ガンダムビルドブレイカーズ Snatchaway 作:ウルトラゼロNEO
──……私は変わったんだ。
『私は負けない……。だって……私は強いから……っ……』
──……あの頃の私なんかとは違う。
『そうやって今まで勝ってきて……ここまで来たのに……。そうじゃなかったら……』
──違う……。
『私に……何の価値が──』
──違う!
・・・
窓から差し込む穏やかな朝日に反して、勢い良くベッドから飛び起きたのはイオリだった。
悪夢を見ていたのだろうか、その身体は薄らと汗ばんでおり、顔もどこか苦しげに顔を顰めている。
時刻を確認してみれば、いつもの起床時間よりも早く起きてしまった。
何とか気分を落ち着かせながら、汗ばんだ身体を何とかしようと、ベッドを立って、シャワーを浴びに行く。
パジャマのボタンを一つ一つ外し、生まれたままの姿となって浴室に足を踏み入れる。
もう10月に入り、少し肌寒いが、そのまますぐにシャワーを利用することで、汗ばんでいた身体は少しずつ温まっていった。
「……私は、もうあの頃とは違う」
温水の心地良さに気持ち良さそうに目を細めていたイオリだが、不意に胸にチクリと痛んだのを感じた。
脳裏に過ぎる過ちの記憶……。
もうあの頃の自分とは違う。
そのために今、自分はこの環境を選んだのだ。
自身の汚れを落とすかのようにシャワーに意識を集中させるのであった。
・・・
「──サイド0って結構、凄くね? AIRBRUSH OF Zのシロイ先輩もやっつけたって話じゃん!」
数時間後、HRの時間が迫るなか、教室ではサイド0によるAIRBRUSH OF Z撃破の話題で持ちきりだった。
今もまた四人ほどのグループがサイド0が話題に上がっていた。
「いやー、俺は最初っから分かってたね。あいつらはやるって。目を見れば分かるさ」
何とも都合の良いことを口走るものだ。
今まで遠くから見ていた者達も、名立たるチームを撃破した後には擦り寄ってくる者もいた。
そういった相手には不快感を感じてしまうが、やはりサイド0の活動を問題視する生徒は一定数いるようで……。
「でもさー、生徒会役員ってまだまだいるわけでしょ? 大丈夫かな」
「だよねー。あんま調子に乗って、ウチらのクラスにまでトラブルを持ち込まれたら困るし……」
都合が良いとはいえ、好意的に話していた男子二名とは対照的に会話に参加していた二人の女子は難色を示すように顔を顰める。
彼女達は自分達に飛び火しないか危惧しているのだ。
それもそうだろう、事実、ユイのクラスメイトはショウゴ達に連帯責任だと理不尽にパーツを取られていたという。
現在はショウゴも丸くなって、奪ったパーツは全て彼が誠意を持って返却したというのだから、良いのだが、それでも起きたことは消えるわけではない。また第二、第三の事件が起きる可能性は大いにあるのだ。
「グッドモォーニィーングッ」
そんな生徒達の心配を知ってか知らずか、いつにも増して、やけにテンションの高い自称天才が登校してきたようで、教室に姿を見せる。
──ソウマ・アラタ
転入してきたばかりで学園の改革を訴えるチーム・サイド0のリーダーにして、天才を自称する自意識過剰のナルシスト。
とはいえ、天才を自称して憚らないほどのガンプラやバトルの技量は有しており、今まさに学園中の注目を集める男だ。
「「「「げっ、トラブルの擬人化」」」」
「……変人の次はトラブルと来たか。そうかそーか、流石、俺のクラスメイトだなぁ、うん」
今までサイド0について話していた四人組もアラタを見るやいないや、わざとらしく面倒臭そうに顔を顰め、当のアラタは彼等のご挨拶に頬を引き攣らせる。
「──みなさん、静かにしてください。ホームルーム、はじめますよ」
「トラブル、いっきまーす」と早速、絡んでいくアラタに来るな来るなと厄介払いをしようとする四人組だが、普段のアラタのキャラのせいか、満更でもなく、キャッキャッと騒いでいる。
すると教室の扉が開き、クラスの賑やかな様子に微笑みを浮かべつつも担任として、アイダは律する。
「せんせー、知ってるー? アラタが生徒会に対抗して、チームを作ったって」
「やめろよ、ジョスィ」
アラタの頬を突きながら、まるで告げ口するかのように話す女子生徒に同じノリで話すアラタだが、一方でその話を聞いたアイダはどことなく眉を顰める。
「……その話は聞いています。ですが、教師は原則として生徒間のそういったトラブルには不介入です」
それも生徒会が決めたルールなのか、はたまた……。
入室時の穏やかさとは違い、教師として厳しく話すアイダだが、生徒達の反応は良いとは言えず……。
「なんだー、つまんねーの。学園側は見て見ぬ振りってことか」
「それが大人のやり方かー!」
アイダの言葉に、心底つまらなさそうに話す男子生徒に便乗するように、さながら抗議の如くアラタは声を上げる。とはいえ、いつまでもこうしていては何も始まらないので、全員、席について、いよいよ、HRが始まろうとする。
「……」
今までの一部始終をずっとイオリは眺めていた。
……いや、厳密にいえば、アラタを、といったところだろうか。
最も当のアラタはHR直前だというのに、なにやらGBにメールが来ているようで、陰でそちらをチェックしていた。
「どうしたの? 随分と朝から熱い視線を送ってくるけど」
すると返信を終え、イオリの視線に気付いたのか、注意することもせず、ずっとこちらを見つめているイオリに頬杖をついて軽薄な笑みを浮かべながら、からかって来た。
「……なんでもないわ」
「みんな、心配してるぞ? 様子が変だって」
「……関係ないでしょ。しばらく放っておいて」
向けられた瞳から目を逸らすように視線を伏せるイオリはぶっきらぼうに答える。
その態度に先日のことを思い出したアラタから軽薄な笑みが消え、どこかイオリを気遣った様子を見せるが、その想いはイオリに届くことなく、つっけんどんに返されてしまう。
「委員長、お前……」
転入以降、こんなイオリは初めて見た。
まさに取り付く島もないイオリの態度に、やがて何か気付いたかのようにわなわなと動揺で瞳を揺らす。答えはしないものの、何かと思ったイオリがチラリとアラタを横目で見ると、やがてアラタは息を呑んで、ゆっくりと口を開く。
「もしかして女の子の日──」
言い終わる前に投げられたペンケースがアラタの顔にめり込む。
アラタの目の前には怒りでわなわなと震えて、顔を真っ赤にしているイオリの姿が。
「アナタねぇ!? 人がなにも言わないからって好きに言って良いとでも思っているの!?」
「なにも言わないから言われたんだろー? 安心しろって、そういうことなら俺も気を使うから」
「違うわよ、バカぁっ!」
イオリの怒りは収まらず、そのままアラタの胸倉を掴んで、グラグラと揺らす。
しかし当のアラタは既にイオリはそういう日なのだと思っているようで、肩を竦めるように首を横に振り、それが更なるイオリの怒りを買う。
「ソウマ君にコウラさんもいい加減にしなさい! アナタ達は毎回毎回……。デイリーか何かですか!」
「これで何の報酬がもらえるんですか!」
見かねたアイダが注意するのだが、その内容にイオリはたちまち反論する。
とはいえ、アラタとイオリに関しては、アイダとのやり取りも含めてクラスメイト達はまたやってるよ程度で一切、気にも留めていない。
「あーあ、委員長のせいで怒られちゃったー」
HRも始まり、アラタはおどけながら机で突っ伏してしまう。
その姿にこみ上げるものを感情のまま吐き出しそうになるが、ここはぐっと堪えて、HRに集中する。
この自称天才が転入してきてからというもの、イロモノ扱いされることが多くなった気がする。
『さあ、勝利を組み立てようか』
……彼の転入をきっかけに学園は今、大きな転換期を迎えようとしている。
事実、今まで不可侵の姿勢をとっていたアールシュを動かすだけではなく、権力を振りかざして、私腹を肥やしていた生徒会傘下のチームに所属していたショウゴやサカキ、シロイをはじめとした多くの生徒がかつてのガンブレ学園のように真摯にガンプラに向き合っている。
何より、ユイやマリカ、リョウマ……勿論、自分を含めて、彼の存在にどれだけ救われた存在がいるのだろうか。
飄々とおどけているはいるものの、その影響力は計り知れず、一度は邪険に扱われても、なんだかんだで馴染めるだけの才能がある。
もしも彼を形容するのであれば、”光”だろうか。
それこそ太陽のような温もりを与えてくれる光は傍にいて、心地が良い。
──だからこそ
(……眩しいのよ)
自分がなりたかったのはそんな存在ではないだろうか。
ただ思うままに罵詈雑言を吐き捨て、人の心に影を落とす存在ではなく、その心に温もりを与えてくれるような、そんな存在に。
だからこそ、内心でソウマ・アラタという存在に憧れる一方で眩しく感じてしまう。
それは、彼の傍にいると、彼が絶対にしないような正反対の醜い己の過去が照らされて、嫌でも思い出してしまうほどに。
『その時を楽しみにしている』
……果たして、“その時”が来るのだろうか。
ガンプラが好きで、だからこそこの学園に身を置いているのに、今は何をやっても楽しいとは思えない。
ただただ、自分の心には黒く蠢くような濁った感情が日に日に肥大化しているのだ。
・・・
「さーて、部室に行きましょうか」
結局、この日、自分の中に巣食った負の感情に苛まれながら、放課後を迎えた。
解放されたように背伸びして身体を伸ばしたアラタは隣の席のイオリに何気なく声をかけるも……。
「……ごめんなさい。さっき先生に頼まれた用事があって……。先に行ってて貰える」
彼女は取り繕ったような笑みを浮かべて、首を横に振ったのだ。
しかし傍から見ても、その笑顔には強い違和感がある。
そのことを指摘するよりも早くイオリは席を立つと、逃げるように教室を出て行く。
(私は、もうあの頃とは違う!)
教室を出たイオリの歩みはどんどん速まり、やがては駆け出す。
その足は止まることが出来なくなったかのように、その瞳は一点しか見えていないかのように。
もう過去の自分とは決別したい。
全てを終えた時、自分はきっと変われているはずだ。
そしてもうすぐその全てを終えることが出来るのだ。
ならば、なにを迷う必要がある。
──終わらせてしまおう、ここで全てを。