至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、闘技場で戦う

「―それでは皆様、大変お待たせいたしました。これより挑戦者の入場です!」

 

 マジックアイテムで増幅された進行係の声に、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの、スレイン法国の使者による最初の質問に対する答えを書こうとした手が止まる。

 かの武王に戦いを挑む挑戦者に好奇心が湧いたためだ。

 ただでさえ帝国四騎士不動の死、そして重爆の失踪により、戦力が低下している。優秀で、なおかつ帝国に仕える気があるのなら、敗北しても採用しても良いとジルクニフは思った。

 

「……挑戦者は今もっとも話題のあの国からおいでになられました! アインズ・ウール・ゴウン魔導国、至高の四十一人! 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロ様!魔導王陛下と共にご入場です!」

 

「―はぁ?」

 

 ジルクニフが間抜けな声を上げ、貴賓室を見渡し、誰もが自分と同じ音を耳にしたという確信を得る。

 

「魔導国? 至高の四十一人?」

 

 何のことか、さっぱりわからない。

 さっぱりわからないが、進行係はかなり重要なこともさらりと言っていた。魔導王陛下と共にご入場と。

 様々な考えが浮かぶ中、目だけを動かし、スレイン法国の使者を見る。フード下の彼らの視線は鋭い。慌てたようにこれは罠だと叫んでも、少しも信用してもらえなかった。

 とにかくこのままでは不味いと退室しようとするが、それよりも早くに闖入者からの声がする。

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿。久しぶりだな」

 

 荒い息を抑え込みながら振り返ると、おぞましい素顔を平然と晒す魔導王の姿。

 

「ご、ごじらご―ふぅ。こちらこそ、ゴウン殿」

 

 ジルクニフはそれだけを、やっとの思いで口にした。

 

 

 

 

 

「―では最初に私の友人を紹介しようじゃないか、エル=ニクス殿。今武王と対峙しているのがヘロヘロ。私と共にナザリックを作り上げた者の一人だ」

 

 並び合った、闘技場を一望できる貴賓室の椅子に腰かけ非常に上機嫌な魔導王が、邪悪な笑みを浮かべ、武王と相対する小さな粘体の名をジルクニフに紹介する。

 法国の使者は去り、神官長達も去っていった。もはや法国との関係だけでなく、神殿勢力との確執も決定的だろう。この邪悪なアンデッドはそれを全て理解したうえで、あえてこの貴賓室に残っているのだ。自分とこのアインズ・ウール・ゴウンの関係を、周囲に知らしめるために。

 ならばジルクニフの取れる手段は一つだ。

 少しでも多くの情報をこの魔導王から引き出し、事後の対策にあたる。知略戦でアインズには勝てないが、もはやなりふり構ってはいられない。

 ジルクニフは掌に滲んだ汗を、気取られないように服で拭いながらアインズに問いかける。

 

「……紹介いたみいるゴウン殿。彼、でいいのかな? ヘロヘロ殿はゴウン殿のご友人との事だが、フィオーラ殿、フィオーレ殿とはまた違う立場だということだろうか?」

 

 ジルクニフの問に、魔導王がくつくつと笑みを漏らした。

 

「もちろんだ、エル=ニクス殿。初めに言っただろう、私と共にナザリックを作り上げたと。……そうだな、わかりやすく言えば彼は私と同じ、ナザリックの、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者の一人だ」

 

「そ、それでは至高の四十一人とは!?」

 

「ナザリックのモノたちが我らをそう呼ぶのだ。ナザリックを作り上げた至高なる者、至高なる四十一人とな」

 

 その魔導王の言葉に、ジルクニフの世界は足元から崩れ去っていくようだった。それほどのショックを受ける。

 

(ば、馬鹿な。魔導王一人ではなく、そんなものが四十一人もいるだと?―ありえない……。そんなもの、一体どうしろというのだ!?)

 

「どうされた? エル=ニクス―いや、ジルクニフ殿。顔色が悪いが、気分が優れないのかな」

 

「だ、大丈夫だ。……いや、少し風に当たってこようと思う。ゴウン殿、すまないが席を外しても? 」

 

「構わないさ、ジルクニフ殿。だが直に試合が始まるだろう。見逃すのは、惜しいと思うぞ? 」

 

「ならばすぐに戻るとしよう―失礼」

 

 そういって席を立ち、アインズから離れる。そうしてからジルクニフは自身が最も信頼する者の一人、雷光バジウッドに小さく問いかけた。

 

「……おまえたちはあれをどう見る?」

 

 ジルクニフの質問の意図を理解したバジウッドが、これもアインズには聞かれないように、小さく答えた。

 

「……正直言って、普通の低級スライムにしか見えませんぜ。あれならあの死の騎士(デス・ナイト)の方がよっぽどヤバそうだ」

 

「……本当か?」

 

「ええ。まあ、あの国の事ですから、何かとんでもないマジックアイテムでも隠し持っているのかもしれませんが、見た限りは」

 

 ジルクニフがちらりと視線をニンブルに向ける。魔導王に対して少し震えているようだが、それでもバジウッドに同意するようにニンブルも頷いた。

 

(……なるほど。確かに強さまでも、あの化け物と同格というわけではないのかもしれん。それならば、打つ手はあるか……?)

 

 部下からの評価を聞き、落ち着きを取り戻したジルクニフはアインズの待つ席に戻る。

 

「失礼した、ゴウン殿」

 

「顔色も戻ったようだな。安心したぞ、ジルクニフ殿。なに、試合もこれから始まるところだ。さあ、一緒に観戦しようじゃないか」

 

 その言葉が示す通り、試合開始を伝える鐘が鳴った。

 

 ジルクニフにはあまりに速くほとんど目では追えていないが、武王が一気に距離を詰め、手に持った棍棒を粘体相手に叩きつけたようだった。

 巻き上がる土煙が風に流された後に、粘体の姿は無い。避けられてしまったようだが、武王はすぐさま追撃に移っていた。 

 

(……武王がんばれ。少しでもこいつらの戦力を削ってくれ!)

 

 棍棒を振るう武王に、ジルクニフは声には出さず応援をする。バジウッドの評どおりならば、武王の勝ちは揺るがないはずだ。今は少しでも魔導国の戦力を削ってほしい。その思いからかジルクニフは、普段の姿からは想像もできない、子供のような態度を出してしまっていた。

 小さな笑い声が聞こえ、それがすぐ隣の魔導王からだと知り、慌ててアインズに向き直る。

 

「あ、ああ。すまないゴウン殿。少し興奮していたようだ」

 

「構わないとも。……ふふふ、ジルクニフ殿が良ければ、試合の合間に少し私たちの話をしようじゃないか。聞きたいことがあれば、遠慮無く聞いてくれていいぞ?」

 

 魔導王は視線は闘技場で戦う武王とモンスターから逸らさずに、非常に上機嫌に言う。突如湧いた思わぬ好機に、ジルクニフは興奮気味にアインズに問いかける。

 

「で、ではまず先ほどの至高の四十一人とは、ゴウン殿を頂点とした集団なのだろうか?その、強さなどもゴウン殿を頂点とした……」

 

「はっ―はははははは!」

 

 ジルクニフの問に、アインズの朗らかな笑い声が貴賓室に響きわたる。

 馬鹿な質問だと思われたのだろう、普段なら恥辱に感じるところだが、今は正直安堵の気持ちの方が強い。この哄笑は、強さにおいて魔導王に並び立つものなど居ないという証。当然だ、魔法一つで二十万という兵力を蹂躙できる相手に並び立つものなど―

 

「―何か勘違いをしているようだな、ジルクニフ殿。確かに私は彼らのまとめ役という立場にあるが、あくまでまとめ役にすぎない」

 

「そ、それは一体どういう意味だろうか?」

 

「私の仲間至高の四十一人の中には、私よりも強い者が居るという事だ。そう、私よりも強い戦士も居れば、私よりも強力な魔法を操る魔法詠唱者も居る。私よりも遥かに深い知識を持った者もな。ふふ、彼らは私の憧れだよ。もちろん私自身も彼らに負けないものがあると、自負しているがな」

 

(こ、この化け物より強く、憧れる者がいるだと!? そ、そんなものがこの世に存在していていいはずがない!)

 

 アインズの答えに、ジルクニフは再び世界が壊れ、地に穴が開いてしまったかのような衝撃を受ける。むしろその穴に落ちて、全て忘れることが出来たのならばどれだけ幸せだろうと思った。だが、それでもどうにか心の最後の一線だけは保ち、これだけは聞いておかねばと口を開く。

 

「い、今武王と戦っているヘロヘロ殿は、どんな方なのだろうか?」

 

 ジルクニフの問に、魔導王はその質問を待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

「彼はかつて我らに歯向かい敵対した者達から、最も恐れられ、最も忌み嫌われた男だよ」

 

 

 

 

 

 

「<剛撃><神技一閃>」

 

 武王からの攻撃をヘロヘロは跳ねる様にして躱す。武王が僅かに首を左右に動かし、こちらの位置を探っていた。隙だらけだなと思いつつも、ヘロヘロから攻撃をする事はしない。ようやくこちらを捕捉したのか、武王が突進してきた。

 

「<流水加速>」

 

 武王の突進が、急に加速する。観客からは武王が一気に距離を詰めたように見えるのかもしれない。歓声が聞こえる。だがヘロヘロはまったく動じることなく武王の突進を躱し、背後に回り込む。

 武王が振り上げた棍棒がヘロヘロの居た場所に振り下ろされ、衝撃に土煙が舞う。観客の声が大きくなった。大歓声だ。ヘロヘロはそこに自分は居ないのに何で盛り上がるんだろうと思いながら、武王の背中を眺めていた。

 ヘロヘロの姿が無い事に気付いたのか、武王が再び首を振って辺りを探っていた。棍棒が振り下ろされる前に、普通に移動して背後に回り込んだだけなのだが、武王には見えていないらしい。

 

「後ろですよ」

 

 ヘロヘロの声に驚いたように武王が振り返り、慌てて距離を取る。こちらから攻撃は一度もしてないのに大袈裟だなとヘロヘロは思う。そして、十分距離を取ってから武王が、肩で息をしながら口を開いた。

 

「聞かせてくれ。……俺は弱いのか?」

 

 相対する武王、確か試合開始前にゴ・ギンと名乗っていたか、妖巨人の対戦相手に問われ、ヘロヘロは首を傾げる。弱いかと聞かれても、ヘロヘロはこの試合がこの世界における初めての戦いだ。そもそも比較できる対象が居ない。どう答えればいいか迷うが、隠してもしょうがないので思ったままの事を口にする。かつて自分が戦ってきたユグドラシルのモンスターや、プレイヤーと比べて。

 

「―弱い、ですね。友人から貴方が闘技場の王だと聞いていたので少し楽しみにしていたのですが、正直期待外れです」

 

 ヘロヘロはアインズから武技と呼ばれるユグドラシルには無かった技を警戒するように言われていたが、それも期待外れだった。先程から確かに何かしているようだったが、百レベルの近接職であるヘロヘロには、全てが遅すぎるし、直撃したところでダメージを受けるようなものではなかった。

 

「……そうか」

 

 武王は荒い息で、ヘロヘロの言葉に答える。

 試合が開始してから、ヘロヘロは一度も攻撃をしていない。武王の攻撃を、ひたすら避けていただけだ。傍からは防戦一方に見えているのだろう。先程から会場は大盛り上がりだ。

 だがヘロヘロはいつでも武王に攻撃をし、仕留めることが出来ていた。そうしなかったのは、せっかくだから体の動かし方を、感触を確かめようとしていただけに過ぎない。 

 そのことに気付いているのは恐らく、闘技場の貴賓室でこの戦いを見守るヘロヘロの友人と、直接相対していた武王の二人だけだろう。

 

「ですが私も、この世界での体の動かし方を理解する良い経験にはなりました。もしよければ、ここまでにしますか? ……私にとってこの試合は、罰ゲームみたいなものですし」

 

 少しして武王は落胆したような、乾いた笑いを上げる。

 

「はははは、罰ゲームか。……あなたにとっては俺との戦いは、その程度でしかないのだな……」

 

 悲しそうに言う武王に、僅かにだが申し訳なく思った。少なくとも相手は命を懸けて戦っているのに、今の自分の言葉はあまりにも失礼な言葉だった。どうも自分は、ユグドラシル最終日にアインズに向け言ってしまったように、意図せず失言をしてしまうらしい。

 この世界に転移することになった切っ掛けを思い出し、武王に詫びるつもりで、ヘロヘロは一つの提案をすることにする。もし武王が望むのならば、少しの時間だけ本気を出して戦おうと。例えそれがどういう結果になろうとも。それくらいしか、この武王に詫びる方法が分からなかった。

 

「……もし、あなたが望むのならば、少しの間だけ本気を出して戦います。たぶんあなたは死ぬことになると思いますが、どうしますか?」

 

 ヘロヘロの問いかけに、武王は盛大に笑う。嬉しかったのかもしれない。

 

「至高の四十一人ヘロヘロ殿、最後に見せていただきたい。本気の力の、その一部だけでも。頂の高さを感じさせてほしい!!」

 

 武王が武器を構えながら、吠えた。 

 

「……わかりました」

 

 ゴポッと音がする。泡立つような音はヘロヘロの粘体の体から聞こえた。音が大きくなると共に、小さかった体が、肥大化していた。

 ゴポゴポという音が収まると、小さな子供ほどの大きさしかなかったヘロヘロの体が、武王ほどでは無くとも、巨大に膨れ上がっていた。そして眼窩の窪みのようなものに、おぞましい輝きが灯る。

 酸性を抑えるための普段の姿からの、変貌。これが古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)としてのヘロヘロの真の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、あれは……。なんだというのだ……?」

 

 先ほどまで武王の繰り出す攻撃と共に上がる歓声で盛り上がっていた闘技場が、一気に静まり返る。小さかった粘体のモンスターが急に肥大化したために。

 精神防御のアイテムを身に着けているジルクニフですら感じる圧倒的なプレッシャーに、一滴の汗が頬を伝う。鼻や喉を焼くような刺激臭が、この貴賓室にまで届いてくるようだった。粘体から滴り落ちる体液が、闘技場の土を焼いている。

 

「……ま、不味い。あれは不味いですよ陛下」

 

 いつの間にか近寄ってきていたバジウッドが、隣に魔導王がいるにも拘らずジルクニフに忠告する。

 

「で、死の騎士(デス・ナイト)なんてものじゃない。あれはそんなレベルじゃないですよ。ヤバすぎて、どれだけヤバいのかすら俺なんかじゃわからない。だけどあれが動いたら俺たちは終わりだってことはわかる。い、今すぐ陛下だけでも逃げて貰わないと―」

 

「―落ち着け! 」

 

 巻くし立てるバジウッドの言葉をジルクニフが遮る。隣には魔導王がいるのだ。アインズの前でこれ以上、奴が友人と呼ぶものを貶めさせるわけにはいかなかった。

 

「……すまないゴウン殿。部下が失礼をした」

 

「ふふふ、構わないさ。彼は私の友人の真の姿に興奮してしまったのだろう?ならば我々が悪いということになってしまうじゃないか」

 

 機嫌よさそうにアインズが答える。

 

「ああ、私も彼のあの姿を見るのは久しぶりだ。ふふ、本当に懐かしい。あれはだな、ジルクニフ殿。彼の、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)としての本当の姿。スライム種のなかで最強に近い存在なんだぞ?」

 

 アインズはバジウッドの態度を気にした様子も無く、上機嫌に続ける。

 

「ふふふ、ジルクニフ殿。彼が本気を出したのならば、すぐさま試合が終わるという事だ。ああ、楽しみだ。彼から目を離さないほうがいい。きっと素晴らしいものを見せてくれる。そら、武王が動くぞ」

 

 アインズの言う通り、武王は武器を構え駆けだしていた。大きく振りかぶった棍棒を、叩きつける様に振り下ろす。粘体のモンスターは避ける素振りも見せない。直撃したとジルクニフが確信した瞬間、武王の手から棍棒が消失していた。

 いや、無くなったのではない。現に武王の手に柄は残っている。ただ粘体に触れた部分だけ、まるで溶かされていたように、無くなっているのだ。

 

 驚いた武王が、すぐさまに距離を取る。しかし粘体の体が闘技場の土を這うように広がっていき、それが武王の足元にまで届く。

 粘体に触れた武王の足元が、ゆっくりと沈んでいった。

 武王は武器を、残った柄を足元に突き刺すが、それすらも飲み込まれていく。態勢を崩した武王の左手が粘体の体に触れる。すぐさま左手が溶かされるように飲み込まれた。その姿は底なし沼に嵌ってしまった哀れな大型生物のようだ。もがけばもがくほど、武王の体が粘体に沈んでいく。

 

 静まり返った闘技場に、武王の雄叫びとも、悲鳴ともとれる叫び声だけが反響する。嘘のような光景だが、それが嘘ではない証拠に、武王の頭部が飲み込まれると、あれだけ響いていた武王の叫び声が消える。そして最後に残った、光を求める様に伸ばされた右腕が力を失ったとき、完全に武王は漆黒の粘体に飲み込まれていた。

 

 歴代最強と謳われた八代目武王が何もできずに、飲み込まれていく姿を目撃した観客たちは、誰もが怯え、声すら上げられずにいる。

 試合終了を告げる鐘の音も無く、静寂だけが闘技場を包んでいた。

 

 その中で、小さな拍手がジルクニフの耳に届く。音に振り返れば、愉快そうに拍手をする魔導王の姿。

 

「どうした? 私の記憶が確かならば、闘技場の勝者はこうして称えられるのだろう?」

 

 拍手を続ける魔導王が静かに続ける。

 

「―喝采せよ。我が友の力を」

 

 そしてジルクニフは、苦渋に満ちた顔で拍手を始めた。ジルクニフが始めれば、バジウッドとニンブルが。そしてそれに呼び起こされるように、拍手が闘技場全体に広がっていき、万雷の喝采となる。

 一方的で凄惨な試合結果に怯える観客の拍手に満足したのか、アインズは笑みを浮かべ、立ち上がった。

 

「では私はこれで失礼するとしよう。実に有意義な時間だった。短い間だったが、私の仲間の事を語ることが出来て楽しかったよ、ジルクニフ殿」

 

「あ、ああ。私もだゴウン殿。貴重な話を聞かせてもらい、感謝する」

 

「ふふ、そう言ってもらえれば何よりだ。では息災でな」

 

 そう言って魔法を使い闘技場に降りていくアインズを見つめながら、ジルクニフは自分の心が、完全に折れてしまった事を実感する。帝国最強である武王を一蹴するような化け物が四十一人もいると聞かされれば、誰もがそうなってしまう筈だ。

 

(もはや一人二人奴の配下を離反させようとも、意味がない。おのれ、化け物め。化け物どもめ……)

 

 ジルクニフにはもはや、骸骨と粘体が何事か話し合っている姿を睨みつけるだけの気力も、残されていなかった。

 

 

 

 

 

「おつかれさまでーす。ヘロヘロさん」

 

 元の小さな姿に戻ったヘロヘロに向かって、アインズが<飛行(フライ)>を使い、ゆっくりと貴賓室から降りてくる。ヘロヘロはそのアインズに手を振りながら答えた。

 

「おつでーす、モモンガさん。……どうでした? 私の試合?」

 

 ヘロヘロの質問に満面の笑みでアインズは答える。

 

「もう、最高でしたよ! 武装殺しのヘロヘロ。健在ですね!」

 

 笑って言うアインズにヘロヘロは苦笑いで答える。アインズ・ウール・ゴウンの対策wiki。その中で自分がいろいろと悪し様に書かれていたことを思い出して。

 装備が惜しければ戦うな、PvPに勝利したはずなのにメイン武器を溶かされていた、触れるな危険、コアラサイズだと侮るな。奴は本気を出すとゴリラになる、等々。

 

「皇帝の部下なんて、ヘロヘロさんの雄姿にすごい興奮していましたよ?今ならあの女の引き抜きの話、上手くいくと思います」

 

 アインズの言葉に、安心した様にヘロヘロは息を吐く。

 

「ああ、よかった。それでええと、皇帝さんの名前は何でしたっけ?たしかジル? ジルク―」

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスですよ、ヘロヘロさん」

 

「ああ、そうでした。……心配だな、名前の途中で噛んでしまいそうです」

 

「ふふ、安心してください。そう思って私が試しにジルクニフ殿って呼んでみましたが、怒られませんでしたよ?」

 

 けっこうしつこいくらい呼んでみましたが、平気でしたと続けるアインズに、ヘロヘロは流石ギルド長だと、改めて感服する思いだった。

 

「流石です。流石ですよモモンガさん。ありがとうございます。レイナースの引き抜き、必ず成功させてみせますよ! では、行ってきますね!」

 

「あ、ヘロヘロさん。ちょっと待ってください!」

 

 飛び上がって貴賓室に移動しようとするヘロヘロを、アインズは慌てて呼び止める。疑問符を浮かべるヘロヘロにアインズが続ける。

 

「武王ってどうなりました? 死体があるのでしたら、蘇生をさせてから冒険者引き抜きの話をしようと思うのですが」

 

「ああ、別に死んでませんよ。ほら」

 

 そういってヘロヘロの体から武王の腕が突き出る。異常な光景だが、アインズは気にせず続ける。

 

「それ全部吐き出せますか? 折角ですし、蘇らせる振りでもしてみます」

 

「わかりましたー」

 

 そう言ってヘロヘロは武王の体を全て吐き出す。武王の大きさは、今のヘロヘロの何倍もあるが、なんの抵抗もなくずるんと、武具は全て溶かされ皮膚も焼けただれ状態の武王が、闘技場の土の上に吐き出される。

 

「そういえばヘロヘロさんが最後に使ったスキルは何なんですか?ユグドラシルでは見た覚えのないスキルでしたが……」

 

「ああ、あれ。あれは相手の武具と体に纏わりついて継続ダメージを与えるDotスキルなんですが、この世界ではあんな感じに飲み込んでしまうんですねー。少し驚きました」

 

「なるほど。ユグドラシルとこの世界での違いですか。ちょっと相手が弱すぎて残念だなって思いましたが、ちゃんと役に立ってくれていたんですね」

 

「ええ、Dotスキルで終わってしまって、モンクのスキルを試せなかったのは想定外でしたが。まあ強さは兎も角試合前に少し話しをしたんですけど、いい感じの人でしたよ?私の名前も馬鹿にされませんでしたし」

 

 アインズから聞かされていた、この世界の妖巨人が長い名前を云々というようなことは、この武王には無かった。

 

「それはヘロヘロさん、名前短いですし……。まあ、私もあの時モモンガと名乗れれば良かったんでしょうけど」

 

「はは、そうですよね。それじゃあ、皇帝さんの所に行ってきます。モモンガさん、演説ガンバです!」

 

「ヘロヘロさんも頑張ってくださいね。くれぐれも余計な波風は起こさないように、注意ですよ?」

 

「了解でーす。今度こそ失敗しませんよ」

 

 そう請け負い、ヘロヘロは一息に貴賓室まで跳躍する。

 貴賓室に飛び移ると、帝国の皇帝が驚愕した様な顔をヘロヘロに向ける。警護らしい騎士が二人、あからさまに怯えながらも、皇帝を庇うように前に出ていた。

 何かアインズから聞いていた話と少し反応が違うが、まあいいかとヘロヘロは気にせずに皇帝、ジルクニフに挨拶をする。

 

「初めまして、ジルクニフ殿。アインズ・ウール・ゴウン魔導国至高の四十一人、ヘロヘロと申します。以後お見知りおきを……」

 

 そこまで言って、言葉に詰まる。社畜ではあったが、アインズのように営業をしていた訳ではない。偉い人に対し、どう話せばいいのかわからないのだ。

 

「こ、これはヘロヘロ殿。本来ならばこちらから挨拶に伺うところを。すまない、貴殿の試合に感激するあまり、そのことを失念していたらしい」

 

「いえいえ、構いませんよ。楽しんでいただけたのならば、私も嬉しく思います」

 

 本当はアインズのような格好いい話し方をしたいのだが、ヘロヘロは諦めていつもの、仲間たちに対するような口調で答えることにする。無理をしても、すぐばれるだろう、レイナースの話ではこの皇帝はずいぶんと優秀らしい。

 

「それで一体どうしたのだろうか?ただ挨拶をしに来てくれたわけではないのだろう?もし何かあるのなら遠慮なく言ってくれていい。素晴らしい試合を見せてくれた、せめてもの礼だ」

 

 本当に優秀だ。こちらが言いづらいことを向こうから振ってきてくれた。ヘロヘロは小躍りしそうになるのを必死に抑えつつ、今回自分が闘技場で戦う羽目になった理由を述べる。

 

「ええ、レイナース・ロックブルズの事でお話が……」

 

 その名を出したことに、ジルクニフは小さく反応し、少しだけ考え込んだようだった。だがすぐさまヘロヘロに向け、口を開く。

 

「彼女は今、魔導国にいるのだろうか? まさか、ヘロヘロ殿の下に?」

 

 確かめるように聞かれ、ヘロヘロは頷く。本当に話が早くて助かる。

 

「はい。彼女は今、私の下に居ます」

 

 ヘロヘロが貴賓室に上がってきた時は、死んだような顔をしていたジルクニフに、生気がみなぎり始めた。

 部下の安否を知り、安心したのかもしれない。そう考えるとヘロヘロのジルクニフに対する好感度ゲージが徐々に上昇していく。自分がここに飛ばされる前に勤めていた会社の上役はヘロヘロの心配など、恐らくしていないだろう。ヘロヘロが抜けたことによる納期の遅れは、心配しているだろうが……。

 

「安心してください。レイナースの呪いは解呪しました。その、それでなんですが、彼女が帝国から私たちの国に転職……鞍替え? したいと希望していまして」

 

「一つお尋ねしたいヘロヘロ殿。レイナースは貴殿から見て、魅力的に映ったのだろうか?」

 

「え?え、ええ。非常に魅力的だと思います」

 

 自分が創造したメイド達ほどではないですけど。それは飲み込んでジルクニフの問にヘロヘロは頷く。

 

「そうか、それはよかった。レイナースの事、よろしく頼むヘロヘロ殿。望むならば、すぐにでも彼女の私物を魔導国に届けさせよう。レイナースの装備は、本来ならば帝国所有のものだが、彼女には随分働いてもらった。餞別代わりに受け取ってもらっていいと、伝えていただけるだろうか? 」

 

「ええ、ええ。お伝えしますとも」

 

 レイナースの装備は、ヘロヘロから見れば価値の無い装備だったが、デザインは気に入っている。くれると言って断る理由がない。

 

「ふふ、ヘロヘロ殿がこちらに見えた時、別の話(属国化)をしようと思ったのだがな。……どうだろう、ヘロヘロ殿。帝国と魔導国、二つの国の友誼の証として盛大な式典、いや舞踏会を開きたいと思う。もちろん必要なものは全て、言い出したこちらから用意をさせてもらおう。どうか他の至高の方々と共に、招かせてもらえないだろうか?」

 

「…………え? ……舞踏会?」

 

 話が見えない。どうしてそういう話になっている。ヘロヘロはおろおろと動揺しつつ、なんとか言葉を紡ぐ。

 

「えっと、ええー。そ、それは、私の一存ではお答えすることができませんので、うん、そうだ、仕様書のデータを、いやいや、書面か何かを魔導国宛に―」

 

「わかった。日取りが決まり次第、招待状を魔導国至高の方々宛に出させていただく」

 

「しょ、招待状? ああ、いえ。わ、わかりました。そ、それでは私はこれで失礼しますね。で、ではまた」

 

「ああ、ヘロヘロ殿。次は舞踏会で会えることを、楽しみにしている」

 

 そういうジルクニフに背を向け、冒険者勧誘の演説を終えたらしいアインズの下に急ぐ。急いで自分と一緒にナザリックに転移してもらいたかった。

 舞踏会など、引き抜きの話をしに行っただけなのに、なんでそうなるんだ。

 どうして、こうなるんだ

 

「ああー、ヤバい、ヤバいよ。舞踏会なんて、なんで。ああ……また茶釜さんに怒られてしまう……」

 

 ぶくぶく茶釜の怒り顔、顔は無いが、それが浮かぶ。やはりアインズのように上手くはいかないとヘロヘロは粘体の手で顔を覆う。そしてレイナースを連れ帰った時に聞いたぶくぶく茶釜の苛ついたような怒り声を思い出し、また怒られるのかとヘロヘロは泣きそうになっていた。




ヘロヘロさんは、普段はアニメの姿。本気を出すと至高の四十一人紹介の姿になると思っています。
誤字訂正ありがとうございます。
一発クリックで直せるとか、凄いや!

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