※今回短め
「お邪魔するにゃ、指揮官」
「邪魔すんなら帰ってどうぞ」
「しょうがないにゃあ。邪魔しないからちょっと話だけでもいいかにゃ?」
「おう」
「……何にゃ今の」
「お前もノリノリだったじゃねぇか」
「んで? わざわざここまで足運ぶなんて珍しいじゃないの。また資材の無断運用でもしたのか?」
「んなわけねーにゃ。だったらそもそも来ないにゃ」
「だろうな。だったら霧島かベルファストから報告来てるはずだし」
「監視されてんのかにゃ!?」
「ったりめーだろが前科何犯だこの野郎」
「……ま、まぁとにかく、今回はそういうのじゃないにゃ。ちょっと資材搬入のことで目を通してほしい書類があってだにゃ」
「……」
「そんな目で見ないでほしいにゃ。仕入れのルートも合法だし艦隊にはメリットの方が大きいと思うにゃ。……指揮官にとっても、悪い話ではないと思いますがにゃあ?」
「おめぇそれ言いたかっただけだろ。……見してみろ」
「はいにゃ」
「……お前これ」
「どうかにゃ?」
「どうもクソもねぇよ。お前ただでさえ火種燻ってんのにそこにガソリンぶちまける気か? 物理的に炎上マーケティングするのかお前」
「そう思うなら許可しなければいいだけにゃ。有用性は綾波が証明済み。でもこれから先の海域を現状だけで乗り切れないってことは指揮官もよくわかってるはずにゃ」
「……まぁ、な。こないだの戦闘で第二艦隊の前衛が全滅手前まで追い込まれたし」
「何事にもテコ入れは必要。でも最終的な判断は指揮官にしか任せられないからにゃあ」
「……ほれ」
「……ん、確認したにゃ。ありがとうにゃ、指揮官」
「必要なことだからな。お前の言い分にも一理あるのは確かだし」
「じゃあ、明石はこれで失礼するにゃ。近い内に入荷するから、その時は明石のお店をよろしくだにゃ~」
「ああ」
「あ、ちなみにこれれっきとした商品だから買うつもりならダイヤしっかり払ってもらうからにゃ」
「お前の猫耳菊練りしてやろうか」
◇◆◇
・ポートランド「インディちゃんどこ…ここ…?」
昼下がりの執務室。
目の前にいる艦船は、薄紫のサイドポニーが靡き、ハートマークの浮かぶ藍色の瞳。口の中がモソモソ言ってる。
以前よりも遥かに増えた露出を気にも留めず、むしろ「見せていけ積極的に」と言わんばかりのオープン具合。何か食ってる。
だがそんな服装で侮るなかれ、現在のこの艦船の性能は以前を大きく越えている。ナニカを噛み締めるその表情は至福一色、ただ仮にも上官の前でやることではない。飲むな。
俺の傍らに立つ秘書艦のクリーブランドの顔が引きつっている。気持ちはわかる。
そろそろ突っ込もう
「なに食ってんだお前」
「インディちゃんの薄い本です」
「なんだいつも通りのポートランドじゃねえか」
「落ち着いてくれ指揮官。本を食べてる時点でだいぶおかしい」
「え?」
「え?」
「えぇ……」
総括
重巡洋艦ポートランド。改造しても平常運転だった。
「しかしあれだな」
「どうしたんですか指揮官? あっ、まさか指揮官もインディちゃんの薄い本を食べたくなったんですか!?」
「お前さんを改修したのは俺の指揮官生活最大の失態だ」
「なんですかそれー!?」
ムキーッ、と食ってかかってくるポートランド。
こうは言ったが、実際として改造する前から優秀だったポートランドのパフォーマンスが更に優れたモノになったのは事実。
まず何よりも装甲、防御面においては重巡の中でもトップレベル。妹のインディアナポリスと組ませれば他の面も輪をかけて上昇。一緒に出撃したクリーブランドの出番を食ってしまったこともあるらしい。
「もうほんと指揮官ってば遠慮が無いといえば聞こえはいいですけどデリカシー無さすぎですインディちゃんと一緒ならポートランド大勝利待ったなしなのに全然インディちゃんと出させてくれないしいや別にラフィーちゃんやクリーブランドと出るのが嫌ってわけじゃないんですもっとインディちゃんと一緒にいさせてって言ってるんですよ聞いてますか指揮官もっともっともっともっとずっとずっとずっとずっとインディちゃんと四六時中二十四時間三百六十五日一分一秒だって離れるのだってほんとは苦しいのにああインディちゃん可愛いよインディちゃんだからこうやってインディちゃんの薄い本を食べていればいつだってインディちゃんと一緒なのでもやっぱり生インディちゃんには遠く及ばないの指揮官インディちゃんと一緒に編成してインディちゃんと一緒に出撃させてインディちゃんと同じ敵を沈めたいのねぇ指揮官ねぇねぇねぇねぇインディちゃんだって指揮官の役に立ちたいって思ってるし私だってそのお手伝いしたいって思ってるだからねぇ指揮官もっとインディちゃんとの時間ちょうだい頼りにしてくれるのは嬉しいですけど私やっぱりインディちゃんの役に立てるのが一番幸せなのだから指揮官お願い指揮官インディちゃんと一緒に出撃させてください何でもしますから」
「そういうとこだよ」
「無情!」
よよよー、と崩れ落ちるのを冷めた目で見届ける。そもそも膝をついた段階でまた本をモシャモシャ食い出した時点で特に悲しんでいるとも思えない。
「もう良いから出撃してこいお前」
「嫌です」
「は?」
「インディちゃんと一緒じゃなきゃ嫌です」
「いやお前な」
「インディちゃんと組ませろこの野郎」
「なんだお前この野郎」
結局クリーブランド(103)に引き摺られて断末魔の叫びを上げながら海域に繰り出すポートランド(91)だった。
・赤城「あいつ……指揮官様に近すぎじゃない?」
愛宕「どうしてやる赤城。処す? 処す?」
重桜の航空母艦、大鳳は降りしきる雨の中を一人歩いていた。
いや、訂正しよう。
雨の中を『舞うように』歩いていた。
手には小さな布の小袋。その中には愛しの指揮官からの贈り物が入っている。
秘書艦を任され、何から何までそれこそ一からZまでありとあらゆる職務や身の回りを補佐するようになって、彼から何度も礼を言われている。
そんなある日、というかつい先程。お礼だということでこの小袋を手ずから渡された。
中身は持ったらわかるタイプの安物の櫛。
……重桜においては、櫛を贈るということは「苦しみ抜いて死ね」、「苦死」を連想させることからタブーとされている風潮がある。
まぁ指揮官自身はそれを知らなかったらしく、教えてあげたらかなり慌てて別のを選ぼうとしていたがそこはやんわり断るのが佳い女の甲斐性というもの。
それに何より、大鳳にとっては値段もそんな風潮も問題にはならない。
「愛してやまない指揮官が」
「大鳳に自ら選んだ物を」
「手ずから直接贈ってくれた」
この事実だけで大鳳は十分すぎるほどに幸福なのだ。
だから大鳳は幸福の絶頂。土砂降りの雨の中だろうとくるくる舞い踊るように、彼女の人となりを知らなければそれこそ道行く全てが振り返るほどに美しく舞っていた。
ちなみにその様子を執務室の窓から見ていた指揮官は、喜びように安心こそすれど実際には
「風邪引かねぇだろうなあいつ」
などと心配しているだけだったりする。
(ああ……指揮官様ぁ……大鳳は幸せですわぁ。本当なら贈り物などしていただかなくても、大鳳は指揮官様をお支えできるだけで幸福なのに、このような贈り物までされては、大鳳もう我慢できなくなってしまいますぅ)
雨に打たれながらも、その身体には堪えがたい熱が帯びている。
頬は赤く染まり、袋から取り出した櫛を見つめるその紅い瞳は恋する乙女のように爛々と光っている。
重用され、頼りにされ、あまつさえプレゼントまでされた。これはもう指揮官は大鳳のルートに入っているのでは、いや間違いなくルート確定グッドトゥルーエンディング待ったなし、とばかりに浮かれに浮かれる大鳳。もちろんそんな事実は無い。
そしてそんなヘヴン状態に陥っていた弊害
着地するはずの足が片足に引っ掛かり、そのせいでバランスを崩し
持っていた櫛が、大雨により出来ていた小さな水流に落下してしまった
「
一瞬身体が硬直するも、すぐさま獣の眼光をみなぎらせて櫛を追う大鳳。
だが水の勢いは強く、櫛をどんどん押し流してしまっている。加えて雨水を吸ったことで重くなった服が邪魔して、大鳳と櫛の距離は離れていくばかり。
着物がはだけ、何から何まで見えてしまっていても大鳳は気にしない。
贈られてから15分と経たずに紛失など目も当てられないような事態にするわけにはいかない。あまつさえそれが最愛の人からのモノとあっては是が非でも、黒を白にしてでもこの手に取り戻さなければならない。
だが悲しいかな、現実とやらはそんなに甘くも優しくもない。
どんぶらどんぶら流れていた櫛は、水流と共に側溝へと落ちてしまった。
「う゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛!゛」
大鳳の絶叫が雨音と共に虚空に消える。
膝からスライディングで飛び込み、側溝に手を伸ばすも時すでに遅し。
土砂を交えた水と共に、とっくに下水道へと消えていってしまっていた。
「ああ、あ、ぁぁぁぁぁ……!」
か細い嗚咽が漏れる。
絶望に打ちひしがれる大鳳を嘲笑うように、強まった雨足と水流が側溝へと流れていく。
完全に地に伏せ、咽び泣く大鳳。
指揮官に何と言えば良いのか。紛失するにしてもこれは早すぎる。
彼の性格からすれば、「また買い直せばいい」とでも言うだろう。だが違う。それは違う。
同じ物を贈られたとしても、それはもう規格が同じなだけの別物だ。
指揮官が贈ってくれたあの櫛は、もう二度と大鳳の手には戻ってこない。
「……」
死にたくてしょうがない。
謝るのは当然だ、自分の不注意なのだから。だがそれでは自分の気が収まらない。
「……死のう。死んで指揮官様にお詫びしなければ……」
首を吊るか腹を切るか、いやもうこれは指揮官に介錯してもらう他にない
屈辱的な死が望みならば、赤城や愛宕辺り喜び勇んで殺ってくれるだろう
そんな暗い考えを濁った瞳に宿しながら、ゆらりと立ち上がり、執務室へと足を向けた。
「ハァーイ
ねっとりとした、聞き覚えのある声が聞こえた。
この時点で大鳳の精神は一度死んだが、指揮官への罪の意識がすぐさま復旧させる。
恐る恐る背後を振り返り、声がした側溝へ顔を近付ける大鳳。
そこからぬらりと金髪の童女が顔を出して、大鳳の精神はまた死んだ。
「ありゃ、元気無いね。大丈夫?」
その問いかけで我に返り、力無く首を振る大鳳。
「んー……そうみたいだね。だいぶやられてるようだし」
この童女とは浅からぬ因縁があるが、それはそれとして大鳳としても特に言うことがあるわけでもない。
時々こうして精神を殺しに来るのだけは勘弁してもらいたいが。
「元気出して……って言っても無理そうだね。んー何か良いのないかなぁ」
「……特に用が無いのなら、もういいかしら」
「ああ待って待って。ほら、飴さんあった。睦月型の子から貰ったやつ!」
掻っ払ったんではあるまいな、と大鳳は思うも口にはしない。手も出さない。
「ほらほら警戒しないで。流石にあたしでも弱りきった人に酷いの食べさせたりしないって」
「そうね。……私はもう逝かなくては」
「
「ヒェッ」
突如声を荒げる童女に精神が死にそうになるも、今度は何とか堪える。
そして、童女が取り出したそれを見た時、大鳳の瞳に再び光が戻った。
「これ、いらないの?」
「
下水道へ消えたはずの櫛が、童女の手に握られていた。
たまらず側溝に顔を埋めんばかりに近付く大鳳。
「これ流れてきたと思ったら大鳳が泣いてたからさ。はい、返すよ」
にこやかに櫛を差し出してくる童女。
だが無垢にも見える笑顔が、逆に大鳳には空恐ろしいものに映っていた。
「あれ、どうしたの? 大事なものなんでしょ?」
首を傾げる姿は実に愛らしい。だが今の大鳳は情緒不安定気味なこともあって疑心暗鬼。
相手がこの童女だというのならなおさらである。
「ほらほら、早く取りなって。ここに留まってるの正直つらい」
「睦月型の子達が好きな飴さん、あたしもオススメだからさ」
屈託なき笑顔に、疑念が解けていく大鳳。
その手を少しずつ、自分の宝物となった櫛へと伸ばしていく。
「……」
「これでおめかしとかすれば、指揮官も驚くよ」
「だからさ」
「まず大鳳が驚こうかァ!!!」
「KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?」
伸ばした腕を掴み取られ、今度こそ大鳳の精神は死んだ。これで三度目、三乙である。
櫛は戻ってきたが、因縁の相手にまたしても癒えない傷を刻み込まれた大鳳はその後しばらく寝込むことになる。
童女―――潜水艦アルバコアには、指揮官からの拳骨とありがたいお説教がプレゼントされたそうな
ぶっちゃけニューカッスルってベルファストより射爆できるんだけどわかってくれる同士おるやろか