もう一人の魔竜   作:神信陸

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2話 魔竜と妖精少女

「キャアアアアアア!」

 

 森の中に女性特有の高い悲鳴が響き渡る。

 

「人間。どういう状況か、聞かせて貰ってもよいかね?」

 

 私は──ちょっとばかり後悔した。

 

 三百年ほど前に肉体が竜化してしまい、それ以来人の姿に戻れずにいる。

 

 現在は人目を避けるべく、世界を──大陸を飛び回っていた。

 

 そして少し羽休めをしようと近くに街があるものの、人が通っているような形跡は少なく、何よりも周囲の自然が気に入ったため、森の中に隠れた。

 

 それが大きな間違いだった。

 

 

 今、私の眼前には計五名の人間。

 見つかったこともそうだが何より困るのは私を見て固まられること。そして内二人の親子と思しき少女と女性。この二人が残り三人の魔導士らしき人物らに追われていたことだ。

 

 正直、どうすればいいのかわからない。

 

 私は基本的に人間に協力する気は無く、敵対する気も無い。中立的な立場にいようという考え方だ。

 故にあまり関わり合いたくないと考えている。

 しかし元人間としてこの状況を放置するのは僅かだが良心が痛むし、寝覚めが悪い。

 しかし事情も良く分からぬ内に動けば、私の勘違いか何かで善意からくる行動であっても迷惑をかける可能性がある。

 だから話しを聞こう。そう思って怯えられぬように声を落として、友好的な声色で話しかけたつもりだったのだが······。

 

 

 女性は少女を庇うように抱え込み、魔導士らは全身ガクガクと震えており、腰が抜けたのか、座り込んでしまっている。

 

 まずい。どうしよう。もういっそのこと開き直って脅す感じで聞き出すか。

 

 そう考えて再度声を出す。瞬間、上空を大きな何かが通り、私たちの上に影が掛かった。

 私は──人間たちもだが──首を上に向け、影の主を見る。

 

 そこにいたのは大きな鳥。所謂怪鳥という奴だろう。不思議なことに体に木が生えている。

 

 よくできた幻だな。

 

 周囲の臭いを探ってみれば直ぐそこの茂みに数人分の臭いがあり、その中の誰かだろうと判断する。

 

 しかしそっちの問題は後回しと考えて男女五人組の方へ振り返る。だが見てみれば親子?の二人だけで魔導士?の三人は消えている。視線を少し先に向けてみれば一目散に走って行く三人が見えた。

 

 なんだったんだ?

 

 と私は思ったが、何があったかは残った二人にでも聞くことにする。と、その前に

 

「そこにいる人間たち。私はまだあまりこの状況に追いつけていないのだが取り敢えず助かったよ。礼を言う」

 

 そう茂みに語りかける。語り終えるとこの二人にどう話しを聞くかと思案する。すると隣の方から声を掛けられた。まるで遠慮しているようであるが決して怯えてはいないような声で「あの」と。

 その声に反応して私は振り返る。視線の先には十二、三歳ぐらいであろう少女と、茂みの方に体の半分ほど隠している焦った様子の男三人がいた。

 

「話し掛けられるとは思わなかったな。で、何か聞きたいことがあるのかね?分かることであれば教えてやるが」

「そうですか。それではお言葉に甘えて。えっと、さっき魔導士たちを追い払ったことにお礼を言いましたが、何かあったのですか?そこの親子と関係が?」

「ふむ。その者たちのことは私もよく分からないんだよ。さっきも事情を聞こうと思ったのだが、何分この外見だからね。怯えられてしまったのだよ」

「そうですか。······あの、失礼を承知で伺いますが、もしかして食べようなんて思っていませんよね?」

 

 なにやら考え込むような仕草を取った彼女は唐突にそんなことを聞いてきた。

 本当に失礼だな。

 と、そんなことは置いといて。

 

(ドラゴン)の中には人間を食料としか思っていない者がいると聞いたことはあるが、生憎私には人間を食べる趣味も興味も持ち合わせていないよ」

 

 そう言うと少女は安心したのかホッっと一息吐くような所作をする。

 

 私はこれでいいかと思い、さっきの状況をどう聞くかと考える。

 

 なにか方法がないものか。声を掛けても怯えられず、こうしている中でも怯えている二人をどう安心させるか。

 どうにかできないものか············。

 

「すみません。もう一つ伺いたいのですが」

 

 そう考えている私にまたさっきの少女が声を掛けてきた。

 五月蝿いな。今はそっちに構ってる暇は············あ。あるじゃないか。怯えられず話しを聞く方法。

 

「分かった。聞きたいことには答えてやる。その代わりにそこの二人に話しを聞いて欲しい」

「あ、はい。分かりました。えっと、じゃあ先にそっちを済ませちゃいますね」

 

 そう言った少女は、親子の方に向き直って歩み寄り、話し掛ける。

 その間、私は暇を持て余すこととなった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ふむ。成る程。そこの街。マグノリアといったか、が青い骸骨(ブルースカル)とかいう魔導士の集まりが支配していて、横暴を繰り返しており、逃げてきた。と。

 

 全く、人間は大変だな······私も一応は人間だが。

 

 話しを聞いて真っ先に思ったことが──多分だが──人間としてどうなんだろ。と、思ってしまうことで少しばかりショックを受けてしまった。

 

 まあいい。仕方ないことだろう。

 

「すまなかったな。人間。すぐ助けてやっていればよかったのだがな」

 

 私が謝ると女性は遠慮がちな性格なのか私の気を損なわせないためか、「あなた様は悪くない」と捲し立ててくる。十中八九後者だろうなぁ。あなた『様』とか言ってるし。

 

「人間。そう言えば聞きたいこととは何だったのかな?」

「あの、その前にその「人間」って言うの止めてくれませんか。私の名前はメイビスです。そこにいるのはユーリ、プレヒト、ウォーロッド。あと、人見知りなので隠れていますが、もう一人ゼーラって娘もいます」

「ん、そうか。分かったよメイビス。あと、それを言うなら私にも名前がある。ノアだ。呼び捨てで構わないよ」

「分かりました。それではノア。貴方は何故この森に居るんですか?」

「そんなことか。何、対した理由ではないよ。この外見だからね。怯えられたり、討伐隊が向かってきたり、ないとは思うけど生贄を出されたりが嫌なんだよ。だから人目を避けようと思って大陸を飛び回っているんだ。今は羽休め中さ」

「羽休め、ですか。人間の勝手な偏見ですが、(ドラゴン)って疲れないと思ってました」

「そんなことはないよ。(ドラゴン)にだって疲労はあるし、無かったとしても三百年も毎日飛び回っていれば、数日ゆっくり休みたいとも思うよ。それに私は──いや、やっぱり何でもない」

 

 

 こんなことを言ったところで何の意味も無い。

 何より信じてもらえるとも思えない。

 

 そんな考えから私は、言うのを止めた。

 

 しかしメイビスは私が何を言おうとしていたのかを気になって仕方が無いというような表情を私に向けてくる。

 居た堪れなくなった私は、この場を切り抜けることとする。

 

「まあそっちの事情は粗方分かったよ。ただ、私はあまり人間たちの事情に首を突っ込むつもりは無いんだ。悪いとは思うが、放っておかせてもらうよ。ただ健闘は祈っておくよ」

「これから何処かにいくのですか?」

「そうだね。と言ってもこの時間帯だと街の人たちに見つかる恐れもあるから、日が沈んで暫らく経ってからだが────私のこと、黙っておいてくれるかね?」

 

 私の問いに全員が──姿は見えず、気配や臭いさえ感じられないゼーラは分からないが──頷いてくれたので、私は満足そうに頷き、「ありがとう」と語った。


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