ガンダムビルドブレイカーズ Snatchaway 作:ウルトラゼロNEO
「……シエナさん」
シエナを追ってアラタと奏がいなくなったこの空間では圧し掛かるような重い空気が満たしていた。
かつての生徒会長との再会。本来ならば喜ぶべき瞬間出会った筈だが、その実、決して喜べぬ内容であった為、ユイはおろかかつての時を知る者達の面持ちは暗い。
「……先々代の生徒会長か……。あぁして目の前にするのは初めてだな」
「凄く……悲しい目をしていましたね」
逆に言えば現在、一年であるリュウマやアカリ達はシエナに出会うのは初めてのことであり、それぞれに想うところはあるらしく複雑な面持ちだ。
「弱肉強食の学園になる前の生徒会はもっとガンプラに打ち込めるように頑張ってたって聞いたことがあります。私も学校説明会でそんな校風に憧れて進路を決めました……。悪い人とは思えないです」
かつて、ユウキ達による圧政が行われる前の学園はただ純粋にガンプラに情熱を注ぎ込める楽園のような場所であったと聞く。マリカも出会うのは初めてであるが、そんな当時の学園で生徒会長を務めていた人物が悪い人間であるとは思えなかった。
「部長!?」
そんな時であった。
レイナは突然、崩れ落ちるかのように膝をついたのだ。すぐさまアヤがレイナに駆け寄ってその肩を抱くのだが、彼女の肩は異様なまでに震えていた。
「違う……。違うの……っ……。シエナ……っ」
頭を垂れて、表情が見えないものの彼女が今、どのような想いでいるのかはすぐに分かった。
何故ならば震えながら紡がれる言葉と共に地面にはポツポツと涙が流れ落ちていたからだ。こんなにも弱弱しいレイナの姿は初めてなのだろう。レイナの肩を抱いてはいるものの目に見えて困惑していた。
「……シエナさんはね、生徒会長であったと同時に在籍中は第10ガンプラ部の部長でもあったんだ」
明らかに様子がおかしいレイナに戸惑っていると、ユイは静かに腰を下ろして崩れ落ちたレイナを労わるように抱きしめながらシエナについて話す。かつての第10ガンプラ部の部長……。今のレイナとそれだけの情報でレイナとシエナの関係は察することが出来た。
「あの時から第10ガンプラ部は魔窟でした。けどそれ以上に学園のどの部活よりも輝いていたのです」
ドロスもまた当時の出来事を知る人物だ。
かつての日々を振り返り、懐かしむような笑みを見せるのも束の間、先程のシエナの姿に沈痛な面持ちを見せる。
・・・
生徒の数だけ創造するガンプラは異なり、それぞれにドラマがある。
同じではなくそれぞれに個があるからこそガンブレ学園に存在するガンプラ達は輝いているのだ。
「──と、私は思うんだよね」
したり顔でそう言ったのはガンブレ学園の制服に身を包むシエナであった。今、彼女がいるのは第10ガンプラ部の部室だ。
それはほんの二年前の日々。
ソウマ・アラタがガンブレ学園に訪れるよりもずっと前の出来事であり、当時の学園の生徒達は皆、心からガンプラを愛し、切磋琢磨することによってお互いを高め合っていたのだ。
「……だからと言って明らかにアウトなガンプラをコンテストに出そうとするのはどうかと思うのだけれども」
呆れたように嘆息しながら話すのは当時、まだ一年生であるレイナであった。
頭痛が酷いのか、こめかみを片指でおさえながら腰掛けるシエナの目の前にあるガンプラを見やる。……どういう訳なのだろう。確かにそこにある筈なのにモザイクがかかっているように見える。脳が理解を拒んでいるのだろうか?
「そんなにダメだったかなぁ。プチッガイで作ったポムポムプr──」
「個人で楽しむならまだしも何故、コンテストに出すのはダメでしょう」
「わーかーりーまーしーた。じゃあ、いっそのことポケットな感じの電気ネズミに……」
「そのモチーフがダメだって言っているのよ!」
どういう原理か、モザイクがかかって見えないシエナ作のガンプラを目の前にしながら、わーわーと言い合うシエナとレイナの二人。しかし他の第10ガンプラ部の部員達にとっては見慣れた光景なのか、寧ろ仲の良い姉妹を見ているかのように微笑ましそうだ。
「全く……少しは自重という言葉を辞書で引いてみたらどうかしら生徒会長さん」
「分かってないなぁ、レイナは」
トゲのある物言いでチクリと刺すレイナの言葉に寧ろシエナは言葉通りにわざとらしく肩を竦めて首を振りながら立ち上がる。その態度にレイナの額に青筋が浮かぶのだが……。
「自重なんてガンプラにはナンセンスだよ。寧ろガンプラはその逆……。作りたいって思ったものに全力を注ぐ。人とガンプラの数だけ可能性はあるんだよ。きっと無限にね」
窓から差し込む夕日を背にシエナはにっこりとレイナに微笑みかける。
その屈託のない笑顔は例のモザイクがかかっているガンプラに対しても向けられており、その事からあのガンプラも決して悪ふざけではなく、彼女が作りたいと思ったから作り、だからこそ衆目の目に触れるコンテストに出展しようと思ったのだろう。まあ、だからと言って許されるものとそうでないものはあるが。
「──生徒会長!」
そんな矢先に第110ガンプラ部の部室の扉が強く開かれる。
何事かと思って、目を向けてみれば、そこにはリョウコと続くように失礼しまーすと部室に入ってきたユイの姿があった。
「聞いたぞ、明らかにアウトなガンプラをコンテストに出そうとしたらしいなっ!」
「あっ、それが例のガンプラですか? ……あれ、脳が認識するのを拒否してる」
「まあまあ。それよりもリョウコちゃんとユイちゃん、この間の学園内トーナメントで上位に食い込んでたよね。二人がどんどん成長していて私も鼻が高いよ……」
「後方先輩面したところで私は流されんぞっ!」
どうやら例のガンプラについて聞きつけたらしく、えらい剣幕でシエナに詰め寄るリョウコとガンプラを前に不思議そうに首を傾げているユイ。そんな二人にシエナはどこ吹く風か、人差し指で鼻を擦るが胸元を掴んだリョウコによってグラングランと揺さぶられている。
(……きっとこの人なら今よりきっと良い学園を作れる筈)
ハチャメチャな人物でこそあるが、その身体に秘める情熱と愛は本物であり、誰よりも強い。
だからこそシエナならば今よりも素晴らしい学園を作れるだろう……。その事はレイナだけではなく、同じく生徒会に所属しているユイやリョウコも胸の中にはあったのだ。
……だが、そうはならなかった。
春休みが明けて、学年が一年繰り上がった頃、生徒会の前にユウキとセナの二人が現れたのだ。
その結果は……知っての通りであろう。
生徒会は敗北した。
ユウキとセナ、特にユウキの圧倒的な力の前に蹂躙されてしまったのだ。シエナやユイは最後まで抵抗しようとしていた。しかしリョウコや他の生徒会役員は飲み込まれ、足を止めてしまったのだ。
現体制を打ち壊し、改革を打ち出したユウキ達。
その圧倒的な力は多くの生徒達の心を強く刺激し、実力こそが物を言う弱肉強食のルールはそれを更に助長させ、無法の世界となるのにそう時間はかからなかった。
そして……その弱者の烙印を一番最初に押されたのはシエナであった。
「あんな負け方しておいて、よく学園に来れるよなぁ」
「今更、アンタの言葉なんて誰も耳を貸さないってーの」
彼女の最後の学園生活は悲惨と言っても過言ではなかっただろう。
全ての生徒が……とまでは言わないものの弱肉強食のルールが浸透した多くの生徒達に敗北者と嘲笑われる日々……。かつてのショウゴのように弱者からパーツを巻き上げたりする者達に訴えかけたところで耳を貸されることはなく、逆に弱者に寄り添おうとしたところで……。
「アンタが負けさえしなければ、こんな学園にならなかったんだ!」
「楽しかった学園を返してよ!」
強者に対して何も言えなかった者達の矛先はかつての生徒会長であるシエナに向けられた。
彼女はたったの一度の敗北を切っ掛けに学園から居場所を失ってしまったのだ。
「──シエナ!」
そして卒業の日。
卒業という晴れの日に似つかわしくないほどの豪雨が世界を覆う日……。シエナは一人、その雨に打たれていた。そんな彼女にレイナは彼女を気遣い、駆け寄りながら声をかける。
「……レイナ」
激しい雨の中、シエナはポツリとレイナの名を口にする。
この雨の中でも確かに聞こえた呼び声にレイナは反応するが直後に肩越しに振り返ったシエナの姿に戦慄して足を止める。
そこにあるのは圧倒的なまでの虚無であった。
ずっと見て来た笑顔はそこになく、ただただ何の感情も持たないシエナがそこにいたのだ。
「……おかしいなぁ……。何にも感じられない……。空っぽになっちゃったみたい」
世界はどこまで彼女を責め立てようというのだろう。
彼女の実力は本物であり、これから先、もっと輝かしい未来へと進める筈なのだ。しかし、今の彼女は彼女自身が言うように多くのものを失って、空っぽになってしまったのだ。
「レイナは……私みたいになっちゃダメだよ」
シエナに憧れていた。滅茶苦茶なことはしていたが、それでも誰よりも尊敬していた。
だからこそそんな彼女からのその言葉はレイナの心を強く貫き、その言葉を最後にシエナは学園を去ったのだ。
・・・
「学園がまた変わったことを聞いて、再び戻ってきたのだろう……。私達としても喜ばしいことだが……しかし、こんなことになるとはな」
シエナを慕っていたのはレイナだけではない。厳しい物言いこそしていたが、シエナを慕っていたのはリョウコとて同じことだ。だからこそ面持ちは暗い。
「……私はどんな顔を向ければ良いのか……。言葉すら浮かばない……。絶望のままこの学園を去ったあの人の心に寄り添うことすら出来なかったのだから」
「それは僕達さ。僕たちが全ての元凶だ」
当時のユウキとセナに飲み込まれて諦めてしまったリョウコ。結果的にその後、そんな彼らの軍門に下ったからこそシエナにどうして良いか分からないのだろう。そんな罪悪感に苛まれるリョウコにユウキが口を開く。
「ああ。俺達の行動が発端だ……。本来ならば俺達はこの学園にいて良い存在ではないのだ」
「アラタ君をはじめ、受け入れてくれたからこそ今がある。しかし僕たちがしてきたことの傷跡はあまりにも大きかった」
ユウキに同調して口を開いたセナの表情も暗い。彼らも彼らなりに今だからこそ思うことはあるのだろう。だがそうしたところでシエナに対してどうしたら良いかも分からない。自分達の顔など見たくもないだろう。
「──だからと言ってそこで何もしないで諦めるんですか」
圧し掛かるような重い空気の中、ふと声をかけられる。
初めて聞く声にその主を探してみれば、コツコツとこちらに向かって足音が聞こえ、視線がそのまま向けられる。
「……最後まで諦めるな、です」
そこにいる人物について誰も知らず、リュウマ達は困惑する。しかしただ一人、ルティナは違った。やぁーと来たとそう言わんばかりに口角を吊り上げるなか、腰まで届く鮮やかな茶髪を風に靡かせながらその特徴的な赤き瞳は暗雲の中にいる者たちを確かに捉えていた。