ガンダムビルドブレイカーズ Snatchaway 作:ウルトラゼロNEO
彷徨うようにしてかつて過ごした故郷を歩いていたアラタだったが、ふと足を止める。彼の視線の先にSTRAKの店舗があったからだ。
幼い頃から足しげく通っていた場所だったからなのだろうか? 知らず知らずに自分はあの店の近くにまで来てしまったようだ。
とはいえ先日のフウゲツとのやり取りもあったせいで、そのまま素直に店に入ろうとは思えず迷うように足元に転がっていた小石を蹴っているとやがて所在無く避けるようにしてSTRAKから去っていこうとする。
「──あっらまー、アラタさんじゃないですか」
そんな矢先にこちらの気分とは対照的な明るい声が聞こえてくる。
振り返ってみれば、そこにはSTRAKから出てきたと思われるアヤの姿があった。
「なんかお店の窓からそれっぽい人が見えたから、まさかと思いましたけど」
「……アヤちゃんもマリカちゃん達みたいになんか用でもあるの?」
「んにゃ全然」
即答である。
なにを言ってるんだとばかりに首を傾げているところを見るとマリカやシオンとは違い、本当に何の用もないのだろう。
「マリカさん達がぞろぞろとお店から出て行ったからとはもしかしてとは思ってましたけど、やっぱりアラタさん絡みでしたか」
「アヤちゃんはずっとここにいたの?」
「私ってば低血圧なので、正直言うと朝はそこまで動きたくはないのですよ」
自分の発言が発端になったとはいえ、各々で動き出したマリカ達に合点がいったとばかりに腕を組んで頷いているアヤにSTARKにいることは知っていたが、まさか一人残っていたのかと問いかければ彼女は苦笑気味に答えていた。
「まあでも用はないですけど私は私でこれまでの学園生活を考えてました。これも何かの縁ってことで少し聞いてくれます?」
「良いけど……。温かいところに移動しようか?」
「いや大した話でもないので」
話を聞く分には良いが10月も終わりが近くそろそろ肌寒さも感じてくる。
立ち話もなにかと思い、移動を提案するも特に用がないと言うだけあって断られてしまった。
「私は正直、学園にそこまでの関心はありませんでした。そりゃガンプラが目的だから入学しましたけど学園に入ってそれであぁいうシステムで……まあそんなもんかと思ってました」
「アヤちゃんってドライなところあるよな」
「そうですかね? アールシュさんと同じですよ。当時は結果的に将来に繋がれば良いと考えてました」
こうやってアヤとちゃんと話したことなどこれまでにあっただろうか?
ムードメーカーのような賑やかな彼女のことはこうして彼女自身の口から聞かされるまでなにも知らなかったとも言って良い。
「でも、それって退屈で虚しいだけですよね。やっぱり楽しくはないですよ。そんな矢先に私は部長に……レイナさんに出会えたんです」
ただただ慢性的に技術を身に付けていく日々……。
極端な話で言えば、機械にプログラムをインストールをするようなものだろう。機械ならいざ知らず、人間であるアヤからすればただただ虚しいだけだろう。
だがそんな中でアヤはレイナに出会った。
アヤのレイナへの懐きっぷりを知っているだけになにかと思い、彼女の言葉を待つ。
「レイナさんはミステリアスな人ですけど、遊びに対しては全振りするような人なのですよ」
「……まあ、あの第10ガンプラ部の魔窟を見れば何となくは」
「でも、それって簡単なことではないのです」
確かにアラタも初めてレイナに出会った時は彼女の不可思議なペースに呑まれてしまっていた。
今でこそ交流があったからこそ普通に話せるが夢の国のベアッガイなど時々、こちらの度肝を抜いてくるようなものを平然と出してくる。
「今の時代、一生懸命な人を見れば鼻で笑ったり冷やかす人の方が大半なのです。それが特に自分の世界にない趣味の分野であれば尚更。私も正直、最初はあの学園で遊び心をテーマにする第10ガンプラ部に意味なんてないって悟った振りをしながら見てました。……でも、そこにいる人達には意味があるんです。一分一秒たりとも惜しい。全力で向き合いたいって夢中になれる人達が集まるんです」
当初、第10ガンプラ部に対して冷ややかだったというアヤを意外に感じながらも、かつてのセナの言葉を思い出す。確かに遊び心をテーマにした第10ガンプラ部は弱肉強食の世界であるガンブレ学園には最も必要ないだろう。だがそうではないのだ。
「……夢中になるって意外と簡単なことじゃないのです。好きにならないと出来ないし、そもそも夢中になるほど好きになるっていうのが簡単なことじゃない。けどそれが出来る人は限られてる。それが出来ないから……それだけの情熱を失った人達は目を背けるように冷やかす」
「アヤちゃん……」
「でもレイナさんはあの学園でどれだけ鼻で笑われようと好きを好きって言えるんです。……私はそんなレイナさんに憧れました。だってそこには温かくなるような中身があるから。今となってはおぼろげな中身もなくただただ技術を身に付けるあの時間になにをしていたか思い出せないほどに」
だからこそアヤは第10ガンプラ部に入部したのだろう。
失ってしまったともいえる情熱を再び取り戻すために。
そして何よりこれまでの学園生活におけるアヤを思い出す限り、彼女は既に夢中になれるほどの情熱を取り戻しているのだ。
「私はアラタさんもレイナさんと同じタイプの人だと思ってます。レイナさんほど器用じゃないけど、それでも普通の人とは違うなにかを感じるんです」
思い返してみればアヤに初めて出会ったとき、同じようなことを言われた。
あの時はただただふざけているだけだと思っていたが、どうやらアラタからなにかを感じていたのは偽りではないようだ。
「だからこそかつての私のようにはならないでください。見ている景色は同じでも流れた時間は巻き戻ることはないんです。だから自分自身が夢中になれることを……その想いを取り戻してください」
その言葉に胸がドキリとしたのを感じた。
何故ならばこれまで聞いたアヤの過去ともいえる虚しさを感じていた時の話は今まさにアラタも感じていた虚しさを思い起こさせるからだ。
「えへへ、なんだからしくないことを話ましたね。ではでは、私はそろそろ部長のところに行ってきますので、アラタさんはチナツさんのところにでも顔を出してあげてください」
「チナツに……?」
「ええ、STRAKの二階にある塗装ブースを借りるって朝から慌しかったです」
びしっと可愛らしく敬礼のような仕草を取るアヤの言葉に何故このタイミングでチナツなのかと疑問に思うが、どうやたチナツは目の前のSTRAKにいるようだ。
「あぁ、マスターさんなら今さっき他の従業員の方に休憩貰うわーってフラッといなくなりましたからいませんのでご安心を! ではではー」
だが先日のこともあって、STRAKに向かうのは気が引けてしまう。
それが顔にも表れていたのか、ソレを察したアヤが現在、店にいないというフウゲツについて伝えると、そのまま軽い足取りでアラタの横をすり抜け、携帯か何かで居場所は聞いているのか小走りで去っていってしまう。残されたアラタはアヤとSTRAKを交互に見ると仕方なしに言われた通りチナツの元へ向かうのであった。
・・・
(……言われたまま来たけど)
アヤと別れたアラタは彼女に促されるままチナツがいるという二階への階段を昇っていた。
その手には一階のSTRAKで購入した持ち帰りようの飲み物が二人分あり、丁度アラタとチナツの分といったところか。確かにアヤが言っていたようにSTRAKにはフウゲツの姿はなかった。
アヤに促される形となってしまったが正直なところチナツと会ったところで今の自分ではなにを話して良いのかも分からない。足取りも重いまま階段を上がっていると不意に鼻歌が二階の一室から聞こえてきた。
「フンフフンフンフン~♪ どんな感じにしようかな~。今までに無いくらい派手にしちゃうとか~?」
STRAKから続く二階の一室。普段はフウゲツやかつての自分も使用したことのある塗装ブースにはエアブラシを握るチナツの姿があった。しかし余程、集中しているのか、彼女はペインティングクリップの先にある塗装最中のパーツにしか意識を向けていないようだ。
「あ、でもアラターはクールな感じの方が好きかな? チョー悩む~。凝りまくって超絶技巧デコにするってのもアリなのかな~。表面処理してサフ吹きまで完璧にやったし、スミ入れして立体感出したし、後はラインストーンでゴージャスにデコっちゃう? とりま白パーツからデコっていこ。ラインストーン貼らないトコはデカール貼ってクリアでトップコートしてツヤ出しして……」
流石というべきか、一人ブツブツと呟きながら手馴れた様子で綺麗に塗装をしていく。
その塗装の腕は同じく塗装を行う者からしても唸らされるものがあり、結局、夢中になって行われるチナツの塗装の邪魔をする者はいないなか時間だけが経っていた。
「ふー……こんだけやれば後は乾かすだけだー……。マジ疲れたー。集中しまくったの久しぶりすぎー……。でもお陰でいい感じにデコれたもんね。これをドライブースに入れてっと……って、うわぁ!?」
どうやら気付かれてしまったようだ。
最もアラタもアラタでチナツの塗装技術に魅入られていた為、こちらを見て眼を丸くする彼女の驚きの声と同じくビクリと身体を震わせているわけだが。
「え、なにマジ? いつからいたの、アラター!?」
「いつからってまあ……フンフフンってとこから?」
いつからと聞かれれば大概、最初からなのだがこの場合、途中からなので思い出すままに答えるしかない。
とはいえ鼻歌交じりでブツブツ呟いていたことを思い出したのか、恥ずかしそうに彼女の頬は一気に赤み帯びていた。そんな彼女も程ほどにアラタはその横にあるドライブースで換装している最中のパーツを見やる。
「あ、このガンプラはその……えーと……もういっか。秘密にしてたけど言っちゃお。実は今、アラターの為にガンプラをデコってたの。ホントは完成までナイショにして三連休の最後に渡そうと思ってたんだけど」
世界的に流行しているからこそある程度、どんな町でも作れる環境はあるとはいえわざわざ旅行先にまで作成途中のガンプラを持ち込んでいたと思うと苦笑してしまう。だがそれは全てアラタの為だと言うのだ。
「あれ、それもしかしてアタシのとか?」
「あぁ、ここにいるって聞いてたから。ちなちーの塗装に見惚れててすっかり温くなっちゃったけど」
「もぅアラターってばすぐそういうこと言うー! でもでも今、丁度のど渇いてたからありがたくもらうね!」
するとアラタに手にある二つのドリンクカップに気付いたのか、チナツの指摘に困ったように肩を竦めながら彼女に手渡すとチナツは照れた様子でそのまま口をつける。
「やっぱアラターはサイコーだね!」
「飲み物一つでそこまで? まあ、俺は天さ「だってさー!」……」
いつぞやの天才キャンセル再び。
おどけた様子で飲み物に口をつけようとしたアラタが微妙そうな顔つきのまま固まるなかチナツは己の胸の内を明かし始める。
「アラターと一緒にいるとめーっちゃ楽しいし、自由にデコったガンプラでバトルするのって超きもちイー! これってぜーんぶ、アラターのお陰だって最近、気付いたんだ」
彼女はいつも彼女なりに楽しくやっていると思っていたためになぜわざわざ自分のお陰とまで言うのかとチナツを見てみれば、彼女はどこか寂しそうに視線を伏せていた。
「あたし、親の都合で引っ越しが多かったせいで子供の頃はあんま友達いなくて。家でずーっとケータイとか鏡とかあるモノなんでもデコって遊ぶ感じでさー。その流れでガンプラをデコるようになって、次第にガンプラバトルで友達も増えてってデコるのもバトルも超たのしーって思ってやってた」
アヤに続いて初めて聞かされたチナツの過去。
ガンプラに出会った充実したのは事実なのか、晴れやかな様子で話していたが、やがてその顔も顰め始める。
「それでガンブレ学園に入ったけど生徒会が強さこそ正義だーなんて言い始めてさ。正直、あの学園を辞めようと思ってた。アタシが大好きなガンプラはあそこにはなかったし。どんなデコでも受け入れてくれて、誰でも自由に塗装を楽しめて、友達と盛り上がれる。それがアタシのガンプラだったから」
確かに今のガンブレ学園は強者が自分の考えを弱者に対して押し付けているような状況だ。
塗装でいえばかつてのシロイとのトラブルがそうだったように、まず彼女の中でガンプラ感に沿うようなものではなく、いっそのこと辞めてしまおうと考えるのもある種、一つの手とも言える。
「だけど最近はまた超たのしーってなってる! そう思えるようになったのはアラターのお陰! なんかアラターとは相性ドンピシャっていうか、超感謝してる。ホントありがとね!」
しかし現実、チナツはガンブレ学園を去ることはなかった。
それはやはり彼女が言うようにアラタのお陰なのか、言葉に熱が入ると共にチナツは無意識のうちにそのグラマラスな肉体をじわじわと寄せてくる。
「デコるのもバトルも前より超好きになった! だから言葉だけじゃ足りなくて! アラターにアタシがデコったガンプラをあげたくて!」
ズイズイと身を寄せてくると共に鼻にチナツの甘い香りが届いて脳を麻痺させるがそれ以上に意識が向かなかったのはアラタの意識が彼女のその真っ直ぐな想いに触れたからだ。アラタを真っ直ぐ見つめるチナツだが途端にその勢いは弱まり、恥らうように視線を伏せるとやがて頬を染めたまま意を決したように再びアラタを見やる。
「……その、受け取って欲しい、な。アタシ、たぶん……その……アラターが好きなんだと思うし」
無音の空間にゴクリと生唾を呑む音が響く。
アラタのものだ。チナツの様子からそれは単に友人に対して使う所謂、likeの好きではないということを察しているからだろう。するとアラタはチラリとドライブースの中のパーツに目をやると、一度、目を瞑り、ゆっくりと瞼を上げるともに口を開く。
「なら一緒に作ろうか。どんなデコでも受け入れてくれて誰でも自由に塗装を楽しめて友達と盛り上がれる、だろ?」
「まさかの展開じゃん! それならアタシがデコるからアラターは組み立てねー!」
一人で作るのも楽しいが顔を突き合わせながら作るガンプラも良いものだ。
チナツもこれには流石に予想外だったのか、だがそれ以上に喜んでいた。
「さっきデコりながらずっとアラターのこと考えてたんだー。マジこれヤバくない? めっちゃ純愛じゃない!? ……まあ、その……このまま一歩踏み出したいところだけどこれ以上、抜け駆けは出来ないしね」
「何か言った?」
「ううん! でもアタシは満足ってこと! パーツもまだ乾くまで時間あるし、まだ良いかなって思っただけ!」
照れながらもいつもの調子で話すチナツだが、不意にその言葉も尻すぼみになってしまう。
最後の方の言葉が聞き取れず聞き返そうともするが、彼女は誤魔化すところを見るに下手に追求しても答えないだろうし、それ以上に満足そうにしているのでこれ以上はいいだろう。
「……こんなアタシだけど、これからもよろしくね」
だが、それでも彼女なりに伝えたい想いがあるのか、照れ笑いのまま放たれたまっすぐな言葉にアラタはしっかりと頷くのだった。