至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

17 / 31
 至高の方々、オナーダンス!

 踊り終えた武人建御雷達は舞踏会会場にそれぞれのパートナーと共に散り、帝国の貴族たちの相手をしていた。

 相手をするとは言っても、帝国の貴族たちは軽く挨拶はしてくるもののそれほど長い時間話しかけてくるわけではない。着飾った女性たちも建御雷に恐る恐る話しかけてくるのだが、軽く顔を覗き込むだけで、怖がって逃げていく。

 無理もねえかと、煩わしそうに建御雷はネクタイを緩める。そしてやや離れた所で貴族たちに囲まれている、自ら相棒と称したはずの弐式炎雷を睨みつけた。視線に気付いた弐式炎雷が、楽しそうに手を挙げた。普通の人間ならばそれだけで卒倒するような建御雷の眼光を浴びても、まるで気にしてなさそうだ。

 

「……あの野郎……」

 

 何がドッカンドッカンだと呻く。笑われるのならばまだ良かった。だがそうではない。帝国の人間は皆チラチラと建御雷を見るのである。異形の姿をした者の中で、何故か一人だけタキシードに身を包む建御雷を、何とも言えぬ複雑な眼差しで。

 間違いなく浮いている。抱っこされているために物理的に浮いているヘロヘロとは違う意味で浮いていた。

 

「これを狙ってやがったのか、あいつめ。くそ、戻ったらPvPだからな。覚悟しやがれ」

 

 剣呑な雰囲気を漂わせる建御雷からますます人が離れていく。が、それは何も建御雷だけではない。ペロロンチーノとシャルティアは何故かホールの中心で一組だけ踊り続けているし、弐式炎雷に話しかけようとする者は全て彼の前に立ったナーベラルによって遮られていた。

 ヘロヘロの周りは人が集まっているが、それは全てナザリックから連れてきたメイド達だ。護衛用に召喚した傭兵NPCも、邪魔にならないようにしているが、集まっている。そんな集団に割って入る人間は居ないだろう。

 自然この中ではまだマシなのか、ぶくぶく茶釜とアウラのカップルに人は流れていた。

 

「……まあ、いいか」

 

 そう言って腕を組み、先ほどのやり取りを思い出す。

 この舞踏会、建御雷は十分な手ごたえを感じていた。その理由はあの筋肉が薄布を纏った男女の存在だ。

 建御雷は男女に、フロントダブルバイセップス、アブドミナルアンドサイ、そしてサイドチェスト、三つのポージングを披露した。この世界のボディビルの歴史は、今日この場から大きな変革を遂げるだろう。戦いをイメージしたポージングから、より魅せるポージングへと進化していくはずだ。

 言うなれば建御雷は今日この場でこの世界のボディビルの苗に、現代知識に基づいた魅せるポージングという光と水の養分を与え、成長を促したのだ。 

 

(……歴史を見守るか。それも悪くねえな)

 

 建御雷が知識を与え、先導するのも悪くは無いだろう。だがその行きつく先は現代、建御雷の知識と変わらないものだ。敢えて必要以上に手を加えず、あの男女がこれからこの世界のボディビルをどう牽引していくのか、それを見守るのも悪くないと思う。一体この世界はどんなボディビルの歴史を紡ぎ、建御雷に魅せてくれるのか。今から楽しみだった。

 

「―武人建御雷様。お飲み物をお持ちしました」

 

 思い耽る建御雷は声に振り返る。そして自身のパートナーを務めてくれたルプスレギナから差し出されたそれを受け取る。そういえばと、喉の渇きを覚えたので貰って来るように頼んでいた事を思い出した。

 

「悪いな、ルプスレギナ」

 

「いえ、ナザリックで造られたものではないため、お口に合うとは思いませんが。毒物などは問題ありません。微量のアルコールの―」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 続くルプスレギナの言葉を手を振って遮る。そして一息に飲み干した。確かにナザリックで飲んだものと比べれば格段に味は落ちるが、それでも建御雷からすればこれは上等の類だ。現実世界の自分ではまずあり付けない。

 そして気づく。一歩下がり控えるルプスレギナが自身の分は用意していないことに。

 

「お前は飲まないのか?まあ、ナザリックのものとは比べられないが、お前だって喉が渇いただろう?」

 

「お気遣いありがとうございます。ですが問題ありません」

 

 そう言って頭を下げるルプスレギナに建御雷は、弐式炎雷から聞かされた話を思い出していた。弐式炎雷がナーベラルを驚かす為に彼女らの自室に侵入した際、この非常に出来たメイドは姉妹達には砕けた口調で話しかけていたという。

 

「そういやルプスレギナ。お前、普段はもっと砕けた話し方をするらしいな?俺たちの前だからって気にすることはないぞ?いつも通り話してみろよ」

 

「し、至高の御方に、そのような無礼は!」

 

 慌てて頭を下げるルプスレギナに、建御雷は続ける。

 

「そうか?だがお前の口調だって、俺たちの仲間がそうあれと望んだからじゃないのか?いや、間違いなくそうだろうな。どうだ?それでも普段の口調で話せないか?」

 

 ゆっくりと顔を上げるルプスレギナの顔には、ダンス中に見せた笑みとは違う類の笑みが浮かんでいた。非常に人懐っこい感じだなと建御雷は思う。

 

「……本当に、いいんすか?」

 

「おう、他の皆もそう言うだろうな。断言するぜ」

 

「それじゃあこれからは、いつも通りいかせてもらうっすよ」

 

「ハハハ!堅苦しい口調より、お前はそっちの方が断然いいぜ、ルプスレギナ。ほら、俺が飲み物を貰ってきてやる。お前も飲めよ」

 

 そう言って建御雷は少し離れた場所に居た帝国の給仕係からドリンクを受け取り、ルプスレギナに差し出す。

 

「いやー、流石にそれは後でユリ姉に怒られるような……」

 

「気にするなって。ほら今はユリもこっち向いてないぞ。チャンスだチャンス」

 

「お、マジっすか。じゃあ、ありがたく頂くっす」

 

 恐らくルプスレギナは、建御雷の悪ふざけに付き合っているだけなのだろう。コキュートスもそうだが、本当に可愛い奴らだと建御雷は思う。生み出された、ただそれだけの為にこれ程に献身的に仕え、尽くしてくれる。

 

「……くく。おい、ルプスレギナ。あれを見てみろよ」

 

 そう言って建御雷は親指で自分が見たものを指さす。その先には、一般メイド達がまるでリレーするように順番にヘロヘロを抱き回している姿があった。

 

「本当に。何やってるんだ、あの人は」 

 

 笑う建御雷にルプスレギナが答える。

 

「……本当にあの子たち嬉しそうっすね。今までずっとヘロヘロ様をソーちゃんが独り占めしてたっすから」

 

 予想外の答えに、建御雷は思わずルプスレギナを振り返る。建御雷からすれば「え、そうなのか?」といった感じだ。どうやらNPC達の献身というのは、建御雷が想像していた以上らしい。次に出掛ける機会にはあいつも連れて行ってやるかと、建御雷は自身が創造したコキュートスを想う。

 そして帝国の給仕から受け取ったドリンクに口を付けたルプスレギナが、少しだけ眉を潜めたのが見えた。口に合わないらしい。建御雷はそんなルプスレギナを軽く笑う。口直しになるだろうかと一つの提案をすることにする。

 

「よし。戻ったらナザリックで打ち上げをやろうぜ」

 

「畏まりました。戻り次第すぐに準備を始めます」

 

 急に出来るメイドに戻ったルプスレギナに手を振る。

 

「お前たちも一緒に参加するんだよ。今回舞踏会に参加した全員でな。やっぱ飯は大勢で食った方が旨いだろう」

 

 少し呆気にとられたような顔をルプスレギナはするが、これは建御雷の中では決定事項だった。NPCを宝だというアインズの気持ちがわかった。きっとかつて行ったアインズ・ウール・ゴウンのオフ会の様に楽しいものとなるだろう。こうやって少しずつ、NPCと自分たちの間にある主従の壁を取り払っていくのも自分の仕事だろうと思う。

 後で弐式炎雷にそう提案しようと思う建御雷の視界に、妙なものが映った。

 

「おいおい、なんだあれ。ペロロンさん舞い上がってるじゃねえか」

 

 それも物理的に。まあどうせなにか悪ノリしたんだろうと、先ほどまでシャルティアと共にダンスを続けていたペロロンチーノの元に向かう。彼の姉が怒り出す前に止めたほうがいいだろうと。

 同じことを思っていたのか、弐式炎雷もペロロンチーノのもとにと歩き出していた。自然と合流し、建御雷は弐式炎雷に拳を突き出す。

 拳を突き出す建御雷に、弐式炎雷は笑ったようだ。答える様に拳を合わせる。

 

「よっしゃ。始めるか、建やん」

 

「おう」

 

 こうして男たちは自分たちの仕事をするべく、動き出すのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ペロロンチーノの瞳には、もはやパートナーであるシャルティアしか映ってはいない。帝国の舞踏会会場などはすでに消え失せ、帝国貴族たちは案山子のようなものだ。唯一ナザリックの者達、そして友人達の姿だけはあるが、皆ペロロンチーノとシャルティアの二人を祝福している。

 

「……シャルティア」

 

「ああ、ペロロンチーノ様ぁ」

 

 体を合わせ共に踊るシャルティアが、うっとりとペロロンチーノを見上げる。ペロロンチーノはそのシャルティアに微笑む事で答える。

 金色の残光が、円舞曲に合わせ尾を引く。まるで金色に輝く光の尾が、二人を彩り祝福しているかのようだ。

 

「やっぱりシャルティアにはペロロンさんですね。負けました」

 

「ええ。私のソリュシャンも完敗ですよ」

 

「まったくだ。今日の主役は俺とナーベラルじゃない。ペロロンさんとシャルティアだよ」

 

「ペロロンさん、あんた達がナンバーワンだ」

 

(ありがとう。ありがとうみんな。みんなは最強のライバルで、最高の友達だよ!)

 

 ペロロンチーノの妄想の中のアインズ達が、拍手をしながら二人を褒め称えていた。ペロロンチーノはその妄想の友人たちに、円舞曲の回転を速めていくことで答えた。

 そしてシャルティアがそんなペロロンチーノに身体を預け、呟く。

 

「ああ。シャルティアにはもう、ペロロンチーノ様のお姿しか映りません……」

 

 このシャルティアの呟きが現実なのか、それとも妄想なのか、ペロロンチーノには判別出来ない。自分の理想を詰め込んだパートナのおかげで、ペロロンチーノの脳内はトリップし、既に妄想と現実の境目は非常に曖昧だからだ。

 

「しゃ、シャルティアーーーー!」

 

「ぺ、ペロロンチーノ様!?」

 

 故に羽ばたく。天井が高いとはいえ、舞踏会会場でシャルティアを抱きかかえたまま。感激のあまり。

 

「このまま旅に出ようか、シャルティア!二人っきりで、沢山の人に俺達のダンスを見てもらう旅を!」

 

「ペロロンチーノ様!?お申し出は大変嬉しいのですが、一度降りられた方が!……ああ、でも。これ程に至高の御方に求められて、シャルティアは、シャルティアは一体どうしたらいいのでありんすかぁ……」

 

 シャルティアもペロロンチーノの提案に抗えぬように、体を預けてきている。

 もはや遠慮することはない。このまま夜空の星になろうとペロロンチーノが全力で飛び立とうとする。自分とシャルティアは夜空の星となり、星座となるのだ。

 

「さあ!二人で俺とシャルティア座になろう!」

 

「おーい。ペロロンさーん」

 

 会場の窓をぶち破り、夜空に羽ばたこうとするペロロンチーノの元に弐式炎雷からの声が聞こえた気がするが、そんなものは何の縛めにならない。

 

「めっちゃ茶釜さんが見てるぞー。いいのかー?」

 

 だが続く武人建御雷の言葉には羽ばたきが止まる。いや、落ちないようになんとかゆっくりと羽ばたきながら、ペロロンチーノがぶくぶく茶釜の居るであろう方向に恐る恐る視線を向ける。

 そこには困ったように苦笑いするアウラと、表情は無いのに明らかな怒気を放つ姉が居た。

 冷たい汗が、仮面の下を流れる。

 そしてペロロンチーノは、飛び立った時の勢いとは比べ物にならない程ゆっくりとした羽ばたきで降り立った。

 姉の居る方向からペロロンチーノの居る場所まで道が出来ている。昔何かの授業で見た古典映像のモーセの十戒の様に、人波が分かれているのだ。

 

「ぺ、ペロロンチーノ様?」

 

 あからさまに怯えるペロロンチーノを、シャルティアが心配そうに見上げる。ペロロンチーノはそのシャルティアに最後の勇気を振り絞り、微笑む。

 

「シャルティア、ごめん。少しだけ離れてて」

 

 悲壮な表情を浮かべ躊躇いながらも、シャルティアはペロロンチーノの言葉に従い、一歩離れた。そのシャルティアの肩を困ったような顔でアウラが軽く叩いていた。少し離れていようと促すように。

 アウラの主はまだ来ない。だがズルズルと長いスカートを引きずったような足音はゆっくりと、だが確実に近寄ってくる。

 

「……お願いがあります、弐式さんに建御雷さん。どうか、どうか助けて下さいぃ!」

 

 割れた人波の終着点で、まるでぶくぶく茶釜を迎える従者の様に左右に分かれた友人にペロロンチーノは頼み込む。

 

「ごめん、無理」

 

「あの状態の茶釜さんに逆らえるか」

 

 だが返ってきた二人の言葉は無情だった。

 最後の望みとヘロヘロとアインズの居る方向を振り返るが、ヘロヘロは何かメイド達に抱っこをされて遊んでいるし、アインズはジルクニフに対して何かオタオタしているだけだった。

 なんて薄情な友人達なのだろうかと悲観していると、冷気対策を万全に施しているはずのペロロンチーノの心胆を寒からしめる声が届く。

 

「……おい」

 

 ギロチンの刃とてここまで鋭く冷たくは無いだろうとペロロンチーノは思いながら、声にゆっくりと振り返る。ピンクの肉棒が、目の前でこちらを見上げていた。見上げられているというのに、表情すら今は無いのに、ペロロンチーノは気圧され、思わず後ずさる。

 

「弁明は?」

 

「も、申し訳ありません」

 

 反射的に謝罪を口にするペロロンチーノに、ぶくぶく茶釜は笑うように続けた。

 

「聞こえなかったか?私は弁明を聞いているんだ。何かあるんだろう?やむを得ず、招かれた場所で急に飛び立つなんてマナー知らずな真似を、お前がしなくちゃならなかった理由が。なあ、言えよ?」

 

「ほ、本当に申し訳ありませんでした」

 

「じゃあ、何か?私の弟は何の理由もなく飛び立って、私だけじゃなく、アインズ・ウール・ゴウンの皆にも恥をかかせたのか?はは、そんな訳ないよな?私の弟は、そこまで馬鹿じゃないよなぁ?」

 

「か、返す言葉もありません……」

 

 ペロロンチーノはゆっくりと床に正座をし、震えながら答える。だがぶくぶく茶釜は正座をし俯く弟を、目も無いのに目を合わせるためか、わざわざ前屈みになって覗き込みながら続けた。

 

「いくらお前の鳥頭でも、この舞踏会は私達が帝国に侮られないために参加してる事くらい覚えてるよなぁ?勿論そのために私達だけじゃなくて、ナザリック全体がバックアップしてくれた事も当然覚えてるよなぁ?なあ、答えろよ?覚えてるんだよなぁ?」

 

「ごめんなさい、姉ちゃん!許してください!」

 

「謝る相手が―」

 

「はーい、かぜっち。そこでストップ!ほら弟君も立って、立って」

 

 いつの間にかやまいこが二人の間に入り、正座するペロロンチーノの手を取って立たせた。

 

「ほらほら、帝国の人達もこっち見てるから。このままじゃ余計に悪目立ちしちゃうよ。それに弟君も反省してるし、かぜっちも許してあげて?ボク達なら大丈夫だから、ね?」

 

「そ、そうそう。大丈夫だって!これからオナーダンスだろう?ほら俺達が締めに踊るって奴。そこで挽回しようぜ!」

 

「お、おう!アインズ・ウール・ゴウン本日のラストダンス、帝国の奴らに見せつけてやろうぜ!」

 

 やまいこだけで無く、弐式炎雷に建御雷も必死にぶくぶく茶釜の怒りを鎮めようとことさら明るく振る舞う。

 そんなやまいこ達にぶくぶく茶釜はふぅとワザとらしいため息を吐き出す。

 

「ごめんね、みんな。うちの弟が迷惑掛けた。私も怒る場所弁えてなかったし。やまちゃん、止めてくれてありがとうね。みんな、ほんとごめん」

 

「お、俺も!みんな、ごめんなさい!」

 

 ぺこりと頭らしい部分を下げるぶくぶく茶釜に、ペロロンチーノが追随する。それと同時に舞踏会で演奏する楽団の奏でる音楽が変わる。

 

「お?丁度音楽が切り替わった。オナーダンスが始まるみたいよ」

 

「おお、切り替えて行こうぜ」

 

 弐式炎雷と建御雷が励ますようにペロロンチーノの背中を叩き、促す。やまいこもまたぶくぶく茶釜と共に、それぞれのパートナーを伴って得意とするダンスのスタート地点にと歩き出していた。

 

「久々茶釜さんのマジ怒りモード見たけど、相変わらずスッゲーおっかないな」

 

「ああ、この身体になってもまだ怖いってどれだけだよ……。大丈夫か、ペロロンさん?千鳥足になってるぞ」

 

「ぶ、建やん。それギャグか?バードマンだけに」

 

「ちげえよ。……本気で大丈夫かペロロンさん?」

 

「ふ、ふふ。だ、大丈夫ですよ。慣れてますから」

 

「いや、慣れるなよ。って、なんかモモンガさんもぐったりしてるぞ?何かあったか?」

 

 ジルクニフから離れるモモンガもまた心なしか、疲れたように僅かに項垂れていた。

 

「偉い人の相手に疲れちゃったのかな?そういう部分モモンガさんに任せきりだからなー、俺ら」

 

「だな。お、きたきた」

 

 楽団が奏でる演奏のリズムが徐々に、ゆっくりとだが激しさを増していく。その演奏に自然とアインズ・ウール・ゴウンの面々は気持ちが引き締まっていった。

 

「ユグドラシルBGM『レイドボス』ですね。よし、俺もいい加減シャキっとしなきゃ!」

 

 そう言ってペロロンチーノは仮面の上から一度頬を叩き、シャルティアに駆け寄った。舞踏会最後のダンスにレイドボスのBGMを使おうというのは、アインズが提案し、全員が受け入れたアイディアだ。ユグドラシルを経験した者の殆んどが、この曲に興奮するだろう。それはペロロンチーノとて同じだ。

 ペロロンチーノはシャルティアに向け手を差し出す。この曲に負けない姿をシャルティアに魅せるために。

 

「ぺ、ペロロンチーノ様?大丈夫でありんすか?」

 

 先ほどのぶくぶく茶釜とのやり取りが不安だったのか、シャルティアが怯えたように手を取ることを躊躇っている。そんなシャルティアに、ペロロンチーノは未だ仮面の下は青褪めた顔だが、それでも不安を拭い去る様に笑う。

 

「大丈夫だよ、シャルティア。カッコ悪いところ見せちゃったね。さあ、踊ろうシャルティア。……Shall We Dance?」

 

 気取って言うペロロンチーノに、シャルティアはゆっくりと微笑んでからその手を取った。ホールドを組み体を密着させると、シャルティアがペロロンチーノに耳打ちする。

 

「ペロロンチーノ様。ご報告したいことがありんす。……美味しそうな子を見つけました」

 

「美味しそうな子?」

 

 シャルティアの真紅の瞳が流れる。ペロロンチーノはその流れた視線の先を見つめ、そして見つけた。ドレスに身を包んだ、金髪でシャルティアに似た赤い瞳をした少女を。不覚にも、シャルティアに夢中で気づかなかったらしい。

 少女は何か怖い事でもあったのか、微かに震えながら自分を抱き締めている。そんな幼気な姿を見せられては、保護して上げなければというロリ紳士の使命感が燃え上がってしまう。イエスロリータであってもノータッチがお約束だが、これはあくまでも怯え震える少女を助ける為なのだ。許されるはずだ。そんな同人エロゲーをプレイしたことが有る。

 ペロロンチーノは自分が気付かなかった獲物、もとい保護するべく少女を見つけ出したシャルティアを褒めてあげる事にする。姉に怒られたばかりの弟は、すっかり元気になっていた。

 

「シャルティア、ナーイス。ナーイス、シャルティア」

 

「お褒めにあずかり、光栄でありんす。ペロロンチーノ様」

 

 とびきりの獲物を見つけた二人の主従は、そう言ってにんまりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「……はあー、マジで茶釜さん怖かったわ。よし、これが今日最後の踊りだ。解かってるな、ナーベラ―いや、ナーベ?」

 

 戻ってきた弐式炎雷に一礼をし迎えたナーベラルは、その言葉に顔を上げると同時に、指先で口角を押し上げた。

 

「はっ!口角を押し上げる、ですね」

 

「いいぞ、ナーベ。でも本番中は指を使うわけじゃ無いから、自然にな。大丈夫、それさえ出来てれば俺達の勝利は揺るがないぞ」

 

「……この舞踏会で、至高の御方々は何か競っておられるのでしょうか?」

 

「うん、パートナーの可愛さで。もちろん俺はナーベが究極って押してある」

 

「か、可愛さですか?」

 

 狼狽えるナーベラルに弐式炎雷は笑う。笑いながら差し出された手をナーベラルは取る。頭巾に隠された顔からも弐式炎雷の言葉が伝わってくる。出来るな?と。

 姉妹達だけでなくアルベドを始めとした守護者を差し置いてという気持ちはあるが、それでもナーベラルは頷く。

 自らの創造主がそう望んでいる。それ以上の理由は必要なかった。

 

「畏まりました」

 

 そう言って、ナーベラルは微笑むのだった。

 

 

 

 

 

「……待たせたな、ルプスレギナ。さあ、始めるか」

 

 差し出された武人建御雷の手をルプスレギナは取る。

 

「順当にやれば俺達の勝ちは揺るがないんだが、まあ今回は他の奴らに華を持たせてやるか」

 

「了解っす、武人建御雷様。バレないように程々に手を抜くんすね?」

 

「察しが良いな、ルプスレギナ」

 

「ま、本気を出してユリ姉達に恨まれたくないっすから」

 

「悪いな。お前の本気は、お前の本当のリーダー(創造主)が戻った時に見せてやれ」

 

 建御雷の言葉に、ルプスレギナが微笑んだ。何時の日か訪れるであろう創造主と共に踊ることを夢見て。

 

 

 

 

 

「ソリュシャン?何か怒ってます?」

 

「その様な事はありません」

 

 自分を抱えるソリュシャンをヘロヘロは見上げる。言葉では否定し、微笑んではいるが、何か怒っている気がする。具体的に何処がとはヘロヘロも答えられないが、何となくそんな気がするのだ。伊達にここ最近ずっと抱きかかえられっぱなしではない。恐らく、一般メイドの子達にも抱きかかえられてからだと思うが、それで何で怒るのかは解かるはずもない。

 

(気のせい?うーん、もしかして<伝言(メッセージ)>でやまいこさんに怒られた件かな?……私が完璧なメイドを求めるあまり表情から全然読み取れない。まあ、気のせいですよね)

 

「では本日のラストダンスです。あの子達にも良いところを見せたいので、よろしくお願いします、ソリュシャン」

 

「……畏まりました。ヘロヘロ様」

 

 心なしか普段よりソリュシャンのホールドの圧迫感が強い気がするが、ヘロヘロは何も言わない。何も言うはずがない。ヘロヘロは胸に抱きかかえられている力が強まることで多少苦しかろうが、それはご褒美でしかないのだから。

 

(ああ、私、今幸せです……)

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね、ユリ。あの子たちは?」

 

 ユリの手を取りながら、やまいこが小声で確認にする。ユリはその言葉に頷き、ホールドを組み身体をやまいこに触れさせながら答えた。

 

「ご安心下さい、やまいこ様。今は護衛のシモベ達に守らせてあります」

 

「なら安心だね。……かぜ―茶釜さんには軽く話したけど、もしかしたら帝国から強引に連れ帰ることになるかもしれない」

 

 やまいこの言葉にユリは目を鋭くさせた。やまいこの言葉は、もしかすれば戦闘が有るかもしれないという事だ。勿論ユリに異存は無い。ナザリックの者ではないとはいえ、あの者たちはエルフ。この最も敬愛する創造主の妹君と同じ種族の者達だ。そしてエルフ達の境遇はユリもやまいこと共に聞いていた。だから迷いなく答える。

 

「お任せ下さい、やまいこ様」

 

「茶釜さんは連れて帰ることに揉め事は無いだろうって言ってたけど、どうなるかわからないからね。……まあ最悪、後の事はあの子達を買った相手を殴ってから考えればいいよ」

 

 主人の言葉にユリは頷く。そして心のメモ帳に一言書き加えた。後の事は、殴ってから考えればいいと。

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい!ぶくぶく茶釜様!」

 

 ペロロンチーノに対して説教を終えた、いや、終えてはいないから中断したぶくぶく茶釜をアウラが明るく迎える。

 

「ごめんねー、アウラ。あのバカの所為でほったらかしにしちゃって」

 

 軽く謝るぶくぶく茶釜に、アウラは激しく首を振って否定する。

 

「そんな事ありません!ぶくぶく茶釜様、すっごい格好良かったです!」

 

 興奮して言うアウラに、ぶくぶく茶釜は笑う。アウラは本気でそう思ってるようだ。そういえば今回の騒動では食事を除いてマーレにあまり構ってやれなかった。だから次にこういう機会があれば自分がリーダーに回る事をアウラに告げる。

 

「ええー、マーレで大丈夫ですか?次もわたしがぶくぶく茶釜様をリードしたほうが良いと思いますけど……」

 

 少しだけ心配そうに言うアウラに、自分が弟の事を他の人に尋ねる時はこんな感じなのかなと思って可笑しくなった。

 

「ダーメ。次はマーレの番。お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」

 

「うう、……はい。わかりました、ぶくぶく茶釜様」

 

「良く出来ました。でもアウラにもリードの仕方を教わらないとだから、その時は助けてね?」

 

 続く言葉に、アウラは目を輝かせる。

 

「はい!お任せ下さい、ぶくぶく茶釜様!」

 

 

 

 

 

 どうしてこうなったのだろうかと、アインズは思う。咄嗟にアルベドに丸投げしたが、なぜジルクニフが急に属国化を望んできたのか、さっぱりわからなかった。ただ自分は仲間の話をしていただけなのにと、軽く俯く。

 イビルアイの事も結局仲間達に相談出来ていない。自分達だけで相談するチャンスなど、この舞踏会会場には無いのだ。

 

「―アインズ様」

 

「ああ、すまないアルベドよ。どうだ、属国の話はまとまりそうか?」

 

 この短い時間で話を終えてきたのか、アルベドがアインズの前までやってくる。アインズはそろそろオナーダンスの時間だと、こそこそと先に抜けてきたのだった。

 

「はい、アインズ様。アインズ様の御蔭で非常にスムーズに話が進みました」

 

 頭を下げるアルベドに、何で自分の御蔭で話がスムーズに進むのだろうと思いながらもアインズは頷く。

 

「そうか、礼を言うぞ、アルベド」

 

「もったいないお言葉です。ですが、ご謙遜などされなくてもよろしいのでは?全てはアインズ様の深い策謀によるものなのですから」

 

「―うむ、やはりアルベドは気づいていたか」

 

 本当何の事を言ってるんだよとアインズは思う。どうにかアルベドが何を言っているのか探ろうと必死に言葉を探す。

 

「……ではアルベドよ。お前が気付いたことを挙げて言ってもらえるか?答え合わせをしようじゃないか」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

 頭を下げるアルベドに向け、アインズは心の中でガッツポーズをする。悟られないように慎重に手を差し出し、アルベドを迎えた。

 

「まずはナザリックのシモベを使わずに、新たに召喚された者達を使い、皇帝の心を折られました」

 

 ユグドラシルBGM『レイドボス』に併せ、アインズはアルベドと共に一歩目のステップを踏む。いや、あれは一般メイドの護衛用に見栄え重視で呼び出しただけだよという言葉を、アインズは必死に呑み込む。

 

「高レベルのシモベを従え赴くことで、ナザリックはその真の戦力を晒すことなく帝国を威伏させることが出来ました。これは魔法などにより盗み見している相手に、こちらの手の内を勘違いさせる狙いがあったのですね?」

 

 あっ、とアインズは自らの失態に気付く。仲間たちとのギルドイベントに夢中で、しかも事前に弐式炎雷から物理的監視を強めてると言われていたことに安心し、会場自体には何も魔法的な対策を施していなかった。

 

(……しまった。踊ることばかりに夢中で、その辺りの対策を怠っていた。おまけに傭兵NPC達で威伏させたって。そんな事全然狙って無かったんだけど)

 

 先ほどからせっかくユグドラシルのBGMが演奏されているのに、まるで耳に入って来ない。元から耳は無いのだが。

 

「なぜ至高の御方々がわざわざ帝国に赴かれるのか疑問でしたが、それはこういう理由だったからなのですね。ナザリックでは常に世界級アイテムによる防壁を張り巡らせていますから」

 

「そ、その通りだ、アルベドよ。すっかり見抜かれてしまっていたな」

 

「まだいくつかアインズ様の策によるメリットを提示することが出来ますが、必要でしょうか?」

 

「い、いや。それには及ばない。流石は守護者統括のアルベドだな。今はそれよりも踊りに集中することにしよう。私も、仲間たちに負けるつもりはないのだからな」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

 これ以上ボロが見つかれば冷静を装う自信がない。そのためアインズは慌てて話題を打ち切ることにする。だがこれだけは伝えておこうと口を開く。

 

「―だがアルベドよ。一つだけ勘違いしているな。これは私だけの策ではなく、ギルドの皆と話し合った結果だ。決して私ひとりの功績ではない。そのことだけは覚えておいてくれ」

 

 本音ではあるが、こうやって自分だけでなく、ギルドの仲間を巻き込む事は忘れない。責任を分担するためにだ。あとはボロを出さずに踊りきるだけだと、アインズは無理やりに自分を納得させた。

 

「……ええ、畏まりました。アインズ様」




オナーダンスは舞踏会で最後に踊るダンスとかそういう意味では無いのですが、至高の方々は間違えて使ってます。
舞踏会は次で終わります。
いい加減、pixivに追いつかねば。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。