『魔王城に行ってみるとええどすえ。せやけど気ぃ付けとぉくれやすね。うちん眼がなんかに阻まれてそれ以上詳しゅうは分からへんかったんどす』
拠点に戻った俺は巫女、神楽から伝えられた元の世界に帰るための手がかりの言葉を思い返す。そういえば魔王を倒した後に魔王城には行ってなかったし、魔王を倒したすぐ後は秘薬で回復してそのまま帰ってしまったから碌な探索はしていなかった。
引っかかるのは神楽の眼をレジストした
行くとしてもそれ相応の準備が必要だろう。
「ハル、手がかりが見つかってよかったな」
「ああ、そうだな」
ソファに座っていた俺の隣にシルヴィアが座り、俺に話しかけてくる。心なしか元気が無さそうにも見えた。
「えっと……今日の夕飯は何にしようか」
「帰りに牛カツ食いに行っただろ。まだ食べるのか?」
「そ、そういえばそうだったな」
シルヴィアの乾いた笑いが無駄に広い拠点に力なく響く。
「なあ、ハル。元の世界に帰れたら、やっぱり帰ってしまうのか?」
「そりゃあな。元々そのために色々周ってたわけだし」
以前にもこんなやり取りをしていた気がする。違いがあるとすれば、今回はこれだという当てがあることくらいだろうか。
「嫌だぁ……」
「え?」
「帰っちゃ嫌だぁ……」
シルヴィアは俺の裾を掴みながら泣いていた。俺を犯そうとしていたあの時の強気は一体どこへ行ってしまったんだ。
しかし、こんな風に泣きじゃくる彼女を見たのは久しぶりだ。
「お前がこんな風に泣くのはあの時以来か」
「あの時?」
「お前が心を開いてくれたあの日だよ」
俺はそう言って彼女の綺麗になった銀色の髪を撫で始める。昔はボサボサで荒れ放題だったのに本当に綺麗になったものだ。
「シルヴィア……この名前をハルに貰った時か」
心を開いてくれたあの日、彼女は自分の名前を忘れてしまったと言っていた。それを不憫の思った俺が名前を付けてあげた。髪の毛が銀色だからシルバーをもじってシルヴィア、今思えば何の捻りも無い名前だった。俺にもっと語彙力があったらもっといい名前を付けられたんだろうか。
今思えば、答えは決まっていたのかもしれない。それを下らない意地で覆い隠していただけだった。
「シルヴィア。俺、ちょっと欲張りになってみようと思う」
「欲張り? 食後のデザートを増やすのか?」
「違うからね。もっと真面目な話だからね」
何故ここに来てこの子は胃袋で会話をしだすんだろうか。
しかし、実際何て言えばいいんだろう? 女子に告白なんてしたことないぞ。シルヴィアが散々愛の告白をしただけにただ『好きだ』とか『愛してる』だけじゃ足りない。それに吊り合う言葉を捧げたい。
「俺な、初めてお前を見た時、すごく可哀想だって思ったよ」
全身傷だらけで、鎖で繋がれてて、ボロ切れを纏ってて、全てを諦めた目をしていた。あの目をしたシルヴィアは今でも忘れられない。
「だからそんな風に泣いたり笑ったり出来るお前を見る事が出来て良かった。あの日まで生きていてくれてありがとう」
「いや、感謝するのは私の方で……」
「これからもお前の泣いたり笑ったりする顔を見たいと思う。
「?」
シルヴィアは俺の告白に目をぱちくりさせていた。ちょっと分かりづらかっただろうか。どんどんこそばゆい気分になっている。愛の告発ってこんな気分になるのか。
「ううっ、だから……そのな……あーもうっ!」
散々迷ったが、取り繕うのは止めた。結局はリビドーか、と頭の片隅で苦脳しつつシルヴィアを力一杯抱きしめた。シルヴィアは困惑してなすがままだ。
「あーもうヤバい! 大好きだよ!」
「ハル?」
「嫌って言っても俺の世界に連れて行くからな! 両親と姉ちゃんにだって紹介するからな! 結婚式は向こうで挙げるからな! 覚悟しとけよ!」
言った。
言ってしまった。
全部吐き出してしまった。
「ハル、これは夢か? 夢なら覚めないで欲しいな」
「夢であってたまるか。こんなこっぱずかしい事何度も言えねえよ」
「そうか……そうかぁ……」
シルヴィアは安心すると俺の背にガッチリと手を回す。互いが互いを手放したくないと言わんばかりの構図が出来上がった。もっと早くこうすればいいと気付くべきだった。
もっと彼女を見ていたい。もっと彼女の事を知りたい。塞き止めていたものが溢れていく。この時ばかりはクソ仕様の召喚魔法とそれを実施した国王に感謝した。
そこから先の事、愛し合う男女が二人っきりでいればどういった行為に及ぶのかは言うまでもない事かもしれない。
唇を貪り合ったのを皮切りにお互い止まれなかった。止まろうとする気も起きなかった。触れ合えば触れ合う程欲しくなっていく。よく今まで我慢してこれたものだと不思議にすら思えてきた。
無我夢中で互いを求め合い、気が付いたら朝になっていた。互いに汗やら何やらでベトベトであることに気づきいて笑い、二人は泥のような眠りにつくのだった。
きっと何があっても今日という日を忘れることは無いだろう。
◆
結婚、それは人生の墓場とは一体誰が言い出した言葉だったか。だというのに何故人は結婚をするのだろうか。
疑問は尽きないが、まずは―――
「おめでとう」
「おめでとう」
「めでたいなぁ」
「おめでとー」
仲間達の結婚を祝おうか。
アイザックとホリイの結婚式は二人の話し合いの末にホリイが育った修道院で行われることとなった。あのオンボロ修道院が立派に生まれ変わったお披露目も兼ねているそうだ。
アイザックは慣れない礼服を着て動き難そうで変な顔をしている。
ホリイは白いウェディングドレスに身を包んで幸せそうだ。
シャーリーも式典に参加したがってたのだが、二人が小規模でやりたかったのと、シャーリーが物の弾みで何かを壊さないかという心配から国王達に止められたのだった。
結婚式お馴染みの神父により誓いの言葉やブーケトスも終わり、今は立食パーティーみたいな形式になっている。
「よう、ハル」
「うん? 今日の主役がどうしたよ」
アイザックは親類達や修道院関係者を振り切ってこちらまでやってきた。
「お前に感謝の言葉を言いたくてな。お前があの日、腕相撲で酒代を稼いでた俺を見つけてくれなかったら今の俺は無いし、あんなに可愛い嫁さんも貰えなかった」
「自慢か?」
「それもある」
ここまで隠さないと返って清々しい。
「そうだ。俺もお前に言いたいことがあったんだ。後でホリイさんにも言うけど」
「何だ?」
「俺、シルヴィアと結婚を前提に付き合う事にした」
「……は?」
どうやら驚き過ぎてまともに声も出ないようだ。
「まぁ、ビックリしたかもしれないけど……」
「お前達、付き合ってなかったのか?」
「……はい?」
ちょっと待って、どういう事?
「え、いや……お前らはよく二人で一緒に遊びに行くことが多かったし、仲良かったしでてっきり付き合ってたもんかと。休日もお前らを二人にしてあげようってホリイが提案してたからさり気なく……」
「え、俺とシルヴィアって傍から見たらそういう風に見えてたの?」
微妙な空気になってしまい、互いに苦笑し始める。まさか驚かしてやろうと思ったのに逆に驚かされることになるとは思わなかった。
ちなみに当のシルヴィアは山盛りの料理にありついて、それを見てホリイが苦笑いしている。新郎新婦が二人して苦笑いしてる結婚って何だよ。
「そうだ。娼館に行こうとして目の前で怖気づいた事は黙っといてやるよ」
「本当だな!? ホリイにバレたら俺死ねるからな!」
それは罪悪感でかな。それとも物理的にかな。
「男二人して何を話しているのですか?」
「ハル、これ食べてみるか? 美味いぞ」
女性二人も合流して勇者一行が揃った。俺はシルヴィアが差し出した何かのテリーヌっぽい料理を頂く。中々に美味いな、これはエビのすり身を使っているようだ。
「あ、ソースが口について……ああっドレスに落ちるっ!」
ドレスに落ちそうになったソースは間一髪のところで俺のハンカチに受け止められた。
「あの、勇者様。本当にありがとうございました。貴方のお陰で修道院を建て直す事が出来ましたし、アイザックさんと出会うことも出来ました。何てお礼を言えばいいか……」
「いやいや俺は何もしてないって。二人とも幸せになってくださいよ」
俺もいつかシルヴィアと結婚式を挙げるんだろうか。シルヴィアの浅黒い肌に純白のウェディングドレスは映えそうだ。いや、白無垢もアリといえばアリかもしれない。
そんな妄想をしながら俺は雲一つない青空を見上げるのだった。