ロックマンZAX3 亡国機業より愛をこめて   作:Easatoshi

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第35話

 眠りから覚めた束を出迎えたのは、柔らかく身を包み込む温かなベッドと、ホテルを思わせるような絨毯引きのされた豪華な一室。 ベッド脇には透明の液体が詰まった袋とチューブが下げられ、壁に掛けられたカレンダーには、あの忌々しい飛行機墜落に巻き込まれた日から3日が経過したに付けが記されていた。 

 そして、部屋の入り口と思わしき扉のすぐ隣にある、バスルームと思わしき部屋から一人の少女がゆっくりと出てきた。

 

「あら、やっと気がついたのね?」

 

 少女はレプリロイドのようだった。 全体的に丸く柔らかなフォルムで、ベレー帽に赤と青を基調とするスカートを身に纏い、長いダークブラウンの髪を腰の後ろ辺りで一本に縛る、どこか可愛げのある顔立ちをしていた。

 濡れタオルが浸された、水の張った洗面器を持っている。

 

「良かった。 命に別状は無いって聞いてたけど、丸3日間も寝ていたから少し不安だったわ」

「ここは……?」

 

 目覚めたばかりのたどたどしい言葉で訪ねる束。 少女は優しくはにかんで答えてくれた。

 

「IS学園の学生寮よ。 数日前の飛行機事故で校舎は大変な事になっちゃったけど、寮の方は無事だったから、怪我をして気を失った貴女をこの学園で保護しているの」

「……ああ……そうなんだ」

 

 束は合点がいった。 どうやら自分はあの事故の直後、完全に気を失ってしまい、そのまま数日間に渡って眠り続けてしまったようなのだ。 よく見ればヘアバンドやドレスの代わりに病人服に着替えさせられ、怪我をしたと思わしき箇所に包帯と絆創膏が貼られ、腕には点滴の注射がされている事に気づいた。 洗面器を持つ彼女の様子といい、どうやら彼女が看病をしてくれていたようだ。

 

「貴女は篠ノ之博士ね? 私は『アイリス』って言うの。 織斑先生や妹の箒ちゃんからは話を聞かされてたわ。 中々大変な目に遭ったみたいね?」

 う、うん……」

「今回の事、何があったかは詳しく知らないけど……あの2人はうちの界隈でも変わり種で知られてるんだから、軽い気持ちで関わると振り回されるわよ? ……まあ、もう振り回された後なのかもしれないけど」

「うん……かなり……」

 

 少女……アイリスの口ぶりに対し、思い当たる節がありすぎる束はつい言い淀んでしまう。 

 

「まあ、もう事件は収束の方向に向かっているし、貴女も無事に保護されたわけだから、後はここでゆっくりして早く元気になってね? ほら、横になって」

 

 アイリスに寝かしつけられると、彼女は濡れたタオルを取り出して水気を絞る。 包帯の巻かれた束の右腕を取り、丁寧に拭いていく。

 ……体を拭かれながら束は思った。 今までの人生の中で一番壮絶な2日間だった。 正念場と言っても差し支えは無い。 一生分の恐ろしい経験を

 したような感覚が束には合った。 それだけに、何も考えずこうして身の回りを世話してくれている時間に、心の底から安らぎを覚える自分がいる。

 

 そんな静かな空間に、部屋の外から扉をノックする音が割って入る。 アイリスが返事をすると扉は開かれ、複数人の人物が中に入ってきた。

 

「姉さん……」

「全く、やっと目覚めたか……」

 

 絆創膏を頬に張るなど僅かな手当ての痕がある箒と千冬だった。

 

「大丈夫? あんま無理しない方がいいよ」

ヘーキヘーキ! これでも鍛えてるんだぜ……あいてててて……」

 

 その後ろに、あのイレギュラーハンターの仲間と思わしき、黒い少年型レプリロイド……アクセルと、彼に肩を担がれる包帯だらけの一夏の姿もあった。 現れた皆の姿に、束はバツの悪さから僅かに身を強張らせた。

 

「ちょうど今目覚めた所なの。 起きたばかりだから静かにお願いね?」

「分かってる。 感謝してるさ」

 

 アイリスに軽く礼を言って引き下がらせると、千冬は束のベッドの横にある、背もたれのない椅子に腰掛けた。

 

「気分はどうだ? あの酒の場から随分な目に遭ったようだな」

「う、うん」

 

 あの事件が直後だけに緊張する束。 かつてない知人とのコミュニケーションに、そこはかとなく怯えの色が混じっているが、しかしこれだけの騒動を招いてしまったにも拘わらず、千冬は穏やかな表情を浮かべていた。 それは箒やアクセルの肩に担がれる一夏も同様であった。

 

「姉さんのことだから、どうせ例のイレギュラーハンター2人をそそのかそうとして、利用しようとしたんでしょう?」

!! い、いや……それはね……

「だが、そこをつけ込まれて偽者のハンターをけしかけらた。 全く馬鹿者が、本物のエックスとゼロが、強盗を煽って加担するような馬鹿な真似するはずがないだろう」

「へ?」

「後で()()の2人に聞きましたよ束さん。 イレギュラーハンターに化けて束さんを連れ去ろうとする悪い連中と、激しい戦いになってたって」

「……うん?」

 

 束は千冬達IS学園組の話に合点がいってないようだった。 起きたてで頭が回らないと言うのもあるが、エックスとゼロは最初から最後まで紛れもなく本物だった。 本物なのにあんなやりたい放題な行いに衝撃を受けたのだが、どうも彼女ら、未だに同伴していたエックス達を、彼らの名を貶める偽者と信じて疑わないようだ。

 3日も経っているなら、事件の解明は進んでいてもおかしく無い筈なのだが……よく見れば一夏の肩を担ぐアクセルと、後ろに下がったアイリスが互いに目を合わせながら苦笑いをしていた。 同じレプリロイドという事もあるし、特にアクセルの方はエックス達と顔見知りのようであったので、恐らく彼らは何となしにこちらの事情を察していると見ていいだろう。

 して、何かを絶妙に勘違いしている千冬だが、目を閉じながらしれっと束の度肝を抜く話を振った。

 

「それにしても、流石に学園の被った被害は大きいが、死者が出なかったのが幸いと言った所だな――――」

「えっ!? 死者0人!? そんな馬鹿な――――いたたたたた!!!!」

 

 聞き捨てならない千冬の言葉に束はツッコミを入れたが、怪我をしている中での叫びは傷口に響き、痛みに身を縮こまらせる。 これには部屋内の全員がどよめいた。

 

「馬鹿者! そんなに驚くな、傷口が開くぞ!」

「これが驚かずにいられないよ! 少なくとも飛行機の墜落は何人か死んでるでしょッ!

 

 束の疑問に、千冬は目を泳がせた後に答えた。

 

「死んでないのだよそれが。 飛行機に跳ねられたり轢かれて地面に埋まった奴が、軒並み百貫のデブだった。 だから、体の脂肪がクッションになったおかげで、全員擦り傷だけで済んだのだとか」

「んなアホなッ!!」

「僕も何かの冗談かと思ったけどね……」

 

 不自然極まりない死者の出なかった理由を、当然の出来事のように述べる千冬に束が食いつくが、千冬の言い分を肯定するのは乾いた笑いを浮かべるアクセルであった。

 

「手当てをした担当医も驚いていたが、こうも言っていた……「百貫のデブにも五分足らずの魂。 気にしない気にしない」とな」

「それ生き死になんか知ったこっちゃないって言ってるんだよッ!! 本当に助かってんのッ!?」

「何だ束。 突っ込みが板についているようだな?」

「誰かさんのせいで――――いたたたたたたた!!!!」

「だから叫ぶなと言っておるだろう」

 

 痛がる束に対し、一同は苦笑いした。 

 

「アンタとは苦労を分かち合えそうだよ……ハハッ」

 

 今回の件での、彼女の立ち位置を察したであろうアクセルのぼやきも交えて。

 

「冗談はこのくらいにして……姉さん?」

 

 箒は気を改めたように、毅然とした表情で束に向かい合い、言った。

 

「私達に対して、何か言うべき事があるのでは?」

 

 ――――その問いに、束は思考を巡らせた。

 実の妹が何を求めているのか、そして己自身をしてけじめの為に言うべき言葉は既に分かっていた。

 だがこの場で『その言葉』を発するのには、今までの生き方を否定する事になる。 10年にわたって守り抜いてきた心構えを、捨て去る恐ろしさに身が震えているのは事実だ。

 しかし、肩肘を張って身勝手な生き様をした結果が、周りに回って自らの身を滅ぼしかけ、親しい者達を巻き込んでしまった。 それが飛行機墜落に繋がり、死を意識した際に嫌というほど実感した。

 故に束は決心する。 これはけじめだ。 自分の行いを受け入れ、同じ過ちを繰り返すまいとする為の。 その言葉を発するのに随分時間がかかったが、遂に全てを終わらせるたった一言が、彼女の口から飛び出した。

 

「……ごめんなさい」

 

 言った。 この10年間、決して言わなかった心からの謝罪の言葉を、初めて口にした瞬間だった。 自らの悪い行いを謝る。 それだけの単純な話だったのだが、それを認めた時……彼女の心の奥底から、熱い何かがこみ上げてきた。

 

「本当にごめんね……ごめんね皆! 私が、悪い子だったせいで……!!」

 

 既に彼女も限界だったのだろう。 言葉を繰り返すたびに、束の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、しまいには泣き出してしまった。

 

「よく言った……それを聞きたかったよ」

 

 千冬は微笑んで、束の頭に手を乗せ軽くなでてやる。

 

「ごめんね……ごめんね……!!」

 

 嗚咽混じりに謝罪する束の姿は、決して痛々しいものでは無い。 張り詰めた生き方からようやく解放された、温かな涙だった。 これから先、彼女がもはや嘘を嘘で塗り固めるような真似はするまい。 ここにいる誰もがそう思ったであろう。

 

「束様!!」

 

 その時、誰かがノックもせずに大慌てで部屋に入ってきた。 扉に手を置いて呼吸を整えるは、かつての束と同じようにゴスロリ風のドレスに身を包む、瞳を閉じた流れるような銀髪の少女の姿であった。

 突然の来訪者に、束は一旦泣き止むとやってきた少女の姿を見て言った。

 

「……クーちゃん!

「無事でしたか! IS学園の飛行機事故に巻き込まれたと――――!?」

 

 束をして『クーちゃん』と親しげに呼んだ少女は、頬を濡らす束とその他の面々に対し、身を強張らせた。

 

「束様が泣いている……貴方達、束様に何を!?

 

 少女は、目を閉じながらではあるものの、束が今し方泣いていた事を悟り、眉間に皺を寄せた。 表情の変化はさほどではないが、明らかにこちらに対し怒りの感情を向けている事が分かる。

 よってたかって一人の女性を泣かせたのを、咎められるような図に少々気まずい思いをするが、やってきた少女に対し弁明をするのは他ならぬ束であった。 腕で涙を拭い、少女に向き合う束。

 

「待ってクーちゃん! 別に皆に泣かされた訳じゃないの!」

「……?」

「何て言うかその、ちょっと……人生見つめ直した結果って言うか……アレだね。 緊張の糸が切れちゃったんだよ。 うん」

 

 要領を得ないその言葉に、少女は首を傾げる。

 

「……本当に、何もないんですね?」

「うん、自分自身の問題だから……だから皆は悪くないよ。 ね?」

 

 少女からの問いかけに、束はかつてないほどに柔らかく笑みを浮かべる。

 そんな彼女の表情に、人となりを知る千冬達は勿論、やってきた少女も口元に手を当てて驚いているようだった。

 

「束さん、そんな表情出来たんだ……あいてっ!

「何見とれている」

 

 束の温和な表情につい惹かれそうになった一夏の膝を、頬を膨らませた箒が抓る。 焼きもちを妬いているようで、アクセルは軽く口笛を吹いた。

 

「見せつけてくれるねぇ……で、アンタは一体誰なの?」

 

 軽く冷やかしを入れながら、来訪者に対し一声をかけるアクセル。 この面々の中でアクセルだけが、彼女の身の上を知らない。

 

「私の助手だよ。 一緒に世界各国を周っているんだよ」

「『クロエ・クロニクル』です。 ……先程は大変失礼しました」

 

 クロエと名乗った少女は、まぶたを一度も開けず淡々と、深々と丁寧に頭を下げた。 表情の変化が少ない子なのだろう。

 

「どーも。 見舞いって言うか、この人の身の上が心配で慌ててやってきたって感じだったね」

「……そうです。 大きな騒ぎに巻き込まれたと、ご友人の千冬様に聞いて――――」

「あー……巻き込まれたって言うか」

「まさにその中心にいた、と言うかだな……」

 

 アクセルと箒がクロエの心配に言葉を濁していると、千冬が束の背中を軽く叩いてやる。

 

「……うん。 私がついいい気になって、皆に大変な迷惑をかけちゃったって言うのが正しいかな。 飛行機の件も私を追ってきた『亡国機業』のせいで……」

「あの者達が!?」

 

 クロエがベッドに手をついて、束に対し身を乗り出してくる。 束も真剣な眼差しを送るクロエに対し、少し目線を泳がせながら気まずそうに答えた。

 

「撃退はしたけどね……ちょっと手違いがあって……そのまま……」

「伝説のイレギュラーハンター2人に変装した偽者が、あの連中と一緒に束さんを陥れようとしてたんだ。 俺も助けに行ったんだけど、()()()()()()()()()……エンジンに放り込まれちまって……その」

「は、はは……」

 

 一夏と束は頬を赤らめながら、互いに目線を逸らした。 それは言うまでもなく、ゼロにヒン剥かれた胸元を思いっきり見られ、つい鼻血地を吹いてバランスを崩してしまったあの忌々しい出来事だろう。 あれこそが墜落の直接の原因とはとても言えない。

 

「スケベめ……私という者がありながら……」

「ん?何か言ったか?」

「何でもない!」

 

 箒も事情を知った上で、うつつを抜かす一夏に小言を呟くが、注意を払っていなかった一夏は、はっきりと聞き取る事が出来なかったようだ。

 

「まあ、色々やらかした不束者ではあるんだが……結論を言えばIS学園で保護されることになる」

 

 千冬がクロエが聞きたがっているだろう質問に、先んじてざっくりと答えた。 これにはクロエも口元を押さえて驚き、束も内心は驚いた。

 保護の約束云々はエックス達を利用する為の口実で、しかもイレギュラーハンターに身柄を預かって貰うつもりだとも発言したはずだが。 自分が眠り込んでいる内に、エックス達の側で何かの働きかけがあったのだろうか? 疑問に感じていると、クロエが不安がちに今後の束の処遇を尋ねてくる。

 

「失礼は承知の上ですが……束様とて決して潔白とは言えぬ身の上。 保護されるにしても今までの行いに対して、何かしらの責任を負わされる可能性はないのでしょうか?」

 

 心配するクロエに対し頭の中の考えを一端振り払いながら、束はいつになく真面目に、はっきりと覚悟を決めた様子で答えた。

 

「……覚悟はしてるよ。 私も()()()が過ぎた身だからね」

「束様……」

 

 今後のことを思いながら黙り込んでしまう2人。 そんな彼女達に対し、アクセルが会話に割って入った。

 

「なんなら今後の身の振り方でも聞いてみる? ……そろそろアレの時間だし」

 ああアレか……待ってろ、テレビをつけてやろう」

 

 アクセルの言いかけたことを察して、思い出したように千冬がテレビのリモコンをとり、部屋にある液晶テレビの電源をつけた。

 

 画面内の番組はニュースの中継だった。 画面端にあるテロップには、ここと同じIS学園内にある会見場らしく、強盗事件と飛行機墜落事件についての会見を行うと出ているようだった。 ごった返すマスコミ以外はまだ誰も来ていないようで、映写機とマイクの備え付けられた机にパイプ椅子と言った様子が映し出されている。

 

「会見開始は午前11時だから、あと少しだね……お、来た来た」

 

 右上に表示された時刻には10:59とされており、今回の会見を行う面々がやってくると、記者達が一斉にフラッシュを焚く。

 

「!!」

 

 束は身構えた。 画面の中に現れたのは、先頭がエックス、後方がゼロ。

 そして間に挟まれケイン博士と轡木学園長の姿であった。 束はエックスとゼロに対し、身震いをしているようだった。

 

「束様……?」

「可哀想に……偽者にいいようにやられたから、2人の姿がトラウマになってるんだろう」

「そんな……」

 

 束の恐怖する理由を代わって説明する一夏に、に沈痛な面持ちでいるクロエ。 身震いを隠せない束に対し、アクセルは彼女以外の誰にも聞こえない小声で耳打ちした。

  

「えっと、束さん……だっけ? 一緒にいた2人が最初から本物なのは僕は知ってるよ。 一緒にいるアイリスも勿論ね。 その上で一皮むけたアンタだから、尚更よく見ておいたほうがいいと思うんだ」

 

 直視しづらい気持ちは承知の上で、アクセルは敢えて束に番組から目を逸らさないよう促した。

 

「本物の闇の深さという物をね……」

 

 束は戦慄した。 不気味に笑うアクセルの表情からは、確かに底知れぬ本当の闇を垣間見た気がした。

 エックス達が着席して、持参した資料を広げながら時刻は11時ジャストを示す。

 

「――――本日はお忙しい中、お越し頂きありがとうございます」

 

 エックスの決まり文句から、運命の会見が始まった。

 




 遂に会見が始まった……次とその次の回の2話分で今シーズンは完結となります。
 3月中の連載終了を予定してますので、来週土日の30日と31日に再度2本立てで投稿します。 最後までお付き合いくださいな!

劇中通して悲惨だった人物は?

  • 篠ノ之束
  • アクセル
  • クラブロス
  • 亡国機業組
  • シグマとダブル

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