グッドルーザーズ!! ~球磨川禊と鬼人正邪による反逆の学園生活!~   作:ゼロん

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 球磨川くんが書けない……昔の奴はいったい何を考え、どう行動するんだ……わからない。わからない。

 そう悩んでいましたね。私は。

 そして私は風呂場で悟った。

 ————————全盛期球磨川くんって、そもそもよくわかんない奴じゃん^_^

少し時間が経ちましたからね。さらに読みやすくなっていればいいなぁ。
おまたせしました。3ヶ月以上経って年号変わってるやん。




第37話 過負荷vs過負荷 その1

 生徒会私刑執行部 本部。生徒会長室。

 

「……役員が半数に減ると、仕事も多いね」

 

 現理事長の息子である大多羅(おおだら)全土(ぜんど)に代わり、平時は生徒会長である(かの)()大成(さとる)が指揮をとっている。

 

 生徒会に回る書類は生徒会役員たちが処理するのだが……

 

新井(あらい)くんも老神(おいがみ)副会長も現在入院中。まったく、ほとんどの書類はボクが処理していたとはいえ……」

 

「────これで()()()書類を、処理することになりますね」

 

 ボンとメガネをかけた幼女体型……もとい生徒会書記長、手計(てばかり)

 

「……そうだね、手計くん」

 

「では私は、もう一人の私の用事を片付けてからまた来ますので」

 

 現在は『新生徒会』を名のる組織、その筆頭、鬼人正邪、球磨川禊一行によって、役員が職務妨害および重症。

 

 つまるところ……人手不足だ。

 

「手計くん」

 

「どうかしましたか、会長」

 

「書類処理。すこし手伝ってくれると嬉しいんだけど……」

 

「いや……べぇっくしゅん! ──失礼! わたしも嫌だ! ごめんね!」

 

 てへぺろと。手計はかけていたメガネを取る。

 彼女の人格が入れ替わった証だ。

 

 神井は残念そうに目を閉じる。

 

「……もう一人の手計くんにも断られちゃったか」

 

「分けるってなると半分以上の書類がこっちに回ってきちゃうわけだしい……」

 

「……きみ、忘れてないかい? ()()役員の一人だよ?」

 

 まぁまぁ、と手計はソファーに腰掛けて楽にする。

 

「そういえば、手子生さん……本当に解き放っちゃって大丈夫なんですかねー?」

 

「心配はない。美妃のことだ、きちんと彼女をコントロールしてくれてるはずさ」

 

「だといいんですけどー」

 

 少し不安げに手計はテーブルに置いてあったカップからお茶をすする。

 

「君はどう思うんだい、手計書記長。『悪魔』手子生(てごまる)丸々(まるまる)を」

 

「……クレイジーサイコレズの多性癖デビル」

 

「辛口を通り越して凄惨な評価だ」

 

 手計はカップをテーブルに戻し、ため息と共に言い放つ。

 

「知ってると思いますけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女のことが苦手なんですよ」

 

「……うむ、性格面は置いておいて、彼女の実力のほどは」

 

 何言ってんだか、と手計は大きくため息をつく。

 

「……はぁ。正直やりすぎなんじゃないかと。過負荷(マイナス)には過負荷(マイナス)でっていうアイデアなんでしょうけど……」

 

 神井は顎に手をあてる。

 

「やりすぎ、か……まぁ、それなら越したことないさ。経過はどうであれ、我々は校内の不穏分子を排除できればいい。……全土様の『()()』の邪魔になる不穏分子を」

 

 手計は右手でスパナをペン回しのように振り回す。

 

「……で、会長は? 手子生のことはどう思いますか?」

 

「……ん? ボクかい? 先日、やつが寒井さんよりも先に全土様へ進言をしていたのは気になるところではあったが……そうだな」

 

 (かの)()は口元に微笑を浮かべる。

 

「球磨川禊に手子生さんをぶつけたのは、正解だと思うよ。最善手だ」

 

 なにせ、と神井もペンを回す。

 

「なにせ彼女は……我が校内で超ド級の過負荷(マイナス)だからね」

 

 ふふ、と微笑みを浮かべて神井は書類にペンを走らせる。

 

「やつは何もかもが吹っ飛んでいるよ。ボクが見る限り、その人格(キャラ)は、あの球磨川禊にも匹敵するかもしれないな」

 

「彼女が入学した時はもう……全土様がいなかったら大騒ぎでしたよ」

 

 笑みを浮かばせて仕事をする神井に、手計は鳥肌の立つ肩を両手で抑える。

 

「正直、今回ばかりは新生徒会の連中には同情しちゃいます……手子生が相手だなんて……異常集団であるはずのA組生徒の多くが病院行きになりましたもん」

 

「球磨川禊がその気になって暴れれば同程度か、それ以上の被害が出たかもしれないな……最近はやつの動きは少ないようだが。……そうだ手計くん、僕の仕事の手伝いを」

 

「あ、そーだ! わたし急な用事が!」

 

 ごまかすように手計はわざとらしく声をあげ、生徒会室のソファーから立ち上がる。

 そのまま、そそくさと扉の方へ。

 

「……。誤魔化し方ヘタだね、君は」

 

「でもわたしがいなくても大丈夫ですよね?」

 

「はぁ……働く気がないなら結構。ここにいなくても一緒だ」

 

 さっさと行け、と神井はペンで扉の方を指す。

 

「はーい。……ですけど会長」

 

 手計はドアを少し開けてから振り返って、

 

「会長なら、それくらいの書類なんて──────()()()()()()()()()?」

 

 そう言って彼女は出て行き、神井はふっと笑い。

 

「……賢い女だ」

 

 わずか数秒で、書類の三分の二は片付いていた。

 

 

 ***

 

 

「美妃さまはあちきに約束してくださったわぁ……! ──キミらを、あちしの好きにしていいよって!! ああ、なんて素晴らしい!! ──こんな嬉しい逸材があちきの机に並ぶなんて!」

 

 当の本人、手子生(てごまる)丸々(まるまる)は聞くのもおぞましくなるような歪んだ死生観と美的感覚を延々と語る。

 

「知ってる……? ホルマリンはね。ステキな素敵な薬品なの。薬品につけた死体の細胞を死滅させることで──」

 

 そのあと五分間長く語っていたが……

 

 要約すると、ホルマリン漬けにすれば物の美しさは保たれるよね。

 

 老い骨となり朽ちることなく、人の持つ美しさと可愛さは永遠に。若いまま、綺麗なまま愛せると。

 

 白衣と赤毛を振り回しながら彼女はそう力説した。

 

『……。まぁわかったよ』

 

「ご理解いただけた禊サマ!? あちきはかなりの綺麗好きなのよ!!」

 

『見事なまでに破綻者(マイナス)で、壊れてて(マイナスで)悪魔的(マイナス)だね。うん』

 

 見事なまでにブーメランだが。

 

「大事だから現物は持ってこれないけど……写真なら……ほら! これが渡辺くんの眼! 真っ黒で輝く黒水晶みたいで綺麗でしょ?」

 

 手子生はどこから取り出したのか、コレクションの一部……写真をこれ見よがしに見せつけてくる。

 

 おそらく……正邪を石にしたあの少年も見事なまでの過負荷。

 それもおそらく球磨川と同格か。いや、それ以下なのか。

 

「あとあと! これが中学のクラスで一番綺麗だった吉田ちゃん! 彼女の顔を見ているだけで女としての優越感と劣等感が同時に湧いてくるの!」

 

 ────こちらは趣味最低のより重度の過負荷(マイナス)だ。

 

「今、趣味に対して結構好みにうるさいあちきが、特に欲しいのは────少名ちゃん!! あなたです!」

 

「えっ、わたし……?」

 

 ビシッと手子生は指先を針妙丸に向ける。

 

「うん。だって……だってこんなにも可愛いんだもの!! キミは特に保存しがいがありそう……どうかあちきと墓まで一緒に付いてきて!!」

 

「お断りします」

 

 吐き気を催すせっかくのお誘い、喜んで頭を下げて即断った。

 

「ノ──ッ!? そ、そんなぁ……!! あちきが老衰した後はなるべく土葬にしてもらってさ! あちきの死体と一緒に埋めてもらえるよう知り合いに頼むから!」

 

「そんな知り合いがいても嫌だよ。遺骨になったとしても触られたくないもん」

 

 マイガッー! と膝をついて両手で頭を抑える。何か閃いたか彼女はすぐに顔を輝かせて、

 

「けどけどさ! 遺骨になったら拒否はしないよね! あちきの愛に! 逢いに! 無言で答えてくれるよね!?」

 

 ダメだ……会話が成立しない。要するにお前ぶっ殺して墓穴に埋めるってとこだろう。

 

『なるほど。死人に口なしとはまさにこのことだね。針ちゃんの答えなんて関係ないっと』

 

「ちょっ……!?」

 

「おぉ! わかってくれるかい禊サマ! さすがあちしのショタ首枠! ちゃんとあなたの分も容器は用意してあるのよ! ほら!」

 

『……しょ、ショタ』

 

 手子生は興奮マックス状態で理科室の棚から、生首が余裕に入る大きさの瓶を取り出す。球磨川の苦笑に歪めた口元がさらに引きつる。

 

『……うん。見せなくていいよ……?』

 

 顔は可愛い方なのに、最悪の性癖と趣味思考。

 そして濁りきってドブのようになった目の色が全てを台無しにしている。

 

 せっかくの赤毛お下げの美がついてもいい少女なのに……お宝をドブに捨てるとはよく言ったものだ。

 いや彼女が捨てている場所は墓穴か骨塚なのかもしれないが。

 

 ——————————数万する金貨がヘドロに塗れている。

 

 それくらいにひどい。

 そう考えると性癖がまだマトモ? な球磨川の方が……まだマシかもしれない。

 どっちもどっちか。

 

「いや待って。感覚が麻痺してきたのかな……」

 

 やっぱりどっちも最低だ。

 

『……重度の死体愛好家(ネクロフィリア)だね。手子生ちゃんは。そこまでいくと逆に感心まで覚えてくるよ。……これ褒め言葉ね』

 

「……なっ、なんと……!! あちしにちゃん付けなんて……!! 恐悦至極っ、光栄です禊サマ!」

 

『……うん。様づけはいいけど、マジに怖いから踊り狂わないで?』

 

 狂乱。狂喜。と言った言葉がふさわしいくらいに頭を両手で抱えて上下に激しく振っている。

 しかも笑いすぎて口角がすごいことになっている。下手したら悪夢にでも出てきそうだ。

 

「嬉しいっ! 有機物じゃなくて生き物に初めて綺麗って言ってもらえたぁ……!! しかも、これからは二人に永遠の愛を誓ってもらえるのねぇん……ぁぁ……shi-a-wa-seぇ……!!」

 

「うっ……っ、正邪、早くかえってきてぇ……」

 

 思考が完全にトチ狂っている。あの世に脳でも落としてきたのではないか? 

 

 もうあまりにも不快すぎて、つい泣き言が出てしまった……機会があれば、あの世でこの人間の脳みそが落っこちてないかどうか、三途の川の船頭か閻魔にでも聞いてみよう。

 

「少名ちゃんとついでに禊サマのナマナマのホルマリン漬け……あぁ、きれい! ────できればもう今すぐにでも飾りたいくらいっ!!!」

 

「『!!』」

 

 手子生は中身の分からない瓶の中身を二人に向かってブチまける。

 

「うわっ!? な、なにこれ!?」

 

『……硫酸とかヤバい薬品じゃない……()()()()だ。あーあ。せっかく今朝乾かしたのに。どうしてくれるのさあ』

 

 球磨川は制服を引っ張って飛び散った水をしげしげと眺める。

 

「正解だよ。禊サマ」

 

「……!?」

 

 こいつ、いつの間に後ろに回り込んだ……!? 

 

 針妙丸は手子生にあっという間に接近されたという事実に驚愕。

 一瞬の動揺の隙に、針妙丸は首に手を回されてしまう。

 

「少名ちゃん。────あなたは生首だけなんてもったいない。あなたはあちきが見た中で一番綺麗……だから、その()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()保存させてね」

 

 針妙丸の耳に生暖かい息が吹きかかり、ゾゾッと全身に怖気と危険信号が鳴り響いて悲鳴をあげている。

 

「身長150センチちょっとぉ……きはっ……! 理想的ィ……まぁだ舐めなぁい……あちきの唾で汚れちゃうものぉ……」

 

 手子生は器用にメジャーで針妙丸の背を測り、メジャーの紐をしまう。

 

「ひぃぃ…………!!」

 

 下手な妖怪よりも……狂った人間の方がはるかに恐ろしいと、彼女は初めて思い知った。

 

『なるほど、性癖が腐ってるのは、そっちだっ————————————』

 

 毎度のように能天気に話そうとする球磨川。

 言葉を紡ごうと口を開いた次の瞬間、彼に異変が訪れる。

 

『た……!? ──うぶっ……!? ぶうぇっ!?』

 

 急に球磨川がもがいて嘔吐。立つこともままならず、地面に崩れ落ちる。

 

「く、球磨川く──」

 

「はい、少名ちゃんはお口ちゃ──っく」

 

「むぐ────っ!?」

 

 手子生に針妙丸は口を塞がれる。

 怯んだ隙に針妙丸の背後に回り込み、厳重な防護マスクを被せる。

 

「そんなに鼻大きくして息しないほうがいいよ? あちしは慣れてるからいいけどぉ」

 

『ぐ、がぁ……っ!?』

 

 白目を剥いて、球磨川の意識が消える。

 

「まさか……毒……!? さっきの水……」

 

「いんやぁ。あの水は関係ないし、これはあちしのコレクションの中じゃあ、まだまだかわいい子ウサギちゃんだよ? どう禊サマ。この世で一番の『()()』体験は?」

 

 よく見ると、手子生の()()()()()()()()()が床へと滴っている。

 

 まぁこれは可愛いウサちゃんもスカンク以上の異臭を放つようにしちゃうんだけどね、と手子生はゲラゲラ笑う。

 

「あく……しゅう……!? 臭い……!?」

 

 彼女の指から出ている液体。汗ではない。

 針妙丸は手子生に最大の警戒を払い、

 

 ————————————何かこのマスクにも仕掛けがあるかもしれない。

 

「おおっとぉ。外さない方がいいよぉ〜?」

 

 顔全体を覆う防護マスクを外そうともがく針妙丸の腕を、手子生が押さえつける。

 

「舐めてもらっちゃあ困るさね。聞いたことない? ────『()()()()()()』って」

 

「ちお……あせ……!?」

 

『…………超危険化学物質だよ。針妙丸さ、うぶぇ……!?』

 

 説明しようと口を再び開ける球磨川だが、すぐさま顔色を悪くし、胃の中の物を戻し、もがき苦しむ。

 

「おやおや。勉強はできないくせに雑学は詳しいタイプ?」

 

「球磨川くん!! 息を止めて!!」

 

「はっ!! 息を止めるとか……この悪臭はさぁ、そんな次元じゃねーんだよぉ!!」

 

 罵声を浴びせながら手子生は球磨川の土手っ腹を蹴り上げる。

 

『うぶぇ!!』

 

 我慢の限界のうえ、蹴られた衝撃で球磨川が嘔吐。

 

「うわ、きったねー。ゲロ禊サマ……」

 

 手子生はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながら、白衣のポケットからマッチを取り出す。

 

 針妙丸の顔が一気に強張る。

 この学園での授業で言っていた。いくつもある化学薬品の中には発火性のあるものが存在すると。もし彼女の言っていた『ちおあせとん』が、その類のものなら。

 マッチなんかを近づければ……どうなるかは想像に難くない。

 

「や、やめて!!」

 

 実験室の水たまりにマッチを近づけぬよう懇願する針妙丸に、手子生は嗜虐的な笑みを見せる。

 

「……きひひ、なーんちゃってぇ」

 

 手子生は着火したマッチの火を消し、すぐさまポケットにしまう。

 

「やっぱ可愛いなぁ少名ちゃんは。ちょっとからかっただけですぐマジになっちゃうんだカラァ。この薬品には爆発も、発火も発ガン性もないよ…………()()()()()()()さ」

 

 ケラケラと笑う。

 

「効能はヤバすぎる()()。アンモニアとは比べもんにならないくらいの()()()だけどね……!!」

 

『……う、ぁぁぁぁ……っ……!』

 

 針妙丸は思い知らされた。

 匂いも度も越せば毒と変わりない。こうしている間にも球磨川の容体は悪化していく。

 

「苦しい? 臭い? 消したいよねぇ!『大嘘憑き(オールフィクション)』で! けど、ザーンねんでした!! キミが自分のスキルを使えないってことは、こっちは知ってるんだけーん!!」

 

『……う、……ぅぁ』

 

「!? どういう……!!」

 

 少名ちゃん、ちょっとこっち向いて、とハートマークがつきそうなくらい甘ったるい声で手子生は囁く。

 

「超危険化学物質の一つ。『チオアセトン』はねぇ……過去にドイツかな? どっかのマヌケな科学者が、間違って谷底に落としただけで、200メートル先にいた大勢の人間が全員嘔吐・失神したんだよ。こんな至近距離で直に嗅いだら、どれくらいヤバイ反応を起こすかなぁ……!」

 

「……!!」

 

「あぁ、き…………きひ…………きひひ…………さいっこう!!」

 

 彼女の話が本当なら。

 

「わたしはともかく……なんであなたは平気なの!?」

 

「ん? ────慣れ」

 

 普通に考えてれば、嘔吐もしてしまうくらいの悪臭の中で、平気でいられるはずがない。

 

「最初はまぁゲロったけど、何度もかいでっと癖になっちゃって。人間の適応力っておそろしいよね〜……!」

 

 それを慣れている……!?

 この人はどう考えても普通じゃない。

 

「いつもなら、もっとヤバいのを使って首だけ残して身体をドロドロに溶かすんだけどねー。その匂いの方もヤバくて。ほんと数秒だよ? 叫び声をあげることもできず苦しんで死んでいくの……」

 

 異常……いや、()()()()

 わかってはいたが、彼女は───とち狂っている。

 球磨川同様、どこまでも人格が捻じ曲がっているんだ。

 

「けど、あちきもこの部屋にいんじゃん。だったら……あちしには害のないやつ使っとこうかなって。まぁ超レア品のためなら、ちょっとくらい死にかけてもいいんだけどさ」

 

 白衣が汚れるのも構わず、手子生は鋭い蹴りを幾度となく球磨川にぶち込む。

 蹴られるたびに我慢していたのか、胃の中の物と血が同時に口から飛び出している。

 

 このままでは球磨川が死んでしまう。

 理由はわからないが、この場所では大嘘憑きは使えないのだ。そうなったら復活はできない。

 とはいえ、手子生が針妙丸たちを見逃すはずもない。

 

 ここで彼女を、『悪魔』の能力持ち、手子生丸々を倒すほかない。

 

 針妙丸は腰にさした針の剣、輝針剣に手を伸ば───

 

「——————————同感」

 

「!?」

 

 針妙丸は輝針剣を抜こうとする手を止める。

 

「あちきが少名ちゃんなら……この場であちきをぶっ殺すしかない。そう判断する。けどさあ……あちきがそれを予想しないと思う? 少名ちゃんがあちきに都合よぉぉぉく、不意打ちなんてしてこないって、そーんな能天気だと思う? それってさぁあ、あちきを頭湧いてるみてぇにバカにしてるとちゃう?」

 

「……!?」

 

「あちきが渡したマスク……あれになんの仕掛けもないと思ったのかい?」

 

 針妙丸はすぐに異変を感知し、手子生に被された防護マスクを外そうとする。

 ————————————が、外れない。それどころかいくら引っ張ってもビクともしない。

 

「あちきを攻撃したり邪魔してごらん────────()()()後悔するよ。お願いします早く殺してください、って泣き叫ぶくらいに」

 

「……!? て、手子生さん、いったい何を─────」

 

「塩素って、知ってる? プールの水の消毒とかによく使われてるんだけどさぁ」

 

 球磨川から目線をズラさず蹴りながら、手子生は針妙丸に話しかける。

 

「あれってさぁ……水の中にいる雑菌どもや、害ある生物を殺すための薬品なんだわ。つまり殺すための物質なんだわ。わかる? あちきらに害がないのは塩素が致死量に至っていないから」

 

「なにが……言いたいの」

 

「さぁ? 知りたかったら————————————攻撃してみ? 地獄見せたげる」

 

 急に雪原地帯に素っ裸で放り出されたかのような寒気。

 とてつもない嫌な予感に足がすくみ、剣を抜こうとした手が動かなくなる。

 

「————————————いい子だね。少名ちゃん。えらいえらい」

 

 手子生は言いつけを守る子供に向ける母親のように穏やかな顔を針妙丸に向け頭をなでる。針妙丸は凍り付いたように動くことができない。

 

「さて……禊サマもさっすがにもう失神したかな?」

 

 手子生は指鳴らしをし、ピクリとも動かない球磨川の脈を調べようと顔を近づけようとするが、

 

『……甘いよ』

 

 同時に球磨川の腕も彼女の顔に近づいていた。

 

「——————————っ!! まだお前生きて……っ!」

 

『……よっと』

 

 球磨川は先ほどまでの死にかけの身体をそれこそ嘘のように俊敏に動かし、螺子を投擲。

 

「ぐっ……っ!!」

 

 器用に身をかわし、手子生は針妙丸を抱えて化学室のドアの方へと退却。

 

『ひどいなぁ。肋骨と大胸骨と背骨とあばら骨が全部いかれちゃったよ』

 

 全身ガクガクの状態でふらふらと立ち上がる。

 しかし次の瞬間、にこっと児童番組のヒーローのような明るい顔で彼は笑う。

 

『けど僕は負けないぞ! 数か所の骨折なんて気合でどうにかなるなる!』

 

 ならない! ならないから、と針妙丸はぶんぶんと手をふる。

 第三者から見れば彼の今の状態とあまりにも乖離しすぎている発言と表情に、とてつもない嫌悪感を感じるだろう。

 

『ようし負けないぞぉ。——————こうなった報いは、きっちりと数倍にして返さなきゃ』

 

「……なるほどネ。『大嘘憑き(オールフィクション)』っていうよりも、こいつの精神性がそもそも不死身なワケ、か。いいねぇ。モルモットにぴったり」

 

 声色を低くし球磨川は螺子を出し、手子生はニヤケ顔で乱れた白い研究衣を着直す。

 

 加害者であり、罪悪感など一切感じず冷静に分析をするあたり彼女にも当然。

 どちらも……人間としてどこか歪んでいる。

 

「じゃあ、じゃあじゃあじゃじゃじゃあ、モルモットらしくぅ! あちきの実験に付き合えよぉぉぉぉぉっ!!」

 

『……手子生ちゃん。盛り上がってるところ悪いんだけど』

 

「————————————っ!! ……んあ? あによ、盛り上がってたのに」

 

『やっぱりさぁ、僕考えたんだけど……僕達がこんなに争う必要はないと思うんだ』

 

 ……!? 球磨川くん……? 

 

「へぇ? えーと、えーと、それまたどうして? あちきが欲しいもの手に入れるためにはお前ら殺さんとダメなんだけど。おバカなあちきに教えておくれよ」

 

 そう、彼女の目的は人間標本。

 わたしたちを殺して薬品漬けにすることなのだ。

 たしかに、と球磨川は螺子を地面にぶっ刺し突き立てる。

 

『よく考えてみてよ。僕らのホルマリン漬けを眺めるよりも、もっと楽しいことがあると思わないかい?』

 

「…………きはっ」

 

 手子生はにっこりと一笑。必死に勧誘しようとする球磨川をおかしそうに嘲笑っているようにも見える。

 

「あいにく一人が好きでね」

 

『そう言わないでさぁ、一緒に友達になろうよ。その方が絶対に楽しいって! マッ○とかで一緒にバーガーとか食べてさ! ジ○ナサンとかファミレスでドリンクバーやパフェでも頼もうよ! 休日とかは遊園地とかユニバーサ○スタジオとか夢の国とかさぁ!』

 

「……くく、それはそれは楽しそうだね」

 

 ま、まさかこんなヤバイ人を仲間に引き入れるつもり!? 

 

「──────けどね、禊サマ。それはちょっと勘違いだねぇ」

 

 ニヤリとしたり顔で彼女は微笑む。

 

「あちきはあんたらの人格とか、友情とか愛とかどーーーーーーーーーーーーっでもいいんだわぁ。ただぁ。あちきは()()()()()()()()()()()()()()()欲しいの」

 

 手子生は空想で切断した腕でも抱いているのであろうか。

 すりすりと自分の手に

 …………やはりマトモではない。

 

「サンタさんにも頼んで手に入らなかったあちきの欲しいもの。あんたらをまとめてチョメチョメして、漬けたいのよ、こっちは」

 

『──────それは、気に入らない人の監視下で、できるものであってもかい?』

 

 球磨川の指摘に虚を突かれたのか、手子生の表情が激変する。先ほどまでの嗜虐に満ちた笑みではなく。

 

「……」

 

 どこか虚しさ、やり切れなさ。どこか()()()()()()()()()

 『無』の表情を浮かべていた。

 

『僕にはわかる。君だって、大多羅全土くん達、生徒会は嫌いだろう? 様付けだって、本当はしたくないはずだ』

 

 無言。肯定しているも同然だ。

 

『大丈夫。僕は君が過去に何をしてきたか。何人殺してきたかなんて僕は問わない。それよりも、僕は君の意思で決めてほしい』

 

 球磨川はクワッと真剣な顔で尋ねる。

 

 

『───────僕と一緒にエロ本を買いに行ってくれるのかを!!』

 

 

 最低だぁぁぁぁあっぁぁぁぁ!!! 

 

 仲間に引き入れる流れだったのに、この男は全部、全部自分でその機会を不意にした!

 

「球磨川くん!! あなた馬鹿でしょう!?」

 

『最寄りの本屋さん。品揃えいいんだけど、レパートリーがなかなか多くて決められないんだよ。手子生ちゃんとかそういうの、よく知ってそうだし。SMプレイとかかな?』

 

「失礼な上に最っっっっ低っ!!」

 

 すっと晴れ晴れした顔で手子生は球磨川の手を握る。

 

「あちきの一押しはリョナ(ドS)ものだよ」

 

 こいつもこいつだったぁぁぁぁぁぁぁ!!! 

 

『本当!?』

 

「それ以外にもオススメのいくつか知ってるよ。今度紹介するよ」

 

『ありがとう、手子生ちゃん! あ、そうだ! 一つ忘れてたことがあったんだけどさっ!』

 

「ん? 禊サマが忘れてたことって?」

 

 目が鋭くなると共に、球磨川は床に刺した螺子を右足で地面に押し込み、深くねじ込む。

 そしてニンマリと口元を歪めて、

 

『────────報復の件、まだ終わってなかったよね』

 


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