グッドルーザーズ!! ~球磨川禊と鬼人正邪による反逆の学園生活!~ 作:ゼロん
「と、ノリで名前を決めてしまいました……」
『参加する気なんかなかったのに……』と
「本当はこんな事はしてはいけないはずなのに……」
慶賀野の机の上から急に携帯電話の着信音が鳴る。
「ッッ!! う、うそ……」
慶賀野は顔を恐怖で引きつらせ、携帯電話を手に取る。
「は、はい……」
慶賀野は震える声を隠すのを忘れて耳元に携帯電話をあてる。彼女のケータイからぐぐもった声が彼女の耳に響く。
【そう怖がらなくてもいいよ。慶賀野くん】
「……ッ! はい……。ななにか、ご、御用でしょうか……」
慶賀野は漏れそうになる涙を必死にこらえる。ケータイを持った手が自然と震えている。
【ああ、たまには口頭で定期報告でもと思ってね。首尾はどうだい? 君が僕らの間者だってことはバレていないかい?】
「……いいえ。おそらくは」
【そうか。いや、あの球磨川という生徒は侮れないからさ。勘づかれていてはマズイと思ってね】
「……ッッ」
慶賀野は漏れそうになる声を手で抑え、動揺を悟られないようにする。
――『君も……「
「おそらく、球磨川も……あたしのことに気がついていません」
【ならいいんだ】
慣れない嘘をつくせいか、慶賀野の心臓がバクバクと震える。彼女の体に響く鼓動が体外にも聞こえてきそうだ。
【ところで……全土様も気になさっていたけど、『新生徒会』の動向はどう?】
「今のところ、目立った動きはしていませんでした。あるとすれば、目安箱を作って生徒からの支持を集めようという動きが……」
【へぇ……興味深いね】
――その『新生徒会』にあたしも入ってしまったのだが……。
【そういえば『新生徒会』メンバーの名簿一覧には君の名前も入っているんだけど】
「!!」
慶賀野は、まるで心臓が破裂したかのようにその場で飛び上がる。さらに鼓動が早くなる。今ならば車のエンジンの代わりになるだろうか。
【ははっ、大丈夫だよ慶賀野くん。君が『新生徒会』の一員になっているのは、あくまで鬼人正邪と球磨川禊の動向観察のためだろう? なら大きな問題ではないよ】
「も、もちろんです」
【スパイの君が裏切ったとすぐ早とちりするほど、僕の器は小さくないしね】
「……。ありがとうございます」
正邪に巻き込まれる形になったとはいえ、結果的に監視のために敵の懐に潜り込むことができたのだ。そう考えれば幸運だったと言える。
【それに君が我々『生徒会』を裏切ることなど、そもそもありえないことだ】
慶賀野は愁然として顔を垂れる。
【なにせ君はアルカナ持ち――『節制』なのだから】
それを最後に通話はプチンと切れる。通話終了の電子音が部屋に響く。
「……『節制』、か」
――そんな地位、望んでもいないのに。
「っ! だれ……?」
突然誰かが戸を叩く音が聞こえ、慶賀野はその場に縮こまる。戸の向こうから鈴を思わせるような元気な声が聞こえてくる。
「
「針妙丸……さん?」
慶賀野は恐る恐る玄関のドアを開ける。すると彼女の目の前には普段の恰好にタオルを巻いた針妙丸の姿が。なぜか着物がビショビショに濡れていた。床に水が滴り落ちている。
「正邪ったらひどいのよ!! 私がお風呂に入っている最中に急に着替えを湯船に放り投げてきて!」
『またか』と怒って頬を膨らませる針妙丸に慶賀野は苦笑する。
「あはは……また正邪ちゃんの悪戯ですか?」
「そうなの! もうあったまにきたから部屋を飛び出してきたの。いくら怒ったからってやりすぎだよね!」
しかし、こうも露骨な嫌がらせをするとは正邪もなかなか大胆だな。そう思いつつ、慶賀野は笑って針妙丸を部屋に迎え入れる。
「っはくちゅん!!」
「あ~あ、風邪ひいちゃいますよ? とりあえず替えの着替えを持ってきますね」
慶賀野は新しいタオルを針妙丸に手渡し、リビングへ。
「たしか、ここにもうちょっと着やすいのが……」
「あの、功名さん。その……お願いがあるんだけど」
針妙丸はもじもじしながら慶賀野の方へ身体を向ける。
「その……今日はここに泊めてくれる? ちょっと帰りづらくて」
「え、そ、それって……」
お泊り。しかも布団は一つしかないから共有で使うしかない。
「お、お、お泊りってことですよね……?」
「ご、ごめんね。急に。嫌なら私もう――」
「ぜ、ぜんぜん!! 迷惑じゃないです!! あたしの布団は一つしかないから、きょきょ、共有で、一緒にくっついて寝る形になっちゃうけど……!?!?」
慶賀野は半分パニックになりながら、落ち込む顔を見せる針妙丸にあたふたと一泊の許可を出す。するとパァッと針妙丸は顔を輝かせる。
「よ、よかったぁ……。ありがとう、功名さん! 私、友達が少ないから友達の家にお泊りなんて自分からできると思わなくて……」
「ふふっ、私は布団の準備をしますから。針妙丸さんはシャワー室で着替えていてください」
「うん!」
針妙丸は元気に返事をすると、シャワー室へ着替えをもって駆けていく。
――あたしも、女友達と一緒の部屋で寝られるなんて……夢にも思わなかった。
慶賀野は針妙丸とお泊りができる嬉しさで穏やかに微笑みながら、押入れから布団を取り出した。
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針妙丸は慶賀野が用意してくれた布団に潜り、慶賀野も最初はためらいつつ彼女に続いて布団の中に入る。
「昨日設置した『革命ボックス』、依頼が入るといいね」
「そうですね。初仕事で変なのが来ないことを祈りますけど……」
先日、学校中にあの目安箱を五人で配置したのだ。球磨川は途中で勝手に帰っていたため実質四人でやったのだが。
「それにしても、正邪ってほんと何考えてるのか全然わかんないよね。球磨川くんもだけど」
「新しい生徒会を作って、あたしたちも入れられて……」
「ほんと、破天荒と言うか人騒がせって言うか……」
「でも、嫌いじゃないんですね」
「不思議と嫌いになれないんだよね」
慶賀野と互いに笑い合い、『むしろ嫌いになれ!』と言っている正邪の顔を思い浮かべ微笑する針妙丸。
「……なんで嫌いになれないんだろうね」
「うーん……正邪ちゃん、可愛い子だからじゃないですか?」
「可愛い?」
「ほら、可愛さ余って憎さ百倍って言うじゃないですか」
「それ、たぶん使い方違うと思う」
むしろ逆の意味だ。
「けどあいつ、私にいつもちょっかい仕掛けてくるし」
「たぶん正邪ちゃんは針妙丸さんに構ってほしいんですよ」
――正邪ちゃんは確かに口が悪くて、意地が悪い。けど……なぜか見捨てられない。仕方がない人だって思わせてくれるような……。そんな何かが彼女にはあるんですよね。
「ま、それが何かはわからないんですけどね……」
「慶賀野さん……?」
「あっ何でもないですよ!? 特に深い意味はなくて……」
突然身を寄せてきた針妙丸に慶賀野は息を呑む。
「……慶賀野さん。正邪と私にいつも付き合ってくれてありがとう」
「え、いいえ、いいえ! だって私達は、友達じゃないですか」
慶賀野はちくりと胸を打つ痛みを無視し、顔を赤くする。穏やかな顔を浮かべて信じてくれる針妙丸の笑みを見ているとさらに痛みが増してくる。
「本当は不安だったの。知らない場所で知らない景色。ここに来て私が唯一知っているのは正邪だけで……」
慶賀野は見てしまった。針妙丸の薄紫色の瞳がどす黒く染まっていくのを。彼女の闇が……見えてしまった。
――この子は……重い過去を背負っている。あたしが考えている以上につらい出来事を胸に秘めている。
未来への不安、不信感、そして……孤独。それらの色を慶賀野は知っていた。
「私、慶賀野さんと友達になれてよかった」
「……っ」
心臓を矢で射抜かれたかのような激痛に耐え切れず、慶賀野はその場から立ち上がる。突然立ち上がった慶賀野に驚き、目を見開く針妙丸。
――いずれ、私と友達になったことを後悔しなくてはいけない。彼女も……そして、私自身も。
慶賀野は頭上の灯りのスイッチを引っ張る前に針妙丸の方に振り返る。
「さ、そろそろ寝なきゃいけない時間ですね。電気、消しますね」
「うん……おやすみなさい、功名さん」
これ以上胸の痛みを感じないように、慶賀野は会話を終わらせた。いや、逃げた。
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慶賀野は生徒会副会長を球磨川が倒した時のことを思い出していた。
「私が……? じょ、冗談はやめてください。私はただの女子高生で……」
『いや、そういうのいいからさ』
球磨川は手に持っていた螺子を消し、慶賀野に向かって微笑む。いつ何時のように薄気味の悪い笑みを浮かべて。
『君は……僕と同類だろう?』
「……!? だ、だれがあなたと――」
『わかるよ』
球磨川はズィッと顔を慶賀野の目の前まで近づけ、彼女をよろけさせる。
『うまく取り繕ったって、僕にはわかる。きみも……きっと人をいっぱい終わらせてきたんだよね?』
「……ッッ!!」
慶賀野は普段では絶対に見せないであろう怒りと悲しみが入り混じった表情を露わにし、歯ぎしりをする。
『それにも関わらず、終わらせた人な~んていなかったことにしてさ。きみは
「黙って……!!」
慶賀野の手から血が地面に滴り落ちる。爪を手の平の皮膚に食い込ませた先からとめどなく血が流れていく。
『でも』『いいんだよ。それで』
球磨川は慶賀野の肩に手を置き、そのまま歩いて行ってしまう。
慶賀野は球磨川との
距離が離れているのに球磨川の声は遠ざからない。
『僕やきみは何をしたっていいんだ』
『……だって世界には目標なんてなくて』『人生には目的なんてないんだから』
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針妙丸が完全に寝静まった後、慶賀野は一人、闇のみが広がる自分の部屋でずっと起きていた。慶賀野は自分がつけた手の平の傷跡をじっと仰向けになって見つめる。針妙丸が部屋に来てから胸のあたりが痛くてたまらない。
「あたし、ほんと何やっているんだろ……」
いずれどの道「無かったこと」になってしまうのに。なぜ自分は針妙丸と仲良くなりたいのか。バレない嘘なんてない。無意味で滑稽なことだとわかっているのに。
慶賀野はすぅすぅと可愛い寝息を立てている針妙丸に視線を向け、外す。
生徒会を裏切ることもできず、正邪や針妙丸たちを見捨てることもしたくない。なんと中途半端な心構えなのだろうか。
慶賀野はギュッと強く自分の胸元をつかむ。しわが掴んだ中心から広がる。
針妙丸の寝言が小さく慶賀野の耳に届く。
「……けがの、さん」
――だが、せめて……せめて今は。いずれ裏切りがバレるのならば。
慶賀野は針妙丸がしきりに動いていた手に、自分の右腕を重ねた。
「おやすみなさい。針妙丸さん」
そして小さく『ごめんなさい』とつぶやき、慶賀野は眠りに落ちた。
彼女の頭を置いた枕の一部が、少し濡れていたことに気づかぬまま。