至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、舞踏会に赴く

「……自室に残した装備はそのままかー。マジでモモンガさんには感謝だな」

 

 弐式炎雷は第九階層のロイヤルスイート、その割り振られた自室で、かつての装備品を広げながら呟く。主にシーズナルイベントで手に入れた、または課金した装備品をいくつも並べながら、明日の舞踏会で着用するものを選んでいる。

 

「タキシードも色違いで何着かあるけど、茶釜さんがアウラに白色のタイプを着せてたな。被らないほうがいいか……?」

 

 自分達のパートナーに着せる衣装は、既に選び終えている。やはり皆異形種の自分達よりパートナーの方が重要らしく、彼女達の衣装選びで大いに盛り上がった。なにせ、それだけに今日一日費やした程だ。

 やはりそこでも弐式炎雷、ヘロヘロ、ペロロンチーノは趣味嗜好の違いから時には対立し、時には意気投合しながら意見を交わし合った。

 その結果舞踏会に参加するパートナー達のドレスは、アウラだけはリーダーのためタキシードだが、何処に出しても恥ずかしくない物を用意する事が出来た。

 

 漆黒のドレスに身を包んだナーベラルを前にした時、弐式炎雷の無いはずの心臓が早鐘を打った。

 大きく胸元と背中が開いたバックレスドレス。白い肌の背中に流れるナーベラルの黒髪に、思わず視線を奪われた。ドレスに合わせるにはポニーテールを解いた方が良いとギルドの女性陣からアドバイスを受け泣く泣く従ったが、ドレスに着替えたナーベラルを見れば、それは正解だったと思い知らされた。弐式炎雷の視線を受けて、ほんの少し俯くナーベラルに言葉も無かった。

 無理もないと弐式炎雷は思う。なぜなら自分はアインズ・ウール・ゴウンの未経験者同盟の一員だったのだから。着飾った自らの理想を前に、動揺しない方がおかしい。

 

 パートナー達のドレスを選び終わり、残るは各人の衣装という段でそのまま解散となった。お互い自分の衣装には頓着しないらしい。まあ、ヘロヘロとぶくぶく茶釜に至っては外装が表示されない粘体なので、拘りようもないのだが。

 

「おーい、建やん。そっちはきまったかー?」

 

 ユグドラシル時代にはお洒落装備などに興味を示さなかった為にそういった装備品を持っておらず、弐式炎雷の自室にまで付いてきた武人建御雷を振り返る。

 

「ぶっ!待て建やん!なんで魔法の装備がそんなぱっつんぱっつんになってるんだよ!」

 

「おう、似合うか?」

 

 何かのイベントで手に入れた燕尾服に身を包んだ、今ナザリックに転移した男たちの中で唯一同盟に名を連ねていない建御雷が、ボディービルダーがするような、確かサイドチェストだ、ポーズをしながら弐式炎雷に答える。

 

「しゃ、シャツのボタンが弾け飛びそうだぞ建やん……。ちょ、笑わすな!何で魔法の装備でそんなんになるんだよ。やめろって!ポーズをとるな!何で?半魔巨人(ネフィリム)だから?半魔巨人(ネフィリム)だからなの!?」

 

 笑い転げる弐式炎雷に、建御雷は次々とポーズを変えていく。魔法の装備品ゆえにボタンが弾け飛ぶということは無いが、盛り上がった筋肉の筋目すら服の上から解かる程に、みっちみちになっていた。

 本来魔法の装備品は着用者にサイズが合わされるはずなのだが、もしかすればこれはユグドラシル時代の運営の悪戯だろうか。確かに半魔巨人というのはどうキャラメイクしても醜さから逃れられないようになっていたが、これは完全に笑わせに来ている。

 

「はー、ははは。腹いてぇ。い、今頃やまいこさんも苦労してるのかな?」

 

「かもな」

 

 頷く友人をひとしきり笑った後、弐式炎雷は自室の床に胡坐を組んで、武人建御雷を見上げる。友人がわざわざ自分と二人きりになるために、ここまで付いてきた本命の話をするために。

 

「んで、話がしたかったんだろう?大丈夫、周りに誰も居ないし、盗聴もされてない。断言する」

 

 ああと答える建御雷もまた音を立てて、弐式炎雷の対面に胡坐を組んで座り込んだ。またボタンが弾け飛びそうになっていたが、今度は笑わない。

 

「そもそもなんで舞踏会なんて話に乗ったんだ、建やん?馬鹿なことをやりたいってのはホントでも、それだけじゃないんだろう?」

 

 弐式炎雷からすればアインズから現状の説明を受けたあの場で話すべきなのは、舞踏会などでは無く、もっと別な事だろうと思った。

 だがこの友人はいの一番に舞踏会に参加すると宣言し、アインズから聞かされた話をその場で追及する事はしなかった。その建御雷の狙いは解からないままに弐式炎雷もそれに乗り、驚いたことにやまいこまで舞踏会参加に同調した。

 

「なあ、お前はモモンガさんとナザリックがしてきたことを聞いてどう思った?」

 

 質問に質問で返されたが、弐式炎雷は気にせずに、答える。

 

「<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>の話?それとも王国って所で人攫って五階層で氷漬けにしてる話か?まだまだあったよな。どの話だ、建やん?……ホント、この世界で何やってるんだよ。ありえねえだろう。やまいこさんブチ切れかけてたぞ」

 

「茶釜さんが押さえてくれてたがな。……俺も思ったよ、ありえねえって」

 

 アインズが転移してから魔導国建国までの話を彼は、時に苦しく、時に明るく、語ってくれた。アインズが苦しそうに語っていたのは、シャルティアをその手にかけた時の事。そして明るく語ったのは、人間の軍勢相手に<黒き豊穣への貢>を使った時の事だ。

 

「ペロロンさんとヘロヘロさんが普通にしてたのも驚いた。だから最初は、こっちの人間なんて俺達から見たらユグドラシルのモンスターみたいなもんかと思ったさ。でも違うだろう?あのヘロヘロさんが攫ってきたって言うレイナースさんだって、俺には普通の人間にしか見えなかったぞ。建やんだってそうだろう?」

 

「ああ、俺にも普通の人間に見えたよ。同族って感覚とは違う感じだが、それでもモモンガさんが言うみたいに動物や虫程度ってことは無いな」

 

 建御雷の言葉に頷く。襲われた、殺されそうになった。そうなれば話は別だが、無意味に殺せるとも、殺そうとも思わない。救いようのない悪人とかでもない限り意味もなく殺せば、罪悪感を抱き後悔するだろう。

 だがナザリックの、自分たちの生み出したNPC達は違うらしい。弐式炎雷は見ていた。自身が生み出したナーベラルが、人間のレイナースを時折見下した目で見つめていたことを。

 勿論身を守る為、ナザリックを守る為ならと、アインズの話の中でも庇護下にあるカルネ村を襲撃した法国や王国の部隊に対する制裁の件やアインズが保護したという人間のツアレを誘拐した八本指への報復、理由はどうあれナザリックへの強盗行為を働いたことに変わりはないワーカーたちの件のように目を瞑れる所は多々ある。弐式炎雷とてナザリックを、ナーベラルを守るためならば手を汚すだろう。だがそれでも、限度はある筈だ。そして<黒き豊穣への貢>の件と、デミウルゴスが主導したという王国でのマッチポンプの件は、流石にその限度を超えていた。

 

「だけどな、それ以外はいつものモモンガさんだ。一緒に馬鹿やってた頃のモモンガさんだ。……なあ、お前がもし一人でナザリックと共に転移してたら、どうしてた?」

 

 問われて考えてみる。アインズの様にナザリックの支配者として振る舞っていただろうか?たぶん、そうはなら無いと思う。恐らくだが全てを捨て去って、ナーベラルだけを連れて気ままに過ごしていただろう。

 

「俺ならたぶん、コキュートスだけを連れて、適当に過ごしてたと思うぞ?お前だって似たようなもんだろう?」

 

 親友の言葉に弐式炎雷は頷く。

 

「必死だったんじゃねえか?誰にも相談できない。相談するはずの俺たちは誰もナザリックに残って居ない。それなのにNPC達からは期待した目で見られてる。必死に、NPC達の期待を裏切らないように、失望させないように、俺たちが残した宝だって言ってたな。その宝を守るために、モモンガさんは必死になって、やってくれてたんだと思うぜ?」

 

「……そうだな、建やん。モモンガさんはそういう人だ。だから俺たちの……アインズ・ウール・ゴウンのギルド長なんだよな」

 

「ああ、俺たちの創造したNPCは一部を除いてロールプレイの一環でどいつもこいつも人間を見下すような設定した奴らばかりだ。そんな奴らを失望させないようにするにはどうする?ペコペコ頭を下げて回るのか?誰にも関わらず、ひっそりと暮らしてるのか?……無理だろ、そんなの」

 

「……だな」

 

「舞踏会に参加するって言ったのは、まあ、お前が言ったみたいに馬鹿やりたかったてのもあるが、確かめたかったんだよ。アインズ・ウール・ゴウンを名乗るあの人が、俺達の知ってるモモンガさんなのか、そうじゃないのか」

 

 建御雷は大太刀を手に取り、それを眺めながら言う。

 

「確かにあの人はもうアインズ・ウール・ゴウンなんだろう。でもな。一緒に傭兵NPCを選んで、ダンスの練習をしてわかったよ。ああ、この人は俺たちの知ってるモモンガさんなんだってな」

 

「ああ、俺も思ったよ。あの人、自分の事をアンデッドだ、人間の感情は残滓だなんて言うくせに、俺たちの前じゃ全然昔のままじゃないかよって」

 

 そう言ってくつくつと笑いあった。

 アルベドとホールドの練習で、おたおたする姿も見た。NPC達には見られないようにしながらも、些細なことで喧嘩を始めるぶくぶく茶釜とペロロンチーノを、昔と同じように仲裁する姿も見た。抱っこされた状態で踊るというヘロヘロを、困ったように笑いながら見つめる姿も見た。

 そして自分たちと過ごすことを嬉しそうに笑うアインズは、自分たちが知るモモンガそのものだった。

 

「あの人は人間を辞めちまってる。まあ、それは俺達も一緒だろうが、カルマの違いか?感覚に随分差がある。俺達はどちらかというと中立寄りの設定だしな。……だからこそ俺とお前にしか出来ない事が、あるんじゃないかって思うんだよ」

 

 弐式炎雷と建御雷のカルマは-ではないが、それほど+に偏り過ぎている訳でもない。カルマがどう影響を及ぼしているのかはハッキリとしないが、建御雷が言いたいことはわかる。

 

「……確かに、今転移してきたら悪ノリする人も、逆に絶対許さないって人もいるだろうな」

 

 弐式炎雷の呟きに、建御雷は頷く。

 

「お前こっちでも、もう一回アレをやりたいか?」

 

 ギルドが分断された、分解してしまった出来事を思い出し、無いはずの心臓が激しく痛んだ。

 出来れば、いや、絶対に嫌だと弐式炎雷は首を振る。あんなのは一回で十分だ。二度と味わいたくは無い。

 

「なら俺達が上手く立ち回るしかないだろう。モモンガさん―というよりナザリックだな。最悪の一線をこれ以上越えさせないように。かといってNPC達を失望もさせないように」

 

「……滅茶苦茶難しい事を言うな、建やん」

 

「無茶言ってるのは解かってる。だけどよ、俺たちが居たら王国でのNPCたちの暴走を止められただろうし、<黒き豊穣への貢>の件も、別の超位魔法に替える事だって出来たかもしれないぞ。そう、例えば<失墜する天空(フォールンダウン)>を誰も居ない場所に向けて使ってみせるとかな。……なあ?確かに厳しいし難しいが、これ以上のやりこみは現実世界にも無いと思わないか?」

 

 建御雷の含みを持たせた言い方に、弐式炎雷は苦笑いする。

 

「……残りの人生懸けた選択を、そんな格好で迫るなよ建やん」

 

「ああ、悪い。つーか俺は舞踏会いつもの装備にするわ。これじゃあ何着ても笑いを取るだけだ」

 

 そう言って建御雷は立ち上がり、燕尾服を乱雑に脱ぎ始める。

 その建御雷を見て、弐式炎雷はちょっとした悪戯を思い付く。小さく笑い友人に提案をした。

 

「いや、建やんはタキシードとかにしろよ。絶対そっちの方がいいって」

 

「はあ?お前、大笑いしてたじゃねえか」

 

「だからだって。いいか、明日は俺達が人間の舞踏会に参加するんだぞ?骸骨に粘体にバードマンに半魔巨人だぞ?そんな化け物集団が入場して来たら、会場冷え冷えになるかもよ?そこに建やんがタキシード着てルプスレギナと登場してみろって。もう会場はドッカンドッカン。絶対にあったまるって!」

 

 そう説明され、建御雷は少しだけ納得したようだ。恐らく自分が道化になる事で、会場が盛り上がるならと思ったのだろう。

 

「んじゃ、そうするか。モモンガさんとペロロンさんも正装してくるだろうしな」

 

 あの二人はいつもの格好で来るだろうと弐式炎雷は推測している。きっと明日はギルドメンバーで正装するのは建御雷だけだろう。舞踏会で晒し者にするのは少しだけ可哀想だが、あんな面白い姿を見せる建御雷が悪いのだ。

 明日の会場での反応を想像し、心の中で舌を出す弐式炎雷は、タキシードに着替える建御雷に先ほどの問に対する答えを伝える。

 

「さっきの話。了解だ、建やん。この世界に残ろうぜ。大事な友達を、このまんまにしとけないしな」

 

 着替え終えた建御雷は、弐式炎雷の答えに野太い笑みを見せる。

 

「おう。頼りにしてるぞ、相棒」

 

 弐式炎雷も立ち上がり、建御雷と一度強く手を打ち付け合った。筋力差からか、弐式炎雷はその衝撃に身体をぐらつかせる。

 

「おい、こっちは紙装甲の探索役だぞ?手加減しろよ建やん」

 

「悪い悪い」

 

 ふらつく弐式炎雷を建御雷が笑う。罠にかかったことも知らない友人に、明日までの我慢だと弐式炎雷は何も言わない。そして自らの衣装選びは放棄することにする。

 

「俺はいつもの装備で良いか。忍者が顔晒すのもあれだしな」

 

「俺にはタキシード着せておいてそれか。まあ、お前の顔のっぺりしてるもんな」

 

「うるせえって。んで、建やん。具体的にはどうするんだ?世界征服の方針はそのままでいくの?」

 

「あー……」

 

 弐式炎雷の問いかけに、建御雷は唸る。しばらくしてから絞り出した答えが―

 

「……茶釜さんに相談するか」

 

「考えまくって出た答えがそれか。まあ俺も何も思いつかないし、人の事は言えないけど。……くくく、俺達格好悪いな?」

 

「しょうがないだろう。俺達だって元は普通の社会人だ」

 

「それは茶釜さんも一緒だろう?あー、ここに来てモモンガさんの苦労が分かるわー。NPC達の期待裏切らないようにするって、すげえ大変なんだなー。ナーベラルの俺を見る目がキラキラしててさ、そのプレッシャーが半端ないよ、ホント」

 

「それは俺も一緒だな。コキュートスの奴に円滑な統治の仕方なんて尋ねられたらどう答えればいいんだ?……ああ、そうだな。そりゃ誰だってデミウルゴスに丸投げするよな」

 

「同感。無理もないって」

 

 そう言って、この世界に残ることを決めた男二人は、NPC達には見せられない弱弱しいため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒のドレスに身を包んだナーベラル・ガンマは緊張した面持ちで、帝城の一室、舞踏会会場に繋がる扉を見つめていた。予定では全ての貴賓が違う扉から入室した後に自分達の番となるらしいが、そんなことにナーベラルの興味はない。

 重要なのは、今この場にはアインズを筆頭とする、至高の御方が七人もいらっしゃるということだ。

 御方たちの剣。そして盾となるのがナーベラル達、戦闘メイドの本分だ。たとえこの場に姉妹達だけでなく、自分達よりも遥かに強い階層守護者であるアウラにシャルティア、そして守護者統括たるアルベドがいるからと言っても、気は抜けない。

 

 ここは人間の城だ。分を弁えず、至高の御方達に無礼を働くようなものが居れば、即座に殺すべきかの判断をナーベラルはしなくてはならない。いや、即座に殺さなければならない。その思いが、ナーベラルの緊張を高めていく。

 至高の御方たちが、下等な人間相手に万一などある筈もない。当然だ、神にも等しいこの御方たちに髪の毛一筋ほどの傷とて付けられるはずがない。恐れるのはそのような事態を防げずに、役に立たないものと自分たちが見捨てられてしまう事。この場で無様な姿を見せてしまえば、御方たちは再びお隠れになられるかもしれない。

 そのことを想像し、ナーベラルの体に恐怖が生まれる。至高の御方たちは慈悲深い。そのようなことは起こるはずもない。そう理解はしていても、その恐れが消えることはない。自分たちは、アインズを除く至高の方々が居られなくなったナザリックを知っているのだから。

 

「―どうした、ナーベラル?表情硬いぞ?ほら、リラックスリラックス」

 

「……弐式炎雷様」

 

 神に等しい御方。神そのものであられる御方に声を掛けられた。表情にこそ変化は無いが、わずかにナーベラルの精神に安定をもたらす。長らく感じられなかった自らの創造主との繋がりが、今ははっきりと感じられた。

 

「緊張するよな。はは、俺もしてる。いくら恐怖公にお墨付きもらっても、ナザリックの皆の前以外で踊るなんて初めてだもんな」

 

 今回の帝国の行い。ナザリックのモノ達の大部分は怒りを覚えている。不敬にもこの国の人間たちは、至高の御方達を呼びつけ、尚且つ踊りなどというものを披露させようとしているのだ。シモベとして怒りを覚えない訳がない。知らずナーベラルの表情が僅かに歪む。

 

「ほらほら、笑って笑って。恐怖公にも言われただろう?ダンス中は笑顔を忘れないようにって。ナーベラルもナザリックでは出来てたんだから」 

 

 そう弐式炎雷から指摘され、慌ててナーベラルは表情を戻し、微笑む。

 

「おし、完璧。あとはそれが踊ってる最中もできれば最高なんだけど、ちょっと厳しいか」

 

「……申し訳ありません、弐式炎雷様」

 

「ナーベラルが謝ることじゃないって。俺がそう創造したんだしな」

 

 そう言われ、安堵する。今でこそ笑えているが、この扉が開かれ、人間たちの姿を目にすれば、恐らくこの笑みは消えるだろう。至高の御方に創造されたナザリックの戦闘メイドたるナーベラルにとって微笑みとは、同じく至高の方々に創造された同胞たち、そして御方たちにこそ向けられるものなのだから。

 

「よし、ナーベラル。表情戻していいぞ」

 

 弐式炎雷に従い、ナーベラルは表情から微笑みを打ち消す。そしてそのナーベラルに、弐式炎雷は左右の人差し指を向けた。

 

「良い事を思いついた。動くなよ、ナーベラル」

 

 動くなと言われれば、動くはずもない。そして弐式炎雷の左右の指が、ゆっくりとナーベラルの頬に触れる。そして口角を、指で僅かに押し上げられた。

 

「な、何を弐式炎雷様!?」

 

 指先とはいえ、突然の接触にナーベラルが狼狽える。が、弐式炎雷は構わずに指でナーベラルの口角を押し上げ続けている。

 

「人間相手に笑えないならさ、代わりに口角を上げる事」

 

「……口角を、ですか?」

 

「そ、笑うんじゃなくて、口角を上げるだけ。それで十分。出来るだろう?あ、本番中はもちろん指を使うなよ?」

 

 問われ、ナーベラルは弐式炎雷の指が頬に触れたまま微かに頷く。そのナーベラルに満足げに微笑み、顔を覆う頭巾で表情は見えないがナーベラルには解かる、弐式炎雷が指を離す。

 

「いいぞ、これで会場中の注目はナーベラルに集まる。くっくっく、見てろよペロロンさんにヘロヘロさんめ。ナーベラルこそ究極だと、この舞踏会で証明してやるからな」

 

「わ、私などがアルベド様たちを差し置いて―」

 

 そこで言葉を止める。弐式炎雷が、どうしてそんな事言うの?と伝わってくるひどく悲しそうな表情、頭巾に隠されているがナーベラルには伝わるのだ、をしたから。だから慌てて言い直す、自らの創造主を落胆させぬために。

 

「―畏まりました。弐式炎雷様」

 

 ナーベラルの答えに、満足した弐式炎雷が頷く。

 

「よし、最後に確認だ。ナーベラル、いや、ナーベ」

 

 弐式炎雷に頷き答える。

 

「今日はプレアデスのナーベラルではなく、弐式炎雷のダンスパートナーとして抜擢された漆黒の美姫ナーベだ。だから俺の事も弐式炎雷じゃなく、そうだな、弐式って呼ぶこと」

 

「畏まりました。弐式さ――ん」

 

「おお!出たな、モモンガさんから聞いてた奴!いいぞ、ナーベ!羨ましかったんだよ、その呼ばれ方。……って、ごっほん。あとナーベは警戒をしないで、ダンスに集中して大丈夫だからな。この城中に俺が網張ってるから。おかしなことがあれば、すぐわかる」

 

 その言葉に、ナーベラルは再び頷く。本来警戒をするのはシモベの役割だが、弐式炎雷が大丈夫というならば間違いはない。探査役として至高の御方たちの中にあっても有数であった創造主の言葉を、ナーベラルが疑うはずもない。

 

「―あ、モモンガさんが呼んでる。そろそろ始まるのかな。ちょっといってくるよナーベ」

 

「行ってらっしゃいませ。弐式炎雷様」

 

「……あー、そっちもでたかー。…まあいいか。じゃあすぐ戻ってくるから」

 

 そう言ってアインズの元にと向かう弐式炎雷を頭を下げて見送る。しばらくして頭を上げたナーベラルは自分の指を使って、手袋の中にある指は本来の三本の指ではないが、自らの頬に触れる。先ほど弐式炎雷が触れてくれていた、指が離れてもわずかに熱を持った気がする部分を。

 

「…………」

 

 自分でそこに触れて、口角を押し上げてみる。そうすることで、口だけは笑みを浮かべたようになっているのだろう。

 ナーベラルは自らの創造主が触れてくれた部分が、なぜ微かに熱を持っている気がするのかわからないが、それでもその熱が心地よい事だけは、理解できていた。

 

 

 

 

 

 入場のタイミングをアインズ達と打ち合わせた弐式炎雷は、自身が張った網に獲物らしきものが掛かった事を察知する。

 舞踏会の会場には護衛らしき武装した帝国騎士が、所々に潜んでいるのは把握している。だが網に掛かった者は、その帝国の騎士からも見つからないように隠れて舞踏会の様子を窺っている。

 

「……ふーん?」

 

 レベル的には大したことが無い。が、面白いのは隠形に使っているスキルだ。

 恐らくは忍術の影潜み。弐式炎雷も使える。忍者のクラスが有れば極当たり前に習得しているスキルの一つだ。

 面白いのは、ユグドラシルでは六十レベルの積み上げが必要な忍者というクラスのスキルを、明らかにそのレベルに達して無い者が使っている事だ。

 

(見た目は完全忍者だな。くノ一?……二人いる。双子くノ一か。……へー、面白いな)

 

 影に潜む隠形を駆使する彼女達の見た目は、やけにぴったり密着するような衣装に身を包んでいる。これで忍者では無いというのは嘘だろう。

 

(さて、どうするか……)

 

 ナーベラルの元に向かい歩きながら、考える。

 監視している分身に拘束させるか。それとも舞踏会の会場から摘み出すか。

 帝国の騎士からも隠れているという事は、帝国の関係者という訳では無いだろう。人知れず追い出しても問題無いと思うが、どうもこの舞踏会は帝国以外の国からも参加している者がいるらしいと、先ほどアインズから話があった。ならばもしかすれば、その他国の貴賓か何かの護衛かもしれない。

 

(<敵感知(センス・エネミー)>の反応は微弱だけど有り。まあ、これは殆んどの奴から反応があるからなー。こいつらのレベル的に不意を打たれようがどうされようが、問題無いし無視してもいいか?……いや、やっぱ拘束しておこう)

 

 この世界特有の能力も有るらしい。それを踏まえれば、無視は危険だろう。もしかすればシャルティアを洗脳した相手は、世界級アイテムでは無く、そういう能力を使う相手かもしれないのだから。

 

「お帰りなさいませ、弐式炎雷様」

 

 ナーベラルの元に戻った弐式炎雷は、一礼する彼女に手を振る。

 

「よーし、ナーベラル。すぐに俺達の入場が始まるらしいから、気合い入れていくぞ!」

 

 手を突き上げて気合を入れる弐式炎雷に、頷く事で答えるナーベラルを見て思う。

 もし洗脳されたのがナーベラルだったのならば、自分はどうしていただろうか。その相手を見つけたら、どうするだろうか。

 

(……間違いなくこれが一番の厄ネタだよな。見つけたら、ペロロンさんとモモンガさんがそいつをどうするかなんて、分かりきってる)

 

 シャルティアとじゃれ付いてるペロロンチーノを眺める。そして決めた。

 

(おっしゃ。シャルティアを洗脳した奴は俺が見つける。放置して、これ以上被害が増えたら洒落にならないからな。……とりあえずは、この双子忍者を吊し上げる所から始めるか)

 

 

 

 

 

 

「皆様、これよりアインズ・ウール・ゴウン魔導国のご来場となります」

 

 読み上げられる国の名前に、ジルクニフや舞踏会に参加している貴族たちは息を呑む。これより階段を降り入場してくるのは、見たこともない化け物の集団。至高の四十一人と呼ばれる、アインズ・ウール・ゴウン魔導国を支配する者たちなのだ。

 ジルクニフから闘技場の話を聞かされ、実際目にしていた貴族も居る。

 魔法一つで王国の軍を壊滅させる魔導王が同格と呼ぶ、歴代最強と言われた武王を一蹴する実力を持つ粘体の化け物。 

 貴族の中には、ジルクニフが持つもの程では無いにしろ、精神の安定をもたらすマジックアイテムを装備した者もいる。そうでもしなければ、耐えられないと思ったからだ。

 

 だがジルクニフや貴族の心配をよそに、様々な化け物を覚悟していた貴族たちは目を疑う。最初に現れたのが十三人の美女だったために。彼女達が何者か。それはその身に纏う服が雄弁に語っている。

 メイドである。

 メイドが階段上から現れ、そして貴族を見下ろすなど、本来許されるはずもない。だがそのようなことに、帝国の貴族達が何かを言えるはずもない。魔導国に無礼を働けば、即座に自分の首が、いや、国そのものが消えてしまうかもしれないことを理解しているからだ。

 だが何より口を開くことが出来ない最大の理由は、メイドとはいえそのあまりの美しさに、貴族達が思わず息を呑んでしまうからだ。

 

 ジルクニフはそのメイド達を、自身の外面には決して出さずに、それでも内面では忌々し気に見つめる。やはりアインズ・ウール・ゴウン魔導国。墳墓で見たメイド達以外にも、これほどの美女を隠し持っていたのかと。

 だがそれでも、この程度はジルクニフも予想はしていた。あの国の限界など推し測れるはずもないと。

 そしていくら美しいとはいえ美女の数は、たったの十三人。

 ジルクニフはこの舞踏会に、このメイド達と比べ見劣りするとはいえ、様々な美女を用意し至高の四十一人を出迎えている。

 貴族の、大貴族から本来ならば皇帝主催の舞踏会に呼ばれるはずもない下級貴族の娘まで美しさを重視し、集めた。平民からも美しいと聞けば各地から集め、様々手段を用いて集めたエルフの奴隷と共に、短いながらも本来上級騎士が使用する疲労を軽減するマジックアイテムを使わせてまで教育を施した。

 そしてその中からジルクニフ自身が、美しいと認めた者を厳選したのだ。その数はおよそ三十。数を考慮すれば、決してあのメイド達に負けてはいない筈だ。

 

 だが次の瞬間に、ジルクニフはあまりの衝撃に腰を浮かす。覚悟していたはずの貴族たちからもどよめきが生まれた。

 

 メイドの次に姿を見せたのがアインズ・ウール・ゴウン魔導王ではなく、上半身は非常に美しい少女、だがその下半身が巨大な蜘蛛の姿をした、亜人とも呼べない、モンスターだったのだから。

 その下半身が蜘蛛の少女の後に、おかっぱの狐面をした少女が姿を見せる。仮面で素顔はわからないが、愛らしい姿だ。

 さらに森精霊(ドライアード)だと思うが、ジルクニフの知識とは若干違うものも居る。ジルクニフはそれが神樹の森精霊(ハイ・エンシェント・ドライアード)と言う名の上位種だとは知らない。

 青肌に、金色の瞳をした蝙蝠のような翼を背中から生やした悪魔の美女。

 龍の尻尾に、角を持つ赤褐色肌の少女。

 下半身が蛇のナーガらしき、だが上半身の人間の部分は息を呑むほどに美しい女。

 そんな数えるのも馬鹿らしくなる程のモンスターたちが次々に姿を現し、先ほどのメイド達を守るかのように取り囲む。

 モンスターたちに共通するのはたった一つの事柄。

 その全てが人には無い魔性の美を持つという事だけだ。

 この日を境に、舞踏会に参加した幾人かの貴族はその地位と財産を失うことになる。人にはない、魔性の美に魅せられてしまったために。それを追い求めようとして破滅していったのだ。

 

 舞踏会に現れた魔性の美女達の総数は、およそ六十。

 その全てがジルクニフの集めた女達の美しさを、そして数すら上回っていた。

 

 だがそのモンスターたちの後に現れた存在にこそ、ジルクニフと貴族たちは思い知らされる事となる。美というものに、限界や際限は無いという事に。

 

 アインズ・ウール・ゴウンに手を引かれた、純白のドレスを纏ったジルクニフが墳墓で見た腰に翼を生やした女。薄闇漂う妖艶な美だ。骸骨の顔を晒す魔導王に侍られ、それが微笑んでいた。

 

 次には現れたのは、見事なまでに美しい純白のタキシードに身を包んだ闇妖精。それが男装をした少女だという事をジルクニフは知っている。そしてその少女が無邪気な笑みを浮かべ、謎のピンク色をした肉棒のような粘体の手を引いていた。

 

 バードマンに手を引かれた、全てを下に見下す銀髪の女王のような少女。その視線が隣に立つバードマンに動いた瞬間、女王が可憐な少女へと変わり、貴族たちはそんな視線を向けられるバードマンに羨望のうめき声をあげる。

 

 粘体を胸に抱いた黒衣のドレスに身を包んだ金髪の美女が、薄い笑みを浮かべている。その美女の胸に抱かれた小さな粘体を、馬鹿にする者など居ない。知っているからだ。その粘体こそ、闘技場で容易く武王を打ち負かした存在であると。

 

 タキシードで身を包む二メートルはある醜悪な大男。それが人ではない証拠に口元からは大きな牙が二本突き出ていた。その男に手を引かれ、褐色の肌をした美女が現れる。真っ赤なドレスに身を包み、大きく空いたスカートのスリットからのぞく足が、男たちの煽情を煽っていた。

 

 忍者装束の者が続く。すらりとした、長身の男だと思われるが、頭巾に隠され表情はわからない。そしてその男に手を引かれる女に、美しさとは違うどよめきが起こる。誰かがナーベと呟いたのが、ジルクニフの耳にも届いた。ジルクニフもかつて冒険者モモンを調べさせた際に、その資料に目を通している。漆黒のドレスで着飾ってはいるが、間違い無い。あれはアダマンタイト級冒険者漆黒のモモンのパートナー、美姫ナーベ。彼女もまた魔導国に取り込まれてしまったかと、ジルクニフは思う。

 

 そして最後に現れたのが帽子を被った醜悪な巨人。その巨人に手を引かれた落ち着いた雰囲気の女性。墳墓でジルクニフを接待したメイドの一人ユリだ。だがその表情が違っていた。気さくなジルクニフの笑顔を受けても崩れなかった真面目な表情が、今は熱に浮かされたようにうっとりと、自身の手を引く醜悪な巨人を見つめていた。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国、総勢百名近い集団が入室を終えた。

 魔導王がパートナーの女と共に、一団を代表するように王者の気品を漂わせながらジルクニフに向け、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 ジルクニフもまた立ち上がり、アインズを迎えた。

 

「お招きありがとう。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿―いやジルクニフ殿。残念ながら参加できたのは我々のうち七人だけとなってしまったが、今日は楽しませてもらおうと思う」

 

 そう言うアインズ・ウール・ゴウン魔導王にジルクニフは頷く。パートナーを伴って現れたのが七人だった為に予測はしていたが、このモンスターの軍団こそが至高の四十一人なのではという淡い期待は裏切られた。

 

「良くぞ来られた、ゴウン殿。そして至高の方々。歓迎させてもらおう」

 

 帝国に飛来した竜に、墳墓で見た化け物たち。そして新たに現れた美しさを併せ持つ化け物たち。

 さらにはこのアンデッドの話では、至高の御方というのは残り三十四人もいるという。

 

「さあ、今日は存分に楽しんでいただき、両国の関係を密なものにしようじゃないか」

 

 両腕を広げ、至高の四十一人を歓迎するジルクニフは心の中で頷く。

 

 もう全部、諦めてしまおうと。


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