アラフォー艦隊のやべー奴ら   作:オパール

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ある秋の昼下がり、空母エセックスは密かに思いを寄せる先輩エンタープライズを自宅へと招待する。
用意していた完璧な計画を実行するために――





ジュウコン相手に悩み通しなので初投稿です


ウィチタ「Know your role,And Shut your Mouse」

 あの時のことは、今でもよく覚えてる。

 

 世間を知らない青二才。もう何年も前の、まだ学生だった頃の帰り道。

 

 通学路だった海沿いの道。いつものように家路につきながら歩くその中で、普段なら存在しないはずの『黒』を見た。

 

 不思議と惹かれて、近付いてみれば、それは濡羽色の美女。身体中傷だらけで倒れ伏していた。

 だがそんな状態でもわかるほどに整ったその容姿は、一介の小僧の視線を縫い止めるには十分すぎるほどで。

 

 声をかける。瞼が薄く開かれる。

 

 

 

 ―――その金色に射抜かれた瞬間、俺は彼女に恋をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワッタッシッハッ

 

 ナンバーワンッ♪

 

 

わ゛ん゛ッ゛(地声)

 

 

 

「……なんでいつもいつも思い出したようなタイミングで置かれてんだこの目覚まし……」

 

 サンディエゴの自主製作、『3d5目覚まし時計』を止める。

 ノリノリなテンポで流れるサンディエゴの歌声を目覚ましにするという発想は良いと思う。けど所々で唐突に挟み込まれる野太い声だけはどうにかならんかったのか。

 しかもどういうわけか執務が立て込んで、部屋を改めることもままならないほど疲れている時に限ってこれが置かれている。何度撤去あるいは電源切って仕舞っていてもこれである。

 起きてから執務に向かうまでこの部屋は完全に施錠してある。にも関わらずこの状態が何度も作り出され、なおかつ徹底的に調べても部屋に誰かが侵入した形跡はまさに跡形も残っていない。ただのホラーじゃん

 

「……はぁ」

 

 最悪だが目が覚めてしまった以上は寝てもいられない。着替えとか朝支度でも……

 

「む」

 

 布団から出ようとしたところで、くっ、と手が引っ張られる感覚。

 何事かと眼を向けようとして、すぐにそれの正体に思い至る。

 

「……あんなダミ声流れたのに、よくもまぁすやすやと」

 

 瞼は閉じられ夢の中。しかしその指先は俺の手をしっかり掴んで離さない。

 艶のある髪は頬にかかり、身動ぎをする度に合わせて揺れる。

 喜色満面、幸せ一杯とでも称するべきその表情を起こすのは忍びなくもあるが、そうも言っていられないのでさわりとその頭を撫でてみる。

 

「……んぅ……ん」

 

 小さな唇から漏れる吐息。

 むず痒そうに身動ぎを見せる姿にちょっとした罪悪感が沸き上がるも、そこはそれ。

 

「―――ほれ。起きな綾波」

 

 指先でその頬を何度か叩く。

 眉間に皺が寄り、その瞼が少しずつ開いていった。

 

「……ぁ。しきかん、です」

 

 ほにゃ、と緩んだ笑みと寝ぼけ眼。俺の指を絡め取ると、そのまま自分の頬を擦り寄せた。

 

「……あったかい、です」

 

 引き籠りの一件以来、綾波と寝床を共にする機会が多くなった。

 共にすると言っても同じ布団でただ寝るだけだが、眠りにつく前に交わす会話の中での彼女は実に楽しそうで。

「実はもっと前からこうしたかった」と言われた時には申し訳なくも思った。

 ちゃんとこういう要望も聞いてやるべきだった、と我が身の不徳を恥じるばかりである。

 

「……起きたか?」

「……Zzz」

「コラコラコラ」

 

 二度寝を決めようとしてるその頬を摘まんで引っ張る。

 なかなかに伸びた。

 

「んぃぃ……いふぁいれすしふぃはん……」

「気持ちはわかるが起床時刻だよ」

 

 離してやれば、のそのそと起き上がって赤くなった頬をさすっている。

 その眼はまだぼんやりとしていたが、恨めしそうに俺を睨んでもいた。

 

「暴力です。でぃーぶい、です」

「どこで覚えるんだよそういうこと……」

「冗談です」

 

 くしくしと瞼を軽く擦る綾波。

 それが終わって顔を上げれば―――いつもの笑顔が現れる。

 

「指揮官。おはようございます、です」

「―――ああ。おはよう、綾波」

 

 

 

 綾波と二人、いそいそと朝支度。

 俺が着替え等を済ませている間に、メールの有無を確認していた綾波から小さく声が上がった。

 

「……あっ」

「? どしたー綾波ー?」

「いえ、その……メールが届いてたのです。ですが……」

「ん?」

 

 どこか歯切れの悪いその声。

 何かと思って中を検めてみた。

 

 

 

「―――は?」

 

 

 

 そこには、手のひら大の黒い小箱が一つ。

 綾波と視線を合わせ、互いに頷いて開けてみる。

 

 

 

「……マジかよ」

 

 

 

 そこには銀色に輝く指輪

 

 紛れもなく、綾波の薬指にあるものと同じもの

 

 ―――『誓いの指輪』そのものだった

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

・オーロラ「指揮官さん、知ってますか?」

 

「何を?」

「一般的に、薔薇は愛の告白に用いられることが多いですよね? 花言葉も『愛情』が一番認知されています」

「だなぁ」

「でも、一口に薔薇やその花言葉と言っても、本数や色で大きな違いがあるんですよ」

「へぇ」

 

 いつも通りの執務も順調、なので今は午後休憩。

 珍しく呼び出しをかけてきたオーロラの元、彼女が育てる小さな薔薇園に向かえば、そこにはその金色の髪と同じように柔らかい微笑を浮かべる、ロイヤル陣営の軽巡洋艦、オーロラの姿があった。

 

「例えば、今言った『愛情』の花言葉を持つ薔薇は赤色。白なら『純潔』や『深い尊敬』、紫色なら『気品』などの意味を持っています」

「黒があまり穏やかじゃないってのは聞いた覚えがある」

「そうですか? 『永遠の愛』なんて、私は嫌いではありませんけれど……」

「『あなたはあくまで私のもの』とかいう意味もあったろ、確か」

「ああ……」

 

 黒、という言葉で思わず赤城辺りがどこかから見張ってんじゃねーかという想像がわいてくる。薔薇園の真ん中に置かれている椅子に座っていたが、思わず立ち上がって辺りを見回してしまう。

 

「指揮官さん?」

「……いや、なんでもない。それで、なんだ? 本数でも意味合いが変わってくるって?」

「は、はい。……えっと、プロポーズの際に贈られる薔薇は108本。これはそのまま

『結婚してください』。1本なら『一目惚れ』、6本は『あなたに夢中』、21本だったら『あなただけに仕えます』という意味に」

「ベルファストの奴が急に薔薇21本持ってきたのそういう理由か……!」

 

 今朝、執務室に赴いたところ、ベルファストが何やら薔薇を生けていた。21本。

 何事かと尋ねたらいつもの柔和な笑みと共にはぐらかされて終わったけど。

 

「むっ……指揮官さん? 今は私と二人きりなんですからっ」

「え。……ああ、そうだったな、すまん」

「もぅっ」

 

 頬を膨らませてそっぽ向いたオーロラに謝り倒す。

 何だかんだ、彼女はこの泊地での戦歴ならばクリーブランドと並ぶ。つまりは最古参の一人。性能上、ベルファストが着任してからついついそちらばかりを重用してしまっていたが、練度で見るならばオーロラもまた長い付き合いの戦友だ。

 

「いや悪かったって。ダメだな、どうにも他に気ぃ回しちまう……」

「……フフッ。冗談ですよ。さっ、指揮官さん。そろそろお茶も良い頃合いです」

 

 ふわりと微笑んだオーロラの指先を眼で追えば、そこには透明なポット。中には薄く色付いた液体と薔薇が浮かんでいた。

 

「ローズティーってやつか?」

「はい♪ 私が育てた薔薇を使ってみたんです。指揮官さんと一緒に飲みたいな、と思って」

「それは光栄だな」

「すぐに淹れますから、もう少しだけ待っててくださいね?」

 

 そう言って、オーロラは楽しげに二つのティーカップに手際良く紅茶を注いでいく。

 湯気と共に立ち上る薔薇の香りが嗅覚を刺激、彼女が丁寧に、大切に育ててきた薔薇が出している匂いなのだと思うと、不思議と胸が踊るようだった。

 

「……お待たせしました。どうぞ、指揮官さん」

「ああ。いただきます」

 

 鼻で香りを、舌で味を。

 うまい、と告げれば嬉しそうに、照れ臭そうに笑いながら、良かった、とオーロラ。

 そこからしばらく会話は無く、ただ二人で風に揺れる薔薇の動きや音を楽しみ、遠巻きに聞こえてくる学園からの喧騒に耳を傾けていた。

 静か、穏やか。前に赤城と共に過ごした時間とはまた違う、菓子も無ければ会話も無いが、オーロラという艦船と過ごすティータイムは、このくらいがちょうど良いのかもしれない。

 

「……ふぅ。何かあれだな」

「はい?」

「お前さんとも長いけどさ、何だかんだでこういう時間ってあんまり無かったよなぁ、って」

 

「そうですね。わたし初登場ですから

「やめーや」

 

 真顔。ハイライトは死んだ。

 

「だいたいベルファストさんばっかりズルいです! 確かに彼女は優秀だしロイヤルが誇るメイド長ですけど、私はベルファストさんが来るまでクリーブランドさんと双璧だったのに!」

「いやそれは本当に悪いと」

「指揮官さんのハジメテ(の軽巡)は私なのに!」

「言い方ァ!」

「寂しいんです指揮官さんが構ってくれないから!」

「子供か!?」

「これが続くようなら私週一で昔の知り合いの男性の家に入り浸ったりしてそのまま帰ってこないようになっちゃいますからね!?」

「そんなことになったらそいつ地獄まで追い込むけど」

「えっ」

 

 そもそもそんな相手いねーだろ、というツッコミを胸中でしつつ、唐突にテンションの変わった俺にオーロラが思わず息を呑む。

 

 これから言う事は誰にも言っていない。綾波にも。

 だがそれは、同時に俺が心から決めている、『俺が決めた』絶対のこと。

 

 

 

「ここにいて、俺の指揮下に入っている以上、お前らみんな"俺の艦船"だ。一隻たりとも他所の奴にゃ渡さん。髪の毛一本どころか爪の欠片までもな」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

・?「エンタープライズちゃ~ん?」

 

 

 

「匿ってくれ指揮官!!?」

 

「わーおなんだ急に」

 

 エンタープライズが見たことないほど切羽詰まった表情で執務室に飛び込んできた。ノック無しな辺り相当らしい。

 

「どうした?」

「すまない、事情を説明している余裕も無いんだ。何も言わず私を」

 

 

 

エンタープライズチャーン?

 

 

 

「ヒィッ!? お、お願いだ指揮官、今すぐ、どこでもいいから!」

「これマジにやばいな」

 

 部屋の外、廊下の彼方から聞こえてきた、おっとりしつつもねっとりした声に流石にやばそうだと判断。

 

 天井裏、床下、壁を改造した(されてた)隠し扉、窓際改装のスロープで外へ脱出、そのどれかを選択肢として提示しておいた。

 

 ……ていうか誰だよ執務室ここまで勝手に弄った奴

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンッ

 

 控えめなノックが響く。それに返事をすれば、静かに扉が開く。

 

 

 

 

「 見 い つ け た ★ 」

 

 

 

ヒッ

 

(落ち着けエンタープライズ。ただのブラフだ)

 

 現れたのは、色素の薄い紫色の髪とライトブルーの瞳。修道服というか看護服というか、そういう服を纏った艦船。

 ユニオンの工作艦ヴェスタル。エンタープライズとは何かと関わりの深い艦船。

 

「急にごめんなさい、指揮官」

「ああ、別に良いけど。どうした?」

「エンタープライズちゃん、ここに来ませんでした~?」

 

 即座に核心を突いてくる聞き方。もう俺がエンタープライズと会ったことは確定してるらしい。

 

「来たには来たが……何かあったのか?」

「それがですね~。エンタープライズちゃんに、今日出撃から帰還したら、ちゃんと私の所に来るように、って言ってあったんです」

「ん? 報告聞いた後、お前さんの所に行くの見送ったぞ、俺」

「はい。いつも通りに、エンタープライズちゃんのメンテナンスをしようと思っていたんですけど、逃げられちゃって~」

 

 おいじゃあエンタープライズの自業自得じゃねえか

 

「……気になってたんだけど、エンタープライズのメンテってどんなことしてんだ?」

「? 色々ですよ~? 艤装の整備したり~、傷の手当てしたり~」

 

 指を一本ずつ曲げながら、笑顔で語るヴェスタル。

 工作艦として、艦船達の艤装の修理のみならず、メンタルケアなどといった、医師じみたことも請け負うヴェスタル。

 かつてはエンタープライズ専属だった、というカンレキから比較的彼女にベッタリな所もあるが、ヴェスタルの行う『メンテナンス』は正直助けられてばかr

 

「今日は奮発してヴェスタルの特別マッサージなんて」

「それだよ」

 

 普段はおっとりとしている目付きが野獣のそれだった。そら逃げるわ。

 

「……あっ、そうだ。指揮官も、ヴェスタルの特別メンテ、試してみますー?」

「えっ」

 

 ちょっと待ってこっちに矛先向けないで

 

「何されんの俺」

「そんなに身構えなくてもぉ……ヴェスタルから指揮官にだけの、特別コースで朝から晩まで、ヴェスタルがお世話しちゃいますよ……?」

 

 上気した頬、潤んだ瞳が近付いてくる。

(エンタープライズ以外の)誰に対してもおおらかな表情を浮かべるヴェスタルらしからぬその顔。

 机から身を乗り出して徐々に迫るその熱は、距離があっても確かに感じられて。

 

 

 

「あなたでも流石にそれは許されないぞヴェスタ」

「は~いエンタープライズちゃん一本釣り~♪」

「えっ」

「馬鹿……」

 

 天井裏から上半身だけ飛び出してきたエンタープライズ。

 だが哀れにも、その身体はヴェスタルが取り出したロープで雁字絡めに縛り上げられた。

 

「あ、あぁ、あ……!」

「お時間とらせてしまってごめんなさいね、指揮官」

「あ、うん」

「し、指揮官……!」

「諦めろ。どう考えてもお前のヘマだ」

「さぁ行きますよーエンタープライズちゃん? ……ふふ、ウフフフフー……」

「うあぁ……指揮官、しきかぁーんッ!!」

 

 涙声で叫びながら、ズルズルと引きずられていくエンタープライズの姿に涙を禁じ得ない。

 だがまぁヴェスタルのこと、まさかエンタープライズを傷付けて終わるなんて事態になるわけも

 

 

 

タノム、マエハ、マエダケハユルシテ…!

 

 

 

「おいマジで何する気だあいつ……!」

 

 

 

 

 

 

 

・ロドニー「姉様ったら」

 

 夜も更けた時刻。

 執務室の椅子にもたれかかる俺と、その目の前には鋭い目付きで俺から渡された書類に隅から隅まで目を通している女性の姿。

 赤を基調とした丈の短めなロイヤル式軍服。強気で勝ち気な気性を体現している吊り上がった赤い瞳に金色が眩しいツインテール。

『BIG SEVEN』の異名を持つ戦艦、ネルソンその人。

 

「……不備、欠陥等無し。確認完了よ」

「サンキュ。……あ゛ー今日も終わったー」

 

 背もたれに完全に身体を預けた俺に、ネルソンはため息混じりに呆れたような視線を向ける。

 

「……そこまでの量かしら、今日の書類?」

「……まぁな」

 

 実際は昼間にちょっとあったせいで夜に追い込みかける羽目になったのだが、それはもうただの言い訳なので自分の手際の悪さのせい、ということにしておく。

 何もネルソンは話を聞かない石頭というわけではない。ただ完璧主義なだけで。

 

「まぁいいわ。やるべきことをキッチリやったのなら、特に言う事も無いし」

「ああ。遅くまで付き合わせてわる……あーいや、違うか。ありがとな、ネルソン」

「あら、わかってるじゃない。善意には謝罪よりも感謝を優先、当然のことね」

「叩き込んでくれた人がいるからな」

「誰のことかしら?」

 

 何てことないように振る舞い、さっさと書類を纏めるネルソン。

 誉められただとか礼を言われた、くらいのことではネルソンは大して気にも留めない。彼女が冷たい、とかそういうことではなく、ほとんどのことはネルソンにとって「当たり前のこと」で「礼を言われたり誉められるほどのことではない」から。

 妹のロドニーから聞いたネルソンのカンレキから来るその価値観と、後はその強気で勝ち気な気質から来る上昇思考、とでも言おうか。

 半端、弁解、甘えは許さず。求める以上は最高を。

 

 ただまぁ、他者にそれを求めている故に、ネルソン自身も半端なことはしない。弁解を許さない代わりに自分も弁解しないし、甘えさせないから甘えない。

 そういうタイプにありがちな頭でっかちの頑固者、というわけでもない。むしろ広い視野と柔軟な思考を持っている分、予期せぬ事態への対処もつつがなく。

 

 叱咤や進言は彼女という艦船が正面から俺に向き合ってくれていることの証。他の面々が違うというわけでもないが、とりわけネルソンはぐいぐい前に出てくる。

 前にも誰かに言った気がするが、こういうタイプはありがたい存在だったりするのだ。

 

「……人をジロジロ見る余裕があるとは大したものね。追加の仕事が必要かしら?」

 

 と、気付けば見すぎていたようで、剣呑とした目付きで睨まれる。

 

「……いや、考え事してた。とはいえ不躾だった。すまん」

「まぁいいけど。……何か訊いても?」

「ん? あぁ、いや。大したことじゃないんだが……ありがたいな、と」

「はぁ?」

「お前さんみたいなタイプが、だよ。要所要所でこっちの気ぃ引き締めてくれる存在はありがたい」

「……別に。頼りない指揮官でいてほしくないだけよ」

「そういう風なことを言ってくれるからこっちも張り合い出てくんのさ。だから……感謝してるよ、ネルソン。ありがとな」

 

 普段は言えない、彼女が別に求めていないことでも、言わなければいけないことははっきり言わねばならない。

 今となってはそこそこの付き合い。その厳しい態度が、ネルソンなりの信頼の現れなのだということはわかっている。

 

 心からの言葉を伝えれば、誉められ慣れてないネルソンは耳まで赤くなる。

 照れか怒りか、多分前者だろうが、その表情ひとつ取ってもレアな場面。

 

「……ふんっ。まぁその礼は受け取っておいてあげる。……感謝してるのは私もよ

「? 最後なんか言ったか?」

「ッ……別に何も」

「そうかい? まぁ、お前さんにはこないだ散々迷惑かけちまったしなぁ」

「この間? ……ああ、綾波の」

 

 綾波引きこもり事件の際、俺が起こした執務でのミスの連発。それにフォローを入れてくれていたのが、他ならないネルソン。

 普段以上に当たりがキツくても、俺個人のヘマだったのに一つ一つ残らず不備等を指摘、修正してくれたことには頭が上がらない。

 事が終わった今でも、目付きはキツいが嫌そうな顔は一度だって見たことが無い。ありがたい限りである。

 

 なお同じようなことをしてくれてたヒッパーは平常運転である。

 

「あの時はつくづく手間を取らせて……」

「気にする必要は無いわ。……私も、その、少し短慮な所があったとは思っているし……」

「……綾波も、もう大丈夫だ。仕事に関してももうあんなことは起きない……と思いたい」

「そのくらいは断言しなさいよッ。だいたい……」

 

 トントンッ

 

 声を荒げそうになったネルソンを制するように鳴るノックの音。

 こんな時間に何事かと招き入れれば、現れたのは紫がかった色合いの銀の長髪、ネルソンとは逆の青と白の軍服に身を包んだ美女。

 ネルソンの妹、ロドニーだった。

 

「失礼します、指揮官。姉様もお疲れ様でした」

「ロドニー? どうしたのよこんな時間に」

「いえ、まだ執務の方が長引くならお茶でも用意しようと思ってたんですけど……必要無かったようですね」

「そうね。必要なことはもう終わりだし、先に部屋に戻っていいわよ」

「……すみません姉様、実は少し指揮官とお話したいことがありまして」

「えっ」

「いま出来たの……? まぁ、いいけど」

 

 明らかに訝しむ目付きではあったが、ネルソンは纏めた書類を手に扉に向かう。

 

「じゃ、私の話はまた次の機会にね、指揮官」

「お、おう。……お疲れさん。ありがとな、ネルソン。おやすみ」

「―――」

 

 礼と就寝の挨拶を告げる。

 それに何故か、一瞬ハッとした表情を浮かべたネルソン。

 次いで、どこか彼女らしくない笑みを浮かべて

 

「―――ええ。おやすみなさい、指揮官。ロドニーも」

 

 そう言って、ネルソンは部屋を後にした。

 

「……なーんか様子おかしかったな。なぁロド……ロドニー?」

 

 ネルソンについて訊くなら誰が良いか。言うまでもなく妹のロドニーである。

 だからちょっと尋ねようと思ったが、何か目を閉じてスンスン鼻を鳴らしてた。

 

「……何してんだお前」

「……においますね」

「何がだ。加齢臭か?」

「いえ、それもありますけどそうではなく」

 

 加齢臭出てるのか……そうか……

 

「姉様の匂いです。かなり濃く漂ってます」

「はぁ? んな移り香つくほど近付いてねぇぞ」

「そうですか? ……でも羨ましいなぁ姉様。着任は私の方が先だったのに」

「言うほど離れてもないはずだけどな」

 

 ロドニーもネルソンも、海域攻略中に発見。

 イラストリアスやベルファストも太鼓判を押すその戦いぶりには、はじめて見た時は度肝を抜かれたのを覚えている。

 クイーン・エリザベスの着任後は更に奮戦。女王の号令に乗せたビッグセブンの砲撃はそれはもう恐ろしかった。

 執務に関しては共に妥協せず、ネルソンをムチとするならロドニーはアメだろうか。いや、どっちも厳しめなのは同じだけど。

 

「姉様、他の艦の方々からはとっつきにくいとか言われてますけど」

「わかってるよ。特に他を嫌ってるわけじゃあない。悪いことではないはずなんだが、真っ向からズケズケ言うのがなぁ」

「駆逐艦の中には怖がってしまってる子達もいますしね……」

「一回アーク・ロイヤルが文句言いに行ってベソかきながら帰ってきたのは申し訳ないけどちょっと面白かった」

「指揮官ったら」

 

 ただまぁ、それでもネルソンに信頼を置く者は少なくない。

 付き合いの浅い奴ならともかく、一緒に過ごしている内にネルソンの厳しい言葉の裏に的確なアドバイスが含まれていることに気付いてくる。

 それを理解した面々からすれば、ネルソンは

「自分にも他人にも厳しいがその分感情抜きで他者や物事を見れるヒト」

 という認識で落ち着いている。

 一部の猛者は「かわいいのぅ」なんて雰囲気でネルソンを見守る始末。俺には無理。

 

「……指揮官には、姉様を邪険にしないこと、ありがたいと思ってます」

「なんだ、急に」

「姉様、あれで指揮官のこと好きで好きで仕方ないんです」

「待て、当人いない場でそういうこと言うか?」

 

 

 

「それに、陛下の考えに一番乗り気なの―――実は姉様なんですよ?」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦艦ネルソンは、基本的に他者に弱味を見せない

 

 敬愛する陛下にも、ロイヤルの仲間達にも、実の妹にさえも

 

 特に自分を指揮する彼になど、以ての外

 

 ―――まったく。少しはマシになったとはいえ

 

 入浴も済ませ、あとは寝るだけ

 

 普段は結んである髪は今は解かれ、身体を覆う紅いネグリジェ一枚に身を包み、ベッドの上に横になる

 

 ―――まだまだ。精々が及第点。満点にはまだ遠い

 

 頼りなさげな姿はとうの昔。努力も成果も上々なことははっきりしている。頼りない指揮官ではもうない

 

 ―――だから

 

 跳ねるように起き上がって、クローゼットまで歩を進める

 大した服も入ってないその中で、丁寧に手入れをされ、皺ひとつ無い白い服を手に取る

 

 ―――指揮官

 

 彼の身の回りを世話するメイドより横流しされてきた、他ならぬ『彼』の服

 渡された際の「私わかってますよ」的な視線にはイラッと来たが、それでもこれを最初に手にした時の高揚で全て吹き飛んだことを覚えている

 

 ―――んっ

 

 静かに、そっと抱き締める

 匂いなどしない。むしろこれにはもう自分の匂いが隅々まで染み付いていることだろう

 

 だが、それがいい

 

 彼が身に着けていたものが、その匂いが自分で上書きされていく。その感覚からくる背徳感は耐え難いものだった

 

 こんなことは誰にも言えない

 誰にも知られるわけにはいかない

 仮に知られたら、妹だろうと道連れにしよう

 

 もし、もしもだ

 

 彼が何も知らずにこれを着たら?

 

 自分の匂いが染み付いたこれを、彼が纏う

 

 考えただけで頭がおかしくなりそうだ

 

 ―――安心しなさい。見捨てるなんてしない

 

 敬愛する女王陛下は、彼を自身の婿としてロイヤルに迎え入れようとしている

 それを聞いた瞬間、自分は異も無く賛同していた

 王家に入るならば、これまでと同じようにさせるわけにはいかない

 

 だから、自分が教育しよう

 

 彼の隣で、ロイヤルネイビーの一員たる自分が、陛下に相応しい男になるよう教え育てよう

 

 もし、「相応しくない」と判断され、捨てられるようなことになろうとも、自分だけは付き添うだろう

 

 

 

 ―――一生鍛えてあげるわ。あんたの隣で

 

 

 

 ネルソンはもう、ロイヤルの一員だけではいられなかった

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「鳳翔と申します。宜しくお願い致しますね~」

 

 海域攻略に乗り出していた艦隊が、そう名乗った空母を連れて帰ってきた。

 

 鳳翔

 

『世界初の空母』、『空母の母』と呼ばれる重桜の軽空母。

 全体的に紫色が目立ち、側頭部からは鳥の羽根を思わせるように髪が跳ねている。

 ほんわかとした雰囲気を纏いながらも、そのおっとりとした双眸からは妖艶なまでの色気が感じられる。

 着任の挨拶や手続きを一通り済ませ、綾波に母港の案内を任せて別れる。

 

 執務室にひとり残った俺は、彼女を一目見た瞬間に感じてしまった感覚を持て余してしまっていた。

 

「……やばい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(性欲湧いた)

 

 

 

 枯れても戻ってくることってあるのね




没シーンでは指揮官の寝床に潜り込んで綾波に締め落とされる大鳳もいた

ネルソンは嫌な奴なんかじゃないんだ、むしろすげぇ良い人なんだ
けど正統派なツンデレってなんだ…叱咤や忠告を嫌味ったらしくないようにするにはどうすればいい…
高圧的ではあるけど高慢じゃあないんだ…

マジにいざ書くとなるとすごい難しいことに気付いたネルソン
大好きだよ
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