ガンダムビルドブレイカーズ Snatchaway   作:ウルトラゼロNEO

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ソロモンの魔女

 夕暮れのなか、窓から差し込む光が茜色に染める第08部室内では、落ち着いた場所で話そうとアラタの計らいで二人だけにしてもらい、今、この場はアラタとイオリの二人きりだけの空間になっていた。

 

「さっきの話、なんだけど……」

 

 他のサイド0の面々などが部室の外で待機するなか、重苦しい沈黙を静かに打ち破ったのはイオリだった。

 

「副会長の話……。私を“ソロモンの魔女”って呼んだのを、聞いちゃったよね」

「聞いたけど」

 

 恐る恐る聞いてくるイオリに、ありのまま答える。

 聞いてしまった以上、今更、下手に取り繕ったって仕方のないことだ。

 

 自分がソロモンの魔女だなどと呼ばれていたことは知られたくなかったのだろう。

 改めてアラタに知られてしまったことになんて言ったら良いのか、と視線を伏せるイオリを一瞥して、ため息をつくと、彼女はビクリと身体を震わせた。

 

「……いや、だからなにって感じなんだけど」

 

 もしかしたらアラタに失望されたのではないか。

 そんな風に怯えて、アラタをまともに見ることも出来ないでいる彼女の姿にポリポリと頭を掻くと、改めてイオリを見据える。

 

「ソロモンの魔女がどんなのかは知らないけど、俺が知っているのは目の前にいる委員長だ。不器用で暴走しがちな……。でも、傍にいて飽きることがない。自分の意見をしっかり持って、押し通そうとする女の子だよ」

 

 独断で行動したのだ。

 怒鳴られたとしても文句は言えないというのに、アラタから発せられるのは優しげな声だった。

 思わぬ言葉にイオリが息を呑み、驚くなか、ふとアラタはおどけて鼻を鳴らしながら話を続ける。

 

「まあ、良くも悪くもだけどな。事あるごとに俺のことを追いかけ回してくれちゃって。これも一種の愛なのかね? お陰様で委員長のツッコミがないと物足りない身体に──」

 

 その言葉が最後まで話されることはなかった。

 なぜなら、いきなり詰め寄ってきたイオリがアラタの胸倉を掴んできたのだ。

 好き勝手に言った為、なにか言い返されるかと思ったが、顔を上げた彼女の顔を見て、ふざけていたアラタも表情を変える。

 

 そこには、目尻に大粒の涙を溜めたイオリがいたのだ。

 しかし、それは悲しみの涙などではなかった。

 

「好きっ……ほう、だ、い……っ……言ってぇ……っ!」

 

 掴まれた腕が震えているのを感じる。

 

「で、もっ……ありが、とう……!」

 

 彼女は目尻に涙を溜めてこそいるものの、嬉しそうに、だが、だからこそ切なそうに声を震わせていた。

 

「──ッ」

 

 そんなイオリの華奢な身体に手が回される。

 アラタに抱きしめられたと感じたのも束の間、そのままふわりと彼の胸板に抱き寄せられれる。

 

 あのままでは、まともに話せないと思ったのだろう。

 抱き寄せられたイオリは間近にアラタの体温を感じて、ドキリと鼓動を高鳴らせ、見る見るうちにその頬が赤くなっていくが、直に感じる温もりにやがて嗚咽を漏らし始める。

 

 ・・・

 

「……落ち着いた?」

「……ええ、ごめんなさい」

 

 しばらくして腕の中のイオリに声をかけると、ようやく落ち着いたのだろう、彼女はコクリと頷く。

 

「……アナタだから……聞いて欲しいことがあるの。私の……過去を」

 

 本来、涙を流して良いような立場でないはずなのに、彼はそれを許してくれた。

 一人で抱える必要も、我慢する必要もないと言うかのように。

 そんなアラタだからこそ、やはり話すべきなのだと、改めてイオリは己の過去に向き直る。

 

「前に、私のバトル中の様子が変だ、ってみんな言ってたわよね? 多分、それは……中学の頃が原因だと思う」

 

 確かにサイド0結成当時、ユイ達がそのような話をしていた覚えがある。

 バトル中のイオリは、スイッチが入ったかのように途端に好戦的で物言いも攻撃的なものになる。だが、それも乗り物の運転やゲームの最中に人が変わるという話は聞いたことがあるので、そんなものなのだろうと思っていたが、どうやら理由があるらしい。

 

「中学時代の私は……力が全てだと思っていた」

 

 その言葉から、語られたソロモンの魔女と呼ばれた少女の過去。

 バトルでは負けなし、全てが意のままになると思い上がっていたあの頃。

 それは、まさに今の生徒会を髣髴とさせるかのように。

 

『──このバトルに負けた程度で君の価値が決まるわけがないだろう』

 

 しかし、ソロモンの魔女と驕り高ぶっていた少女は光る翼を持つ少女とのバトルで全てが変わったのだ。

 

 実力だけではなく、その心でさえ何一つ勝てなかった。

 だからこそ、あの人は強いのだと思えた。

 

 その時に漸く自分が間違っていたのだと気付くことが出来た。

 力は所詮、力でしかなく、正しさを決めるのは自分の心の強さなんだと。

 

「……私は自分が恥ずかしくて、変わろうと思った。知り合いのいない遠くの高校を受験して、本当に正しいことを出来る自分になろうって……っ……」

 

 己の過去を包み隠さず、明かしたイオリだが、その声色が段々と震えていくのを感じる。

 

「アナタを見ているとね……本当に眩しいの。助けを求める誰かに手を差し伸べて、救って、抱きしめてくれるような……。そんな温かさを持つアナタと一緒にいると、お前とは正反対だ、って醜い自分の過去を突きつけられてるようで……っ! それを振り払いたくて……っ!」

 

 アラタから感じていた劣等感にも似た感情。

 アラタが誰かを助けようとする度に、誰かを傷つける立場にいた忌むべき過去を思い出させるのだ。

 

「……でも、ダメだった。結局、なにも変わっていなかったんだわ……っ。一人で何とか出来るって思い違いをしてた……! チームのみんなにもこうして迷惑をかけて、一人で勝手に負けて……っ!」

 

 結局、過去の自分から目を背けるように動いた結果がこのような出来事を招いてしまった。

 今、彼女は深い自己嫌悪と絶望の中にいるのは手に取るように分かる。

 

「ごめん……ごめんっ……なさいっ! 私、ガンプラ止めた方が良いのかも……っ!!」

 

 結局、自分は変われていなかったのだと、そんな自分はガンプラに触れるべきなのではないのだと涙混じりに話す彼女の姿はあまりに悲愴で、抱きしめるこの腕を離せば、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「変われないなら、今度は目を背けて逃げるつもり?」

 

 涙が止め処なく溢れるなか、アラタから発せられた一言に心臓が飛び跳ねるかのような衝撃を受ける。

 そのあまりに冷たく放たれた一言に顔を上げれば、静かにこちらを見下ろしているアラタと目が合う。

 

「言っておくけど、きっとその道を選ぶほうが委員長にとって辛いと思うよ」

 

 彼女の生真面目な性格を考えれば、ガンプラから目を背けた生活など出来るのだろうか。

 世界規模の大流行を齎したガンプラの話題など、何気ない日常にはいくらでもある。ガンプラを愛すれば愛しているほど、その全てに目を背けることなどただただ苦しさと未練に引きずられた生活になるだけだ。

 

 彼女のガンプラを見れば、分かる。

 チッピング塗装など、その精密さは愛がなければ出来ないはずだ。

 

 レイナはかつて言っていた。

 愛してなくちゃ後悔なんて出来ない、と。

 

 きっと彼女はガンプラに目を背け続ける限り、後悔に苛まれるはずだ。

 

「それじゃあ、私はどうしたら……? どうしたら良いの……っ?」

 

 今にも縋りつくような泣き腫れた顔を向けるイオリ。

 過ちを犯した今、自分でどうすれば良いのか、分からないのだろう。

 

「それで良いんだよ」

 

 だが、そんなイオリを包むように抱きしめ直したのだ。

 

「本当にどうしようもない時は、そうやって助けを求めてくれれば良い」

 

 先程の冷たさとは一転、温もりに満ちたその言葉にイオリの心に生まれた氷河が少しずつ溶けていくのを感じる。

 

「きっと委員長は変われてる。昔より強さと優しさを持って今まで進んできたはずだ」

「な……なによ……それ……。中学の頃の私なんて知らないくせに……っ」

 

 抱きしめてくれるアラタの言葉はまるで心に触れているかのように直に伝わってくるかのようだ。

 溶け始めた心の氷河は涙になったかのようにあふれ出る。

 

「知らないよ。でも、委員長が変われているのは、この涙を見れば分かる」

 

 確かにアラタはイオリがソロモンの魔女と呼ばれ、どのように振舞ってきたのかなど知らない。

 

 しかしだ。

 こんなに泣き腫れた顔になってしまうほどの涙を見せる少女が果たして、なにも変われていないのだろうか。

 

「過去があるから今に繋がって未来を創造(ビルド)できる。だからもう過去を労わってやれ」

 

 少なくともアラタはそうは思っていない。

 だからこそもう泣かなくて良い、と過去に苛まれる必要はない、と言うかのように指先で涙を拭う。

 その言葉が響いたのだろうか、イオリの身体は大きく震えると、アラタの胸に飛び込んできた。

 

「ありがっ……とう……! アナタと同じチームで本当にっ……良かった……!」

 

 アラタの胸に飛び込んだイオリから嗚咽混じりの感謝の言葉が漏れ聞こえる。

 それは先程の悲しみに満ち溢れた涙ではない、この温もりに出会えてよかったという涙だった。

 

 

 

 

「──イオリちゃああああぁぁぁぁぁぁーーーんんっっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 抱きしめたイオリから噛み締めるような笑みが聞こえてくる。

 温かな時間が流れていると、突然、扉を打ち破って、ユイが飛び込んできたのだ。

 

「……いいなぁ」

「……えっ」

 

 外で待機していたリュウマやマリカ達も続々と部室内に入ってくるなか、ふとマリカはどこか羨ましそうにアラタに抱きしめられているイオリを見つめると、彼女はこの状況に改めて……。

 

「っ~~~~!!!」

 

 顔を真っ赤にして、慌ててアラタから離れたのだ。

 しかし、アラタから離れた瞬間、先程、飛び込んできたユイがイオリを抱きしめる。

 

「ユ、ユイ先輩……」

「もう大丈夫だよ、イオリちゃんっ! 私達も一緒にイオリちゃんと歩んでいくからっ!」

 

 話を聞いていたのだろう。

 ユイは感極まった様子でイオリに訴えかける。

 突然のことにイオリは呆然としていると……。

 

「まあ、なんだ。マリカの時と同じってことだろ。誰かが困ってりゃ助けようとする。アンタもそうであり、そんなアンタが苦しんでりゃ助けてようとしてくれる奴がいる」

「イ、イオリ先輩……は、助けたい人だ、って……そう、思えますっ」

 

 そんなイオリにリュウマやマリカも優しく話しかける。

 

 イオリを想ってくれる者達がこれだけいるのだ。

 アラタだけではなく、ユイやリュウマ達からも温もりを感じて、急いていた時の険のある表情が嘘のように柔らかくなっていく。

 

(……そっか、そうなんだ──)

 

 温もりに満ち溢れたこの空間にイオリの頬に一筋の涙が溢れる。

 

(こんなにも……私の周りには温もりがあったんだ)

 

 かつての自分にはあったのは、暴力的な冷たさ。

 だが今が違う、こんなに……こんなにも温もりに満ち溢れていたのだ。

 改めて、この幸福を噛み締めると、抱きしめてくれるユイの身を預けるのであった。

 

「これで解決、かな」

 

 マリカだけではなく、居合わせたチナツやシオンなどが抱きしめられたイオリを囲むように抱きしめて、いつもの賑やかさを見せ始めると、その光景を傍から見つめながらアラタは安心したように呟く。

 

「……サイド0の問題の全部が、とは言えねえと思うけどな」

「どういう意味だ?」

 

 そんな呟きは聞こえていたのだろう。

 ふた隣にいたリュウマがポツリと呟くと、なにか他に問題でもあったか、と彼を見やる。

 すると、リュウマは複雑そうな表情をアラタに向け……。

 

「……なんでもねえ」

 

 どこかぶっきら棒に答えると、アラタが首を傾げるなか、リュウマは一人、サイド0の部室を出て行ったのだ。

 

(……やっぱりこのままじゃダメだ)

 

 部室を出たリュウマは先程のイオリを抱きしめるアラタの姿を思い出す。

 確かにイオリは救われただろう。いや、自分自身もアラタには救われてきたのだ。

 

 しかし、だからこそ……。

 

(手遅れになる前に……ッ)

 

 リュウマの足取りはどんどん、速くなっていく。

 彼の脳裏にはかつてランキングバトルの際にアーラシュが乗り込んでくる前の記憶が過ぎる。

 当時のアラタの口元は笑っていても、虚しく見るものを映す目だけは忘れない。

 あの時の違和感が日に日に肥大化していくのを感じながら、リュウマは一人、行動を起こすのであった。

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