至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、NPCと出会うカルマ-

 ひとしきり恥ずかしさに頭を抱え終わった後、ぶくぶく茶釜が思い出したように手を、らしきものを上げる。

 

「ああ、そだそだ、モモンガさん。大事な事忘れてた」

 

「どうしました、茶釜さん?」

 

「うん、私たちの捜索隊。アルベドに直属の部隊を持たせているんでしょう?」

 

「ああ、そうですね。アヴァターラを介してとの茶釜さんの推測通りなら必要ありませんね、解散を―」

 

「いや、解散させないで欲しいの。ただ、ルベドへの指揮権だけは、外してほしいな。できれば、ううん、必ず私に言われたからだって、モモンガさんからアルベドに伝えてほしい」

 

 訝しがるアインズに、ヘロヘロもまたぶくぶく茶釜の意図が分からずに、彼女に注目した。ペロロンチーノだけは、ぶくぶく茶釜を見ずに、頭を抱えている。それがふざけているのでは無く、まだぶくぶく茶釜と多少のしこりを残しているせいだと理解しているヘロヘロとアインズは、何も言わない。

 

「……目的を私たちの捜索から、私の帰還方法に変えてもいいかな。……うん、そうすればアルベドの注意は私に一番向くだろうし……」

 

 色々と考え始めたであろうぶくぶく茶釜に、アインズだけでなく、ヘロヘロにも疑問符が浮かぶ。アルベドの注意という言葉の意味が分からないし、必ずアインズから伝えてほしいというぶくぶく茶釜の意図も読めない。

 だが、ぷにっと萌えや、タブラ、ベルリバーの三者ほどでは無いにしろ、ギルド内において、ぶくぶく茶釜も頭の回転は速い方だった。ヘロヘロでは気づかない何かに、気付いているのかもしれない。こういう時は任せた方がいいと、経験から知っているヘロヘロは口を挟まない。

 それでもぶくぶく茶釜が小さく呟いた、「ルベドが必要な状況ってなんだ? 」という言葉だけは気になった。しかし、それを問いただすより先に、ぶくぶく茶釜が口を開く。

 

「あー、ごめんね。まあ、私の考えすぎならそれでいいんだけど。……ほら、アウラとマーレにはそういう話は出来ないでしょう? 私が帰るつもりだなんてさ。その点、アルベドなら適任かなーって」

 

「……なるほど、そうですね。私もアルベドには、そのドリームチームに別件で力を発揮してもらうかもしれないと言ってあります。わかりました、アルベドには皆さんの帰還のお披露目の後に、私から伝えておきますね」

 

 アウラとマーレという部分に、納得した様にアインズは頷く。ヘロヘロもその言葉になるほどと思った。

 アインズの話を聞いた限り、NPC達の忠誠心は凄まじいものがありそうだ。その彼女らに、ようやく帰還した創造主が、再び居なくなろうとしていると理解させるのは、酷だろう。

 そしてぶくぶく茶釜の説明に納得したアインズは、未だに頭を抱えるペロロンチーノに向き直った。

 

「ほらほら、ペロロンさんもいつまでも悶えてないで、どうです? NPC達が集まるまで多少は時間がかかりますし、せっかくだから一緒にエ・ランテルの街並みを見学しませんか?」

 

 そう言うアインズからそっと目配せされたことに、ヘロヘロは気づく。意図をすぐさま理解したヘロヘロは心の中で頷いて、アインズの言葉とは別の提案をする。

 

「いえ、私はちょっと気になることがあるので、もう少しここで話をしたいと思います。それで申し訳ないんですが、茶釜さん。お付き合いいただけますか?」

 

「いいよー」

 

 何のことは無い。まだ少しだけ先ほどの言い争いのしこりを残す姉弟を、わずかな時間だけでも離れさせ冷却させようと、アインズが気を利かせたのだ。

 人間の感情を残滓という今のアインズの根底に、ギルドの和を重んじていたあの頃とまったく変わらない部分が残っていることに、ヘロヘロは思わず嬉しくなる。

 それに、ヘロヘロがぶくぶく茶釜に話したいことがあったのは事実だ。

 ペロロンチーノはおそらく、自分と違わないだろう。アインズの話を受け入れている。

 それではぶくぶく茶釜はどうだろうか?

 ぶくぶく茶釜は、アインズの、ナザリックのしたことを、肯定も、否定もしていない。ただ戻る方法を探すとだけしか言っていない。それがヘロヘロは少しだけ気になっていた。

 

 

 

 

 どう切り出したものか。話をするといって残ったものの、ヘロヘロは切っ掛けが掴めずにいた。

 そういえばと、ぶくぶく茶釜がルベドを気にしていたことを思い出し、それを切っ掛けにしてみる事にする。

 

「ああ、うん。えーとね、私たちの捜索にルベドが必要な状況って何かなーって考えたらさ。ちょっと怖い事を思いついちゃって」

 

「怖い事ですか?」

 

「うん。まあ、モモンガさんがアルベドの設定を書き換えたって話を聞いてたからなんだけど」

 

「いや、あれは流石にタブラさんが悪いですよ。よりにもよって、守護者統括のアルベドにビッチ設定つけるだなんて。……まあ、ギャップ萌えは理解できるんですが」

 

「わかるんだ。まあ、それはいいんだけど。ヘロヘロさんさ、好きで好きでたまらない相手が、自分より大事なものがあるって理解している女がどう出るか、わかる? 」

 

 ぶくぶく茶釜に女性の気持ちを問われて、ヘロヘロは何度か鷹揚に頷いて見せた。ああ、なるほどと、そうぶくぶく茶釜に伝わる様に。

 

 だって、わかるはずがない。

 なぜならばヘロヘロは、アインズ・ウール・ゴウン内における非課金同盟に次ぐ新たな同盟、未経験者同盟の一員だったのだから。ちなみにその同盟内にはアインズとペロロンチーノの名前も当然のようにある。

 だが、ここでわからないと正直に答えてしまえば、女性の気持ちのわからない男、すなわち未経験者だと、女性のぶくぶく茶釜に知られてしまうだろう。それはリアルでの面識もある、いい社会人だった自分が決して悟られてはいけない事。トップシークレットだ。

 だからヘロヘロは―

 

「―なるほど、そういうことですか」

 

 わかっている振りをする。すべては自分の名誉の為に。

 

「あー……うん。わかるならいいんだけど。私は昔そういう役を演ったことがあるから、そのキャラに置き換えて想像したんだけど……。えー、本当にわかるのぉ?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

「……それならいいけど。まあ、だからこの辺は、少し私の好きにさせてもらっていいかな? 私の思い過ごしなら、それでいいんだし」

 

 まるで何のことかわかってないが、ヘロヘロは了承する。これは単純に、ぶくぶく茶釜が信頼できる相手だと理解しているからだ。決して、自分が未経験だと知られたくないからではない。そう、決して。

 

「私でお手伝いできることがあれば、いつでも言ってくださいね」

 

 だからこの言葉だけは、本心から伝える。

 自分は残るから、ぶくぶく茶釜は帰るとか、そんなことは関係ない。

 同じ、アインズ・ウール・ゴウンの、仲間なのだから。

 

「ん、ありがと。……それと、ごめんね? 身内の喧嘩晒しちゃってさ、モモンガさんと一緒に気を使ってくれたんでしょう?」

 

「……やっぱバレちゃってますか」

 

「アイツは気づいてないだろうけどね」

 

 そう言って笑うぶくぶく茶釜に、ヘロヘロも少しだけ笑った。

 

「ねえ、ヘロヘロさん? さっきの、人間の軍勢相手にモモンガさんが、<黒き豊穣のへの貢(イア・シュブニグラス)>を使ったって話、どう思った?」

 

 表情が無くとも、彼女の職業性からか、声だけで感情が伝わってくる。だがそれに気付かぬ振りをし、とぼける様にヘロヘロは答える。

 

「すごいなと思いましたよ? なにせ仔山羊五体ですからね」

 

「うん、ヘロヘロさん。正直にお願い」

 

 ぶくぶく茶釜に見透かされ、諦めたようにヘロヘロは人間だったらするように、少しだけ息を、正確には吐いたふりをする。

 

「……羨ましいと、思いました。私も、ユグドラシルで鍛えた力でどんな事が出来るのか、知りたいと思いました。ははは、おかしいですよね。何万何十万死んだ、殺したと言われても、それが少しも異常なことだと思わない。ただ羨ましい、自分も試したい、そんなことしか思わない……」

 

 そう乾いた笑いで言うヘロヘロに、ぶくぶく茶釜も同意の声を上げる。

 

「うん、私もなんだ。今の私たちの種族のせいなのか、カルマ値のせいなのかわからないけど、それが全然異常なことだと思わない。モモンガさんがやった事だって、結果的にアウラやマーレを守ることに繋がるなら、むしろよくやってくれたとすら思う。ヘロヘロさんが言ったみたいに、私も力を試してみたいと思う。……アイツなら余計にだよ」

 

「ペロロンさん、私たちとはビルドが違いますからね……」

 

 ぶくぶく茶釜は防御役特化、ヘロヘロは攻撃役だがやや特殊なビルドをしている。大軍相手向きのビルドでは、ヘロヘロはやりようはあるが、ない。

 しかしペロロンチーノのビルドは、距離のある場所、開けた場所でこそ真価を発揮する。大軍の展開が可能なフィールドなど、ペロロンチーノの独壇場とも言えるだろう。そんな場所で自分の力を振るってみたいという願望は、ヘロヘロとぶくぶく茶釜以上のはずだ。

 

「数十万の大軍、それも格下の相手なんて、ユグドラシルではありませんでしたからね。興奮してしまっても、無理ないですよ」

 

「私はさ、ヘロヘロさん。正直に言うとね、……怖いんだ。アイツが、弟が、無自覚に、ゲームの延長線上で、遊び感覚で人を殺す事が。私の知っている弟が、身も心もペロロンチーノになっちゃうことが、本当に怖い……」

 

「ですが、それは―」

 

「うん、わかってる。この世界に居る限りは、仕方ない。……でも、それが当たり前だと思っちゃうぶくぶく茶釜(自分)も、少しだけ怖いんだ」

 

 そう乾いた笑いで言うぶくぶく茶釜に、ヘロヘロは答えることが出来ない。

 

「だってさ、おかしいよ。私たち、今はこんな体だけど、人間だったんだよ?殺したとかなんとかとか、そんなの全然関係ないところに居たんだよ?それなのに、力を試したいとか、羨ましいとか、なんでそんな風に思えちゃうのよ……。ごめん、ヘロヘロさんを責めるつもりは無いんだ」

 

「……いえ」

 

 そして唐突にぶくぶく茶釜は笑う。

 

「あは、あはははは。ねえ、ヘロヘロさん。私今、()()()()()()()()って言ったよね!?()()()()()()じゃなくて!」

 

 笑い続けながら、人間だったらするように頭を掻きむしるような仕草をするぶくぶく茶釜に、ヘロヘロは何も言えないでいる。

 

「……本当はおかしいはずなのに。人を殺した、アンデッドにした、攫った、閉じ込めた、実験した。あいつはそれが異常と思えない異常さに気付いてない……。私は……これが……少しでもおかしいって、あいつに思ってもらいたい……。思えないなら、私は引きずってでもあいつを連れて帰る。あいつを、そんな風にしとけないよ。だってあの子は、私のたった一人の……弟なんだよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 ペロロンチーノと共にエ・ランテルの大通りに転移したアインズは、少しだけ後悔した。

 こちらの世界に来たばかりだというペロロンチーノに初めて見せた光景が、歩いている人間たちの表情も暗い、デス・ナイトたちが警備兵代わりに巡回する街並みだ。

 活気も無い街並みを見せられて、失望していないだろうか?そうアインズを心配にさせる光景だった。

 先ほどのやり取りからして、ヘロヘロはともかく、ぶくぶく茶釜は現実世界に戻ろうとするだろう。そこにペロロンチーノがどう動くかは、正直未知数だ。言葉としては、ぶくぶく茶釜を手伝うと言ったが、心根はもちろん違う。故にこの世界に否定的な感情は、あまり持たれたくなかった。

 デス・ナイトを開墾用に再建中の村々に貸し出すのではなく、もう少し道の舗装や建設など、そういった事に力を入れておけばよかったと思いつつ、アインズはペロロンチーノを横目で伺う。

 

 しかし、アインズの不安とは裏腹にペロロンチーノは、まるで呆けたように、空を見上げていた。

 仮面の上からでもわかる。何かに心奪われたように、ただただ、じっと。

 

「……は……ハッハハハハハ!」

 

 しばらくしてからそう急に笑い出して、翼をはためかせ、ペロロンチーノが飛び立つ。

 

「ペロロンさん!? ……っ、<飛行(フライ)>!」

 

 金色の残光を曳きながら飛翔するペロロンチーノに追いすがる様に、アインズも慌てて飛び立った。だが、すでにペロロンチーノは遥か上空にまで行っており、後から飛び立ったアインズでは、追いつくことすら出来なかった。

 

「……流石ですね、ペロロンさん。……<魔力増幅(マジックブースト)><魔法最強化(マキシマイズマジック)>!」

 

 ただの<飛行(フライ)>では追いつけないことを悟ったアインズは、魔法強化を連続して使用する。そうすることでようやく彼の姿を視界に捉えるくらいには、追いすがることが出来た。

 魔法強化を行っても完全に追いつくことが出来ないことを、アインズは不満に思わない。むしろ誇らしい気持ちにすらなる。

 まるで天空すべてが自分の庭だといわんばかりに、縦横無尽に飛翔するペロロンチーノが、アインズ・ウール・ゴウンの、自分の仲間なのだと、すでに小さくなったエ・ランテルの町に住む住人に、自慢してやりたいくらいだった。

 

 アインズは、ようやく動きを止めて、空中でゆっくりと羽ばたきながら両手を広げるペロロンチーノに、声が届くくらいに近づいていく。そのころには彼がなぜ急に飛びだしたのか、理由がわかっていた。

 

「はは! すごい! 空が青い! 広いよ! ねえ、モモンガさん!? 太陽ってスモッグに覆われてないと、こんなにも眩しいものだって、知っていました!?」

 

 太陽の光を浴びながら、子供のようにはしゃぐペロロンチーノに、アインズは微笑む。思い出したからだ。自分も最初、この世界の星空に心奪われたことを。

 

「すごい! ははっ! 本当にすごい! 仮想現実とじゃ全然違う!」

 

 すごいすごいとはしゃぐペロロンチーノに、アインズは苦笑いを浮かべる。このリアルの顔も知る、子供とは言えないバードマンに、カルネ村の幼子ネムが重なって見えたからだ。

 童心に帰るペロロンチーノに、アインズは優しく語り掛ける。

 

「この光景、ブループラネットさんにも見せてあげたいですよね」

 

「ですね! 絶対喜びますよ! ねえ、モモンガさん! あっちに広がる森林は何て言うんですか!?」

 

「あれが先ほどの話にも出てたトブの大森林ですね。昔はエルフも居たそうですよ?」

 

「なんですって!? あの森は、すけべエルフの森だったんですか! 素晴らしい!」

 

 急に、子供じゃないことを言い出した。

 

「森の先の山脈は何て名前で! どんな子が住んでいるんですか!?」

 

 すけべエルフの森ってなんだろうと思うアインズには構わず、矢継ぎ早にペロロンチーノが質問する。

 

「あ、アゼルリシア山脈ですね。なんでもフロスト・ドラゴンが住んでいるとか」

 

「……ああ、フロスト・ドラゴンですか。……そうですか、あの山にはエロモンスターはいないんですね……」

 

 エルフには激しく反応したペロロンチーノが、ドラゴンにはまるで興味を持たないことに、らしいなと思わずアインズは軽く吹き出す。

 

「ドラゴンだって、素材としては優秀なんですよ?それにちゃんと調査を入れてませんから、どんなモンスターがいるか、まだわかりませんよ」

 

「ああ、そういう話をしてましたね」

 

「ええ、いずれ調査しなくては思うのですが、……無駄に虎の尾を踏みたくはありませんし」

 

「……シャルティアを洗脳した奴ですね」

 

「ええ。必ず報いは、受けさせます」

 

「そうですね。必ず受けさせましょう」

 

 そう誓いあい、二人で風を感じながら、この世界の光景を眺め視る。

 連れ出して良かったなとアインズが思っていると、ペロロンチーノが小さく呟いた。

 

「……弐式さんが居たら、あっという間にシャルティアにワールドアイテムを使ったヤツラを見つけてくれるでしょうね」

 

「すっごく簡単に、見つけましたよって言いそうですよね」

 

「そうそう、そしたら建御雷さんがじゃあ、行くかって」

 

「でも、ベルリバーさんが止めると思いますよ?」

 

「だけど結局は折れて。俺は反対しましたからね? って言いますよ。あの人、口ではなんやかんやいっても、最後は賛成に回ってくれますから。それにきっと、やまいこさんも賛成してくれますよ。あの人脳筋だし、殴り込んでから考えようよって言うはずです」

 

「ふふ、ペロロンさん。そんなこと言ってたら、やまいこさんに怒られちゃいますよ? でも、そうですね。正直、わかります。そうやって殴り込みが決まったらきっと、じゃあ、作戦を立てましょうかってぷにっとさんが言い出して」

 

「あの人のことだから、きっとど派手でえげつない策を提案してくれますよ」

 

「たっちさんもああ見えて、派手なこと好きな人だし、喜びますね」

 

「ああ見えてって、正義降臨ですよ、見たままじゃないですか。まあ、俺はあれ好きですけど」

 

「ふふふ、そうでしたね。その間、ウルベルトさんが妙に静かだなーって思ったら」

 

「今回使う<大災厄(グランドカタストロフ)>の口上を考えてるんですね。わかります」

 

 そういって二人で笑いあった。

 アインズは楽しかった、そして嬉しかった。再びこうしてアインズ・ウール・ゴウンの仲間と共に語り合えることが。

 

「……みんなこっちに来れればいいんですけどね」

 

 呟いたペロロンチーノの言葉に、アインズも頷く。

 

「……ええ、本当に。みんなが来てくれたら、どんなにいいか……」

 

「フラットフットさんが来たら、また色々なところ散策したいな。エロモンスター探しが俺らのフィールドワークでしたから」

 

「……二人でたまに居なくなるなーって思ってましたけど、そんなことしていたんですか? 」

 

「ふっふ、源次郎さんが参加することもありましたよ? それにフラットさんとは好みは近いようで遠いから、都合がいいんです。……知ってますか、モモンガさん? あの人、胸がない女性の、それを気にする仕草に堪らなく惹かれるんですよ」

 

「やめてあげて! そんなこと知ったら、次どんな顔して会えばいいかわからなくなる! 」 

 

 そして、再び笑いあった。感情を抑制される程ではないが、穏やかな気持ちが、喜びが持続している。

 

「みんなが来たら、忙しくなりますね。だって墳墓の次は、国ですよ、国。きっとみんな喜ぶに決まっています。そういえば、聞いてませんでしたけど、モモンガさんはこの国をどんな国にするつもりなんですか?」

 

「……実はまだ決めてないんです」

 

「あ、そうなんですか? じゃあ、この国は俺らアインズ・ウール・ゴウンが一から作れるんですね」

 

 何気なく続けるペロロンチーノの言葉に、アインズは電撃が走る思いだった。そう、ようやくここで、アインズは国の指針を見つけることができた。

 この国は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国だ。

 アインズ・ウール・ゴウンの国だ。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのみんなで作り上げる国だ。

 

「……うん、そうですね。私はこの国を、アインズ・ウール・ゴウンみんなの国だって言えるように、皆さんと一緒に作り上げていきたいです」

 

 アインズの言葉に、ペロロンチーノが嬉しそうに頷く。二人でしばらく微笑みあい、突然大事な事に気付いたようにペロロンチーノが声を上げた。

 

「ああ、モモンガさん。それなら地形とか少しでも調べておきましょうよ。このままじゃぷにっとさんが来た時に、あまりに情報が少ないって怒られちゃいます」

 

「……確かにそうですね。あの人戦いは始まる前に終わっているというくらい情報を大事にしてますし。でもワールドアイテムの事を考えるとあまり大っぴらに探索するのも。……何かあってからでは、遅いですからね」

 

「それなら冒険者とか使えないんですか? RPGの基本じゃないですか。冒険者に探させるって」

 

「そうなんですけど、こちらの世界の冒険者は夢のないしょく…ぎょ…。……なるほど、いけるかもしれません」

 

 ペロロンチーノと話していくうちに、アインズの脳裏に閃くものがあった。成功するかは未知数だが、試す価値はある。

 

「ペロロンさん、少し付き合ってもらえますか?」

 

「もちろん、付き合いますよ。それで何処に?」

 

「ええ、NPC達が集まる前に、一つ飛び込み営業をしてこようかと」

 

 そう言うとペロロンチーノは疑問符を浮かべるが、アインズは小さく笑みを浮かべてそれ以上は何も言わなかった。言葉にすると、このアイディアがどこかに行ってしまう様な気がしたからだ。その意図をペロロンチーノも長年の付き合いから読み取ったのだろう。あえて追及はせずに、含み笑いをすることで返す。

 

 骸骨とバードマンが不気味にしばらく微笑みあい、ようやくじゃあ行きましょうかとアインズがペロロンチーノを促す。

 声を掛けられたペロロンチーノはゆっくりと空を仰ぎ見て、微かに何事か呟いた。その言葉が風に乗ってアインズに届く。

 

「……大丈夫。この光景を見たら姉ちゃんだって、きっとこの世界が好きになる」

 

 

 

 

 

 

 玉座の間。

 その玉座の下階段前に、シャルティアは他の守護者たちと共に一直線に並び、片膝をつき頭を垂れていた。

 今玉座の間には、物理的に動かすことのできない者等を除いて、至高の存在に生み出された、ほぼ全ての者が集まっていた。

 普段連れているシモベの入室は許されていない。純粋に、ナザリックのもの達と呼べる存在だけが皆一様に頭を垂れて、主人の到着を待っている。

 

 しばらくして、後方から扉が開く重々しい音がする。そしてゆっくりと足音が一つ、杖が床を叩く音と共に、玉座に向かっていく。

 本来あり得ない事ではあるが、今主人は伴を一人も連れていない。本来伴をするべき守護者統括のアルベドもまた、シャルティア達と共に片膝をつき頭を垂れているのだ。

 シャルティアだけでなく、他の守護者もまた今回の急な招集と、アルベドすら伴を許されない異例の事態を疑問に思ったが、それが主人の意だと言われれば、それ以上は何も無い。ただ粛々と、従うだけだ。

 

 シャルティア達の横を通り過ぎ、玉座に主が座る音がする。いつもならば、ここで顔を上げるように声が掛かるが、今日に限ってそれが無い。当然シャルティア達は勝手に顔を上げるような不敬な真似はせず、じっと主人から声が掛けられるのを待ち続ける。

 そして、ゆっくりと時間をかけてから、主人、アインズから声が掛けられた。

 

「……今日は善き日だ」

 

 追随の声は上がらない。当然だ。誰もアインズの許しもなく声を上げるなどということはしない。だが言葉から伝わってくる確かなアインズの喜色が、シャルティア達を自然と高揚させていく。

 

「この善き日を、皆と共に喜び合えることを嬉しく思う。……ふふ、これ以上の言葉は無粋だな。あまりもったいつけて、彼らを待たせるのも酷だ」

 

 彼らとは誰をさす言葉であろうか?

 シャルティアに疑問が生まれるが、その疑問が明かされる前に、アインズが小さく合図をしたように思えた。伏せた頭ではそれを確認することは出来ないが、気配で察したのだ。

 そしてすぐに、シャルティア達の上方、玉座に並び立つように三つの大きな気配が現れる。

 ゲートを使った転移ではない。本来であれば、このナザリックにおいて至高の御方達のみに許された移動方法。

 すなわちリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを用いた移動。

 そしてそれが許されるのは―

 

「あ……あっ……あ!」

 

 主人の許しなく声を上げる。処罰されるべき愚か者は、一体誰であろうか?

 シャルティアはそれが自分が上げてしまった呻きだと、少ししてから気づいた。

 

「うう……あああ……ううぅぅぅ」

 

 堪えようと。階層守護者として立派な姿を見せようと。必死に堪えようとするが、駄目だった。漏れ出した嗚咽は止まることなく、あふれ出てしまう。

 だがそれを咎めようとする者はいない。シャルティアだけではない。嗚咽や、すすり泣くような声は、いたるところから漏れていた。

 玉座の間からあふれる気配。至高の御方の気配。アインズ以外から長らく感じることのなかった、確かな気配。

 そしてその一つから感じる、とてもとても大きな繋がりを持った気配。懐かしく、とても懐かしく、暖かい気配。

 

「……シャルティア」

 

 声が掛けられる。もう我慢が出来なかった。シャルティアは歩み寄ってきてくれた気配に、涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔を、主人の許しもなくあげてしまう。

 

「……ベろろんぢーのざまぁ」

 

 溢れる涙で歪んだ視界であっても、はっきりと伝わってくる繋がり。金色の残光を身にまとった、神々しいお姿。

 神のごとき存在であらせられる至高の四十一人、その中でも自身を生み出してくれた、神そのものである御方。

 爆撃の翼王。ペロロンチーノ。

 その神が、目の前に居た。

 

「よしよし、ずっと留守にしてて、ごめんな?苦労をかけたね」

 

「うっうー! しゃ、シャルティアはぁ。うう……シャルティアはぁ!アインズさまに、許されないことをぉしてしまいましたぁ!」

 

「うんうん、大丈夫。全部聞いてるよ。シャルティアは一個も悪くない。大丈夫、誰も怒ってないよ」

 

 ペロロンチーノに涙を拭かれ、優しく声を掛けられる。そして両腕とその神々しいペロロンチーノの羽で包み込むように、ゆっくりと抱き締められた。

 とんとんとあやすように背中を叩かれながら囁かれる。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、シャルティア。二人で一緒に頑張っていこう。これからはずっと一緒だからね。だからそんなに泣いてないで、笑ってごらん?」

 

「……ペロロンチーノさまぁ」

 

 視界の隅で、アウラとマーレが二人でぶくぶく茶釜の膝に乗りながら、泣き縋っているのが見えた。そんなものを見てしまって、堪えられる筈がない。

 

「ううー! ううぅっぅーー!」

 

 懐かしい金色の鎧に顔を埋めながら、シャルティアは延々と、ずっと、長い間、泣き続けた。その間、ペロロンチーノはゆっくりと優しく声をかけ続け、そして背中を撫で続けてくれていた。




ここまではPixivと一緒になります。
サブタイトル機能が面白い。
本当は玉座の間には指輪を使っても転移出来無いはず。

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