簪さんの?」
「そう、マイスウィートシスター簪ちゃんについてよ」
「わかりました。そのマイスウィートシスター簪ちゃんとの話ですね」
「きやすく呼ぶんじゃないわよデコ助野郎!!」
「めんどくさいなこの人! てかデコでてないですから!」
◯ねぇぇぇぇぇ!! っていいながら念動力発動すりゃいいのかこのシスコンは!
説明中………説明中
「………なんてことしてんのよ」
「はい」
「あれだけ言わないでと言ったのに私の差し金だって話したし」
「はい」
「終いには、終いには………なんでもう誘わないなんて言っちゃったのよぉ!」
「ちょっと揺らさないで下さい。いやほんと揺らさないで下さい。出る! 出ちゃいますから!」
あ、ヤバい。吐きそう。これ以上揺らされたら吐く。吐きますって。
「ウブッ」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「なんとか。フー」
吐き気をなんとか抑えることが出来た。
うー危ない。あと少しでキラキラ演出が出るところだった。
「喋ったのはすいません。でもあそこで下手に嘘をつくのは駄目だって思ったんです。簪さんは本当に鋭いです。あ、これ駄目だって思いましたし」
「それは知ってるわよ。簪ちゃんが人の感情に機敏なことぐらい」
「一応言いますけど。諦めたわけではないです。でもこれ以上強引に行けば、また簪さんは心を閉ざす。昨日だって予防線を踏み越えてしまいました」
「そうね、あの簪ちゃんが感情的になるなんてね」
「やっぱり珍しいんですか?」
「私が知る限りではね。あの子、非生産的な行動はエネルギーの浪費だって感じの子だから」
「そこまでですか」
人物の紹介で非生産的な行動なんてワード出るの俺聞いたことないよ。
そんな彼女があそこまで大きな声をだし、感情を吐露した。
そして。
「その簪ちゃんが唐辛子ぶちまけるという凄まじいことをするとは」
「あの時はほんと信じられませんでしたよ。意地で食いきりましたが」
「よく食べきったわね」
「今でも余韻が凄まじいです」
「アララ。でもそれだけ心を開いてくれたってことか。これも全部疾風くんの行動が功を奏した結果ね」
「偶然の結果ですけどね」
アイアンガイに感謝だ。
流石我らが国民的ヒーロー。頼りになるぜ。
「あ、そうだ。簪さん、会長が一人でISを作ってないこと知ってましたよ」
「やっぱり。それでも一人で作ろうとしてるのね、簪ちゃんは。それをすれば私に勝てると、認めて貰えると思って………そんなこと気にしなくても良いのに………」
「無理ですよ。簪さんのコンプレックスは、思った以上に根深いです」
「そうよね………」
これで何度目か。
会長がまた顔を伏せる。
こんな会長の姿を知る人物が。身内含めてどれくらい居るのだろう。
妹である簪さんは、こんな姉の姿を見たことがあるのだろうか。
「会長。差し支えなければ。何故ここまで溝が出来たのか話して貰えますか」
「え、なんで」
「俺が知りたいんです」
「でもこれは更識家の問題で」
「信頼。してくれているのでしょう?」
「………」
「既に巻き込まれてるんです。今更って奴ですよ」
「………ほんと今更よね。わかった、話すわね、先ずは」
「あ、ちょっと待ってください」
「なに?」
「聞いて死なない程度の話でお願いいたします」
「………プッ、アハハ。うん、わかったわ」
肩の強ばりが緩んだ会長。
少しだけいつも通りの彼女の姿になったように見えた。
「まずうちの家。更識家がどういうものかを話そうと思うんだけど。大雑把には話したわよね」
「日本の暗部の元締めで、対暗部用暗部。裏のドンってやつですよね」
「その通り。歴史は古くてね。当時は服部の伊賀隠密衆と一緒に徳川につかえていたわ」
「そんな前から」
「といってもその頃の更識は本当に末端の機関でね。残念ながら教科書に乗るぐらいの人気にはならなかったわねぇ」
世に出ないという意味なら忍び系には本望ではと思うが。そこんところの感覚は違うのかな。
しかし徳川か。そういえば特大弁当持ってきた時に菖蒲が反応してたな。
「更識が大きくなったのは徳川の世が衰退した後。更識は政府の隠密諜報機関として活動。戦争が始まってからは裏向きでは解散したんだけど。戦後も混乱は続いてたし漁夫の利を狙うのが多くて。やめるにやめれなくなって活動は続行。そこから幾星霜たって、気付いたら日本の裏の番人に収まってたってわけ」
「最後大分はしょりましたね」
話せないところがしめてたんだろうけど。
「その過程でロシアと太いパイプが出来たのよね。私がミステリアス・レイディを手に入れれたのもその縁」
「お陰で俺と一夏は命拾いしましたよ」
「そう思うならもっと敬いなさいな」
いやいやこれ以上ないほど敬ってますよ。
サディストハートが勝手に動くんです。
「そんなこんなで巨大な家系図が出来るぐらい大きくなった更識家に生まれた私たち姉妹。そして子供の時に世代交代の話が出てきた。理由は第17代目楯無が歳だったから。今の当主に変わる次期当主は誰だ! ってなった時に、とんでもない事が起きちゃったの」
「とんでもないこと」
「白騎士事件よ」
「うわぁ」
なんというニアミスか。
正しく日本の危機。実際白騎士現れなかったら………世紀末待ったなし。
「こうなったら世代交代なんてしてる場合じゃない! ってもんで。白騎士事件の後処理をしたのよ。あの時の更識は正にお尻に火がついて大炎上してたわ」
「でしょうねぇ」
「今思うとあの時職務につける歳じゃなくてよかったって思った。大人は揃って鬼気迫ってて、簪ちゃんなんか涙目になって「お姉ちゃん怖い」って抱き付いてきてね。不謹慎だけど、その時の可愛さと来たらもう永久保存版で足りないぐらいの可愛さでね!」
「会長、逸れてます。話逸れてます」
「あらごめんなさい」
そこはブレない更識家18代目当主。
しかし艱難辛苦ら空前絶後、群雄割拠なIS黎明期時代にどれほどの苦労があったのか。
一般ピープルでさえ慌てに慌てたんだ。その苦労は計り知れないだろう。
俺ん時は………どうだったっけ?
「ようやくゴタゴタが終わり、世の中にISが浸透した頃。更識では改めて当主を決めるための話し合いが始まった。新しい当主として有望視されていたのは更識でも最有力と言われた私のいとこ。だけどその人は選ばれなかった。新しい当主には、これまでとは違う新たな要素が必要なのではという案が浮かんだから」
「ISを扱える女性ですか」
「その通りよ。ていってもこれまでも女性の当主はいたから珍しいことじゃないんだけどね。それで、ISを扱える者として、更識家はIS適正の高さに着眼点を置いた………そこで選ばれたのが私たち姉妹だったの」
「会長と簪さんですか。二人ともそんなに適正が?」
「うん、二人ともIS適正A+」
「あの、その時お二人の年齢は?」
「白騎士事件の2年後だから、私は9歳で簪ちゃんは8歳ね」
「ば、化け物や………」
そんな時からA+なんてはっきりいって金の卵。
更識家じゃなくても各国が欲しがる逸材だ。
「しかし子供の子供じゃないですか。よく反対しませんでしたね」
「そうねぇ。若過ぎるから反対って人と、敢えて私たちを選んで傀儡にしようって人で別れて。その渦中に巻き込まれて大変だったわ。素直に賛成してくれる人は少数しかいなかったわね」
「最有力と言われた男の人は? 当主になれると思ったのにその座を奪われて激怒したのでは?」
「そう思うでしょ? でもその人はあっさりと舞台から降りたわ。元々当主という立場に欠片も失着しなかった人だったから。当人からしたらラッキー! って思ったんじゃないかしら」
それは支持した人からしたら頭の痛い話だな。
しかし当主争いというのはどこも陰謀うごめくものなんだな。うちの母さんも社長になるまで大変だったらしいし。
「次期当主候補に選ばれた私と簪ちゃんはどちらが当主にふさわしいかを確かめるために徹底的な教育という名の指導を受けたわ。私は当時から出来る部類だから特に辛いことでもなかった。簪ちゃんもなんとかついてきてた」
「で、結局会長に決まったと?」
「ううん。最初更識家上層部は簪ちゃんを当主に仕立てようとしたの」
「え、なんで…………傀儡派ですか」
「そう。傀儡派にとって私は出来すぎたのよ。私が楯無になったら出来ることも出来ない。つまり目障りってこと………って夜こっそりと話していたところを偶然聞いちゃったの」
壁に耳あり障子に目あり。
どこで誰が聞いてるかわからないのに迂闊とはこのことだな。
「それを知った私は簪ちゃんを守るためにもうなりふり構ってられなかった。訓練を受ける傍らに傀儡派の弱みを手に入れ、定例会議でそれをぶちまけ、逆ギレして襲ってきたそいつらを完膚なきまでに叩き潰した。年端もいかない少女にボコされて傀儡派の面子はもう丸つぶれ。その後は………ここでは話せないわね」
「鳥肌立ちました」
「フフッ。それから私の評価は鰻上り、途中途中で暗殺なり誘拐なりされても難なく解決。簪ちゃんとも能力的な差が際立ってきた。そして14歳の時に正式に更識家当主になりましたとさ」
中学生で裏のドン。
当時の会長がその領域に至るのに。どれぐらいの研鑽と努力を重ねたのだろうか。
身内からも命を狙われ。裏社会の汚さと残酷さを知った。
今でこそ笑顔を絶やさず。生徒の皆から慕われ、道化にも見える生徒会長。
その笑顔の裏では血と汗に濡れた暗い過去があったのだろう。
「そこからは楯無としての責務に勤めて、勤めて、勤めに勤めた。人並みの生活なんてなくて、ただ日本を守るための日々。若年ながら私は本当に良くやったと思う。周囲からの評価も不動の物になりつつあった。なにもかも順調、私は立派に責務を果たしていた」
「簪さんは更識の任務とか仕事をやってなかったんですか?」
「そういうのからは意図的に遠ざけてたわ。更識の任務には人には話せないことが沢山ある。常人が見たら心を腐らす物もあった。あの子には普通の女の子として過ごして欲しかったから」
汚れるのは自分だけで良い。たった一人の妹には幸せになって欲しい。
その根底にあるのは紛れもなく妹への愛情だ。
だけど………
「簪さんは、それを良く思わなかったのですね」
「うん。簪ちゃんはなんとか私の、更識の役に立とうとしていた。簪ちゃんは電子技術に長けていたから、自分はその分野で役に立てるって。でも私がことごとく潰したの、貴方が頑張らなくても大丈夫だって言ってね………そこで事件が起きた」
「事件?」
「ある任務のことだった。相手の情報を入手出来なくて焦っていた私たちを見て、簪ちゃんは独断で情報を得ようとした。簪ちゃんは本当に凄くてね、あっさりと情報を入手出来たの。その情報を元に作戦は行われた。でも」
「失敗したんですか?」
「その通り。作戦開始直後に敵の待ち伏せにあった。敵のブラフだったの。結果、敵の幹部にまんまと逃げられて。こっちも重傷者5名、重体者2名を出した」
「死者は」
「一応ゼロ。でも重体者のうち一名が下半身不随になって歩けなくなったわ」
情報を制するものは全てを制する。
そう言われるぐらい、情報というものは何者にも変えられないアドバンテージとなる。
だが逆に信頼すべき情報が誤情報だった場合、アドバンテージは反転してディスアドバンテージに変わる。
その先に待つのは、悲惨な末路以外ありえない。
「簪さんは敵のブラフを掴まされたということですね」
「でもその情報を信用して作戦を行ったのは私。だからその作戦は私の責任問題になった」
「でも簪さん。家の中で相当攻められたんじゃ」
「うん。一時期もう家のなかに居場所なんかないんじゃないかってぐらい酷い有り様でね。勘当するべきだ! って声も多かった。けど私はそれを認めずに、今後簪ちゃんに関することは言わないようにと勧告した」
それでも陰口を叩かれたことだろう。
家のみんなから村八分のような扱いも受けたかもしれない。
そして、ますます出来の良い姉と出来の悪い妹という図式が構築され、次第に心は廃れていく。
「それが今の簪さんを作る要因になったと」
「これだけならまだ大丈夫だったと思うわ。なんだかんだ言って、簪ちゃんは強い子だったから───トドメを刺したのは、私」
「でも会長は簪さんを守ったんじゃ」
「………あのあと、簪ちゃんが私に謝りに来たの。自分のせいでみんなを危険な目に合わせてしまったって。私はその時、簪ちゃんの姉としてではなく、更識家当主18代目楯無として簪ちゃんを攻めた。そして最後にこう言ったの………」
声が止まった。そう思うぐらい今の会長にいつもの余裕はなく、額には汗が、目は泳ぎ、手のひらに爪が食い込むほど思いっきり握りしめた。
「………『更識のことは全部私がやるから。だからあなたはもう、なにもしないで。貴方は普通の女の子でいて』って」
重々しい息を吐き、会長はなんとか言葉を絞り出した。
会長のその言葉は当主としての言葉であると同時に簪さんを気遣う、最初から何一つ変わらない言葉だった。
だが簪さんにはこれ以上ないぐらいの拒絶の言葉として突き刺さった。
大好きな姉に認められたい、自分を見て欲しいと思ってやったことが全て裏目に出た上に姉から放たれた言の葉。自分は更識に、更識楯無に必要とされない存在だということを突きつけられた。
そして簪さんは他者との間に壁を作り、殻に籠もる要因。そして自分の力だけでISを作り上げるという原動力となった。
「私ね。簪ちゃんと関わりがなくなってから。何度も考えた。どうしたら良かったのか。私が更識の仕事にかまけて簪ちゃんのことを蔑ろにしなければ回避出来たのかって」
「でも、そんな子供の頃から日本の未来を背負えなんてことになったら。そうなっても仕方ないんじゃ」
「そんな甘い考えは私には許されないわ。それに簪ちゃんと話す時間ぐらい作ろうと思えば作れた。それをしなかったのは私に他ならない。日本を守るのと引き換えに家族の絆を壊した………笑っちゃうわね。一人の家族とさえ上手くいってないのに。日本の守護者気取ってるのよ、私。ほんと滑稽極まりない」
目元を抑えて自嘲気味に笑う会長を前にして、俺は目の前の光景を信じられないと感じた。
目の前に居るのは本当に俺の知る更識楯無なのかと。
あの自信満々で、向かうとこ敵無しを自負していて。ロシア国家代表で学園最強で、そして日本を影から守護する更識家の当主であるこの人が………
正直見ていられないほど痛々しい姿を晒している………
ああそうか。あの時お前は。俺のことをそんな風に見えてたんだな。
「会長、すいません。さっき言ったこと、無しにします」
「え?」
「失礼」
スマホを取り出して、山田先生の番号をコールした。
「もしもし、どうしましたレーデルハイトくん」
「夜分遅くすいません山田先生。この前話した先生とのタッグの話。白紙に戻してください。やっぱり俺は更識簪さんと組みます」
「え? でも更識さんは」
「もし更識さんが俺と組むと言わない時は。俺はタッグマッチトーナメントを辞退します」
「え、ええ!? それってどういう」
「失礼します!」
「ちょっ、レ………」
プツ。
「やっぱり俺、簪さんを放っておけなくなりました。あと、会長のことも。俺が絶対に簪さんと会長を仲直りさせます」
「………もう。普段絶対なんて不確定なこと言わない癖に」
「決意表明って奴です。だから会長はいつも通りにしてください」
「………うん。ありがとう、疾風くん」
明日から更に本腰を入れて頑張らなければ。
だからその前に。
「会長」
「なに?」
「タイムマシン持ってません?」
「現実逃避する前に自分の言葉には責任を持ちなさい」
「その言葉は間違いなく致命傷です。くそ、殺せ!!」
思わず枕に向かって叫んだ。
「そういえば、一つ聞きたいことがあったんですけど」
「なに?」
「どうして一夏が先だったんですか? 簪さんとのペアの話」
俺に声をかける前に会長は一夏に声をかけた。が、あの四人の誰かと組むことを決めていた一夏がそれを断った。
それを聞いて俺は小首を傾げたのだ。
「どうしてって?」
「だって。簪さんにとって一夏との相性最悪でしょう。白式のせいで打鉄弐式の開発遅れましたし。俺と簪さんとの相性が良くないのが発覚したのは会長が俺に声をかけたあとでしたし」
「んーーー………………あれ? なんでだと思う?」
「えー?」
そんな本気でわかりませんみたいなこと言われても俺にどうしろと。
「いやね。なんだか一夏くんなら大丈夫。っていう謎の根拠があったのよね」
「なんですかそれ」
「さあ。私もわからないわ」
「まあ俺も少し気になっただけなんで別にいいですよ」
「そう? じゃあ私は部屋に戻るわね。何回も泊まるの悪いし」
「はーい。ではまた明日」
「ん、おやすみなさい」
「おやすみです」
ーーー◇ーーー
パタンっ。
疾風の部屋のドアに背を預けて楯無は先ほどの彼の言葉を反芻した。
「なんで一夏くんを先に選んだのか………か」
考えてみればそうだ。
彼の言う通り一夏と簪の相性は最悪なのは火を見るより明らかだ。
「一夏くんに任せておけば大丈夫。って思ったのよね」
疾風を信頼してると言ったが。
それと同じぐらい楯無は一夏のことを信頼していた。
………本当に同じぐらいだろうか?
「ん? いま私何を」
今までとは違う思考回路に楯無は首をかしげる。
理屈などこれっぽっちも考えてなかった。
タッグマッチトーナメントが開催すると知って最初に浮かんだのは簪のこと。
そしてその後脊髄反射的に一夏の顔が浮かんだのだ。
「一夏くんに頼りたかったの? 私? ………まるで甘えたかったみたい………」
気づくと頬に熱が籠っていた。
急いで冷ますために扇子をバタバタと扇いだ。
「いやいやなに考えてるの私? そんなうら若き少女みたいに。あー、疾風くんの熱意に当てられたのかしらねぇ」
ぶつくさ呟きながら楯無は自分の部屋に向かった。
部屋につくまでずっと扇子を扇いでいたが。顔の赤みが引くことはなかった。
これが何を意味するのか。
それが分かるのは、もう少し後になるだろう。
なんかこれ楯無が疾風に惚れるルート入ってない?
って書きながら思いましたが。
そんなことなかったぜ!