ロックマンZAX3 亡国機業より愛をこめて 作:Easatoshi
第18話
臭い汚い暗い、嫌なKが三拍子揃った下水道を長々と歩き、ようやくマンホールの蓋を開けて地上へと戻ったエックス達。 出た先は大通りの真ん中ではなく、人の気配のない大きな建物の裏手にある駐車場のようだった。
都市特有の特別おいしいとは言えない空気だが、鼻が曲がりそうな汚水の臭いに比べれば遥かに快適な空気を肺に吸い込む束。
残念ながら陽の光については、外は既に暗くなっていて浴びる事は叶わず、彼ら3人を出迎えてくれたのは街灯の光だけであった。
「やーっと……りんくうタウンまで歩いてこれたね」
「位置取りが正しければ、ここはショッピングモールの敷地内だろう」
深呼吸をしながら、腕や首を回してコリをほぐす束。 何食わぬ顔で歩いて駐車場内を歩いていくと、正門らしき場所が見え――――
「……あれ?」
数時間ぶりに見た地上の風景に、そこはかとなく違和感を覚えた束。
門越しに見える太陽の沈みかかった海岸線、海の上に浮かぶように建設された関西国際空港の滑走路、そして……右手に見えるは鉄道と道路の二段重ねとなっている空港への連絡橋。
「りんくうタウンって連絡橋の最寄りの街だったよな?」
「ちょっと通り過ぎたにしては、えらい離れてるな――――」
3人は背後を振り返った。 大通りを挟んで海に面した立地に合わせているのか、高層ビルながら所々にアジアンリゾートを思わせるような、南国の植物や
「グランリゾート『
ゼロが、ホテルの入口の上に設置された名前の彫刻を読み上げる。 シャムとついていると言うだけあって、成程確かに南国を意識させる造りだ。
「……すぐ側にショッピングモールはあるな。 ほら」
そして確かにショッピングモールはあったが、それはホテルの右隣に大通りに沿うような横に長い造りであり、それ用に別個の駐車場が設けられていた。
エックス達はてっきり、りんくうタウン付近で地上に出たと思っていた。 しかし彼らの記憶の中にある、洋風の伝統建築を意識したりんくうタウンのショッピングモールとは大きく意匠の異なる、至って都会的な雰囲気を漂わせていた。
「あっちにも名前が書いてあるぜ。 泉南……泉南だと!?」
「思い出した! ここりんくうタウンより南側にある地域で有名なホテルじゃないか!! 歩き過ぎた!!」
「ちょっとどころか数駅分離れてるじゃない!!」
りんくうタウンよりも南側に位置する泉南地区。 りんくう大通りに面したリゾートホテルと巨大ショッピングモールのタッグは、関空を入国の拠点として利用する観光客向けのパンフレットにも載っており、エックスとゼロはそれを今になって思い出した。
どうやら直接連絡橋付近の街のショッピングモールから地上に上がるつもりが、うっかり通り過ぎてしまったようだった。
大体の位置取り自体は間違っていないければ、乗り換えの手間は増えれど電車に乗って移動する点は変わらない。 しかし鼻が曲がりそうな臭いの中を、必死で我慢して歩き進んだ結果がまさかの通過となっては、流石の3人も少し心が折れてしまった。
「なんか一気に疲れたよ……本当はさっさと飛行機乗って大阪離れた方がいいんだろうけど……一気に気力削がれた」
「……仕方ない。 今日はもうこのホテルで休むとしよう」
今頃警察に確保されているであろうキンコーソーダーについては、あくまで『イレギュラーハンターとしての任務の一環』で捕まえたのだから問題は無いだろう。 大事を取りここは急がば回れの精神で休憩する選択を下す。
それにこれだけ大きなホテルなら、何かしら一室くらいは空いているかもしれない。 エックス達はまばらにいた他の観光客に紛れ、堂々と中に入っていった。
自動ドアの開いた先は軽く見て10階分は吹き抜けの構造となっており、軽快なトロピカルなBGMの掛かる洋風の大理石のロビーに、所々アジアンチックな装飾が入り混じった、本当にシャムことタイ辺りの高級ホテルにやって来たかのような雰囲気を漂わせた。
大きなサングラスをかけた丸刈りのホテルマンが、エックス達を出迎えた。
「ウイィィィィィィィィッス!」
「「「!?」」」
右手を上げ大きな掛け声を上げるホテルマンに、エックス達は揃って身じろぎした。
「どうも、『
「な、なんか威勢のいい……? ホテルだね?」
ホテルの従業員と言うには砕けた口調で、挨拶するホテルマンに軽く圧倒される束。 足を止めず彼らを軽く見流しながら奥に見える受付の前に立つ。 受付前には他の客は見当たらず、応対の為にカウンター越しにいる係員もまた、一様に丸刈りにサングラスと言う出で立ちであった。
「ウイィィィィィィィィッス! どうも、『
そして彼らも同様に砕けた口調だった。 このホテルの接客マニュアルはどうも変わっているらしい。 変に元気な対応にエックス達は引き気味になりながら、受付に空き部屋が無いかを尋ねてみた。
「いえその、急な用事で……2人と1人か、せめて3人一緒で泊まれる部屋を探してるんですが」
「あー」
受付の男はパソコンで空き部屋が開いているかをチェックすると、エックス達に渋い顔をして切り出した。
「えーとですね、まあ当ホテルの空き部屋の、えーっと利用状況を調べたんですけども、ほんでーまぁ軽く見てみたんですけれども、空き部屋は一室も空いてませんでした」
「えっ」
「一室くらい空いてるやろうなーと思ってたんですけども、残念ながら空き部屋0室という形で終わってしまいました。 はい。 なんだろう。 なんで満室何でしょうかねー?」
「私が知るか!!」
「「何だこのホテル?」」
ホテルの受付にしてはかったるい受け答えに束は怒りの声を上げ、エックスとゼロは互いに顔を見合わせて辟易した。 こちらにそっちのホテルが何故満室かなどと話を振られても、そんなのはこちらの知った事ではない。
とにかく部屋をとれなかった3人は受付から少し引き返し、これから先の事を話し合う。
「参ったなあ、泊まれる部屋がないのか」
「近場にはここ以外にホテルはねぇぜ? 北まで行ってりんくうタウン付近で探すか?」
「ええ? やだよめんどくさい! 今日はもう動きたくないからここで泊まるって話でしょ!?」
確かにその通り。 しかし現実問題、予約が埋まっていて空いている部屋が一つも無いというのではどうにもならない。
束は2人の肩を寄せて、小声で相談してみた。
「いっそ隙を見て予約リスト改竄しちゃう? 私またハッキングするよ?」
「それこそ無理あるだろ……端末は受付係用の物しかないみたいだし、またバレたらどうするつもりだ?」
「……だよねぇ――――ん?」
束はホテルの受付係から何やら視線を感じたような気がした。 振り向くとサングラス越しで分かりづらいが、目線は間違いなく束に注がれている。 一体相手は何を見ていると言うのだろうか――――
怪訝な眼差しを返しながら相手が何を見ているのかを考え、そして思い当たったのは自身の胸の谷間だった。 束のドレスはデザインの都合上、見事なまでに谷間が見えるような胸元の切れ込みがある。
この眼差しには身に覚えがある。 そう、どこぞのバスターの立派な復活のハンター様のような、不埒と言うにはあまりに堂々とした熱い視線
束は思わず露出していた胸の谷間を隠すと、受付係はむしろ親指を立てて軽く笑ったようだった。 実質答え合わせな反応だった。
男は皆こんなものかと彼女にしてみれば辟易しかできないが、同じだと言うのなら……ふと何かを閃いたように一瞬真顔になると、口元を吊り上げて胸元を隠していた腕をどける。
「やっぱり素直に関空を目指すべきか――――どうした束?」
急に挑発的な視線で再び受付に足を進めだす束。 そんな彼女の様子に話し合っていたエックスとゼロが会話を止めて、彼女の行動を注視する。
「んー、何だか情熱的な視線に当てられて、私の身体も火照ってきちゃったなぁ――――あー、暑い」
「!?」
意地悪な笑みを浮かべながら大声でわざとらしく、見せびらかす様に胸の生地を引っ張り上げ、見えそうで見えない角度で相手の注意を引く束。
彼女は自分の魅力に気付いているのだろう。 ゼロにそうしたように色仕掛けで迫る束だが、効果は
「私に熱い目線を送ってたのは受付係の人かな? 悪くないよねぇ。 これでもし一部屋空いてたら、ここで泊まって一緒に『休憩』できたかもしれないのになぁ。 残念だなぁ」
これ見よがしに視線を送りながら相手の出方を窺う束。 受付係は男の夢がいっぱい詰まった束の胸に視線を奪われ、誘われるがままにすぐ隣のパソコンを触りたそうに右手を震わせる。
だが、キーボードを押しかけた震える右手を強く握りしめ、今にも超えそうだった一線を踏みとどまった。 男は手持無沙汰な右手を納めると、不敵に笑って束に告げた。
「まっ、ちょっとなんでしょうかね。 美人のお誘いは残念ですが、自分はこれでもプロのホテルマンですんで、見事なおっぱいは残念ですが空き部屋は用意できません!」
「――――え?」
どうやら仕事に対する姿勢については、れっきとしたプロであったようだ。 束は当てが外れた事に思わず間抜けな声を上げた。
「自分は誘惑なんて流されないけどね、なんたって自分は紳士でありプロだから? ……俺に惚れたらダメだで?」
「惚れるか!!」
誘惑に堕ちかけた状況から立ち直り、寧ろあしらうまでの受付係の対応に、束は逆上した。 すかさずエックスが仲裁に入り、彼女を引っ張ってエックスの方に向き合わせた。
「やめないか! あれが普通の対応なんだよ! ま、ちょっと怪しそうだったけど……誘惑に簡単に屈するのはゼロぐらいだ!」
「ううっ……そりゃそうなんだけどさ……なんかこれじゃ私の方がバカみたいだよもう!」
「失礼な! 俺は屈してるんじゃなくむしろ食いに行っているんだ!」
「結局釣られてるだろ!!」
束の誘惑を跳ね除け、宿泊を楽しみにしている予約客からの信頼を選んだ受付係。 ちょっと下心には正直である以外は至極当然の反応なのだが、束は腑に落ちない気分であった。
単に判断基準を、どこぞのイレギュラーハンター2人組に無意識に合わせていたからなのだが。
「……押しが甘いからだ束、半端な事はするな。 己に忠実な男たるもの、チラ見せ程度じゃそうそう動かねぇぜ?」
気落ちする束に対し、見かねたゼロが束に助け船を出す。 不敵に笑いながら彼女の肩に手を置いて、受付の男に共に一歩歩み寄る。
「フン……ちょっとのお色気じゃ折れねぇアンタの
そして次の瞬間、束の胸元を覆っていたドレスの生地を一気にずり下げやがったのである!!
「えっ――――」
見事なまでのパイオツを晒された束は真顔のまま硬直する。 受付係どころか周囲の客もこちらの様子に気づいたのか、すんばらしいたわわな白い果実に一斉に目を奪われた。
突然の出来事にしばし沈黙が流れるが、それを破ったのは受付の男の拍手だった。 そんな彼につられるように周りの男性客も賛辞を惜しみない拍手を送る。
この間、束はわが身に起こった状況を理解できず完全に硬直していた。 眼差しからは完全にハイライトが消えてしまっている。
両手を上げて束を称賛するゼロに、男性達の大歓声とそれを冷めた目で見つめる女性達。 歓喜と軽蔑の入り乱れるムードを、一人の男が終わらせにかかる。
「男の夢を体現したこの女に惜しみない拍手ヴォッ!?」
ゼロの首を、エックスが問答無用でへし折った。 これには一同、完全に凍り付いた。
固まったまま動けない束に代わり、ずり下げられたドレスの生地をすかさず戻し、エックスはにこやかに受付の男と向き合った。
勿論エックスの目だけは笑っておらず、受付係は目を合わせると一瞬肩を震わせた。
「大きなおっぱい夢いっぱいっていうのは正しいかもしれない……でも、彼女はそんな夢を安売りするような無粋な真似はしないんですよ」
エックスは折ったゼロの首を羽交い絞めにしたまま、受付に顔を近づけてゆっくり迫る。 青ざめた笑顔をありえない方向に曲げたままのゼロと相まって、醸し出されるは有無を言わせぬ威圧感。
「つきましては、彼女のくれた幸せに対してどう報いるのか、貴 方 方 の 考 え を 是 非 お 聞 き し た い の で す が ?」
「おい、それってYO! ただの脅迫じゃんか!」
「いやだなぁ、脅迫なんてとんでもない――――」
「もしもし!? ああなんだって!? え、急な仕事が入った!?」
主にゼロが原因であるが、身を切った束の為に報いてやって欲しい。 覇気を漂わせながら受付係にお願いしていた時、突如周囲にいた客の内の1人が、電話を耳に当てながらそそくさと受付に駆け寄った。
これにはエックスや受付係も思わず隣を向き、別の受付係の前に立つ男性客を気の抜けた顔で眺める。
「しょうがないな! ホテルの予約キャンセルするしかないな! いやいや残念だなー!」
急用が入って止まれなくなったとこれ見よがしに大声を出しながら、受付で部屋の予約をキャンセルする手続きに入る男性客。 まるで顔色を窺うようにしきりにこちらをチラ見しながら、別の受付係に掛け合って手続きをする。
「ああ忙しい! 今からでも仕事に向かわなきゃなー! 折角の休暇だったんだけどなー!」
そして嫌に力強い足取りで受付を去っていく。 ……良く分からないが、とりあえず今一部屋空いたようだ。 エックスは入れ替わりでチェックインできるか尋ねてみた。
「で、今空いた部屋って3人泊れますかね?」
「……えー、811号室のロイヤルスイート『ゾット』となっとります。 宿泊者3人問題なさそうなので、今回は幸せ料も考慮して料金0円でチェックインの手続きさせていただきます!」
受付係は811号室の鍵をエックスに手渡した。 エックスは威圧感たっぷりではなく、本心からにこやかにスイートルームの鍵を受け取った。
「ありがとう! ……さ、今日はもう部屋でゆっくりと休もうか」
エックスは片腕でゼロを絞めながら、放心したままの束の背中を押して客室フロア行きの、ガラス張りのエレベーターを目指した。
ああ良かった。 恥を忍んで? 胸を晒した束の覚悟を汲んでくれた理解ある人達のお陰で、よもやスイートルームをご厚意から無料で止めてくれるとは思わなかった。
溢れんばかりの親切心に、エックスはとても感謝しながら3人でエレベーターへ乗り込み、扉が閉まると同時に下に遠のいていく人々を見下ろしていた。
そんなエックスと目が合った、ロビーにいた大半の人々がエックスの姿が見えなくなるまで固唾を呑んで見守っていた。
「……他のお客様を守るのも仕事ですからね。 仕方ないですね。 仕事というのは大変です、生きるということは大変ですねほんま」
ついついタダでチェックインを済ませた受付係が、8階行きのエレベーターの中に姿を消す3人をなだめる為にはやむなしだったと、そう自分自身に言い聞かせるように一言漏らしていた事など、当然エックスは知る由も無かった。
その後、部屋を目前にして遅れて正気に戻った束の涙の絶叫が、ホテル全域にこだました。