厄神様のただひとつの願い   作:映陸沙汀

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第六 厄心排友事

 前日までの穏やかな天気が嘘のように、今日は寒気がする。季節を創り出す春の息吹は止み、夏を告げた多くの生命は動きを鈍らせ、見られることを放棄した紅葉は地に落ち始める。その紅葉ではないが、雛の頭からも赤が消えていることに、にとりはいち早く気付いた。また続けざまに考察した。あの天狗が、全ての元凶であると。

 勿論それは彼女の強烈な偏見と憎悪からくる勝手な想像でしかなかったのだが、同時に怒りの引き金を引く作用も持ち合わせている。向こう見ずな悪あがきを行動に移そうとするにとりを、雛は力ずくで取り押さえ、自らの心の丈を示した。

 そして。

 

「弾幕の訓練って、そんな……」

 

 クラゲのようにとらえどころのないものだった雛の意志は、ここで徐々に形状を持ち始める。聴いて、にとりはもはや寒気も感じなかった。今の二人に外的要因は作用しない。ただ、抽象的な――人類が何万年もかけて言語化した概念に没頭し、未来の危機を恐れる。

 

「全てが裏目に出たの。私がそう見做されているとは知らずに里に出向いたのもそうだけど、森の中で男の子に声をかけたのがそもそも間違いだった……。人間たちを信じない訳ではないけど、私には退治される道しかない。だからそれに備えるの」

 

 涙が流れようが、喉がわななこうが、雛は告げる。淡々と。

 そんな様子の彼女に、にとりが「生贄をささげられる可能性」を指摘するものの一蹴された。もとより神とも妖怪とも呼べる存在の雛は、人喰い異形の類ではない。また、人間に害を与える災いと捉えられたところで、そのほかのことが何も知れ渡っていない雛にはその災厄を鎮める儀式が制定されていない。加えて近年では生贄が人間かどうかにかかわらず、血を流す儀式自体が悪と見なされる風潮がある。平和的な解決策はあまり期待できない。

 

「でも……。それじゃあ、その、闘うってことだよね? 雛、よく考えたの!? それこそ打ちどころが悪かったりしたら……」

「打ちどころとか、そういう問題じゃないわ。何がどう転んでも、私はここから立ち去るか、もしくは消滅」

「そんな……! 本当に、どうしちゃったのさ! 雛、目をさましてよ やっぱりあいつの仕業――」

「違うの!」

 

 俯いて、もう一度、小さく呟いた。違うの……。

 

「ご、ごめん。雛……」

「これは世の流れが決めたこと。仕方ないの」

 

 沢に足がのびる。二人の足音だけが二人の耳に響き、二人の存在だけが気まずさを生み出している。水面に広がる波紋をそれとなく見ていると、雛がもう一度口を開く。

 

「ごめんね」

 

 にとりはもう、どうにも言えない。

 

「けれど、私の一番の存在意義がなくなるのよ! それならまだ、不運を振りまく疫病神として……、人間に害を与える悪神として残っていたいの!」

「うん……」

 

 首元に下がった鍵が、一陣の風で裏返る。なぜか、にとりにはそれが、今の状況を暗示しているようで心がざわめいた。がっちりと鍵を握って、これ以上翻らないようにした。

 

「でも、わたしはどうなるの! 一人取り残された私は――ごめんだなんて、そんな言葉だけでお別れなんて、あまりにも非現実的じゃないか?!」

「わからないの。私がどうなっていくのかも……。だからね、弾幕の練習をして、戦う準備をして、そのための力を得るために厄を集める。未来はそれだけ。にとり、あなたに厄が移る前に、さあ、早く……、ほら!」

 

 雛が、にとりを押し、にとりは思わず川に足を踏み入れた。そして彼女の目は、雛の体から滲み出る黒いオーラを捉えた。これは二人の関係の厄を反映したものだ、そう思うとブーツが酷く重く感じられる。

 会話は、もはや生まれることは無かった。互いに、のっぴきならない現実に押しつぶされるちっぽけな存在としての自分をただ恨む。

 

 そして、二人が見た風景は、相手の姿がぽっかりと抜けた、世界の半分。

 

 

―――

 

 

「よし、できた……!」

 

 声が上がった。

 昼にもかかわらず光量の少ない住まいにて、文屋の射命丸文は、文屋らしく紙面に文字を書き込んでいた。手帖に詰め込まれたメモ書きは乱雑で、書いた彼女ですら読解に苦心していたのだが……、ようやく完成したようだ。インクがにじまないようにして、丁寧に日向へ持っていく。

 その題名は……「必見! 幸運を呼ぶファッションカラー」。早見表には、「赤○」「紫×」とある。雛から情報の対価として得た「赤」いリボンを用いるだろうことは明白だった。さて、今回彼女のねじくれた悪意の犠牲になるのは誰になるのだろうか。

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