至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、やらかす

「最初にキミ達に謝らせて下さい。長くナザリックを離れ、本当に申し訳ありませんでした」

 

 そう言ってナザリックの自室で頭を下げるヘロヘロに、ソリュシャンを除く一般メイド達が狼狽えていた。

 玉座の間での再会を終え、ヘロヘロは自ら創造したソリュシャンと一般メイドの彼女達を自室に集めていた。こうして直接謝罪をするために……

 

「あ、頭を御上げ下さい、ヘロヘロ様!」

 

 一般メイド達はヘロヘロの頭を上げさせる事も出来ずに、手をオロオロと彷徨わせている。ヘロヘロは一般メイドの彼女達が狼狽える様を、ゆっくり時間を掛けてから頭を上げ、観察する。

 

(凄い。本当に私の設定した通りに、皆動いている)

 

 動き出した彼女達に、純粋な感動を覚える。一般メイドのこの姿を、ホワイトブリムとク・ドゥ・グラースが見たらどう感じるだろうか。自分と同じく、感動に身を震わせるだろうか。

 ヘロヘロは創造したメイド達を、一人一人眺め、名前を呼ぶ。

 

「……ソリュシャン」

 

「はい、ヘロヘロ様」

 

 一礼し答えるソリュシャンに胸が高鳴る。柔らかそうな金髪に心奪われる。その瞳に飲み込まれそうだ。

 

「インクリメント」

 

 読書が好きと設定した一般メイドの名を呼ぶ。悟らせないようにしているが、眼鏡の奥に隠された瞳が潤んでいる事に、ヘロヘロは気づく。

 

「デクリメント」

 

 名前を呼ばれた髪の短いメイドが頭を下げる。無邪気そうな瞳をキラキラさせ、ヘロヘロとの再会を喜んでくれている。

 

「ステートメント、アライメント……」

 

 彼女達と瞳を合わせることで記憶が呼び起こされ、自然と口から名前が出てくる。一人一人と視線を合わせ、その全てが自分が望む反応を示してくれていた。

 

「ソリュシャン? モモンガさんから君の王国での話は聞いています。セバスの件、本当にご苦労様でした。モモンガさんも褒めてくれていましたし、私も嬉しかったですよ?」

 

 ヘロヘロの言葉に、ソリュシャンは再び微かに微笑み、一礼する。自分が望んだ通りの出来るメイドそのものだが、ほんの少しだけ素っ気なく感じ、寂しい気持ちも生まれる。

 

(まあ、私がそうあれと望んだからなんだし、これは我儘だな)

 

 ソリュシャンに頷き、少し視線を移せば一般メイドの娘達が不安そうにしているのが見えた。恐らくナザリック外での働きが無い事に、不安を覚えているのだろう。ヘロヘロはそんな彼女達を安心させるように、笑顔を浮かべる、実際には表情の変化は無いのだが。

 

「勿論君達の働きにも、とても満足していますよ?」

 

 そう言ってヘロヘロはこの広い部屋を見渡す。当然のように埃すら無く、ベッドにもカーテンにも、何処を見ても乱れ一つない。完璧な仕事だ。

 

「この部屋を見るだけで、君達の普段の仕事の完璧さが窺えます。ありがとう。君達は私が望む仕事を、しっかりと務めてくれていますね」

 

 ヘロヘロの言葉に、一般メイドの彼女達が、ある者は誇らしげに、ある者は目を潤ませ、ある者は笑みを浮かべ、喜んでくれた。そんな彼女達をヘロヘロもまた満足そうに頷く。アインズから一般メイドの彼女達に「一日中働きたい」と直談判されたと聞いた時は、社畜であった自分の影響もあったのかと怖くなったが、自分の仕事を誇れることは決して悪い事では無い。これからは自分の様に体を壊さないように、彼女達を見守る必要もあるだろうが。あとヘロヘロは別に好んで仕事をしていた訳では決して無い。

 

「へ、ヘロヘロ様! 一つお尋ねしてもよろしいでしょうか!?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 デクリメントからの質問にヘロヘロは頷く。

 

「こ、これからはナザリックに、その……」

 

 上手く伝えられずに言葉を濁すデクリメントにヘロヘロは微笑み、その彼女の足元に歩み寄る。疑問を浮かべる彼女を頭を下げさせ、慎重に酸性を切った手で頭を撫でてやる。

 

「……ええ。もう君たちの前から居なくなるような事はありませんよ。だから、安心して下さいね?」

 

 

 

 

 

 

「それではナザリック転移後初の定例連絡会を行いたいと思います!」

 

 おー、パチパチパチとアインズを含め三人しか居ない円卓で、まばらな拍手が起こる。

 それなのにアインズはまるで万雷の拍手を浴びているかのように非常に嬉し気な雰囲気を漂わせ、手でその歓声を抑えるようなジャスチャーをした。

 かつては毎週行われていた連絡会を、例え三人だけだとしても再び行えることが嬉しいのだろう。非常に上機嫌にアインズは口を開く。

 

「とりあえずは先ほどお伝えした通り魔導国の方針ですが、現状維持のままでいきたいと思います。どのような国にしていくかの具体的方針は、やはり皆さんと話し合っていきたいですからね」

 

「まあ、まだ私たちしか居ませんし、それは構わないのですが。……気づいたら世界征服完了しちゃいましたって言われそうで怖いですね、デミウルゴスあたりに」

 

「……正直、どんな計画で、その計画がどこまで進んでいるのか、私にはさっぱりわかりません……」

 

「ホント、最初はモモンガさんの代わりに馬鹿正直に聞いてみようと思ったんですけど。……無理ですね。シャルティアのあのキラキラした目で見られてると思うと、とてもじゃないですが馬鹿な質問は出来ないですよ……」

 

 はぁと、骸骨とバードマン、そして粘体がため息を漏らす。アインズだけでなく、ヘロヘロとペロロンチーノにかかるNPCからの期待値も当然大きく、とてもではないが「今それどうなってるの?」とは聞ける雰囲気になっていない。

 

「……まあ、しばらく私たちにできる事は冒険者の獲得に育成。それを使った偵察といったところでしょうか?」

 

「賛成ですね。私もメイド達に見限られたらと思うと、怖くてたまりません。だけどモモンガさんは流石ですね。エ・ランテルの冒険者組合とか言う所の組合長、何て言いましたっけ?」

 

「アインザックですね」

 

「ああ、そうでした。その人をよく説得できましたね? 普通の人間なんでしょう?」

 

 アインズからエ・ランテルの冒険者組合の組合長の協力を得ることが出来たという話にヘロヘロは驚いたものだ。自分がその組合長の立場なら、とてもではないがアンデッドに協力するという気持ちにはならないだろう。

 

「いやー、あの時のモモンガさんは格好良かったですよ。素晴らしかったです」

 

「ほお?」

 

「ちょっ! ペロロンさん!?」

 

 その場に同席していたというペロロンチーノが、アインズの声音を真似て続ける。

 

「『魔導国の―私達の下で冒険をするつもりはないか? 私達はお前たちに望んでいる―』」

 

 そこで一拍置いてからペロロンチーノが続ける。

 

「『―お前たちが冒険者となることを』。……正直隣で聞いててあまりの格好良さに震えました。完全にあの組合長を攻略できてましたよ」

 

「おお! 私も見たかったですねー。その状態のモモンガさん」

 

「ちょっと! 恥ずかしいから本人を前にしてのモノマネとか止めてください! ……まあ、それは一度置いておいて、話の続きなんですが」

 

「精神抑制が来ましたね」

 

「そんなに恥ずかしかったんですか?」

 

「だから!あんまり苛めないでくださいよ。とにかく組合長の協力は取りつけることが出来たのですが、今のエ・ランテルにはそもそも冒険者があまりいません。恐らく国に取り込まれることを嫌って居なくなる者もいるかと思います。そこで―」

 

 そういってアインズは虚空から一枚の地図を取り出し、ある地点を指さす。

 

「他国からの引き抜きを、行いたいと思います」

 

 ヘロヘロもペロロンチーノも地図に記載された文字を読むことは出来ないが、アインズが指さした場所くらいは覚えている。魔導国の唯一の同盟国でありバハルス帝国と記憶していた。

 

「無いものは、有るところから移動すればいい。基本ですね」

 

「ええ、ですので近日中に帝都にアインザックを連れて、秘密裏にお邪魔してこようと思います」

 

 そこでヘロヘロに一つの興味が湧いた。帝都ならば当然城があり、そこに勤めるメイドもいるだろう。

 自分と他の二人で創造したナザリックのメイドこそ至高と思うが、それでもこちらの世界で生まれ育った天然物のメイドを直接見てみたいという気持ちが湧く。

 

「秘密裏に行かないといけない理由があるんですか、モモンガさん。直接皇帝に言えば歓迎してくれるんじゃないですか?」

 

 素直に尋ねるペロロンチーノにアインズは苦い顔らしきものをする。

 

「……歓迎式典とか開かれたら困ります……」

 

「ああ、なるほど。そうですよね……」

 

 アインズの呻きのような答えにペロロンチーノだけでなくヘロヘロも頷く。三人とも貴族社会のルールなど知る由もない。そんな中で下手に歓迎されては、恥をかくだけだ。

 

「というわけで、よろしければ一緒に帝都まで行きませんか?というお誘いです」

 

 そうアインズに問われ、ヘロヘロが答えるよりも先に、ペロロンチーノが口を開く。

 

「ああ、今回俺はお留守番しようと思います。むさ苦しい組合長のおっさんと過ごすより、シャルティアと一緒に居たいです」

 

「最近のペロロンさんを見てるとそう言うだろうなーって思ってましたけど、あの時以来シャルティアはペロロンさんにべったりですからねー。まあ、無理もないですけど。玉座の間での二人のやり取りは、私も胸にくるものがありました」

 

「ええもう。シャルティアの涙をペロペロしそうになる自分を抑えるので必死でしたよ」

 

「……あの雰囲気でそんなことしようとしてたんですか?……普通にドン引きだよ、ペロロンチーノ」

 

「じょ、冗談ですよ? モモンガさん?」

 

「……それならいいですけど、ヘロヘロさんはどうされますか?」

 

「ええ、良ければご一緒させてください。まあ、私は冒険者の勧誘より、帝国のメイドに興味があるんですが」

 

「え? メイドならナザリックに一杯いるじゃないですか。あんな可愛い子達に囲まれておいて、さっそく浮気ですか?」

 

「浮気じゃありませんって。ただ現地のメイドを直接目にできるチャンスは逃したくないというだけです」

 

「目にするってヘロヘロさん、そもそも目あるの?」

 

「いや、ないですけど。これも目っぽい窪みですしってそういう事じゃないですよ」

 

「それでもわからないなー。十三人もメイドを独占しておいて。ソリュシャンも含めたら十四人ですよ、十四人。目移りしてる暇なんてないじゃないですか」

 

「だから目移りとかじゃないですって。それに一般メイドの子たちはともかくソリュシャンはちょっとそっけないんですよ、態度とか。いや、メイドとしては完璧なんですけどね」

 

「あんなに趣味全開なのに、出来る子設定しちゃうからですよ。女の子はちょっとダメなところがあるくらいで良いんです。まあうちのシャルティアはパーフェクトですけど」

 

「ちょっと、うちのソリュシャンだってパーフェクトですよ。ただパーフェクトすぎるって話で―」

 

「はいはい、話が逸れてますよ。うちの子自慢はそれくらいにしておいて下さい」

 

 話が逸れ始めるヘロヘロとペロロンチーノに、ぱんぱんとアインズが手を叩く。

 

「とにかく、今回はペロロンさんがお留守番で、ヘロヘロさんと私で帝都に向かうということでいいですね?とりあえずは冒険者の勧誘以外は現状維持。それとボロを出すと不味いので、出来るだけ波風を起こさずに行くということでいいですか?」

 

「了解でーす」

 

「異議無いでーす」

 

「それではこれで定例会を終わりたいと思います。ヘロヘロさん、メイドの見学をされるならアイテム類の準備は大丈夫ですか?今のところ帝国にプレイヤーの影は有りませんけど、準備はしっかりしておいてくださいね?」

 

「ええ、完全不可視化のアイテムに、隠密効果のある装備を揃えて行くつもりです。まあ、私が堂々とメイド見学という訳にはいきませんからねー。しっかり隠れて見学しますよ」

 

「万一に備えて緊急避難用のアイテムも忘れずにおいてください。そしてそれが使えない状況を想定しての手段も」

 

「ええ、私もぷにっと萌えさんに鍛えられていますから。その辺は怠らないようにします」

 

「よろしくお願いします。それじゃあペロロンさん、今日決まったことは私から茶釜さんに伝えておきますから、二人で喧嘩とかしないで下さいよ?」

 

 そういってアインズがペロロンチーノに話を振る。

 

「大丈夫大丈夫。姉貴籠りっきりでほぼ姿を見せませんから。おとなしくシャルティアと遊んでます」

 

 そうペロロンチーノは笑うが、ヘロヘロとアインズは知っている。この男が言うほどシャルティアと二人きりで過ごしていないことを。共に過ごしているのは事実だが、その場にはアウラとマーレ二人の姉弟の姿も必ずと言っていい程あった。

 玉座の間で行われたナザリック帰還のお披露目から、調べ物を続け姿を見せないぶくぶく茶釜に代わって、少しでもアウラとマーレの寂しさを紛らわさそうとしているのだろう。

 普段の姿はあれでも、彼は昔から和を重んじる男だった。その変わらない姿に、ヘロヘロとアインズは小さく笑う。

 

「ほんと変わりませんね。ペロロンさんは」

 

「ええ、嬉しくなります」

 

「……ちょっと、いきなりなんですか?それどういう意味ですか?」

 

「いえいえ、気にしないで下さい」

 

「もう、二人してなんなんですか?」

 

 そういうペロロンチーノに、やはりヘロヘロとアインズは小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 あまり年の離れていない弟の面倒を見るのは、幼い私の役目だった。

 経済的な余裕があまり無い中流家庭に珍しく、年の離れていない姉弟を持った両親は私たちの為に仕事に明け暮れ、私達は家で二人っきりで過ごすことが多かった。

 スモッグに覆われたあの世界で子供が遊べる場所は少ない。遊び道具はネットから与えられる物が多くなり、その中でも様々な物語といった創作物は、幼い弟の大のお気に入りだった。

 

 まだ字の読めない弟に、私が物語を読み聞かせる。

 これが幼い私たち姉弟の、日常だった。

 

 私が物語のキャラクターの台詞を読み上げると、弟は目を輝かせ喜び、私はその目を見るのが大好きで、自然と熱が籠っていった。

 そのキャラクターの気持ちを読み取り、なりきって、活字の羅列を弟が理解できるように言葉と声に込めた感情で、命を吹き込もうとする。

 年齢的に、まだ私が読めない漢字も多かったが、弟をがっかりさせない一念で、私は文章の前後からキャラクターの気持ちになりきることで補完し、声を吹き込み続けた。

 今思えばいくらでも調べる方法があっただろうにと思うが、当時の私は弟をがっかりさせないように必死だったのだ。

 

 子供だったんだと思う。

 私も。弟も。

 

 稚拙な読み聞かせで目を輝かせる弟。

 その弟の熱心な瞳を向けられることが大好きで、物語のキャラクターを演じることに夢中になる私。 

 

 その体験は、私が今の職業を志す理由となるには、十分だった。

 

 

 

(……随分懐かしい夢を見たな)

 

 ナザリックの図書館の一室、ギルドメンバーの一人が「図書館で調べ物をするならこういう部屋だろう」と悪乗りして作られた部屋は、部屋の真ん中に机と椅子が一脚あるだけで、それなりの部屋の広さがあるにもかかわらず、様々な本や巻物で溢れており、非常に圧迫感があった。

 その一脚しかない椅子にぶくぶく茶釜は腰掛けて、広げられた羊皮紙の巻物に目を通していく。外光を取り入れる窓もないこの部屋は薄暗く、机に置かれた小さなランプしか光源がないが、そもそも粘体のぶくぶく茶釜には影響がない。夜目が利くのではなく、粘体の為にそもそもの視覚感覚をアイテムの効果で補っているからだ。

 

(懐かしいな。確か四つか五つの頃か?……ふふ、ホント、どうやったらあの頃のアイツから、エロゲーイズマイライフなんて言葉が出てくるんだ?)

 

 机の上には、羊皮紙で出来た巻物状の資料が大量に積まれていた。ナザリックが転移してからこれまでの調査結果や報告などを、片っ端から集めて、随時届けてもらっているのだ。

 むろん広いとはいえ、元々が本で溢れた部屋である。目を通した先から気になったもの以外を除いて戻していき、新しい資料を届けてもらう。それを幾度となく繰り返していた。

 

(疲労無効のアイテムに、睡眠不要のアイテムも使ってるのに意識が墜ちてたのか……)

 

 肉体的な疲労は無くとも、精神的な限界が来ているのだろう。疲れは感じないのに、どこか妙な倦怠感のようなものがある。

 

(モモンガさんは一回も寝てないとか言ってたのになー。種族の差?)

 

 粘体とはいえど、ぶくぶく茶釜は生命体である。不死者であるアインズとは、根本的な違いがあるのかもしれない。

 

(……やっぱり戻る手段の最有力は、世界級アイテムかな? それも出来るだけ運営にお願い出来るタイプがいい。……星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)も試してみたいけど、指輪の回数制限がある以上リスクが大きい。経験値消費もこの世界に残ると決めているモモンガさんには致命的だ。……ああー、やまちゃんが居てくれたら、話は早いんだけど)

 

 アインズ以外のギルドメンバーで唯一、流れ星の指輪(シューティングスター)を所持していたメンバーの顔を思い出す。

 

(……運営にお願いできる世界級アイテムか……)

 

 ナザリックの宝物殿に眠るいくつかを思い出して、かぶりを振る。

 

(……あれらはこれからのナザリックに絶対必要なもの。私の我儘に使っちゃ駄目だ。……だとすると、ナザリック以外のどこかから……奪うしかないか?)

 

 ユグドラシルプレイヤーの痕跡と思われる記述のいくつかに、視線が止まる。おそらくギルド拠点と思われる都市。もしそれが上位ギルドの拠点ならば、世界級アイテムが残されている可能性は、多少ではあるが、ある。

 

(幸いユグドラシルの金貨は、ナザリックの自室に結構残っていた。それを使えば強行偵察できるくらいの傭兵NPC達は召喚できる。……あー、だめだめ。ここまでモモンガさんが慎重に行動してたのを全部パーにしちゃいかねない)

 

 いくつか偵察に向いた傭兵NPCを頭の中でリストアップし始めてから、再び慌てて浮かんだ考えを打ち消すように頭を振った。プルプルと震えるその感触に疑問を覚えないことを笑いつつ、ぶくぶく茶釜は思う。

 

(……奪うとか物騒なことが自然に浮かぶな。やっぱりだんだん意識がぶくぶく茶釜に引き寄せられてる気がする。……ちょっと不味いかも)

 

 さて、いつまで意識だけでも人間でいられるかな?

 そうぶくぶく茶釜が思うと同時に控えめにノックをされる。

 

「ほいほーい」

 

 ぶくぶく茶釜が返事をすると、新しい資料を携えたアルベドが姿を見せた。

 

「失礼します、ぶくぶく茶釜様。新しい資料をお持ちしました」

 

「ありがとうねー、アルベド。……それとごめんね。守護者統括のアルベドに、こんな雑用みたいなことさせちゃってさ」

 

「とんでもございません。至高の御方にお仕え出来るのは僕としての喜び、如何様にもお申しつけ下さいませ」

 

 微笑んで頭を下げるアルベドに、ぶくぶく茶釜も笑う。

 アルベドは完璧だ。仕草、立ち振る舞い、全てにおいておかしいところは無い。アインズの言う通り、非常に出来る女性にしかぶくぶく茶釜には見えなかった。

 実際アインズの命令でぶくぶく茶釜の補佐に回された際にも反抗らしいものは一切なく、ルベドの指揮権を外されたことに関しても、何も無かったと聞いている。

 

「本当、助かってる。えーと、あっちとこっちの資料は読み終えたから、後で回収するように司書にお願いしておいてもらえる?新しいのもすぐ目を通すから、またおかわりもらえるかな?」

 

「お言葉ですが、ぶくぶく茶釜様。少しお休みなられた方がよろしいのでは?ナザリックにご帰還されてから一度もお休みになられてないご様子。お申し付け下されば、資料は私が精査し、すぐにでもご用意致します」

 

 非常に出来る娘だ。やっぱり私の勘違いかな? そうぶくぶく茶釜に思わせるには十分だった。思えば会う前から勝手にあれこれと想像して、ルベドの指揮権をぶくぶく茶釜からの指示で外させるように伝えさせるなど、色々とアインズにも迷惑をかけてしまった。

 

「大丈夫大丈夫、ありがとうアルベド。……あー、あとでモモンガさんに謝らないと」

 

「……モモンガ様、ですか?」

 

 ぶくぶく茶釜の言葉に追随した、思わずといったアルベドの小さな呟き。

 その小さな呟きに込められた感情の色に、ぶくぶく茶釜は激しく反応する。

 耳には、弟ほどでは無いが、自信はあるのだ。ましてや自分は声に感情を乗せることに関しては、プロだ。

 今のアルベドの呟きには、いくつかの感情が込められていた。困惑に隠された、嫉妬に敵意。そしてそれはぶくぶく茶釜に向けられていた。

 

(……試してみるか……)

 

 意を決して、ぶくぶく茶釜はアルベドに向け言葉を向ける。

 

「……でもアルベドってさー」

 

 アルベドの反応次第では、本当に自分の勘違いだったならば、土下座してでも謝ろう。そう決めてぶくぶく茶釜は椅子からぷるんと震えながら飛び降り、アルベドを見つめる。

 

「悔しいよね? 私がナザリックに帰ってきてさ?」

 

「……お許しを。無知な私ではぶくぶく茶釜さまの問にお答えすることが出来ません。私が、至高な御方のご帰還に不満を持つように、見えてしまいましたでしょうか?それならば如何様な罰も―」

 

「―モモンガさんから愛せって命じられて、それなのに名前も呼ばせてもらえない。だってしょうがないよね」

 

 頭を下げ、謝罪するアルベドの言葉を遮ってぶくぶく茶釜は続けた。

 

「たぶん、モモンガさんは解かっていたんだと思うよ。私たちが帰還するって。だからアルベドに愛せなんて命じておきながら、手を出すこともしなかった。……だってしょうがないよね、私が帰ってくるってわかってたんだから!」

 

 ごめん、ほんとごめん。心の中で謝りながらも、言葉にぶくぶく茶釜は感情を込めていく。

 

私達(至高の四十一人)のまとめ役にふさわしいのは、やっぱり(至高の四十一人)だと思わない、アルベド?」

 

 もし、アルベドの表情に悲しみが少しでも浮かんだのなら、すぐさまぶくぶく茶釜は謝罪するつもりだった。怒りを浮かべたのならば、すぐさまぶくぶく茶釜は詫びるつもりだった。

 だが、アルベドの表情に浮かんだのは微笑み。非常に美しく、氷のような。

 

「まっ、そういう事だから、分不相応な想いは抱かないようにね。……話はこれでお終い。下がっていいよ」

 

 アルベドは一言も口を開くことなく、頭を一度下げてから、退室していく。

 ぶくぶく茶釜はぴょんと椅子に飛び乗って、先程アルベドが持ってきたばかりの巻物を広げる。

 何故か文字が震えていて、読みづらい。

 

(―ああ、震えてるのは私か)

 

 切っ掛けはルベドの指揮権をアルベドが欲しがった事。

 

 アインズは彼の性格からして、ギルドメンバーの捜索を、かなり高く優先順位付けしただろう。好きで好きでたまらない相手が、自分よりも優先順位を高くしている存在など、はたして許せるだろうか?かつて自分が演じたキャラクターは、その好きな相手が大事とするモノを、一つ一つ潰して回っていた。

 

 そのキャラクターを演じた時の心象をアルベドに重ねつつ、ギルドメンバーの捜索にルベドを必要とする理由をぶくぶく茶釜が想像した時に、一番最初に突拍子もない理由が浮かんだ。

 

 デス・ナイトの一体ですら過剰な戦力ともいえるこの世界で、アルベドだけでなく、パンドラズ・アクターをも加えさらに高レベルのシモベ達だけでは足りない理由。

 ルベドを欲しがる理由。

 一つだけ自分の中でしっくりと来る理由があった。

 もしも、アルベドがこの世界に転移したギルドメンバーを害そうとしているならば、納得できる。アルベドに、パンドラズ・アクター。そして高レベルのシモベ達。なすすべもなく、討ち取られるはずだ。

 

 ただ一人のメンバーを除いて。

 

 彼ならば、その戦力が相手でも、撃退してみせるだろう。

 最盛期は九大ギルドの一つに数えられたアインズ・ウール・ゴウンの中であっても別格の強さだった彼。ワールドチャンピオン、たっち・みー。

 ルベドは八階層のあれらを除けばナザリックから動かせる戦力で、唯一彼を倒せるであろう個。アルベドは、ギルド内最強であったたっち・みーですら倒せるだけの戦力を、欲しがったのだ。

 

 カタカタと机が小さく鳴る。身体の震えが伝わっていた。

 

(……怖いな。本当に怖い)

 

 ペロロンチーノは、ナザリック内で襲われたら、為す術がないだろう。

 ヘロヘロは、アルベドのヘルメス・トリスメギストスを突破するだけの特異な力を持つが、対人では効果は薄いとはいえ、絶対に破壊できない武器、世界級アイテム真なる無(ギンヌンガガプ)が相手ではその特性を生かせない。

 

 だから自分がやるしかないのだ。勝てる勝てないではなく。

 

「……ヘイト管理、ヘイト管理っと」

 

 ぶくぶく茶釜は、レイドボスの攻撃を受けつつ、さらに反撃までするようなたっち・みー程の強さは無い。

 知識だって、ぷにっと萌えには劣る。

 それでも自分は隠し値であるヘイト値の管理は、ギルドで一番だったのだ。

 

「……ふふふ、体はこんなになっちゃったけど、まだ怖いって思えるんだ」

 

 アインズには相談できない。もしぶくぶく茶釜の想像するように、アルベドにモモンガ以外のメンバーに対する害意が本当にあったのならば、彼がどう動くかは明白だ。アインズに、そんなことをさせるわけにはいかない。

 

(……ああ。夢でも、見れて良かったな)

 

 幼い弟の姿。あの純粋だった瞳を思い出し、ゆっくりと体の震えが引いていく。

 

(どんなになっても、アイツは私の弟だ。私はアイツの姉だ。だから―)

 

 

 

◆ 

 

 

 

(……こんなことに意味があるのかしら?)

 

 帝城の警護に当たる帝国四騎士の一人であるレイナース・ロックブルズは顔には出さず、そう心の中でぼやく。確かに今は近衛兵の半数を失い、城の防衛力は落ちているが、それでも自分を必要とする意味を感じない。

 自分が弱いというわけではない。

 この世には近衛隊、皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に守られ、帝国魔法省の魔法詠唱者が詰めるこの城に平然と飛来し、蹂躙できる存在がいることを知ってしまったからだ。

 もう一度そのような事態が起これば、レイナースは自らの身を守るために、早々に逃げ出すつもりだ。元よりそういう契約になっている。

 

 ジルクニフに厭われ離されているのだろう。レイナースが重要情報に触れる機会を奪っている。あの優秀な皇帝には、自分の秘めたる思いなど全てお見通しなのだ。

 即ち自分が帝国を見限り、少しでも自分を高く魔導国に売るタイミングを図っていることを。

 

「ふう」

 

 懐からハンカチを取り出し、顔の右半分を拭う。拭い終わった膿を吸って黄色く変色したそれを見て思う。かの魔導国ならば、この呪いを解く手段があるかもしれないと。

 だが、そうは言っても自分が何の手土産も持たずにあのアンデッドの国を訪れても、相手にされるとは思えない。何のメリットも提示することが出来ないからだ。

 強さにおいてもあのデス・ナイトに遥かに及ばず、女としての武器も、例えこの膿の呪いが無かったとしても、あのメイド達には及ばない。

 ジルクニフの伴として訪れたあの地で見たメイドの美しさを思い出し、微かに顔を歪めるが、すぐに首を振る。

 

(焦ってもしょうがないですわね。今はじっと―ん?)

 

 帝城の廊下を歩くレイナースの視界に、妙なものが映る。天井からボタボタと非常に粘度のある油のようなものが滴り落ちていた。

 

(あれは……?)

 

 滴り落ちた真っ黒な油のようなものが次第に形作られていく。レイナースの膝下ほどの大きさになったかと思うと、ゆっくりとこちらを向いた。そして眼窩のような窪みに、光が灯る。

 

粘体(スライム)!?」

 

 レイナースはすぐさまランスを構えた。

 低級な粘体に見える。小さなモンスターだ。かつて自身の領内のモンスターを制圧していた経験から恐れるほどの相手ではないと推測する。魔法効果を伴ったランスの一撃で、突き刺すと共に爆散させる。そう思い、粘体に向け駆けだした。

 

 そして、全身が総毛立った。

 この小さなモンスターが、近衛兵に物理的に守られ、帝国魔法省の魔法詠唱者に魔法的にも監視されているこの帝城で、騒ぎも起こさずに、誰にも気づかれずに、城の中心部付近を警護するレイナースの目の前まで現れたことに気付いて。

 

 この粘体は魔導国で見たあの化け物たちと同じ類。

 そう確信した瞬間、突如肥大化した油の塊のようなこのモンスターに全身を包み込まれ、そこで帝国四騎士レイナース・ロックブルズの意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「あああー。やってしまった……」

 

 アインズと共に赴いた帝国からナザリックの自室にと戻ったヘロヘロは手らしきもので顔を覆う。

 ヘロヘロのバハルス帝国メイド見学は、それなりに満足できるものだった。正直帝国のメイドは、わざわざヘロヘロが足を運んでまで見るに値するかと言われれば微妙なレベルだったが、ナザリックの、自分たちが創造したメイド達こそ至高と自尊心を満たせる程度には価値があった。

 

 そして一通り満足し、アインズの下に戻ろうとする途中に見つけてしまったのだ。

 メイド達ほどでは無いが、整った容姿。長く金の布のように見えた、豊かな金髪。そして黒で統一された装束をした騎士を。

 

 ヘロヘロはちらりと自室のベッドに寝かせたそれを横目で見る。

 穏やかな寝息を立てて、鎧で覆われわかりづらいが、豊かな胸が寝息に合わせて上下していた。

 

 胸も……大きかった。

 

 金髪、黒衣、巨乳。自身が創造し、最高傑作と思うプレアデスと、いくつか同じ特徴を持っていた彼女を、思わず飲み込んで持ち帰ってしまった。

 

「ああー、不味いよな。不味いよなーこれ」

 

 直前の定例会で波風を立てないようにと決めていたにも拘らず、いきなり同盟国の帝国から騎士を一人、攫ってしまった。これでは冒険者勧誘の為に、闘技場での試合の約束を取り付けたと笑っていたアインズに合わせる顔がない。

 

「いや、ギリセーフかな? 持って帰ってきただけだし。ギリセーフだよな。うん。こっそりしてればバレないよな、うん」

 

 ベッドで眠る彼女を眺め見ながら、ヘロヘロは頷く。

 ソリュシャンには及ぶべくもないが、自分の性癖を突いてくる彼女を、元の場所に戻すという発想はヘロヘロには無かった。

 

「とりあえずデクリメントを呼ぼう。あの子なら口止めすれば平気だろうし。インクリメントは止めておこう。……怒られちゃうかもしれない」

 

 自分の創造したメイド達を思い浮かべながら、ヘロヘロはどうこのベッドに眠る彼女をアインズ達にバレずに世話をするか考え始める。

 

「だけど、これがソリュシャンにバレたら終わりだな。報連相を怠らない出来る子だし。気を付け―」

 

「お呼びでしょうか、ヘロヘロ様」

 

 声に振り返る。振り返った先に、自分の理想ともいえるメイドがそこに居た。

 金髪、漆黒のメイド服、豊かな胸に、光の灯らない瞳。豊かな金髪に黒色のヘッドセットが映えている。

 

「そ、ソリュシャン?」

 

 セバスの件で、直属の上司でもあっても不審な行動はすぐさまにアインズに報連相を行ったという、自分の理想のメイドが、そこに居たのだ。

 

―さっそく浮気ですか?

 

 定例会でのペロロンチーノの言葉を思い返し、ヘロヘロはどうしたらいいのだろうと、頭を抱えた。




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