ガンダムビルドブレイカーズ Snatchaway   作:ウルトラゼロNEO

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崩壊と改革の軌跡

 カツカツと歩を進めていた足も速くなり、人気のない校舎裏にやって来たシエナ。迷いもなく人気のない場所まで歩いていた所を見るとやはり学園の構造は覚えているようだ。

 

(……あぁもうッ)

 

 シエナは苛立ち気に眉間に皺を寄せる。

 それはまるで自分に向けてのもののように感じられた。

 

「──待ってくれッ!」

 

 そんな時であった。

 シエナに声をかけたのはアラタであった。文化祭というだけあって人混みを掻き分けてでもシエナを追ってきたのだろう。激しく肩を上下させて息を切らす中、手を膝につけながらでもシエナを見やる。

 

「……私を追ってきてくれたんだ。汗びっしょりだね」

 

 一瞬、アラタからの呼び声に対して煩わしそうに眉間に皺を寄せたシエナではあるが、自分を追って人混みの中を走ってきただけあって激しく汗を流しているアラタを見て、僅かに苦笑すると自身のハンドバックからハンカチを取り出して当て込むように優しくアラタの汗を拭き取る。

 

「な、なにを……」

「んー? こういう時はお礼を言うもんだぞー」

 

 先程のやり取りもあって、こんなことをされるのは予想外であったのか、困惑しているアラタに対してシエナは何事もなかったかのように自分のペースで話す。

 

「あ、ありがと……。ってそうじゃなくって、さっきの話だ!」

「あぁ、凸凹のこと?」

 

 こうやってペースを握られてしまうのはレイナに出会った頃を思い出す。照れ臭さから距離を離しつつ自分がわざわざシエナを追ってきた理由を口にすると当の本人はまるで何事もなかったかのようにあっけらかんとしていた。

 

「だってそう思わない? 生徒会長が変わるごとに校風が正反対と言っても良いほどガラリと変わる学園なんてそうはないよ。そして生徒達はそんな学園にあっさりと染まる……。君はシイナ君達の生徒会のルールに染まりきった学園に来たから分からないかもしれないけど、昨日まで一緒に楽しい学園生活を送っていた人達が生徒会が変わった瞬間、掌を返して蔑んだ目で見られるあの恐怖……君に分かる?」

「それは……」

「私にはね、この学園が醜く見えて仕方ないんだ。皆、私やその先輩達が築いてきた誰もが平等で夢があって楽しい学園よりも実力だけが幅を利かせ、何をしても許されるような無法の学園を取ったんだから」

 

 アラタはあくまで弱肉強食に染まりきった後に転入してきた。だからこそ言ってしまえばそういうものなのだと呑み込んで学園改革に打って出ることが出来た。

 

 しかしシエナは違う。彼女の場合、まさに掌を返すようにあるたった一つの出来事を境に全てが変わってしまったのだ。昨日まで楽しく語り合っていた友人達も段々といなくなり、自分が築いていたものが水泡のように消え去り、やがては残ったのは後ろ指を指される様な日々と耐え難い孤独だけだ。

 

「だけどそうじゃない人達だっていた筈だ! あの学園の日々を良しとしない者達やそのルールに苦しんできた人達も俺は見て来た!」

「そうだね。君やユイちゃん達はまさにそうだろうね。けどね、本当にそういう人たちは一握りだと思うよ。逆に弱者としての立場にいる人達もその立場が強者だったとしたらそのままその当時の学園を良しとしたんじゃないかな」

 

 だがアラタもあの学園の日々を過ごしていく中で見て来たものは多くある。自分こそ強者であると驕り高ぶる者、そしてそんな者達に怯えて陰で涙を流す者達……。本来ならば楽しむはずのガンプラの筈がその本質を見失っていた。だからこそアラタは学園の改革としてサイド0にその名を連ねたのだ。しかしシエナからしてみれば、そういった者達は僅かだと首を振る。

 

「君も気をつけたほうが良いよ。君が今、築いているものは明日には怖いくらい簡単に壊れてしまうかもしれないんだから」

 

 自分がそうであったからこその忠告だろう。しかしシエナのその瞳は虚無感こそ宿っているものの、それでもその奥底には深い悲しみがあるようにも思えた。

 

「さっ、いつまでも私なんかに構ってないで文化祭に戻りなさいな」

「違う……。そういうわけにはいかない……ッ」

 

 あまり自分に関わるなと言わんばかりにアラタを振り返らせ、その背中を押そうとするシエナだがアラタはその足を止め、その手を強く握り締める。

 

「何で? さっき会ったばっかりでしょ」

「このままアンタを放っておけば、レイナさんが悲しむ」

 

 シエナからしてみれば、今まともに話してばかりの青年が何故、踏み止まって自分を何とかしたいと思うのか、理解できないのだろう。不思議そうに話すシエナに対してアラタはレイナの名前を口にするとシエナは少なからず反応を示した。

 

「あの人はこの学園に来たばかりの俺にいつだって親身に寄り添ってくれた。俺達がサイド0として生徒会に立ち向かおうとした時だって支えてくれていたんだッ! そんな人がアンタが背を向けただけで壊そうになっている。だからこそ俺は力になりたい……。ならなきゃいけないんだよ」

 

 レイナと初めてブレバイで出会い、そこからずっと彼女はサイド0と共に歩んできてくれた。自分達に味方すればそれだけ学園での立場が危ういものになるだろうに、それすらも省みず自分がしたいとサイド0の味方であってくれたのだ。

 

『……弱くたって良いの。だからこそ人は寄り添うことが出来るのですもの』

 

 彼女がいたからこそアールシュやアヤにも出会えた。彼女が自分に寄り添い、抱きしめてくれたあの温もりはいまだに身体は覚えている。だからこそ今、目に見えて弱っているレイナに寄り添う為にもこうしてシエナを追ってきたのだ。

 

「アンタだってあの人に会えて嬉しそうにしていたじゃないかッ! 確かにアンタは学園で苦しんできたのかもしれない。ユウキ達を憎む気持ちだってあるだろうッ! でもあの時、レイナさんへ向けたあの顔は……その気持ちは嘘じゃないはず「止めてッ!」……ッ!」

 

 レイナの為にもシエナを説得したい。このまますれ違ったままで良いはずがないのだ。声を張り上げて、熱を思った己の心のままに叫ぶアラタであったが、その最中、シエナによってその言葉は遮られてしまった。

 

「……こんな場所、やっぱり来るんじゃなかった」

 

 夢中になって気付かなかったが、我に返って目の前のシエナを見て見れば垂れた前髪で表情が見えないもののその身体は酷く震えていた。何か声をかけようとした瞬間、彼女はボソリと呟いてアラタに背を向けて再び歩き去ろうとする。

 

「ッ」

 

 待って、とシエナを止めようとする。このままではいけないと思ったからだ。しかしその前にアラタの肩は背後から強く掴まれたのだ。何なのかと思って振り返ってみれば、そこには鋭く自分を見つめる奏の姿が。彼女はそのままアラタの手を取ると有無を言わさず歩いていくのであった。

 

 ・・・

 

(あぁ、何で……ッ! 何でこうなるの……ッ)

 

 一方、シエナは人混みの中、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。しかしその表情には激しい葛藤が渦巻いており、傍から見ても苦しんでいるのが見て取れた。

 

「──きゃっ!?」

 

 だからこそなのだろうか。前を水にふらふらと歩いていたシエナは誰かにぶつかってしまった。そのまま体勢を崩して、尻餅をつきそうになるがその前に自分の腰に手を回されて抱きとめられる。

 

「失礼。怪我はないかな」

 

 衝撃に備えていたのもあってギュッと閉じた目をゆっくりと開けば、翡翠色の瞳と目が合う。誰かと思えばそこには侍女二人を引き連れ、ぶつかった自分を抱きとめたセレナがそこにいたのだ。


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