至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、自分を知る

(……どうしよう。これ、かなり不味いですね……)

 

 ナザリックの自室で、ヘロヘロは粘体の触腕を組み、目の前に広がる金貨の山を眺める。大きなテーブルの上に無造作に広げられた金貨は全てユグドラシルの物だ。万を軽く超える枚数はあるが、これが今ヘロヘロの所有するユグドラシル金貨の全てだ。はっきり言って、百レベルプレイヤーの所持する金貨の枚数としてはかなり少ない。

 理由は簡単だ。

 舞踏会の際に、奮発しすぎた。高レベルの傭兵NPCをあれだけ大量に召喚したのだから、無理も無いのだが。

 

(レイナースのお給料は、どれくらいが良いんだろう?これくらい?……いや、これくらいはいるよな……)

 

 ヘロヘロは金貨の山を触腕を使い切り崩し、しばらく悩んでから、切り崩した山に金貨を追加した。

 レイナースは自分の我儘で、帝国から魔導国に鞍替え、転職して貰ったのだ。給与を、帝国での彼女が給料制だったのかは知らないが、落とさせるわけには行かない。彼女自身は帝国から私物を引き上げることが出来た為に暮らしに問題は無いと言っていたが、だからといってそのままにはしておけない。ヘロヘロが現実世界で勤めていた会社はブラックではあったが、給与面ではしっかりしていた。あの会社にすら劣る雇用条件はヘロヘロが許容できない。

 レイナースは現在エ・ランテルの街に住まわせていた。

 一回目の給与代わりに、ユグドラシル産の装備を鍛冶長に頼み打ち直してもらい、彼女の鎧のデザインそのままで性能を大幅に上げたものを与えた。レイナースはその装備にかなりの驚きと感謝を示していたが、ヘロヘロからすれば大した装備品ではない。聖遺物級(レリック)ですらないのだ。データ量もソリュシャン達プレアデスが装備するものと比べて、かなり見劣りする。

 

(装備品のいくつかをエクスチェンジボックスに入れるかな?でもそれをやると、そのうち困った事になりそうだしなー)

 

 ユグドラシル産の装備は、こちらでは手に入らない。替えが利かないのだ。後々必要となり後悔する羽目になりかねない。かといってそれ以外に現金収入を得る手段も、ヘロヘロには思い浮かばない。

 

(あ、そういえばモモンガさんから、ユグドラシル金貨を外で使用しないようにって注意されてたな)

 

 そのことを思い出し、削っていた金貨を山に戻す。だからと言って問題解決したわけではない。むしろ悪化した。現地の貨幣を稼ぐ必要があるのだから。

 そしてヘロヘロは今まで自分はお金をどう稼いでいたのだろうかというところにまで思考が及び、ようやく気付く。働けばいいという事に。

 ヘロヘロは悲しいことに、社畜だ。社畜だった。昼夜関係無く働き続けることは、これまた悲しいことに慣れていた。

 ならばどう稼ぐ。一番確実なのは、ヘロヘロもアインズと同じく正体を隠し冒険者となることだろう。聞いた話ではアダマンタイト級冒険者ともなれば、一回の依頼で現地金貨をかなり得られるらしい。何より、中々楽しそうだ。ソリュシャンと共に冒険者になった自分の姿を想像する。

 

(無理か……)

 

 自分の姿を改めて確認し、諦めのため息をつく。正体が隠せないのだ。なぜなら粘体には手に持った装備品以外の外装は表示されないデメリットがある。即ち完全鎧を装備しても、見た目には反映されないのだ。抜け道が無いわけではないが、特殊なアイテムを使用しなければならない。

 いっそ粘体の姿のままソリュシャンに魔物使いを演じてもらい、自分が使役される魔物を演じるのはどうだという考えが浮かぶが、これもすぐに諦める。自分は帝国の闘技場と舞踏会で姿を晒している。これはソリュシャン含めてそうだ。 

 それに自分が冒険者となれば、黙っていないだろう友人が何人かいる。ペロロンチーノと弐式炎雷は必ず食いついてくるだろう。そうなれば各地に正体を隠したアダマンタイト級冒険者が何組も生まれることになる。流石に、そうポコポコとアダマンタイトが増えれば、いらぬ詮索も周りからされそうだ。

 

(……しばらくはモモンガさんにユグドラシル金貨の両替を頼むしかないかなー……)

 

 金貨の山を前に、諦めて項垂れた。

 傭兵NPCも大量に召喚し、その傭兵NPC達は全て自分付きとなっている。見た目重視のセレクトの為に能力にばらつきはあるが、そもそものレベルが高い分応用は利くだろう。呼びだした中で最も高レベルの傭兵NPCである蜘蛛人の暗殺者(アラクノイド・アサシン)は、レイナースの護衛として彼女の影に潜ませていた。

 急な出費さえ無ければレイナースの給料以外そう困ることもないだろうと思いつつ、出しっぱなしの金貨の山を、丁寧に一枚の取りこぼしもない様にアイテムボックスにしまっていく。

 

(急な出費か。この世界で急な出費って、どんなのがあるかな?)

 

 万一を考えればNPC達の蘇生費用だろうが、そんな事には自分が絶対にさせない。メイド達を守る手段は、それこそ自分の身以上に気を配っている。なら他にどんな事があっただろうかと考えると、一つの事が思い浮かぶ。

 

(……結婚式かな?ご祝儀とか。現実世界でも偶にありましたし。……ほとんど参加できませんでしたけど)

 

 悲しい思い出を頭を振って打ち消す。この世界で結婚しそうで、尚且つ自分が式に呼ばれる程の関係性がある人物を思い浮かべるが、そんなものは誰も居なかった。メイド達は絶対に嫁になんて出さないし、レイナースだって勿論そうだ。寿退社など絶対に認めない。

 だが自分が創造していない、三柱の残る二人が生み出したメイド達ならば話は別だ。彼らの代わりに、自分が親代わりになっても構わない。自由恋愛だ。しかしそれも恐らく無いだろうと思う。

 

(……むむむ?)

 

 他のメイド達を思い浮かべたついでに浮かび上がった顔に、ヘロヘロは唸る。結婚しそうなNPCが一人だけ居た。セバスだ。彼は連れ帰った人間の少女と、なんだか良い関係だと聞いている。創造主がリア充だとNPCもそうなのだろうかと、少しだけ悔しい思いもする。

 

(セバス。セバスか……。彼がツアレさんと結婚すると言うなら、NPCの中で初めてですね。これは盛大な式を挙げてあげないとだな、うん)

 

 しかし疑問も浮かぶ。その際の費用はどうするのだろうかと。普通に考えれば、創造主のたっち・みー持ちだ。当然だろう。だが彼はまだナザリックに帰還していないために、現状は無理だ。ならば誰が負担するのかと思案する。

 付き合いで言うなら最初に転移していたアインズだが、それを言ったら帰還していないギルドメンバーが創造したNPC達すべてが彼の担当になってしまう。それはあまりに酷だ。アインズも自分と同じく、個人資産は底を突いているはず。なら今いるメンバーの内でセバスともっとも関連があるのは―

 

(あれ?もしかして私ですか?)

 

 個人的な付き合いは殆んどない。だがこれは他の帰還しているギルドメンバーも同じだろう。だからNPC同士の関係性で考えてみる。すると、セバスと一番関りが強いのは自分の創造したNPC達だという事に気付く。

 セバスはプレアデスのリーダーであり、それだけならやまいこも弐式炎雷もそうだが、一般メイド達の直接ではないにしろ上司でもある。それにツアレは今はナザリックのメイドとして訓練しているらしい。ならば彼女は一般メイドの娘達の同僚という事になる。

 NPC同士の関係性で考えるならば、セバスは自分の娘達の上司で、ツアレは自分の娘達の同僚だ。

 

(ああ、不味い。これは不味いなー。すぐに準備を、会場はナザリックのロイヤルスイートで済むとして、料理長に頼んで結婚式で使う食材の金額を試算してもらわないと。いや、その前に結婚衣装ですね、結婚衣装。……それはユグドラシルの装備で平気かな?……な、仲人は私がする必要がありますね。そんな経験無いんですけど……。緊張してきた。あああ、お、落ち着け、私。いや、そもそも結婚式の準備ってどうしたらいいんだ?全然わからない……)

 

 混乱するヘロヘロは一つの決断をする。セバス達に会いに行こう。やはりこれは当事者たちを交えて話すべきだ。

 

「ステートメント。今セバスが何処にいるかわかりますか?」

 

 振り返り、控えていた本日のヘロヘロ番であるメイドに声を掛ける。長い黒髪のメイドは少しだけ思い出す様にしてから、明瞭に答えてくれる。

 

「セバス様は本日第九階層の一室で、ツアレの訓練にあたられているはずです」

 

「ありがとう、ステートメント。私はこれからセバス達に会いに行こうと思います。君も一緒に行きますか?」

 

「畏まりました。すぐに準備を致します」

 

 そう言ってステートメントは長く横幅の広い紐を取り出し、たすき掛けするように身に着けた。その光景をヘロヘロは複雑な眼差しで見守る。

 

「お待たせしました、ヘロヘロ様。では、お体失礼致します」

 

「……ええ、お願いします」

 

 そう答え、ヘロヘロはステートメントに抱き抱えられ、彼女の身に着けた紐のようなものに包まれる。要するに、抱っこ紐だ。

 

「それではステートメント、手を差し出してください」

 

「はい、ヘロヘロ様」

 

 ヘロヘロは胸に抱かれたまま、うっとりと左手を差し出すステートメントの薬指に、筋力増強の指輪を嵌める。一般メイドの彼女達でも自分を抱っこをしながら移動できるように与えた指輪なのだが、なぜか自分達で指輪を持ち回さずに、毎日ヘロヘロに返される。どうもこうしてヘロヘロに直接指輪を嵌められることで「くぅう!今私必要とされている!」という気持ちが味わえるらしい。それなら左手の薬指で無くてもいいんじゃないかと思うが、彼女達がそう望むのだからしょうがない。

 

「では、行きましょうか。よろしくお願いします」

 

「畏まりました」

 

 歩み始めたステートメントの胸に抱かれながらヘロヘロは自室から出る。最初はメイド達に抱っこされる事を役得と喜んでいたのだが、この姿をつい先日帰還したばかりのウルベルトに見られた時は、流石に情けなかった。呆れながら正気を問われ、自分が今どんな格好なのか、ようやく客観的に理解する事が出来た。

 ちらりと首を上げてステートメントを見れば堂々と、誇らしげにしている。そんな彼女に、そろそろ自分で歩くから大丈夫だよとは言えない。諦めたように、ため息をつく。だが―

 

(まあ、私。この後頭部に触れる感触、大好きなんですけどね!)

 

 

 

 

 

 ツアレの歩行訓練を厳しい目で見つめていたセバスは気配に振り返る。至高の御方の気配を感じ、すぐさま扉に向けて片膝をつき控える。一瞬、セバスの目で見ても一瞬遅れただけで、ツアレもまたセバスに倣い訓練を中断し控える。成長が十分見て取れる。だがセバスはそれを直接褒めることはしない。ツアレにはまだまだ上を目指して欲しかったからだ。

 扉が開かれる気配に、すぐさまセバスは思考を切り替える。姿を見せたステートメントの胸に抱かれた至高の御方に、セバスは態度でもって忠誠を示す。

 

「訓練中、お邪魔して申し訳ありません、セバス。それとツアレさん、こうして直接話すのは初めてですね。二人とも、楽にしてください」

 

「はっ!」

 

 至高の御方からの言葉に従い、セバスとツアレは立ち上がる。

 

「改めて挨拶を。至高の四十一人、ヘロヘロです。よろしくお願いしますね、ツアレさん」

 

「は、はい!ツアレ、ツアレニーニャ・ベイロンです。よろしくお願いします、ヘロヘロ様!」

 

 ツアレは至高の御方の人間とは違うお姿に気圧されたような様子は無いが、少しだけ萎縮はしている。恐らくナザリックの支配者である御方を前に、緊張を隠せないのだろう。

 

「ええ、よろしくツアレさん。とてもいい名前ですね。特に最後のニャの所が。猫っぽくて、餡ころもっちもちさんが好きそうです」

 

 ただの人間に過ぎないツアレに優しく声を掛けて下さる至高の御方に、セバスは改めて敬服する思いだった。だがしかし、一つだけ進言しなければならないこともあった。

 

「申し訳ございません、ヘロヘロ様。ツアレは正式にナザリックの一員となりました。他の者に示しを付けるためにも、どうかツアレと。そう呼び捨て下さいますようお願い致します」

 

 頭を下げるセバスにヘロヘロは頷く事で答えてくれた。やはり優しい御方だと思う。

 

「そうですね。ではツアレと呼び捨てさせてもらいます。ありがとう、セバス。よく進言してくれました。これからも私たちの至らない所をそうやってフォローして下さいね?」

 

 アインズを始め、この偉大なる御方々に至らない所などある筈もない。もしあるとすれば、こうした優しさゆえに生まれてしまう不要な気遣いくらいだろう。

 

「いえ、失礼をしました。……ツアレ、ヘロヘロ様はソリュシャンとステートメント達の創造主たる御方です。失礼のない様に。しかしヘロヘロ様、どうされたのでしょうか?お呼びくださればすぐに参上しましたものを」

 

「ええ、セバスに。いえ、セバスとツアレにですね。相談したいことがありまして」

 

 セバスには至高の御方に相談されるような様な事に心当たりはない。至高の御方が他の者の知恵を必要とするくらいの難題だ。むしろ自分で答えることが出来るのだろうかと不安を覚えてしまう。相談が必要ならばセバスよりも、デミウルゴスやアルベドといった叡智に富む者が相応しいはずだ。

 だがそれでも至高の御方がこうして直接足を運んでくれてまで、自分を選んでくれたのだ。セバスはその役目を、全身全霊をもって務めようとする。

 

「……ヘロヘロ様。その相談というのは」

 

 覚悟を決め、ヘロヘロの言葉をセバスは待つ。

 

「二人は教会式と神前式、どちらが好みですか?私としては教会式だと九階層の設備を少し改装すれば使えるので助かるのですが……。いえ、勿論神前でも構いませんよ?会場は何とかしますし。……ああ!神前なら桜花聖域が使えますね。大丈夫、安心して下さい。オーレオールには私からちゃんとお願いしますので。……あの子に神職をお願いすることも出来るか。むしろそっちの方が安上がり?あ、二人は費用は気にしないでいいですからね?任せてください!私が二人に、立派な式を挙げさせてあげますから!パァーッと行きましょう!パァーッと!」

 

 そしてセバスはツアレと顔を見合わせてから、まくし立てるヘロヘロからの相談に言葉を詰まらせる。

 やはり至高の御方の思考は深慮に富み、セバスでは理解することすら出来なかった。相談の内容を理解する事すら出来ない己の不甲斐なさを、セバスはただ噛み締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 眼前に広がる赤茶けた大地をデミウルゴスは見下ろしていた。カッツェ平野。ここでアインズが王国の軍に向け超位魔法を発動した。その場所にデミウルゴスは創造主の魔法によって共に訪れていた。デミウルゴスは背後の転移門に、右手を胸に置き頭を下げ創造主を出迎える。

 姿を見せた創造主ウルベルト・アレイン・オードルが一瞬金色の瞳であたりを探り、口を開いた。

 

「モモンガさんに頼んで一度連れて来てもらっておいたが、座標に間違いはなさそうだ。確か帝国側がこちらで、王国の布陣があちら側だったな。どうだ?間違えてはいないか、デミウルゴス?」

 

 確認をするウルベルト・アレイン・オードルの言葉にデミウルゴスは頷く。

 

「はっ!私も資料で確認しただけですが、間違いございません。王国はあの三つの丘を利用し兵を展開させていました」

 

 王国軍は帝国軍との戦争の際その約二十四万五千の兵を、右翼、左翼、中央に兵を分け、三つの丘を利用して陣地を作っていたはずだ。その証拠に、アインズの魔法によって壊滅した痕跡が至る所に残されていた。死体は無駄なアンデッドを呼ぶために帝国の兵によって片付けられているが、それでも至高の御方がわざわざ訪れる様な場所では無いとデミウルゴスは思った。

 

「ですがウルベルト・アレイン・オードル様。何故御身自らこのような場所に?」

 

「……お前も仲間達と同じく、私の事はウルベルトと呼ぶがいい」

 

 不意に訪れた名誉に、デミウルゴスは喜びで身を震わせる。感動のまま口を開き、礼と共にその名を呼ばせてもらう。

 

「ありがとうございます、ウルベルト様!」

 

「……まあ、いいか。それで、お前には見えるか?王国の軍が」

 

 鋭利な爪を三つの丘に向けるウルベルトの意図を読み取り、デミウルゴスはその宝石の瞳にかつてこの場所に展開していただろう王国の軍を、資料で読み取ったままに映し出す。デミウルゴスの目には映し出されていた、馬止め柵の代わりに槍衾を形成する、脆弱な人間の軍が。

 

「お前は第十位階の魔法は使えるが、超位魔法は使えなかったな。だがモモンガさんの超位魔法を見せてもらった事はあるだろう?」

 

 位階魔法を超える究極の魔法。デミウルゴスはその発動を、シャルティアでの戦いや、アインズが行った様々な実験で目にしていた。

 

「その通りでございます、ウルベルト様」

 

「そうか。……では知るがいい。その上があることを」

 

 そう言ってウルベルトはデミウルゴスが見守る中漆黒のマントを翻し、その両腕を広げた。そして吠える。

 

「顕現せよ!究極の秘儀よ!我が絶望と憎悪を喰らい災禍と為せ!―――<大災厄(グランドカタストロフ)>!」

 

 怨嗟の籠められた声とともに、超位魔法を凌ぐ力が発動した。

 世界から零れ落ちた葉の憎悪によって形作られた、物理的な現象となるまで圧縮された呪詛、純然たる破壊エネルギーの渦が王国軍が展開するフィールドを覆い尽くす。

 デミウルゴスの目には見えていた。圧倒的な破壊の力が、目に浮かぶ王国の兵たちを嘲笑うかのように飲み込み、蹂躙する様を。砕けた大地に飲み込まれ、超然たる破壊の渦に切り裂かれている。痛みすら、死すら訪れたことを感じさせぬまま命が消えていく王国の兵たちの幻が、確かにデミウルゴスには見えていた。

 デミウルゴスは未だ吹き荒れる破壊の渦に視線を奪われたまま思う。人間どころではない。たとえナザリックのモノであろうとも、一体何名がこのエネルギーの渦に耐えることが出来るのかと。

 自分を始めとする階層守護者、幾名かの領域守護者、そしてそれらを束ねる至高の方々。それ以外のモノならばこの災禍に耐え抜くことは出来ないだろう。いや、守護者達であろうともその身を切り裂かれ、どうにか生きていられる、その程度では無いのかとデミウルゴスは思う。

 一筋の涙が頬を伝う。

 自らの創造主が起こした災禍にデミウルゴスは宝石の瞳から涙を流し、その惨劇に心を奪われていた。

 これが神に等しい御方々の中で、自らの創造主のみが振るえる力。<大災厄(グランドカタストロフ)>。初めて見るその力の素晴らしさに、涙が溢れていた。

 ようやく災禍の渦が収まる。その頃にはデミウルゴスの瞳に浮かぶ王国の兵たちの幻は、すべてが消え去っていた。

 そして災禍によって形を変えた丘に向けて、ウルベルトが哄笑を上げる。

 

「素晴らしい!素晴らしいな、デミウルゴス!見たか、俺の力を!」

 

 デミウルゴスは頬を伝う涙を拭う事すら忘れ、圧倒的な力を示された自らの主人に追随する。

 

「お見事です、ウルベルト様!このデミウルゴス、あまりの感動にこの身の震えを抑えることが出来ません!」

 

「そう!そうだろう、デミウルゴス!圧倒的な力だ!この力を勝ち組の連中が暮らす、あのいけ好かないアーコロジーに向けて解き放てばどうなると思う!?形すら残らない!はっははははははは!今の俺ならばネオナチどころじゃない。もっと、もっとデカい騒ぎを起こすことも出来るぞ!」

 

 笑い続けるウルベルトがデミウルゴスを振り返る。その金色の瞳に、デミウルゴスはまるで背中に氷柱を背負ったかのような冷たさを覚える。デミウルゴスをもって心胆を寒からしめる程の、恐ろしい狂気に支配された瞳だった。

 

「デミウルゴス。俺とお前の権限でどの程度ナザリックを掌握できる?」

 

 質問の意図が分からなかった。だが、デミウルゴスの優秀な頭脳はすぐさま答えを導き出す。デミウルゴスは片膝を突き、顔を伏せてから創造主の質問に対する答えを口にする。

 

「実際に行動を移せばアインズ様がお持ちになられる上位権限で封鎖をされ、シモベ達も掌握されてしまうと思われます。使えるのは第七階層の一部かと……」

 

「具体的には?」

 

「赤熱神殿。魔将たちと十二宮の悪魔であれば、アインズ様のご命令よりも、ウルベルト様のご命令を優先します」

 

「なるほど、紅蓮は使えないという事か。それとだ、デミウルゴス。お前にはまだ褒美を授けてなかったな」

 

 そう言ってウルベルトの両の手がデミウルゴスの頬を掴み、伏せた顔を強引に上げさせられた。

 

「お前にだけは選ばせてやる。アインズ・ウール・ゴウンか、それともこのウルベルト・アレイン・オードルかを」

 

 笑みで顔を歪める山羊の瞳が、デミウルゴスの丸メガネの奥に隠された瞳を覗き込む。

 デミウルゴスの優秀な頭脳をもってしても創造主の問いに、突き付けられた選択に答えを出すことが出来ない。アインズは、いや、アインズ・ウール・ゴウンはナザリックの絶対的な支配者であり、唯一自分達と共に居てくれた至高の御方。だが、眼前で選択を迫る御方はデミウルゴスを創り出し、そしてたった今圧倒的な力を自身の前で示してくれた至高の御方なのだ。

 その迷いが覗き込むウルベルトの視線から、デミウルゴスの視線を僅かに逸らさせる。その迷いを見たウルベルトの金色の瞳から狂気が抜けていった。

 

「……すまない、デミウルゴス。馬鹿な質問をしたな。今のやり取りは忘れてくれ」

 

 謝罪をする創造主に、デミウルゴスの心は焦燥する。見限られてしまったと、そう思ったからだ。その心の動きに、デミウルゴスは理解した。理性はウルベルトに、たとえ処罰されようとも、命を奪われようとも諫めるべきだと告げている。だが心はウルベルトを、帰還してくれた創造主が再び自分を捨てて、お隠れになられることを恐れてしまっている。

 そしてデミウルゴスは、理性では無く、感情で判断することにする。自分の決断を。

 かつて主人であるアインズがシャルティアとの戦いに赴かれた際に、危険を承知で送り出したアルベドの気持ちを、デミウルゴスもまた理解してしまった。

 

「さあ、ナザリックに戻るとしよう。次はドワーフの国に向けて遠征だ。どうだ、デミウルゴス?お前も一緒に来るか?」

 

 創造主の誘いを、デミウルゴスは断腸の思いで諦め首を振る。

 

「申し訳ありません、ウルベルト様。私はナザリックに残り、いくつか準備をさせて頂こうと思います」

 

「そうか、聖王国か?苦労をかけるな。お前の働きはまさにナザリック随一のものだ、デミウルゴス。お前を誇らしく思うぞ」

 

「……その一言で、このデミウルゴス、励まされます。全霊をもってウルベルト様のご期待に応えてみせます!」

 

 デミウルゴスの答えに、創造主が微かに微笑む。ウルベルトの後から<転移門>を潜りナザリックに戻るデミウルゴスは覚悟を決めていた。

 準備をしなければならない。アルベドだけで無く、場合によっては盤上の一手に無数の策を潜ませる神算鬼謀の主、アインズ・ウール・ゴウンその人すら欺く必要がある。

 デミウルゴスが足元にも及ばない最高の主人の意に、創造主の願い次第では逆らう事になるかもしれない準備を。

 

 

 

 

 

 デミウルゴスを引き連れ<転移門>を潜るウルベルトは後悔していた。自分が思わずデミウルゴスに問い掛けた言葉を。

 ウルベルトは、かつて自分が切っ掛けとなった諍いを責めることもせず迎え入れてくれた仲間達を、無意識のうちに裏切りかけていた。仲間のための悪となると誓っておきながらだ。

 <大災厄(グランドカタストロフ)>を試したのは自分の切り札を、フレンドリィ・ファイアが解除されたこの世界で仲間を巻き込まずに、正しく使えるようにするためだ。そのための実験だった。

 だが実際はどうだ。自分はその威力に、自らの力が及ぼす災禍に、仲間の事など忘れて酔いしれてしまった。

 

 ウルベルトは小さく、背後を歩くデミウルゴスに聞かれないように、舌打ちする。

 デミウルゴスに平野で王国の兵を想像させたのは、驚かせてみたいという子供のような思いからだった。だがウルベルトは違う光景をあの平野に見ていた。

 富裕層が、勝ち組だけが暮らすことの出来る都市を。自分たちが這いつくばって暮らす濁った大気に覆われた街とは違って、環境が整えられガスマスクすら必要としないあのアーコロジーの街並みを。

 

 そして自分が放った<大災厄>は、アーコロジーの街並みを、徹底的に蹂躙尽くした。その光景に酔いしれ、夢中になった。災禍に飲まれて死んでいく人の群れが見えたようで、酷く興奮していた。

 ウルベルトはぶくぶく茶釜に、マイナスに偏ったカルマに影響された感覚の違いに注意する様忠告されていた事を思い出す。

 カッツェ平野の前に、デミウルゴスが用意したという牧場にも足を運んだが、その光景を見てウルベルトは嫌悪感を覚えていた。ナザリックに必要な事と割り切り止めることはしなかったが、それでも力有る者が力無い者を蹂躙する様は、ウルベルトに現実世界の自分を思い出させて、酷く不快だった。

 ナザリックの行いに対しても、ウルベルトは不満を覚えている。こそこそと姿を隠し、裏で様々な事柄を画策していることをだ。

 力無き者を、力有る者が虐げている。

 もしそれが本当に必要で、やると決めたのならば、堂々と行うべきだ。それが悪のあるべき姿だ。力あるべき者の姿だ。

 

 だがデミウルゴスの牧場については殆んどのメンバーが正しく理解していないようだし、ウルベルトもそれを正すつもりは無かった。避けられる諍いは避けるべきだ。仲間達と争いたくはない。その思いは自分の偽悪的な趣味嗜好より優先される。

 そう判断できる程度には人間の感情を残していると思っていた。ならば自分が設定をしたマイナスのカルマは何処に作用しているのだろうか。今回の実験でそれが理解できた。

 ウルベルトのマイナスのカルマは、この世界にではなく、現実世界に向け作用している。

 この数年の自分は、出来るだけ犠牲を出さない方法を、罪の無い者を巻き込まない方法を、模索していた。

 だが先ほどの自分はどうだ。想像とはいえ、無関係な者達もまるで勝ち組に生まれた事すら罪だというように、巻き込んでいた。現実世界の自分が傷つけないようにしていた者達も巻き込んだ災禍の光景に、このウルベルト・アレイン・オードルは笑みを浮かべ酔いしれていた。

 もしあの光景が現実のものとなれば、無垢な子供も犠牲になるだろう。そしてウルベルトはその自分が想像した光景を現実のものとするべく、ナザリックの掌握を口にしていた。この力を持ったまま現実世界に帰還する方法を、ナザリックを使って探すべく。ウルベルトは躊躇い彷徨うデミウルゴスの瞳を見て、ようやく正気を取り戻していた。あれが無ければ、自分はどのような行動を取っていたのだろうか。

 

(……そんな事が叶う筈も無い。心配するだけ無駄か)

 

 あり得ない事を夢想する子供のようなものだ。そんなことを現実世界で引き起こせるはずは無い。ユグドラシルの法則が通用するこの世界が異質なのだ。現実世界でその法則が起こりえるはずがない。

 だが、そう思っても心の中の火種は燻り続ける。もしかすればそんな方法があるのではという炎が、ちらちらとウルベルトの心を舐めるようにしている。

 この思いは大事な仲間を焼きかねない。馬鹿な考えを振り払うように首を振る。だが思いは追い出そうにも、こびり付く様に頭の片隅に残ってしまう。

 

(駄目だ。この思いは捨てろ。……俺は仲間達と、争いたくは無いんだ)

 

 




ウルベルトさんは今の自分を。
ヘロヘロさんはお金が無い事をそれぞれ知る回。


ネタを入れるつもりが、後回し。
もうちっと温めます。

ヘロヘロさんはネタじゃなくて、あの人マジだから!
あとウルベルトさんはリアルで色々やらかそうとして、その前に潰され転生しています。


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