ロックマンZAX3 亡国機業より愛をこめて 作:Easatoshi
ゼロが手傷を負った女性の姿を一瞥するなり口にしたその名前を聞くなり、エックスはゼロの方を振り向いた。
「……あのISを発明した科学者の事かい?」
エックスが問いかけるとゼロは頷き、言葉を続けた。
「自慢の発明のお披露目に『白騎士事件』とか言うドンパチかましやがった女科学者だ。 この面で不思議少女気取った格好してる女なんざ一人しかいねぇ」
「確かに、言われてみれば――――」
ゼロが喋るにつれ表情が醒める様に真顔になるエックス。 2人して女性……篠ノ之 束と呼ばれた彼女に下手人を見るような視線を向け直すと、束は焦りを隠しきれない怯えた顔つきで肩を震わせていた。
ゼロの発した『白騎士事件』とは――――それは10年前に登場したISの盛大な発表会にして、同時に世界中で同時にクラッキングされた各国大陸間弾道ミサイルが、太平洋が日本列島付近に目掛けて一斉に発射されたと言う大事件。
既存のミサイル防衛機構では到底防ぎきれないであろう雨霰の様な数々のミサイルを、テスト機だったIS『白騎士』がたった1機で全てを撃墜したとされ、当機を確保しようとした軍の艦隊を返り討ちにした鮮烈なデビュー。
一歩間違えれば大惨事は免れないその事件を、当時14歳にしてISを発明した張本人、篠ノ之束自らが首謀者であると世界各国に宣言したのだ。
当然そんな彼女は起こした事の重大さから、アメリカ当局に暫くの間監視されていたのだが、数年後には脱走し指名手配されるも足取りを掴めずにいた。
その後彼女は今に至るまで、世界各国の様々なIS絡みの事件を引き起こしたと噂され、世間を騒がせる存在となっていたのだが、そんな彼女をまさか旅行中に確保する事になろうとは、何とも不思議なめぐり合わせであった。
「まさかこんな所でお目にかかるとはな。 さてエックス、どうする?」
「……身の危険は救ったんだ。 とにかく大阪府警に連絡しよう」
怪我をしてすっかり弱っている束を見て、流石にイレギュラーを始末した勢いで強引に捕らえる気にはならなかった。
が、目の前にいるのはいたずらに恐るべき事態を引き起こした張本人。 いくら手負いの天才科学者だろうとそこは見逃せない。
いずれにせよ彼女を保護すると言う意味合いもあり、ここは地元警察の協力を仰いで護送してもらおう。 そう考えたエックスは無線機を起動すべく口元に腕をかざした。
「う……うう……」
エックスが応援を呼ぼうとした時、束の口からか細い声が上がる。 よく見れば彼女の目元は潤んでおり、嗚咽のようにも聞こえていたが――――
「うわああああああああああああああああんっ!!」
目元から涙が流れ落ちるのをきっかけに、堰を切ったように号泣し始めたではないか!
「お、おい何だこいつ!?」
涙を流して大泣きし始めた束にゼロもたじろき、エックスも無線を繋ごうとするのを止めて彼女に駆け寄った。
「何でよおおおおおおおおおおッ!! どうして皆束さんをいぢめるのおおおおおおおおおおッ!?」
「お、落ち着いて! とりあえず落ち着いて!」
「酷いよおおおおおおおおおおおおおッ!!」
少女趣味の奇天烈なセンスの彼女ではあるが、大人の女性がここまで人目を憚らずに大泣きするとは、余程精神的に追い詰められていたのだろう。
肩に手を置いて宥めようとするエックスだったが、涙目で狂乱する束に腕を振りほどかれてしまう。
「落ち着いて篠ノ之博士! 身の安全を確保する為だから!」
「やめて!! 放してよ! 私に乱暴する気でしょ!? エロ同人みたいにッ!!」
「バカな事言ってるんじゃねぇ! お前の胸の谷間とか! 尻がでかいのとか! ちょっと柔らかそうとか俺は全然思ってねぇぞ!」
「びえええええええええええええええええええええええんッ!!!!」
「エロ同人みたいにする気満々だろッ!!」
下心丸出しなゼロの受け答えに、束は余計に不安を煽られこの上ない悲鳴を上げた。 修羅の様な憤怒の表情をゼロに向けるエックスだが、対して何故かゼロは得意げであった。
空気を読む気ゼロな、時と場を全く弁える気ゼロな発言に余計に混乱に陥る現場だったが、それでも何とか宥めつかせようとエックスは懸命に努力する。
「ぐすっぐすっ……お願い……私を、私を捕まえたりしないでぇ……」
「何を言ってやがる。 お前はミサイル以外にも余罪は沢山あるだろ。 悪いが見逃す訳には――――」
「『白騎士事件』なんてデタラメだよぉ!! 警察なんかに捕まったら『亡国機業』に囚われちゃうよッ!!」
「「は?」」
そんな中で、真っ赤に泣きはらした顔を溢れる涙で濡らす束の口から、何やら聞き捨てならない話が飛び出してきた。 エックスとゼロは異口同音に疑問の声を上げた。
「『亡国機業』って、何だっけ?」
「いや知らん。 それにこいつ『白騎士事件』なんて知らねぇって言い始めたぞ」
「えっ?」
今更になって過去に引き起こした事件は濡れ衣と抜かし、聞いた事も無いような組織……なのだろうか? 名前を出してくる辺り、言うに事欠いた故の発言にしか思えなかった。
「おい、この期に及んでつまらん泣き落としが通用すると思うなよ。」
ゼロは険しい顔で、弱弱しく嗚咽する束に詰め寄った。 再び肩を一瞬震わせる彼女だったが、強気で束に迫ったがばかりに余計に泣かさないか、エックスは動向を心配そうに見ていた。
その時、束はここに来て意外な事を口走る。
「……お腹すいた」
「――今度は何だ?」
突如真顔になって空腹を訴える束。 会話に脈絡が見当たらない彼女に、ゼロは顔をしかめながらうんざりしたように呟いた。
「お腹すいたお腹すいたお腹すいたッ!!」
「ちょっ! 何しやがる!!」
束はゼロの両側の二の腕を掴み、大きく前後に揺さぶって半狂乱に叫ぶ。
「ここ数日ロクに食べてないもん!! 手持ちのお金も尽きて水も飲んでないもん!!」
「知るかそんなもん! いいから大人しくしやがれ!!」
「イヤッ!! お腹すいたもん!! 何か食べさせてくれなきゃ泣いてやるもんッ!! びええええええええええええええええええええんッ!!」
ゼロの制止も空しく、駄々をこねる子供のように再び号泣する束。 あんまり大声で泣かれても野次馬がやって来て面倒になっても困るのだが、打つ手なしの状態にゼロは気まずそうにするエックスに目線を向ける。
「エックス、どうするコレ」
「とりあえず――」
「ご馳走様でしたぁ!」
篠ノ之束は口元に食べかすをつけながら、至極満足した様子で両手を合わせた。 うって変わって上機嫌になった彼女をエックスとゼロの2人は苦笑する。
ここはエックス達の宿泊するホテルのすぐ隣にある、深夜帰りの宿泊客を相手取る鉄板焼きの店であった。 古めかしいが清掃は行き届いている漆喰の壁に包まれ、威勢の良い主人を前に熱気立ち込める鉄板と木製のカウンターを挟みながら、所狭しと並べられた丸椅子に談笑する酔った客が座っている、昭和風のレトロな店舗であった。
「数日食べてなかったって言ってたのに、そんなに掻き込んで大丈夫かい?」
「ヘーキヘーキ! 束さんは細胞レベルでオーバースペックなのだ!」
飢えた体に食事を放り込むのは負担がかかる筈だが、全く意にも介さない様子でむしろ満面の笑みを浮かべる束。 顔は真っ赤に泣きはらし、全身ボロボロで痛々しかったさっきまでの彼女の姿が、まるで嘘のように艶やかに輝いて見せた。
心なしか身の着の物も埃や破れ、頭につけている折れてた筈の機械の兎の耳も修復されており、彼女の心の内面を表すかのように清潔な姿になっていたのはエックス達の失笑を誘う。
「しっかし随分食いやがったな。 言っておくがもう打ち止めだぜ」
「ありがとね! 私もお腹いっぱいだから満足だよ!」
心配そうに見ていたエックスが呟いた通り、束はここに来た途端店にあるメニューの大半を片っ端から注文し、鉄板の上に次々と焼かれていく肉や粉物を貪るように食らいつくした。 店にいた全員が少々お行儀が悪くも豪快な彼女の食べっぷりに驚き呆れ、しかし触発されるように注文が相次いだりもした。
そのせいで万単位は残っていた手持ちの金も彼女の食事代に消えた訳だが、当の束は余裕のピースサインを店主に見せつけ、彼女の見事な食べっぷりに圧倒されていた店主も満足げに笑った。
「でも助かったよ。 ろくにモノ食べてなかったから本当に危なかったんだよ」
「どういたしまして。 ……何だってまた、あんなボロボロになるまで逃げ回ってたんだい?」
エックスは各地を飛び回って引っ掻き回している側の立場にある彼女が、疲労困憊した姿で追い詰められていたのか疑問を抱いていた。 すると束は明らかに落ち込み、トーンの下げたか細い声で答え始めた。
「ケンカしてた友達と仲直りしようとしたんだけど、酒の場でうっかり相手を怒らせちゃったの……逃げ回った拍子に酒も回って倒れ込んで、持ってた鞄をひったくられたの。 こんな身の上だから被害届も出せないし……」
「それで街中を彷徨った挙句に、ならず者たちに目をつけられたって訳か」
「で、友達って言うのは誰だ? 何言って怒らせたら店から逃げ出すような事になった?」
ゼロの質問に、束は心底気まずそうに身をすくめて答える。
「ちーちゃん……あの織斑千冬だよ。 どういう身の上か知ってたのに、酔った勢いでうっかりドラゴンボールやキカイダーとか、人造人間系のネタを振っちゃったせいで怒られちゃったんだよ」
「「?」」
その名前にはエックスとゼロは耳に覚えがあった。 織斑千冬と言えば『ブリュンヒルデ』の2つ名を持ち、篠ノ之束と個人的に親交のある名ISパイロットと聞く。
そんな彼女と人造人間なるワードのどこに結びつくものがあるのか、いささか疑問に感じる2人。
「強すぎて人間味がないって言われる事を気にしているとか?」
「分からん。 人間の身の上で作り物呼ばわりされようがどうって事も無かろう。 俺らでも、なあ」
元々レプリロイドとしてのアイデンティティがあるエックス達にしてみても、そもそもが作り物である自覚があるので何故怒るのかは分からない……が、とにかく些細なきっかけで不和を招き、身の回りの状況がこじれてしまったのは確かだろう。
「……とにかく、お前が無一文で今後に不安があるのだけは分かった。 お尋ね者って事もあるしやはり見逃せない。 少し歩けば警察署があるんだ、一緒に行くぞ」
彼女の要求には答えた。 十分旨い物を食わせてやったのだから、大人しくお縄についてもらおう。 本題を切り出そうとしたゼロだったか、束はゼロを流し見てため息をついた。
「……だから、私は本当に悪い事してないもん」
「おい、お前がグズるから色々食わせてやったんだぞ。 そろそろ観念したらどうだ?」
「本当だよ! 束さんは『亡国機業』って組織に嵌められた上に、この天才的頭脳を狙ってあの手この手で迫られているんだよ!」
大人しく身柄を預かるよう促すゼロに対し、あくまでも束は無実を訴え語気を強める。
落ち着かせるためとは言え、色々と良くしたにも関わらず被害者だと口にする束に、いよいよもってゼロも不機嫌になりかけた。
露骨に目つきを鋭くする相方の様子を察したエックスが、場を持たせようとゼロを宥める。
「落ち着いてゼロ……えっと、篠ノ之博士? 君の言ってる事は本当なのかい?」
「束でいいよ。 エックスも私を疑ってるの?」
エックスは無言で頷いた。
「済まない……いきなり組織の陰謀だったって言われても、正直ピンとこない。 第一『亡国機業』って名前の組織は聞いた事も無い」
「秘密結社だからね……そっか、もうそこまで落ちぶれてたんだアイツら」
エックスは目を閉じてカウンターに肘をつく。 ゼロもそら見た事かと言わんばかりに胸元で腕を組んで束に鋭い目線を送った。 束は最後の方で何やら聞き取れない程に小さな声で呟くと再びため息をつき、3人の間に沈黙のムードが流れる。
そんな時、カウンター向こうの壁に掛けられていた液晶テレビにニュース番組が映し出された。
<IS学園においてIS関連企業の数々とレプリフォース、そしてイレギュラーハンターらが参加するサミットの開催日が後2日となりました。 関係者らは早い段階から現地入りを果たし、IS学園の来客用施設にて滞在しながら関東近辺において日本文化に触れ――――>
テレビにはエックスとゼロにとって見知った頭の眩しい白い髭面の老人……ケイン博士の姿が映し出されていた。 その姿を束が見るなりカウンターに手をついて椅子から立ち上がっては、片方の手でテレビ画面を指さした。
「そうだ! 束さんこのサミットに出席しなくちゃなんないんだった!」
「ちょっ! ちょっと落ち着いて! 周りに迷惑だよ!」
エックスも立ち上がって彼女に席につくよう促しながら、大声で周りの注目を集めた事を「酒が回った」と平謝りして自分も着席した。 今度は何の話だ? エックスが逸る束に問いかけると、束は店内の他の人々には聞こえない様に小声で話し始めた。 エックス達もそれに応じる形で囁くように問答する。
「私は新型のISの設計図を持って、2日後のサミットに参加する事になってるの。 一緒に出るケイン博士を通じて、イレギュラーハンターに『亡国機業』からの保護を求める為にね」
「ええ?」
「ちょっと待てよ。 お前が参加するなんて話聞いた事も無いぞ」
「そりゃそうだよ。 私はお尋ね者だし非公式って扱いなんだよ。 こんな身の上だから警察の助けも借りられないし、それでなくても連中の息のかかった手合いが紛れ込んでるんだから」
目頭を押さえて難しそうに答える束。 しかしエックスやゼロからすればどうにも信じられない。 特にゼロに至っては嘘に嘘を重ねているようにしか感じられず、怪訝な眼差しを束に送る。
「信じ難いな……だったら確かめてみるか?」
「あのじじい寝起きの機嫌悪いから、下手に叩き起こせねぇぞ」
エックスとゼロの2人をしても、ケイン博士は中々に頭の上がらない人物と認識している。 その上彼は老人だ、すっかり深夜になっている現在の時間帯だと、既に床に就いているとみて間違いないだろう。
束の話が正しいかどうか、今この場で確かめる術はないものかと頭を捻ってみるが、解決策はすぐに見つかった。
「そうだ、アクセルの奴がIS学園に派遣されてたな。 あいつだったらギリギリ起きてるかもしれねぇ、聞いてみるか」
「頼む」
ゼロは立ち上がり、店の外で通信をとってみようと出入口に足を進めるが、束が慌てた様子でゼロを制止する。
「通信はダメ! 傍受されたらどうするの!?」
「お、おい何しやがる!」
「警察にも息のかかった奴がいるって聞いてたでしょ!? 変に束さんの話なんかしたら居場所がばれるじゃない!」
ゼロの腕を抑え込もうとしてもみ合いになる束。 これはまずいと思ったのか、エックスは手早く会計だけを済ませると、店の迷惑にならないよう外に2人を連れ出した。 暖かで明るい店舗から涼しく薄暗い夜風に晒される。
慌てて出てきた3人だったが、確認の通信を遮られた事でいよいよ2人は束を疑わしい事この上なく思った。 が、しかし束は負けじとエックス達に『お願い』を申し上げた。
「いきなり分かんない事ばっかり捲し立てて悪いとは思ってるよ……でもお願いがあるの、どうか私を信じてIS学園まで連れていって! なるだけ多くの人の目に晒されない様に!」
両手を組んで上目遣いにエックスとゼロを見つめる束。 加護欲を掻き立てるような仕草に見えなくもない、縋るような……悪く言えば媚びるような視線にエックスは困ったような表情をする。
一方でゼロは疑惑の眼差しを隠そうともせず、むしろ変な動きをとろうと言うものなら、今にも飛び掛かりかねない様な怒気を漂わせていた。
そうした中で束は僅かに身を屈めた。 それは2人の視線からは、ドレスの切り拓かれて露出した胸の谷間が見える角度で。
「何だってするよ! 特にそっちのエッチなゼロには身体だって許しても構わないから!」
篠ノ之束は奥の手『女の武器』を使った!
「束! 疑って悪かった! 『亡国機業』って組織につけ狙われてさぞかし辛かったろう!!」
こうかは ばつぐんだ! ゼロはクールな顔立ちながら見開かれた眼で胸元をガン見しながら親指を立てた!
エックスは激怒した。
ちなみにケイン博士ですが、彼の携帯の着信音は『ゴッドファーザー・愛のテーマ』です。