人間と妖怪が対等な世界、幻想郷。古今の万物が皆我が物顔でのさばる世界。それゆえ、雛は人間たちとの特殊な関係を太古に築き上げ、そして今、その身を人間との関係をもって滅ぼそうとしている。いや、滅びるのは関係そのものだろうか?
どちらにせよ、それは彼女の大親友にとりには無関係なこと。にとりが何を思おうと、ただ友がいるという事実ひとつが消えるだけのこと。だから客観的に感情を排して観ていけば、彼女が「霊力を
そして、退魔の巫女、博麗霊夢にもまた同じことが言えた。村人からの依頼をこなせば金を積んでもらえる。その過程として妖怪一人の存在を潰すまでだ。容易い。
だから、目の前にいる厄神が、どれほど涙を流していようとも関係なかった。そう。何も縁はない。鍵山雛、彼女にだって、もう何も残ってはいない。
空っぽの戦いが、そこにある。
「しびれを切らしたらしいわね、あの里の人たち。私のものにもあなたの噂は届いてた。全く妙なことするものね」
霊夢が言う。背後には十数人ほど、集落からやってきた人々が見える。もちろん、「退魔の瞬間」を見届けるためだ。
今や降り積もった雪は全て溶け、柔らかくあたたかな日差しに包まれる季節となった。春の穏やかな気候に、有終の美を何とか見出したい雛。だから会話も、どことなくぎこちないものとなる。
「あなたに負けることが、どうやら私の最後の厄集めになるのね」
「何? 私が厄……、何だって?」
当然だった。
「まあ、私が他人からどう思われようと気にしたことはなかったけど、なんだか他でもない貴女からそういわれると、ちょっと嫌ね」
そして、会話は途切れる。但し、無音ではない。そこには春という季節に呼ばれた初々しい命が歌い、息づく。その声が聞こえる。会話など、この場には必要の無いものだった。元より二人には直接的な関係はないのだから。
霊夢が、
「そう、こんなもの」
相手を鑑みて、相手の得手不得手を知り、そして相手の隙に攻撃を叩きこむ。それが戦闘の基本原則である。幻想郷に居座っていた鬼たちが考案したそれを非好戦的な雛が知っているはずもなく、この攻撃はただ霊夢に自らの情報をさらけ出したのみであった。
続いて二回目の攻撃が繰り出される。霊夢は地面すれすれを飛行し、いきなり距離をつめる。気付けば、もう正面をとられているかのように思われて、雛は急回転する。遠心力をつけた足払いは、しかし相手が浮遊してる為にあっけなくかわされ、地面から突き上がるようにして向かってくる結界に当たる。大きな隙を見せた雛に対し、霊夢は追撃を喰らわせようとするが、彼女は突如無数のアミュレットを放出しながら回転した。隙を徹底的に排除しての着地に、妖怪退治を専門とする霊夢も少々目を瞠るほどの動きだ。
だが、別段敵の動きが少し良かったからと言って霊夢が臆するはずもなく、さらに結界を張り、攻撃を重ねた。迫りくる霊力の壁に、雛は楔弾をぶつけていくが間に合わない。あえてぶつかることで少しの犠牲を払い、雛は攻撃を繰り出した後に生じるわずかな相手の硬直時間をつくためにスペルカードを放つことにした。
「うっ……、災禍『燎原の厄火』!」
不吉な感覚に、敵の巫女は身を後退させた。ここぞとばかりに雛は回る。そして最大の遠心力をもって、光弾と焔をともした鋭弾による弾幕を張る。回り、弾幕を飛ばす。そしてまた回り、弾幕。霊夢に攻撃がやむ気配はないはずだった。
しかし、今や彼女は雛の背後を取り、霊力強化された幣で一突。受けた雛は地面へ無様に転がっていた。
「今の弾幕、まるで御託を並べまくったようだったわ。まさに内面を映し出すのね。あなたの厄と一緒で、毒のように他人に害をなす――」
じりじりと、雛の身体が震えた。
「私だって、傷つけたく、ない……、私だって!」
今まで一度も表に出さなかった、出せなかった重厚な思いを、とうとう発することができた。もう、たがが外れたように、ほとばしる情を押さえられない。
「わ、たしは、傷つけたくは、ないって……!」
厄と涙で顔を黒く染めても、服が攻撃でボロボロになっていたとしても、せめて一人称が「あたし」になることがないように、きちんと両唇を近づける。
◆
「え……? もう戦ってるってこと」
私だって傷つけたくない。雛が今まで自分だけで抑えこもうとした苦痛と叫びは、大気を揺さぶり河原を急ぐにとりに届く。
「早くしないと……! こんなに、重く、しなければ」
エイと力を振り絞っても、にとりの重荷は思い通りに動いてくれない。当たり前だ。背嚢には新兵器「霊力ジャマー」が入っている。親友、雛が対峙する相手は霊夢で、妖怪退治・異変解決を本業とする幻想郷の中でも傑物とみなされる人物。相手に回すとなればただ単に雛の援護をしても焼け石に水だ。それに、にとりも彼女の気持ちを十分すぎるほどに汲み取っていた。にとりに害が及ばないように苦渋の英断をしたのだから、何も考えずに駆けつけては雛の心を踏みにじってしまうことになる。
「雛、今行くから!」
「待ってて」や、「頑張って」などといった言葉はふさわしくない。陳腐だとか、卑近だとかそういう理由ではなく、単純に失礼だった。全てを背負って闘いに挑む者には、その二語は失礼極まりないものだった。