「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ、お願いします殺さないでくださいぃぃぃぃ! 別に人間に危害を加えるつもりは小指の爪の先程も無いんです! ちょっと農業したり植物の品種改良をしたりして自給自足のスローライフを送りたいだけなんです! お願いだからぁ! 何でもするからぁぁぁぁぁぁ!」
よっぽど俺達の事が恐ろしいのか、半狂乱で叫んでいる俺とさほど歳の変わらなそうな少女に戦う気満々だった俺達は返って吃驚した。
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
「お願いしますぅぅぅぅぅ! まだ死にたくないんですぅぅぅぅぅ!」
神話生物を見て発狂した人ってこんな感じなんだろうか。少なくとも向こうに敵意は無いので話し合いに持っていきたいのだが、これでは彼女が落ち着くまでに一体どれだけかかる事やら。
難しい顔をしていたらシルヴィアは無表情で少女の後ろへ瞬時に回り込み――――
「ピーピー騒ぐな」
「ヒッ!?」
首にナイフを当てて恐ろしくドスの効いた声で脅し始めた。少女の叫び声こそ止んだがその代わりに冷や汗が大量に出始める。
その蛮族染みた行為に若干引いている俺がいる。
「お前は一体誰だ? ここで何をしていた? 知っていることは全て吐け、さもなくば殺す」
「はなっ、話しますゥ……」
少女は真っ青な表情で精一杯勇気を振り絞った様な声色で何とか声を出して――――失禁してしまった。
その後、少女の着替えや掃除、お茶の準備等で話し合い開始は大体20分後に始まるのだった。
「ハル、頑張ったぞ」
「ああ、うん。頑張ったね」
実際、話が進んだのはシルヴィアのお陰なので頭を撫でてあげる。シルヴィアは基本敵には幾らでも冷酷になれるが、こういう時にはご褒美をねだる子犬のようだ。
「あの……粗茶ですが……」
「ああ、どうも……」
少女がおずおずと差し出したお茶を受け取る。敵意は無さそうだが念には念をと口にはしないでおく。
「おお、このお茶美味いな」
そんな事を思った先からアイザックが無警戒にお茶を口にしてしまった。
「あの、アイザックさん。体調が悪くなったら直ぐに言ってくださいね?」
「ん? 俺はすこぶる健康だぞ?」
仮に毒が盛られたりしてもホリイなら解毒出来るから大丈夫だろう。
「あの、先程はとんだ粗相を……」
「いいから早くしろ」
「ひゃい! 私はフィーネと言いましゅ!」
じれったくなったのだろうか、それとももっと褒めて欲しいからか目の前の少女、フィーネを睨みつける。
「えっと、フィーネさんは魔物、というか魔族でいいのかな?」
「はい、もしかしたら予想はついてるかと思いますけど、魔王の一人娘です」
彼女の言う通り、そういう可能性もあると考えていたが、実際に目の前にするとやはりというか驚いてしまう。
「魔王の娘といっても母が人間なので混血ですが」
「俺達を恨んだりとかは……」
「ああ、そういうのは無いです。私も父の事はそんなに好きじゃ無かったので。何でも捕らえられた母に気まぐれで産ませたと聞きましたし……」
「フィーネさんのお母さんは……?」
「亡くなりました。私の出産に耐えられなかったようで……遺体も魔物の餌になったそうです」
酷い話もあったものだ。子は親を選べないと言うが、それにしても酷過ぎるのではないだろうか。
「だから魔王を倒してくれて、本当に感謝しています。母の敵を討ってくれてありがとうございます」
彼女は深く頭を下げた。とても強い礼だった。それだけ彼女は魔王が憎かったのだろう。それと同時に臆病な彼女は魔王に怯えていたのだろう。
俺は目の前の少女を救う事が出来たのだと、そう実感する。
「むぅ……」
何故かシルヴィアがムスっとした顔で服を引っ張ってきた。
「ええっと、お腹すいた?」
「……何でもない」
もしかして嫉妬していたんだろうか。だとしたらすごく可愛いしいじらしい。心配しなくても今更別の人に鞍替えする気はないという意味合いを込めてシルヴィアの手を握る。
「あっ……」
シルヴィアは少し驚くいたが、頬を染めながら手を握り返してくれた。
「それでなんですが……」
「えっ、何?」
「いえ、魔王城にどういったご用事で来られたのかという話だったのですが……」
しまった。聞いてなかった。
「いやね、元の世界に帰る方法を探している最中、とある千里眼持ってる知り合いに魔王城にいってみると良いって言われてね」
「千里眼? もしかしてあの見られてるような感覚って……。突然の事だったのでつい弾いてしまいましたけど」
どうやら魔王の娘なだけあってかなりの実力者なのかもしれない。彼女が話が通じる人格者で本当に良かった。話し合いで事が済めばそれに越したことは無いしね。
「それで元の世界に帰る手段ですか……」
「何か心当たりとかは――――」
「ありますよ」
フィーネさんが人差し指をクイっと曲げると本が一冊彼女の手元まで飛んできた。
「勇者が手を付けられない程に強くなった場合を考えて勇者を強制的に別の世界に飛ばす魔法を研究していたみたいなんです。結局のところ完成には至りませんでしたが、既存の召喚魔法と組み合わせれば送還魔法の術式に出来ると思われます」
今までの苦労は何だったんだと言わんばかりにトントン拍子に事が運んでいく。きっとフィーネさんが凄過ぎるだけなのだろう。
「ただ、私には勇者様のいた世界が分からないので世界を繋げるためには勇者様に強くイメージして貰うしか無いんですが、そこは大丈夫ですか?」
「その辺は頑張る」
◆
俺とシルヴィアは荷物を持ってフィーネさんが描いた複雑怪奇な魔方陣の上に立っている。理論を組み上げるのに一時間くらいを要したが、それは別に構わなかった。
元の世界へ帰る事が出来る。それだけが重要なのだから。
ちなみに荷物はあまり大きいものは持っていけないとのことなので互いにカバン一つずつ程度の量になってしまった。
「もう、帰っちまうんだな……」
「うん」
無理矢理召喚されて、魔王を倒してくれだなんて無理難題を押し付けられて、頑張って仲間を集めて、死にかけながらも魔王を倒して全員生還を果たした。
辛い事は多かったけど、沢山の知り合いと、背中を任せられる仲間と、心から愛する人に出会えた世界。いざ帰るとなると名残惜しさを感じる。それだけ濃密な二年間と半年だった。
「なあ、別に今すぐじゃなくても――――」
「時が経ち過ぎればイメージもそれだけあやふやになっていきます。それだけ成功率も下がってしまうんです」
アイザックの言葉をフィーネさんが否定する。確かに、完全記憶能力なんて都合のいいものを持っていない俺では時間がたてば記憶は薄れていく。この世界に二年以上留まっていた事もあって、記憶に自信のない部分も幾らかあった。
「二人とも、準備はよろしいですか?」
俺はコクリと頷いた。その隣ではシルヴィアが俺の手を強く握っている。
「シルヴィアさん、最後の確認です。もしかしたらもうこの世界には――――」
「煩い、さっさとしろ」
「アッハイ」
フィーネさんが魔族の言語で呪文を唱え始める。俺はイメージする。自分の家を、自分の通っていた高校を、帰り道によく通る商店街を、子どもの頃からよく行っている公園を、そして家族の顔を。
しばらくすると、魔方陣から間欠泉の如く光が溢れてくる
「イメージを絶やさないで」
驚いて一瞬考えるのを止めてしまったが、フィーネさんの言葉で思考が戻る。
「よしっ、世界が繋がりました! 後はそのまま身を任せてください。手は離さないでいてください」
離さない。離してたまるか。
ああ、これでこの世界ともお別れかと思うと感慨深いものがある。
「アイザック! ホリイ! こんな俺についてきてくれてありがとう!」
目じりに涙をためながら精一杯の感謝を述べた。
この二人には感謝してもしきれないくらいだ。勇者として召喚されただけの一般人に良くここまでついてきてくれた。
「ぐっ、二人とも! 向こうでも元気でやれよ!」
「シルヴィアさん! 向こうでもハルさんと仲睦まじくいてくださいね!」
「ああ! ハルの子どもをいっぱい産むぞ!」
皆、涙を流しながら別れの言葉を叫ぶ。この世界に残る事が出来る一瞬一瞬がとても愛おしい。今更もっと何かしておけばよかった等と後悔まで生まれてくる始末だ。
そして全てが光に包まれた。
◆
「あーあ、見えへんようになってもうた」
「てことはやっぱりハルは帰っちゃったの?」
「そうやろうね。惜しいことしたわぁ」
「何が?」
「娘の旦那にええかな思て」
「ちょっと、ハルにはシルヴィアがいるでしょ」
「別にうちは一夫多妻が悪いことやとは思わへんわぁ。そないなあんたはどうなんどすか」
「どうだろ? いい友達だとは思ってたけど、そういう目で見たことは無かったなぁ」
勇者が元の世界へと帰還した日、大勢の人が天に昇る流星を見た。
ある者はその光景で全てを察した。
ある者は何かの吉兆だと喜んだ。
あるものは珍しいものを見たと感嘆した。
この日、この世界から魔王を討伐した勇者はいなくなった。
いずれ勇者の事を知るものもいなくなり、この世界から勇者についての記憶は無くなっていくかもしれない。それを惜しいと考えた戦士アイザックは実家の農作業の傍らに勇者の本を執筆し少しでも多く勇者についての記述を残したという。
僧侶ホリイは夫アイザックを支えながら、彼女もまた勇者についての教えを少しでも多く広めたという。
王女シャーロットは後に、自分に勝ったものを次期国王にと大陸一武闘会なるものを開催して国王を困らせたという。
魔王の娘フィーネは片田舎に移り住んで平穏なスローライフを満喫しているという。
起こした行動こそ様々ではあるが、皆が勇者に伝えたい言葉は一つであった。
――――ありがとう!
◆
俺は気が付くとベンチに座っていた。隣には俺の方に寄りかかって寝ているシルヴィアの姿がある。周囲を見渡すとその風景に見覚えがあった事に気が付いた。
実家の近所にある公園だ。
向かいにある駄菓子屋もそのままだ。
俺は帰って来る事が出来たらしい。
「おい起きろ。無事についたぞ」
「うぅん……もう少しねかせてくれ……」
俺は苦笑しながらカバンに入れたあったローブを取り出して彼女に被せた。周辺に誰もいなくて助かったが、彼女の耳は少々目立つ。コスプレだと誤魔化すにしても限度があった。
「ほら、行くぞ」
「んぅ……」
不機嫌そうに眼を開けたシルヴィアを連れて二年半ぶりに近所を歩く。
「具合とか悪くないか?」
「少し体が重いくらいだ。これくらいならその内慣れる」
寝起きで不機嫌だったシルヴィアも俺の世界の目新しいものを見るとすぐさま驚き、はしゃいだ。ビルを何かのんジョンと勘違いしたり、車を魔物と勘違いして警戒したり、物量の多さに驚いたりと反応は様々だ。
「ハルの世界は色々と凄いな……」
「そうだな」
「?」
実家に着いた。
表札にも『筑紫』と書かれてある。引越とかされていたら詰んでいたが、このままで助かった。
正直言うと少し怖い。もう家族の中では俺は既に故人なのではないだろうか。自分を受け入れては貰えないんじゃないだろうか。そういう思いが俺の動きを鈍らせる。
「ハル、私がついてる。私は何があってもハルと一緒にいるぞ」
俺の不安を察してくれたのか、シルヴィアは微笑みながら固まっていた俺の腕を持って動かせてくれた。
俺は意を決してインターホンを押した。
さて、開いた扉から出てきた家族に何て言えばいいだろうか。
いいや、そんなことは決まっていたか。
――――ただいま。
『魔王を倒したので元の世界に帰ります』はこれで一旦終了となります
現在は仲間達との出会いを書いた番外編とかR18版とか書こうか、それとも完全新作で何か別のを書こうか迷っているところです
では最後になりますが、読んでくれた皆様には心からの感謝を