ロックマンZAX3 亡国機業より愛をこめて 作:Easatoshi
思わず叫んだエックス達の声に反応したのか、コートの男ことキンコーソーダーは立ち止まり辺りを見渡した。
気づかれる事を恐れたエックス達は慌ててその場に伏せ、もう一度生け垣の陰に隠れる。
「(何故キンコーソーダーが居やがる!? あいつアブハチトラズ刑務所に収監されてたんじゃなかったのか!?)」
「(えっ!? それじゃあゼロの言ってた顔見知りかもしれないって言ってた奴の事!?)」
「(ああそうだ! 見間違える訳がねぇ! 懲りねぇ奴でな、何度もとっ捕まえてるからな!)」
「(じゃあ脱獄したのか!? クソッ! これじゃあ何の為ガッツポーズのまま氷漬けにして、刑務所にクール便で送ったのか分からない!)」
「(……本当に氷漬けにして送ったんだ)」
昨日の夜にゼロがそれとなく言っていたが、どうやらエックスは本当にあのキンコーソーダーとか言う手合いを凍らせた事があるらしい。
(なお、氷漬けのキンコーソーダーについて詳しくは、シーズン2『ゴールデンボール』のチャプター4辺りを見て頂ければと思い、ここでは割愛する)
それにしても小声で話しあってみた所で、何故収監中のキンコーソーダーがここにいるのかは分からない。 とりあえずエックスは今の叫び声で気付かれていないか、生け垣の上から頭を覗かせ様子を窺った。
キンコーソーダーにしても因縁のある相手の声だけに少しばかりは周囲を窺っていたようだが、気のせいとでも思ったのか構わずに、近づきつつあった銀行の中へと入っていった。
「……で、束はカバンを盗まれたって言ってたけど?」
「間違いないよ! アイツが私からカバンをひったくったせいで、無一文で帰る手段もなくなったんだよ!」
「成程な……で、何でキンコーソーダーの奴、犯罪者の癖に堂々と銀行に来てやがるんだ?」
ゼロは束の話から引っ掛かりを感じていた。
「ISの生みの親の持ってた鞄って事は、中には普通じゃないものだって入ってたんだろ? 何が入ってた」
「……正直ぶっちゃけるとね。 財布に工具とか、後は発表してない新型ISの設計図とか……」
ゼロの問いかけに対する気まずそうな束の答えに、エックスは驚愕する。
「中々にまずい代物盗まれてるじゃないか! まさかキンコーソーダーは知っててそれを!?」
「ISは俺達含めてあまり知られてないマイナーな代物だ。 セコいひったくりやってるようなイレギュラーが、知って狙うとは思えねぇな。 恐らく偶然だろう」
ISをマイナーと言ったあたりで、束は少し不貞腐れたような顔をするが、ゼロはかまわず言葉を続けた。
「ま、奴自身がそれの本当の価値を理解するとは思えねぇから、少なくとも関係者に裏ルートを通して売りさばいてそこそこの金にしちまう筈だ。 ……そんな汚い金を持った男が、自分で銀行に足を踏み入れて真っ当に利用するとは思えねぇ――――」
身の上の宜しくない男が銀行を訪れる事自体が怪しい。 些か論理の飛躍も入っている気がしなくもないが、あの前科持ちなら有り得ない可能性ではない。 そう言って締めくくろうとした瞬間だった。
――――銀行の中からガラス張りの玄関さえ震わせるような、銃声と職員や居合わせた客の叫び声!
「えっ!?」
「まさかっ!?」
「クソッ!! 当たっちまったかッ!!」
ゼロの嫌な予想を裏付けるように、店舗の周辺にいた通行人が一斉に逃げ惑う。
店内ではガラス越しに、懐から取り出したであろうショットガンの様な銃器を振りかざしながら、大層な剣幕で銀行内の人員を脅していた。
カウンターの職員は両手を上げて後頭部に回し、客は頭を押さえてその場に伏せていた。 それをキンコーソーダーが銃器をつきつけ壁際に押しやろうとする。 間違いない、たった今銀行強盗が発生したのだ!
苦虫を噛み潰したように顔をしかめながら、突き刺すような視線を店内のキンコーソーダーに送る2人。
「なんて事を……!!」
「あの野郎、俺達が見てるとも知らずにいい度胸だな……もう一度刑務所に送ってやるぜ!! 」
大胆不敵な懲りないイレギュラーを懲らしめようと、エックスとゼロは互いに顔を見合わせて無言で頷くと、生け垣を乗り越えて行こうとした。
「ちょっと待ってエックス! まさか止めに入るの?」
しかし、唐突に束に声を掛けられ生け垣を跨ぎかけた片足を再び戻し、声をかけてきた彼女の方へと振り返った。
「当たり前じゃないか! 銀行強盗だぞ!? 罪もない一般人が巻き込まれてるのに!」
「しかも過去に俺達が捕まえた奴だ。 脱獄までしやがって、放っておけるか!」
疑問を投げかけてきた束に対し、至極真っ当な反応を返す2人。 いくら日頃超法規的な手段さえ厭わない部分を見せているとは言え、彼らは曲がりなりにもイレギュラーハンターとして、平和を愛し悪を憎む心は持ち合わせている。
目の前でイレギュラーが、それもある意味因縁の相手が狼藉を働いているのを見て止めに行かない理由はない。
ATMを不正操作しようとした先程の振舞いも鑑みて、怪訝な眼差しを束に向ける。 しかし彼女はそんなエックス達に対してこやかに笑いながら、こう囁いた。
「ふと思ったんだけどね。 いっそキンコーソーダーって奴の味方の振りして、ひとまずは強盗を成功させてもいいんじゃないかなって」
にこやかに切り出した束の提案は、正に悪魔の囁きだった。
「たった一人で銀行なんか攻め込んでも、アイツどうせすぐに警察に捕まっちゃうよ。 そうなるとお尋ね者の私を連れて警察署には入れないし、鞄の在処を聞き出せなくなっちゃう」
「……ふざけないでくれ。 鞄ぐらい留置所に入れてからでも聞き出せるじゃないか」
「それと銀行強盗を成功させる事と何の関係があるんだ?」
そう、鞄の在処を吐かせるだけなら、堂々とイレギュラーハンターの権限でキンコーソーダーを確保し、人目を気にするのなら当局に引き渡すまでに鞄の在処を吐かせれば良い。
しかしそれでは束自身が納得しなかった。 唯我独尊かつ奔放に生きてきた彼女にとって、自分を馬鹿にしたクラブロスの銀行を救ってやる気など更々なかった。 中にいる職員や利用客の存在など至極どうでも良く、むしろ痛い目に逢わせてやりたいとさえ思っている。
その上で、自分の鞄をひったくって迷惑をかけてきたキンコーソーダーも、キッチリとカタに嵌めてやりたくもあり、それらを全ての条件を満たした上で行動させるには、一度強盗を成功させつつ逃亡先でキンコーソーダーを始末する段取りを取らせたかった。
当然イレギュラーハンターの彼らは反対する。 現にこうして束の囁きに乗ってこない辺りからもそれは間違いない。
しかし彼女にとってそんな事は承知の上だった。 束は知っている。 エックス達を自分の思い通りに操る方法を。 たったの1日も時間を共にしていないが、彼らをその気にさせる魔法の言葉は耳に焼き付いていた。
故に彼女は、彼らを煽るようにその言葉をあえて口にする。
「関係大ありだよ! あんな人の事をブルマとか言って馬鹿にするような蟹の銀行なんか、一度痛い目を見た方がいいと思うな☆」
――――禁句を口にしたその瞬間、周囲の気温と共にエックス達の表情が凍り付いた。
「(……あれ? 流石にマズかったかな?)」
表情の消え失せたエックス達を見て、流石の束も内心焦りを覚えた。 しばし沈黙に包まれるが、真顔のエックスが口を開く。
「束……君って
震える唇から出てきた掠れるようなエックスの声。 敢えてエックスの気にしている事を言って煽ってみたが、単にエックスの神経を逆撫でしただけだったのだろうか?
否。 エックスは束との距離を詰めると彼女の両手を取って叫んだ!
「正にその通りだよ! よく言ってくれたね!」
「ファッ!?」
それは満面の笑みだった。 アウトローの極みの様な彼女の提案に怒るどころかむしろ褒め称え、焚きつけた束自身が度肝を抜かれてしまう。
「フッ、恐れ入ったぜ……天才科学者だけのことはあるな」
「ファーーーーーーーーッ!!!!」
ゼロも腕を組み、目を閉じて綻ばせながら頷いていた。 言いくるめとしては予想以上の大成功に、遂に束は叫んでしまった。
「そうだよ……キンコーソーダーの事で頭一杯で悪口言われてたの忘れてたよ。 俺とした事が!」
「まったく俺達らしくもない。 思い出させて感謝するぜ! 束!」
「(分かってたけど何なのこいつら!? いくらなんでもチョロ過ぎるッ!! やっぱ束さんの事神輿に担いでるだけなんじゃ!?)」
あっさりと意見を翻す彼らの態度に、束はそこはかとなく不安を覚えた。
自分自身も悪口を言われただけでクラブロスを陥れてやろうと思った口ではあるが、先程まで義憤に駆られていたにも拘らずあっさり意見を翻す彼らに対し、逆に舞い上がった振りをして罠に嵌めてくるつもりかと束は勘ぐった。
昨晩の夜食の時に抱いた疑問が再燃し、彼女は確かめずにはいられない。
「エ、エックス……ゼロ……? 言っといてなんだけど法より私情を優先すんの!? 本当にいいんだね!? 本当に
焦るように真意を問いただす束に、2人は口を揃えて言った。
誇らしげに宣言する彼らに対し、唖然とする中で束は再認識した。
「(ああ、清々しいぐらい自分本位なんだコイツら……どこまでも!)」
彼らが動く理由……それは正義とか平和を愛する心は確かにある。 だがそれよりも、自分がバカにされたかどうかという身も蓋も無い判断の方がなお重かった。
自他共に認めるプライドの高い束であるが、エックスやゼロの単純さの前には大分マシに感じられた。
「はは、はははは! 面白いよソレ! こうなったら徹底的にやっちゃおうか!」
束の腹の底から変な笑いが込み上げる。 完全に乗り気である事を見せつけられた以上、最早彼女の提案した銀行強盗の案を取り下げる理由はなかった。
ちなみに束の提案には裏があり、無論これについてはエックス達には言うつもりはないが、強盗を成功させるのは単なる嫌がらせだけではなく、キンコーソーダー達に奪わせた金品を横取りする目的もあった。
「(慰謝料として金品は束さんが頂いておいてあげるよ! ……そのついでに)」
束は色めき立つエックス達を流し見ながらほくそ笑む。 エックスやゼロについては
単純で扇動しやすいのは助かるが、同時に重大なリスクでもある。 現に彼らと一緒にいる事によって、彼女の思い描いた計画は随分軌道修正を強いられたのだから。
これから先もそういう事が起きる可能性は否定できない。 なるだけ早く彼らとはおさらばを決め込む腹積もりでいた。
そんな彼女の意図など露知らず、エックスは早くも強盗をひとまず成功させる算段を立てていた。
「よし! まずは変装だ! 店内の人質は勿論、キンコーソーダー自身にも気づかれるとまずいからな!」
「服とかなら土産に色々買ってんだ! 変装なら俺に任せておけ!」
ゼロは一緒に持ってきていた旅行鞄を開け、中を漁る。 当然中身については、先程銀行の前で確認した通りアダルトグッズにまみれていた。
「……しかしなんだ、買うなとは言わないけどやっぱり多いんじゃないかな?」
「かもしれねぇ……10万円分はちょっと買いすぎたかもな」
冷ややかなエックスの視線に今更ながら少し後悔するゼロだが、めげずにカバンの中を探ってそれらしい服を探す。
「あれでもないこれでもない……」
適当な物を見繕っては取り出して側に次々と置いていくゼロ。 エックス達のカバンから出てきた服を見て、束は思わず首を傾げた。
彼らのステレオタイプに満ち溢れた日本のイメージを象徴するかのように、彼らの鞄に入っている服はいずれも舞台の上で歌舞伎役者なんかが身に着けるような、色彩が強く派手な装飾のあしらわれた和服のような物が沢山詰まっており、道行く人の着るような普通のファッションなどは全く見当たらない。
用途を尋ねられると困るような服を前に、束は尋ねてみた。
「……それ何に使うつもりで買った服なの?」
「え? 普通に日本で着る普段着のつもりだったんだけど? 何故か笑われたからとりあえず着ずにしまってたけど……」
「……束さんが言えた台詞じゃないけど、もうちょっと周り見ようよ」
「?」
疑問符を浮かべるエックスに、束は眩暈がする思いで額を抑えた。 こんな派手な恰好、和服が普段着として着られていた明治以前だって層々着られやしない。
だというのにゼロが取り出す服は明らかに鞄の許容量を超えても尽きる事も無く、出てくる服と言えば先述の派手な着物ばっかりだった。
「(変装って言ったって、もうちょっとまともなのないの? ああもう……こんなの待ってたらあのひったくりに逃げられちゃうよ!)」
遂に痺れを切らした束が、苛立ち紛れに既に取り出されていた服をその辺の茂みへ放り投げ、鞄を漁るゼロに強引に割り込んだ!
「もういい私が探す!! 変な服ばっかり出して待ってられないよ!!」
「っ!? おいバカ止めろ!」
「バカって言うな!」
割り込まれた側のゼロは束を止めようとするが、彼女はゼロに抑え込まれながらも鞄の開け口に腕を突っ込んで漁る……それがいけなかった。
「ハンチング帽だってあったし、ちょっとぐらいまともに着れそうな物ぐらいあるでしょ――――」
束が鞄の中で何かを引っ張った時、事件は起きた。
鞄の開け口から突如、詰め込んだ服が白く染め上げられながら突如噴出した!
「うわっ!? 一体何これ――――ヴォエッ!!」
共に白い煙が噴き上げられ、巻き込まれた束が嘔吐する! エックスとゼロは噴き出されたガスを見て唖然とした表情を取ったのも束の間、彼らもまた噴出したガスにたちまちの内に飲まれた。
「こ、これはダグラスの仕込んだ催涙ガス!? おえっぷっ!!」
「束の奴やりやがったッ!! げろっちょッ!!」
わざとらしいリアクションと共に彼らも目や喉元をやられ、地面に突っ伏した。
白く着色されたガスは彼らの全身さえも白く染め上げながら、猛烈な勢いで拡散して周辺にいた公園の利用客すら巻き込んだ。 地面をのたうち回ったり、嘔吐したり泣き叫びながら走り回る者もおり、事情を知らない人々にとってこの上ない迷惑だろう。
「ゲホッ! ゲホッ! ぶええええええっ!! な、何でただの旅行鞄に催涙ガスなんか……!!」
目と鼻と喉の粘膜の焼けるような痛みに苦しみ喘ぐ束。
が、だからと言って催涙ガスの刺激について全く受け付けないと言われればそんな事はなく、ましてやただの旅行鞄からガスが出るなど思っておらず無警戒で、その上至近距離から顔面に直接浴びればやはり苦しいものは苦しいのであった。
「た、束……こっちだ……!!」
あまりの痛みに呼吸困難に陥りそうだったが、すぐ近くから聞こえてきたゼロの声と共に腕を掴まれ、強引に引っ張られては肩を回された。
何とか立ち上がるも足を引きずられるが、目の痛さに束自身は瞼を開けられず周辺の事についてはさっぱりであった。 しかし口や鼻に触れる空気から刺激がなくなり、すっきりとした事からガスに包まれた範囲からは脱出できたのだろう。
「ゲホッ!! ゲホッ!! 痛いっ!! もう最悪っ!! ゲホッ!!」
「ク、クソッタレ……勝手に人のカバン漁るからだろ!!」
「で、でも助かった……このガス緊急回避用だから効力は直ぐに無くなるんだ……ほら……ガスが晴れてきた!!」
エックス曰く効果はすぐに無くなると言っており、彼女自身についても体つきが『少々特殊』と言う事情もあって大抵の毒物については免疫がある。
その為、ガスの効力が切れるにつれ高い回復力も相まって、顔中に突き刺さるようだったガスの刺激が薄まっていき、まだぼやけてはいるが視界も回復しつつあった。
視力が元に戻っていく中、束の目に映り込むは驚愕の光景だった。
「……真っ白」
ガスのぶちまけられたエリア……それはペンキと言うか小麦粉と言うか、白と言う白で塗り固めたように白亜に染め上げられているのを見た。
他の人に担がれ避難を果たし、離れた所で介抱されるガスの巻き添えを食ったと思われる人々も、ガスを噴き出した鞄も飛び散った衣類も草木の茂みも、全てが白くなっていた。
そして――――
「「……俺達の全身もだぞ」」
エックスとゼロも互いに顔を見合わせるが、その姿は色彩を全て抜いたかのように真っ白で、特に顔面はバラエティ番組で白い粉をぶっかけられたかの如く笑える程に白くなっていた。
束はそれを見て、恐る恐るポケットから着色を免れた手鏡を取り出し、自分の顔を覗き見た。
そこには往年の刑事ドラマばりに絶叫する、白い束がいた。